#4―03 ただ今メンテナンス中・・(3)
パジャマトーク回です!
……修学旅行の夜、みたいな感じをご想像下さい。
アルバムというのは不思議なもので、割と最近の出来事でもそのページを捲って見ると、なぜか懐かしく感じるものだ。最近は写真がデータとして保存されるようになりアルバムを作る機会も少なくなっているが、それ故に感じるノスタルジーも相まって、卒業アルバムから感じる懐かしさというものは一種独特である。
弥生と絵梨、そして凛を前に卒業アルバムの表紙を開き、清歌は懐かしさを感じるとともに、昨日母校を訪れた際に感じたのと同種の気恥ずかしさを感じていた。
「あ、清歌発見! 個人写真は一年も経ってないから、流石にあんまり変わらないね~」
「そね。……あ、でも制服で大分印象が変わるわね。ちょっと新鮮」
「清藍のブレザーはセーラーカラーですから、確かに百櫻坂とは印象が違いますね」
個人の写真がずらりと並ぶクラスページを見ながら、そんな感想を言い合う。
ただ今の時刻は二十一時過ぎ。悠司と聡一郎は夕食を採った後で帰宅――というか聡一郎宅へと既に移動している。ちなみに夕食は弥生の予告通り宅配ピザ&サイドメニューのチキンをメインに、凛も含めた女性陣四人で手分けして作った野菜サラダとポテトサラダを追加したものだった。
四人はそれぞれお風呂に入った後、パジャマ姿でリビングに集合している。ちなみに風呂上りのしっとりとした様子の清歌は、無防備なパジャマ姿ということもあって、普段はあまり感じられない色気があり、弥生と凛は姉妹揃って挙動不審になっていた。それを見て絵梨がニヤリとしていたのは、もはや言うまでもないだろう。
テーブルの上に開いた卒業アルバムを、清歌と弥生は二人掛けのソファーに並んで座り、絵梨と凛は床に腰を下ろしてそれぞれ覗き込んでいる。
「夏服は白のセーラー服なんですよね?」
「ええ。……ああ、この辺りは夏服が写っていますね」
清藍女学園は初等部から高等部まで、刺繍されている校章の色が違う程度のほぼ同じデザインの制服だ。ページを捲っていると夏服が映されているページになる。清涼感のある白いセーラー服に身を包む、まだ中学一年生の清歌は今よりも幼く、また今ほど女性らしい体つきになりきっていないため、どこか中性的な美しさを持っていた。
「わぁ、この頃の清歌はまだちょっと幼いね。な、なんかちょっと、あ……妖しい魅力があるかも……」
「そね。清歌ほど整った容姿で、まだ体ができてないと中性的な感じになるのね。確かに弥生の言うとおり、妖しいっていうか……危うい魅力が漂っているわ(ニヤリ★)」
なにやら怪しげな熱視線を写真の清歌に送る二人――いや三人の様子に、現実の清歌は若干引き気味だ。とはいえ客観的な事実として、写真となったおよそ三年前の清歌は、写っている時の表情や角度、髪型の違いで少女にも少年にも見える不思議な魅力を放っている。弥生たちの反応もそれほどおかしなものでもない――かも?
