#3―05
とある一室、そこは照明を極端に抑えられて薄暗く、円卓を囲む男女の顔は、ノートパソコンのディスプレイで顔だけが青白く浮かび上がっていた。
――などということなら、秘密組織の会合風で面白いのだろうが、<ミリオンワールド>開発の会議室はごく普通の明るく機能的な部屋である。ちなみにスタッフの前にノートパソコンが並んでいるのだけは同じである。
その会議室では、定例会議と今回のメンテナンス作業に関する報告が、たった今終了したところだ。
「あ、プロデューサー、ディレクター、ちょっとお時間よろしいですか? プレイヤーグループの話なんで、議題にするほどのことじゃないんですが、運営から面白い報告があるんです。見ていかれませんか?」
「ほ~、面白い報告? 運営がグループのプレイをわざわざ報告するなんて、どんなネタ?」
「稼動前に考えてた僕らの想定だと、毎日時間いっぱいまでパーティーでプレイしてれば今ごろは……レベルは18、9ってところかな? まだそれほど無茶はできない頃だと思うけどね」
「五人でプレイをしているグループなんですが、レベルは一番高い子で18ですね。……ただ、全員すでに職業ボーナスを受け取っているんですよ」
「は!? んなバカな~」「あれ? あのクエは今どのくらいの難易度だろう?」
「今は第二段階で、四人はそれをクリアしてますね。で、残る一人はなんと、最高難度をクリアしてるんですよ!」
「…………えぇ!?」「……いや、それはさすがにウソだろう?」
「あはは、齋藤さんならきっとそう言うと思いまして、不肖私がログから動画を再現しておきました。見たいですよね? ……では、これをどうぞ~」
「…………この子はどうして、こんなにスタミナが持続してるんだ?」
「断続的に使用すれば……いや無理だな。そもそもこんな動きができるほど、スキルが育ってるわけないし……」
「ってことはこの子、まさかこれを自力で全部やってるの?」
「そうなんです、凄いでしょう? 最後の荷物も下に落とさずNPCを捕まえてますし、完璧にクリアしてるんです」
「このクエは一応生身の能力だけでクリアできる設定ですけど、ギリギリクリアできると言えなくもない難度をクリアしちゃうんですから、大したもんですよね~」
「驚きだな……理論上は可能だが、まさか本当にクリアできるプレイヤーがいるとは」
「まあ考えようによっては、我々の設定は適正だったと証明できたということだね。で、この子の受け取った報酬はなんだったの?」
「それが……、例のモフ竜だったんですよ~」
「お~! あれか~~」「あはは、そりゃ、アタリを引いたね~」
「卵が拾った会話では、やたらモフモフを期待してたみたいですよ。なのでユニコーン、グリフォン、白虎も候補だったみたいですね」
「ほほ~、モフモフをね。その四体はどれを引いてもアタリだけど、面白さと手触りはモフ竜がアタマ一つ飛びぬけているからね~。ぴったりだったねぇ」
「その後、報酬の大金を使ってメンバーのスキル類を買い揃えて、それを駆使して全員クリア……ってところかな」
「さっすが齋藤さん。その通りです! ちなみにスキルを買ってから、それを鍛えるのにかなりの時間を割いていたようですよ」
「……そのグループの子たちってテスター組なのかな?」
「四人はそうです。ただ一番にクリアした子は正式稼動からの参加ですね」
「ほぅ……凄い子たちだね。ああ、いやモフ竜の子だけじゃなく、グループ全体がね」
「ですね。……恐らくクエの発生条件を正確に予想して、狙いを絞って対策を立てたんでしょうね。そもそもこんなに早くクエを発生させたってことは、最初っから狙ってたとしか思えないしね」
「あ、そういえば」「え~と……、ああ、確かにほとんど外に出ていませんね」
「金の使い所も、思い切りもいいし……、うん、面白いね~。実にイイ!」
「まあ、プレイヤー全体に同じ事をされては困りますが、そうそう彼女たちのようなことはできないでしょうし。……こういう意外な行動をしてくれる子たちがいると、活気が出ますからね」
「ああ、でも……そうだねぇ~~」
「何か懸念が?」「う、このフリは……」「嫌ぁ~な予感がしますよ……」
