#3―10
感想頂けました! ありがとうございます!
――少々時間を遡る。
清歌たちアイテム回収組の三人が浮島へと転移すると、そこは島の中央の花畑だった。これまではログインすると目の前に街の風景、それもポータル周辺の人々で賑わう光景が広がっていたのでかなりのギャップである。
ともあれ、三人は早速壊れたポータルの破片を回収するため。池の傍へと移動した。やるべき作業はさっさと済ませて、早く待ちの二人と合流しなくてはならない。
「ではヒナ、お願いね」
お任せあれ、と一声鳴いた飛夏は池に勢いよくダイブ――ではなく、一先ずポチャンと着水した。予想とは違った行動に三人がポカンとする中、飛夏のボールの様なボディが静かにブクブクと沈んでいった。動物が水の中に潜っていくというよりも、まるで潜水艦のようである。
水の中を覗いてみると、飛夏は普段ふよふよと飛んでいるときと変わらない感じで底へ向かって泳いでいた。
「……水の中でも、ヒナはいつもと変わらない様子ですね」
「うむ。あまり泳いでいるという感じはしないな」
「ま~、普段飛んでるのだって時空魔法なんだし、だから水の中でも変わらず動けるってことなんじゃない……かな?」
などと感想を言いつつ様子を見守っていると、飛夏がキラキラと光るブレスを壊れたポータルへ向けて吹きかけた。これまた物理的なものではないという設定とはいえ、水の中でも普通にブレスを吐く様子には微妙に違和感がある。
「……やはり、少し重かったようですね。大きなパーツが一つ残っています」
飛夏はそのまま真上に浮上、離水して空中で一時静止。体全体が一瞬光ると、体から細かい水滴が飛び散って小さな虹を作った。――どうやら魔法を使って水を弾き飛ばしたようだ。しっとり濡れていた毛皮が、一瞬でいつものモフモフ状態に戻っている。
「ヒナ、一度回収したものを出したら、もう一回お願いできますか?」
「ナ~ナ~」
三人の足元にブレスを吐いて回収したパーツを出現させると、飛夏は再び水の中へと潜っていった。
「うんうん、本当に良くできた子だね~」
ご主人様の命に従ってせっせと働く飛夏を眺めながら、弥生がうんうんと頷いている。たまに絵梨と意気投合して弥生をからかうこともあるが、基本的には素直でいい子なのである。
「うむ。……ここだけの話、体を震わせて水を飛ばすところを見たかったという気もするのだが……飛夏は竜だからな」
猫扱いして抗議されたことを考慮して、飛夏が水に潜っているうちに聡一郎が期待していたことをこっそりと言う。
「ふふ、それはそれで可愛らしいでしょうね」「だね~」
聡一郎の期待は女性陣二人にも理解できることだったようだ。意外にも聡一郎のモフモフへの造詣は深いのかも――「む。意外にとはどういう意味なのだろうか?」――いや、イメージですね。イメージ――「モフモフな動物に触れると癒されるのは、皆同じだと思うが……」――(こ、これがギャップか!? こういうギャップにチョロインさん達はコロッと行くのだろうか……)
そんな益体もないことを言っているうちに、二度目のサルベージ作業を終えた飛夏が帰還し、これにてアイテム回収の任務は無事終了である。
「よし、これでミッションコンプリートだね。ヒナもありがと~。……じゃあ、早く町へ戻ってスキル探しをしてる二人と合流しよっか!」
すべて揃ったポータルのパーツを、自分の素材アイテム欄に収納した弥生が、二人と一匹に呼びかけつつ、冒険者ジェムを取り出す。このまますぐに町へと戻っていれば、何事もなかったのだが――
「はい、そうですね。……ですが、その前に――」
笑顔で返事をしていた清歌が、やおら手を横に伸ばしてそれを捕まえてサッと手元に引き寄せた! その動きは視線を含めた予備動作が皆無で、傍で見ていた聡一郎ですら、一瞬清歌が何をしたのか認識できなかったほどだ。
