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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第四章 おもちゃ屋さん、はじめました!
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#4―06

今回は別視点、とある旅行者ペアのお話です。


『こんにちは。<ミリオンワールド>運営スタッフの小倉と申します。どうぞ、よろしくお願いします。


 <旅行者>の皆さん準備はよろしいでしょうか? 十五時からのセッションで、<ミリオンワールド>は初めて<旅行者>の方を迎え、同時に新たなアトラクションがオープンします。


 フルダイブVRに不安を感じている方もいらっしゃるかもしれませんが、<冒険者>の方々から得たデータを基にシステムがアップデートされて、運営開始当初より格段にスムーズなプレイができるようになっていますので、どうぞ気を楽にしてログインしてください。


 ログイン直後は多少の違和感があるかもしれませんが、しばらく身体を動かしていると自動的に最適な状態へと調整されます。もし、違和感が解消されないようでしたら、我々運営へとご連絡ください。速やかに対処、調整を行います。


 さて、いよいよあと五分足らずで、皆さんは<ミリオンワールド>の世界へと旅立ちます。我々スタッフ一同が全力で皆さんをサポートしますので、どうぞ安心して楽しんでください。


 それでは皆さん、よいご旅行を!』







 大学一年生の結子と早織は、アニメや漫画、ゲームが大好きな典型的なオタク女子である。高校二年の時に知り合って意気投合してからは、一緒にイベントなどにもちょくちょく出かけるコンビだ。


 当然のごとく二人も<ミリオンワールド>に興味を持ち、<冒険者>として参加すべく応募したのだがあえなく落選。――まあこれに関しては、倍率を考えれば落選も織り込み済みだったのでそれはいいとして、ならばせめて<ミリオンワールド>を体感したいと<旅行者>の方に応募したところ、めでたく初回に当選したのである。




「ふわぁ~……、コレがフルダイブVR……、コレが<ミリオンワールド>……!!」


 目の前に広がるファンタジーな世界に早織は立ち尽くし、思わず呟いてしまう。


 異国情緒あふれる町並み、ごつい装備品に身を固めた冒険者、水が溢れ出る宙に浮かぶ球体、そしてふよふよと飛ぶ毛玉のような猫――っぽいナニカを連れて行く美少女のグループ。目に飛び込むそれら全てが、圧倒的な現実感を伴って早織に迫ってきていた。


 チュートリアルを行った冒険者とは異なり、彼女たち旅行者はこのログインが正真正銘初めてのフルダイブVRなのだ。その衝撃は大きく、彼女と同様にぼんやり立っているものが数多くそこに居た。


「すっごいねー! これが<ミリオンワールド>なんだぁ」


 隣から聞こえてきた結子の声に、早織は我に返った。ログインには若干のタイムラグが生じるといわれていた通り、結子の方が若干遅くなっていたようだ。


「あ、ユイ。うん凄いね! 私もびっくりした~」


「はろー、早織。アタシの方がちょっと遅かったね。……コレがバーチャルとは、とても思えないね! 現実そっくり!」


 二人の装いはチュニックに膝下丈のゆったりしたパンツ、そしてショートブーツで、色違いのお揃いである。服の形自体は現実リアルの店でも手に入るようなものだが、色柄のデザインが欧州の民族衣装風なので、町の風景に溶け込んでいる。


 ちなみに旅行者はログイン時に服装を選択でき、二人の服装は女性向けデフォルトの一つであり、もう一方はロングスカートがベースの町娘風デザインとなる。男性向けは襟の無いシャツに、色柄を男性向けにした女性と共通のパンツとブーツという組み合わせと、革のパンツにロングブーツというデザインとなる。


 デフォルト以外の衣服も、複数の衣料品ブランドとの提携で数多く用意されていて、現実でのコーディネートはほぼ再現できるといっていい。――が、数が多く選択するのに時間がかかる上、特に今回は全員VR初体験で早くログインしたいという心理が働いたらしく、ほとんどの旅行者がデフォルトの色選択をする程度で、<ミリオンワールド>へとやって来たようである。


「うんうん。ホントにそう! あ、ユイは身体に違和感とかある?」


「ぜ~んぜん……でもないか? なんかいつもより体が軽いような気が……」


「あ、それ私も。……私たち、普段運動しないからね」


「あははは…………。そだねー」


 テンション高めで感想を言い合う二人が、急に現実に引き戻されたようで、思わず気の抜けたようなため息をつく。


 事前に知らされていた注意事項によると、身長、体重は正確に再現され、体型もおおよそ現実と同じものになるが、身体能力はそれらのデータから割り出された平均値が適用されるので、ログイン直後は平均から離れているほど違和感があるということだった。