「ハハハハ、そんな身構えなくても(ニヤリ★)。や~、モフ竜はいろいろ目立つからね。コソコソと隠すような子でもなさそうだし。もしかすると、不正疑惑とか話題になるかもしれない。……それじゃあ、ルールを守って楽しんでいるこの子たちが可哀想じゃないか。そうだろう?」
「仰るとおりですね」「確かにそれは……」「ちょっと理不尽ですよね……」
「だったら、そういう疑問の解消も含めて、これまでの感想や改善点とかをプレイヤーの皆から吸い上げるイベントをやろうよ」
「なるほど、オフィシャルの掲示板会議的なものを、イベントとして大々的にやってしまおうと。面白そうですね。いつごろやりましょうか?」
「そうだね……、旅行者に関する反応も見たいから、ちょうどセッションが折り返しをするあたりに入れよう」
「了解です。ではその方向で運営の方とも調整しましょう。よ~し、忙しくなるぞ~」
「…………ええ、忙しく……なるでしょうね~~(死んだ魚の目)」
「わ~~い。お仕事が増えました~~!(ハイライトの消えた目)」
会議の後に、ほんのちょっと雑談のネタを提供するつもりだったのが、とんだ薮蛇になってしまったようだ。メンテナンス作業が終わった直後だが、開発スタッフにはホッと一息つく暇もないようである。
『絵梨さん、そのまま下がると蜘蛛に近づきすぎます。今のうちに押し戻すか、反時計回りに移動をお願いします』
『了解よ!』
清歌からのチャットに対して返答しつつ、絵梨は状況を分析する。今のところ、状況はこちらに有利に展開している。ただ相手の繰り出してくる攻撃に吹っ飛ばし効果のあるものが多く、じりじり後退しながらの戦闘になっているのは否めない事実だ。
(移動するにしても、一旦距離を取った方がいいわね)
「悠司、足止めをお願い。弥生はその隙に、例の一発を叩きこんで!」
「了解だ!」「おっけ~! ぶっ飛ばすよ!」
スベラギ南西の森、ナップルの木が生えている地点よりもさらに西へ踏み込んだ辺り。ゲーム的に言うならば東と西のエリア境界線上付近に、ヒノワグマという獣型の魔物が徘徊している。
名前から分かるように熊の魔物であり、戦闘時は二本足で立ち上がり身長は二メートル半から三メートル。手には棍棒の様な先端が膨らんでいる木の棒を手に持ち、一般的なレベル20前後の冒険者ならば、直撃を受けると防御の上からでもHPを削られてしまうほどの怪力で振り回してくるという魔物だ。
それだけでなく高い生命力に、直線的な動きに限られるが瞬発力のあるダッシュという優れた身体能力があり、鋭い爪による斬撃、掴みから噛み付き、あるいは投げ飛ばすというように攻撃パターンのバリエーションも多い。カテゴリーとしては獣型の魔物だが、ある意味で冒険者が初めて遭遇する、人型の器用さを持つ魔物と言っても過言ではない。
弥生たちが現在対峙しているのはそんな魔物である。
「ハンマーショット! よし弥生、やっちまえ!」
「おっけ~、ブーストスマ~ッシュ!」
ハンマーショットは吹っ飛ばし効果はあるものの、基本的に点の攻撃であるがゆえ重量のある魔物を大きく動かすことはできず、バランスを崩したり怯ませたりする程度になってしまう。減衰が入るようになる魔物相手には、仲間の大きな一撃を入れるための隙を作るというのが一般的な使用法だ。
その隙を利用して弥生はハンマーを横に構え、近接武器の基本的な吹っ飛ばし攻撃アーツである<スマッシュ>――その派生強化型を放った。
鋭くスイングされた破杖槌がヒノワグマにヒットした瞬間、反対側のハンマーヘッドの先端にスラスターノズルが唐突に表れ、ロケット噴射による爆発的な加速を上乗せする。
「グォアァァァーーーーーーーー、グフッ!!」
ロケット噴射でブーストされたスマッシュの威力はダテではなく、ヒノワグマは叫び声を上げながら三メートル以上吹っ飛ばされて、そこにあった木に叩きつけられた。
「おいおい、貴様は〇フっつうより、ド〇だろうが!」
「確かにそうだけど、余計なことは言わない! みんな、今のうちに右手に移動!」
なるほど確かに黒い体毛にどっしりと重量感のある体形は、ムチを華麗に使う青い機体のアレより、黒い機体でメイン兵装がバズーカという重量級のアッチが近いイメージ――「だから、余計なネタは挟まない(怒)!!」――おっと、これは失礼しました。
