#4―00
めでたく正式名称がマーチトイボックスと決定した翌日、清歌たち五人はそれぞれ生産組と戦闘組とに分かれて、企画の準備とポータル修復クエストの進行に時間一杯かけて奔走した。
その甲斐あって、予定していた商品ラインナップの量産体制も整い、ある意味おまけ要素だったジオラマ風看板も、清歌が凄まじい集中力でこだわりの品を完成させることができた。
清歌がジオラマ製作に集中している間に、ポータル修復クエストに合流した生産組二人の協力で、弥生に出されたクエストのお題は苦戦しながらもどうにかクリア。聡一郎の方は、お題である魔物の特徴からおおよその生息域に当たりは着いたのだが、残念ながら発見には至らなかった。
この探索を採取と平行して行っている際、清歌のクエスト対象である水草タイプの候補を発見したので、写真を撮影して清歌に見せたところ、「あまり可愛くないですね」と芳しくない反応だったので、こちらは保留となっている。
そんなこんなで充実した一日を過ごした五人は、最後に蜜柑亭に立ち寄って企画の成功を祈って乾杯(ノンアルコールのジュースである、念の為)してから。ログアウトしたのであった。
<旅行者>が新たに参加することに伴い、システムとハードウェア双方の大型メンテナンスにより、<ミリオンワールド>は三日間の休止となる。
水泳大会に参加した時を含めて二日、メンテナンスによる休みの日はこれまでにもあった。しかし二日以上連続でログインしないということは、<ミリオンワールド>を初めて以来地味に初めてのことで、五人ともなんとな~く落ち着かないのであった。
とはいえ<ミリオンワールド>がないからと言って、暇を持て余してだらける様な五人ではない。マーチトイボックスの面々はリーダーたる弥生自身、ゲーム大好き人間であっても、決して現実を疎かにはしないのである。
そんなわけで、メンテナンスの二日目と三日目には弥生の家に集まって、課題の残りを集中的にやっつけて目処を立てると同時に、清歌と凛の顔合わせをしておこうという予定になっている。ちなみに女性陣はお泊りで男性陣は帰宅となる。
さて、本日一日目は清歌に外せない予定が入っていたので、それぞれ自分の用事を済ませることになっている。一人暮らしの聡一郎は溜まりがちの家事を片付けるつもりらしく、悠司は姉と二人で妹を遊びに連れて行くとのことだ。絵梨はここ最近読書時間が減っている為、積み上げられた本を消化するというメインの予定と、他にも何かあるようだったが――「そっちは秘密よ。フフフ」――ということらしい。
四人には明確な予定がある一方、弥生は特にこれといった予定がない。多少寝坊をしたところで誰に咎められることもない夏休みでもあり、少々遅めに起床した弥生は、朝食を野菜ジュースとトーストという軽めのもので済ますことにした。
寝起きの隙だらけ状態でぼんやりとトーストを齧りつつ、今日の予定を考える。取り敢えずやるべきは、明日明後日の準備として家中の掃除と食料品などの買い出しだ。幼馴染の悠司以下腐れ縁の三人はともかく、清歌を家に招くのは初めてのことなので、少々気合が入ってしまう。
清歌と一緒に遊ぶのは、流石にもうすっかり慣れた――割と多いスキンシップにドキドキさせられるのは別問題のようであるが――とはいえ、自分の家というプライベートな、テリトリーの最も内側に招くというのは、やはりちょっと意識してしまうものがある。
(まぁ、でも意識しちゃうのは私だけじゃない……はず。清歌だって、本当にプライベートな方を見せてくれたのは二度目以降だし。……男どもには見せていないし!)
