表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第三章 発見と企画
29/177

#3―06

 ただ今時刻は二十時半すぎ、悠司は夕食後のひと時をリビングルームでのんび~りしていた。特に見るともなしにテレビのバラエティー番組を点け、ソファに仰向けに寝そべりながら、タブレット――家族共用のノートパソコンからディスプレイを取り外したもの――で<ミリオンワールド>ユーザーズサイトの情報を流し見ているという、この上なくだらけ切っている有様である。


 重要ニュースのトップには、<旅行者>参加の準備に集中メンテナンスをする予定が掲載されており、三日間ほど<ミリオンワールド>はプレイできなくなるとのことだ。その他にも更新されている情報をチェックしていると、画面の右手側からにゅっと香奈の顔が現れ、危うくタブレットを取り落としそうになる。


「びっくりした~。姉さん、驚かさないでくれよ」


「悠司くんがちゃんと座ってたら、問題ないでしょう? いくらなんでも、その恰好はだらしないんじゃないかな~」


「まぁ、そうかもだけど……別に俺だけだからいいだろ~」


 姉の注意は適当に流して再びタブレットに視線を向けようとしたところ、香奈の隣にもう一つの顔がにゅっと現れた。妹の結衣ゆいである。


「お兄ちゃんがそこに寝てると、ボクたちが座れないよ。だからどいて~」


「あれ、結衣もこっちに来たのか。……もう宿題はいいのか?」


 悠司は起き上がりつつ尋ねた。夏休みに入ってからの結衣は、夕食後に時間を取ってコツコツと宿題を片付けている。今日も分からないところを姉に教わりつつ、お勉強中だったはずだ。ちなみに香奈と結衣は同じ部屋である。


「今日の分はもう終わったよ!」


「思ったより早く終わったから、たまには一緒にゲームしよっかな~って、こっちに来たの。……別にテレビは見てないんでしょ?」


「あ~、あっちは適当に点けてただけ。……え~っと、何やるんだ?」


 悠司はタブレット端末をテーブルに置くと、コントローラーやゲームソフトなどをテレビボードの収納から取り出し始める。お兄ちゃんは妹に甘いのである。


 悠司の妹にして里見家の次女である結衣は現在小学三年生。活発で人見知りしない性格であるため友達が多く、夏休みに入ってからは毎日のように遊びに出たり、友達が遊びに来たりしている。テレビゲームも普通に好きだが、どちらかというと外に出かけるのが好きなようで、今は健康的な小麦色に日焼けしている。


 優しげで可愛らしい顔のつくりは、香奈よりも悠司の方に似ている。髪を短くしているので今はまだ男の子っぽい印象があるが、あと三~四年もすればクラスの三番目か四番目ぐらいに可愛い女の子になりそうな感じだ。


 結構カワイイけれど高嶺の花というほどの美少女ではなく、社交的で男女ともに仲良くなれるこういうタイプの子は、案外一番モテるタイプだったり――「な、なにを言う! 結衣に彼氏なんてまだまだまだ早い!」「そそ、そうよ! 男女交際っていうのはもっと大きくなって、分別がついてから……」――だから先の話ですって。このシスコンどもめ――「「シスコンで何が悪い(のよ)!」」――ダメダコリャ。


 ともあれ、家族に愛され見守られつつ、結衣はすくすくと成長中である。


「あ、これ……弥生ちゃんたちと始めたっていう<ミリオンワールド>のサイト?」


 悠司が適当にテーブルに置いたタブレットを、キーボード側にちゃんと戻していた香奈が、表示されていたサイトに気が付いて尋ねる。


「ん? ああ、そうだよ。……っていっても、一般向けのオフィシャルサイトじゃなくて、ユーザーズサイトの方だけど」


「ふ~ん。…………えと、それってどう違うの?」


「あ~、オフィシャルサイトってのはゲームの宣伝で、どこが面白いとか、ゲームの始め方とかが載ってて、ユーザーズサイトの方はイベント情報とか、アップデートの予定とかそういうプレイヤー向けの情報が載ってるものだな」


「ふむふむ」「おー、これがチマタデウワサの<ミリオンワールド>なんだ」


 いつの間にか香奈の横から結衣もサイトを覗き込んでいる。最近悠司が友達と始めたという時代の最先端を行くゲームには、結衣もちょっと興味があるのだ。微妙に片言なところは、単に覚えた言葉を使ってみたかっただけなのだろう。


