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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第三章 発見と企画
35/177

#3―12



 悠司発案の“旅行者のお小遣いを巻き上げろ作戦(仮称)”は玩具量産の技術的な目途も立ち、後は肝心の商品開発である。


 さしあたって木彫りのヒナと、その質感バリエーション各種は決まっている。


またコスプレ用の装備品として、見栄えのいい刀剣類各種と杖を何種類か。そして簡単に身に着けられ、かつ動きに支障のない防具――例えば手袋やローブ、マント、帽子の類を何種類か、と考えている。


 全体的なイメージとしては旅行者グループを対象に、一般的なRPG的職業で言えば戦士、盗賊、魔法使い、僧侶のパーティーになり切れるようなコスプレ装備品を用意するという具合だ。


 なおサイズに関しては一応問題ない。基本的に防具に関しては、使用者の体格に合わせて自動的にリサイズされるようになっており、それは玩具カテゴリーの衣服類にも適用されるからである。


 余談だがこのリサイズ機能は防具類にのみついている機能で、なぜか武器には適用されていない。理由は不明なれど、噂では開発陣の何物かの意向が反映されているとかいないとか――


「それについては明確にお答えしよう! 武器類は使用者に合わせてサイズを変えると当たり判定やモーメントが変わってしまい、サイズゆえの特性が本来とは違うものになってしまうからなのである。by(ばーい)通りすがりのディレクター」


 はあ、左様ですか。もっともなご意見とは思いますが、本音は?


「小柄な少女が、両手斧をぶん回したりするのってロマンだよねぇ……うん、イイね! きっと可愛いよ! 一撃受けてみたくなるよね~」


 …………ドン引きですね。(蔑みの目)


「あ! ち、ちち、違うよ!? 本当に、性質の、問題なんだからね?」


 ヤレヤレ。まぁ、そういうことにしておきましょうか。――ディレクターの本音はさておき、実際テレビゲームでは小さな種族が持つ大剣が、大きな種族の持つ片手剣より小さくなっているなどということは良くある話で、当たり判定などは内部的に調整すればさほど問題はない。しかしVR空間では、威力や重量はともかくサイズが変わると当たり判定は明確に変化するので、理屈の面での言い分も分からない話ではないだろう。――本音はどうあれ。




 アーツの仕様確認が終わったところで、弥生ファミリーβの面々は六角形のテーブルに着き、飲み物を手に一休み兼話し合い中である。ちなみに飛夏は背中には雪苺(毛玉モード)を乗せ、テーブルの上で暢気にうとうとしている。


「あのさ、金属製品とかは分かるけど、裁縫で作った布製品も形状の投影で変形できるの?」


「それは俺も疑問に思ったんだが、どうも問題ないらしい。ちなみに木材とか鉱石とかに投影した場合、抽出した時の形状で固まるんだそうな」


「……それはまた、なんてファンタジーな仕様」


 弥生の感想に悠司が両手の平を上に向けてヤレヤレポーズをする。便利な仕様には違いないので、そこは突っ込まないでほしいところだ。


「けれど、それは別の使い道がありそうな気がしませんか?」


「使い道……って、例えばどんな?」


「そうですね、試してみましょうか。……弥生さん、協力して頂けますか?」


「うん、いいよ~。何すればいいの?」


 清歌に促されて立ち上がった弥生は、指示されたとおりにちょっとしたポーズをとらされる。左手は腰に、破杖槌をまっすぐ床に立てて仁王立ちしている、堂々たるポーズ――になるはずが、弥生の容姿だと“威張りんぼ”のポーズという感じになってしまっている。


 次に清歌はテーブルに木材を幾つか用意した上で、弥生の装備品一つ一つに手で触れては形状を抽出し、木材に16%(およそ六分の一)のサイズを基準に、手足の装備品をやや大きめにして投影していく。清歌にあちこち触れられるごとに、弥生がちょっとずつ顔を赤くしていくのを見て、絵梨がニヨニヨしているのは、近頃おなじみの光景である。


