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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第四章 おもちゃ屋さん、はじめました!
43/177

#4―07

 丸一回のセッションを全て費やした甲斐あって、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は露店営業の勝手が大体掴めたようだ。よって翌日午前のログイン、即ち旅行者が参加する二度目のセッションでは、ある程度余裕が出た分だけ、店番以外の行動もすることができた。


 中央広場で呼び込みをする役が不足する点については、清歌がいつの間にやら仲良くなっていた屋台の人に、チラシを置いてもらうことで補っていた。


 結果的にはチラシでは呼び込み程の効果は無く、初回と比較して売り上げ自体は若干落ちたのだが、素材収集や在庫の補充も並行してできたので、それも合わせればまずまずの結果というべきだろう。


 ちなみに今のところ、高額設定のステンドグラス装備はまだ売れていない。もっともそれは興味を持たれていないというのではなく、その美しさに惹かれてまじまじと眺めたあと、値札を見て硬直、迷いに迷った末に諦めるという者が数多くいたということである。


 実のところステンドグラス装備は値下げしてもいいのではと、清歌は一度提案している。しかし購入を検討しているらしい者が、値切り交渉をしてこないなどの反応を見る限り、さほど常識外れの値段設定とは思えないので、今のところはお値段据え置きとなっている。







「ステンドグラス装備に興味を持っているのは、冒険者の方が多いみたいね。だから恐らくだけど、ホームを入手して資金に余裕ができてから、売れるんじゃないかしら」


「装備っつっても、ありゃインテリアだからなぁ。確かにホームがないうちに買っても意味ないか」


「ん? 蒐集物コレクションは持っていることに価値があるのではないか。たまに眺めたり、磨いたりするのだろう?」


「磨く……って、ソーイチ……。骨董品のツボじゃないんだから」


「ふふっ、VRなら嵩張りませんから、コレクションを持ち歩くのに不便はありませんね」


「え~っと……、問題はそこじゃないような気がするんだけど……」


 弥生の控えめな突っ込みに、清歌はクスリと微笑んで見せる。どうやら聡一郎に便乗しての冗談だったらしい。――聡一郎の方は素だったようだが。


 海外での生活が長かった影響か、はたまた単にそもそもそういう性格だったのか、清歌はジョークやユーモアの類に関しての許容範囲がかなり広く、また自身でもしばしばジョークを飛ばす。困ったことにそのジョークやボケの類が、「ちょっとズレたお嬢様なら素で言いかねないかも……」といったものであり、どうも意図的にそこを狙っているきらいがあるのだ。


 表情にしても口調にしても普段と全く変わらないので、ボケなのか素なのか分かりづらいことこの上ない。他者が持っているであろう自身のイメージを十分理解した上で、それをネタにしてしまう辺り、清歌もなかなかいい(・・)性格をしているようだ。


「(も~、清歌ってば~)……確かに買っておいて困ることはないけど、今は資金があれば装備とかスキルに回すだろうしな~」


「そね。それに多少資金が余っても、念のために貯蓄しておくだろうし。ま、ステンドグラス装備の方はまだ量産も出来てないし、しばらくは半ばお店の飾りってことでいいんじゃないかしら?」


「あー、量産化はもうちょい待ってくれるとありがたい。……あのレシピ、今の俺にはレベルが高すぎてなー」


 木彫りのヒナですら、かなりハイレベルのレシピだったのである。それを凌駕する出来栄えのステンドグラス装備は、作成が不可能とまでは言わないが、失敗する回数の方が多く、未だ量産機能を使えるようになっていない。


