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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第四章 おもちゃ屋さん、はじめました!
41/177

#4―05

「まぁ、もう絵が出来ちゃってるんなら、仕方ない……わね。サンプルの件はローテーションにしましょ。リーダーじゃなきゃいけないってものでもないしね」


「うむ。やはり負担は分担するべき……だろうな」


「この絵を見ちまったら……、否とは……言えんよなぁ」


 清歌から手渡された自分の似顔絵を眺めつつ、三人は納得したというよりも諦めに近い言葉を漏らす。すでに出来上がっている作品を使わないというのは勿体ないし、なにより素晴らしい出来栄えのそれらは、十分に通行人の目を引けるであろうと確信を持てるのだ。――自分がモデルでさえなければ、太鼓判を押して推奨するところである。


「それはいいとしてだ。……清歌嬢、品物の配置についてなのだが」


「はい? これが……どうかされましたか?」


 ――やはり、先ほどのやり取りは耳に入っていなかったようで、そう言われて改めて、露店のディスプレイ全体を眺めてみる清歌。品物が整然と配置されており見やすく、特にどこが変ということはないように思える。


「その話がまだだったな。ええと、もうちょっと面白みのある配置がいいんじゃないかった話してたんだが……な、弥生」


「うん、そう。“おもちゃ箱”っぽい雰囲気が欲しいなー……なんてね?」


「……なるほど、分かり易い表現です。さすがです弥生さん。……それでしたら、皆さんが作ってくれた宝箱を活かす配置にしてみましょう」


 清歌の言う宝箱とは、ジオラマ看板を飾る台座として弥生たち四人が協力して作った箱のことである。


 せっかくだから台座も凝ろうと、四人が日曜大工(?)でこしらえたその箱は、蝶番で開く蓋の部分がアーチを描く、いかにもRPG的な宝箱の形になっていた。素人仕事の為に少々歪で手作り感あふれるその宝箱は、ジオラマ看板がちょうど収まる大きさになっていて、今は上げ底をしてジオラマ全体が見えるようになっている。


 四人とも作業中はテンションが上がっていて気にもしなかったが、完成品したものをよくよく見て――


「これってさ……、宝箱……だよね?」


「そね、どこからどう見ても宝箱ね。素人にしては良くできたんじゃないかしら?」


「ま、そうなんだが。つまり、玩具箱……じゃない!?」


「(悠司は何を驚いているのだ?)まあ、玩具が入っていることもあるのではないか?」


 ――と初めて気づいた、というオチがついている。


 さて、清歌の指示に従って並べられた商品の配置をいじることしばし、完成したそのディスプレイはというと。


「お~~! いいねいいね! ワクワク感があるよ」


「う~む。ディスプレイ全体が一つの風景になっているのだな」


「なるほど、確かに。宝箱を前にポーズをとる冒険者……って感じだな」


「さらに、それを記録する絵描き……ってところかしら? 似顔絵屋の方もディスプレイに組み込むなんてやるわね、清歌」


「ふふ、ありがとうございます、みなさん」


 清歌の手によって修正されたディスプレイは、全体としての商品レイアウトはさほど変わっていない。左手にコスプレ装備、中央に飾り物と看板、右手に似顔絵屋という感じである。ただ、その見せ方が違うのだ。


 テーブルの上に宝箱が置かれ、そこから零れ落ちたかのようにステンドグラス装備や木彫りのヒナなどが配置されている。コスプレ装備品はコート掛け一つにつき、戦士風や魔法使い風というようにコーディネートして配置し、そのイメージに合わせた武器も立てかけられている。似顔絵屋のスペースが右端なのは変わらないが、通りに真っ直ぐ向いているのではなく、やや左向きにされていた。