「弥生さん、ご協力ありがとうございました」


「ほぉ~~~。な、なんだかすごく緊張しちゃったよぉ~。……で、清歌はいったい何を……」


「ん? なんだ弥生。俺でも想像できるのだが、分からんのか?」


 妙にうきうきした感じでテーブルに着く清歌と、弥生に向けて生暖か~い視線を向けてくる他の三人に、弥生の脳内で警鐘が大音量で鳴り響き始める。


 しかし弥生が感じた嫌な予感は、残念ながら遅きに失していた。これから先おこることを回避するなら、清歌に協力を要請された時点で、何をするつもりなのかを確認するべきだったのである。


 清歌は山ほどある手持ちの玩具アイテムの中から粘土を取り出し、手早く身体の部分を作り、木製の装備品と合わせて組み立てていく。今は完成イメージを作るだけなので、全体のバランスを整えただけで細部は全くないマネキンである。


「清歌……その粘土は素材アイテムなのかしら?」


「いえ、これは画材屋さんで購入した物なので玩具アイテムです。素材としての粘土もあるのですね。……こんな感じでどうでしょうか? 細部はありませんけれど、イメージは掴めると思います」


 テーブルの中央に清歌が置いた物。それは卓越した清歌のセンスによって、細部はなくともなんとなく分かってしまうという出来栄えの、“弥生ちゃんフィギュア”であった。全体の大きさからすると手足と頭部が若干大きい、リアルと完全なデフォルメとの中間の絶妙なバランスで、なかなかに可愛らしい。


「こ……これは、まさか……」


 テーブルに両手をついてた弥生が、愕然とした表情でフィギュアを見つめる。


「お~。いいじゃない清歌! 我らがリーダーのフィギュアね(ニヤリ★)」


「ほほ~、いい感じにデフォルメされてるな~。これだと投影で形状が甘くなってるのも、デフォルメされてるように見えるな」


「うむ。それでも弥生と分かるのだから流石だ!」


 有名なキャラクターのフィギュアではないのだから売れるとは思えないが、確かに抽出と投影の面白い使い方ではある。身に着けている状態で抽出して、硬い素材に投影すれば、そのままフィギュアのパーツにできるようだ。布の質感などは、後でテクスチャライザーを適用すれば、完璧に再現できる。


「もっとも、流石にこれは売り物にはできませんけれどね(パチリ☆)」


 弥生に向けてウィンクを飛ばしながら、清歌がちょっと悪戯っぽく言う。流石に本人の許可を得ずに不意打ちで作ったフィギュアを、売り物にするつもりは、少なくとも清歌にはない。


「はぅ。お、おどろかせないでよ、さやか~(清歌のウィンクは心臓に悪い~)」


 別方面ではドキドキしつつ、ほっと一安心する弥生。しかし、外野としては不満があるようで、三人からブーイングが飛んできた。


「む、店に並べないのか?」「ええ~!」「や、せっかくだから売ろうぜ~」


「ちょっとぉ! みんな他人事だからそんなこと言うけど……、例えばアニメショップのショーケースに、自分のフィギュアが並んでるところとか、想像できる?」


 弥生の鋭い指摘に三人はぐっと声を詰まらせる。確かに芸能人やプロスポーツの選手、或いはどこぞの国の大統領や王族でもなければ、現実リアルに存在する人物のフィギュアが造られることなど普通は有り得ない。もし自分のフィギュアが、それもファンタジックな衣装に身を包んだものが衆目に晒され、あまつさえ売り物になっていたら――


