#3―08
清歌の発見した浮島はほぼ円形で、少なくとも地上部分に目立った起伏はなく、目測で直径は五十メートルという程度だ。島の端から端までを一目で見渡せる程度のサイズは、現実の地理的な感覚で言うならば、むしろ大きな岩とでも言った方がいいかもしれない。
その中央から十メートルほどずれた位置に一本の大樹があり、その周辺を苔むした遺跡のようなものが囲んでいる。そして島の中心から大樹を見て左手の方向に滾々(こんこん)と水の湧き出る池があり、そこから小川が島の外へと流れ出ていた。
遺跡となってしまっている建造物から推測するに、元はこの島全体を敷地とする屋敷があったのだろう。そして何らかの理由で放棄された後、主なき屋敷の中庭にあった木が、屋敷を壊しつつ大きく成長した――というバックグラウンドなのではないだろうか。
島の中を一通り見て回った悠司が仲間の姿を探すと、屋敷の門だったであろう場所に、なぜか弥生と絵梨が呆けっと立ち尽くしていた。何をやっているんだろうと思い、二人の視線の先を見て――悠司もその場に立ち止まってしまう。
この島はところどころに岩が転がっている以外、基本的に緑に覆われおり、中央にはほぼ円形の花畑がある。弥生と絵梨の視線はその花畑の中心、色とりどりの花が咲き乱れる場所に立つ清歌に向けられていた。
花畑には白いふわふわとした綿毛のような何かが漂っていて、弥生たちが近寄ると離れていってしまうそれらは、なぜか清歌にはじゃれつくように周囲に浮かんでいる。清歌は手のひらを上にして両手を広げ、穏やかな微笑みで小さなものたちが戯れるのを見守っている。
時折悪戯をするように綿毛たちが清歌のすぐそばまで近づき、長い黒髪や襷をふわりと躍らせている。どうもそうすると、清歌がくすぐったそうに表情を崩すのが楽しいらしい。確かにその表情は、いつもの落ち着いた佇まいとは異なる、どこかまだ幼さの残るただの高一の女の子で、それを見る弥生たちもほっこりしてしまう可愛らしさだった。
「絵になるな、彼女は」
いつの間にか悠司の隣に並んでいた聡一郎が小声で言う。それに悠司は無言でうなずいた。そう、確かに絵になる光景で、これを直接見られたというだけでなんとなく得した気分にもなれるのだが――どうにも声をかけづらいという問題もあるのだ。
(ここは彼女の親友を自任する、我らがリーダーにお願いしましょうか)
『んじゃ、任せた。ゆけリーダー!』
視線は清歌の方に向けたまま、悠司が弥生へチャットを飛ばす。なんとなくそれはリーダーにお願いするというより、ボール状のカプセルから仲間モンスターを敵にけしかけるような感じだ。
『ぐぬぬ、こんなときばっかりリーダー呼ばわりするとは。……とはいっても、確かにこのままじゃ何も先に進まないし……、仕方ないか』
弥生が一歩踏み出し、絵梨もその後に続く。悠司も聡一郎とアイコンタクトを取って歩き出した。
先に声をかけたのは、弥生たちが近づいてくるのに気付いた清歌の方からだった。
「あ、皆さん。探索は終わったのでしょうか?」
「うん、取り敢えず気になるところはチェックしたよ。ねぇ清歌、そのふわふわ浮いてるのって……ナニ?」
「さぁ……それが良く分からないのです。少なくとも採取できるアイテムではないようですけれど……」
「どれどれ……そうね、素材マーカーは出ないみたいね」
弥生たちが近寄ったことで、清歌の背後に隠れてしまった綿毛を絵梨がモノクルで確認する。――というか見た目は綿毛のようにしか見えないが、その振る舞いには意志があるように感じられる。果たして?
