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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第四章 おもちゃ屋さん、はじめました!
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#4―04

2016年、初投稿です。今年もよろしくお願いします。


 三日間のメンテナンスを経て再開する<ミリオンワールド>は、いよいよ<旅行者>が参加できるようになるということで、その日はテレビやネットのニュースを賑わせていた。


 八月いっぱいの実働テスト中、旅行者が参加するセッションは、一日に三回ある中の一回のみで初日は午後、次の日は午前、その次は夕方というローテーションで実施される予定になっている。


 この日に合わせて、<ミリオンワールド>内の町全てに――とは言っても現在はスベラギの町しか開放されていないが――観光協会がオープンし、クエストの受注と同じような手順でいくつかの観光用の島へと、ポータルから転移できるようになっている。


 ちなみにこのタイミングでオープンされる島は、様々なレジャーが楽しめる巨大な渓谷の島、スポーツ系のアクティビティの楽しめる複合レジャー施設の島、そして大手テーマパークの運営会社とコラボして数々の現実リアルでは実現不可能な絶叫マシンを引っ提げた遊園地の島、というそれぞれ異なる特色を持った三つである。


 三つというと少なく感じられるかもしれないが、それぞれの島は全ての要素を遊ぶと一日かかるほどであり、そもそもスベラギの町という異国情緒あふれる町を観光するだけでも充分楽しめるため、運営は敢えて数を絞ったのである。


 実は既にプログラム的な準備はできているので、一つの絶景を楽しむ為の島――例えばオーロラや、鏡のように空を写す塩湖、青く輝く海岸の洞窟、色とりどり魚の居る珊瑚礁などなども、順次オープンさせる予定だ。ただ旅行者参加によってシステムにかかる負荷を、実働で確認しなければならなかったので、安全策を取った形である。


 オンラインゲーム経験者ならばお解りのことと思うが、アップデート直後はトラブルがつきものと言っても過言ではない。安全性には特に気を遣っている<ミリオンワールド>の運営が、初期の段階で要素を詰め込み過ぎないよう安全策を取るのは、ある意味自然な対応と言える。


 なにはともあれ、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)がチームとして取り組む、初のオリジナル企画がスタートする。







「ふむふむ、ほとんど行ったことないから知らなかったけど、中央広場の露店スペースって結構空いてるんだね。どの辺りがいいかな?」


「確かにより取り見取りって感じだな。……そうだなぁ、旅行者がメインターゲットだから冒険者向けの店の傍は避けたほうがいいだろうな」


「私が見て回った印象ですと、中央広場の露店は冒険者向けのアイテムを扱っている店は少ないようです。殆どが玩具アイテムのお店ですね」


「フフ、大量の玩具をコレクションしている清歌が言うなら、間違いないわね。そういうことなら、他の店のことは気にしなくてもよさそうだから……、やっぱりポータルに近い場所が良いのかしら?」


「うむ。だがポータルに近すぎると、人通りが多すぎて落ち着かないかもしれん。……それと観光協会の位置も考えた方がよいのではないか?」


 午前のログインをしてすぐに清歌たち五人(プラス従魔が二匹)が向かった場所は、以前ストリートパフォーマンスをする前に手続きをした、中央広場にある警備の詰め所である。商品は既に出来上がっているので、露店のスペースを確保しに来たのだ。


 係の人に声をかけて簡単な手続きをし、後は場所決めというところであれこれ意見を出しているのである。ジェムショップの時のように、窓口のカウンターデスクがディスプレイ表示になり、今は露店スペースがマス目で表された中央広場の地図が映し出されている。


 ちなみに飛夏はそのカウンターデスクの上に座り、意味が分かっているのかいないのか地図を眺めている。一方、人見知りの雪苺は、上衣のフードに隠れてしまっていた。


 まるで文化祭のスペース割り当て表の様なものを見ているせいか、あーでもないこーでもないと言っている五人は、まさに文化祭の模擬店を出すかのようなノリだ。


 そもそもマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人にとって初出店となる今回は、あくまでも旅行者との交流イベントをしてみようという一環であり、利益を上げることは殆ど――というか全く考えていない。文化祭などでは仮にも現実の金銭が動くことを考えると、むしろ今回の方が気楽なものなのである。金策に苦心している数多くの冒険者が聞いたならば、目を剥いて厳しく追及してきそう話である。


