#3―09
<ミリオンワールド>における生産職は、自由度という点では既存のRPGにおける生産職とさほど変わりがない。基本的にはレシピに沿った物しか作れず、アレンジとして追加素材を投入することで多少性能を変化させられる程度で、形状については同一のモノしか作れないのである。
これに関しては最初からあまり議論の余地はなく、開発内ではこの方針が決定されていた。というのも、武器や防具の生産に高い自由度を与えて手作りに任せてしまうと、手作りゆえに出来栄えの差異があるために、性能の判定が非常に難しいのだ。
単純な鈍器ならばまだしも、例えば鍛造された刀剣類ともなると、形状やバランスだけでなく焼きの入りや刃の砥ぎなど、評価するポイントが多数あり総合的な判断を下すのが難しくなる。割と現実的な武器でさえそれなのに、これにファンタジー特有の素材やら魔法やらの要素まで加わるのである。
付け加えると、そもそも現実同様の自由度があるということは、まともな武器や防具を生産できるようになるまでには、現実同様に長い修行が必要となるということである。スキルやアーツによるアシストがあったとしても、それに耐えうるプレイヤーがどれほどいるのか、という問題もまた別に存在していた。
結局、職人の自由度とその処理にかかる負荷、さらにプレイヤーが生産作業を投げ出す危険性などを総合すると、開発サイドとして出す答えは自明だったのである。
しかし自由度が高く、現実とほぼ同じことができるという触れ込みのVRなのに、オリジナルのものが作れないというのは残念な仕様といわざるを得ない。武器や防具、あるいは消耗品といったゲーム的な性能があるものについては、自由度を与えるのは不可能だがそれ以外のものならば――
ということで考案されたのが、ゲーム的な性能を全く持たない<玩具>というカテゴリーのアイテム類である。いずれの職人仕事にしても性能を与えないのであれば、必要なのは形状データの保持のみだ。これならばさほどの負荷はかからずに済むし、オリジナルのアイテムを作ることも可能になる。
あくまでもお遊びであるために、ゲームを始めたてのプレイヤーにはそんなところに気を回す余裕などなく、誰からも注目されない不憫なアイテムだ。しかし恐らくホームを手に入れた後には、手作りのアイテムがプライベートスペースを彩ることになるだろう。素材と道具を揃えれば日曜大工だってできるのだ。
ちなみにこの<玩具>アイテム、ゲーム的性能を持たないということで調子に乗った開発が、あれやこれやと意外なものを用意しているのだが――それはまた後ほど。
「ねぇ清歌~、“木彫りのヒナ”っていつ作ってたの?」
毎度お馴染みになっている、インターバルを利用したお勉強タイム。手を動かしつつ、ふと思い出したことを弥生が尋ねる。
「空いた時間を使ってちょこちょこと……です。幸いモデルは、いつも傍にいてくれますから」
「フフ、確かに二人はいつも一緒ね。やっぱり現実とじゃ感覚が違うのかしら?」
「そうですね。現実と比べると……作業が簡単すぎるように思いますね」
現実で自然物の素材は、木だけでなく石材なども完全に均質ということはなく、必ずムラやクセというものがある。しかしVRでの素材を使ってみるとそういったゆらぎがなく、素材ごとの性質に違いはあるものの、基本的にむらのない一定の反応が返ってくるのだ。
「なるほど……、素材一つ一つの内部に自然なランダム要素を加えることは、リソース的に無理があったんだろうなぁ」
「質にムラがないというのは、俺などはいい素材のように思うが、清歌嬢は何か不満そうに見えるな?」
確かに清歌の発言には、どことなく不満げな、あるいは批判的なニュアンスが含まれたような気がする。四人は顔を上げて清歌を見る。視線を集めてしまった清歌は、そんなに表に出ていただろうかという風に頬に手をあて、ちょっと困ったような表情をしていた。
「そうですね……不満というわけではありませんけれど、……かなり違和感はありますね」
清歌が思うに、彫刻は素材との対話をしながら作り上げていくところに、面白さがあるものだ。同じ種類であっても、時に様々な表情を見せるのが自然な反応なのだが、VRではずっと同じままなのである。対話という表現で言うならば、何を語りかけても同じ反応、暖簾に腕押し状態。見た目や手触りがリアルなだけに、現実で自然の素材に触れている清歌としては、どうにも違和感があるのだ。