「まあ、それはいったん置いておこうや。探索結果の報告もあるが、まずは……」
「うむ、クエストを受注するべきだろうな」
弥生ファミリーβの一同は大樹の元、台座部分が少々苔むした六角形の石板――要するにパーティー用クエストボードを遺跡風にアレンジしたものだろう――を囲むように移動した。
「っていうか、彫刻とか質感とか完全に古代遺跡なのにさぁ~~」
「言うな、弥生。俺も突っ込みたくてたまらんのだから」
「そうよ~。たぶんこの世界では、古代にこの技術が確立されていたのよ。で、それを現代的にシンプルにしたのが冒険者協会のアレなの。……っていうことにしておきましょ、ね?」
石板風にアレンジされているとはいえクエストボードには違いない。――ということで冒険者協会にあるものと同じく、とても見やすくディスプレイ表示されるのだ。
「確かにこれはちょっと……風情がありませんよね」
「う~む。システムウィンドウなどはかなり自由に表示をカスタマイズできるというのに、これは少々奇妙な気がするな」
「アレ? なんか表示されてる……」
なんと聡一郎がカスタマイズと発言をした直後、ディスプレイに表示カスタマイズメニューが現れたのだ。選択肢は“通常”と“石板風”の二つ。弥生は恐る恐る“石板風”を選択した。
すると今まで液晶ディスプレイが張り付いたような状態だったものが、石板に文字が彫刻されているような表示へと変化した。その上、フォントもところどころがかすれている様な、マンガなどで人外のモノが精神に語り掛けるときに使われるようなアレに変化している。表示が日本語なのはご愛敬だが、少なくとも石板にはよくマッチした表現と言えるだろう。彫刻表示となった文字を、フリック操作でスクロールできるというのは結構新鮮で面白い。それはいいのだが――
「「「「「……………………」」」」」
五人は黙り込んだまま顔を上げてそれぞれを見回し、そこに皆同じ言葉が書いてあることを確認した。すなわち「なぜ、最初からこっちにしないのか?」と。
しかし数多くの経験を積み成長した彼女たちは、ここで素直に突っ込んでやるような疲れる真似はもうしないのである。ぴたりと一致したタイミングで五人は頷くと、おもむろに冒険者ジェムを取り出し、そのままクエストを受注するのだった。
クエストの内容は清歌の言っていたポータルゲートの修復である。受注したメンバーそれぞれに異なるミッションが与えられ、全てを達成することで修復が完了するということのようだ。
当然のことながらクエストが完了するまでポータルゲートは使用不能だが、受注した時点でこの浮島は安全地帯扱いとなったので、ここでのログイン・アウトもできるようになっている。
クエストの具体的な行動としては、弥生と聡一郎の前衛組は特定の魔物を倒して、指定された素材を集めること。絵梨と悠司はそれら収集した素材を用いて職人仕事を行い、ポータルゲートを修復することだ。清歌に与えられたミッションは少々変わっていて、指定された魔物を捕まえてこの浮島に放すことだった。
なお、それぞれに必要となる情報、レシピ、捕獲用のアイテムなどは受注したときにそれぞれ受け取っている。
五人は現在、池の畔に腰を下ろして、クエストの内容と探索の結果について情報交換をしているところである。なぜ池の畔なのかというと、実はこの池がポータルゲートの“受け皿”部分なのだ。
「ほほ~、確かに池の底に割れた玉が……。きっとアレがポータルの球体部分なんだろうね。っていうか、引き上げなくちゃいけないんだよね?」
池の底に沈んでいるものを見ていた弥生が顔を上げ、生産組の二人に視線を向けた。
「ああ。あの壊れたパーツ自体が素材の一つだからな」
「……この池結構深いわね、私でも腰までは軽くつかりそう。……ちょっと面倒かしらねぇ」
「あ、それについてはヒナに確認したところ、水の中でもストレージブレスは問題なく使えるようなのです。ですから、重さ次第ではヒナに回収してもらいましょう」
「お~、キミはできる子だね~」
弥生がそう褒めつつ、飛夏をナデナデする。ちなみに毛布化はしておらず、清歌と弥生に挟まれる位置でおとなしく座って(?)いる。褒められたのが嬉しいのか、尻尾がゆっくり左右に揺れていた。
「……なんとなく、飛夏は水が苦手そうに思っていたのだが、大丈夫なのだな」
「あの、聡一郎さん。ヒナは“竜”なのですけれど……」「ナナッ!」
呟くように言った聡一郎のイメージに、清歌が確認というか訂正を加え、飛夏自身も抗議するように鳴いた。