 なおゲーム内の金銭で考えると、投入した素材の価格だけで考えれば一応利益は出る計算になっている。ついでに割と吹っ掛け気味のステンドグラス装備が全て売れれば、購入したスキル類の元も取れるはずだ。技術料や準備に掛けた時間が全く考慮されていないのは、突っ込んではいけない。なにしろ彼女らには、商売をするという観点はないのである。


「う~ん……旅行者の皆さんは、ログインした直後に観光協会に行くのかな?」


 弥生の素朴な疑問に一同は、それぞれ旅行者の行動を脳内でシミュレーション――してみようと思ったところでとある事実に気が付き、清歌に視線が集まった。考えてみれば、彼女は<ミリオンワールド>を始めた直後、冒険のことなどまるで考えていない観光をしていたのではなかったか?


 突然注目された清歌はキョトンとしていたが、やがて視線の意味に気が付いて、ちょっと当時のことを思い出してみた。


「そうですね……皆さんと一緒に冒険には出られないという事情で始めた街歩きですけれど、とても楽しかったですよ。どこか見覚えがあるのに、そのどれとも違う街並みが、少し不思議な感じがして、興味深かった覚えがあります」


「ああ、清歌はあっちこっち海外に行ってる……っていうか、一時期は殆ど住んでいたのよね。私らにはゲーム的な西洋ファンタジーの町に見えるけど、清歌は受ける印象が違うのね」


「そういう面はあると思います。……何しろ聞こえてくる言葉が日本語ですし」


「あ! そうだよね」「……それは盲点ね」「言われてみれば……」「うむ。全く気にしていなかったな」


 今更ながら当たり前の事実を思い出す四人。日常的に海外へ行く機会のある清歌との差が、はっきりと出た形だ。清歌にしてみると、異国情緒あふれる街並みと、その風景に溶け込む住人は当然のように西洋風の顔立ちだというのに、流暢な日本語を話していることの方が奇妙に映るのだ。


「それだけに、現実の海外旅行では地元のマーケットなどに気後れしてしまう人でも、気軽に街歩きをできると思いますよ」


「なるほど。その辺を踏まえると……旅行者が文字通り一日海外旅行しに来たってつもりなら、やっぱまずは観光とショッピングって流れになるんだろうが……」


「う~む、だがアトラクションについても、かなり大々的に宣伝をしているのだろう? 俺でもCMを見たくらいなのだから」


「それなんだよな。……旅行者は海外旅行に来るのか、テーマパークに遊びに来るのか……それが問題だな」


 顎に手を当てるポーズでわざとらしく考え込む悠司に、弥生と絵梨が冷た~い視線を注いでいる。


「まぁ、ユージの言うことも一理あるわ。でもぶっちゃけ、私らの店は旅行者全員を相手にしようっていうんじゃないでしょ? だから観光協会からアトラクション島に直行して、時間いっぱいまでそこにいるような……“攻略組の旅行者”は、はなからターゲットじゃないのよ」


 絵梨の主張に四人が納得し大きく頷いた。“攻略組の旅行者”とは言い得て妙だが、確かにマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の取り扱う商品は、ファンタジー気分を満喫するためのコスプレアイテムや、余ったお小遣いでなら買ってもいいかなという記念品的なお土産物だ。時間を惜しむようにテーマパークやアトラクションをガツガツ遊ぶような旅行者は、目を向けることなどないだろう。


 それらを総合的に考えると、中央のポータルとメインストリートを繋ぐ線に隣接したブロックか、もしくは大道芸人がいるスペースに近いブロックが良さそうではないかと当たりを付ける。


「あ、もしよろしければ、ちょっと広めのスペースか隣接した二つのスペースを取りませんか?」


「え? ああ、確かに商品を並べると結構かさばるわね。ちょっと広めの方がいいかしら」


「ええ、それもありますね。ただそれとは別に、客引きも兼ねてちょっと似顔絵描きをやってみようかと思いまして」


 ニッコリと笑顔でのたまう清歌は、なにやらとても楽しみにしているのが見て取れる。恐らく現実リアルではストリートパフォーマンスを自重していたのと同様に、これも<ミリオンワールド>の中だからこそできることの一つなのだろう。