 要するに、平均から下回っている二人にとってはこのアバター、すなわちVR空間での身体は性能が高すぎるのである。身体能力が高くない自覚はあるので、落ち込むほどのことではないが、微妙に凹むことではある。


「違和感はそのうち解消されるってことだから、それは置いといて……」


「うん。……で、どうしよう? アトラクション、行ってみる?」


「テーマパークはちょっと興味ある。……けどな~」


 人の流れを見るに、旅行者と思しきプレイヤーたちは、時間を惜しむように旅行者協会の方へと駆け足で移動しているグループと、ポータルゲート付近で最初の一歩を踏み出しかねているグループとに分かれているようだ。


 二人はどちらかと言えば後者だ。当選してから今に至るまでの入念なリサーチでは、新規オープンするアトラクション島の内、テーマパークについては現実リアルでは再現できない種類の絶叫マシンなどがあり、島に行くとすればそこに決めていたのである。


 渓谷の島でできるラフティングや、軽飛行機で谷間を抜けていく遊覧飛行、魔物もいる動物園などは、テーマパークほど引かれるものはなく、スポーツ系アクティビティの島は二人とも運動は苦手なので論外だったためだ。


 しかし、二人が今日しておきたいことはアトラクション島で遊ぶことではないのだ。一番の目的、それは――


「やっぱ、初志貫徹! アタシらは下見に来たんだからね。まず町を知ることが、RPGの基本」


 二人はそもそも、冒険者として<ミリオンワールド>をプレイしたいのだ。残念なことに第一陣、実働テスト参加者の抽選には漏れてしまったが、いずれ冒険者としてデビューする気満々なのである。


 従って今日やるべきことは、冒険者となった暁にスタートダッシュをキメられるように、町の下見をしておくことなのである。――冒険者としてプレイを始めれば、どうせ町の探索もすることになるので、それを前倒しでするだけとも言える。


「りょーかい。時間が余ったら、その時考えればいいね。……じゃあ取り敢えず、この先の大通りを探索かな?」


「えっと、確か南門の外が初心者向けのフィールドらしいから……うん、そっちでいいハズ。では、ぶらぶらしながら、南門へ向かいましょー!」


「おー!」


 テンション高めで足取りも軽く、二人はメインストリートへ向けて繰り出してゆくのであった。




 気分だけは冒険者のつもりで、二人は肩を並べてあちこちの店を冷やかしながら、南門へと向かう。


 今二人は途中で見かけた屋台で買った、クレープスティックというスイーツを食べながら歩いている。ちなみにクレープ生地でクリームや果物をロールした、棒状のお菓子だ。縦長なので複数の具材を選んで巻いてもらうと、途中で味が変わって飽きずに食べられるのである。


 他にもドーナツ屋やアイスクリーム、コーヒーやフレッシュジュースを扱っている屋台もある。ファーストフード方面ではハンバーガーやフライドチキン、中華まんやおにぎりの屋台なども並んでいた。


 一応ファンタジーRPGの舞台なのにそういうところは妙に現代的で、最初は少し奇妙に感じたが、考えてみれば歴史のある古い街並みの残る――というか管理維持している――現代のヨーロッパであればこんなものではなかろうか、と思うことにしたようだ。なお、確信できないのは、二人に海外滞在の経験がないゆえである。


「このクレープ美味しい。……クリームの舌触りがすっごい滑らか!」


「うんうん、甘さも控えめでフルーツによく合うし……。というか、今更だけど味覚も普通にあるんだね……。お腹が膨れないのもちょっと不思議な感じ」


「いわれてみれば……なんかもう、現実にいる感覚になっちゃてるかもね。ま、甘いものをいくら食べても太らないのは、素晴らしいよ!」


「あはは、それは重要なことだよねー」


 中央広場にあったものより規模の小さいポータル付近から、冒険者の姿が増えてきて、異国情緒あふれる街並みがより、ファンタジーらしい雰囲気となった。


「おー、装備がリアルだ。カッコイイなー」


「……こういうRPG的な装備って、素人が作ったコスプレだとものすごく安っぽくなっちゃうからねー」


「やっぱ本物は違うね! ……いや、本物ではない……のかな?」


 行き交う冒険者をさりげなく観察しつつ、ふたりはそんな感想を言い合う。武器防具店やプレイヤーの露店なども見てきたが、やはり重厚感というか、質感のリアルさが違う。現実リアルで見かける、樹脂製のコスプレアイテムなどとは比べ物にならない。


