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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第四章 おもちゃ屋さん、はじめました!
44/177

#4―08

「聡一郎、弥生! 前足に徹甲弾。合わせてくれ! アーマーピアッシング!」


 ズガン! と普段よりも大きな音を響かせて銃口から放たれた弾丸は、螺旋を描く光の軌跡を残しながらターゲットに命中する。


 何かが割れるような音とともに、左前足の被弾箇所にあった装甲――ではなく鱗が光のエフェクトともに消えた。飛び道具系のアーツ、<アーマーピアッシング>は貫通力の高い攻撃で、鱗や硬い表皮に覆われた、あるいは鎧を装備した対象に効果的なアーツである。追加効果として着弾箇所の防御力を、短時間下げる効果がある。


 その特性からテスター間で徹甲弾の通称で呼ばれていたアーツで、威力そのものよりも追撃を前提とした下準備として多用されるものである。


纏勁斬オーラブレード!」「ブーストスマッシュ!」


 一時的に防御力が下がっている箇所に、いかにも斬れそうな三日月状の光る軌跡を描く回し蹴りを聡一郎がお見舞いし、間髪入れずに弥生がスラスターで強化されたスマッシュを叩き込んだ。


 強化されている吹っ飛ばし効果でさえも、この重量差では踏み出そうとしていた脚を弾き飛ばして、若干仰け反らせる程度に留まる。が、一旦退いて仕切りなおすタイミングにはなった。


 聡一郎が素早く退き、弥生は破杖槌の速射魔法弾を撃って牽制しつつ距離を取る。


「ヤバイね! コイツ、予想通りむちゃくちゃ硬い」


「うむ。少しずつ削れてはいるが、これでは倒しきる前にこちらのMPが尽きる。弱点を見つけないと、どうにもならんな」


 敵から時折放たれる雷属性の魔法弾を、弥生はシールド魔法で弾き、聡一郎はかわしつつ、どうにも芳しくない現状について確認する。


 討伐対象の魔物、パンツァーリザードは見た目どおり非常に高い防御力を誇り、弥生たち四人は現状、攻めあぐねていると言わざるを得ない。弱点を探しながら殴り続け既に一時間あまり、彼女たちはなかなかダメージを蓄積させられないでいた。


 幸いと言っていいか、パンツァーリザードは攻撃手段がそれほど多くは無く、火力自体も高くは無い。基本的な攻撃は、一部の鱗についているトゲから放たれる雷属性の魔法弾と、脚を強く地面に叩きつけての振動の二通りだけだ。魔法弾はトゲの数が多い為に死角がなく手数も多い反面、火力は低くて連続で直撃しない限り危険なことにはならない。振動の方はモーションが大きいため、避けるのは容易だ。


「振動攻撃の前に上半身を持ち上げるけど、腹が弱点ってことはないのかな?」


「それはもうユージが実験済みよ。残念ながら腹側も鱗に覆われていたわ。……トゲは無いみたいだったけど」


 弥生の思いつきは気付かないうちに検証されていたらしく、絵梨によって否定される。どうやら鱗に覆われていない部位は、脚と尻尾だけのようだ。


 このうち尻尾の方にはまだ攻撃を加えたことがない。というのも、後ろに回り込もうとすると尻尾を振り回した反動を利用して、素早く方向転換してくるのだ。見た感じ尻尾の方はほとんど鱗がなく、攻撃を加えられれば結構ダメージが出そうなだけに、なんとも悩ましい限りだ。


 なおこの魔物、動き自体は鈍い――というか戦闘を始めてからこっち、その場を全く動いていない。ひたすらその場に留まって攻撃を受け止め反撃をするだけで、目立つ動きといえば、方向転換くらいなのだ。


「尻尾は柔らかそうだが……、攻撃が届かんからな。もう一度回りこんでみるか?」


 隙を見ては前脚に一撃離脱を加えながら、聡一郎が一つ提案する。戦況は膠着しているので何か手を打たなければ、このままズルズルと消耗を続けることになってしまうだろう。


「それも手なんだけど、コイツが方向転換するときに乱射してくる弾が、イヤな軌道で飛んでくるのよねぇ」


「振動も併用してくるから厄介なんだよな。仮に部位破壊できても尻尾じゃあ……」


「即死はしないと。うーむ……回り込んで尻尾を狙うのは、リスクが大きいな」


 確かに数回トライしてみたところ、身体をスピンさせながら放たれる魔法弾は、妙な軌道を描いて飛んでくるために非常に避けづらかった。絵梨と悠司から消極的な意見が出され、聡一郎は提案を一旦下げる。