「もっとも単純に作業をする上では非常にやりやすい、優秀な素材とも言えますね」
「……でも、清歌には面白みのない素材に感じるわけね」
「ふむ。……さすがは清歌嬢と、言うべきだろうな」
腕を組んで頷く聡一郎の隣で、悠司も「うんうん」と頷いている。
その様子を見てふと何かに気付いた清歌が、弥生に視線を合わせると、彼女は一つ頷いた。どうやら弥生から既に話は伝わっていたようだ。自分からわざわざ話すのもどうか――という内容なだけに、弥生から自然に伝わったというのは清歌にとってありがたいことだ。
「皆さん、ご存知だったのですね。弥生さん、ありがとうございました」
「や、お礼を言われるようなことじゃ……。水泳大会のときと、その後に機会を見てざっとね」
すると絵梨が「というか……」と前置きをして口元に手を当てて、テーブルに身を乗り出し、他の四人もそれに習う。まさしく内緒話の体制である。
「音楽だけでもビックリなのに、絵画とかの美術関係でもって、驚きも一週回って呆れちゃうわね」
「うむ、確かに。……清歌嬢の部屋にはピアノしかなかったが、やはりアトリエが別にあったりするのだろうか?」
「はい。敷地内に離れのアトリエがあります。あ、そちらは作業用なので、弥生さんにお見せしたギャラリーとは別ですね」
「な、弥生。お前いつの間にそんな抜け駆けを……」
「ふっふっふ……羨ましかろう(ニヤリ☆)。……でも本当に、皆も一度は観せて貰った方がいいよ。……絶対、感動するから」
その時のことを思い出しつつ、弥生は一言ずつ噛み締めるように言う。
弥生が黛邸のギャラリーを訪れたのは、<ミリオンワールド>を始める少し前のことだ。これまで美術館などに足を運んだ事のなかった弥生は、この時初めて絵画というものを目の当たりにしたと言ってもいい。
飾られていた清歌の作品は複数の人物の描かれた風景が多く、キャンバスに広がる柔らかな色彩で空気感のある景色は、清歌には世界がこんな風に見えるのかと、弥生に大きな衝撃を与えた。
弥生の一番のお気に入りは、暖かな光に満ちた庭で色とりどりに咲く花たちに、はしゃぎながら如雨露で水をあげている三人の子供たちと、それを見守る母親の後ろ姿が描かれているものだ。花や土の匂いすら感じられそうな、そして表情は分からないのに母親の愛情が伝わってくるその絵画を前に、弥生はしばし呆然と立ち止まり、自分でも気付かないうちに一筋涙を零していた。
「ありがとうございます、弥生さん。そう言って頂けるのは恐縮ですけれど、……まだまだです。理想とする表現は、ずっと先ですね」
事実、世間的にも評価され、いくつもの賞を受け取っているにも関わらず、清歌の理想はまだ遠いらしい。実際にそれを目にして感動した弥生にしてみると、あれほどの作品でも納得がいかないというのが信じられない話である。
「それでこそ、アーティストなんでしょうねぇ。と、こ、ろ、でぇ(ニヤリ★)、下世話な話、こっちはどのくらい貰ったの?」
絵梨が真っ黒な笑みを浮かべながら、人差し指と親指で輪っかを作りつつ清歌に尋ねた。仮に気になっているとしても、それをストレートに聞くか? と弥生たちはギョッとして、窘める視線が集中した。
念のためにフォローすると、なにも絵梨は下世話な興味本位だけでお金の話を振ったわけではない。清歌自身では納得していない作品に対し、素人が過ぎた称賛をすると、逆に困らせることになるだろうと配慮した結果である。
「副賞ですか? そうですね~……」
絵梨の自爆気味のフォローに、清歌は内心でホッとしつつざっと暗算する。そして今までよりさらに小さく、囁くような声で特大の爆弾を落とした。
「ぇえ……むぐ!(あ、危ない。叫ぶとこだったよ~)」
大きな声を上げそうになった弥生は、自分の口を思わず両手で塞いでいた。他の三人は声にすらならなかったようで、目を丸くして軽くのけ反っている。
「……ちょっと、清歌」
絵梨がガシッと清歌の肩を両手で掴み、真剣な顔で迫った。
「軽々しく聞いちゃった私も悪いんだけど、そんなことを簡単にバラしちゃダメよ。いい? 残念なことだけど、そういうことで壊れちゃう関係だって……きっとあるのよ?」
