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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第三章 発見と企画
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#3―11



 スベラギの町へと戻った五人は、西大通りをとある場所へ向かって歩いている。絵梨と悠司が買ってきたアーツを使用して、玩具の試作品を作り、量産化が本当に可能かを調べるためである。作業自体は玩具とはいえ一種の生産活動であり、生産組みの二人と最初の工程を担う清歌がいればいいのだが、せっかく新しいモノを造るのだから、皆で見てみようとぞろぞろ付いてきたのである。


 ちなみにこの玩具量産企画における清歌の役割は、原型となる作品を作るところと、そのレシピを生成するところまでになるので、最初に作業をした後は絵梨と悠司にお任せである。もっともその最初の作業というのが、商品の出来栄えを決める上で最も重要な作業ともいえるので、作業の比重としてはとんとんといったところだろうか?


 彼女らが向かう先はレンタル作業所が立ち並ぶブロックで、いつぞやに行った事のある鍛冶作業所もその一角にあるが、今回の目的地はそこではない。


「生産設備が一式揃ってるっていう、レンタル工房を借りてみようかと思ってるの。実は私らも、初めて借りるのよね。どんな感じなのかしら」


「聞いた話だけど、広い部屋に生産設備が並んでいるだけ……らしいよ?」


 初めて借りる場所にちょっと期待していたところを弥生に叩き潰され、絵梨はわざとらしくガックリと肩を落とした。何もそこまで期待したわけでもなく、単にネタバレに対してちょっと抗議したいだけである。


「まあ、設備が揃ってれば問題ないだろ。……今回は工程が多いから、レンタル作業所を行ったり来たりは面倒すぎるからなぁ」


 悠司のもっともなぼやきに、一つ頷いた聡一郎が提案をしてみる。


「いっそ先に二十までレベルを上げるか? それでホームを購入してしまえば、悠司の工房が使えるようになるのだろう?」


「あ~、確かにそれも一つの手だな。……でも急ぐ必要もないだろ、クエストの素材集めで自然に上がるんなら、って感じでいいんじゃないか?」


「そうか? 悠司と絵梨がそれでよいなら、俺はそれで構わんが」


「私もそれで構わないわよ。せっかくだから、ホームは落ち着いてしっかり吟味して選びたいわ」


 <ミリオンワールド>のプレイは、あくまでも楽しむことに重きを置いていている弥生ファミリーβとしては、ガツガツとレベル上げのみを目的とした作業的なバトルというは、あまり気が乗らないのである。また慌てて物件を選んでしまって、後悔するようなことになっては目も当てられない。


 意見の一致を見た五人は、取りあえずレベリングはそっちのけで、クエストと玩具量産&販売企画に注力することとなった。


 実は深読みしていた――などということは全くないこの決定が、後に大きな意味を持つことになる。







 レンタル工房は一見すると集合住宅マンション、またはビジネスホテルのような建物だ。中に入ってまずロビーで手続きをして、職人用の設備が一通り揃っている部屋を借り受けるのである。なお契約は一日単位でパーティーと結ぶので、工房部屋はゲーム内時間でその日のうちなら、メンバーの誰でも自由に使用することができる。


 ちなみに、レンタル工房は部屋にグレードがあり、高いレンタル料金を支払えばレベルの高い職人設備が整った、ついでに(意味もなく)内装も高級感あふれる部屋を借りることが可能だ。もっともここに用意されている設備はレベルが高いといっても、中級のレシピを問題なく作成できる程度のものまでである。


 借り受けた部屋へとやってきた五人は、目に付いた適当な大きさを持つ六角形のテーブルに着いた。まず取り掛かるのは木彫りのヒナのレシピ作成である。ちなみに名称未設定だったアイテム名もその通りに入力済みだ。


 テーブルの上に木彫りのヒナを置き左手でそれに触れつつ、右手には小さな無色透明の石のようなもの――ブランクジェムを握っている。このブランクジェムというアイテムは文字通り中身が空っぽのジェムであり、基本的には錬金で使い捨てのアイテムを作成するための素材である。