 そういう事ならば友人として、ぜひ望みを叶えるのに協力したいと思う。弥生はアイコンタクトで素早く仲間たちに確認を取り即決した。


「おっけ~、清歌。じゃあ、そういう場所をピックアップしてと……」


 方針が決まってしまえば、あとはそれに沿ったものを探すだけでいい。いくつかの候補地の中から最終的に、大道芸人がパフォーマンスをしている場所に近いブロックに決定した。そちらの方が観光協会に近く、より旅行者の目に触れるだろうということと、似顔絵描きをするならこちらの雰囲気が合っていそうだと判断したのである。


 こうして露店スペースを確保した五人は、早速現地へと向かうのであった。







 中央広場に設けられている露店のスペースは、現実リアルでのフリーマーケット的なものをイメージすると間違いない。


 生活雑貨を並べている店、アンティークっぽいものを並べている店、自作のアクセサリーを並べている店、古着や端切れなどを並べている店などなど、非常にバリエーションに富んでいて、割と頻繁に店が入れ替わるのも特徴である。


 飲食物を扱う屋台も出店することができ、それらはパラソル付きテーブルセットが並べられているスペースに隣接する場所に固まっている。


 その多くはスベラギの住人(NPC)による店であり、食事や買い物をしに来ている人々も殆どが住人たちである。要するにこの町の住人の生活に密着しているマーケットなのだ。


 それ故に雑多で脈絡がない、まさしくフリーマーケット的な店の並びであり、清歌などはその雰囲気が宝探しをするようで気に入り、ふらふら歩き回っては玩具アイテムコレクションを増やしていたのである。


 さて、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)が確保した二ブロック分の露店スペースは、奥行きは1.5mほど、幅は4mあるというなかなかの広さで、商品を並べた上でも清歌が似顔絵描き屋をやれる余裕が十分にあった。


 絵梨と聡一郎が商品レイアウトを試している間に、グループのリーダーである弥生は、清歌と悠司と一緒に周辺で露店を開いている方々へ挨拶をして回ることにした。


 弥生は所謂ゲームオタクと呼ばれるタイプの割に、基本的なコミュニケーション能力が高い。なので、こういうご近所づきあいも必要になりそうな場では、挨拶を欠かさないのである。


 なお出かけるとき弥生は悠司と二人で行こうとしたのだが、絵梨の提案で清歌を連れて行った。彼女は基本的に物腰が丁寧で人当たりが柔らかく、容姿的に居るだけでハッタリが効き、さらにもれなくついてくる飛夏が和み要員になってくれると考えたためである。相変わらずの黒思考というべき――「フフフ。せめて策士と言って頂戴な(ニヤリ★)」――それは構いませんが……もうちょっとコミュ力をつけましょうね――「ぐ……痛いところを突くわね!(怒)」――どうやら策士殿は、対人能力にやや難があるようですな。




 ここで少々、<ミリオンワールド>における露店のシステムについて説明しておこう。


 露店システムは冒険者ならばレベルに関係なく利用できるもので、清歌たちがしたように詰め所で手続きをしてスペースを確保し、そこで各々好きなように商売をするというものだ。


 無人販売所のような設定にすることは不可能であり、必ずプレイヤーが店番をしなければならない。時間を拘束される反面、売り上げ(利益ではない)に応じた経験値を貰えるというメリットがある。


 ある程度レベルを上げて、携帯型の職人道具を使える生産職系プレイヤーなら、店番をしている間に作業をすることも可能なので、ゲームシステムとして見れば割と良くバランスがとれているといえよう。


 一方で生産職をサブと考えている、あるいは生産はかけらも触っていない戦闘職にとっては、採取素材やドロップアイテムを売るためだけならバザー(ネットショッピング的なシステムである)に出品すればよく、拘束される時間に見合うメリットはないため、自分で露店を開くことは殆どないようだ。


 極論すればバザーですべて事足りるともいえるが、露店だと値切り交渉ができたり、オマケをつけてもらえたりすることがあるため、好んで利用するプレイヤーも多い。また戦闘職のソロプレイヤーが、職人系プレイヤーとコネを作るための交流の場ともなっているのである。


 ちなみに清歌が語ったように、中央広場の露店スペースは今のところ冒険者向けの出店は少ない――というか殆どない。というのも、顧客となる戦闘組の冒険者はだいたいメインストリートのポータル付近で買い物をするため、中央広場の露店にはあまり立ち寄らないのだ。従って、冒険者が多く行き交うメインストリートのポータル付近では、職人による露店がちらほらと表れ始めている。