絵梨の言葉に、弥生たち三人も何度も頷いている。聞かれたからと言ってあっさり答えてしまうには、少々問題のある金額と言わざるを得ない。
心からの忠告に清歌は真面目な表情で一つ頷き、しかしすぐにふわりと微笑んで少し首を傾けた。その表情には、淋しいとも、哀しいとも、或いは悔しいとも言えるような複雑な色が微かに滲んで見える。
「ありがとうございます。仰ることは……はい、知っています。ですから、こういったことは誰にでも話すということはありません。……そんな風に心配してくれる皆さんになら、話しても大丈夫と思っているからですよ」
おそらく何かのきっかけで知られた、もしくは幼さゆえの不用意さで言ってしまったことで、壊れてしまった関係が今までにあったのだろう。知っています、という言葉の重みに弥生たちは沈黙する。
「う~ん……信用してくれるのは嬉しいよ? ……でも、やっぱりもっと気を付けないと、危ないんじゃないかな? その……誘拐(ヒソヒソ)、とかさ」
少々空気が重くなってしまいこの辺で話を切り上げたいところだが、別方面の心配もあるので、弥生は今の内にそちらも突っ込んでおくことにする。しかし清歌の返答は実にあっさりとしたものだった。
「そちらについては、あまり問題になりませんよ? そういった良からぬことを考える方からすれば、私の個人資産など、黛の娘であることに比べれば、それほど価値のあることではありませんから」
「あ~、そう言えば」「それは、まぁ……」「確かになぁ」「……むぅ」
最近は慣れてしまって忘れがちだが、清歌は紛れもない超お嬢様なのである。清歌自身の才能を脇に置いても、良からぬ輩に狙われる理由は十分すぎるほどあるのだ。
何はともあれ、清歌にはちゃんと危機管理意識があるらしく、弥生たちは一安心する。生まれた時から黛の娘をやっている清歌にとっては、様々な危険に対する心構えなど、身に沁みついている普通のことであって、ことさら意識するようなことではないのだ。弥生たちの心配は、まさしく杞憂なのである。
「考えてみれば、俺らのにわかレベルの心配なんて、清歌さんが意識してないわきゃ無いか。……ってか、たった今別の心配を思いついたんだが……」
悠司が肘をついて手にしたシャープペンシルをくるりと回し一拍置いて、とある懸念を清歌に伝える。
「蜜柑亭のピアノ演奏とか路上ライブは、NPC相手だからあんま気にしなくていいかもしれないんだが、清歌さんの作品を量産してプレイヤーに売ったりしても大丈夫なのかね?」
「ふむ。……なるほど、音楽ならば聞いて終わりだが、彫刻ともなれば手元に残るしな。言われてみれば、気になるところだが……」
悠司の指摘はもっともなことではあるが、同時に考え過ぎの類でもあった。というのも清歌にしてみれば、片手間で作った“木彫りのヒナ”など作品と呼べるようなものではなく、ちょっとしたお遊び程度の物なのだ。
清歌自身、遊びの範囲で作ったそれを自分の作品などと言うつもりはなく、しかもVR内のことなのだから、そこまで気にするようなことでもないだろう……と、この時は考えていた。
――後にこの企画が元で意外なことが起きるのだが、この時点での彼女たちは知る由もないことである。
「ふふっ、そこまで心配するほどのことはないと思いますよ? 私の銘を入れるわけでもありませんし、あくまでも<ミリオンワールド>内でのことですから。……母からも、多少羽目を外しても構わないとお墨付きを貰っていますので」
弥生たち四人は、清歌が母から頂戴したらしい“お墨付き”とやらに、妙な汗が滲むのを感じてぶるりと身震いする。まだ面識はないが、清歌と彼女の母親は性格的にかなり似通っているらしいことを、確信してしまったのだ。奇しくもこの時の四人の心情は、<ミリオンワールド>を始める前に黛家の食卓で、清歌の父親が感じていたものと完璧に一致していた。
「ま……まぁ、お母さんの了解も得てるんなら、問題ない……のかな? あ、でも清歌にとっては大したものじゃなくても、私らから見れば普通に作品って言えるものなんだし、<ミリオンワールド>で使うサインは別に考えた方がいいんじゃないかな?」
「ああ、それはそうね。私らグループのアート部門担当なわけだし。……工芸品の原型を作ってもらう感覚に近いのかしら?」