「まあ、そちらはこれ見よがしに置いておけばいいだろう。多少無理をしないと買えない高価なものもあった方が、店に箔が付くというものだ」


 力強く断言する聡一郎に、四人はそれぞれ微妙な表情になる。内容自体は納得できなくもないが、そもそも露店に箔などというモノが必要なのだろうか、と思ってしまったのだ。


「……なんにしても値下げの必要はないってことで、いいんじゃないかしら?」


「うん、そだね。もしかしたら、四人くらいの旅行者グループがいたら、残ったお小遣いを合わせて買ってくれる……なんてこともあるかもしれないしね」


 追及しても仕方なさそうなところはスルーして、絵梨と弥生がステンドグラス装備の価格問題について、そう締めくくる。それを聞いた三人も異存はなく、それぞれ頷いた。




 現在清歌たち五人はフードコートにて、食後のお茶を飲みながら駄弁っているところである。


 先日の集中勉強会で課題はほぼ全て片付き、セッション間のインターバルで勉強をする必要はもうなくなっている。ゆえに心置きなくお喋りに興じることができるのだ。


「なんとなく、露店の方はこのままの感じで回せそうな気がするんだけど……どうかな?」


「そね。二人が店番をして、残る二人で在庫の補充か素材収集って感じで上手く回せたし、問題はなさそうね」


「うん。あ、清歌も次からそのローテーションに入ることにしよ?」


「はい? …………ああ、そうですね。承知しました」


 似顔絵屋は結構楽しくやれているし、ひっきりなしにお客さんが来るわけでもないので、清歌としては旅行者のいるセッション中ずっと露店に張り付いていても特に問題はない。なので、弥生の提案を聞いた直後、清歌は少し首を傾げてしまった。


「なあ……、似顔絵屋は旅行者の反応もいいし、ぶっちゃけ清歌さんとヒナの組み合わせはいるだけで人目を引くから、店に居てくれた方がいいんじゃないか? あ、もちろん清歌さんがそれでいいならって話だが」


「ありがとうございます、悠司さん。私はずっと露店でも問題はありませんよ? ただ……弥生さんは先のことも考えているのではないでしょうか?」


 さすがはリーダーです――といった風情で清歌に言われると、弥生としては少々照れ臭いので、誤魔化すように補足をする。


「や、そんな大したことじゃないよ。……ただ、おもちゃ屋さんの商売も結構楽しいから、長く続けたいなって……ね?」


 実働テスト期間である今はともかく、正式サービスが始まれば常に旅行者がいるようになる。そうなれば、今のように旅行者がいるときだけ集中して露店を開くというのは不可能で、どこかで線引きをしなくてはならない。その時に備えて、露店が開いているときは必ず似顔絵屋をやっているという、固定した状況は作りたくないと思うのだ。


 そもそも露店での商売は脇道の遊びなのだから、誰かがそちらに注力せざるを得ない状況を自ら作るようなことはしない方が賢明だ。


「ほほー、流石は我らがリーダー。なかなか良く考えておられる。……って、今気が付いたんだが、別の意味でも清歌さんが常時露店に居るのはまずいかもな」


「あー、私も分かったわ。確かに清歌がいつも同じ場所にいるとなれば、おかしなヤローどもが付きまとってくるかもしれないわねぇ」


 そんな台詞を言いつつ、絵梨は気の毒そうな視線を清歌へと向けた。


 清歌の方はというと、困ったような疲れたような微妙な表情をしている。何しろ幼い頃から耳にタコができるほど言われ続けていることであり、正直言ってVRの中でくらい、忘れさせてほしいところである。


「うむ。確かに用心しておくに越したことはない。……が、一つ訂正が必要ではないか?」


「あらソーイチ、珍しいじゃない。別に変なことは言ってないと思うけど?」


 確かにおかしなことは何も言っていない。というか、聡一郎自身がそれは肯定している。


「うむ。……ただ、なにも清歌嬢が引き寄せるのは、ヤローに限った話ではない、と思っただけだ」


 聡一郎が腕を組んで重々しく言った台詞に、びみょ~な空気が五人の間に漂う。言われてみれば、先日のおかしなテンションになっていた凛のことや、中学時代の副会長だった時のことを思えば、清歌の持つある種のカリスマ性は男女関係なく引き寄せてしまうらしい。


 しかし聡一郎の物言いが、“なんちゃらホイホイ”であるかのようで、清歌としては少々納得がいかないものがある。ちょっとくらい反論しておくべきだろうか?


