#3―07
「んん!? どこ……だ? 聡一郎、分かるか?」
「う~む言われてみれば……そんな気がするという程度だな。この範囲だが……」
聡一郎が両手の人差し指と親指でフレームを作り、それを動かさないようにして上半身を少し逸らす。悠司が横からひょいとそれを覗き込んだ。タイプは違うがそこそこのイケメン二人が寄り添う場面に、絵梨がなにやら怪しげにニヨニヨしている。
「ん~~あ~~、ああ! なんかびみょ~に揺らぎがあるように見えなくもない……と疑いがあるって程度には、違和感があると言える……ような?」
否定に否定を重ねてさらに疑問符を追加するような、曖昧すぎる表現をする悠司とは反対に、絵梨がモノクルを中指で触れながら自身ありげに、かつ少々自慢げに言う。
「も~~、だらしないわね悠司は(ニヤリ★)。私のモノクルにはちゃ~んと、はっきりと素ん材が認識できているわ」
「絵梨さんや……。そりゃ存在ではなく、素材ではないのかね?」
「あら、素材って言ったつもりだったけど、ちょっと訛ったかしら。……ま、モノクルの機能で、素材マーカーがかろうじて見えるわ。レンジギリギリみたいだけど」
悠一の疑問にしれっと答えてネタ晴らしをする絵梨。さて、残る二人はというと――
「え~~、どこどこ、みんな分かったの? 私には分かんないよぉ~」
「弥生さん……」「え? ひゃう!」「……この、辺りですよ」
しゃがんで谷を覗き込んで泣き言を言う弥生を見かねて、清歌が背中にぴたっとくっつき、手を回して指差す。目線を合わせるために、頬と頬を触れ合わせるほど寄り添っている様子は、これが街中で人目もはばからずだったならバカップルの誹りを免れないところであろう。
(はぅ! さ、さやかがぴとって……すべすべのほっぺが……やわからいかんしょくが……じゃなくて! いまはしゅうちゅうしなければ! わ、私は一応リーダーなんだから!)
VRでもしっかりと伝わってくる清歌の温もりと柔らかさに、なにやら不埒なことを考えそうになる自分の心に喝を入れ、弥生は清歌の指先に注目する。
(わ、この間も思ったけど、清歌の手って意外と大きいんだよね。指も長くて綺麗だなぁ……。やっぱり楽器をやってるからなのかなぁ)
――しかしながら、イマイチ集中はできていないようである。
「で、分かったの弥生?(ニヤリ★)」「ナ~ナナ~(ニヤリ★)」
「い、今見てるところだよ! ……ん~っと、あ! うん、私にも分かった。びみょ~に、ゆらっとして見えるところだよね?」
「はい、それです! ……そのポイントに例の島があります」
弥生ファミリーβは現在テーブルマウンテン山頂、その谷の間際に集合していた。
清歌はあの後絵梨と悠司にも連絡を取ってから、スベラギの町へと魔法で帰還。二人と合流して、山頂へととんぼ返りしたのである。なおその待ち時間に弥生と聡一郎は清歌のマーカーがあった辺りの谷へ移動しつつ、ついでに道中に遭遇した魔物を狩っていた。
そうして集合した谷――というか崖の間際で、清歌が島の場所を指し示したのだが、弥生たち四人は最初思わず清歌を見返してしまった。その場所には、ただ底の見えない黒い谷底が広がっているだけにしか見えなかったのだ。
詳しく聴いてみるとその浮島とやらは、いわゆる光学迷彩――いやファンタジー的用語を用いるなら幻影魔法によって周囲の景色に溶け込んでいるらしく、良く見ると景色に不自然な揺らぎを確認できるという程度なのだ。
そもそも清歌がその“ゆらぎ”を見つけられたのも、ほとんど偶然だったといい。
テーブルマウンテン山頂での狩りを始めた弥生と聡一郎から離れ、清歌は二人に伝えていたように植物や虫を採取しつつ、仲間にしたくなるようなかわいい魔物を探していた。その時ふと思いついて、ついでにマップ上にぽっかりと穴を開けている谷を観光しようと、ちょっと足を伸ばしたのである。