 余談だがこの使い捨てアイテム、使用することで魔法と同じ効果を発揮するという結構便利なものなので、魔法攻撃に若干不安があるようなパーティーは常備していることも少なくない。――が、店売りのものを軽く手を出せる値段で購入できる上、自作するには他の素材も必用となるため、ブランクジェム自体は入手してもあっさり売られてしまうことが多いという、使い道が微妙なアイテムである。


「では、やってみますね。……“木彫りのヒナ”、“レシピ生成”」


 四人が見守る中、清歌が新たに習得した<玩具レシピ生成>のアーツを使用すると、ブランクジェムを握った右手の指の隙間から、強い光が放たれる。やがて反応が終わり手を開くと、そこには円いコイン状に変形したジェムがそこにあった。良く見るとジェムの表面には、木彫りのヒナがレリーフとなっており、なにやら飛夏の記念コインのようである。


「できました! 記念コインみたいでかわいらしいですね」


 これは木工のレシピになるので使用するのは悠司だが、取りあえず全員が見えるように、清歌はテーブルの中央に完成したコイン型のレシピジェムを置いた。テーブルに音もなく着地した飛夏が覗き込んで、なんとなく不思議そうな顔をしている。


「わー、確かに数字が書いてあったら、まんまコインだね。かわいい」


「ほほ~。店売りの装備とか消耗品とかのレシピは四角いんだが、玩具のレシピは円いんだな。……確かにコインだ」


「うむ。この形を使って……例えばバッジなどを造れないだろうか?」


「あら、ソーイチ。アイディアは出ないなんて言ってたのに、いいじゃないソレ。一種の装飾品だし、種類を増やせれば面白いかもしれないわねぇ」


 さて、五人が盛り上がっているようなので、その間に<玩具レシピ生成>のアーツについて説明をしよう。このアーツはまさに文字通り玩具アイテムのレシピを生成するものだ。ただそれにはいくつかの条件があり、一つ、自分の手で作成した玩具アイテムのレシピのみ作成可能。二つ、レシピの元になるアイテムは手元になくてはならない。三つ、レシピを生成するのにブランクジェムを用意しなければならない。要するに、手元にある自作の玩具アイテムしか、レシピを生成できないのである。


 さらに計画の為に習得したアーツに、<形状データ抽出>という似て非なるものがある。これは自作したアイテムの――玩具に限らず武器防具なども可能だ――“外見の形”のみを抽出し、対応する<形状データ投影>というアーツによって、特定の素材や消耗品をその形状データどおりに変形させることができるというものである。


 ちなみに<形状データ投影>で変形したアイテムは、その性質までは変化しないので、素材は素材として生産に使用でき、消耗品はちゃんと使用可能である。例えば“木彫りのヒナ”の形状に変化させたポーションでも、ちゃんと回復アイテムとして使用可能なのである。


 似て非なるというのは、例えば今回のような木彫りのアイテムを木材に投影した場合はほぼ同じものを再現できるが、複数の素材や色・柄のついているアイテムの場合はそういったディテールまでは再現されないのである。また、生産作業が全くないお手軽なお遊びアーツである為か、レベルが上がるまで細部の再現が甘くなるという問題もあり、若干のっぺりした出来栄えになるのだ。


 またレシピの方は前述のように生産の機能で大量生産が可能だが、形状投影は一つずつアーツを使用しなくてはならないので大量生産は少々手間が掛かってしまうという欠点もある。全く同じもの生成できるレシピによる生産と比較して、形状抽出・投影はいろいろと劣化しているともいえるが、こちらは性質が変わらないという点を利用していろいろと面白い利用方法があるのだ。