「ええと、一応念のためですけれど、私が意図的に引き寄せているわけではありませんので……」


「む、すまない。……そういうつもりではなかったのだが」


「ふふっ、承知しています。ですから、あくまで念のため、ですよ」


 話がここで終わったことに、弥生は内心ほっとしていた。なぜならば聡一郎があんなことを言い出したのは、恐らく清歌の信奉者と化していた凛のイメージが強く残っていたからと思われ、姉としてはいたたまれないものがあったのだ。


 実のところ傍から見ていると、弥生が時折見せる過剰な反応も大概なのだが、誰しも自分のことは客観視できないものなのである。


 妹が<ミリオンワールド>に参加するのはまだ先のとはいえ、それまでにはクールダウンしているかどうかは怪しいものだ。一度くらい、きちんと釘をさしておくべきだろうか。――などと自分のことは棚に上げておいて、そう心に留めておく弥生なのであった。







 スベラギの西門は南門に比べて小ぢんまりとしていて、また現時点では冒険者の利用も少なく、いささか閑散としている印象だ。


 本日二度目のログイン直後に西門へと転移したマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、人が少ないのをいいことに門のすぐ前で軽くミーティング中である。


「さてと、ちょっと滞っていたポータル修復クエストをやっつけちゃいたいよね!」


「そね。ここのところ露店の準備に時間を割いていたから、クエストが後回しになっていたものね。……ま、別に時間制限があるわけじゃないけど」


 弥生が宣言した方針に絵梨が補足し、残る三人は大きく頷いた。


「……とすると、俺ら生産組の作業は素材が集まってからの方が効率的だから、まずやらなきゃならないのは、二つ目のターゲットの発見と撃破だな」


「その前に確認なのだが、素材があれば職人作業の方は問題ないのか?」


「そっちの方は大丈夫よ。何しろ露店の商品開発で、職人レベルがかなり上がったから。……そういう意味では、露店の企画はちょうどよかったわね」


 聡一郎の懸念は特に問題がなかったようだ。もともと生産職の絵梨と悠司に割り当てられたクエストの内容は、とにかく手間のかかる手順というだけで、要求レベルはさほど高くはなかったのである。商品開発でレベルアップした今ならば、気を抜かなければ失敗することはなさそうだ。


「では、一番のネックが私ということになりそうですね。これは、気合を入れなければなりませんね」


 ニッコリとのたまう清歌は、言葉とは裏腹に全く焦った様子はなく、いつも通りの泰然ぶりだ。その余裕に根拠があるなら頼もしい限りなのだが――


「清歌、樹上と水の魔物はスベラギ西のエリアで見つけられそうだけど、魔法生物の方は何か当てがあるのかしら?」


「そうですね、確実とは言えないのですけれど……。皆さんユキのバックグラウンドストーリーを覚えていらっしゃいますか?」


「えっと、防犯システムとして開発されたけど、屋敷ごと遺棄されちゃったっていう話……だったよね」


 ちょっと感情移入してしまったエピソードなので、良く覚えていた弥生が答える。それを聞いてピンと来た悠司が、清歌の言わんとすることを続けた。


「そうか、なるほど! 開発されたってことは、どっかで研究されてるんだよな。当然、情報もあるはず。普通に考えれば……、大学の研究室とかか?」


「そね。北の学術系エリアには大学もあったはずよ。……清歌、こっちの学校にちょっと興味があるから、私も一緒に行っていいかしら?」


「はい、承知しました。とは言っても、まずは二体の候補を見つけてからですね」


 もし目ぼしい魔物が見つからなければ、その時はそちらの情報収集も兼ねて、先に学校を訪ねてもいいかもしれない。


「そう言えば、対象の魔物を見つけたとして、どうやって捕獲するのだ?」


「クエストを受注した時に、専用のアイテムを三つ受け取っています。説明書きによると、スイッチを押して魔物に投げつけるだけで捕獲できるようですね」


 清歌の言葉に、弥生と絵梨、そして悠司が思わず顔を見合わせる。なんとな~くネタ臭を感じる使用方法だ。そしてまず間違いなく、清歌はジャンル的にそのネタ元を知らないだろう。


 スルーしてしまったところで何ら問題はないのだが、確認しないまま放置するというのも、びみょ~に落ち着かないものがある。確認しなら、それはそれで疲れる結果になりそうなところが、なんとも悩ましい。


(ねえ、確認……するの?)