「武器屋でも思ったけど、結構変わった……っていうかファンタジーじゃない武器があるよね。……防具は割と普通なのに」


 革鎧にマントという装備に、なぜかライフルを肩に担いでいる冒険者を見て、早織が小声で言う。


「あはは。確かにライフル銃までは分からないでもないけど、どー見てもSFなビーム剣はちょっと方向性が違う感じだよね。……そう言えば、早織はやっぱり<ミリオンワールド>でもヒーラー?」


「うん、そのつもり……っていうか、スタート直後って魔法職は共通でしょ? だからそれを選ぶよ」


「なるほどねー。……私はどうしようかなー」


「あれ? ユイも魔法職じゃないの?」


「うん、そう思ってたんだけどねー。私は魔法使い志望なわけだけど、そうすると最初の選択が二人で同じになっちゃうじゃない? それってちょっとつまらないかな~ってね」


「うんうん。…………で本音は?」


「リアルな武器を見たら、なんかカッコイイかもって……ダメ?(テヘヘ)」


 照れくさげな笑顔で結子が本音を明かす。理由がまるで小中学生男子の様でちょっと呆れてしまうが、確かにリアルな武器を目の当たりにしてしまうと、それを手にして華麗に敵を倒す自分の姿を想像してしまう気持ちも分からなくはない。


 もっとも結子のことだから、冒険者が魔法を使っているのを見たら、同じようにまた心変わりするかもしれない――早織はそんな予想していた。


「ダメじゃないけどさ。……運動が苦手な私たちが、前衛なんてできるの?」


「う゛! 早織ってば……、痛いところを……。おー、南門に到着ー!」


 そんなこんなで当初の予定であるメインストリートの探索は、ゴールへとたどり着いた。冒険者にとって必須の店や施設などをきちんと確認し、ついでに買い食いもして、なかなか有意義な下見だったと言えよう。


 町の外へとつながる巨大な門の外には、テレビで見たことのあるサバンナの光景が広がり、しかし現実リアルに存在する動物とはどこかが違う魔物たちがちらほらと確認できる。さらにそのずっと遠くには、宙に浮かぶ島が霞んで見えた。


 門の前でその光景に魅入られたように立ち尽くす二人を追い越し、旅行者では通過できないその門を、冒険者たちは武器を携えて通り抜けていく。その横顔からは、真剣に冒険を楽しんでいることが伝わって来た。


「はぁ~」「……ほぅ」


 図らずも同じタイミングで大きく息を吐いた二人は、思わず顔を見合わせてクスリと笑った。


 このまま外を見続けていても、冒険への憧れが募るばかりだ。取り敢えずの目的は果たしたことだし、そろそろ次の行動を起こさなくてはせっかくの時間がもったいない。


「さ~ってと、差し当たり冒険者になった直後にお世話になりそうな場所の下見は終わったけど、次はどうする? 今からテーマパークに行こうか?」


 結構時間を使ってしまっているが、それでも結構遊べるはずだ。なぜならばVRのテーマパークの最大の特徴は、現実では再現不可能な施設があること――ではなく、待ち時間がないことなのだ。


 あまりにもリアルである為にプレイヤー自身が忘れがちなのだが、そこにある(・・)ように見える遊具もデータに過ぎない。ゆえに同じタイミングで、複数の人間が同じ遊具を利用することも、問題なく可能なのである。


 なので、テーマパークに行くのも一つの魅力的なプランだと思う。ただ、街を歩いているうちに早織は、もっとこの町を知りたい気持ちが大きくなっていた。


 なにより、今のところ施設の下見はできているものの、買い物をしたのもNPCの店だったし、冒険者と直接関わってはいない。ゲームとしての<ミリオンワールド>の下見としては、できれば冒険者から生の声を聴いておきたいところだ。


「なるほど……、先輩冒険者から話を聴ければ絶対役に立つはずだよね。……だけど、外に行く人を引き留めるわけにいかないし、露店の人だって商売の邪魔はできないからなー」