「む、そうだった。……どうも俺は勘違いをしていたようだ。すまないな、飛夏」
「ナ~ナ~」
素直に謝る聡一郎に、飛夏も「いいってことよ~」という感じで応じる。言うまでもないことだが、聡一郎は外見から猫と同じような性質を持っているのではと、なんとなく思っていたのだ。ちなみにそれは他の三人も同じだったようで、微妙に目が泳いでいる。
「えっと、じゃあ回収はヒナに後で試してもらうとして……探索の結果を確認しておこうよ」
「そね。……この浮島、簡単に行き来できるようになれば、結構便利な場所よ」
この浮島、狭い割にアレコレいいものが採取できるようなのだ。
まず一目瞭然なのが植物系の素材だ。特にポーションや錬金の素材となる花やハーブなどが、いろいろと採取できるのである。さらにまだ扱えないために詳細は不明だが、大樹の葉も素材として使えるようだ。
次にこの島に住み着いている虫系の素材である。今のところ、これらが必要になるレシピがないためにすぐには使えないのだが、採取ポイントを確保しておけば必要になったときにすぐ採取できるし、単純に売却して資金にしてしまうという手もある。
石系の素材は一見なさそうだが、大樹の向こう側に数個ある大岩から鉱石が採掘でき、小川の底に転がっている石には宝石の原石があるようだ。
唯一の樹木である大樹には伐採ポイントがないので万能とまでは言えないが、それでも十分に使いでのある採取場なのである。
「ただまぁ欠点もあって、種類はともかく一度に採取できる量は、一般的な採取ポイントよりも少ないみたいだな」
「ま、このゲームならその程度のことは想定内ね。正直、かなり魅力的な場所だから、すぐにでもクエストに取り掛かりたいところなんだけど……」
絵梨が途中まで言って言葉を切ると、清歌を除く三人は一様に悩まし気な表情になる。どうにもクエストの難易度が良く分からないのだ。
まず素材収集のターゲットとなる魔物については、レベル自体はヒノワグマと同等程度のようだ。ただそれはテスト時代にも見たことのない敵で、その上生息場所がスベラギ西エリアなので、いろいろ注意しながら一から探さなければならない。
それらを使って行う職人仕事についても、投入する素材のレアリティと量から察するに、難易度はそこそこの高さで、現在の力量でもどうにかなるレベルだ。しかしプロセスがやたらと複雑なのである。パーツを作って、素材となる薬品を調合し、それぞれ錬金で変化させて、更に組み立てて――とそんなことを繰り返すのだ。仮に途中で失敗しても、コアである壊れたポータルゲートのパーツはなくならないのが救いだが、作業はやり直しになってしまう。
要するに、難易度そのものは問題ではなく、その代わりひじょ~に手間暇のかかりそうなクエストなのだ。RPGにありがちな、あっちこっちを移動してNPCの御用聞きをして世界中を巡るお使いクエストも大概だが、これもその類と同じ臭いのする面倒臭さだ。レベル上げを兼ねられる分だけまだまし――とでも思うしかない。
「う~ん、これはちょっと覚悟して取り組まなくちゃダメな感じだね~。……清歌の方はどうなの? 難しそうなのかな?」
「どう……なのでしょうか。要求されている内容の表現が少々曖昧で、判断しづらいところですね」
困惑した表情で清歌はそう言うと、クエストの内容を表示させたウィンドウを広げて弥生に渡した。
「え~っとなになに……樹木を棲み処とする魔物。ただし木の葉を主食とするものでなければならない……?」
「ふ~ん、木の葉を主食に、ねぇ。お次は……っと、水中または水面を棲み処とする魔物。ただし水と光のみを糧とし、かつこの島の池に収まるものでなければならない……?」
「確かにはっきりしない表現だな。……んで最後は、二足歩行で道具を使える魔物。ただし魔力のみを力の源とし、身の丈が最低一メートル以上ある魔物でなければならない……?」
「ふむ。さらに注釈があるな。……なお、適切でない魔物を連れてきた場合、魔物は必ず元いた場所に還してあげるように……??」
ウィンドウは弥生から絵梨、そして悠司、聡一郎と手渡されて、それぞれ内容を読み上げられていった。確かに清歌の言うように表現が曖昧で、特定の魔物を指定していない。しかも使用する属性やスキルなどではなく、その生態が条件に指定されているという厄介さである。
確かにこの浮島に定住させる魔物なのだから、食性などが条件に指定されるのはおかしな話ではない。――ないのだが、ゲームにそれを求める必要は本当にあるのかと、このクエストを設計した開発スタッフを厳しく追及したいところだ。