「ユーザーズサイトの方は、ゲーム内で撮ったスクショ……写真を見たり管理したりもできる、らしい。……ああ、使ったことないんだよ」


「お兄ちゃん、ボク写真見たい!」「あ、私も見たいな」


「オッケ。そんじゃあログインしてと……」


 悠司は個人ページにログインして、写真スクリーンショットの管理画面を表示させた。いつの間にか結構貯まっていたようで、サムネイルがずらりと並んでいる。その中から取り敢えずグループ全員で蜜柑亭の前で撮った、記念写真っぽいものを選択して大きく表示させた。


「わ~。お兄ちゃん、サムライみたい!」


「ふ~ん、悠司くんこういう髪型も似合うかも……(期待する目)」


現実リアルでは絶対やらないから。いやいや、そんな期待した目で見られてもしないから」


「「え~~~!」」「(妹よ、お前もか……)」


 悠司のリアルイメチェン計画についてはさておき、姉妹は感想を言い合いながら次々と写真を表示させていく。


「ねぇ、お兄ちゃん。このすんごいカワイイ人ってアイドル? 芸能人?」


 画面に表示されているのは、路上ライブをしているときの清歌だ。ちょっと変わった和風の衣装にギターというのは一見ミスマッチなのだが、これがアイドルや芸能人のライブだと考えれば、それほど変でもないように見えてくる。結衣の感想も納得できるというものだ。


「あ~、彼女は俺らの仲間。信じられないことにただの一般人であって、アイドルでも芸能人でもない」


「え~~? だって、こんなかわいかったら絶対アイドルになれるよ! いますぐデビューでセンターだよ!」


「あはは。なんのグループを想像してるのかは置いておくとして、確かにこの子は芸能人ではないよ。……一般人とは言い切れないかもしれないけど」


「??」「姉さん、余計なことは言わないでくれまいか……」


 余計なことを言ってまぜっかえす香奈に軽くツッコミを入れつつ、別の写真を表示させる。写真は悠司が撮ったものだけではなく、仲間から転送してもらったものも多数ある――というか、そっちの方が多い。特に清歌の撮ったものは多い上にやたらとハイレベルで、構図もタイミングもバッチリ決まったそれらは、まるでプロモーション画像のようである。


 特に飛夏をゲットした後の写真には空撮も混じるようになっていて、非常に高い位置からスベラギの町全体を映している写真などもある。この写真を見せられた時、いったいどうやって撮影したのか清歌に聞いたところ――


「ヒナのMPが尽きるまで高く飛んで撮影しました。その後の自由落下はちょっとスリリングでしたね(ニッコリ☆)」


 ――ということらしい。放っておくと、たま~にとんでもないことをやらかすお嬢様である。


「これって、ゲームの世界に入って遊べるんだよね? 面白い?」


 様々な場面が写された写真に目を輝かせている結衣が尋ねる。体を動かして遊ぶのが好きな結衣には、テレビゲームよりもVRの方が向いているかもしれない。


「正確には“ゲーム世界に入る”ってのはちと違うんだが……。まぁ、面白いのは間違いないな。……結衣もやってみたいか?」


「うん、やってみたい! できるの?」


「あ~~。残念ながら、今はまだ難しいなぁ。九月になれば……もしかすると……」


「ちょっと悠司くん。そんなこと言って大丈夫なの?」


 不用意な発言で結衣の期待を煽り過ぎないように香奈が窘める。もっとも悠司とて、全く無責任に言ったわけではない。


「まあ<冒険者>の抽選はとんでもない倍率だろうけど、<旅行者>でなら何とかなる……かもしれない」


「あら? でもそれって、出来ることが少ないんでしょう?」


「うん、<冒険者>と比較すれば。でも例えば……」


 悠司はアルバムの中から街並みの写真を数点選んで表示させた。ヨーロッパのどこかのようでありながら、そこかしこにゲーム的ファンタジー的なポイントが散りばめられている、不思議な魅力のある風景だ。


「こういう世界に観光に行くと思えば、それだけでも面白いんじゃないかな。<旅行者>向けのアトラクションもできるって話だし」


「ふむふむ、アトラクションね。外国に遊びにったついでに、遊園地にも行けるって感じなのかな? ……あれ、お金ってどうするんだろう?」


「お金? そういえば……ゲーム内通貨はあるけど、<旅行者>の場合どうなるんだろう?」


 ノートパソコンの画面は結衣が見ているので、自分のスマホ――<ミリオンワールド>認証パスを兼ねたデバイスをスマホとして機種変更したものだ――で旅行者に関してのプレイマニュアルを表示させ斜め読みする。