「……なるほど。確かに量産化の目途が立ったら、土産物の鋳物やら陶磁器やらを量産する工房みたいなことを俺らは始めるんだな」
弥生の提案に、しばし考えていた清歌はいいもの――というか面白い案を思いついたようで、ちょっと悪戯っぽい笑顔でそれを発表した。
「では、<ミリオンワールド>内では“March5”というサインを入れることにしましょう」
その名称にピンと来た絵梨は便乗して、全員のニックネームを決めてしまうことにする。弥生が気付く前が勝負なのだ。
「あら、それはイイわね。ついでにニックネームも設定しちゃいましょう。私は4、悠司は2で聡一郎が3、当然弥生は1で決まりよ?」
「え? うん……」「そりゃ構わんが……」「承知した。だが……」
ホイホイと決めてゆく絵梨のテンポについていけず、弥生は特に意味も考えず思わず頷いてしまう。
「弥生さんの妹さん……凛さんがいらっしゃいますから、本来なら私は6かもしれませんけれど、<ミリオンワールド>では私の方が先輩ということで……」
「フフフ、そうね。凛ちゃんはいつ合流できるか分からないもの、それでいいと思うわ」
「も~~、二人だけで納得してないで……意味を教えてよ。なんで清歌が“March5”なの?」
今はまだ落ち着いた様子で尋ねてくる弥生だが、由来を聞いたらどんな反応を示すだろうか? 清歌と絵梨は顔を見合わせると、思わず小さく吹きだした。
「な……なな、ナニ? すご~~~く、嫌な予感がするんだけど?」
「あら、そんなことないわ、いいネーミングよ? Marchが三月ってことくらいは知っているでしょう? 日本で陰暦三月を、別名なんていうかしら?」
「…………はい?」「え~っと?」「む? 三月の別称?」
「ダメねぇ、自分の名前のことはちゃんと知っておかなきゃ。陰暦三月は……弥生、でしょ?」
「へ!?」「そっか。ってことは」「三月五日というのは……」
「弥生さんをリーダーとするグループの、五番目のメンバーということです。<ミリオンワールド>内で使うサインですから、リーダーのお名前にちなんで、決めてみました」
完璧なお嬢様スマイルでのたまう清歌に、いつもの弥生なら見惚れるところなのだろうが、今回ばかりはそれどころではない。
「ちょっと待った! 良く分からないけど、そのネーミングはそこはかとなく嫌な予感が――」
「フフフ。遅いわよ、弥生。さっきあなた“うん”って頷いたじゃないの?」
「汚っ! 説明する前に畳みかけておいて~」
「っつ~か、別にいいじゃないか。背番号みたいで分かりやすいし」
「うむ。それほど嫌がるほどのものでもあるまい。弥生の名がそのまま入っているわけで無し」
ほかのメンバーは、この清歌のサイン兼グループのニックネームのアイディアを、概ね好意的に受け入れてしまったらしい。こうなっては駄々をこねるのも難しく、弥生としては腕を組んで難しい表情をして、せめて抗議の意志を表すくらいしかできない。
「弥生さんがお嫌でしたら、別のサインを考えますけれど……?」
そんな風に尋ねられると、頼みごとに弱い弥生は頷きたくなってしまう。しかし、ここで認めてしまうと、<ミリオンワールド>を始めてからこっち、彼女を悩ませている懸案事項に道筋ができてしまう気がするのだ。
「清歌のサインだけなら……、別にいいんだけど…………」
「……けど?」「なんでしょうか?」「ん。言うてみ?」「うむ。聞こう」
全員の顔を見渡してから、弥生は眉間にしわを寄せて打ち明けた。
「なんか……ギルドの名前までこの調子で決まっちゃうような予感がするんだよぉ」
もはや泣き言になっているその言葉に対し、四人の反応はというと――
「「「「…………(ニヤリ★)」」」」
事前に筋書きが決まっていたのではないかと思えるようなその反応に、弥生は近い将来に決定するであろうギルド名を思い、テーブルに突っ伏してしまうのであった。
本日午後のログインは、町へ戻る生産職の二人と、浮島へ転移するそのほかの三人とで分かれることとなった。ログイン時の中継エリアからは、町のポータルゲートとホーム、そして安全地帯でログアウトした場合はそこへと転移が可能だ。ゆえに今回は浮島への転移も可能なのである。