 なお部位破壊というのは、ある程度以上大きな魔物の特定の部位に一定のダメージを与えることで発生する、一種の状態異常である。破壊した部位を用いる攻撃を封じることができ、討伐時のドロップアイテムにもボーナスがつくことが多い。


 メリットが多いので、強敵を相手にした時は積極的に狙うのが普通だ。しかし部位破壊によって攻撃パターンが大きく変わったり、怒り狂って攻撃力が上がったりする場合もあるので、安易に狙うと手痛いしっぺ返しを食らうこともあり、情報が無い初見の相手には注意も必要である。


 プレイヤーより遥かに大きな敵が出現するRPGでは割とありふれたシステムであり、<ミリオンワールド>にも当然採用されている。さらに<ミリオンワールド>では魔物が生き物としてきちんと存在しているので、頭や首、心臓に当たるコアといった急所を破壊すると、それだけで仕留められるというおまけつきである。


 もっともパンツァーリザードに関して言えば、どこに首があるのか分からず、コアがありそうな部分は硬い鱗の内側なので、急所部位の破壊を狙うのは難しそうだ。


「みんな! 暢気に話し合いをしてる場合じゃないみたい。なんかチャージしてるよー。絵梨、お願い」


「はいはい。任せなさい」


 尻尾を狙いに行くか迷っているのを、パンツァーリザードは好機と見たのか、これまでに見せた事のない攻撃モーションを見せている。六本の脚を開いて体はやや落とし、その場に踏ん張るような態勢だ。さらにこれまで閉じたままだった口が丸く開かれ、その中にはバチバチと電気の火花を散らす光が見える。


 絵梨はモノクルを指で触れて――機能を使うのにこの動作は必要ない。単なるクセである――徐々に光が集中していく口を見つめる。


「属性は雷、直線状の範囲攻撃ってことは予想通りブレスね。こいつの動きからすると、なぎ払いはなさそうだから……。弥生とユージはカウンターで口の中に攻撃を叩き込んで。私も魔法で攻撃するわ」


「おっけ~」「了解。定番の弱点だな」


「タゲは聡一郎みたいだから、今の位置でギリギリまで待ってから避けて。……で、カウンターがあんまり効果ないようだったら、一旦退いて作戦を練り直しましょう」


「退くのはいいけど、あんまりってどのくらい?」


 砲撃魔法をチャージしつつ弥生が確認を取る。悠司はライフルを構えて狙いをつけ、聡一郎はいつでも避けられるよう注意深く観察している。


「HP全体の二割くらいを目処にするけど、退くときは合図を出すわ。……そろそろ来るわよ」


「りょうかい!」「よっしゃ、いつでもこい!」「応!」


 緊迫した空気を切り裂くように放たれた雷属性のブレスは、バリバリと音を立て、火花を散らしながら聡一郎へと殺到する。ジグザグを描く青白い光の筋が束になっているそれは、ブレスというより真横に飛ぶ雷のようだ。


 想像よりも広い範囲に危機感を覚えた聡一郎は、ステップを踏んで射線から逃れると同時にベルトの魔法防御を起動する。その危惧は正しく、ブレスの範囲からは逃れていたにもかかわらず、側激雷のように受けた一撃をけいで弾き、同時にMPをごっそり持っていかれた。


 二~三秒ほどのブレス攻撃が終わった瞬間を見計らい、すかさず弥生、絵梨、悠司の三人による定番の遠距離攻撃コンボが炸裂する。


「ハンマーショット!」「シューートッ!!」「三連マジックミサイル!」


 最も速度のある悠司のハンマーショットで相手を足止めし、弥生の砲撃と、絵梨のマジックミサイルを確実に当てるという、堅実かつ威力のある連続攻撃だ。なお、普段ならば、さらに聡一郎が素早く追撃を加えて完成するコンボである。

 

 姿勢を落としている為――かどうかは関係なく、パンツァーリザードは回避行動をまったく取ろうとしないため、三人のコンボ攻撃は全て直撃した。


「ちっ、ダメね……大して効いてないわ。みんな、いったん退くわよ!」


 ブレスを吐き終わると同時に口を閉じていたのだろう、三人のコンボはさほどのダメージは与えてはいなかった。


 おそらくこれで通常時の攻撃パターンは出尽くしただろう。仮にHPが減ったときにパターンが増えるとしても、それを検証するためにこのまま続けるのは、余りにも効率が悪い。