「ええと……<旅行者>には、プレイごとにゲーム内通貨が一定額配られる、って書いてある」


「要するに、お小遣いが支給されるのね」


「そうみたいだな。十分に遊べるだけの金額らしいけど、残金があっても次のプレイへ持ち越しはできないって……」


「お兄ちゃん、お兄ちゃん! これ、すごい! 空飛ぶ絨毯?」


 とある写真を表示させた結衣が、興奮気味に悠司の言葉を遮った。そこに映っているのは清歌や絵梨と一緒に採取に出かける前に撮った写真で、空飛ぶ毛布に変身した飛夏に三人が並んで座っている。


「あ~、いや絨毯じゃない。それは毛布だな」


「え、毛布? まいっか。……だって、飛べるんだよね? ボクも乗れるかな~」


 目をキラキラさせながら結衣が食い入るように画面を見つめている。他にも何枚か空飛ぶ毛布に乗っている写真を表示させては、「お~」とか「わぁ~」と声を上げている。


「なるほど~、これは確かに面白そう。私も乗せてもらえるのかな?」


 見れば香奈も同じく興味深げに画面を覗き込んでいた。やはり空を飛べるというのは、ファンタジックな街並みがどうこういうよりもインパクトが大きいようだ。


「コレは清歌さんの物なんだが……ま、乗せてもらえると思う。二人が<ミリオンワールド>で遊ぶときには、俺から頼んでおくよ」


「わ~い、やった~!!」「ありがと、悠司くん!」


 嬉しそうにしている結衣の為ならば、清歌に頭を下げることなど何ほどの物でもない。妹のいる兄とは、普通そういうものなのだ! などと自分のことを一般論にすり替えつつ悠司はそんなのことを思う。――まあ、そもそも頭を下げるまでもなく、清歌ならば頼めば快く乗せてくれるだろう。


「ところで悠司くん。……なんで毛布?」


「…………姉さん、それはこのゲームの開発者に聞いてはくれまいか」







 明けて翌日。本日一回目のログインは戦闘組と生産組とで別行動である。


 戦闘組は悠司と絵梨からの要望を受けて、これまでとは違う場所へと狩りに出かけている。サバンナエリア東に連なるテーブルマウンテンの上に生息する魔物で、強さとしては同格かやや下くらいなのだが、徒歩で行くとなるとかなりの遠回りをしなくては辿りつけないという、かなり面倒なターゲットだ。


 その魔物からゲットできる素材は、同ランクの中では比較的高性能かつ扱いやすく、様々な生産活動に使用できるという使い出のあるものである。ただ代替品があるため、これがなければ作れないアイテムというのもなく、狩りに行く手間を考慮するとそれほど旨みがあるわけでもない――というびみょ~な獲物なのだ。


 だがそれは普通(・・)ならばの話である。いろいろと普通ではない要素のある弥生ファミリーβには、少々どころではない旨みのあるカモとなるのだ。――言うまでもなく、清歌が二人を空飛ぶ毛布に乗せて狩り場まで送って行ったのである。


『っていうか、これぞまさしくズル(チート)って感じよね~』


 ――などとチャットで駄弁りながら生産活動をしている絵梨と悠司であった。


 今回の生産活動はポーションと鍛冶ではなく、絵梨は錬金を、悠司は裁縫をそれぞれ行っている。錬金とは複数のアイテムを合成して品質を上げる、或いは別のアイテムへと変換するといったもので、裁縫は文字通り布系の防具類を製作する作業である。


 ちなみに錬金は武器や防具を素材として突っ込むことで、性能を強化することもできる。また鍛冶で製作した強化ジェムを強化して、効果を上昇させることもできる。それ自体では完結しない生産活動だが、応用範囲の広いスキルなのである。


『確かに空を飛べるってのは、他の奴らから見りゃズルっぽく感じるだろうなぁ。っつっても、あの無茶苦茶なクエの正当な報酬なわけだし……』


『そね。コソコソ隠れて使う必要は全くないし……難しいところねぇ』


 それぞれ作業をしつつ話している内容は、図らずも開発が懸念していたことと同じだった。ちなみに作業とはいっても、やはり錬金と裁縫もミニゲーム的な仕様になっている。


 錬金は謎の液体が入っているでっかい窯が作業用の設備で、反応を見極めつつ火加減を調整し、大きな匙でかき回し、タイミングを見計らって素材を投入するという作業をする。


 一方、裁縫はミシンのような設備を用いる。蓋を開けて必要な素材を投入し、ペダルとレバー、そしてハンドルを操作しながら既定のラインに沿って縫っていくという作業である。要するにレースゲーム的操作が要求される作業であり、上級の作業になるとブレーキペダルやサイドブレーキの操作も加わるという、間違った方向で拘りのある仕様だ。なおテスターの間で、最も難易度が高い生産ミニゲームは裁縫だと言われていた。