夏休み前、親しくなるきっかけとなった一件で招かれた清歌の部屋は、いわば“彼女個人の応接間”であり、本当のプライベートスペースはその奥の寝室なのだ。弥生と絵梨は二度目以降にそちらの方へも招かれており、最初に通された部屋に生活感がないというか、無個性的な印象を受けたのに納得したものである。
なお、「男どもには見せていない」という点については、悠司と聡一郎は未だ一度しか訪れていない、という方が正確である。
そんなことをつらつらと考えていると、凛がお出かけの準備を完璧に整えて現れた。膝丈のスカートにブラウス、ベスト、リボンタイという制服風の組み合わせで、全てクリーニング直後らしく綺麗な折り目がついている。普段はホットパンツにキャミソールとチュニックという感じの、カジュアルな装いが多い妹にしては珍しく、カッチリとしたコーディネートである。
「おはよ~、お姉ちゃん」
「おはよ、凛。珍しい服着てるね。今日って何かあった?」
受験関連の面接はもう終わっているはずだし、そもそも今日は既に両親は仕事に出かけてしまっている。また、面接に赴く時ほど完全にフォーマルではない。
「うん。今日はちーちゃんに誘われて、中等部の見学会に行くんだ~」
どうやら受験勉強は一休みで友人とお出かけらしい。夏休みに入ってからは、まさしく勉強漬けだったので、ちょっとした息抜きというところなのだろう。声が弾んでいる。
「へ~、そんなのあるんだ。ん? ちーちゃんに誘われてってことは、内輪の行事ってこと? 初等部の子たちばっかりなんじゃないの?」
「うん。基本的に内輪なんだけど、家族とか友達とか誘ってもいいんだって。事前に書類は出さなきゃいけないんだけど」
「なるほどね~。夏休み中でも、部活とかで結構人はいるから、そういうのを見学するのかな?」
「うん、それと施設の見学かな。……あ、あとOGの人が来て、いろいろ話をしてくれるんだって。結構有名なプロの演奏家さんも来てくれるみたいで、ちょっとしたコンサートをしてくれるのが毎年恒例になってるんだってさ~」
OGに演奏会というキーワードが弥生の脳内で引っ掛かる。しかし微妙に起動しきっていない頭ではなぜ反応したのかすぐには分からず、凛が先を続けてしまった。
「なんかね、それ目当てでわざわざ誘ってもらって来る人もいるみたい。ちーちゃんがすっごい楽しみにしてたから、凛も期待してるんだ~。……あ、もう行かなきゃ。行ってきま~す」
「あ、うん。行ってらっしゃい。気を付けてね~」
時間を確認して挨拶もそこそこに、玄関へと向かってしまう凛の後ろ姿へ弥生が声をかけた。
ドアが締まりガチャリと鍵のかかる音を聞きながら、弥生はトーストの残りを食べきって、野菜ジュースも飲み干す。食器を洗って水切り籠に置いたところで、弥生は思わず「あ!」と声を上げてしまった。
ようやくちゃんと頭が回るようになった弥生が思い出したのは、大型メンテナンス
の三日間に何をしようかと予定を話していた時のことだ。確かあのとき清歌は、外せない頼まれごとで、母校に行くと言っていたのではなかろうか?
「――学校説明会の一環なのですけれど、後輩たちを相手に話をしたりちょっとした演奏会をしたりという行事です。私が参加するのは演奏会の方だけで、実はトラブルで本来予定していた方の都合がつかなくなってしまったので、急遽代役として私に白羽の矢が立ったようですね」
「なるほどね。……でもいくら代役っていっても、今年卒業したばかりの清歌に普通頼む? 変な感じがするのは私だけかしら?」
「う~ん、私もそう思う。普通OGっていうともっと年上の人を想像するよね?」
「私もそう言って辞退しようと思ったのですけれど……、在学中にお世話になった先生から直々に頼まれてしまいますと……断りづらいですね」
「それは、ちょっとズルい! ……よね?」
「そうねぇ。……まぁ、効果的だとは思うけど」
「っつうか、それでいいのか? 教育者だろう」
「なに、教育者とて俗世の人間。聖職者ではないというだけのことだ」
「「「「……………………」」」」
――と、こんなやり取りがあったのだ。後半の身も蓋もない発言は置いておくとして、確かに清歌は母校で後輩相手に演奏をしてくると言っていた。
「そう言えば、清歌の通ってた学校ってちゃんと聞いたことなかったけど……まさか……って言うか、これって間違いなく……」
名門女子校の学校説明会で、しかも演奏会があるなどということが、全く同じ日に重なるはずがない。これを偶然と思うのは、いささか無理があるというものだ。
本人は隠しているつもりのようだが、あれで凛はお嬢様学校という場所に憧れに近い興味を持っている。どうでもいい風を装いつつも、ブー垂れずにちゃんと受験に取り組んでいるのもそのためだ。
そんな憧れの場所で、あの清歌に遭遇して、翌日(凛視点では)運命的に再会するとなると――果たして凛はどんな反応を示すだろうか?
「う~ん、おかしなテンションにならなきゃいいけど」
清歌にちょっと連絡しておくべきかと一瞬頭を過るも、「急遽代役として」と言っていたということは、事前の打ち合わせやリハーサルに時間を取っていることだろうと考えて、邪魔になるようなことは控えることにする。帰って来た凛がヘンになっていたら、その時考えればいいだろう。
――最善は、凛が出かける前に清歌のことを写真でも見せながら紹介して、今日の説明会で会うことになるかもしれないと話しておくことだったのだが、もはや後の祭りである。
「まあ、気にしても仕方ないか。……さ~て、掃除掃除っと」
済んでしまったことは仕方ないと気持ちを切り替え、目先のやるべきことに取り掛かる弥生であった。
申し訳ありませんが、年末年始多忙につき、更新が不安定になりそうです。
一応、最低でも週に一回は新しい話を投稿する予定でいます。
引き続き、よろしくお願いいたします。