全体的に弥生たちが話していた通りのイメージになっていて、絵梨と聡一郎の配置がコンビニ的とするならば、こちらは舞台セット風というところだろう。


「よーし、配置も終わったから値札をつけないとね。手分けしてちゃっちゃとやっちゃおう!」







 値札も一通りつけ終わり、露店の準備は全て完了した。実際に店を始めて値段設定が高過ぎるなどの問題があれば、その都度修正していけばいいだろう。


 滞りなく準備が終わってしまったので、まだかなりの時間が残っている。ポータル修復クエストを進めてもいいが、なんとなく今日は頭が露店で一杯になってしまっていて、どうにも冒険に行こうという気になれない。


 いっそ清歌が良くやっている露店巡りでもして、新商品開発のアイディアでも探そうかなどと思っていたところ、とある冒険者が彼女たちの露天の前でふと足を止めた。


 その冒険者はパッと見では重装備の近接戦士で、装備品はまだ初期の駆け出しのようである。プロレスラー風の肉厚な体型をしていて、顔も太い眉で男らしい角ばった輪郭をしている。――と、そこまでなら戦士職にぴったりなのに、青い瞳にウェーブのかかった赤いロングヘアーで、それがまた似合っていないのである。ちなみに年齢は恐らく二十代前半、大学生だろう。


 そんなどうにもコメントのしづらい人物が、くわっと目を見開いて声を上げた。


「ど、どぉしてこのお店は、武器がこんなに安いのよ~!」


 その叫び声を聞いて五人は思わず目を見合わせ、共通の認識を持ったことを確認した。そう、彼はオネェキャラだったのである。そう考えれば、びみょ~に似合っていない髪形や瞳の色も納得できなくもない。


 それはさておき、まだ店はオープンしていないとはいえ初のお客さんには違いない。いち早く気を取り直した弥生は、商品について説明をする。


「いらっしゃいませ! とは言っても、まだオープンしてないんですが……。とりあえず、ここに並んでいる武器などが安いのは、装備品じゃないからなんです」


「え? 武器じゃないの、コレ?」


「はい。ぜ~んぶ玩具アイテムですよ。何なら手に取ってみてください」


「ふ~ん、ならお言葉に甘えて……ってナニコレ! すっごく軽いわ!」


 弥生の薦めに従って体験を手に取った冒険者は、「あら~」とか「ほほ~」とか言いながらいくつかを手にとって試している。ひとしきり確認して満足したらしい彼は、改めて疑問に思ったことを尋ねた。


「すごいわぁ、本物そっくりね。……でもこう言ったら悪いんだけど、一体誰に売るのかしら、コレ?」


「あはは、売れるかどうかはまだ分からないんですけど、コスプレをしたい旅行者さんたちも居るんじゃないかと思いまして……。冒険者がターゲットじゃないから、こっちの方に店を出したんです」


「ほぉ……、なるほどねぇ、それでわざわざ玩具アイテムの装備品を作ったのね。面白いこと考えるじゃない、あなたたち。……と、こ、ろ、でぇ~」


 冒険者はぐりんと首を回し、相変わらず飛夏がすぴすぴと椅子で眠りこけている似顔絵屋の方へ視線を向けた。


「もしかして、似顔絵を描いてもらえるのかしら? あ、でも、まだオープンしていないのよねぇ……」


 冒険者は首を傾けて残念そうに、弥生が写実的に描かれている似顔絵(というかもはや肖像画)を見つめている。


 自分が見つめられているようで、微妙にむずむずするものを感じつつ、弥生は清歌へと視線を送る。――特にこれからの予定はないのだから、断ることもないのではないだろうかと、思ったのだ。


 既に注文を受ける気でいた清歌は一つ頷くと、冒険者に声をかけた。


「開店はまだですけれど、似顔絵でしたら承りますよ。どうされますか?」


「ホント? じゃあ、一枚お願いするわね!」


「はい。……では、こちらにどうぞ」


 清歌がいつものように袂から椅子を取り出すと、冒険者はギョッとして目を見開いた。初見の冒険者にとっては、この四次げ――ではなく、アイテム操作のカスタマイズはなかなかインパクトのある光景なのだ。