(まあ、気になることを放っておくのもアレだからな)


(……で、その役目は私に押し付ける……と)


 ――という感じのアイコンタクトを交わし、弥生が代表して尋ねる。


「ね、清歌。ちょっとその捕獲アイテムって見せてもらえるかな?」


「はい。……これが、その魔物を捕獲するアイテムです」


 清歌が袂から取り出したモノは、手の平にちょうど乗るサイズで、上半分が白で下半分が赤のツートンカラー。そして色の境界線上に一つ、丸いボタンがついている。ちなみにボタンの周囲と色の境界線上には、黒いラインが引かれている。


 そのアイテムをまじまじと見つめていた三人は、同時に大きく息を吐き出した。ほっとした成分が三割で溜息成分が七割、といったニュアンスである。


「俺には良く分からんが、もしかしてこれも何かのネタなのか?」


 腕を組んで片眉を上げ、聡一郎が三人に確認する。分かっていないのは清歌も同じようで、首を傾げていた。


「そね。まあ元ネタは超有名ゲームのアイテムなんだけど……流石にボールにはできなかったようね」


「ハハハ。さしずめ、モンスターキューブってとこか。……ってか今回の場合、仕込んだネタが、当の清歌さんには不発だったってところが、むしろウケるような気がするな」


「ふっふっふ。ネタを仕込んだ開発の方々も、さぞがっかりしていることだろうね!」


「フフ、そね(ニヤリ★)」「フッ、だな(ニヤリ★)」


 ネタを仕込んだ開発の人間が、プレイヤーの反応をいちいち確認するほど暇でもなかろうが、何やら黒い笑みを浮かべて悦に入る三人。彼女たちの心境は、例えるならさむ~いギャグを飛ばして場を凍らせた者を見て冷笑する、というような少々趣味の悪いものだ。


 そんな三人を見て、清歌と聡一郎はそっと一歩だけ後ずさるのであった。


 閑話休題。ともあれこれからの予定は、清歌を除く四人は二体目の対象である魔物の発見・討伐で、清歌の方は条件に当てはまる魔物の捕獲である。


「では、私は単独行動の方が良さそうなので、ヒナでひとっ飛びして先行します。討伐対象も一緒に探しますので、見つけたらご連絡しますね」


 清歌はそう言いつつ雪苺を一旦ジェムに戻すと、飛夏に「よろしくね」と声を掛けてひと撫でする。


「おっけー。大丈夫だとは思うけど、気を付けてね。……ちなみに、どっちから探すつもりなの?」


「水系の方から探すつもりでいます。そちらの方が簡単そうですし、水場なら魔物も集まっていそうですから、運が良ければ討伐対象の方にも会えるかもしれませんので」


 確かに<ミリオンワールド>の魔物は、生態までキッチリ設定されているので、肉食草食に関わらず水場には多くの魔物が集まる傾向がある。先日の探索で見当を付けた付近の水場を探すというのは、理に適っているだろう。


 なお水場付近での戦闘は、数多くの魔物がいるだけに次々とひっかけてしまう可能性が高く、なるべく避けるというのがセオリーである。従って水場に居る獲物は、遠距離攻撃で一体だけおびき寄せてから撃破するのである。


「それは助かるわ。この間話した場所付近の水場を探してみてくれるかしら?」


「承知しました。では、お先に失礼します。……ヒナ、行きますよ」


「ナッ!」


 清歌は軽くお辞儀をして挨拶を済ませると、飛夏を連れて門の外へと駆け出した。門を出たところで並走する飛夏が毛布に変身すると、それに飛び乗って一気に加速し――あっという間に豆粒サイズになってしまうのであった。