底が見えないほど深い谷という、これまで見た事のない威容に感動した清歌は、もしかしたらテーブルマウンテンの登山道のように、どこかに降りられるルートが用意されているのではと思い、注意深く観察しながら谷に沿って歩き始める。そして程なくして視界の端に、何か不自然な揺らぎを見つけたのだ。
「それで、確認せずにはいれられなくなって、揺らぎに向かってダイブした……と?」
悠司の若干引いた口調での問いかけに、清歌がニッコリと笑顔で頷く。それを見た他の四人の反応はほぼ悠司と同じだ。なにしろ空飛ぶ毛布で飛んでも脱出できないほど、谷のかなり深い位置にその“ゆらぎ”はあるのだ。
「清歌ってば、も~~。そりゃVRだから命の危険はないけど……っていうか、浮島があったからいいけど、何もなかったらどうするつもりだったの?」
弥生の疑問に「そういえば」という感じで、改めて全員の視線が清歌に集中した。
「それは大丈夫です。ちゃんと転移魔法の準備をしてから、空飛ぶ毛布に乗って飛び降りましたから。あれが何か確認したらすぐに町へ戻るつもりでした。……空中でも転移魔法が使えることと、ヒナも一緒に町へ戻れることはすでに確認済みです」
どうやら清歌は清歌なりに考えて、一応死なないように段取りは整えた上で谷底ダイブを敢行していたようだ。
「ただ、“ゆらぎ”を通り超えた瞬間、突然陸地が現れたのはさすがに予想外でした。転移魔法の準備は無駄になってしまいましたね(ニッコリ☆)」
――などと笑顔で清歌はのたまうが、では脱出手段を整えたからといって思い切り良く飛び降りられるかというと、誰もができるわけではない。最終的には恐怖心が邪魔をするのだ。
「まぁ、清歌の思い切りの良さは今に始まったことではないし、そこはいいでしょう。それよりも浮島についてだけど、恐らく隠しマップの一種でしょうね。浮島全体に何らかの魔法が掛かっていて、存在を隠しているってことじゃないかしら。……私が思うに、この大樹が幻影魔法を張っていると見たわ(ドヤッ☆)」
絵梨が大樹の写った写真ウィンドウを表示させ皆に示しつつ、モノクルをキラリと光らせて推測を話す。
RPGと呼ばれるゲームにおいて隠しマップというのは、割とありふれた仕掛けだ。古い二次元タイプの物では、行き止まりや視点の問題で隠れてしまっている場所にすり抜けられる壁があるパターンが多く、その次の世代である三次元で構築されているものだと、視点を移動・回転させることで発見できる隠し部屋への道、という手法が現れる。
今回のケースは割と古典的な部類で、簡易表示のミニマップには映らないが実際にそこへ行くと小さな島がある――というようなものに近い。付け加えると、この手の隠し要素には何某かのイベントをクリアすることで、マップ上に表示されるようになる場合もあり、その点でも一致しているようだ。
「その推測についてはいいんだが、なんというか……う~む」
「ナニよ、ソーイチ。私の推測に何か不満でも?」
何か釈然としない様子の聡一郎に、口を尖らせて絵梨が言う。
「そうではなく、飛夏のような特殊な移動手段を持たないパーティーは、いったいどうすればいいのかと思ったのだ。どうにもこの浮島自体が……なんというかフェアじゃない存在のような気がして、落ち着かないというか……」
聡一郎の言葉にそれぞれが考え込んでしまう。いろいろと意地の悪い仕掛けの施されている<ミリオンワールド>だが、支払った労力の対価として得られるもの、という点ではきちんとバランスをとっているように思える。さて、今回の場合どうだろうか。テーブルマウンテンは時間さえかければ、誰でも登頂できる。谷の中に何か気になるポイントを見つけることも、目ざとい人ならば可能だろう。しかしせっかく発見したその場所にはかなり特殊な条件を満たさなければ辿り着けないとなると、正直言ってストレスを感じると言わざる得ない。
確かにこれはフェアじゃないんではなかろうか――などと考えていたところ、違う見解を示す者も一人だけいた。誰あろう、島を発見した清歌である。
「おそらく……浮島に辿りつくことは、ヒナがいなくても可能だと思います」