「う~~ん、やっぱりとってもいい手触りです~。ヒナのモフモフともまた違う触り心地ですね~」
呆気にとられる二人をよそに、引き寄せたそれを両手に収めた清歌は、飛夏を初めてナデナデした時の様なうっとり具合だ。
清歌が奇襲で捕まえたそれは、花畑の上をふわふわと漂っていた白い綿毛だ。花畑に降り立った三人が池へと移動したときに、前回は花畑の領域から外に出ようとしなかったそれらの内の一つだけが、清歌についてきていたのである。
飛夏のサルベージ作業中、清歌の周りを突かず離れず漂う様子は、まるでシューティングゲームのオプションのようであった。
「う~む、やはり凄いな。さっきの動きはまったく察知できなかった」
「っていうか私なんて隣にいたのに、気づいたら清歌が綿毛を手に持ってたよ……。そんなことより清歌、どんな感触なのかな?」
再起動した二人が清歌の素晴らしい、というか考えようによっては恐ろしくもある動きについて感想を言う。もっとも、弥生の方はそちらにあまり興味が無いようである。
「そうですね~、ファー素材のぬいぐるみ……といった感じです。表面はフワフワで、中は意外とモコモコという感じ……あら?」
「えっ!?」「む。何が起きた?」
うっとりと撫でていた清歌の手の中から、綿毛(仮称)が忽然と姿を消したのだ。
三人が行方を探すように視線を花畑に向けて確認すると、そこには変わらず綿毛が漂っている。
「瞬間移動したのかな?」「う~む……綿毛がか?」
顔を見合わせて首を傾げる弥生と聡一郎だったが、清歌はどうやら違うことを考えているようだ。花畑へ向けてゆっくり歩き始めている。
「いえ、違うと思います。一つ数が減っていますから。……すみません、ちょっとお時間を頂きます」
どうやら綿毛はお嬢様のやる気スイッチ、或いは殺る気トリガーを入れてしまったようだ。静かな足取りと綺麗な姿勢はいつもと変わらないようにも見えるが、二人には清歌から立ち上る気迫が確かに感じられた。
花畑の中央に着いた清歌は軽く足を開き、両手をだらりと垂らしたまま静かに佇んでいる。伏し目がちのその様子は、まるでどこも見ていないかのようだ。先ほどまで確かに感じられていた気迫はいつの間にか完全に消え、奇妙に思えるほど静かに凪いだ空気がそこにあった。
『多分、清歌は全部捕まえる気なんだよね……?』
精神統一をしているような清歌に配慮して、弥生は個人のチャットで聡一郎へ話しかけた。
『うむ。恐らくそのつもりなのだろう。それがどうかしたのか?』
『う~ん。こういう時っさ、空気がピンと張り詰めるもんじゃないかな~って思ったんだけど。……違うのかなぁ?』
弥生の言葉に聡一郎は腕を組んでしばし沈黙し、全く動きを見せない清歌の様子を観察する。聡一郎から見てもそこから気迫の類は感じられず、瞑想していると言われても納得してしまいそうだ。
『確かに今の清歌嬢からは全く気迫を感じられないな。だが、それは意識的に自分の内側に抑え込んでしまっているのだろう。実際、あの場へ向かう時の彼女からは、確かに鋭い気迫が放たれていた』
『そんなことって、できるものなの?』
『…………俺には無理だ。勝負には気合を入れるのが常だし、基本的に熱くなる質だからな。だが、あの綿毛はどうもこちらの気配を察知できるようだから、それではあっさり逃げられてしまいそうだ。……それにしても、静かだな』
『うん……まるで清歌の気配が、風景に溶け込んでるみたいだね』
単に思ったままの感想を言った弥生だったが、それを聞いた聡一郎はまさにその通りだと、思わず目を見開いてしまった。
上空を流れて行く雲が花畑に一旦影を落とし、ゆっくりと移動してゆく。再び光に満たされた花の色に弥生は目を細める。なんとなく今がチャンスのような気がしたのだが、それでも清歌は動かないでいる。