「さすがに気絶してくれるほど、甘くはないね!」
木に叩きつけられたヒノワグマは、怒りにギラギラと輝く目で弥生を睨みつけ、棍棒を突き付けていた。
恐ろしいことにこのヒノワグマ、火属性の魔法を使用するのである。どうやら棍棒のように見える木の棒は、魔法補助用の杖らしい。魔法は火属性のマジックミサイルやファイヤーボールといった遠距離攻撃だけでなく、棍棒――ではなくて杖や爪に炎を纏わせる魔法も使いこなすというなかなかの手練れなのだ。
絵梨は身に着けているモノクル(右目側)に軽く手を触れて、その様子をじっと観察していた。
「……っていうか、魔法詠唱に入ってるわ。……火属性、単体で着弾後爆発……ファイヤーボールね。ターゲットは弥生。ソーイチ、出番よ!」
「承知した!」
「じゃあ、私は追撃を仕掛けるよ! ブレード展開、ブーストチャージ!」
聡一郎が弥生の斜め前方で身構えベルトのバックルを軽く叩くと、全身を淡く光が包み込んだ。
そして弥生は、ハンマーヘッドと小マズルの外側を覆うよう光の刃が形成された破杖槌を、槍のように構えて腰を落としている。反対側の大マズルにはスラスターノズルが現れて、小さく吹かしつつ突撃の瞬間を待っているかのようだ。
「ウォー!」
食らえ! とでも言ったかのような雄叫びとともに、ヒノワグマの構えた棍棒から大きな火の弾が飛び出し、弥生めがけて迫る。
「フッ!」
そこに割り込むように素早く入った聡一郎が、回し蹴りで火の玉を鮮やかに蹴り飛ばした!
弾かれた火の玉は斜め後方に飛んで行き、木に当たって派手に爆発をする。ゲームだからこそ木が焦げる程度で延焼はしないが、現実であれば結構な大惨事になりそうである。
蹴りを放った直後に聡一郎は軽くステップして、弥生の射線上から退く。一連の動きは滑らかで淀みがなく、いわゆるファンタジスタのような鮮やかさすらあった。
「い、いくよ~。アタ~ック! きゃあぁぁぁぁ~~~!!」
なぜか恐る恐る、という感じでアーツの発動キーを口にする弥生だったが、その理由は直後に判明する。ただでさえ高速突撃するアーツが、スラスターノズルからのロケット噴射で爆発的に加速されているのだ。それはもはや槍を持って突撃するのではなく、飛んで行く槍にしがみ付いているという状態になっていた。
「む、速いな!」「あら、弥生が飛んで行くわ~」「……移動に使えるかもな」
『えっと……みなさ~ん、ちゃんと追撃をして下さいね』
スピードや威力といった性能面はさておき、見た目としてはギャグマンガ的な技の有様に、若干呆けつつ暢気な感想を言い合う三人に清歌からの突っ込みが入る。
既に弥生は魔法使用直後で硬直していたヒノワグマに着弾し、めり込んだ光の刃とスラスターによる圧力で継続ダメージを与えている。あと少しのダメージで勝負が決まりそうだ。
清歌に発破をかけられて我に返った悠司が通常弾を撃ち込み、さらに絵梨が数発撃ち込んだマジックミサイルにより、遂にヒノワグマのHPが尽き果てる。
断末魔の叫びをあげるヒノワグマから弥生が離れると、大きな音を立てて巨体が地面に倒れ伏し光の粒子となって消えた。
「ふぅ~~、ようやく倒したぁ~。……ねぇみんな、追撃忘れてたよね? よね!?」
「……む、何のことだ?」「ああ、ちゃんと狙撃したぜ!」「ええ、ちゃんと止めを刺したわよ?」
清歌からの発破はグループチャットで弥生にも聞こえている。ゆえにあからさまにとぼけているのはバレバレであり、弥生はジトーーッとした目で三人を見ていた。
そこへ空飛ぶ毛布から清歌が飛び降り、弥生を後ろからふわりと包み込むように抱き着いた。
「やりましたね! 弥生さん、皆さん! ナイスファイトでしたよ(ニッコリ☆)」
「はぅ!! さ、さやか、とと……とびおりたりしたらあぶないよ」
「……ナナ~~(ニヤリ★)」
突然のスキンシップに顔を真っ赤にして硬直する弥生と、その様子を見て生暖かい笑みを浮かべる飛夏。図らずも弥生からの追及を逃れられ、絵梨たち三人もようやくホッと一息つけるのであった。
ヒノワグマは今の弥生たちのレベルからすると格上であり、出現する場所も戦闘中に他の魔物を引っかけてしまう可能性が高く、かなり厄介な相手だ。