クエストは既に受注済みであり、また採取アイテムも今のところ大量に必要とする素材ではない。なので浮島へ戻る必要もなく、今回はまず全員で町へ戻ってスキル屋巡りから始めよう――と思いきや、クエストの重要アイテムである壊れたポータルの回収をし忘れていたのだ。
そんなわけで飛夏の主である清歌と、ストレージブレスで回収できなかった時のための力仕事要員として聡一郎が浮島へ。生産組二人は先に町へと戻り、スキル屋で目ぼしいものを探すこととなる。弥生はどちらへついても良かったのだが、清歌と聡一郎という二人組は思い付きで無茶をやりかねないと、そこはかとなく不安を感じたのでそちらへ同行することにしたのである。
さて、絵梨と悠司がまず訪れたのは、職人街である東大通りのポータル近くにあるスキル屋である。
スキル屋に限らず冒険者が良く利用する店は、中央広場と東西南のポータルゲート付近にそれぞれ存在している。店の品揃えは使用頻度の高い、冒険者の必需品的アイテムは共通していて、それに各ブロックの特色が現れている品が追加されるような形である。
例えば駆け出しの頃によく利用するメインストリートの店には、効果は低いが低価格という初心者向けの消耗品アイテムがあり、農業地区である西大通りの方には肥料や野菜の種、そしてクワやスキなどの農具が並んでいる、という具合である。
言い換えるとそれは、町の各ブロックの特色を出す一種の演出ということであり、実はこれらの特徴的なラインナップの中で、誰もがお世話になるのはメインストリートの初心者向けアイテムくらいだ。
さて、今回の企画で弥生ファミリーβが必要とする類のスキル類は、玩具アイテムの製造に関わるものであり、それはRPG的には意味の無いものだ。ゆえに店の共通ラインナップにそれらがあるはずもなく、二人は職人街の店へと赴いたのである。
職人街にあってもスキル屋には違いない。ショーケースにずらりとジェムが並べられている、まるで宝飾店の様な店内はこちらも同じだ。そんな店に男女二人で入るということに若干びみょ~なものを感じつつも、そこら辺は下手につつくとマズそうだという共通認識の下、何食わぬ顔でスキル屋へと入る。
メジャーどころのジェムが並べられているスペースはあっさり通過し、この店固有の品揃えを確かめに行く二人だったが――
「…………予想外に多いと思わんかね、絵梨さんや」
「奇遇ね。…………私もそう思うわ」
ずらりと並べられた様々なジェムを前に、しばし途方に暮れてしまうのであった。
先日、突発クエストクリアに向けてジェムを爆買いしたのは、メインストリートにあるスキル屋であり、その時も固有ラインナップを一応確認したのだが、これほどの数は並んでいなかった――というか、ほんの僅かだったのである。
もっともこれは当たり前の話で、メインストリートの特色は駆け出しの冒険者向けの品揃えであり、その頃にはそもそもスキル屋に用などないのだ。また基本的なスキル類は心得によって取得でき、それ以外のあると便利なものは共通ラインナップに含まれてしまうのである。
一方で職人街のスキル屋には、職人作業の細かなアシスト関連のアーツがあれやこれやと取り揃えられているのだ。
「お、これ面白いな。<ミシンAT化>」
<ミシンAT化>
裁縫作業において、シフトレバー操作の必要がなくなり、ペダルのみで速度をコントロールできるようになる。ただしペダルを全く踏んでいないときでも少しずつ前進するようになり、またマニュアル時と比較して最高速度が若干落ちる。
完成品の品質に若干のマイナス補正が入る。
「……それって完全にレースゲームの仕様よね? 開き直っちゃったのかしら、開発。あ、こっちも面白いのを見つけたわ、<魔法使いの弟子の匙>」
「ヲイ。なにゆえ“魔法使い”じゃなくて“弟子”なんだ?」
「それは説明を見ればわかるわ。使える使えないは置いといて、こっちもネタ臭は感じるわね~」
<魔法使いの弟子の匙>
錬金作業において、匙(かき混ぜ棒)のコントロールがオートで行われるようになる。ただしあまり連続で作業を続け過ぎると、匙が釜から逃げ出してしまうことがある。アーツのレベルが上がることで、逃げ出す確率は下がる。
完成品の品質に若干のマイナス補正が入る。
「あ~~、アニメ映画の古典であったな、そういうの。あれは箒だったっけ?」