 悠司は仕上がった納品クエスト用の革手袋を収納する。品質は最高ではないものの、駄弁りつつ割と適当に作った割には良い出来だ。レースゲームやリズムゲームのように、反射神経がモノを言うゲームは得意な方なのである。


『そういえば昨日のことなんだが……』


 飛夏の話題が出たことで昨夜のやり取りを思い出した悠司は、その時からぼんやりと考えていたことを相談してみることにした。


『へ~、噂の妹ちゃんも興味を持ったのね。ユージの家に行ったことは何度もあるのに、なぜか私は会ったことがないのよね~』


『そういえばそうだな。……じゃなくて、だ。マニュアルを見てちょっと思ったんだが、旅行者相手に上手く商売はできないもんかね?』


『ハイ? ……意味が分からないんだけど? 詳しく説明しなさいな』


 悠司の考えはそう複雑なものではない。旅行者に支給されるお金――香奈が言うところのお小遣いは、ログイン中に使わなければ消えてしまうので、基本的に財布のひもは緩いだろうと思ったのだ。


 今のところ弥生ファミリーβの台所事情はかなりの余裕があり、ガツガツと金策をする必要はない。ただホームの購入もそろそろ視野に入ってきているので、資金は多いに越したことはないのである。


『ぶっちゃけただの思い付きだから、どの程度の儲けになるのかは分からんし、労力に見合うとも限らん。……ただこっちは冒険者だから旅行者なんて知らんとばかりに、今まで通りのプレイだけってのは、なんつうかこう……もったいない? ような気がしてな』


『フフ、身内が旅行者で遊びに来るかもって話題になったから、そんなことを考えたのかしら。……まあ、分からなくもないわね。でも、具体的に何を売るつもりなの?』


『それは……まだ考えてない!』


『…………ユージくぅん? 先生、よく聞こえなかったわ。もう一度言ってくれるかしら?』


 チャット越しでも感じる絵梨のつめた~い視線に、悠司は危うくマシン――もといミシン操作をミスしそうになった。


『スマン。……ってか、これをやるなら、素材集めとか生産とかの時間をそっちに割くことになるんだから、俺らグループの活動(プレイ)になるわけだ。だからそこも含めて、いいアイディアが出るならやってみないかって相談なんだが?』


『ふ~ん、なるほどね。ちょっと面白そうな気もするし、私はそのプラン、乗ってもいいわ。……ただアイディアっていうのがね~』


『まあ一応、コスプレ用装備は売れるんじゃないかな~、とは思ってる』


『ナニよ、あるんじゃない。……ま、とにかく次に集合したときにみんなに話してみましょ』


『おっけ。じゃ、その方向で』







 一方その頃、テーブルマウンテン山頂へと出かけた戦闘組はというと順調に狩りをしていた。


「よし、だいぶ倒したな。……弥生、経験値や貰える素材を考えると、妙に弱い気がしないか?」


 ターゲットに止めを刺し、入手した素材を確認しながら聡一郎が気になっていたことを尋ねる。その言葉通りここまでの狩りは順調そのもので、戦闘というより狩猟といった方がいいという程度の歯応えだ。不意打ちで囲まれでもしない限り、ピンチに陥ることはないだろう。


「う~ん、最近は格上と戦ってたからそう感じるのかもだけど、確かにちょっと弱かったよね。……まぁ、私らはレベルの割にスキルが充実しているし、新装備もあるからな~」


 同じくゲットした素材を確認していた弥生が、その疑問に答える。事実、弥生と聡一郎は単純なレベルや能力値はトップではないが、スキルや装備なども含めた総合的な戦闘能力では間違いなくトップクラスなのだ。


 その上、互いの性格も良く分かっていて連携もバッチリとなれば、今さら格下相手の戦闘で後れを取ることはないのである。


「よ~し、もう目標は達成したね! 楽勝楽勝~」


「うむ、油断は禁物だが確かに楽勝だったな。時間的にもポーションの在庫的にもまだ余裕はあるが、もう少し狩っていくか?」


「う~ん、そうだね~……」


 弥生は破杖槌で肩をトントンと叩きながら周囲を見渡す。ざっと見たところ、ターゲットにしていた魔物の影はない。狩りを続けるなら、のんびり魔物が再出現するのを待つか、場所を移動して探さねばならないようだ。