見ているこっちの方が緊張しているみたいだと弥生が一つ息をつくと、それに合わせたかのように風がそよいだ。――その瞬間、清歌の両手がわずかにタイミングをずらして別々の方へと伸び、綿毛を一つずつ軽く捕らえた。
今度は引き寄せる間もなく綿毛は姿を消し、清歌もそれを予期していたのか再びだらりと手を下げた。この間彼女の気配には何の変化もなく、脚どころか視線すら動かしてはいない。
素晴らしい業の冴えを見せること数回。遂に綿毛の数はあと一つとなった。
最後の綿毛は流石に警戒しているのか、清歌の手の届く範囲ギリギリのところをかすめるように漂っている。普通なら焦れて手を伸ばしてしまいそうなところ、それでも彼女は静かに時を待っているようだ。
(清歌、あと一つだよ! 頑張って~~)
我知らずぐっと両手を握り込んで、心の中で応援する弥生。聡一郎も組んだ腕に力が入っているようで、若干身を乗り出している。
ほんの少し清歌の間合いに綿毛が入り込んだその刹那、素早く彼女の左手が伸びる。しかし指先が振れるか触れないかのところで、綿毛が躱してしまった。
――失敗か? と弥生たちが思いかけた瞬間、くるりと体を回転させた清歌が、いつの間にか脱いでいた上衣を右手で振り回すように綿毛に巻き付け、手元に引き寄せていた。
「捕まえました! 手だけが来ると思ったら、大間違いですよ?」
「やった~!! 清歌すご~い!」「うむ。見事!!」
パチパチと拍手をする弥生と短い言葉で力強く称賛する聡一郎が、清歌の元へと歩み寄る。
「ありがとうございます。……思ったより時間がかかってしまいましたね」
着物にくるんだ綿毛を抱えた清歌が、ちょっと照れ臭げな笑顔を見せる。
(上衣の中ってノースリーブだったんだぁ。ちょ……ちょっと色っぽい、かも)
上衣を脱いだ清歌はむき出しの白い肩が艶めかしく、なにやら妙な胸の高鳴りを感じてしまう弥生であった。
さて、成り行きで始まってしまった綿毛との鬼ごっこ勝負は、清歌の勝利で無事決着した。そこで改めて、一つの疑問が湧いてくる。すなわち――
「う~ん。……で結局その綿毛は一体なんなんだろね?」
清歌の腕の中で大人しく(?)している綿毛を覗き込みながら、弥生が答えを期待しない問いかけをする。なお清歌は上衣を収納してノースリーブの着物のままであり、聡一郎は少々居心地が悪そうにしていた。
「それですけれど……」
清歌は綿毛を両手で掴んで、顔の高さまで持ち上げてまっすぐ見つめた。
「あなたは……魔物ではありませんか?」
その言葉にギョッとする弥生と聡一郎の前で、綿毛からポンという小さな音とともに、上には小さなイチゴのヘタの様なものが、そして下からは先にプチトマトサイズの綿毛がくっついた尻尾のようなものが現れた。弥生たちからは見えないが、清歌の見ている側には小さな目が二つ出現している。ちなみに瞳は青く、それ以外は真っ白だ。
それら変化と同時に、三人の視界にはキッチリ魔物マーカーが映るようになった。
「さっきまで、マーカーなんてなかったのに……」
「うむ。……捕らえた上で、魔物と見破ることがトリガーだったのではないか? 清歌嬢は良く気が付いたな」
「確信があったわけではありません。ただ、動きには明確に意思が感じられましたし、単なる自然現象とは思えませんでしたので、おそらくは……と」
良くも悪くもゲーム慣れしていない清歌は、余りマーカーなどというものを気にしていかったので、そういう判断ができたのだろう。ゲームにどっぷりつかっている弥生などは、魔物マーカーが見えなかった時点で、マップ上の仕掛けではないかと思い込んでしまっていたのだ。
もうすでに逃げる気はないのか、清歌が手を放しても綿魔物(仮称改)はその場に留まったままだ。そこへ飛夏がやってきて、綿魔物と正面から向き合う。