「それじゃあ、ユージはレシピを使って生産を初めるとして……(ニヤリ★)、私らの方は形状の抽出と変形でいろいろ試してみましょ」


「マテ! 俺だけ独り淋しく作業とは酷くないかね、絵梨さんや」


 私らは遊んでるから、あんたはキリキリ働きなさいとも取れる――いや、そうとしか取れないような絵梨の発言に、悠司が抗議の声を上げる。


「まぁ、仲間外れも可哀想だしね~。いいじゃない、悠司の(・・・)ワガママでちょ~っと量産計画が遅れるくらい」


「そね、ちょっと遅れるけど、その程度なら大目に見てあげましょか」


「…………オマエラ」


 なぜか自分がわがままを言っている様な扱いをされ、企画の発案者なのにこの扱いはどうなんだと、悠司は思わずジト~っとした目で二人を見る。


 こういう風に他愛もないことで悠司をいじる時というのは、二人のテンションが上がっているときであり、それは悠司も承知しているので本気で怒っているわけではない。また弥生たちの方も、悠司がそれと分かって許してくれているということも理解しているので、すぐに引っ込めるし、本当に傷つけてしまうようなことは決して口にすることはないのである。


 しかし、一方でこのような損な役回りを唯々諾々として受け入れてしまっている悠司には、実は“M”なのではないかという疑惑も――「まてマテ待て! それは重大な事実誤認だ!!」――そうですか~? でも生産職は基本縁の下の力持ち、ですよね?――「そ、それは……確かに」――戦闘面でも重要な割に地味で面倒な後方支援ですよね?――「ぬ。それも確かに……」――これは極秘情報ですが、お義姉(ねえ)さんに頼まれごとをすると嬉々として――「ちょちょちょぉ~! なな、何を言い出して……」――フッフッフ。どうやらシスコン(姉妹)確定の上に、M疑惑も濃厚のようですなw――「んぐぐ……(涙目)」


「お二人とも、そのくらいで。悠司さんの発案で始めるイベントなのですから、すこ~し計画が遅れるくらい、大目に見てあげましょう?」


「う~ん、清歌がそう言うなら」「そね。清歌がいうなら、異存ないわ」


 フォローをしている風を装って実は便乗している清歌に、弥生と絵梨はいかにも清歌を立てたような返事をする。こういう流れの時、清歌がグループに入る以前は微妙に締まらない形でうやむやになるところだったが、彼女のフォロー兼追い打ちできっちりオチが付いて綺麗に収まるようになっていた。もっともそれが悠司にとって、いいことだったのかは永遠の謎である。


 ちなみに聡一郎は巻き込まれないよう黙している――などということはなく、で時折相槌を打っている。かなりの割合でジョークが混じっている女性陣よりも、地味にもっともひどい扱いをしている聡一郎であった。


 ともあれ、次にやるのは形状の抽出・投影の作業だ。清歌はテーブルに乗ったままの木彫りのヒナに手を乗せ、<形状データ抽出>を使用する。木彫りのヒナがぼんやり光り、それが手のひらから吸収されると同時に小さなウィンドウ――データの抽出完了とアイテム名及びサムネイルが表示されている――が現れる。なお一度抽出したデータは、アーツのレベルと同数だけ保持できる。


「じゃあまずはお試しで……鉱石を同じサイズで変形させてみましょうか?」


 絵梨がそう言って手持ちの素材から鉄鉱石を四個取り出し、テーブルの上にゴトリと置いた。


「承知しました。では“形状データ投影”、“準備”……素材を指定しまして……サイズは原寸大に……余剰分は形状変化なしで」


 清歌は皆にも分かりやすいように手順を口にしながらテーブル上の鉄鉱石を一つ一つタッチして指定し、表示されたウィンドウを操作していく。準備を整えた後で四人とアイコンタクトを取って一つ頷くと、清歌はアーツを発動させる。


 鉄鉱石が光になって一旦一つに纏まり、やがて同じ大きさの二つの塊と、それよりも小さい塊とに分裂する。そして大きな方は木彫りのヒナとほぼ同じ形に、小さい方は鉄鉱石を縮小した形へと変化した。