「それにしても清歌の写真、やたら多いわねー。ま、無理もないのかもしれないけど」
「それはそうですよ! だって清歌お姉さまは、伝説の生徒会メンバーの一人、それも副会長だったんですから!」
恐らく説明会の後に時間をかけて、千代からあれやこれやと吹き込まれているのだろう。もうすっかり清歌の虜になった――もとい、後輩になったつもりの凛が目を輝かせて自慢げに語っているのに、弥生がジト~ッとした視線を注いでいる。
「り~ん~、なんだか昨日からテンションがおかしいよ? 恥ずかしいなぁ、も~。……あ、生徒会ってこの写真かな?」
「はい。このページは生徒会の活動を集めていますね」
そのページには、生徒会主導で行ったボランティア活動や学校行事、そして行事ではない種類の放課後に行われたちょっとしたイベントなど、楽しそうな写真が数多く掲載されている。今までずっと共学だった三人には、教師以外は女子のみという学校の様子が新鮮――というか不思議な感じがした。
「清藍女学園の生徒会は五人なのね……、っていうか清歌は副会長やってたんだ。中学時代は習い事をまだやっていたんでしょ? 忙しかったんじゃない?」
「確かにそうですけれど……なんというか、清藍の副会長という役職には実務が殆どありませんので。私は時間が空いた時に、ちょっとお手伝いをした程度です」
「え!? だって、生徒会副会長なんだよね。ちゃんと選挙に出て勝ったんでしょ?」
清歌の意外でしかも少々いい加減な物言いに、弥生が驚いて問いかけた。
「はい、まぁ一応は。……ただ清藍の選挙制度は少々変わっていますので」
「百櫻坂みたいに会長だけを選挙して、他は当選した会長の指名制って形かしら?」
「それに近いです。清藍の場合は、会長だけではなく他の役員もまとめての五人で立候補します。指名制でも、予め誰を指名するのか宣言していれば同じことですね」
清歌の説明に絵梨が頷いた。この方式を採ると、役員を個別で選挙した場合の生徒会内の性格的な不和という問題は起こり難く、また指名制の場合でたまに起きる役員のなり手がいない、或いはその逆という問題は未然に防ぐことができる。女子だけという一種独特な場を考えれば、良く考えられているシステムかもしれない。
「絵梨ちゃん。逆……ってなんです?」
生徒会や選挙というものがまだいまいちピンと来ない凛は、絵梨の発言に疑問を感じた。役員になりたくないというのは分かるが、逆とはなんだろうか?
「あ~、私も女子高に通ったことはないから単なる想像よ。こういう場所って、極端に人気のある、いわゆる学園のアイドルっていそうじゃない。……フフ、誰とは言わないけど。で、そういう生徒が立候補したら、役員になりたい子が大勢で大変なことになるんじゃないかしら?」
「あ~、なるほどね」「そっか。そうですよね」
誰とは言わない――という件で意味ありげな視線を送られ、説明の後では弥生と凛から見つめられ、清歌としては苦笑するしかない。なぜならば、清歌の就いていた副会長という役職は、即ちその為のポジションであるからである。
絵梨の推測はかなり正確で、清歌も知らない――興味がないので調べたことがないのだ――ことだが、清藍女学園の生徒会選挙制度は二度の変更を経て、現在の形に落ち着いたのだ。
最初は個人の選挙で成立した生徒会が、なぜか三年連続で性格の不一致による内部冷戦状態に陥り、最低限の機能しか果たせなかった為に会長の指名制になり、次に絵梨の言ったような理由で役員が決まらず、今の形になったのだ。ちなみに二度目のきっかけになったのが、先日清歌が井上先生との会話で挙げた“伝説の瑞野先輩”である。
「特に決まりはありませんけれど、なぜか伝統的に副会長というのは、その為の役職になっているのです。実務が殆どない、とはそういう意味で……」
「その為? ……えっと、つまり清歌には悪いけど、副会長は生徒会のアイドル要員だって、……そういうこと?」
絵梨のこれまた的を射た説明に、清歌は曖昧な表情で頷く。その表情から、清歌がその役目を嫌々引き受けたわけではない、ということは見て取れる。ただ同時に、完全に納得していたわけでもないようだ。
友達からの頼みごとに、ちょっと困りつつも「もー、仕方ないなぁ」と笑って引き受けた、というところなのだろう。また逆の見方をすれば、副会長就任というのは、その程度のノリで引き受けられる頼みごとでしかない、ということになる。
「えー!? 清歌を客寄せパンダに使うなんて! そりゃ確かに、効果的かもだけど……」