「……和みますね」「うん、カワイイかも」「うむ。同感だ」
正真正銘の毛玉魔物とファー状綿魔物が向き合っている光景は、わけもなく暢気な空気が漂ってくる。綿魔物がファーを震わせると、飛夏は小さく鳴いて体全体で頷いている。どうも会話をしているようである。
「ヒナ。この子が何か言っているの?」
「ナ~。ナナ~」
「そうなの? そうですね、あなたは何ができるのですか?」
問いかけに答えるように綿魔物がふるりとファーを震わせると、清歌の前にウィンドウが現れる。スクロールさせつつその内容を確認していた清歌は、やがて一つ頷くと両手を上に向けて差し出した。
ふわりと両手に収まった綿魔物と清歌が目を合わせる。
「では、あなたも一緒に行きましょう。“契約”」
契約の言葉とともに綿魔物の下にリボン状魔法陣のリングが現れ、スキャンするように回転しながら上へと通り抜けていく。スキャンし終えた魔法陣は収束して光の球になると、清歌の胸元へと吸い込まれていった。
――かくして、清歌に二体目の従魔ができたのである。
「……ふむふむ、なるほどねぇ。その勝負は私もちょっと見てみたかったけど、そういう経緯なら仕方ないわね」
南門で合流した弥生ファミリーβの五人は、毎度おなじみになりつつあるスベラギ南エリアの丘へ移動して、ただ今清歌たちの事情説明が終わったころだ。当初の予定では蜜柑亭で作戦会議を行うはずだったのだが、新たな従魔の能力などを見てみたいということもあって、外へと移動することとなったのである。
ちなみにいつもと同じように毛布を広げて車座になり、清歌と弥生の間に挟まれたミニ飛夏の上に綿魔物が乗っているという状態である。時折その手触りを確認しようとそ~~っと弥生が手を伸ばすのだが、どうもこの魔物はかなりの人見知りらしく清歌の元へと逃げてしまい、その度に弥生が肩を落としていた。
「ユキ、ここにいる皆さんは仲間なのですから、警戒する必要はありませんよ?」
窘める言葉に綿魔物は体を小さく震わせると、清歌の膝の上に収まってしまった。
「あら、その子は鳴いたりしないのね。名前はユキでいいのかしら?」
「ええ、鳴いたりはできないのですけれど、言いたいことが伝わってくるのはヒナと同じですね。あ、名前は雪苺です。愛称はユキでお願いしますね」
苺のようなヘタと、雪のように白い体からのネーミング。今回は外見からストレートに決めたようである。
「ちなみに、皆さんのことはまだちょっと警戒している……みたいですね」
新たな従魔はちょっと手のかかる子のようで、ファー仕立てのボディーをナデナデしつつ、困り顔で肩を竦める清歌だった。
「まぁ、その辺は時間が解決してくれるだろ……多分。それで清歌さん、ユキは一体なんていう魔物なんだ?」
雪苺のフワモコ感を楽しむのはしばらくの間お預けらしく、弥生と絵梨、そして聡一郎までもが残念そうに肩を落としている。――が、そこを気にしていては話が先に進まないので、唯一冷静であった悠司が説明を促した。
「ユキは“マリワタソウ”と言う名の魔物です。特徴は――」
マリワタソウという魔物は、植物系の魔物をベースに錬金術で開発された魔物であり、それ故に植物系と魔法生物系の両種族にまたがっている存在である。
なお、こういった魔物はそれほど珍しくもない。というのも、魔法生物というのは自然発生したケースはむしろ少なく、人の手によって生み出された場合は、何某かの魔物をベースにしていることが殆どなのである。複数の魔物を合成した、いわゆるキメラもこれに相当する。
さて、このマリワタソウ、そもそも何の目的のために作られたのかというと、一種の警備システムとして開発されたものらしい。自らの存在を欺く能力で身を隠し、感覚を共有する複数の分身を出現させて、監視カメラの様な役目を果たすのだ。そしていち早く敵を察知し主へと報告、牽制程度ならば魔法での攻撃も可能という、現実で存在すればさぞ便利だろうという魔物なのである。