「お~! 木彫りのヒナが石像になったね~……って重っ!」


 弥生は木彫りのヒナと同じ形になった鉄鉱石を見て手に取ろうとするものの、思ったよりも重くて持ち上げるのを止める。


「どれ……うむ、確かに重いな。アイテム名は“鉄鉱石×1.6”となっているから、恐らく重さも六割増しなのだろうな」


 手に取って重さを確認してみた聡一郎がアイテム名を確認する。今回の実験では、四個の鉄鉱石から、“鉄鉱石×1.6”が二個、“鉄鉱石×0.8”が一個生成されている。アイテムはあくまでも素材のままなので、固有の名称などはないのである。


 一応断っておくと、木彫りのヒナは鉄鉱石のちょうど1.6倍の体積だったというわけではなく、システム的に一割未満の値は省略されて、合計した数値の辻褄を合わせているだけである。――ゲームでのことなので、きっとどちらかの内部に適当な空洞でもあるのだろうとでも考えて、その辺は大目に見るべきだろう。


「……やはり、かなり出来が甘いですね。今のところ、このままでは売り物になりません」


 清歌の言うように、<形状データ投影>で変形した鉄鉱石は、オリジナルの木彫りのヒナに比べて細部がかなり潰れてしまっており、作者としては納得できないというのも分かる出来だ。たとえお遊びで作った程度のものであっても、自分の手がけたものには妥協したくないようだ。


 とはいっても、清歌がお気に入りの飛夏をモデルにしてディテールに拘って作った木彫りのヒナ(オリジナル)と比較すればの話であり、ごくごく一般人から見た場合の感想は少々異なる。


「まぁ、作者としては納得いかない出来ってのは分かるんだが……なぁ?」


「う~む。正直に言えば、観光地で売られている大量生産の土産物に比べれば……」


「そね、ずっといい出来に見えるわ。十分売り物になりそうだけど、ねぇ?」


「でも清歌は、納得できないん…………だよね?」


 弥生たち四人はそれぞれ互いの顔色を見つつ、全員がそれほど酷い出来ではないと思っているということを確認し合う。最後に弥生が代表して清歌に問いかけると、彼女は目を閉じて首を横に振り「これではダメダメです」と態度で示した。その様子を見た弥生たちとしては苦笑するしかない。


「作者である清歌さんがオッケーを出せないってことなら、売り物にはできんな~。ま、アーツのレベルが上がれば再現度も上がるみたいだから、その内許容レベルになる……かも?」


「ええ……かも(・・)、ね? 清歌の許容レベルがどのへんなのかが、むしろ問題だろうけど……、それは今考えても仕方ないわね。さて、それじゃお次は……清歌、これを四体に投影してもらえるかしら?」


「承知しました。では、二度目なので手早くやってしまいましょう」


 多少設定を変えて先ほどの手順をパパッと済ませ、アーツを発動させる清歌。先ほどと同じく一旦一つの光の塊となった鉱石が四つに分かれ、オリジナルを縮小した飛夏の石像が出来上がった。


 レシピからのアイテム作成にはない面白い機能というのはこれのことなのだ。単一の素材アイテムを変形させる場合、素材を一つに融合し再分割でき、その際形状の拡大縮小が可能なのである。なお、消耗品については使用効果の問題などがあるためにこの機能は使えず、アイテムの体積に合わせての変形しかできない。


「ふむふむ……あ、確かにアイテム名が普通の“鉄鉱石”に戻ってる。これならミニサイズを簡単に大量生産できるね! って、清歌は出来に納得できないからダメなのかな?」


「はい。やはりこのまま売り物にするというわけには……」


 少々小さくなった飛夏の石像を眺めつつ、弥生の問いかけに答える清歌は悩ましげである。


 このアーツはレベルが十分に上がるまでは使えないか? と清歌たちが考え始めたところ、絵梨と悠司がニヤリと思わせぶりな笑みを浮かべた。


「ところがどっこい(やべっ、表現が古いか?)、そもそもこのアーツは作業工程の一つと、俺たちは考えているのだ!」


「そういうこと。このアーツの真価は、アイテムの性質が変わらないというところなのよ!」


 悠司と絵梨が考えたプランは、次のような工程でコスプレ用の装備品風玩具を作るというものだ。まず悠司が鍛冶などの職人仕事でアイテムを作る。その形状を抽出し適当な木材に投影する。細部が甘くなったアイテムの形をした素材・・を手作業で整える。それを絵梨が習得した錬金アーツで仕上げをした後、玩具レシピを生成する。そのレシピを元に完成した玩具を複製する。――という具合である。