その発言に驚いて全員の視線が清歌に集まる。清歌は皆の顔を見渡してから詳しく考えを述べ始めた。
ダイブしていた時を思い返してみると、谷の中は普通なら風が巻いていそうなものだが、前後左右から風にあおられるということは全くなかった。従ってパラグライダーやハンググライダーなどを用いれば、それほど苦労することなく浮島へ降り立つことができそうなのだ。これが現実ならばその手段自体が困難なのだが、ここでは<スキル>という便利なものがあるので、さほど高いハードルでもない。それらのジェムは普通に店で販売されているので、必要なのはお金だけなのだ。いかに高価なものとはいえ、ブランケットドラゴンなどという特殊過ぎる魔物をゲットするよりは遥かに簡単である。
「極端な手段になりますけれど、思いっきり助走した上でジャンプして上手にスカイダイビングをするか、エアリアルステップで飛距離を稼ぐことができれば、辿り着くこと自体はできると思います」
言われてみれば、なるほど確かに不可能ではない。風にあおられることなく理想的な軌跡で落下できるのならば、いくつかの手段はありそうだ。
「……ま、まぁ最後の手段は落下ダメージが問題になりそうだが、そこは能力値次第で何とかなるかもだしなぁ。なんなら付与魔法で能力値を上げとくって手もあるし」
「そうね。……というか考えてみれば、浮遊落下の魔法でもかけておけば、普通に走り幅跳びで届くんじゃないかしら」
「あれ? じゃあ浮島があんなに下にあるのって、意地悪じゃないのかな?」
「うむ、そうかもしれん。……結局、問題は飛び出せるか否か、だろう」
清歌の説明を受けて考察を進めた結果、最初の問題点へとループしてしまう。結局のところはプレイヤー自身の度胸がモノを言うという、ある意味では公平な仕掛けのようである。
さて、議論が終わったところで弥生ファミリーβには一つ、決めねばならないことがある。――どうやって五人が浮島へ移動するか、である。
「一番の安全策は清歌に往復してもらって、三人ずつヒナに乗って上陸するってことだけど、それだと清歌にばかり面倒かけちゃうし……」
「そうだなぁ~。って言っても、他に妙案があるわけで無し……」
どうにもここ最近、清歌を便利に使い過ぎているような気がして弥生には忸怩たる思いがあるのだ。悠司もその気持ちには同意を示しつつ、しかしこれといった代案もないために言葉が続かない。
そんな二人の思いやりに清歌は微笑んで答えた。
「私一人でしたらヒナに乗ってひとっ飛びですから、特に面倒という程のことではありませんけれど、多少の時間はかかってしまいますね。……あと軟着陸できるという点では確かに安全策ですけれど、基本的に自由落下なので、安心策ではないかもしれません」
「えぇ!?」「あ、そういうことね」「むぅ」「……そりゃ、盲点だったな」
落下速度をコントロールしようとすると、飛行高度の問題からMPがあっという間に枯渇してしまうのだ。ゆえに清歌は飛び降りるとき、基本的に自由落下しつつ横方向に移動していたのである。ちなみに毛布に寝そべって頭だけ出すという体勢で、下を確認しつつの落下であった。
「あ~、空飛ぶ毛布の消費MPは飛行高度で急上昇するんだったわね。まあ風を受けながらのことだから、本当の意味での自由落下ではないんでしょうが……それでも普通に絶叫マシン並よねぇ」
飛夏の高速急降下を体験している絵梨の言葉には実感がこもっており、共に体験した悠司も遠い目をして納得している。
「ふふっ、そうですね。ローラーコースター程度のスリルは感じられると思いますよ? ……ところで絵梨さん。確か浮遊落下は習得されていますよね?」
清歌も含めて五人全員、このパーティーは移動系のアーツを多数習得している。言うまでもなく突発クエスト早期クリアのための下準備であり、皆が覚えるなら出資者の清歌も覚えておこうということになったのである。