「ちょっ! なんだ今の、一体どうやったんだ!? …………あ」


「ふふっ」「へ?」「あら?」「は!?」「む?」「……ナァ~?」


 五人の視線が冒険者に集中し、微妙に間の抜けた空気が流れる。大きな声で起きたのか、飛夏が絶妙なタイミングで欠伸のような声を出した。


 冒険者は気まずそうな表情で、何かをごまかすように頭の後ろをかいていたが、やがて気を取り直して口を開いた。


「いや~、ハハハ。……実はオネェ口調は、<ミリオンワールド>でのキャラづくりなんだ。どうせなら何か面白いことをやろうと思ってな」


「あ~、あはは、なるほど。私らもみんな、ちょっとずつイメチェンしてますから、それと同じなんですね。でも……、なぜにオネェ?」


 現実リアルではなかなか思い切れない、極端なイメチェンやキャラづくりといったものも、<ミリオンワールド>の中でならばトライする敷居はかなり低い。実際、冒険者たちは、個性的――というかマンガ的な髪型や髪色をしている者が、結構な割合でいるのである。


「な~に、アバター作成の時に、自分で一番似合わないと思った髪型にしてみたんだ。……したら、そういう(・・・・)店で働いてそうな感じがしたから、いっそ口調もそうしようかと思ったんだ。……だからとっさの時には素が出ちまうんだ」


 ――なんだってわざわざ一番似合わないものを選んだのか、と思わなくもないが、この冒険者はそれを楽しんでいるのだから、そこに突っ込むのは無粋というものだろう。


 割と最近になって自然に身についたスルースキルを発揮した清歌たちは、その辺についてはサラリと流し、先ほど彼が驚いていた手品のタネについて説明をした。


 冒険者は「ふぅん」とか「なるほどねぇ~」などと、再び口調を戻して相槌を打っていた。似合う似合わないはともかく、彼もなかなか個性的なプレイを楽しんでいるようである。


 椅子に腰かけた冒険者と正面から向かい合った清歌は、絵を描く準備をしながら質問をする。


「写実タッチで着彩……ですね。承知しました。あとは…………、あ」


 なぜか言葉を切った清歌がなぜか弥生へと視線を向けた。理由の分からない弥生はキョトンとして、首を傾げてしまう。


「お客様? 増量はどうされますか?」


 ちょっと悪戯っぽい笑顔で清歌がそんなことを言った。――弥生が自分の似顔絵を見て言った感想の、“盛った(・・・)”という発言からヒントを得たのだろう。


 それを知っている弥生たちは言わんとすることを理解できたが、冒険者の方はそうはいかない。一体何のことかと、頬に手を当てて首を傾げている。


「増量……って、何を増量するのかしら?」


「そうですね……、お客様なら大まかに“美男コース”と“耽美コース”、二通りの方向性で増量できますよ?」


 要は一般的には美化するという類のことであり、これも本質的には一種のデフォルメである。ただ、写実タッチとデフォルメタッチで分けているので、混同しないためにも“増量”という言葉が丁度いいと思ったのだ。


 提示された二つのコースを聞いてピンと来た冒険者は、ニヤリと笑って答える。


「そうねぇ、せっかくだから増量して頂くわ。耽美コースで……増し増し(・・・・)って感じでお願いね?」


「ふふっ、承知しました。耽美コース増し増しで(ニッコリ☆)」







 清歌が似顔絵を描いている最中、弥生たち四人はずっと傍にいる必要は全くないのだが、思ったよりもこの冒険者との話が弾んでしまい、結局絵が完成するまで話し込んでしまっていた。


 言うまでもなく、話の内容は<ミリオンワールド>内のことで、図らずも情報収集ができたのである。


 マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)は現在たった五名の小集団だが、生産職を含めてほぼ内部で完結しているグループなので、他の冒険者に関する情報をほとんど持っていないのである。


 もっとも完結していると言っても、いずれ上級生産が必要になるレベルになれば、他の冒険者とも関わる必要性が出てくると思われるので、あくまでも今のところは、という話である。