 ご近所への挨拶回りを無事終えた三人が戻ると、露店スペースには整然と商品が並べられていた。きっちりと整列しているのは、理屈っぽい絵梨と生真面目な聡一郎の性格が良く現れているようである。


 全体的なレイアウトは、露店スペースに隣接する通りから見て左手側にコスプレ装備が、中央に木彫りのヒナ&その材質バリエーションとステンドグラス装備がある。右手にある空いたスペースが、似顔絵屋の割り当てなのだろう。


「ご近所さんへの挨拶回りは終わったよ……って、おー、もうできたんだ! 手伝う必要なかったね」


 声をかける弥生に、作業をした絵梨と聡一郎はなぜか顔を見合わせて渋い顔をしている。どうも納得がいっていない様子である。


「どーしたんだ、二人とも? 問題なく全部配置できてるじゃないか」


「うむ。それはそうなんだが……なんといったらいいのか」


「キッチリし過ぎているのよ。ええと……つまり、一言で言うと、面白みがない!」


 露店スペース全体を眉間に皺を寄せて睨み付け、断言する絵梨。そう言われて改めてみてみれば、なるほど確かに整然とした並びは面白くないと言えばその通りだ。


 とはいっても、それは見方を変えればどの品物も見やすく配置されている、ということでもある。言ってみれば、コンビニエンスストア的な商品ディスプレイなのだ。


「そうか? んー、言われてみりゃ、まぁそんな気もするが……。そこまで気にせんでもいいんじゃないか?」


 並んで眺めている弥生に悠司が問いかける。


「どうだろ。私はこれで大丈夫だと思うよ? 凝ったことをしているお店ってないみたいだし、ちゃんと見やすく配置されてるしね。……あ、でも……」


「でも?」


「あ、うーん……大したことじゃないけど、“おもちゃ箱”感はないかもな……って」


「そう、それよ!」「うむ、それだな!」「あー、上手いこと言うな」


 弥生の感想は、作業をした二人が感じていた違和感を端的に表現していた。二人は大いに納得し、悠司はその表現自体に感心しているという、若干ズレた反応をしている。


 ともあれ、確かに彼女らの店――というか企画の趣旨から言えば金策的な意味合いは二の次で、旅行者との交流を通して、これまでの冒険とは違う遊びを開拓しようというものなのだ。その辺りのことを踏まえると、面白みのあるディスプレイのほうが、よりらしい(・・・)とも言えそうだ。


 ところで彼女らがそうやって議論しているところに、まったく口を挟んでいない清歌は何をしているのかというと――


「ねぇ、清歌はどう思う……って、わぁ~、似顔絵屋さんの準備ができてる!」


 そう似顔絵屋の準備をしていたのだ。仲間たちがディスプレイに関する議論しているのに、一人で何をしているのかというツッコミもあろうが、清歌なりに先にやっておいた方がいいだろうと考えてのことである。――やたら楽しそうに、いそいそと作業をしていたのは見逃してあげて欲しい。


「すみません。似顔絵屋のスペースも含めての露店ですから、修正するにしても、こちらも展開してからの方が、良いかと思いまして」


「ああ、確かにその通りね。……なんかこういう光景って、海外の旅番組とかで見かけたことあるわ。うん、イイ感じね!」


 似顔絵屋スペースには、絵を描く時に清歌が座るであろう椅子と、その横には簡素な折り畳みイーゼルが置いてある。イーゼルの方はサンプルの飾り棚として使われ、シンプルな額(大判の写真を飾るフレーム)に収められた似顔絵が複数、足元にも展示されていた。


 ちなみに今は本来絵描きが座る椅子の上には飛夏が居座り、背中に綿毛モードの雪苺を乗せて暢気に眠りこけている。なんとも和む光景だが、この調子では店番には向かないようである。


「ほぅ、これはまた……流石だな、清歌嬢は」


「フィギュアの時も思ったんだが、こういうデフォルメしたのも描けるってのがまた、スゴイよな~」


「そね、それについては同感。……っていうか、写実的な方は美少女度が一割増しなんじゃないから(ニヤリ★)」


 聡一郎、悠司、絵梨とサンプルを見て次々と感想を言い合う。飾られているサンプルは、二十世紀の所謂名画と呼ばれる映画に出ていた誰もが知っているスターのものもあるが、三人が感想を言っているサンプルはそれらについてではない。一番目立つ場所、イーゼルに掲げられているサンプルについてである。