「ふふ、ありがとうございます。けれど、弥生さんに怒って頂ける程、大層なことではありません。選挙にしても生徒会活動にしても、本当にお手伝いしかしていませんので」
清歌はあっさりとそう言うが、それはそれで一応役職として立候補した手前どうなのだろうと思い、弥生と絵梨は顔を見合わせてしまう。なお清歌の説明は事実であり、またそれが何か問題視されたということもない。その辺りは、実際にその場に居た者でないと解らない、人間関係の成せる業なのだろう。
「行事の類ではちゃんと仕事をしていましたよ? 集会などの司会は私の役目だったのですけれど、壇上に上がってニッコリ笑うだけで生徒全員が静まるから、これほど楽なことはない……と、会長に毎回言われましたね」
「まぁ、考えてみればクリーンさが重要な象徴的存在とか、大衆の目を引き付けておくための囮とかは、あまり実務的なことはやらないほうがいいわよね。……なるほど、確かに私でも、清歌にお願いするわねぇ」
「ふふっ、流石に二度はやりたくないですねー」
アルバムの中のイベント写真を見ながら言う清歌は、穏やかで懐かしむような表情をしていた。
ここで話が終わっていれば、美しい中学時代の一頁で終わったのだが、凛が知ったばかりのネタという、清歌にとって燃料気化爆弾級の爆発物を投下した。
「それだけじゃありません! 清歌お姉さまが居たからこそ、気品ある装いの指針は誕生したんですから!」
ちなみに凛自身は全くの無邪気に――いや、むしろ完全な善意で、敬愛する清歌お姉さまの偉大なる功績(凛視点)を、未だ知らない者たちに教示しようとしただけである。本当に、悪意はなかったのだ。
しかしそれを聞いた清歌の反応は半端ではなかった。目を丸くして、ボンと音が出そうな程一気に顔を真っ赤にすると、両手で顔を隠して伏せてしまった。ここまで極端な反応をする清歌を見るのは、弥生や絵梨にしても初めてのことだ。
それもどちらかというと、自分から話すのは自慢げで嫌だったからとか、隠していた悪事が露見したとかではなく、所謂恥ずかしい黒歴史が暴露された時のような反応だ。微妙に中二病臭いフレーズもその印象を強くしている。
「千代ちゃん……そんなことまで話して……。これはちょっとお仕置きが必要かもしれませんね」
顔を伏せたまま物騒なことを呟く清歌。――それを聞いた三人が、清歌のお仕置きとはいったいどういうものなのかと、ちょっとだけ興味を持ったのは、永遠の秘密である。
それはともかく、清歌の珍しい反応は見ていてちょっと面白い気もするが、このまま放置すると黒歴史だけに、暗黒面へと堕ちてしまいそうな予感がする。そう思った弥生は助け舟代わりに、いったん話を別方面へと逸らすことにした。
「それは一旦置いといて……。凛? さっきから気になってるんだけど、お姉さまってナニ? まさか清藍じゃ、先輩のことそう呼ぶの?」
「そんな……私立リ○ア○女学園じゃないんだし。いくらなんでも、そういうのってフィクションだけの話でしょ?」
「へ? 違うのかな? ちーちゃんがそう呼んでたから移っちゃったんだけど……」
話が若干逸れたことで、どうにか気持ちを立て直すことに成功した清歌が顔を上げた。表情は戻っているが、まだ少し頬に赤みが残っているところに、受けた衝撃の大きさが現れている。
「そうですね、普通は“お姉さま”という敬称は付けません。同級生と下級生は名前にさん付けで、上級生はさま付けか、部活や委員会で一緒の場合などは先輩と付けることが普通ですね」
「なるほど。お姉さま呼びが普通に飛び交ってるのも面白そうだったけど、そこらへんは割と普通ね」
「あ、でも名前で呼ぶのは、お嬢様学校っぽくないかな?」
凛の感想に弥生と絵梨が頷く。清歌はそもそも普段の口調が丁寧なのでさほど違和感を持っていなかったため、百櫻坂に入学してからその特殊性に改めて気づいたところだ。
ただ清藍の名前呼びの伝統は、凛の考えているほど無邪気なものではない。名家出身のものが多く通う清藍で互いを名字で呼ぶと、いくら学内では平等の生徒と謳ってはいても、どうしても家を意識してしまうという、生臭い事情があってのことなのである。
「ってことは、お姉さまっていうのは、ちーちゃんが清歌をそう呼んでるだけなんだ?」
「いえ、そうでもありません。例えば部活の主将や生徒会メンバーなどの、特定の役職についている上級生に対して、お姉さまと付ける子は少なからずいました。……あまり凛ちゃんに、こんなことを吹き込みたくないのですけれど」