 スベラギの南エリアと西エリアは森という緩やかな壁なのだが、東エリアとの境界にはこのテーブルマウンテンが正真正銘の壁として存在する。


 切り立った崖のような斜面には一応登山道のようなものがあり、かなりの遠回りをすれば誰でも歩いて、森と草原が広がるほぼまっ平らな頂上に辿りつくことができる。しかし、その平原を半分に分断するように底が見えないほど深く幅のある谷が走っているため、テーブルマウンテンを横断して東エリアへ抜けるのは事実上不可能となっている。


 隣接するエリアとは完全に切り離されているために、独自の生態系が形成されているということのようで、ちょっと変わった素材を落とす魔物がいたり、他では見かけない植物や虫系の採取素材があったりと、一種の秘境なのである。――秘境というには町から近すぎる、などとは突っ込まないで頂きたい。


 弥生と聡一郎が獲物を妙に弱いと感じていたのも、ここに棲息する魔物は基本的にこれといった天敵が存在しないため、そもそも戦闘が不得手という特徴があるためなのである。


 普通ならば来るだけでも大変な場所なのだが、空飛ぶ毛布という移動手段がある清歌にとっては、お手軽な近場の秘境に過ぎない。弥生たちと「ちょっとズルっぽいよね~」などと暢気に感想を言いつつ、ひとっ飛びでここに降り立ったのだ。


「……アレ? そういえば清歌はどこ行ったんだろ?」


「む、そういえば採取をしながら魔物を観察すると言っていたが……見える範囲にはいないようだな」


「もぅ、清歌ってば、ちょっと目を離すとこれなん……だ……か…………らぁ!?」


 まるで元気過ぎる小さな子を持つ母親のようなセリフを言いつつ、清歌の居場所を確認しようとマップを表示させた弥生がおかしな声を上げる。


「ちょ、聡一郎もマップ見て、大変! 『清歌、清歌! 返事して~』」


 何やら慌てまくって清歌にチャットを送っている弥生の様子に、これはただ事ではないと聡一郎も急いで清歌の居場所を確認して――その慌てぶりに納得した。


「これは……。弥生、清歌嬢は無事なのか!?」


 マップに表示されている清歌のマーカーは、マップ上に黒く表示されている深い深~~い谷のド真ん中にあったのだ。


 飛夏に乗っているんじゃないか、という推測は否定できる。これは清歌が(無茶な)検証をした結果判明したことなのだが、空飛ぶ毛布の飛行高度というのは絶対的な高さではなく、真下の地面ないし構造物までの高さで算出されるのである。


 ゆえにこのテーブルマウンテンの山頂でも乗れるわけだが、底が見えないような谷に入ろうものならば、瞬時に飛夏のMPが底を尽きて墜落してしまうことだろう。


『あ、弥生さん。どうかされましたか?』


 清歌にチャットがつながり、弥生はホッとして聡一郎に目配せをした。


『清歌嬢、無事なのか? マップでは谷の真ん中にいるように見えるのだが?』


『ええと……それがちょっと説明しづらい場所に居まして。今、メールを送ろうと思っていたところです。いずれにしても、戻る方法が転移魔法しかないので、もうちょっと辺りを調べてから町へ戻ろうと思います』


 清歌の言葉通りメールが着信する。とはいっても清歌も珍しく慌てていたようで文章はなく、写真が数枚添付されているだけだった。


 表示させた写真を見て弥生は息を呑んだ。一面に広がる色とりどりの花と、その上をふわふわと舞い飛ぶ白い綿毛のようななにか。いい感じに苔むしている、崩れかけた壁や柱といった遺跡。一本だけある堂々とした大樹。澄んだ水を湛えた池と流れる小川。陳腐な表現になってしまうが、それは楽園のような景色だった。


『清歌……すっごい素敵な場所みたいだけど、いったいどこにいるの?』


『それが、谷の深~い場所にあった…………浮島です』


『え!? 島?』『むぅ、地図に乗らない島か』


 清歌の報告に驚く二人。そして彼女はさらなる情報を提供した。


『あと、機能停止した<ポータルゲート>を見つけました。これを修復して使えるようにすると……この浮き島と簡単に行き来できるようになるみたいです』


 どうやら、新たなクエストが始まるようである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