 アイテムの属性を直接変換するアーツを発見できなかったため、少々面倒な工程を経ることになってしまっている。清歌が一から原型を作るなら最初の二つの工程は不要になる。しかしそれでは清歌の負担が大きいので、ちょっと形を整える程度でいいように工程を増やしているのである。


「ま、結局仕事の量が一番多いのはユージだっていうのは、変わらないのよねぇ」


「玩具とはいってもアイテム製造には違いないんだし、そもそも言い出しっぺは俺なんだからそこは構わんさ。さて、じゃあ最初の工程からやってみるか。なんか手ごろな武器を……ナイフでいいか?」


 テーブルから鍛冶設備の方へと移動しながら、悠司が一応確認を取る。今は作業工程の確認をするための試作なので、整形作業が簡単に済みそうな小型で単純な形の武器を選んだのである。メイスなどの鈍器ではなくナイフにしたのは、そのまま売り物にもなりそうと考えたゆえだ。なお木彫りのヒナは新しいレシピで、まだオートで作成できないために後回しとなっている。


「悠司さん。なるべく刀身の幅が広いものをお願いできますか?」


 ナイフのカテゴリーのレシピを表示させ、その中から今までの納品クエストなどで既に規定回数を連続で成功させ、オートで作成できるようになっているものを見繕っていたところ、清歌からそんな注文が入った。


 ナイフのカテゴリーは戦闘・採取・工作・料理などの用途があるため、形状にもバリエーションが非常に多い。戦闘用だけをとっても一般的なナイフ以外に、両刃のダガー、主に受け流しに用いるマインゴーシュ、投擲用のナイフなどがあり、また変わり種としては杖としての使用も可能なクリスナイフや、忍者が用いる苦無クナイもナイフの扱いだ。


 この中でダガーは刀身が幅広で厚みのある丈夫な造りのものなので、清歌の要求に適うものだろう。しかし――


「せっかくですから、刀身に細工を施してみようかと思いましたので」


 内心の疑問が表情に出ていたらしく、清歌が意図を補足した。


 清歌もどうせなら売り物になるものを作るべきと思ったらしい、と悠司は納得して、ちゃっちゃとダガーを作ることにする。オートで作成ができるものの場合、溶鉱炉に素材を必要数放り込み、数を指定して起動させるだけでよい。今回作成するのは一個だけだが、この機能で大量生産ができるのである。


 あっという間に完成したダガーの形状を抽出、加工しやすい木材に投影する。そのダガー型木材に清歌が軽く手を入れ、玩具アイテムとして完成させてから、次の仕上げ作業担当の絵梨へと手渡す。


「聞いてなかったけど、仕上げ作業って要するに表面に色を塗るんだよね? そんなのあったの?」


 弥生の素朴でもっともな疑問に、錬金設備へ向かっていた絵梨ががっくりと肩を落とした。


「も~……、弥生ったら、色を塗るってプラモデルじゃないんだから。まぁ、似たようなものかしら。仕上げに使うのは<テクスチャライザー>っていう錬金アーツよ」


 微妙に必殺技っぽいアーツ名だが、要するにアイテムに質感を与えるアーツである。なお形状の抽出・投影と同じく、アイテムの性質や性能は全く変化しない。これまた単なるお遊びアーツなのである


 使用方法としてはまず錬金釜に対象アイテムを放り込み、表示されたエディター画面で質感を与える場所と順番を指定、質感の元となるアイテムを順番に放り込みつつ錬金作業をすると――あら不思議、対象アイテムの質感が変化しているのである。