「……ってことは、伝統的なものじゃないの?」
「はい。ベテランの先生に聞いた話では、十年ほど前からちらほら現れて、途切れながら徐々に広まったそうです。定着したのは五、六年前らしいので、伝統と呼ぶにはまだ弱いですね」
その説明で絵梨には、なんとなくどういう経緯で定着したのか分かったような気がしていた。要するに小説やマンガ、アニメやドラマなどの影響を受けた生徒が、ある種のごっこ遊び的に現実の学校へと持ち込んだのだろう。
絵梨の記憶では確か十歳くらいの頃、そういう伝統のある女子校を舞台としたアニメが流行した覚えがある。その後、先輩をお姉さまと呼ぶというようなお嬢様学校を舞台とした漫画やゲームが、一ジャンルとしてほぼ市民権を得たので、途切れることなく定着したのだろう。
そんなアニメを十歳くらいの女子が見るのか、という疑問もあるかもしれないが、彼女は原作となった小説のファンだったのである。文学においては女子校やその寄宿舎が舞台の物語はそう珍しいものではなく、文学少女たる絵梨にとっては、割と馴染みのあるジャンルなのだ。
「……さとて、それじゃあ清歌。そろそろ落ち着いたかしら?」
このまま忘れてくれれば――と、清歌は淡い期待を持っていたのだが、やはりそうはいかなかったらしい。肩を竦めて見せて、本当は話したくないことであるとささやかにアピールしつつ、アルバムのページを捲った。
「そうですね……、私が副会長をしていた頃ですからこの辺りですね。写真を見て、何か気づきませんか?」
「えーっと、清歌の写真を見ればいいんだよね? なにか……なにか……」
三人は清歌が示した範囲の写真を覗き込んで見比べる。いくら目立つ存在だからといっても、流石に数が多すぎるとは思うが、そこではないだろう。
グレイスコードなる謎の言葉の正体を知っている凛は、清歌の言わんとすることを理解できたようで、写真を見ては頷いている。
(ぐぬぬ。凛のドヤ顔がみょ~にイラッとするな~)
などと思いつつ、いろいろ見比べてみるが特に気になる点は見当たらない。写真の中で中学時代のクラスメートと笑っている清歌は、今より少し幼くあどけない。髪を二本の細い三つ編みにして、リボンを着けているのがその印象を強くしているようだ。
「う~ん、特に変なところはないよ? 中学時代の清歌も可愛いし……あ、でもこの頃はリボンとかシュシュとか付けてたんだね」
「そね。髪型に合わせていろいろ遊んでたのね……って、あら? よく見ると、写真ごとに髪型が違うわ」
「え!? あ、ホントだ! ってか、アクセサリー付けたり、学校指定じゃないっぽいセーター着たりしてるよ。……副会長だったんだよね。これ、いいの?」
「弥生さん、絵梨さん、それが答えです」
清歌は眉を下げて言った。正解に辿りついてしまったので、もはや覚悟を決めて説明するしかない。
「厳格なお嬢様学校と思われがちな清藍女学園ですけれど、実は服装などに関する校則は意外と緩くて、学生らしく、華美にならなければ、髪型や制服の着崩しについてはある程度黙認されています」
「ほほー、だからこんな風に着崩してもいいんだね」
「外から思うほど堅苦しくないってことね。でも、ちょっと曖昧じゃないかしら? 生徒は普通だと思ってても、先生側から見たら派手……なんて良くある話でしょ」
「はい。先生によっても許容範囲にかなり幅がありますから、トラブルの種でした。それで、雅美子さん……生徒会長がある程度の基準作りをしようと考えていたらしく……」
「その基準っていうのが、グレイス、コード? ってやつなの、かな?」
「ええ……まぁ、そういうこと……なのですけれど……。はぁ~」
一応肯定しつつ、清歌が大きなため息を吐いた。どうも清歌にとってはかなり不本意なコトだったらしいと凛も理解したようで、急にオロオロし始める。
「ふふっ。凛ちゃんが悪いわけではありませんから、気にしなくていいですよ? 先ほどの凛ちゃんの言い方では私が基準を作ったように聞こえますけれど、事実は少々異なります」
清歌が実際にやったこと、というか生徒会長に頼まれたのは、季節や天候に合った髪型や着崩しをするというものだ。無論それは校則で許される範囲でなければならず、かつ二日連続で同じスタイルをしてはいけないという縛り付きで、である。