「ごめん、弥生」「ああ、俺が間違っていた」「すまない。確かにいかんな」


 揃って本気の謝罪をする三人を見て、弥生と清歌は顔を見合わせて吹き出してしまうのであった。




「もったいない気もするが、フィギュアは諦めよう。……さて、じゃ俺はちょっと木彫りのヒナを作ってくるわ」


 テーブルに置かれたままだったレシピジェムを手に取って立ち上がった悠司は、「そういえば」と思い出して一応その形状を木材に投影してから、ジェムを起動、習得する。


「が~んば~ってね~。……さて、私のやることって完成品待ちなのよね。何して時間を潰そうかしら」


 しばらく手持ち無沙汰の絵梨が腕を組んで言うと、木工設備へ向かおうとしていた悠司が立ち止まった。


「じゃあ、先に適当な刀剣類を作って、木材に投影するか? 装飾の彫刻とかじゃなくて単にエッジを整えるやすりがけなら、清歌さんがやる必要もないだろ」


「ああ、そうね」「あ、私も手伝うよ!」「うむ、俺も協力しよう」


 今から狩りもどうかと思っていた戦闘組の二人も、それならば自分にもできそうだと協力を申し出る。それを受けて悠司は作業の順番を変更して、まず適当な刀剣類を作ることにする。


「では、私はダガーの細工を始めますね」


「ねね、清歌。どんなのを作るか、もうイメージはあるの?」


「はい。ちゃ~んとあります。……でも、出来てからのお楽しみです(ニッコリ☆)」


 弥生の問いかけにそう答えつつも、清歌は特に隠す気はないらしく、木製ダガーに鉛筆で下絵を描いていく。


 邪魔にならないように覗き込んでも清歌は怒ったりしないだろうが、出来てからのお楽しみと言っていたのだから、ここは我慢するべきだろう。見たい誘惑と戦いつつしばらく待っていると、悠司が木製の武器を数本持ってきたので、弥生たちはこの部屋に備え付けの道具を使って、整形の作業に集中することにする。


 ちなみにやすりだけでなく、工作用のナイフや彫刻刀、ハンマー、ノミ、鋸、カンナなど一般的な工作用の道具は、部屋のグレードに合わせたものが備え付けられていて、これらは自由に使用できる。決して使い減りしない紙やすりなど、現実であったらさぞ便利だろうと思われる便利グッズも存在するのだが、これらの道具がプレイヤーに使われることは殆どなく、演出用の小道具になってしまっている可哀想な道具たちなのだ。


 弥生たち三人は互いに状態を見せ合い相談をしつつ作業を進め、納得のいく出来になったところで、絵梨が錬金で材質を適用してみる。


 釜から取り出した竹光レイピアを注意深くチェックする絵梨。レイピアは彼女自身が作業をしたもので、弥生は長剣、聡一郎は大剣を担当している。太刀と脇差もあったのだが、微妙な反りのラインがそれぞれ自身の手に負えないような気がして、後で清歌に任せることにしたのである。


「……う~ん、私たちの工作の腕なんてたかが知れてるじゃない?」


「うん……、それがどうかしたの?」


「材質を適用する前は、やすりがけしたところを手で触ると、多少ざらつきを感じたんだけど、金属材質を適用したところからはそういうのがなくなってるのよ。ま、それ自体は良いことだけど、なんというか……ねぇ?」


「あ~、そうなんだ」「う~む。本当に便利な仕様なのだな」


 絵梨が感じているであろうモヤッと感を、弥生と聡一郎も理解する。


 もっともこの点に関しては、玩具作成に用いるお遊びアーツの中でも、これだけは錬金という職人作業を経ており、かつ素材も消費するので、コストに見合う便利さのある仕様になっていると、一応説明できなくもないのである。――それで納得できるかは別問題として。


「まあ、便利なんだからバンバン使っちゃえばいいよ! それじゃあ次は、私の長剣をお願いね」


「そね。それが前向きな考え方ってもんよね~」


 便利なんだからそれでいいじゃないか、と割り切ることにして弥生から片手剣を受け取り、材質を適用する。作業自体は割と簡単なのであっさり片付け、更に聡一郎の大剣も仕上げてしまう。これでダガー、レイピア、長剣、大剣という西洋剣の有名どころは揃ったと言えるだろう。