「そね。魔法で怠けようとしたら、箒が予想外のことをしちゃって……って感じだったと思うわ。こっちは匙だけに、文字通り…………いえ、やめときましょ」
なんとなく口に出してしまうと、ちょっと上手いことを言うどころか、寒いダジャレになってしまいそうな予感がして、絵梨は途中で引っ込めたようである。
それはともかく、以上二つのアーツからも分かるように、このスキル屋固有のラインナップにある作業アシスト系アーツは、作業のサポートをするというよりも、ミニゲームの仕様を簡単にするコンフィグに近いものであり、その分ペナルティがあるというものだ。
基本的に作業はミニゲームをクリアできればいいので、ペナルティを課せられるコンフィグ系アーツなど必要ないのでは――とお思いかもしれないが、それはイエスでもありノーでもある。
確かにコンフィグ系アーツは無くても、ミニゲームはちゃんとクリアできる仕様に、一応なっている。しかし当然のことながら、生産品のレベルが上がるほど難易度は上昇し、最終的にはどうなるかというと、リズムゲームの最高難度楽曲を想像してもらえばだいたい合っているという、とんでもないものになるのだ。
職人プレイヤーが<得意分野>の選択でいわゆる本職を定めると、そういったハイレベルの作業に対応できるアーツを習得していくので、回数をこなしてアーツのレベルを上げていけば、本職の作業に関する限りはどうにかなるレベルに落ち着く。
本職以外の職人作業に関しても上級アーツを幾つか習得できるのだが、それだけではハイレベルの作業をするにはいささか心許ない。かといって上級アーツの習得クエストは非常に煩雑で、職人道を極めようと覚悟を決めた者でも限り、根性的にも時間的にも手を出せないのが普通だ。
要するに、そこまでのやる気はないができる限り自分で作りたい、という職人プレイヤーにとってコンフィグ系アーツは大きな価値があるのだ。同時に、本職の作ったものとは品質に差が出るので、本職の手による製品の価値も相対的に上がるという側面もあるのである。
絵梨と悠司は、いままでまともにチェックしてこなかったアーツ類に興味を惹かれ、しばらくツッコミを入れたり、ダメ出しをしたりしながら一つ一つチェックして――はたと我に返った。今探すべきはコレじゃない。
「危ない危ない、笑えるスキルが結構あるから、思わず目的を見失うところだった」
「そ……そうね。図鑑とか辞書とか、なんとな~くページを捲るうちに時間が過ぎてることがあるけど、そんな感じね。……っていうか、こんな探し方じゃキリないわよ?」
「(辞書……だと??)だよな~、正直こんなに多いとは予想外だった。このまま探してたら終わりそうもないし、もう店員さんに……」
絵梨の言葉にあった気になるポイントを華麗にスルーした悠司が、面倒だから店員に聞いてしまおうとしたところ、さりげなく近寄って来た女性店員が声をかけてきた。この見事なタイミング、なかなかデキる人物のようだ。
「何かお探しでしょうか、お客様?」
「あ~、ハイ。ちょっと目的のものが見つけれられなくて。ってかなんて説明すりゃいいんだろう? 玩具アイテム関連のスキル……か?」
いざ聞こうとして、では何を探しているのかを説明しようとすると、目当ての物が結構アバウトなことに気が付く。視線を向けられた絵梨はちょっと首を傾げ、モノクルに中指を当てた。
「そうだけど……それだとちょっと狭いわね。……あの、このショーケースの中にあるものから、生産作業を簡略化する類のものを除外してリストアップ……とかってできますか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
割と面倒臭いことを言う客だな、と我ながら思いつつ要求を伝えた絵里だったが、店員さんは何の問題もないという風な対応をする。
内心で「できるんだ」と感心していたところ、二人はさらなる衝撃を受け目を見開いてしまう。店員がショーケースの表面をサッと手で払うような仕草をしたところ、ガラスがディスプレイになりジェムのリストが表示されたのだ。
呆気にとられる二人をよそに、店員は手元のタッチパネルコンソールで検索をかけ、絵梨の要求通りにリストを絞り込んだ。
「お客様。こちらで、よろしいでしょうか?」