<浮遊落下>とは自由落下の速度を和らげる魔法で、覚えたてのレベルでも落下ダメージが出ないギリギリまで落下スピードが抑えられる性能がある。また、その前に清歌の発言にあった<エアリアルステップ>とは空中を歩けるようになるアーツ――というよりも、空中に片足がどうにか収まる程度の足場を作るというものだ。ちなみにこの足場は踏みつけると一秒足らずで消えてなくなる仕様であり、本当にステップを踏むための技である。
「え? ええ。……って、まさか!?」
驚いてまじまじと見返してくる絵梨に、清歌は悪戯っぽい笑顔で応じると、さらに聡一郎の方を見てちょっと首を傾げて見せた。さしずめ「ご一緒しませんか?」というお誘いといったところだろう。
「清歌嬢が行くというならば、俺も付き合おう。さっきの話を聴いてから、なんとなくできそうな気はしていたのだ」
「はい。ジャンプとエアリアルステップだけでは着地に不安がありますけれど、浮遊落下の魔法をかけて頂ければ、大丈夫そうですよね!」
「うむ。着地さえクリアできれば問題はないな!」
並外れた身体能力と度胸を兼ね備えた二人だからこその、豪語とすら思えるような物言い。しかし二人は楽しそうで、それが不可能なことだとは微塵も思ってはいないらしい。
「む~~(二人が凄いのは知ってるけど……なんか……面白くない~)」
どうやら二人の間には友人としての親しさとは別の次元にある、互いに同等の能力を持つ者に向ける共感や敬意とでもいうべきものがあるようで、弥生はそれを目にすると明瞭な言葉にできない、モヤモヤとした黒い感情が胸の中に渦巻くのを感じるのだ。
あれこれ突出している清歌が、聡一郎という一面での同志を見つけられたのは喜ぶべきことだ。――そう頭では分かっているものの、その相手に自分がなれないということを残念に思ってしまうのだ。それは誰にでも起こりうる、自身ではどうにもならない感情なのだが、弥生としてはなんだか自分がとても心の狭い人間であるかのように思えて、少々凹んでしまうのである。
そんな弥生の頬をつついて、絵梨がからかうような声をかける。
「なぁに? 清歌と同じことができるソーイチに嫉妬しているのかしら?(ヒソヒソ)」
小声なのは清歌に聞こえないようにという配慮なのだろう。だが小さな声でもその言葉はグサリと弥生の心に突き刺さってしまったようだ。――もし仮に、聡一郎が清歌と共感できるほどの力を持っていなければ、こんな感情は怒らなかったに違いない。
「……そういう感情はしゃあないわな。卑屈にならないように、上手く付き合っていくしかない。ガンバレ、弥生(ヒソヒソ)」
悠司が同じく小声で会話に参加しつつ、慰めるように弥生の頭をポンポンと優しく叩いた。
「あら、ユージ。ずいぶんと、分かったようなことを言うじゃないの」
「そりゃ、出来のいい義姉ができてからずっと、その手の嫉妬やら劣等感やらとは長い付き合いだからな。……つうか、絵梨だってそれが分かるから言ってんだろ?」
「…………鋭いじゃない、ユージの癖に! フフ、まあそういうことよ。あっちこっち尖がりまくってるあの子の親友をやってくなら、上手く折り合いをつけていくことね」
「うん……アリガト、二人とも。……がんばるよ~」
二人の優しさに、ちょっとだけ気持ちが浮上する弥生だった。
「ヨシ! じゃあ気を取り直して、どうするか決めよう!」
どうにかモヤモヤを脇に追いやった弥生が、元気な声で宣言する。スカイダイビング(浮遊落下付き)に清歌と聡一郎がチャレンジするにしても、他の三人がどうするかを決めなくてはならない。
「……気を取り直して、ですか?」
「あはは……そこはちょっとスルーしといて、ね。……あ、そうだ清歌。一つ確認なんだけど、ヒナに浮遊落下の魔法はかかるのかな?」
「ん~、気になりますけれど、承知しました。……あ、魔法については問題なくかけられます。従魔は基本的に冒険者と同じ扱いのようです」
「ふむふむ。……ということはほぼ同じ速さで降下できるはずだね。で、二人とも?」