これで入手できるアイテムに旨みがあるのならば狙う甲斐もあるのだが、現在の悠司と絵梨が扱える素材よりもハイレベルで差し迫って欲しいという物ではなく、またロンリーレオのように遭遇すること自体がレアという魔物でもないため、普段ならば積極的に狙うことはない相手である。
そんな魔物をあえて狙ったのは、突発クエストの報酬として得たアイテムの性能試験をするためである。さすがにその為だけに死に戻りするのは御免なので、他の魔物からなるべく離れている個体を探し、かつ上空から清歌が周囲を警戒して他の魔物を巻き込まないようにするという万全の態勢で臨んでいた。
現在弥生ファミリーβは飛夏を孵した小高い丘で広げた毛布の上に車座になり、休憩を兼ねて検証をしているところである。おやつと飲み物も用意して、準備は万端である。
「破杖槌に斬撃と刺突の属性が付いたのはいいけど、やっぱり実体じゃないからすり抜けちゃうみたい。ま~、そこは期待してなかったからいいんだけんどね」
「要するに、斬撃系と刺突系のアーツを使うための補助魔法って考えればいいってことだな。……スラスターの方は?」
「通常攻撃とスマッシュなら威力がアップする程度だけど……、ランスチャージに使うのはヤバイ。……あのスピードは慣れないと怖すぎる」
弥生の真顔での訴えに、ヒノワグマめがけて文字通り飛んで行った様子を思い出して、四人は大きく頷いた。確かにあのスピードで敵に突っ込むのはかなり恐ろしいことだろう。
弥生のゲットしたアイテムは、あらゆる近接武器に対応する強化カートリッジだった。武器にセットすることで、その武器の持っていない属性を魔法によって疑似再現する機能と、スラスターを展開して通常攻撃と対応したアーツを加速するという機能が追加されるというものだ。
余談だが強化カートリッジは厚さ二センチほどの直方体――の一方の長辺の両角に切り欠きがあるジェムである。どことなくレトロなゲーム機の、当時カセットと呼ばれていたゲームカートリッジに似ているのは気のせいではないだろう。
<ミリオンワールド>において近接攻撃には、斬撃、打撃、刺突という三つの属性があり、アーツはそれぞれの属性に対応している。例えば斬撃系基本アーツ<スラッシュ>は、剣の類で使用することの多い技だが、斧や薙刀、一部の槍でも使用可能なのだ。
ちなみにこの<スラッシュ>というアーツは、斬撃の威力を上げて当たり判定を多少上げるという技であり、鍛えれば二連撃、三連撃と繰り出せる斬撃の回数が増やせるという、基本にして奥が深いという技である。
ここで思い出してほしいのが<心得>というシステムだ。<戦士の心得>で近接武器攻撃の基本を全て習得できるということは、アーツも全属性の基本的なものを使えるようになるということなのである。
しかし残念なことにあらゆる武器は一つか二つの属性しか持っていないため、全ての攻撃アーツを一つの武器では扱えない。刀や剣などは、刀背打ちや剣の腹で叩くなどの攻撃を含めれば、全属性を兼ね備えていそうなものだが、それらは当たり判定はあるものの武器の攻撃力と属性はないというゲーム的仕様により、アーツは使用できないのだ。――要するに、武器を適宜持ち替えるのでもなければ、必ず死にアーツが出てきてしまうのである。
得意武器のアーツに絞って使いこなせばいんじゃね? とは言うなかれ。ゲーマーたるもの使えるようになった技は、ちゃんと使える状態にしておきたいものなのだ。また事実として初級アーツは鍛えていけば強力になるものが多く、手札を増やすという意味でも――使いこなせる範囲ならという前提はあるが――多くのアーツを使えるに越したことはない。
そういう意味で、弥生のゲットしたアイテムは非常に強力なものなのだ。また弥生のゲーム勘を十全に活かすためにも、アーツの選択肢が増えるのはプラスになることだろう。
「その点、ソーイチのは防御特化だから怖さとは無縁ね。使った感触はどう?」
「うむ。防御が薄い俺には最適だ。……だが問題がないわけではない」
聡一郎のゲットしたアイテムはベルト、より正確に言えばベルトに取り付けられているごっついバックルだ。起動するとスタミナをゼロにする代わりに、物理ダメージを一定量キャンセルする、または攻撃魔法を弾くことができる勁を三十秒間身に纏うという機能を持っている。