 ちなみにテクスチャーというのは、本来の意味としては表面の質感のことを指す言葉であるが、このアーツでガラスの質感を錬金するとちゃんと中身(・・)も含めて透明になる。この辺りは妙にゲーム的というか3DCG的で、要するにテクスチャーマッピングの透明度や屈折率の設定も同時に行われているということなのだろう。


「あ、ユージ。鉄のインゴット持ってたら、ひとつ頂戴?」


「おう、あるぞ。大きさはどんくらいのだ?」


「一番ちっさいのでいいわ。サンプリング素材の大きさは何でもいいみたい。使ったらなくなるから、大きいのはもったいないわ」


「りょ~かい」


 ちなみに鉱石を製錬してインゴットにするのは、鍛冶か錬金の職人作業ででき、それは当然鍛冶素材として普通は使用する。低レベルの装備品を作る時は鉱石を素材として突っ込めばいいのだが、レベルが上がってくるとインゴットにするという下準備が必要になるのである。


 悠司からインゴットを受け取った絵梨は、柄部分に使用する革素材も用意して、ナイフを錬金釜に投入する。


「ええと……ああ、なるほど。パーツが分かれてるって明確に分かる形だと、一括指定できるのね……清歌がエッジを整えてくれたから楽ね。ありがと、清歌」


「いえいえ、どういたしまして」


 アーツの仕様や特徴などを確認しつつ素材を指定する。今回は試作品なので単純に金属と革の二分割だけだ。


「さて、これで準備は終わりね。じゃ、始めるわよ~」


 絵梨が大きな匙を手に、錬金作業を開始する。ぐ~るぐ~ると緩急をつけながら匙でかき混ぜ、タイミングを合わせてまずインゴットを釜に投入する。再度かき混ぜを再開し、革を投入して――と真剣な顔で作業を続ける。作業難易度としてはそれほど高くないものの、初めてのことなので注意深く丁寧に作業をしているのだ。


「……あのさ、職人の作業ってみんなミニゲームっぽい仕様だって、前に言ったでしょ?(ヒソヒソ)」


 絵梨の作業を見守りつつ、邪魔をしないよう気を遣って小さな声で弥生が言う。それを聞いた三人は、何を言い出すんだろうと疑問に思いつつ頷く。


「でもさ、錬金の作業だけはみょ~~に、ソレ(・・)っぽいと思わない?」


「それは、その~」「確かになぁ」「うむ、否定できん事実だな」


 変な話だが、鍛冶や裁縫、木工、調合などの現実にもある作業の場合、複数の素材から一つのアイテムを作る作業を一回で済ませようとすると、どこかでゲーム的な仕様にならざるを得ない。でなければ全て手作業で行う仕様になってしまい、それには様々な問題があるというのは以前説明したとおりである。


 しかし錬金だけは現実に存在しない技術であり、作業のイメージがそもそもフィクションでありゲーム的なものなのだ。ゆえに弥生の言う「それっぽい」というのは、ある意味当たり前のことなのである。


 ――であるのだが、これぞまさしく魔女の釜という代物にでっかい匙を突っ込んでぐるぐる回しつつ、素材を時折放り込んでいる様子というのは、傍から見ているとかなりの怪しさが漂っている。


「……よし、無事完成。ちょっとあんたたち? なんだか、おかしなことを言ってなかった?」


 錬金は作業が完了すると光の球が釜の中から浮かび上がり、それに触れることでアイテムが実体化するという仕様になっており、今はまだ光が浮かんでいる状態だ。


「別に変なことは言ってないよ? ただ錬金の作業はそれっぽいよね、って言ってただけ。え~っと、ほら、絵梨も結構好きでしょ? なんちゃらのアトリエとか?」


「あ~、言われてみれば、錬金だけは妙にイメージ通りの作業よね。……ま、そういうことならいいでしょ。さて、出来栄えは……あら、なかなかイイ感じよ。見て?」


 弥生の弁明に納得した絵梨は追及を一先ず引っ込めて、質感を適用したアイテムを手に取った。確かに手に取ったダガーは木製だった時の面影は全くなく、鋼の刀身で柄に革を巻き付けた本物と見紛うばかりの出来である。