「浮島にユキが居たのは、今は遺跡となっている屋敷の警備のために使役されていたということのようです。島ごと屋敷が放棄された時に、ユキは置いてけぼりにされてしまった……というのが、物語的な背景ですね」
「う~ん、前のご主人様はずいぶん薄情な人だったんだね……」
「まったくだな。しかしそれならば、人間不信気味なのも理解できる」
「その割に清歌には最初から懐いていたわよね。……人恋しかったのかしら?」
人見知りっぽいのに清歌と飛夏にはよく懐いている風な雪苺のバックグラウンドストーリーに、弥生たち三人は妙に感情移入してしまっているようだ。
「オマエラ……、まぁいい。ええと、つまり花畑にたくさん浮いていたのは、ユキ一体だけだったんだな。説明を聞く限りじゃ、偵察には活躍してくれそうだな」
「そうですね。……チャット機能があるのであまり使い道はないかもしれませんけれど、共有した視覚と聴覚をディスプレイ表示できるので、テレビ電話の様な使い方も出来るようです。あと、なぜか録画機能も付いていますね」
「なんというか……、本当にビデオカメラなのね。ま、便利な能力には違いないし、どこかで必要になることもあるでしょ。……というか何か試していたって言ってたけど、その能力のことなのかしら?」
「はい。それだけではなくて……」
「あ、清歌。それは試してもらった方がいいんじゃないかな?」
弥生の提案に清歌は「そうですね」と頷いて、絵梨と悠司に能力の一つを試してもらうことにする。
弥生に急かされて毛布から少し離れて立った二人に、清歌はユキに頼んで<浮力制御>という特殊な魔法を掛けてもらった。
「あら、なんだか体が軽いわね」「うぉ!? お~、これは……」
体が軽くなったことを感じた二人は、その効果の本質――すなわち浮力を確認するためにジャンプしてみる。すると予想通りいつもより高くふわっと跳べる上、落下速度もゆっくりとなっていた。
飛夏の空飛ぶ毛布に乗せてもらった時ほどの衝撃はないものの、その不思議な感覚が妙に楽しく、二人はしばしの間月面をジャンプする宇宙飛行士よろしく、ぴょ~んぴょ~んとジャンプしていた。
この浮力制御という魔法は、一見重力をコントロールしているようにも見えるが、あくまでも浮力を制御するのみなので上向きの力しか働かない。また装備を含まない体重の九割までの浮力が限界なので、この魔法だけで滞空し続けることはできない。いろいろと欠点のある魔法だがその分コストが軽く、またクールタイムも殆どないという特徴がある。
弥生などは、二人が今遊んでいる様な使い方しかできなかったのだが、清歌と聡一郎は自身の持つ移動系アーツと組み合わせて、アクロバティックな機動をして見せていた。
言うまでもなく本来の使用方法は移動用なのだが、飛夏という圧倒的なポテンシャルを持つ移動手段がある清歌には、そちらの出番はあまりなさそうである。
「コレは面白いな。踏ん張りが効かなくなりそうだから前衛には向かんだろうが、俺みたいな飛び道具使いは慣れれば戦闘でも使えるかもしれんな」
「そね。……っていうか、ヒナに掛ければ消費MPの問題が一気に解決じゃない」
これは素晴らしいと絵梨は言うのだが、清歌は残念そうに首を横に振った。
「……私もそう思ったのですけれど、浮力制御は魔法の特性が時空魔法と被るらしいのです」
「え!? ああ、バフ枠が同じってことなのね。ということは、もしヒナに浮力制御を掛けちゃうと……」
「はい。おそらく変身は解除されて、ゆっくり墜落することになると思います」