前述の通り副会長という役職は、基本的に目立つことが仕事とも言えるものだ。その依頼が選挙活動中だったということもあり、当時の清歌はさほど疑問を感じることなく、毎日メイドさんとあれこれ相談しつつ工夫して学校へ通っていたのである。
実のところいくつかのスタイルは、普通なら教師側の基準ではギリギリアウトというものもあったのだが、清歌の容姿と完璧な立ち居振る舞いでなんとなく上品に見えてしまうという驚異の現象によって、結局一度も注意されることなく任期を全うしたのである。
そして、とかく目立つ清歌がどの教師からも注意されなかったという事実を以て、校則で許されるオシャレの、生徒による自主的な基準としたのだ。
要するに一種のドレスコードなのだが、基準作りを画策していた生徒会メンバーですら、それが許されるのは清歌であればこそと思うものもあったのが、彼女たちの頭を悩ませたのである。
「なんとな~くオチが分かっちゃったかも」「フフ、そね、私もよ」
「オチ……というのは不本意ですけれど、恐らくご想像の通りかと思います」
この基準作りは表立って行われていたわけではなく、生徒会メンバーがそれとなく噂を流すような形で広めていたものだった。それを生徒会長が表立って表明したのは、任期終了間際の新聞部によるインタビューの場に於いてである。
生徒会長曰く。副会長、即ち清歌が身をもって示した様々なスタイルは、教師から注意されることがなかったという事実から一つの指針にはなる。しかし、全てが無条件に許されていたわけではなく、どのようなスタイルであっても、彼女はきちんと品位を保つことができていたからこそなのである。
すなわち学生が守るべき装いの指針とは、単純な服装規定ではなく、自身の振る舞いも含めて品位を保つことであると、清歌は証明したのだ。
「ゆえに我々生徒が自主的に守るべき基準は、敢えてドレスコードとは呼ばず、グレイスコード呼びましょう。……と、あのカイチョーは語ったそーですよ」
両手を上に向けたヤレヤレポーズをしつつ、かなりぞんざいな口調で清歌は語った。そんな口調が清歌から出てくるほど、生徒会メンバー同士はかなり仲が良かったのだろう。
「あはははは……あー、でもさ。基準作りができたのは良かったんじゃないかな?」
「そうねぇ。でも説明を聞く限りだと基準を考えるんじゃなく、既成事実を作ってしまおうって感じよね。しかも、副会長をやってる清歌なんて、厳しい教師にたまたま見つからなかったって言い逃れをされることもないだろうし。……フフ、その生徒会長さんはなかなかヤル奴ね(ニヤリ★)」
「もう、絵梨さんったら。……まぁ、彼女の狙いもその意義も、分からなくはありません。ただ、生徒会メンバー全員にこの件を隠されていたものですから……それも徹底的に」
「ええ!」「あらまあ」「清歌お姉さまは、知らなかったんですか!?」
流石に驚く三人に清歌は苦笑してしまう。本当のところ、清歌は友人たちの所業に嫌悪感を持ったわけでも、怒りを感じているわけでもないのだ。ただただ、そこまでやるのかと呆れてしまったのである。
「でも、こう言っちゃなんだけど、清歌に知らせなかったのは分かるわ。だって、予め知らされてたら、大人しめの服装でそろえたんじゃない?」
「え? そうかな~。清歌は割とそういうの、面白がってやってくれそうな気がするけど……違う?」
絵梨とは異なる感想を言う弥生に清歌は一瞬目を瞠り、ニッコリと笑顔を見せた。
「ふふっ、そうですね。先にきちんと説明して頂ければ、協力も吝かではありませんでした。……そうしていれば、彼女たちも私からこってり絞られることもなかったでしょうに(ニヤリ★)」
清歌の笑顔に三人は、何やら背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。一体どんな風に絞られたのかかなり気になるところだが、それを聞きだす勇気の持ち合わせは無いようである。
「そ、そうなんだ。……まー、いくら友達だからって、そんなだまし討ちをされたら、そりゃ怒るよね」
「はい、それもあります。ただ……そうですね、ちょっと自分に置き換えてみて欲しいのですけれど、普段していたことを元に規則……のようなものを定められて、その上それに怪しげな造語を割り当てられたとしたら、どう思われますか?」
自分の身にそんなことがそうそう起きるとは考えられず、弥生たち三人は顔を見合わせてしまう。そもそもこの話は、清歌のキャラクターあってこそなのだろうから、取り敢えず彼女の身になって考えればよいのだろう。腕を組み目を瞑って考えることしばし。その結果はというと――