 果たしてオネェキャラがそうさせるのか、或いは人柄がそうさせているのかは不明なれど、彼はログインしている時間からすると、かなり多くの冒険者と知り合っているようだ。


 さて、彼の話によると、現在の冒険者は時間いっぱいかけて、外で冒険をしている者たちがようやくレベル20に到達したというところで、その最前線組は主な活動の場所をスベラギ南から西へと移しつつあるとのことだ。


 一方で多くの――彼の印象では半数以上――はまだレベル10前後で、ようやく冒険者協会への加入ができたところらしい。ちなみに彼自身も大規模メンテナンス直前にレベル10に到達し、冒険者協会に登録したばかりだった。


 何時行っても冒険者協会が空いている理由はそういう事だったようで、五人はある意味で納得すると同時に、逆に思ったよりも全体的にレベリングが遅いことに疑問を持った。


 ただ、これは五人の認識の方がかなりずれていると言えるだろう。<ミリオンワールド>を始めた直後に彼女たち自身が話していた、フルダイブVRにおける戦闘やパーティープレイの難しさ、というのが高いハードルとなっているのだ。


 また高校生の彼女たちは夏休み真っただ中で山ほど時間があるのだが、実働テストに参加しているプレイヤーが皆学生というわけではない。参加者全員が毎日時間いっぱい、二回ともログインできるわけではないのである。


 付け加えて言うと、五人は突発クエストによって大量に経験値を得たことを失念しているようだ。彼女らの認識としては、結構寄り道をして大いに<ミリオンワールド>を楽しんでいるため、レベル的に言えば最前線組にかなり水をあけられているだろうと考えていたのだ。


「あら、不思議そうね。 ……でも外での戦闘バトルに抵抗があるっていうプレイヤーも、少なくないのよ?」


「ああ、確かに俺らも始めたばかりは結構怖かったですね……。ただ、まあ繰り返しているうちに、これはゲームだって割り切れるようになりましたから」


「だよね。戦闘バトルの怖さっていか緊張感は変わらないけど、ちゃんとゲームだって分かる仕様だからね~」


 悠司と弥生の感想に、冒険者は深く頷いた。


「そうねぇ、確かに血とか死体とか……生々しいというか、グロテスクな表現はないものね。私もそれに気づいてからは、結構外での冒険を楽しめるようになったわ」


「……それでも画面越しとはまるで違うリアルさよ? 戦闘に馴染めなかったプレイヤーって、どうしているのかしら?」


 基本的に後衛の回復ないし支援職の立ち位置の絵梨は、戦闘で魔物に直接攻撃を加えることが少ない。ゆえに比較的従来のゲームと同じ感覚で初からプレイできたが、不意に魔物に接近され過ぎるとかなりの恐怖を感じてしまうのだ。


「そういう知り合いもいるけど……、その子の場合、結構楽しんでいるみたいよ? 町でアルバイトしたり、相場を見てアイテムを転売したり、いろんな遊び方を試してるようね」


 ファンタジー世界での生活を楽しんでいるということらしく、方向性としては清歌がやっているストリートパフォーマンスと同じだ。


 余談だが遊びの一つとして、スベラギの学校に通うこともできる。いわゆる魔法学校で、一定期間受講して試験をパスすれば魔法系のタレントやアーツを取得できるのである。


 プレイの仕方によっては、恋愛がらみのイベントや、様々な事件が起きることもあるという凝りようなのだが――いまだ誰もその存在に気づいていないという、かな~り不憫なシステムである。


「それと……<ミリオンワールド>内は体感時間が伸びているでしょ? だから変な話だけど、現実リアルでの学校の課題を片付けたり、読書をしたりっていう使い方をしている子もいるわ」


「あ、私らだと読書感想文とか?」「そね。でも……」「活用法の一つだろうが……」「ゲームではないなぁ~」


 言われてみればそういった活用法もアリ――というより、単なるフルダイブVRならば、基本的にそういった“現実に追加した時間”という利用法になるのだろう。


 ただ<ミリオンワールド>はゲームで、せっかく現実ではできないことができるというのに、現実でのアレコレを片付ける追加時間として使うのは、いささか勿体ないと弥生たちは感じたようだ。現状ではプレイするのに、凄まじい確率の抽選を当てねばならないというのも見逃せない点であろう。