弥生が清歌と聡一郎に順番に目線を合わせた。
「ほんと~に、やる気なの?」
「はい。もちろんです」「うむ。俺もやろうと思う」
力強く即答する二人に、弥生たち三人は思わず吹き出してしまった。――なんというか、共感云々は脇に置いておいて、この件に関しては同じことができなくてもまぁいいか、と思えてくる。できないものはできないと割り切るしかないのだ。
――などと若干開き直りの境地に達した弥生は、念のため上手くいかなかったときのことを考え、清歌と聡一郎には転移魔法の準備をすることだけは確認して、これ以上は引き留めないことにする。
「じゃあ、イノチシラズな二人には生身でジャンプしてもらって、私たちは空飛ぶ毛布に乗せてもらおう。絵梨と悠司で二人とヒナに浮遊落下の魔法をかけて、思いっきり助走してジャンプ。みんな、それでいい?」
メンバー全員を見渡して弥生が手順の最終確認をする。イノチシラズと言われた二人は、肩を竦めて苦笑いしている。
「は~い、承知しました」「ええ、オッケーよ」「了解だ」「うむ。問題ない」
そして五人はそれぞれ配置につく。清歌と聡一郎は助走の為に二十メートルほど離れて配置につき、弥生たち三人は崖際で大きめの毛布に変身したヒナの上に乗って待機する。この後、弥生の合図で二人がスタートし、射程範囲内に入ったところで魔法を掛け、三人の乗ったヒナを間に挟むような格好で浮島へ向けてダイビング、という手筈である。
「ああ、念のため絵梨と悠司は、浮遊落下が途中で切れそうになった時のために、魔法の準備はしておいてね。『……だから清歌と聡一郎は、なるべくヒナから離れないように。羽目を外して跳ね回っちゃだめだからね!』」
『弥生さん、心配し過ぎですよ~』『ああ。慎重に行く』
途中でチャットに切り替えた弥生の呼びかけに、二人が返事をする。釘を刺したことを無視して、仲間に余計な心配を掛けるような二人ではないので、これで大丈夫――のハズだ。
『よ~し。行くよ! 二人とも、レディ~~~、ゴ~!』
弥生の掛け声とともに二人が同時にダッシュを始める。射程に入ると同時に浮遊落下の魔法を掛け、更にヒナにも魔法を掛ける。タイミングを合わせるために聡一郎が多少手加減をしたようで、二人が同時に崖っぷちに到達した。
「ヒナ、着いてきて!」「ナッ!!」
清歌の呼びかけと同時に飛夏も動き出し、五人は谷へと大きく飛び出した!
清歌と聡一郎がエアリアルステップで二歩、宙を踏んでさらに大きく前に出る。走り幅跳びの選手なら、この後大きく体を折り曲げて記録を伸ばすところだが、二人はそのまま前のめりになり、両手両足を広げてスカイダイビングの姿勢になる。魔法で落下速度が抑えられているとはいえ、見事なバランスのとりようだ。
『二人ともやたら上手いけど、スカイダイビングの経験なんてないんだよね~』
『ええ、ないですよ~』『うむ、バンジージャンプすらない』
落下するということから連想したらしい聡一郎の返答は若干的外れで、それを聞いた絵梨が呆れたようにツッコミを入れる。
『バンジーは関係ないでしょ、ソーイチ。っていうか二人とも凄いわね~。悲鳴を上げるほどじゃないけど、こっちは毛布に乗っていてさえ結構怖いっていうのに……』
『……だな。底が見えないから高さはイマイチ分からんが、浮遊落下のレベルが低いから、結構速さが出てるしなぁ』
ある程度までで加速は抑えられているが、視界に入る崖の岩肌は上に流れていくようであり、下から来る風圧も普通に喋るのは困難な程だ。
『あ! みんな下を見て。“ゆらぎ”がはっきりと分かるくらいになってる』
毛布の縁をギュッと握りしめつつ、頭の半分だけ出して下を見ていた弥生が声をかける。確かに上から見た時はかろうじて違和感がある程度だったものが、はっきりと確認できるようになっている。
目を凝らすと、ゆらぎの向こう側にうっすらと浮島の姿も見える。どうやら浮島全体を大きく覆うドーム状に、幻影魔法が展開されているようだ