「ってかアレだ。最後の注釈は突っ込むっていうより、ちょっと笑えるな。捕まえた生き物は、元いた場所に還しなさい……って感じなのか?」
「フフッ、そうねぇ。適当に放すと、きっと生態系を破壊しちゃうのよ」
取り敢えずどうでもよさげな注釈部分から、悠司と絵梨が潰していく。まあ一応ペナルティということなのだろうが、何しろ飛夏という強力な移動手段を持つ清歌なのだ。空飛ぶ毛布でひとっ飛びすれば、大抵のところへはあっという間についてしまう。
「う~ん、なんだろね、この注釈は? 適当に捕まえた生き物を捨てるようなことをさせて、現実でも同じ感覚になったらまずいってことなのかな」
「ふむ。現実への影響についてはかなり考慮しているようだから、それもありそうな話だな。……まあ、それよりも肝心の魔物の方はどうだ?」
「そうですね……一応、思いつくことがないわけでもないのですけれど……」
あっさりそんなことを言う清歌に四人は目を丸くするが、具体的に目星がついているというわけではなく、あくまで現実や一般的なファンタジーの知識から推測したら、とのことだ。そもそも清歌は町の外での活動がまだまだ少なく、従って知っている魔物も少ないのである。
「現実の方で考えると、一つめはコアラが当てはまりますね。名前は分かりませんけれど、確か葉っぱを主食にする鳥も何かで見た覚えがあります。二つ目の方は水草の類ならどんなものでもよさそうです」
「あ~、なるほど。現実の知識で考えれば確かにそうよね。それを手がかりに探す方が、手あたり次第よりずっといいわね。……三つ目については?」
「あ、ハイハ~イ。私、分かったよ! ズバリ、ゴーレムでしょ!(ドヤッ☆)」
元気良く手を挙げて宣言する弥生。確かにゴーレムならば、二足歩行で道具を使えるという条件に当てはまる。動力炉もおそらくファンタジー的な何かだろうから、エネルギーは魔力でいいはずだ。間違っても常温核融合炉が搭載されているだとか、どこかと電源ケーブルで繋がっているなどと言うことはない。――と思いたい。
「まぁ、このゲームのことだから、探せばどこかにアンドロイドとか魔導ロボとかもいる……かも?」
「……あり得る。ま、それはともかくだ。確かコアラと水草なら、テストプレイの時にいたんじゃなかったっけ?」
「うむ。だがコアラの方は確か遭遇率がかなり低かったはずだ」
「ええ、そうだったわ。……どうやら清歌の方も一筋縄ではいかないみたいね」
情報交換を終えたところで時間いっぱいになり、五人はそのまま浮島でログアウトした。実はスベラギの町以外の場所からログアウトするのは、地味に初めてのことである。
いつものようにVRウェアの上に軽く羽織る程度の着替えをし、ただ今フードコートにてランチを食べているところである。ちなみに今日のメニューは、女性陣三人はサンドイッチとスープにデザートというランチセットをお揃いで、悠司は夏野菜カレー、聡一郎はラーメンとチャーハンのセットを頼んでいる。
余談だがこのフードコートの飲食店は、ファミレスやファーストフード店など一般的な外食産業が出店しているものである。それらの中には期間限定で入れ替わる店もあり、悠司が頼んだカレー専門店はこの夏限定らしく、専門店ならではの味と辛さが気に入った悠司は三回に一回は頼んでいた。
「そういえば、いろいろとオドロキの出来事が連続で忘れてたけど、悠司からちょっと面白そうな提案があるのよ。ね?」
美味そうにカレーを食べていた悠司が顔を上げる。今日のカレーは野菜の甘みとスパイスの辛みが複雑に絡まっていて、辛さという点ではマイルドだがこれはこれでなかなかだ。
「ああ。……いや、でもクエストに取り掛かりたい気もするしなぁ~」
スプーンの手を一旦止めて悠司がぼやく。悠司の提案はいわばユーザー企画のお遊びであり、多少の金策にはなるものの、今回のクエストをクリアして得られるものに比べれば大したものではない。さらに言えば、今後<旅行者>は普通に増えていくのだから、いつ始めても構わないのだ。
「それは取り敢えず内容を聞いてからだよ。なにも、クエストだけに専念しなくちゃいけないってわけじゃないんだからさ。……そんで、どんな話なの?」
「それはだな――」
悠司はまだ企画にもなっていない思い付きを、カレーを食べつつ皆に話した。途中で悠司の妹に興味を持った清歌が不用意な一言を言ってしまったために、悠司の妹自慢トークが炸裂して話の腰が折れそうになるというアクシデントもあったが、弥生と聡一郎の激しいツッコミによりどうにか無事に説明が終わった。