 ちなみに清歌が会話に参加していないのは、作業に集中しているから――ではなく、なんとなく自分のプレイスタイルがそちらに近いような気がしていた為、コメントを控えていたのである。


 似顔絵の作業は順調に進んでいて、すでに着彩をしている。色付けは固形絵の具を用いた水彩で、水を付けた筆を素早く走らせている。その鮮やかな手際はリズミカルですらあり、清歌は実に楽しそうな笑顔で描いていた。


「もっと気軽に参加できるようになったら、そういう使い方も広まるかしら?」


「そだな。……俺らも試験前はここで勉強したりとかな~。ハハハハ…………ハ?」


 茶化すような悠司の言葉は、単なるジョークで済ますには少々深刻な内容だったようで、びみょ~に重苦しい沈黙が漂った。悠司自身、言ってしまってから「意外といけるんじゃ……」と思ったらしく、笑いが途中で不自然に切れてしまっている。


 実際、勉強道具を持ち込めればという条件をクリアできれば、一夜漬けにこれほど適した環境はない。これは不正チートではない――はずだ。少なくともグレーゾーンには収まる範囲だろう。しかし不公平感があるのは否めない事実で、この方法で高得点を出したら、なんとなく後ろめたい気持ちになるかもしれない。


「ま……まあ、試験勉強は置いときましょうよ? ……なんか追求しちゃいけない気がするわ」


「そ、そうっすね。……まあでも、勉強は置いておくにしても、例えば小説家とか作曲家とか……、活動が知的な分野のプロにしてみりゃ、VRは強力な武器になるだろうな」


「あ~、そうよね。特に文章の場合、現実リアルの方にメールで送っちゃえばいいんだし……」


「う~む。……誰でも気軽に参加できない現状では、VR格差が生まれるやもしれんな」


 VR格差とはまた、なかなかに仰々しい物言いだ。とはいえ、単なるネタとして切り捨てられない問題であるのも事実だ。特に締め切りに追われるプロにしてみれば、死活問題になりかねない。


 なにやら深刻な話になりそうな空気を感じ、弥生は敢えて暢気な口調で清歌へ疑問を投げかけた。


「っていうか、絵の方はどうなのかな? やっぱり、描く感覚は現実リアルとは違う?」


「そうですね……指先の感覚については、最初は少し違和感がありましたけれど、今はもう現実と変わりません。……ただ」


 弥生たちには既に話している、木彫りのヒナの時と同様の違和感が絵を描く時にもあるのだ。


 紙の質は常に一様であり、絵筆についてもどうやら使用によって劣化することはないらしい。鉛筆やペン、パステル、マーカーなど比較的硬い(・・)、ムラの出にくい画材については割と普通に扱えるが、紙に色が滲む水彩については違和感があるのだ。


 その違和感は実際に絵を描いていなければ分かり難い、かなり感覚的なものなので言葉にするのは難しく、清歌はかなり迷いながら言葉を選んで説明をする。


「皆さんには以前話しましたけれど、やはり素材の反応が素直というか、均一過ぎるようです。作業そのものは簡単とも言えますけれど……、そうですね、とてもリアルなデジタルペイントをしている様な感覚、というのが近いかもしれませんね」


 なお、似顔絵に使用している固形絵の具による水彩の場合は滲みが少ないので、比較的違和感なく作業できているのである。


「ふむふむ。……ってことは、アート方面ではあんまり活用できないのかな?」


「……いいえ、そうでもありませんよ? 頭に浮かんだアイディアを描き止めておくことはできますし、デッサンの勉強ならこちらでも十分できると思いますから」


 清歌の説明に、なるほどと一同が頷いた。どちらかと言えばアートそのものというより、その下準備や練習ということになるのだろう。


 いずれにしても話が逸れに逸れまくった結果、<ミリオンワールド>の本来とは異なる活用法について、五人は気付けたのである。楽しむことを第一に考えている彼女たちは、このゲームでRPG的な遊びだけするものとは考えていないため、これは大きな収穫と言えた。