「うん。こうやって並べてみると普通に武器屋だね。これが見た目だけのニセモノだなんて思えないよ」


「うむ。まあ、質感だけで言えばそっくりどころか、本物と同じなわけだからな」


「そね。RPG気分を味わうコスプレアイテムとしては、かなりいいデキなんじゃないかしら?」


 竹光西洋剣シリーズをずらりと並べてみて、三人はそれぞれ自画自賛する。これが売れるかどうかは未知数だが、少なくともある種のドッキリとして人目は引けるだろう。そもそも、利益を追求しているものではなく、お遊び企画なのだからそれでも十分成功と言えるのだ。


「わ、並べてみるとインパクトがありますね」


 そこへ清歌がやって来て感想を述べた。一緒についてきた飛夏(雪苺乗せ)も並べられた剣を、不思議そうに覗き込んでいる。冒険者が持っている武器のように見えるのに、危険性は感じない――とでも思っているのだろうか?


「あ、清歌。もしかして完成したの?」


「はい。……とはいっても、まだ半分ですけれど」


「「「半分?」」」


 揃って聞き返した三人に、清歌はクスリと笑って装飾を施したダガーを差し出す。


 かつてダガーだったものはまるで別物に生まれ変わっていて、それを見た三人は息を呑んで目を見開いた。刃の部分がフレームになり、その内側には太い輪郭線で単純化された植物がデザインされていたのである。何の特徴もなかった柄頭の部分も彫刻が施され、花の蕾のようになっていた。


「すごい……素敵、清歌! これって、ステンドグラスにするつもりで作ったんだよね!」


「ありがとうございます、弥生さん。はい、輪郭線の内側を透明にして、ステンドグラス風に仕上げて頂く予定です」


「う~む。もはやコスプレアイテムなどではなく、普通にインテリアとして欲しがる人が大勢いるだろうな。……ところで、これのどこが半分なのだ?」


「それはですね……」


 清歌がダガーを裏返して見せると、そこには何の装飾も施されていない刀身が現れた。完成したのは片面ということだったのである。


「輪郭線などの位置を表と裏で合わせなくてはいけませんので、一旦材質を適用して頂いてから、続きをしようかと思いまして」


「ふむふむ、なるほどね~。……って清歌、ゴメン! ガラス系の素材って使わないから手持ちがないのよ」


「あ! そうだよ、ガラスって使わないよね」「むぅ。確かに今のところはな」


 ガラス系素材の出番はアクセサリーの作成ができるようになってからであり、それができるようになるのはレベル二十以降の得意分野を決めて以降のこととなる。


 なお意外かもしれないが、アクセサリーの作成は職人系ではなく学者系の得意分野となる。なぜなら<ミリオンワールド>におけるアクセサリーとは、様々な効果を持つアイテムや付与魔法などを錬金によって固定、常時効果を発揮するようにしたも、という設定なのである。


「えっ?」「……え?」


 顔を見合わせた清歌と絵梨が、半拍ずらして同じ一音を発した。しかしそのニュアンスはだいぶ違う。清歌の方は、思ってもみなかった――というよりも、絵梨がなぜそんなことを言うのか分からないといった感じである。一方、それを聞いた絵梨の反応は、清歌が何を考えているのか訝しんでいるようだ。


「あの、ポーションを材質として適用してしまえば、よいのではありませんか?」


「あ~! なるほど~」「……しかし、使えるのか?」


 一瞬ポカンとしていた絵梨だったが、再起動した頭でテクスチャライザーの仕様を思い出してみる。ポーションは材質としては単一で、特に問題はなさそうだ。


「……そうよね。私としたことが、何で気づかなかったのかしら……」


 気が付けば、絵梨にもいろいろと出来ることがあることに気づく。今まで作業が面倒になるだけで効果が薄いためにやっていなかったが、調合作業の時に花などの植物系素材や、虫系素材を追加投入することで、追加効果のあるポーションを作れるのだ。この際追加効果などはどうでもよく、重要なのはそれらポーションのバリエーションは通常とは違う色になるという点である。