 パンツァーリザードが元の姿勢に戻るためにドスドス脚を動かしている隙に、四人は一目散に逃げだすのであった。







 清歌が足を踏み入れたその森は、背の高い樹木が高い密度で生い茂り、足元には木漏れ日さえもあまり届かない、薄暗い場所だった。


 厳しい日光獲得競争の結果、背の低い木々は駆逐されたらしく、あちらこちらに横たわっている。足元に生えている植物は、光が少なくても大丈夫な種類のコケやシダ、あるいはキノコの類ばかりだ。


 ナッツアップルを採取したサバンナエリアとの境界にある森は、木々がバランス良く生えていて、地面にも光が程よく届き、明るく温かい雰囲気だった。どちらかというと森というよりは人の手が入った里山、もっと言えば雑木林に近い場所だ。


 それに比べるとこの森は、自然の森に近い環境が再現されている。森の恵みが豊かであるからか、比較的小型の動物たち――といっても全て魔物なのだが――の気配が数多く感じられ、遠くからは時折鳥の鳴き声が聞こえてくる。


 森に入った目的は言うまでもなく、クエストのお題である魔物を捕獲することだ。しかし気配は感じられるというのに、姿を確認できたのは遠くで飛び立つのが見えた鳥くらいのものだ。


 奇妙な不自然さを感じつつ、ただあてどもなく歩き回るのも芸がないと思った清歌は、採取ツールを手に目につく素材を片っ端から採取する。現実リアルならば樹海で遭難の危機だが、<ミリオンワールド>では簡単に町へ帰還できる上、彼女の場合は空飛ぶ毛布という脱出手段もあるので、お気楽なハイキング状態である。


 蛍光色の光を放つキノコやら、なぜかうねうね動いているゼンマイの様なナニかやらを採取しつつ、同時に周囲の気配も探る。あるいは作業をしていれば、気配の主も油断して姿を見せるかとも思ったのだが――


(人間なら騙せそうですけれど、動物……いえ魔物相手では、そう簡単にはいかないようですね)


 今も気配は確かに感じられている。――にもかかわらず全く姿を確認できないということは、なにがしかのカラクリがあると見るべきだろう。


「ヒナも気配は感じていますよね?(ヒソヒソ)」


「ナー(ヒソヒソ)」


 ちゃんと小声で返事をする賢い飛夏をナデナデして褒めてあげながら、清歌はこれからどうするかを思案する。


(ヒナも気配を感じているということは、気のせいではないでしょうね……)


 見たことのない素材をあれこれ採取できているので、まるきり無駄足というわけではないが、それは本命の目的ではない。ついでに言うとお題がどうのという以前に、気配を感じられている魔物を発見できないというのは、なんとなく負けたような気がしてモヤッとする。


 これまでに発見できていない以上、保護色で風景に溶け込み、息をひそめてじっと動かない習性の生き物などという、常識の範疇に収まる相手ではないだろう。自慢ではないが、そういうのを見つけるのは得意だ。


 ――ということはまず間違いなく、ゲーム内特有の何かが絡んでいるはずだ。例の浮島を隠していた魔法しかり、雪苺が魔物であることを隠していた能力しかり、擬態に適したスキルの類は既に目にしている。


 それを踏まえた上で、清歌は改めて周囲を見回してみた。暗さに目が慣れれば、森の中は意外にも色彩に富んでいることが分かる。また、明滅する光を放つ果実や、風もないのに揺れている蔦、屈伸するように微妙に形を変えるキノコなど、森自体に結構動き(・・)があった。


 メルヘンやホラーといった方向で不自然にならず、一見するとごく普通の森に見えるように調整されている。この森を設計した開発スタッフは、絶妙なバランス感覚をもっているようだ。


(クエストがなければ素直に感動したいところなのですけれど……。この微妙な動きが、魔物の擬態を見破りにくくしているのでしょうね)


 これは単なる勘に過ぎないのだが、恐らく魔物の固有能力による擬態であっても、注意深く観察すれば見破れるはずだ。ある意味で、それを妨害するようなこの森の生態が、それを証明しているといっていいかもしれない。


 感覚や映像的な記憶力に優れているという自負はあるのだが、こうも目標以外の雑音ノイズが多いと発見は困難だ。これは違うアプローチを試みる必要がありそうである。


(ちょっとリスクはありますけれど、弥生さんたちもバトルで頑張っていることですし、私も挑戦しなければなりませんね!)