 空飛ぶ毛布の最高速度が、ずいぶん速くなっていることに呆気に取られていた悠司が、ふと気づいた疑問を呟いた。


「……割とどうでもいい話なんだが、ヒナは町の中では変身できないなんてこたぁ、ないんだよな?」


「うん、普通に変身できるよ? あ、でも流石に空飛ぶ毛布で町を飛び回ってたら目立ちすぎるだろうから、自重してるんだって」


「ふむ。まあ、いずれ知名度が上がればその必要もなくなりそうだがな」


「そね。それに空を飛ぶ移動手段がヒナだけってことはないだろうし、その内自重する必要はなくなりそうね」


「あはは、確かにそうだね~。……よし、お喋りはこのくらいにして、私らも行くとしましょうか!」


「ええ!」「行くとしますか!」「おう!」







 テレビゲームにおけるRPG、それもフィールドを長距離移動しなくてはならない類の場合、なにかしらの移動補助手段が用意されていることが多い。


 プレイヤーの操作に対するアシストとしては、方向キーを入力しなくても前に走り続けるオートラン機能や、マップ上の指定ポイントへ瞬時にジャンプできる機能などであり、ゲームの内容としては移動速度が大幅に上がる乗り物などがそれにあたる。


 余談ながら、指定の場所に瞬時に移動できる機能は、ゲームによってシステムというかインターフェースに組み込まれている場合と、ゲーム内でのアイテムや魔法によって実現できる場合とに分かれる。オンラインゲームは後者のパターンが多いようである。


 さて、世界初のフルダイブVRたる<ミリオンワールド>にも、そういった移動補助手段は準備されている。というか、広大なフィールドを徒歩で移動するのは限度があり、準備せざるを得なかったのだ。


 特定のポイントに設置されているポータルゲートもその一つで、他にも目視できるポイントへ転移できる<ショートジャンプ>という短距離限定の転移魔法や、記録済みの特定ポイントへ転移できる<転移>という魔法などがある。ちなみに<ショートジャンプ>の方は、実用性はともかく戦闘中にも使用可能である。


 ただポータルは設置されているポイント自体が少なく、比較的自由度の高い転移魔法は習得レベルが高くコストも重いので、駆け出しの冒険者では使用できないという問題がある。魔法の方は同等の消耗品アイテムもあるのだが、当然高価なものなので、やはり駆け出しには手が出ないのだ。


 それでは低レベルの冒険者は事実上、町とその周辺を往復することしかできないではないか――ということで搭載されたのが<街道システム>である。


 街道とは言っても、<ミリオンワールド>は世界観的に町と町を繋ぐ街道というモノは存在しない。ゆえに町と冒険者にとって重要なポイント――採取場所やダンジョン、ポータルなど――を繋ぐ線上に、自然に踏み固められることによってできた、獣道ならぬ冒険者道といったものである。


 利用方法は極めて簡単で、街道の上に立つと機能スイッチのウィンドウが現れるので、それをオンにするだけだ。あとは体を前に傾けると、地面からほんのわずかに浮き上がって、するすると街道上を移動するのである。


 最高でジョギングほどのスピードなので、無茶苦茶便利すぎる機能というわけではなく、生身でも再現可能な範囲のものだ。あくまでも走り続ける面倒臭さを取り除く、一種のモノグサ機能といってもいいだろう。


 なお追い抜きやすれ違いの時は、相互に避ける形で衝突することはないという、なかなかのスグレモノだ。ただし街道自体は安全地帯というわけではないので、普通に魔物が侵入してくる。そのことを忘れがちな、街道初心者はしばしば魔物と衝突事故を起こすのである。


 余談だがこの街道、長年冒険者が同じ道を歩き続けたことで、移動する意思が魔力とともに大地に記録され、移動魔法が自然発生した――というコジツケ臭い設定が一応存在している。誰も気にしていないようではあるが……




 さて、弥生たち四人は現在、そんな街道システムを利用して、目的地へ向かって快適にドライブ中だ。このエリアで活動している冒険者がまだ少ないのをいいことに、前に弥生と悠司、後ろに絵梨と聡一郎がそれぞれ横並びになっているという形である。