「え……ええ。ありがとうございます」「……えっと、助かりました」
微妙にどもりつつ礼を言う二人に、店員は笑顔で「どういたしまして」と返事をし、コンソール表示を二人に渡すと、一礼してこの場を離れた。
「できるのか……リスト表示。しかも検索機能付きで」
これまでの例から考えれば、この程度の機能は予想できそうなものだが、現実感あふれる宝飾店風ショーケースから受けるイメージで、またしても意表を突かれてしまった。悠司の言葉には、どことなく「してやられた」というような響きがある。それを聞いた絵梨も、両手のひらを上に向けてヤレヤレポーズをしていた。
「ま、便利な機能なんだから、ありがたく使わせてもらいましょ」
「おけ。……さて、お目当てのものはありますかね~」
大幅に削られたリストの中から、二人は手分けしてチェックをし、ほどなくして目ぼしいアーツを複数発見する。
いろいろと制約のあるアーツではあるが、レシピを生成するためのアーツは発見できた。残念ながら装備品の属性を直接玩具アイテムに変換するようなものは見つけられなかったが、いくつかのアーツを用いて手順を踏めば、装備品そっくりの玩具も量産できそうである。
なお、専用のタレントが必要かもと思っていた玩具の作成は、レシピさえあれば該当する職人作業でできるようで、そこは一安心だった。職人スキルのレベリングは、慣れるまで集中力が必要とされる地味にハードな作業なのである。
二人は目的のジェムを必要数購入して、スキル屋を後にする。ちなみにお値段の方は、ゲーム的な意味を持たないアーツだからか比較的お安く、予算が潤沢な弥生ファミリーβにとっては問題にならない買い物であった。
「うし! これで量産化の目途は立ったな。後は合流して、清歌さんと協力していろいろ実験しなくちゃならんな」
「ええ、面白くなりそう…………って、あら? 考えてみれば結構脇道に逸れてたはずなのに、弥生たちから全然連絡がないわね。どうしたのかしら?」
「確かに。一体何やってんだろうな、あの三人は。ちょっと連絡するか……」
スキルのチェックに集中していた……というよりも、その前にしていた余計なことでいつの間にやら時間が経っていたことに気づいた二人は、今さらながら浮島へ向かったメンバーがまだ合流していないことを不思議に感じたようだ。
首尾よくこちらの用事は済んだので、早く合流して新しいことを始めたい二人は、予定から遅れている三人へ催促の連絡をする。――自分たちも余計なことで時間を取っていたことは、内緒にしておくつもりのようである。
『お~い、リーダー。こっちはお目当てのものをゲットしたぞ』
『……あ、もう買い物は終ったんだ。ってことは、計画は上手くいきそうなの?』
グループチャットから帰って来た弥生の返事は、微妙に時間間隔がずれているような発言だった。
『ええ、そっちは何とかなりそうよ。っていうか、もう終わったんだ……じゃないわよ。三人でいったい何してるの? 回収作業が難航してるって訳じゃないんでしょ?』
飛夏のストレージブレスが使えなくとも、聡一郎が池に入れば回収作業はあっさり済むはずだ。それ以外の理由があると確信している絵梨が理由を問いただすと、ある意味予想通りというか、清歌がそれに答えた。
『申し訳ありません、絵梨さん。いろいろと試していたら、時間を忘れてしまっていたようです』
絵梨と悠司は顔を見合わせて、同時に頷いた。やはり何かをやらかすのは、清歌だったようである。
『りょ~かい。……それで今度は、いったい何をやらかしちゃったの?』
『ふふっ、やらかしちゃったという程のことではありませんよ?』
『いやいやいや』『うむ。十分、驚きだ』
『……君たち一体、何があったのかね? 結論を言いたまへ』
兎にも角にも何が起きたのか確認せねば話が先に進まない。放っておくとボケとツッコミの連鎖になりそうなので、悠司は結論を問い質した。
『わはは、驚くがよい! なんと清歌が二体目の魔物を仲間にしたのだ』
『捕捉しますと、花畑に浮かんでいた白いものが、実は魔物だったのです』
というわけで綿毛は魔物でした。まぁ、予想通りですねw
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