「ヒナ、行きますよー」「ナナッ!」


 清歌が一声かけてその場でジャンプすると、空飛ぶ毛布に変身した飛夏が足元にするりと入り込み、そのまま清歌を乗せて真上に上昇していく。ぶつかりそうな枝を上手に避けつつ、あっという間に樹海の上へに飛び出した。


 いつの間にやら森のかなり深くまで来てしまっていたらしく、見下ろすと周囲は緑の海だ。清歌はぐるりと辺りを見回し、少なくとも視認できる範囲には魔物がいないことを確認する。


「おいで、ユキ」


 袂から雪苺の従魔サーヴァントジェムを取り出し、召喚する。現れたふんわりとした白い毛玉が、清歌の頬にじゃれついてくる。


「ふふっ、くすぐったいです、ユキ。……さて、あなたの力を貸りますよ。浮力制御、エイリアス生成五体、植物モード」


 清歌は雪苺へと指示を出し、次々と能力を発動させる。<エイリアス>とはマリワタソウの固有能力で、分身を出現させる能力だ。さらに同じく固有能力の<モードチェンジ>で、それらを綿毛の状態にしておく。そうしておくことでマリワタソウは植物とみなされ、アクティブの魔物であろうと反応しなくなるのである。


「エイリアスたちは森の中へ。それぞれ周囲を確認しつつ、放射状に散開。魔物を見つけた時点で、それを追跡すること。いいですね?」


 ずらりと横一列に並んだ五体の綿毛が、体をふるりと揺らして返事をする。清歌はその様子に一つ頷いて、満足そうに微笑む。


「はい、いい子ですね。では、頼みましたよ、行きなさい! ……ユキ、映像オープン」


 雪苺のエイリアスたちが、音もなく森の中へと消えていった。さらに清歌の肩の上に残った雪苺(の本体)が、五枚のウィンドウを出現させる。


 エイリアスの視界がリアルタイムで表示される画面に目を配りつつ、清歌は忘れないうちに重要なことを伝える。


「これで首尾よく見つかるといいのですけれど……。ヒナ、アクティブに見つかったら、私が指示しなくてもすぐに逃げるように。その場合、ユキはエイリアスを消してしまって構いません。二人とも、いいですね?」


「ナッ!」「……(ふるり)」


 飛夏のアクティブな魔物に襲われないという固有能力は、清歌と二人(?)だけで行動しているときのみに発揮されるもので、雪苺を出現させてしまった現在、それは無効になっている。リスクというのはこのことなのだ。ざっと見渡したところ、空を飛ぶ魔物の姿は確認できないが、鳥型の魔物は森の中で見ているので、注意しておくに越したことはない。


 さて、雪苺のエイリアスが探索をしている間に、マリワタソウの固有能力について少し補足しておこう。


 まずは<エイリアス>について。この能力は分身を出現させる能力で、浮島の花畑でたくさんの綿毛が浮かんでいたのは、この能力によるものである。出現させるときにMPを消費し、なんと驚くべきことに数に上限はない。また本体と全く同じ能力を持ち、魔物モードならば魔法を放つことも可能である。


 使用制限としては次の様なものがある。一つ、エイリアスの数を増やすとMPの自動回復量が減少する。二つ、エイリアスにはHPとMPの設定がなく、ダメージの出る攻撃を受けた時点で消滅する。三つ、魔法を放つとき本体のMPを消費する為、総合的な火力が上がるわけではない。


 次に<モードチェンジ>について。これは植物として扱われる綿毛の状態と、魔物として扱われるヘタと尻尾が生えた状態に姿を変えられる能力だ。植物モードの時は、アクティブな魔物に襲われる心配がない代わりに魔法による攻撃ができず、魔物モードの時はその逆となる。それぞれ一長一短であるため、特にペナルティの類はない。


 やろうと思えば戦闘時に、魔物モードのエイリアスを複数出現させてのいわゆるオールレンジ攻撃も不可能ではない。もっとも、総合的な火力に変化がない――というかMP自動回復量が落ちるので、減少するともいえる――ために、攪乱として使える程度だろう。


 ちなみに最初に浮力制御をかけたのは、清歌に対してである。飛夏に掛けることのできない魔法でも、清歌に掛けることでかかる負荷を減らし、消費MPを抑えることは可能なのだ。