「お~、これはなかなかイイね! パッと見じゃ、ぜんぜん区別がつかないよ?」


「うむ。これで全く切れないというのが、何とも不思議だ」


「不思議と言えば……金属の冷たさや革の手触りまで再現されているのに、重さが変わっていないのがとても不思議ですね


「確かに……。言ってみればこれは、すげ~良くできた竹光なんだな」


 試作品を順番に手に取ってそれぞれ感想を言う。総合すれば出来栄えに問題はなく、それだけに手に取ると少々違和感があるといったところか。


「量産化の工程はこれをレシピにして終わりね。清歌、お願い」


「承知しました。……あら? 最終的に作成したのは絵梨さんなのではありませんか?」


「私もそう思ったんだけど、テクスチャライザーが変化させるのは見た目だけで、性質はそのままでしょ? この性質っていうのに、アイテム作成者のデータも含まれるみたいなのよ」


「なるほど、そういうことでしたか。では……」


 清歌は前回と同様にブランクジェムを用意してアーツを発動、試作竹光ダガーの玩具レシピを生成した。――これで予定していた玩具量産計画の下準備は終了だ。


 清歌から受け取ったコイン状のレシピジェムを起動・習得した悠司が、そのレシピを表示させて詳細を確認する。


「……どう、ユージ?」


 少々不安そうに尋ねる絵梨に、悠司はホッと一息ついてから返事をした。


「大丈夫、表面材質もちゃんと反映されてる。ま、その分しっかり素材は持ってかれるみたいだけどな。……これで検証は完了だな」


「何か二人だけで納得してるみたいだけど……、いったいどゆこと?」


 計画を立案した二人だけで納得して、置いてけぼりになっていた三人を代表して弥生が尋ねる。


「や、多分これで大丈夫なんじゃないか、とは思ってたんだが、なにしろお遊びアーツだろ? 使ってみるまで、どこまで信用できるもんなのかがなぁ~」


「そゆこと。特に仕上げに使ったテクスチャライザーの効果が、レシピに反映されるかどうかが、すごく怪しかったのよねぇ……」


 二人が気がかりだった点を聞いて三人は大いに納得した。


 あっちこっちに罠が仕掛けられている<ミリオンワールド>は、アーツにしても便利だったり強力だったりするものほど、何かしら落とし穴が用意されていることを、彼女たちは既に経験上理解しているのである。


 ――と、そこまで考えた弥生は、ふとこれは逆なのではないかと気づいた。いや、気付いてしまった(・・・・)と言うべきかもしれない。


「あ、でも考えてみると……新しく覚えたアーツって、悠司のプランを実行するのにはスッゴイ便利だけど、冒険者的にはど~でもいいモノなんだよね?」


 四人の視線が弥生に集まる。大人しく続きを聴く姿勢だが、なんとなく弥生が言いたいことが分かったような気がする。


「なんとな~く、へそ曲がりの開発はさ、こういうお遊びアーツに限ってノーペナルティで使い勝手のいい仕様にしてそうな……気がしない?」


 五人は黙ったまま顔を見合わせる。確かにレシピを生成してもオリジナルが消えるなどと言うことはないし、形状の抽出・投影は拡大・縮小・分割・融合が思いのままで何度でもやり直しが可能だ。テクスチャライザーにしても、投入するサンプリング素材は小さくても問題ない良心的な仕様だ。


 便利なのはまことに結構なことだ。しかし実質的な意味がない部分に限ってというのは、釈然としないものを感じざるを得ない。


 全く同じタイミングで、思わず大きなため息をついてしまう弥生ファミリーβの面々であった。





生産活動のみの回となってしまいました……

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