#1―02
クラス委員たる弥生が、クラスメイトの中で最も気にしている人物は、親友である絵梨と聡一郎を除けば清歌だ。
それは例えば、自分の子供っぽい容姿と比較して、彼女の大人っぽい完璧なルックスに対して抱く憧れとだか、あるいは単純に超絶美少女とお近づきになってみたいなどという個人的でヨコシマなものだったりもする。――むしろ心情的にはそっちがメインといえるかもしれないが、クラス委員という立場としても、どうにも浮いた存在となってしまっている清歌をクラスに馴染ませたいという希望があるのだ。
清歌自身が意識的に孤高を貫いているならそれでもいい。それならば弥生の行動はおせっかいになってしまうし、そこまでするのは主義じゃないのだが、どうやら清歌はそういうタイプではない。クラスメイトには積極的に話しかけるようにしているし、昼食時の輪の中にも入っていこうとしている。今の状態はよくないと感じ、ちゃんと行動しているのだ。もっとも、あまり効果は上がっていないが。
上手くいかない理由はたった一つ、単純明快だ。
清歌の突然の襲来――「その言い方って無いと思います(ぷんすか)」――おっとこれは失礼。心の準備をする間もなく、不意に話しかけられた四人は、まさにその理由に直面していた。
(ど、どど、どうして黛さんがここにって、クラスメイトだし、今日は日直だったし、さっき生物室に残ってたし理由は分かるけど…………。はわぁ~~。こんなちかくでみたのはぢめてだけど、すんごいびしょ、う……じょ……)
予想外の事態に、心の声が途中でかな表記になってしまう弥生だった。
――とまあこんな具合に、緊張してしまうのだ。しかも清歌は話すとき相手の目をちゃんと見るので、本来それはいいことでも結果的に相手を萎縮させてしまい、会話が途切れる結果に繋がっている。
四人の中でまず緊張を自力で解いて復活したのは弥生だった。何しろこれまで直接話す機会が無く、彼女とクラスの状況に手を拱いていたのだ。向こうから離しかけてくれるなんて千載一遇のチャンス、これを活かさないのではクラス委員の名折れだ。――と思ったわけでは決して無い。
いや、弥生の名誉のために若干補足するならば、普段の彼女ならば半ば直感的にこのチャンスを活かそうと、何らかの行動に出ただろうことは間違いない。それは義務感であるし個人的な願望でもある。
だがゲームモードが起動(脳内的な意味で)している今の彼女は“普段の”彼女ではない。しかも友人グループ三人集まった文殊の知恵でも得られなかった、ブレイクスルー的プランを持っているような謎めいた(?)発言をしていたのではなかったか。
そのことに気づいた弥生にとって、クラスの状況だとか、金縛りのような緊張だとか、教室に入ってきてからここに到るまでにまったく気配を感じさせなかったことだとか、いつから見ていたのかだとか、このボスに到達するにはかなりのやりこみが必要なのにだとか、そもそも彼女はゲームなんてやるのかだとか、他にも山積みのアレやコレやなど、もはや完膚なきまでにどうでも良かった。
弥生は振り返り、ガシッと彼女の二の腕を掴むと魂の言葉を叫んだ。
「アレの斃し方知ってるの!? よけない方がいいってどゆこと!!」
突然詰め寄られて驚いた清歌だったが、すぐに立ち直ると我知らず自然と微笑んでいた。なぜならば、きっかけはいま一つはっきりとしないものの、こんな風にフランクに(ちょっと違うような気もするが)クラスメイトと話せるのが高校入学依頼初めてのことで、とても嬉しかったから。
ほんの少し時間は戻る。
清歌が七組の教室に入ると、そこでは男女二人ずつの四人組が一つの机を取り囲むようにしていた。確かあの席はクラス委員の坂本さんの席だったはずとよく見ると、席に突っ伏しているのは恐らく彼女だろう。ふわふわのセミロングの髪が似合っている、とても可愛らしい顔立ちの彼女は、若干きつい目つきにコンプレックスを抱いている清歌にとってちょっとした憧れだった。
彼女の友達らしい他所のクラスの少年が場を明るくするように話しかけると、弥生がムクリと起き上がった。そして四人で机を覗き込みながら、何やら難しげな議論を始める。そういえば弥生には隣の八組に幼馴染の彼氏がいると噂で聞いたことがあるけれど、親しげな様子からすると、あの少年が件の彼氏さんなのかもしれない。
何をしているのかちょっとは気になるが、邪魔をしてもいけない。清歌は気配を消して自分の席へ向かおうとし――足を止めた。聞き覚えのあるゲームミュージックが耳に届いたからだ。
盗み聞きなんてはしたない、とは思ったものの好奇心が抑えられずに会話を拾ってみると、やはり清歌もプレイしている<GOD BEATER>の、昨日配信された追加コンテンツのボス攻略について話しているようだった。四人の隙間からひょいと覗いて確認してみると、果たしてそこには見慣れた携帯ゲーム機が置かれている。
彼女たちは「ひたすらよけ続ける」のが、かろうじて採りうる唯一のプランであると結論付けたようだ。清歌は頭の中で敵の攻撃パターンを思い浮かべてみたが、確かに不可能ではないだろう。ただ神業のような指捌きを長時間続けなくてはならず、あまり現実的ではないように思える。体の大きい方の男子――こちらはクラスメイトで、名前は確か相羽さん――が「メンタルの消耗戦」と言っていたが、まさにその通りだ。しかも小さな画面を見つめ続けるのは、それだけで結構目が疲れる。
ゲームの解き方を教えてしまうというのは、いわばミステリーを結末から読んでしまうようなマナー違反――なのかもしれない。でもこうやって相談しているということは、別の解決法を探しているということなのだろう。
(……なら、ヒントくらいは言ってしまっても構わないですよね)
それは自己肯定するためのただの言い訳であると自覚しつつ、清歌は声をかけることにする。せっかく会話に積極的に参加できるチャンスなのだ、みすみす逃すという選択肢はありえなかった。