 壁役を兼ねる弥生と遠距離攻撃で先制できる悠司が前で、防御が薄い絵梨で殿しんがりを務める聡一郎が後ろというのは理に適っているようで、しかし提案したのが絵梨である為に、何やら個人的感情があるような気もする。なかなかにあざといというべき――「あら、誹謗中傷が聞こえた気がするわねぇ(ギロリ★)」――いえいえ、恋する策士殿はチャンスを見逃さないと、感心していた次第です、ハイ(汗)。


「う~ん、風が気持ちい~ね~。サバンナエリアはちょっと乾いてる感じだけど、こっちは空気が爽やかだよね」


「確かに、こっちのエリアは基本森と湖だから、程よくしっとりしてる感じだな。まぁ、うろついてる魔物は結構スペクタクルな感じなんだが」


 悠司は弥生の感想に同意しつつ、遠くをノシノシとゆったり歩いている巨大な首の長い恐竜型の魔物を眺めながら、そう付け加えた。


 このエリアの平地部分は湖沼地帯となっており、ところどころに巨大なシダ植物が生えているという、ジュラシック的な自然環境だ。そこに巨大な恐竜型や、それに匹敵するサイズがある獣型の魔物がうろうろしているので、確かにスペクタクル映画的な光景といえる。なお平野部に出現する虫型の魔物もかなり巨大で、こちらはもはやホラーといっても過言ではない。


 一方で森を深くまで入るとごく普通の植生に変わり、そこまで行くともう巨大な恐竜型の魔物は出現しなくなる。その代わりレベルそのものは高くないが、やたら擬態の上手い魔物が多く存在し、いろいろと厄介な場所になっている。