もう少し前に進む必要がありそうだったので、二人は姿勢を戻すとエアリアルステップで前へと進み勢いをつけると、再びスカイダイビングの態勢を取る。これで飛距離も十分足りそうだ。
『もうすぐ……ですね』
清歌の言葉の数秒後。揺らぎの膜を超えると――視界に色鮮やかな景色が一気に広がった。
「抜けましたね!」「うわぁ~!」「綺麗……」「これが……」「おぉ!」
真上から見た浮島はとてもカラフルだ。大きな緑の円の大樹、その周辺には黒っぽい幾何学的な線をえがく苔むした遺跡、キラキラと光を反射する池と小川、そして全体を色とりどりの花が彩っている。
本当ならしばらく見惚れていたいところだが、残念ながら現在進行形で落下中であり、少なくとも清歌と聡一郎にはそんな暇はない。このままギャグマンガよろしく大の字で落っこちたところで、ダメージは魔法のおかげで大したことはないだろうが、ここまできてそんな様にならない着地をするのは二人のキャラではない。
二人は着地に備えて姿勢を整えて、それぞれ危なげなく着地を決めた。ちなみに聡一郎は着地と同時に跪くように体を沈めて衝撃を和らげ、清歌はエアリアルステップを再度使用して、階段を下りるように軽やかに着地するという風に、若干手法は異なっていた。
ワンテンポ遅れて到着した空飛ぶ毛布から弥生たち三人も降り立ち、浮島への上陸ミッションは無事完了したのであった。
二度目の上陸となる清歌を除く五人は、しばらく無言で周囲を見渡していた。
これまでに見てきた<ミリオンワールド>の世界は、ところどころ妙に現代的だったりSF的だったりとツッコミどころはあるものの、さほど現実からかけ離れてはいなかった。――しかしこの浮島は、それらとは異なり非常にファンタジックな印象を受ける場所であったのだ。
「写真を見た時も思ったんだけど……なんていうか、他の場所とは違うよね。ココ」
「うむ。……これぞ正に、というファンタジーだな」
「そうよねぇ、深い谷に隠された宙に浮かぶ島なんていかにもよね。ご丁寧に一本だけの大樹よ。……本当にあったんだ、レベルよ」
「な、俺が言おうと思ったセリフを……ってのは半分冗談だが。実際目の当たりにすると、違和感あるよなぁ。浮島のどこから水が湧いてくるんだ……とか」
「も~~、なんでみんなそうツッコミたがるかなぁ……」
純粋に感動を表す弥生と聡一郎に対して、絵梨と悠司はツッコミまじりの感想だった。一応フォローしておくと、二人も感動はしているのだ。ただ、<ミリオンワールド>を始めてからこっち、仕掛けられた罠やらネタやらに突っ込みまくってきたため、「ただ綺麗なだけの景色があるのか?」と、いささか疑心暗鬼気味なのである。
「ふふっ、そうですね。お二人とも、あまりにツッコミが過ぎると、無粋の誹りを免れませんよ?」
「あ、あはは。なんか疑り深くなってるのかしら、ねぇ?」
「あ~、そうかもな~。うん、これは気を付けないといかんな。……ブスイと言われるのは、ダサいと言われるより堪えそうだ」
割とマジな感じで悠司が反省をする。絵梨にしても、このままでは開発の罠にかかってツッコミ体質が定着しそうだと嫌な危惧を抱いてしまい、これからは突っ込み過ぎに注意しようと心に決めたのだった。
辺りをキョロキョロと見回していた弥生は、大樹の根元に冒険者協会にあるパーティー用のクエストボードっぽい石板があるのを見つけた。恐らくあの場所でクエストを受注できるのだろう。――しかし、その前に……
「えっと……ねぇ、みんな。ちょ~っとあれこれ気になって落ち着かないから、クエストは後回しにして、先に島をそれぞれ探索……ってことにしない?」
「はい。承知しました」「ええ、私もいろいろと気になるわ」「オーケー、俺も探索したい」「うむ、了解だ」
……おかしい。島に辿りつくのにこんなにかかるとは・・;
次回は、浮島の詳細について。
ちなみに、超古代文明的制御ルームや、地上を攻撃する兵器などは搭載されておりません。……念のためw