「うーん、確かにそうだよね……なにかいい手は…………あ」


「お!? 早織、なにか浮かんだ?」


「あー、ううん、そうじゃないの。ただ、ログイン直後のことなんだけど、冒険者のグループでなんだか面白そうな子たちがいたのを思い出したの」


「面白そうな子? そんなグループいたっけ?」


「あれは確か、ユイがインしてくる前だったと思う。たぶん高校生だと思うけど、なんかモンスターっぽいのを連れてたの」


「へー、やっぱりテイマー系の職業もあるんだ。……で?」


「今考えてみると、その子たち中央広場の露店の方へ向かってたような気がするの。冒険に出かけようって雰囲気でもなかったし……」


「ふむ、つまりそこに行けば会えるかもしれない……ってこと?」


「うん。まあ、運良く会えたところで、何か話が聴けるとも限らないんだけど」


「その時はその時だよ。そういえば、中央広場の露店はスルーしちゃってたし、言ってみるのもいいんじゃない?」


「そう? じゃあ中央広場に戻ろうか」


 二人は旅行者カードを出現させた。このカードは電子マネー的な機能があるだけでなく、スベラギの町にあるポータルへと転移する機能があるのだ。ちなみに冒険者ジェムの転移魔法機能とは異なり、通過していないポータルへの転移も可能である。


「よし、じゃあ中央広場ポータルへ」「ゴー!」


 ふわりと体が浮き上がるような感覚とともに、二人は一瞬にして中央広場へと転移した。







「あ、そこの旅行者さんたち。よかったら俺らの店に寄って行きませんか……って、これじゃあ完璧にナンパじゃないか……。おーい、リーダー!」


 結子と早織は中央広場ポータルに戻ってすぐ、ログイン直後に早織が見かけたという、一風変わった冒険者グループを探すべく、露店が数多く並ぶスペースへと向かった。


 もし会えれば儲けもの程度の軽いノリで、さあ探索を開始――というところで、男性の声に二人は呼び止められる。台詞の内容だけなら確かにナンパのようにも聞こえるが、そういう類の厭らしさを感じさせない明るい口調で、恐らく単純に露店の宣伝なのだろう。


「えっと、私たちのこと……、ですか?」


 結子が返事をしつつ声の方に目を向けると、そこには冒険者風――というより、ロングコートをコスプレ風に着こなしている高校生くらいの男子がいた。基本的に三次元の男にはあまり関心のない結子から見ても、爽やかな雰囲気が好印象のなかなかのイケメンである。


「ねね早織。あれって多分、アノ死神を意識してるんだよね(ヒソヒソ)」


「うんうん、そうかも。……でも髪型が違うよ?(ヒソヒソ)」


 二人が顔を寄せ合ってヒソヒソ話を始める。単にコスプレのネタについて話しているだけなのだが、ナンパ男子を不審に思っているようにも見えるために、声をかけてきた冒険者が妙に慌て始めている。


 そんなことに気づきもしない二人は、ヒソヒソ話をさらに続ける。


「そういえば、そだね。あんまりそっくりにし過ぎると、何かに引っかかったのかも」


「何かって、ナニ? 著作権的な?」


「そうそう。大人の事情的な、アレね。……マジレスすると、完璧なコスプレだと抵抗あったんじゃない? イベント会場じゃないんだし」


「あー、そっか。ここに来てるのは、別に私たちみたいなオタクだけじゃないもんね。街中でコスプレは、確かに痛いよね……」


 声をかけてきた男をチラチラ見つつ、小声で話し合っている二人の女性。――そろそろ止めてあげないと、どこかに通報されてしまいそうな雰囲気である。


「ちょっと悠司、ナンパなんて恥ずかしいことしないでよ~(ニヤリ★)」


 男子に呼ばれて現れたのは、フワフワセミロングの髪が良く似合っている、可愛らしい顔立ちの小柄な少女だった。


「ちょ……おま、なんちゅう濡れ衣を! 俺は普通に呼び込みをだな……」


「へー、ほー、なるほどー。うん、ワカッテルワカッテル」


「……くっ。そのまるで信じていない風がイラッとくるが……、まあ今は置いとく。ともかくリーダー、頼んだ」


 気安いやり取りから察するに、この二人は付き合っているのかもしれない。なかなかのイケメンと、可愛い系の女子という冒険者カップル(推測)。しかも女子の方は小柄であるにもかかわらず、ぽよんと膨らむ胸はカップで言えば十分巨乳で、しかも腰はしっかりくびれているというスタイルだ。