「ユキ、四番を一時停止。ちょっと左を向いて……ストップ。やはりそこに、不自然な揺らぎが見えますね……。四番はその観測を続けるように」


 清歌がウィンドウの映像に不自然な点を見つけて指示を出す。既に二体のエイリアスが発見した魔物の監視に移っているので、これで三体目になる。


「(やはり能力を使って姿を隠していたようですね……)では、順に捕獲していきましょう。ヒナ」


 飛夏は一声鳴いて返事をし、三つの候補から一番近い魔物の傍へと移動する。近づきすぎて警戒されないよう、距離に注意しつつ、木々の隙間から目印となる白い綿毛が見える位置へと微調整する。


 清歌は袂からモンスターキューブ(仮称)を一つ取り出すと、ターゲットを見据え、キューブを持った手を後ろに引いて構える。深呼吸をして一旦リラックスしてから、スイッチをしっかり押し込むと、アンダースローでキューブを投げつけた!


 キューブは回転しながらほぼ一直線に飛び、吸い込まれるようにターゲットの魔物へと命中する。その瞬間、キューブは半透明になり、魔物を完全に包み込むサイズにまで拡大した後、縮んで元どおりになる。その後、魔物の姿は影も形もない。


 捕獲完了と同時に、キューブが清歌の手元に戻ってくる。ちなみに、コントロールに失敗して魔物に当たらなかった場合も、手元にちゃんと戻ってくる。捨てられないイベントアイテムの特性を利用した、ちょっとズルい感じのするやり方である。


 キューブに表示される魔物の情報を確認してみたところ、残念ながらお題に合っていなかった。捕獲したトカゲ――というかヤモリに似た魔物は、食性もそれに近く主に虫を食べるらしい。少しがっかりしつつ、こんなことでめげない清歌はさっさと元の場所にリリースし、エイリアスには探索を続行させた上で、次の魔物がいる場所へと向かった。


 この手順を繰り返した結果、三体目と四体目の魔物がお題に適合しており、後者を気に入ったために、探索はそこで切り上げることにする。保留としていた三体めは、位置確認の為に残しておいたエイリアスの場所にリリースした後、清歌は弥生たちの元へと飛夏を飛ばすのであった。







 パンツァーリザードから無事逃走に成功した――予想通り追撃はしてこなかった――弥生たちは、周囲に敵が目ぼしい敵が見当たらない場所に陣取って休憩中である。長時間戦闘で疲れてしまったため、作戦会議はちょっと保留だ。


 この辺り一帯は地面が若干湿っているため、レジャーシートを広げて座るには少々不向きだ。なので彼女たちは、アウトドア用品でよくある折り畳み式のテーブルと椅子のセットを取り出し、飲み物とおやつを広げている。


 こういった本質的に冒険者には不要なアイテムが揃っているのは、明らかに誰かさんの影響だろう。町の外で話し合うときは、立ったままか地べたに座り込んでするのが、ごく普通の冒険者である。


「それにしても……戦車パンツァーの名はダテじゃないって最初見た時は思ったんだが、ありゃあどっちかっつーと要塞フォートレスだよな」


 一息ついた悠司が、ツッコミの形で先ほどのカタ~い魔物の特徴を言い現わした。


「あらユージ、なかなか的確な表現じゃない。私もその感想に一票。……もしくは動かざること山のごとし、って感じかしらねぇ」


 付け加えた絵梨の言葉に、他の三人もややぐったりした表情で頷いている。


 総合するとパンツァーリザードとは防御力特化型の魔物で、戦闘になっても積極的に攻撃して撃退するのではなく、相手が諦めるまで持久戦を続けるというのが基本方針のようだ。


 たまたま見つけて攻撃を仕掛けてしまった冒険者にしてみれば、追撃はしてこないために逃げるのは容易で、「変な奴に仕掛けてしまった」という後悔が残る程度だ。引き際を間違えてしまうと回復アイテムを無駄にするかもしれないが、言い替えるとその程度のリスクでしかなく、危険度はさほど高くない魔物と言えよう。


「でも私たちは、その要塞を倒さなくちゃならないんだよね……」


「まぁ、そーゆーことね。さ、嘆いていても始まらないから、一応(・・)順番に検証してみましょ。……といっても項目は少ないのよねぇ」


 絵梨は一応を妙に強調して言ったあとで、その理由をぼやくように付け加えた。


「だな。……んじゃ、攻撃パターンからいくか。まずは雷属性の魔法弾だが……一発の威力は大したことないよな、あれ」


「うん。私は何発か食らっちゃったけど、ダメージは大したことなかった。でもちょっとビリッとしたから、同時に何発も受けると麻痺状態になるかもしれないね」


「雷属性の特徴ね。……こっちを追尾はしてこなかったわよね?」


「うむ。速さはそこそこあるが、誘導性はなかった。ただ散弾のように撃ってくるから、大きく回避する必要があるのが厄介だな。……ああ、それからギリギリで避けた時に放電を受けた」