「そうでしょうか……割とよく描けたと思うのですけれど(ニッコリ☆)」


「それはもう、言うまでもないでしょ。……っていうか、最近の有名人は描かないのね。ちょっと自重したの?」


 目を見開き口も半開きにしてイーゼルのすぐ傍まで近づき、サンプルを食い入るように見つめる弥生が、プルプルと震えだした。


「そういう側面もないとは言いませんけれど、単純に最近の有名人にあまり詳しくないのです。こういうところで旬を過ぎた芸能人などを飾っていると……」


「あー、それは……ちょっと痛いわな。なんつーか、流行に乗ろうとしたのに、逆に自分が世間からズレてるのを暴露した……みたいな」


「ええ。そういう感じです」「フフ、なるほどね」「……俺は余り気にならないが」


 本人がそれを気にするか、しないかはともかく、流行から一歩ずれてしまったネタは客寄せ用のサンプルには不向きだろう。流行り廃りのサイクルが激しい、最近の芸能関係には疎いという自覚のある清歌はそれらを避け、名作として完全に定番となっている映画などからネタを引っ張って来たのだ。


「…………ちょっと、みんな」


 どんよりとした響きを感じられる声で呼びかけ、弥生が和気藹々と似顔絵について語る四人を振り返った。うっすらと頬が紅く染まるその顔には、怒っているようには見えず、かといって喜んでいるというには恥ずかしさが勝っているような、複雑な表情が浮かんでいる。


「はい、なんでしょう?」「なぁに、弥生?」「おう、どうかしたのか?」「うむ。何か疑問が?」


 明らかにすっとぼけている四人に、弥生がギンと目を吊り上げた。


「なんで私の似顔絵が一番目立つように飾られてるの~~!」




 大きな声を上げてアレコレを発散した弥生は、四人に宥められたこともあってどうにかクールダウンできたようで、釈然としないものも感じつつ、最終的には自分の似顔絵が飾られることを受け入れた。


 冷静に考えてみると、すぐ傍で売り子をやっている弥生の似顔絵が飾ってあるというのは、絵描きの腕前が分かるという意味で効果的だ。その上で誰の似顔絵を飾るのかとなれば、やはりリーダーということになるのも納得できる。――できるのだが、銀幕の妖精と称された往年の名女優スターの似顔絵を差し置いて、自分が一番目立つというのは、どうにも落ち着かないのである。


「う~ん……なんか悔しいけど、一割増しっていうのはそうかも。清歌ぁ~、ちょっといろいろ盛って(・・・)ない……かな?」


 眉を下げてちょっと不安そうに言う弥生に、清歌は小首を傾げた。


 デフォルメしている方は、コミカルな方向で可愛らしくなっているのは確かで、似顔絵とはそういうものだから、弥生の言っているのは写実的な方だろう。しかし、清歌としては、お世辞的な意味で美化した似顔絵を描いたつもりはない。似顔絵の美少女度が増しているように見えるのは、表情豊かな弥生が普段はしない、静かに澄ました表情をしていることが原因ではないだろうか?


「――と、いうわけですから、これで問題ありません。ね、弥生さん(ウィンク☆)」


「はぅ(カ、カワイイ……じゃなくて!)。さ、清歌がそうまで言うなら、いいけどさ……。あ、でも私が店番していないときはどうするの?」


 結局は折れるしかないと悟った弥生が、最後に一つだけ気になることを尋ねた。それに対する清歌の返答は、成り行きをニヨニヨと見守っていた三人へ、爆弾となって投下された。


「あ、それはご心配なく。ちゃ~んと、皆さんの似顔絵が二パターンずつありますので」


「へ!? ちょ、清歌?」「な、マジでか!?」「ま……まあ嘘ではないだろうな」


 三人の反応を見た弥生が、にんまりと邪悪な笑みを浮かべる。今こそ反撃の時――とでも考えているのだろうか?


「ふっふっふ、流石だよ清歌! せっかく描いたのを飾らないなんて勿体ないから、ローテーションで飾ることにしよう。うん、それがいい。リーダーの決定!」


 反論しようと半ば反射的に口を開く絵梨だったが、上手い言い訳が思いつかないまま口を閉じて、視線を男子二人へと向ける。効果的な反論がないのは二人も同じようで、悠司は首を振ってお手上げ状態、聡一郎は腕を組んで瞑目していた。



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