「……ゴメン、清歌」「確かにナイわねぇ」「そうかなぁー? カッコよくない?」
げんなりした表情で拒否反応を示す高校生二人に対し、まだ小学生の凛は――清歌への尊敬フィルターもあるのだろうが――そういうのをカッコイイと思えるらしい。そういうの、とは無論、所謂中二病ワードのことである。
日本語の言葉に、それを直訳したわけでもない横文字を割り当てる――あるいはその逆という、マンガやライトノベルの中ではありふれたものは、ひとたび現実の世界に飛び出すと非常に恥ずかしくなるものだ。それこそ中学生くらいならば、むしろ嬉々として自分設定を作るのかもしれないが、その手のことはほんの二、三年後には、往々にして封印しておきたい黒歴史になるものである。
その時期は既に過ぎている高校生の三人と、その手前ないし真っ只中の凛とでの差がはっきりと表れた形だ。
始末の悪いことに、気品ある装いの指針という言葉は、ドレスコードという現実にある言葉をちょっと改造した程度で、清歌というある意味現実離れしている存在を元にするなら、「それもありか?」と思えるレベルなのだ。
清藍女学園を卒業して数年後には、ちょっと恥ずかしい学内用語だったと思い返すことになるだろう。しかし在学中はさほど抵抗なく使えそうな言葉を創るあたり、清歌の仲間たちはなかなかのバランス感覚である。
「お解り頂けたようで何よりです。幸いと言っていいのか、私は清藍を離れましたから、身近でその言葉を聞くことはもうないと、思っていたのですけれど。……まったく千代ちゃんは、もう……」
中学時代の汚点――という程のものでもないが、もう記憶の奥底に沈めてしまった出来事を、まさかの形で浮上させた千代には、やはり少々お仕置きが必要かもしれない。――などと若干逆恨み気味なことを考える清歌に、凛が言い難そうにもう一つ仕入れていた情報を明かした。
「えっと、清歌お姉さま。ちーちゃんから聞かなくても、たぶん入学したらすぐに気品ある装いの指針のことは知ることになったんじゃないかと思うんですけど……」
「凛ちゃん。それはどういうこと? 説明なさい」
服装の自主基準そのものの方はともかく、こんなしょーもない中二ワードなどあっという間に廃れるだろうと、都合のいい予想をしていた清歌は、不穏なことを言い出す凛を問い質した。――命令口調が実に様になっている。
「ハ、ハイッ! ええと、清歌お姉さまたちが卒業後に、次の代の生徒会がいくつかの部活動と協力して、気品ある装いの指針の詳細な内容を冊子に纏めたそうです。あ、写真ではなくてイラストなので、ご安心ください。実はちーちゃんが先輩の伝手でフラゲしたものを見せてくれたんです!」
イラストも含めてなかなか良くできている小冊子で、生徒会室や編纂に携わった部活の部室に所蔵されているとのことだ。ちなみに非公式ながら実費で購入することも可能で、既にかなりの数が出回っているらしい。
もはや気品ある装いの指針は清藍女学園中等部に定着してしまったらしいことを悟り、清歌は絶望の余り思わずコテンと弥生の方へ倒れ込んでしまう。
「はぅ! さ、清歌? ……悪いことをしたをしたんじゃないからさ、だいじょ~ぶだよ、ね。よしよし……」
ちょっと緊張しつつ、左の肩にもたれる清歌の頭をナデナデする弥生。清歌の艶やかな金髪は、触れるとサラサラでとてもいい手触りだ。
憧れの清歌お姉さまと妙に仲のいい姉に、凛は羨ましそうな視線を向けている。一方絵梨はいつもとは逆の構図に加えて、姉に微妙に嫉妬している様子の凛がいることで、心の中で「さんかく、かんけい(ニヤリ★)」と面白がっていた。
完璧で、隙など全く無いイメージの清歌にも、あまり知られたくない恥ずかしい過去の一つや二つあると知って、今まで以上に打ち解けることができた。そんな夏の一夜であった。
タイトルは忘れてしまいましたがだいぶ前のアニメ作品で、主人公の通う女子校(恐らくアメリカが舞台)で、生徒会か風紀委員にあたる生徒を「グレース」と呼んでいたものがありました。
女子校を舞台とした話のネタを考えていた時にそのことをふと思い出し、できたのが生徒たちが自主的に守る規律=グレイスコードです。
これ以後、副会長はグレイスと呼ばれるようになる……というのは流石に痛すぎるだろうと、ネタから除外しましたw
リアル回はこれでいったん終了。次回から再び<ミリオンワールド>のお話になります。