「いけない、私も暢気に構えていられないわね。清歌のステンドグラスに合う色のポーションを開発しなきゃ!」


「……どうしたんだ? 妙に絵梨がやる気になってるみたいだが」


 飛んで火に居る――とばかりにちょうどいいタイミングで悠司が顔を出してきた。


「ユージ、いいところに来たわね! 木彫りのヒナはできたのよね?」


「あ、ああ。……ってか、こりゃヤバいな。玩具だからって甘く見てたら、難度がすごい高いわ。たぶんオリジナルの精度がそれだけ高いってことなん――」


「それはいいから、完成品を一つ出しなさいな」


 絵梨の迫力に押されて、悠司は素直に完成品を一つ出す。何が起きたのかはわからないものの、とにかくやる気になっているのだから水を差すこともない。――決して逆らったらヤバそうだ、などと日和ったわけではないのだ。


 受け取った木彫りのヒナを早速錬金釜に投入する絵梨。いったい何が起きているのかと悠司は視線で弥生に尋ねるが、彼女は肩を竦めて見せるだけだった。――まあ、見てれば分かるわよ、という感じである。


「よし、完成! みんな見て頂戴」


 絵梨が取り出した完成品は、キラキラと輝く透き通るガラスの様な質感に生まれ変わっていた。


「こ……これはアレだ。クリスタル飛夏くん、だな」


「ユージ……、あなたねぇ」「まあ、気持ちは分かるけどさぁ」


 思わず言ってしまったネタは微妙に不発だったようだ。ネタというには、余りにも的確な名称になってしまっていたのである。


「え~っと、その名称(ネタ)は良く分かりませんけれど、これはこれでとても綺麗で素敵だと思います。ポーションの質感もちゃんと適用できるようですね」


「ええ。ありがとう、清歌。これは大発見よ! 取り敢えずそのダガーを錬金しちゃうわ。で、裏側を仕上げてるうちに、私はポーションの色バリエーションを作っておくわ」


「承知しました。よろしくお願いしますね」







 それからの作業はサクサクと順調に進んだ。悠司は木彫りのヒナの量産が可能な状態になり、清歌のステンドグラスダガー(仮称)は、絵梨が凄い集中力で作成したカラーバリエーションポーションによる質感で素晴らしい出来栄えとなった。


 これら試作品を並べて全員で意見を出し合い、コスプレ用装備は店売りと同じ質感で安価に提供し、木彫りのヒナとその材質バリエーション、そしてシリーズ化することになったステンドグラス装備は、目玉商品として吹っ掛け気味の値段設定にするという方針に決まった。ちなみにステンドグラス装備は、ハルバードと小型の盾を作る予定になっている。


 ログアウトして着替えを済ませた五人は、現在フードコートにて飲み物を手に駄弁り中である。


 基本的にログアウト後すぐに外へ出ても問題ないとされているが、<ミリオンワールド>運営は三十分ほど施設内で休憩することを推奨している。


 運営がこれでもかというほどに、安全性に気を配っていることを知っている清歌たち五人は、特に用事がない限りはフードコートで駄弁ってから帰宅の途につくことにしているのだ。


「弥生、どうかしたのか? なんだか妙に静かだな。悩み事か?」


「悩み事……ってほどのことじゃないんだけど」


「けど?」


 悠司に促され、弥生は慎重に言葉を選びつつ答える。ここで言葉の選択を誤ると、ひじょ~に都合の悪いことになりそうなのだ。


「あのさ、まず前提として売り物にするのは、絶対に、ナシだよ? その上でなんだけどさ……あのフィギュアのアイディアって放っておくのは勿体ないんじゃないかなって、私は思うんだよね」