 結子と早織は、微妙に凹凸の乏しい自分の体と見比べ、思わず小さく溜息を吐いてしまう。


「これが……格差社会ってものなのね」


「大丈夫、大丈夫だよユイ、私が一緒だから。二人で強く生きていこう……」


「早織……!」「結子……」


「あの~……」


 残酷な現実を前にして――まあ、単なる思い込みなのだが――思わず悲劇的な物語の主人公になり切ってしまっていた二人は、控えめに声を掛けてくる少女によって我に返った。


「ええと、本当にナンパとかじゃなくて……、あっちの方でちょっとした店を出しているんです。良ければちょっと寄っていきませんか? あ、もちろん予定があるなら、無理に引き留めようってわけじゃないんで」


 少女の人懐っこい自然な笑顔に、二人の中にほんの少しだけあった警戒心が完全に消えてしまう。――そういえばこの少女は、例の一団に居た子ではなかろうか?


「あの、でも私たちは旅行者だから……」


「あ、私らの店は旅行者さんたちが、メインターゲットなんです。本物そっくりの武器とか……」


「え!? 旅行者は武器を装備できないんじゃ……。っていうか買えないでしょ?」


「あー、いやいや。だから“そっくり”なんですよ。コスプレ用の玩具アイテムだから、旅行者でも装備できるんです。……あ、現実リアルのプラスチック製なんかとは比較にならないデキですよ?」


 結子の疑問に男子の方が説明をする。途中、コスプレアイテムと聞いて二人が少しがっかりしたのに気づいたらしく、彼は補足を加えた。


「ね、実物を見てもらった方が早いんじゃないかな?」


「だな。……えーっと、ダガーでいいかな……」


 自然な仕草でウィンドウを出現させるのに、二人はちょっとした感動を覚える。というのも旅行者はアイテムなどのウィンドウ操作は不可能で、カードに表示される画面を使うことしかできないのだ。


 妙なところに感動している二人をよそに、男子がやや大ぶりな両刃の短剣を取り出した。


「こんな感じなんだけど……、どうです?」


 差し出されたダガーは、パッと見では本物にしか思えなかった。金属の質感など、プラスチックにメッキが施された物とはまるで違う。


 彼に促されて手に取ってみると金属製とは思えない軽さで、確かに本物ではないようだ。結衣から手渡された早織も、見た目とはまるで違う感触に目を円くしている。


「確かに本物じゃない……ね」


「うん。でも見た目は本当に本物そっくり!」


「ですよね! 気に入ったなら、他にもいくつかあるんで見に来ませんか?」


 お小遣いはまだ十分残っているし、値段を見てからになるが、買ってみても面白いかもしれない。ちょっとコスプレにも興味あることだし――。結子は早織とアイコンタクトを取って一つ頷く。


「じゃあ、せっかくだし」「うん。行ってみよっか」




「わぁ、素敵ですねー。舞台セットみたい!」


「そうだねそうだね! っていうか、この猫の様な置物はいったい……」


 他の露店とは雰囲気が全く違う、舞台セットのような店に早織は目を輝かせる。一方、結子はそれよりも、店の目立つ場所に飾られている羽の付いた猫っぽい置物が気になっているようだ。


「あ、その置物はですね……」「ナ~?」


 説明しようとした少女に応えるように、気の抜けた声が聞こえてきた。まるで「呼んだ?」と言っているかのようだ。


 鳴き声の方に目を向けるとそこには、置物のモデルとなったであろう猫っぽいナニカがふよふよと浮かんでいた。


 まん丸の体に三角の耳、短い脚と太くて長い尻尾のナニモノかは、あからさまに飛ぶのには役に立っていないであろう羽をパタパタとさせている。――見ているだけで、訳もなく心が和む姿だ。


「カ……カワイイ! 何、この子!?」


「あ~、その子は私らの仲間……というか仲間の従魔で、猫っぽく見えますけど一応(ドラゴン)です。……で、その子のあるじはあそこで似顔絵屋をやっている子です」


 少女が指さした先を見て二人は言葉を失った。リーダーの小柄な少女も十分以上に可愛らしい子だが、慣れた手つきで絵筆を扱う少女は恐ろしいほどに整った容姿で、もはや現実離れしているほどの美少女だったのだ。ファンタジーの世界観には一見ミスマッチな、しかし良く似合っている古風なお姫様風の髪型に和装というのも、現実感の薄い印象に繋がっているのかもしれない。