ちなみに清歌は浮島にて、空飛ぶ毛布で限界まで飛び上がり、しかる後に飛夏を抱いて浮力制御とエアリアルステップを駆使することで、崖の上への帰還に挑戦してみようと言ったのだが――弥生に強く引き留められたために断念する、という一幕があった。
「……この子ってばも~、無茶しようとするんだから」
「まぁ、ある意味弥生が付いていって正解だったってことだ。なんにせよ、ユキもなかなかユニークで面白そうなんだが……肝心の戦闘関連はあまり強化されていない感じだな」
「いえ。そうでもありませんよ? 風属性の魔法が使えますし、ちょっと特殊ですけれど、固有能力の<クッションアーマー>という防御魔法があるのです」
<クッションアーマー>という魔法は、ダメージの出る攻撃を受けた時、大きく吹っ飛ばされる代わりにダメージを受けないという特殊な防御魔法だ。戦闘中に一回だけ主=清歌に対してのみ掛けることができ、制限時間がない代わりに被弾した場所の魔法が消えるという特徴がある。なおアーマーの分割は、両手、両足、頭、胸、腹の七分割である。
最大で七回ダメージを無効化できるというなかなか便利な魔法だが当然制限もあり、吹っ飛ばされた結果叩きつけられた場合のダメージまでは消せず、また火属性攻撃を受けると全てのアーマーが一気に焼失――いや消失しまうのである。
「……なるほどクッションだもの、火に弱いのは当然よね」
「絵梨ぃ、無理に納得しようとしなくてもいいんじゃない?」
口では理解を示している風を装う絵梨に対し、弥生が弱めの突っ込みを入れる。
特定の属性に対して耐性を上げる魔法などは割と見かけるので、その逆のパターンがあってもそれほど不思議でもない。――だがネーミングと合わせて考えると、微妙に悪ふざけっぽい気がするのもまた事実だ。まして数多くのネタに触れてきた、弥生ファミリーβのメンバーにしてみれば、そう考えるのが当然ともいえるだろう。
「ふふっ、確かに少し冗談っぽいところはありますね。ただ私たちの場合は、絵梨さんのモノクルがありますから、対処し易いペナルティかもしれません」
問題なのは火属性の攻撃というのは魔法やブレスなど使用してくる魔物が多い、属性攻撃の基本と言ってもいいという点である。清歌の言う通り、絵梨のモノクルの特性と合わせれば対処できる使用制限だが、相手によっては――例えば体全体が火属性を纏っている様な魔物には、使う意味の無い魔法になってしまう。開発の意地の悪さが良く現れているペナルティのようだ。
「まぁ、つまるところ後は実戦あるのみ、ということだ。……俺たちの方からの報告はそんなところだが、そちらの方はどうだったのだ?」
聡一郎が彼らしい結論で雪苺に関しての考察は切り上げ、本来の目的へ戻るように皆を促した。確かに清歌が新しい従魔をゲットしたことの方がイレギュラーであり、こちらは後回しにしても問題ない。
「そ……そうね。もうちょっと確認したいことはあるけど、確かに実際使ってみないと分からないわね」
どちらかと言えば普段ボケ担当(注:本人にその気はない)の聡一郎に、正論で話し合いを仕切られたのが少々意外で、絵梨は心の中で結構驚いていた。
ちょっとだけ癪な気もするが、確かに予想外の事態で本筋からコースアウトしかかっていたようなので、ここらで本来のルートへと復帰しておくべきかもしれない。このまま能力の実践的活用法の検討までしていては、完全に目的を見失ってしまいそうだ。
絵梨はアイコンタクトを取って、報告は悠司からしてもらうことにする。やはり企画の発案者からするべきだろう。
「了解。じゃあ、こっちからの報告に移ろうか!」
新しい仲間は、飛夏と比べるとかなり大人しめで、はっきりとした意思表示はしません。
オプションのように周囲を漂っています。
より正確には、ド○ク○Xの、○家の迷宮の光なんですが……
分かる方、いらっしゃるでしょうか?