 やたらと「絶対」と「ナシ」を強調していたが、弥生に指摘されて四人はそういえば、と思い出した。その後のステンドグラス装備や、色違い(カラバリ)ポーションの興奮ですっかり忘れてしまっていたが、確かにあのフィギュアのアイディアは、使えるものなら使ってみたい気がする。


「俺も確かに良いアイディアだと思う。だがどう使う? 有名なキャラクターのデザインでも持ってくるのか?」


「ソーイチ、それはちょっとねぇ。……まあ、同人物が売られてたりするし、ゲーム内のことだから、そこまで目くじら立てる程のことじゃないかもしれないけど、私らの企画の趣旨からは外れるわよ」


「そうですね。私も他の方のデザインを真似て作ることには、魅力を感じません」


 聡一郎のある意味普通の提案――彼自身、この案は無いと思っている――は、絵梨によって理屈で、清歌からは感情論であっさりとボツになる。


「じゃあ、そうだな~~。それ自体を売り物にしないのなら……」


 悠司がそう言いながら弥生に視線を向けると、彼女は胸の前で両手を×印にしていた。「ダメ、絶対!」ということのようだ。


「……となるとサンプルにするか? いや、でもこれも止めといた方がいいな」


「悠司、言い出しといて途中で引っ込めないでよ。サンプルってどういうこと?」


「まあ、要するにこういうものもウチでは作ってるよっていう……看板、いや食品サンプルみたいなもんか」


「注文承ります……ってことね。でもそれって……」


 藪蛇になったと思いつつ、一応思いついたことについて説明をする悠司。しかし意見を引っ込めたのは問題に気が付いたからであり、それは絵梨も同様だった。


「そう。場合によっちゃオーダーが大量に入ることだってあり得る。こっちに関しては俺らじゃ手に負えないから、清歌さんの負担がハンパじゃなくなる可能性大なんだわ」


 杞憂かもしれないが可能性はゼロではない。バカ高い値段設定にすればそこは回避できるかもしれないが、結局清歌一人の負担が増えることになるし、また先ほど絵梨も言っていたが企画の趣旨に悖る商品になってしまう。


「……看板、というのは良いかもしれません。あのポーズのまま使うかはともかく、フィギュアにお店の看板を持たせるんです。ちょっと小さいですけれど」


 清歌の提案に四人はサンプリング時の弥生のポーズを思い出した。手に持った破杖槌をプラカードのようなものに持ち替えれば、確かに看板に使えそうだ。


「あら、結構いいかも?」「ああ、小さくても結構目を引くしな」「うむ。俺も一票入れよう」


 これで決まりか――と思いきや、待ったをかける者がいた。言うまでもなく、モデルとなった弥生である。


「ちょ~っと待った! なんで私のフィギュアなの? 断固抗議を……」


「けれど弥生さんは……」「リーダーでしょ、ねぇ?」「おう、頼むぜリーダー」「やはり代表でなくてはな!」


 予想通りの正論で抗議を潰され、思わずテーブルに突っ伏する弥生。リーダーなのだから受け入れざるを得ないのかと悩むこと数秒、反撃の手が閃いた彼女はむくりと体を起こし、不敵な笑顔を浮かべた。


「分かった、私のフィギュアを看板にしても構わないよ。……でも(ニヤリ★)、それならみんなも一緒だよ? 五人の(・・・)フィギュアで看板を支えましょ!」


 反撃というよりも、死なばもろ共の道連れ策、或いはみんなで渡れば怖くない的な提案だった。ドヤッっと宣言した弥生は、こう言えば全員一旦は主張を引っ込めるだろうという思惑だったのだが――


「流石は弥生さんです! それは良いプランですね」


「へ!? 清歌?」「ちょ、待っ……」「本気、なのか?」「……みたい、よ?」


 いそいそと荷物の中からクロッキー帳を取りだし、鉛筆とデザイン案を描き出していく清歌。見る見るうちに出来上がっていく様子を見ていると、彼女の目には完成した絵が見えていて、それをなぞっているだけなのではないかと、弥生にはそんな風に思えてくる。