 ぽかんと口を開けて呆けている二人を見て、他のメンバーたちが苦笑気味の表情を浮かべている。どうやらそんな反応には、既に慣れっこになっているらしい。


「え~っと、コホン。似顔絵は良ければ後でどうぞ。それより、ちょっと装備を着てみませんか?」


「そ、そそ、そうですね……失礼しました。なら私は、魔法使い風を着てもいいですか?」


「私は……じゃあ、剣士風がいいかな。カッコ良さそう」


 我に返った二人は見惚れていた照れ臭さを笑ってごまかすと、コスプレ装備品を試着させてもらうことにする。


 試着と言っても今着ている服の上から身に纏えるようなものばかりなので、カーテンで仕切られた試着室の様なものは必要ない。


 結子はブレストプレートにマントを羽織り、腰には長剣を佩いて剣士風。早織は前合わせのローブにとんがり帽子、そして長い木の杖を手にした由緒正しい魔法使い風に身を包んだ。


「わー、早織ってば完璧な魔法使いだね! いっそ、ヒーラーじゃなくて魔法使いに転向する?」


「あはは、それもいいかも。ユイの剣士姿も、結構サマになってるよ!」


「そ……そかな?」


「あら、お二人は冒険者になる予定なんですか?」


 早織と結衣のやり取りを聞いて、特徴的なモノクルを身に着けている少女が声を掛けてきた。


「ええ、まあ一応。冒険者の方は外れちゃったけど、旅行者には当選したので……」


「だから今日は気持ちだけは冒険者のつもりで、町の下見をしてるの」


「なるほど……、だからアトラクションには行っていないんですね」


「時間があったら行ってもいいかなーくらいのつもり。……あ、もしよければだけど、最初に気を付けた方がいいことがあったら、教えてくれないかな?」


「そのくらいのことなら喜んで。……そうですね~」


 彼女たちの体験談は冒険者となった暁には役立ちそうなことがたくさんあった。


 とりわけフルダイブVRで一番やっかいな問題は、リアルすぎることによる戦闘バトルの恐怖感や、心理的な拒否反応なのだという話は、やはりプレイヤーの生の声ならではというところだろう。


 他にも、チュートリアルでは自分に合った武器をちゃんと選んだ方がいいとか、初期支給の装備品は比較的高性能だとか、詳細はネタバレになるからと省かれたが町での活動も結構重要だとか、いろいろと興味深い話が聴けた。


 ちょっと奇妙に思えるほどに強調されたのは、このゲームにおいては高性能のアイテムやスキルほど、何かしらの罠や落とし穴があるということだった。メリットがあればデメリットがあるのは割と普通のことにも思えるが、この点だけは絶対に忘れてはいけないと、真剣な顔で念押しされたのである。


 二人は試着した装備を購入し、今日はそのまま着ていくことにした。そしてさらにその恰好のままで、二人並んでの似顔絵も描いてもらうことにする。


 超絶美少女の絵描きさんに見つめられるのは少々緊張したが、コミカルにデフォルメされた二人の似顔絵はある意味RPGのキャラクターっぽくもあり、よい思い出の品になった。


 ついでに猫っぽい竜の置物も一つずつ――結子は赤いクリスタルっぽいもので、早織は木彫りのもの――購入し、二人は一風変わった店を後にした。


「いい買い物したね~。似顔絵も可愛く描いてくれたし!」


「うんうん。貴重な話も聞けたし。……早く冒険者になりたいね~」


「だね~」







「……なんか、想像したよりも結構繁盛したね」


「うむ。ヒナの置物が大人気だったな。在庫もほとんどはけてしまったのだろう?」


「ナ~!」


「フフフ、そうね。……清歌の似顔絵描きっていうアイディアも良かったわね。タイミングが悪くて残念そうにしている人も結構いたわよ?」


「ありがとうございます。けれど、お客さんを一番連れてきて下さったのは、たぶん呼び込みの弥生さんと悠司さんですよ?」


「や、まぁ、そのくらいはな。……あ、でも結局コスプレ装備は五セット程度だったな~」


「う~ん、でも売れた方だと思うよ? だって今日は初日なんだからさ」


「そね。初日としては十分成功って言ってもいいんじゃない?」


「うん。まだやれそうなこともあるしね!」


「ええ、これからですね!」




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