「まあ、あの辺のデカいのは基本草食で、ノンアクティブだから気楽に鑑賞しておきましょ。こういう光景は現実リアルではお目にかかれないんだし」


「サバンナの魔物は見た目に関しては現実リアルに居るものと、あまり変わらなかったからな。鑑賞する気は起きなかったが……。確かにこっちは完全にファンタジーだな」


 のんびり話しながら索敵兼鑑賞をしているところに、清歌から連絡が入った。


『もしもし清歌、何かあったの? もしかして魔物を捕獲できた?』


『いいえ、弥生さん。捕獲の方は今から……というか、この子で大丈夫なのか説明を詳しく読んで検証中です』


『あら、幸先いいじゃない。でも、じゃあこのタイミングで連絡してきたのは、どうしてなの?』


『それが……、今皆さんに写真を送りましたので、確認してみて頂けますか?』


 清歌の言葉と同時にメールが着信する。悠司と聡一郎が写真を開き、それぞれ二人で覗き込んだ。


 湖の上から撮影されたらしき写真は、一見すると手前にハスの葉がいくつか見えることを除けば、今弥生たちの周囲に広がる風景とさほど違いはない。しかし――


『ん!? この岸辺にある岩っぽいシルエットって、もしかして……』


『え、悠司、どれのこと……。あ、確かによく見ると脚が生えてる……かも?』


『むぅ、ただの岩では無さそうだな。清歌嬢、これは動いているのか?』


『それが……、例の魔物だとしても水を飲んでいるらしく、殆ど動いている様子がありません。もしかしたら岩なのかもしれません』


 話を聴きながらマップで清歌の位置情報を確認していた絵梨が、モノクルを指で触れつつ口を開いた。


『清歌の現在地から対岸ってことは、ちょうど私たちが見当をつけた付近よ。ここからなら私たちの方が近いし、多少不確実でも行ってみるべき……と私は思うわ』


『うん、異議なし。場所的にも確率が高そうだし、行ってみて損はないもんね! 清歌、情報ありがとう!』


『どういたしまして。……確度の低い情報で申し訳ありません』


『ううん、そんなことないよ。そもそも全く情報がないとこからなんだから、十分ありがたいよ! じゃあ、そっちも頑張ってね、清歌』


『はい。皆さんもお気を付けて。では、後ほど』


 通信を切り四人は顔を見合わせて一つ頷くと、引き続き目的地へむかって街道を走る。もう二~三分街道を走ってから降りるとちょうど良さそうだ。


「コレが当たりだったらの話だが、なんつーか清歌さんは引きが強いとは思わんかね?」


「フフ、確かにそういう気もするけど……、今回は違うわよ? だってあの子が見つけなかったとしても、探索予定範囲の中だから私達が見つけていただろうし」


「引きの強さもあると思うが、むしろこの小さな違和感を見落とさないところが、驚異的だと思わないか?」


「だね~。前に聞いたことがあるけど、清歌って映像的な記憶力はすごくいいんだってさ。だから間違い探しとか、ちょっとずつ映像が変化するクイズとか得意なんだ」


 以前聴いたことのある清歌の得意(特異か?)分野について披露する弥生。それに関連して湧いた疑問を絵梨が投げかける。


「映像が変化するクイズって私は苦手……。じゃなくて、それって記憶力とは関係ないんじゃないかしら?」


「そう思って、私も聴いてみたんだ。記憶力だけじゃなくて、基本的に清歌は感覚が鋭いみたい。ほら、あの浮島を見つけた時とかね。それにクイズの方はコツがあるって言ってた」


「コツ? ちなみにそれはどんな?」


「じ~っと見つめるんじゃなくて、わざと少し長めに瞬きするんだってさ。そうすると違和感がすぐわかる……らすぃ~よ?」


 ちなみにこのやり方を聞いて弥生が試してみたところ、確かに正解することが多くなった。――すぐ分かる、とまではいかなかったが。


「なんか話が逸れまくっちゃってるけど、当たりだったら戦闘バトルだからね! 気合を入れていくよ!」


「分かってるって」「ええ、今日で決めちゃいましょ!」「うむ。腕が鳴るな!」







 果たしてそこにいたのはターゲットの魔物であった。しかし――


「えっと……、言うまでもないけど、でかい……よね?」


「そ、そね。……ってかデカいだけじゃなくて、カタそうよね……」


「このサイズになると、ライフルの弾なんぞ豆鉄砲だな……」


「う~む。強敵は望むところだが……ダメージが徹る……のか?」


 目の当たりにした魔物に圧倒され、武闘派の聡一郎ですら若干言葉がひび割れている。


 ターゲットは恐竜の中でも、アンキロサウルスと呼ばれる種に似た魔物である。


 体高が低く比較的平べったい形状で、上から見ると概ね楕円形をしており、背中はもはや装甲版といった方がいいような鱗で隙間なく覆われている。その体の両脇から生えた三対六本の太く短い脚が直角に曲がって大地に立ち、後ろからは体とほぼ同じ長さの尻尾が伸びている。頭部は本体と一体化してしまっており、甲羅のようになっている鱗の縁に目玉が確認できる。


 妙な表現になるが、六本脚の陸亀を少々平べったくして、尻尾を伸ばす代わりに頭を引っ込めた――というのを想像すると分かりやすいかもしれない。


 とは言ってもサイズは陸亀などというモノではない。恐竜型の中では体高が低いとは言っても三メートル以上あり、尻尾を除いた本体部分の体長も十メートルはゆうにある。


 これまで戦ったことのある魔物と比べると、破格の大きさである。


 幸い基本的にノンアクティブの様で、目の前で観察していても襲い掛かっては来ない。しかし、開幕の先制攻撃から畳みかけて一気に勝負がつく、などと簡単にはいかないのは間違いないだろう。


「でも、このレベル設定ってことはちゃんと私らでも斃せる仕様になっている……はずよね?」


「ああ。<ミリオンワールド>のお約束から考えるなら、やっぱどこかに致命的な弱点がある……ってとこだろうな。いずれにしても……」


「うむ。虎穴に入らずんば、だ。やってみるしかなかろう」


「うん。取り敢えず、一戦交えてみるしかないね。状況によっては、途中撤退して仕切り直すことも視野に入れて、いろいろ試してみよう!」


「ええ、分かったわ」「了解!」「うむ。まずは弱点探しだな!」


 弥生たち四人はかつてない強敵を前に、テンションを上げつつ慎重に先制攻撃の手順を確認するのであった。




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