「おおよそのイメージですけれど、いかがでしょうか?」


 清歌がテーブルの真ん中に差し出したクロッキー帳の中には、ラフでありながらもちゃんとモデルになった五人が分かるように、デザイン案が描かれていた。それは大きな看板を五人が手作業で作って、ほぼ出来上がったところでちょっと記念撮影をしてみた、というような光景である。


 中央には弥生が破杖槌を立てて胸を張っていて、清歌は大きな刷毛を手に看板に立てかけられた梯子の上に腰かけている。絵梨は錬金釜に突っ込んだ匙を手にちょっと気取ってモデル風のポーズを取り、手前には鍛冶ハンマーを手にした悠司と、木材を調達してきたらしい聡一郎が配置されていた。全体的には弥生を中心にして、サイコロの五の目のように人物がバランスよく配置されている。


「わぁ~、これ可愛いね! ジオラマ風の看板なんだね~。……でも、私ってばもしかして、もしかすると……」


「弥生、墓穴を掘ったわね。でも……ね、これはもう採用するしかないでしょ?」


「だな。……実物を見てみたいって、思ったんだから仕方ないわな」


「うむ。俺も異存はない。しかし、清歌嬢にかなりの負担をかけそうな気がするのだが……大丈夫だろうか?」


 聡一郎の心配はもっともなことで、清歌に視線が集まる。


「そうですね……、確かにやることは増えますけれど、一番大変な人物にほとんど手間が掛かりませんので、それほどではないと思います。これでよろしければ、気合を入れて作りますよ~」


 ニッコリ笑顔で答えた清歌はすでにやる気十分であった。


 方針は決した。――さて、重要な決定すべきことがもう一つある。それはこの看板のデザインに関わるものであり、同時にかねてからの懸案であった事柄でもある。


「そんじゃ、後は看板に書く店の名前だな。……これってそのままギルドの名前になるのか?」


「そうね、良いと思うわ。じゃあ“弥生のおもちゃ屋さん”ってことで……」


「却下! ダメ、絶対! 拒否権を行使するよ!」


 絵梨と悠司がさも何でもないことのようにさらりと決定してしまおうとした案を、その展開を予想していた弥生は速攻で叩き潰した。流石にダメだったかと、二人がわざとらしく舌打ちをする。


「もう、我らがリーダーはワガママねぇ」


「……それはともかく、“マーチ”を使うことは決定したのではなかったか?」


「ってことは、“マーチトイショップ”……か?」


 ある意味、弥生のおもちゃ屋さんを英訳しただけである。――しかし五人とも今一つしっくりこないようで首を傾げている。店としては確かに玩具のみを扱うのだが、ギルドとしての活動は、何もおもちゃ屋に限っているわけではないという辺りに、違和感があるのかもしれない。


「では、ちょっと捻って“トイボックス”にしてはいかがでしょうか?」


「……ああ、それいいじゃない。<ミリオンワールド>の世界観にも、おもちゃ箱っていうのは合いそうだし。どう、弥生? “マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)”っていうのは?」


 あとはリーダーの決定次第よと、絵梨に促される弥生。いろいろと思うところはあるが、弥生としてもなかなかいいネーミングだと思う。それに由来を知らなければマーチから、弥生の名前を連想されることもないだろう。


「分かった。じゃあ、店の名前兼ギルドの名前は“マーチトイボックス”に決定!」


「は~い」「了解よ」「オッケー、良く決断した!」「うむ、いい名だな」


 こうして長らく仮称のままだった弥生ファミリーβは、正式に“マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)”に決定したのである。





ここまでで三章は終わり、次から四章に入ります。

三章で旅行者との交流が入る予定だったのですが、下準備に手間取ってしまいました。

二章の最後で告知をしておきながら、申し訳ありません。


四章は旅行者が参加する前の大型メンテナンスの為、リアル回からスタートします。


では、引き続きよろしくお願いします。

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