さて、それを聞いた反応はというと――おおむね良好のようだ。
「面白そうじゃん。私はやってみたいけど、みんなはどう思う?」
「私も賛成です。……もっとも私の場合は、普段の活動がほぼその方向性ですね」
「あ~、確かに清歌の場合は、相手がNPCから旅行者に替わるだけよね。私も、やってみるのも面白いんじゃないかって思うわ。私らのプレイ方針は目一杯楽しむこと、なんだから」
「うむ、よいのではないか。まあ、俺は素材収集で協力することくらいになりそうだが。……いや、西エリアを中心に素材集めをすれば、クエストと同時進行も可能か」
確かに聡一郎の言うように、クエストの内容を考えると西エリアの探索はいずれ必要になってくる。その西エリアとは素材の宝庫なのだから、採取と並行してターゲットの探索も行えば一石二鳥である。――悠司発案の企画は実行に問題はないようだ。
「よ~し、じゃあ悠司発案の“旅行者のお小遣いを巻き上げろ作戦”は採用ってことで、オッケ~?」
「異議なしです」「ええ、もちろん」「うむ。問題ない」
「ちょ、待った! 人聞きが悪いぞ! ネーミングに問題がありまくりだ!」
「ふっふっふ……(ニヤリ★)」
長らくチーム名でからかわれている弥生が、ここぞとばかりにちょっとした復讐をしたようだ。とはいえ、内容的に間違っているわけでもないところが興味深いところである。悠司の名誉のためにフォローすると、ニュアンスとしては「消えてなくなってしまうはずのゲーム内通貨をその前に回収する」という感じで、リサイクルやリユースの発想に近いものである。
「まぁ、ネーミングなど気にすることはない。それよりも問題なのは商品だ。賛成しておいてなんだが、俺にはいいアイディアなんぞ出せんぞ?」
悠司の抗議をあっさりぶった切る聡一郎が、割と情けないことを堂々と宣言する。
ちなみに聡一郎は、女性陣三人に対してはいろいろと気を遣った物言いをするのだが、悠司に対してはかなりズバズバと切り込んでいく。そちらの方が素の聡一郎であり、二人が気安い間柄であることの証明でもあるが、しばしば今回のようにぞんざいな扱いになるので、悠司が思わずジト目になってしまうのも無理からぬところである。
「う~ん、アイディアかぁ。冒険者相手の商品ならいくらでも思いつくんだけど、旅行者相手となると……」
「旅行者だってファンタジー気分を味わいたいだろうから、一種のコスプレ用としての装備なんてどうかと思うんだが?」
「ふむふむ、なるほど……ん? ってか旅行者って武器とか装備できるのかな?」
「あ……そういえばそうだな。装備品は装備可能レベルの設定があるな」
「旅行者にはレベルが無いから……どうなのかしらね?」
悠司の持っていたアイディアは早くも暗礁に乗り上げてしまったようだ。
皆が頭を抱え込んでいるところ、清歌が何かを思いついたように手をパチンと合わせて、自分のスマホ兼認証パスを取り出しあれこれ操作をする。
「例えばこういうものを、生産スキルで大量生産できないでしょうか?」
テーブルの真ん中にとある画面を表示させたスマホを置き、清歌が疑問と提案を同時にした。画面に映っている所持アイテムの画像表示を覗き込んだ直後、四人の目が点になった
「へ!? コレって」「えっと、清歌?」「むう。よくできているな」「ああ……だが問題はそこじゃない」
そこに表示されていたモノ、それはまんまるボディに三角耳、小さな角に尻尾と羽をもつ、清歌の従魔第一号にして弥生ファミリーβのマスコットの地位を既に確立した飛夏であった。――ただし“木彫りの”である。ちなみにアイテム名は“名称未設定”だ。
「清歌、これって……ナニ?」
「それはもちろん、“木彫りのヒナ”ですよ(ニッコリ☆)」
「そりゃ、見ればわかるんだが……。ってか、どこで手に入れたのこれ?」
「手に入れたと言いますか、私が作ったものですよ、これは。あ、ちなみに伐採した木材から、ノミと彫刻刀で削り出した一点モノです!(ニッコリ☆)」
「「「「………………」」」」
これはおかしい。と四人は思い、すぐに言葉を返せなかった。少なくとも清歌は、というか<魔物使いの心得>には、生産関係のタレント・アーツがない。そしてスキル屋で買ったジェムも移動系のアーツが中心で、生産系の物は習得していなかったはずである。そもそも、仮に木工系のタレントを取得していたとしても、こんなアイテムのレシピがあるとは思えない――これはいったい?