「それってどのくらいのダメージだったの?」


「ダメージは問題にならない。が、おそらく麻痺の判定はあるのだろう」


 威力ではなく手数で攻めるタイプの攻撃で、仮に麻痺状態になってしまうと少々厄介だ。――とはいっても四人同時に麻痺になる可能性は低く、回復アイテムもしっかり用意してあるので油断しなければ怖い攻撃ではない。


「じゃあ、次は震動について。……なんだけど、あれって確か、一度も食らっていないわよね?」


 絵梨の確認に三人が頷く。鈍重な動きで上体を持ち上げた後、足を地面に叩きつける攻撃は、恐らく円状、または扇形の範囲攻撃で、ダメージと同時に転倒の効果があると推測できる。しかし――


「っつーか、あのミエミエのフリはどうなんだ? 俺はどこのリアクション芸人だよってツッコミを入れたくなったぞ」


「あはは。……自分で言うのもなんだけど、接近してた私が十分逃げ出せるくらいだからね~。麻痺にでもなってない限り、あれは食らわないだろうね」


「あー、確かにその危険性はあるから、麻痺には気を付けなくちゃいけないわね。で、最後のブレス攻撃はどうだったかしら?」


 逃げ出す直前に一度だけ受けた真横に飛ぶ雷のようなブレス攻撃は、見た目も音もなかなか派手でインパクトがあった。


「あれも見た目よりも攻撃範囲が広い。しかも魔法弾と違って、余波の方でもダメージがかなりありそうだ。ベルトの機能で無傷だったが、MPがほぼ空になった」


「薙ぎ払ってこないのが救いかしら。……まあ、ユージじゃないけどこっちも前フリが大きいから、避けるのに問題はなさそうね」


 全員が頷き、これでパンツァーリザードの攻撃方法に関する検証は一通り済んだ。


 あとはこいつをどうやって攻めていくか、なのだが――


「はぁ~~」「困ったわねぁ」「どうしたものやら」「……むぅ」


 四人は一度顔を見合わせてから、それぞれ頭を抱えてしまう。どうにも攻める糸口が見つからないのだ。


 いろいろとトライした中で、まぁ一応ダメージらしい数字を出せたのは、悠司の徹甲弾から弥生と聡一郎の近接攻撃へと繋ぐコンボくらいだ。それにしたところで全体のHPから見れば、ほんの僅か削れた程度で、何回繰り返せば倒せるものか分かったものではない。


 おそらく真正面からの攻撃で斃しきるには、物理的な防御力は関係ない大火力の魔法をぶつけるか、もしくは硬い防御の上からでもダメージを与えられる高レベルの打撃アーツを叩きこむしかない。しかし残念ながら、今の弥生たちにはそういった手札がないのである。


「まあ、無い袖は振れないし、私らは弱点狙いで行くしかないわけだけど。ねぇ?」


「一応、試していないことが一つあるんだけど……」


 自信なさげに呟く弥生に、三人の視線が集中する。


「……尻尾か? だが急所じゃないし尻尾で攻撃もしてこないから、部位破壊しても意味ないんじゃないか?」


「うん。……そうなんだけど、このゲームって妙に生々しさはないけど、基本的にリアルなつくりだよね? だから切り落とした傷口が弱点になるんじゃないかなーって、思ったんだけど……」


 びみょ~にエグイやり方のような気もするが、ゲームによっては部位破壊することで弱点を露出するタイプの敵もいるのだから、弥生の提案には一理ある。


 しかし、後ろに回り込むこと自体が激しい反撃を受けるために困難であり、同時に後衛にとっても避けにくい流れ弾が大量に飛んでくる危険性がある。


「う~む、やってみる価値はありそうだが、リスクを考えると決め手に欠けるな」


 腕を組んで唸る聡一郎の台詞は、三人の内心も端的に表していたようだ。なんとなく、同じように腕を組んで考え込んでしまう。


 話が途切れてしまったところでタイミングよく、空飛ぶ毛布に乗った清歌がゆっくりと降下してきた。


「ただ今戻りました。皆さんもご無事で何よりです。……あの、どうかされましたか?」


 四人そろって腕組みをしている奇妙な様子に、思わず首を傾げてしまう清歌なのであった。





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