「完成しました! ……どうでしょうか?」


「まぁ! あらぁ~~、あらあら、イイじゃないの! 素敵!」


 太い眉やゴツイ輪郭のラインなど彼の特徴はそのままに、絶妙なバランスの調整を加えられ、実物では違和感のある髪型や瞳などが実に綺麗に収まっている。さらにうっすらと化粧も施され、美しくワイルドなオネェ様と変貌した彼が、絵の中で意味ありげな微笑をこちらに向けていた。


「「「「………………(ホッ)」」」」


 確かに耽美コース増し増しで、かつ良く特徴が捉えられており、間違いなく彼の似顔絵だと分かる素晴らしい作品だ。この作品を、こんな短時間で仕上げてしまう清歌の技量は脱帽ものだが、それとは別の意味で四人は絶句していた。


 この完成品を見てしまうと、サンプルとして飾られるのに多少の気恥ずかしさはあるが、少なくとも増量はゼロで助かった――と。


 清歌はMarch5と署名を入れてから、作業を終了して玩具アイテムとして固定し作品を冒険者へと手渡した。ちなみに本来のターゲットは旅行者なので、額縁は料金には含まれていない。冒険者がホームに飾りたい場合は、別途調達してもらうことになる。


「フフフ、まだず~っと先の話だけど、ホームを手に入れたら飾ることにするわ。う~ん楽しみね! あ、そうそう、さっきから気になっていたのだけれど、そっちの木の置物も頂けるかしら? その子の置物なのよね?」


「ナ~!」


 冒険者の問いかけに飛夏自身が返事をする。店は正式にオープンしていないのだが、似顔絵を描いてしまっているし、木彫りのヒナは在庫も十分あるので特に問題ないだろう。


「お~! こっちでもお客様第一号ですね! ありがとうございます。……でも木彫りでいいんですか?」


「ええ。クリスタルも綺麗だけど、素朴な味わいの木彫りの方が気に入ったわぁ」


 そう言って冒険者は木彫りのヒナを受け取り、譲渡手続きと同時に代金を支払った。これらの機能は、冒険者ジェム(旅行者の場合はカード)に基本的に備わっているので簡単に行うことができる。


 ちなみに譲渡手続きを行わずにアイテムを持ち去った場合、所有者から一定距離離れた時点で元の場所へと戻る。システム的に万引きは不可能なのである。


「あ~、良い買い物ができたわぁ。……あなたたちは、しばらくここで露店を出しているのかしら?」


「はい。売れ行きにもよりますけど、旅行者が参加するセッションでは、ここで露店をしていると思います」


「そう。じゃ、また買い物によらせてもらうかもしれないわ。またね(バチリ★)」


「「「「「ありがとうございました~」」」」」


 冒険者はそう言って立ち去った。ウィンクをしようとしたらしいが、どうも慣れていないらしく両目を閉じてしまっていたのは、突っ込まないであげたいところだ。


 彼の姿が完全に見えなくなってから、五人は顔を見合わせてホッと一息ついて笑い合う。初のお客様で、しかもかなり濃い人物だったために、無意識の内に気を張っていたらしい。


「ちょっと、予定とは違ったけど……、ちゃんと売れるみたいだね」


「だな。ま~、コスプレ装備は冒険者にゃ売れないだろうしな」


「ええ、似顔絵も好評だったし。……やれそうね?」


「そうですね。似顔絵の方はちょっと時間を取り過ぎ、でしょうか?」


「……いや。あのクオリティならば、お客も納得できるだろう。問題ない」


「よし! 丁度いい予行演習もできたし、あとは本番だね!」


「ハイ!」「ええ」「おう!」「うむ!」


 来るべき旅行者の初参加セッションに向け、気合を入れるマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の面々であった。



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