「あ! そうか、これって……」「ああ、<玩具>アイテムなのね!」
謎の答えに気が付いたのは、やはり生産職である悠司と絵梨であった。
<ミリオンワールド>のアイテムは一般的なRPGと同様、いくつかのカテゴリーに分かれている。
武器や防具などの<装備>、ポーションなどの回復アイテムやコテージなどが含まれる<消耗品>、倒した魔物から得た戦利品や採取などによって入手する様々な<素材>、イベントなどに必要の譲渡や処分が不可能な<貴重品>などである。ちなみに<冒険者ジェム>や<ダイアローグジェム>などもアイテムの一種であり、<貴重品>に含まれている。
そして最後に、<玩具>カテゴリーというアイテムがある。これはRPG的には全く意味のないお遊びアイテムであり、ジョークグッズやパーティー用品の類をイメージすると分かりやすいだろう。
基本的に無くてもいいアイテムであり、実際清歌を除く四人はこのカテゴリーのアイテムはほとんど持っていないし、使ったこともない。それ故にすっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。
しかしゲームの脇道をひた走る清歌にとってはおなじみのアイテムだ。例えば数多く取り揃えている画材の類や、愛用のギターもこのカテゴリーなのである。
「そうだわ、考えてみれば清歌の着物だって装備品じゃないんだったわねぇ」
「ああ。そういや素材を手作業で加工すると、全部アイテム属性が玩具になるんだった。はなっからやるつもりがなかったから、頭から抜け落ちてたが……」
「そうね。生産活動の注意事項であった気がするわ。テスター時代の頃だから私も忘れてたわ……これは不覚ね」
生産職にもかかわらず、基本的なことに気が付けなかったことが悔しいらしく、二人は渋い顔をしている。
「ま、まあそこは仕方ないんじゃないかな。そもそも私らは使わないんだしさ。それよりも!」
弥生が空気を換えるように明るい声で注意を引く。
「確かにこの“木彫りのヒナ”はかわいいし、私も一個買って部屋に飾りたいくらいだけど……ゲームの中で売れるのかな?」
「う~ん……案外、売れそうな気がする。一回でもプレイすると旅行者もマイページができて、履歴やら入手アイテムやら確認できるらしい。清歌さんが実物のヒナを横に置いてコレを売ってたら、どうせ消えるお金ならって、ノリで買っちゃいそうな気がしないか?」
清歌を除く四人は再びスマホの画面を覗き込み、さらに顔を上げてニコニコしている清歌を見て、そして顔を見合わせ同時に頷く。――確かに売れそうな気がする。
「う~ん、確かに売れそう。っていうか、ホームに飾る置物として冒険者も買ってくかもしれないから、もしかすると結構な数が売れるかも……」
「むう、確かにな。いっそ縫い包みを作れんのか? 毛皮アイテムとかを使って」
聡一郎の言葉に一同がはっとする。確かにそちらも売れそうな予感がする。どうやらゲーム的な意味のあるアイテムではなく、玩具カテゴリーに絞って考えればあれこれとアイディアが出てきそうだ。
「となると問題は、大量生産の方法ってことになるわな」
「そうね、問題点を挙げていきましょ」
まず手作業で作った一点モノの玩具を複製するためには、そのレシピを生成するための能力が必要になる。そしてレシピを元に生産するための能力も必要かもしれない。木工や鍛冶で玩具アイテムの生成ができるのかは、これまでに試したことがないのだ。
そこまでクリアできれば大量生産は難しくない。そもそも生産スキルには、同じものを連続で既定数成功させると、標準品質で大量生産することが可能になるという機能があるからだ。
またついでに装備品を玩具属性に変換できるようなアーツもあれば、武器防具も旅行者用にコスプレアイテムとして提供できそうである。
「じゃあ、次は町に戻ってスキル屋巡りだね! うん、これは楽しくなりそうな予感がするよ!」
「そうですね!」「ええ」「いいのが見つかるといいな~」「うむ、だな!」
玩具アイテムの設定は最初からあったのですが、説明がこのタイミングになってしまいました。
一応、着物が装備品ではないとは記述しておいた……はず。