防御力が低く回避と受け流しが基本となる近接格闘タイプは、範囲攻撃や追尾して来る魔法に対して脆弱という欠点がある。このバックルはその欠点を補える強力な機能を持っているのだ。しかし――
「今回はファイヤーボールを蹴り飛ばしただけで接触はほぼ一瞬だったが、それでもMPをごっそり持っていかれた。攻撃判定の持続時間が長い技はとてもじゃないが受けきれんな」
攻撃を受けている時間に応じて、MPを急激に消費するという代償もあるのだ。
「そういう攻撃は基本的に範囲外に逃げるっていうのは、今まで通りってことでいいんじゃないかしら? どうしても間に合わなかったら、逃げながら起動するっていう感じで運用しましょう」
「うむ、そうだな。絵梨のモノクルがあれば、範囲攻撃から逃げるのも楽になるだろうしな」
「う~ん、そこはアテにし過ぎないで欲しいところかしらねぇ」
「ん? そのモノクルは攻撃の属性と範囲が分かるんじゃないのか?」
「正確には、タメのモーションを注視すると攻撃のターゲット、範囲、属性が分かる……ってものよ。ライブラリに登録されてれば、技の名前も分かるけどね」
悠司の疑問に絵梨が返答する。彼女がゲットしたアイテムは片眼鏡で、今は右目側に身に着けている。
現実で使うとなるといろいろ面倒臭そうなモノクルだが、ここはVRである。顔に接触せずに宙に浮いている状態で身に着けられる上、意識していないときは視界に映らないという優れものなのだ。ちなみに左目側にも装着可能である。
「……そうか、タメがないタイプのなぎ払いとか、震動とかは分からないのか」
「そね。あとブレスなんかもタメがあったとしても短いから、分析が手遅れになりそうな感じかしら。まぁ、でもコレには素材の品質が良くなる効果もあるし、戦闘以外でも役に立つから、私向きのアイテムなのは間違いないわね」
若干補足すると、素材の品質が良くなるのではなく、採取時に素材が上質になる確率が上昇するのであり、また“絵梨が加工できる素材”に限られるという制限がある。従って今のところ、レアリティの高い素材にはこの効果は働かないのである。
「悠司さんのは、どのようなアイテムだったのでしょうか? 戦闘用ではないということは、やはり職人専用ということですよね」
ミニ飛夏を弥生と一緒にナデナデしながら、清歌が尋ねる。戦闘の相手を決める話し合いをしているとき、悠司は戦闘用ではないからとだけ言って詳細については後回しになっていたのだ。
「あ~、確かに俺のは完全に職人用だな。亜空間工房ポータルとかいうアイテムで、設置するとそこから別空間にある工房に行けるようになるらしい。鍛冶だけじゃなく、職人設備は一通り揃ってるみたいだから、絵梨のポーション作成もできるはずだ。まぁ、初期の設備はレンタル作業所程度ってことだがな」
「あら、それは便利そうじゃない。早速行ってみましょうよ」
自分も利用できると聞いて俄然興味を持ったのか、絵梨がさっさとアイテムを出せとばかりに急かすのだが、悠司はなぜか渋い顔をしている。
「それがなぁ~、このアイテムはホームにしか設置できないんだ……」
「それは……その~」「あちゃ~」「う~む……」「ええと、なんというか」
せっかくゲットしたアイテム。しかもそれなりに苦労した上の報酬であり、なかなか便利で面白そうなものなのにも関わらず、今はまだ使えませんとお預けを食らったのだ。悠司の落胆はいかばかりだろうと、四人も掛ける言葉が思いつかずに微妙に気まずい空気が流れる。
とはいえ、いずれ使えるものではあるし、かなり使えるアイテムなのは間違いないのだ。今すぐ使えないという点は敢えてサラッと流し、悠司は詳細についての説明を始めることにした。
「ま、今は宝の持ち腐れなんだが、いずれホームは手に入れる予定なわけだし、そこは置いておこう。……で、こいつのポイントはホームに設置しておけば、安全地帯からなら工房に転移ゲートを開けるってところだ」
「悠司、安全地帯からならホームへ転移できるのだから、それほど意味はないのではないか?」
「いや、そうでもない。安全地帯ってことは、コテージの中からでもいいんだ。要するに、ダンジョンの中からでも工房に出入りできるって訳だ。まあ、コテージはお高い消耗品なんだが、俺らの場合は……」
全員の視線がミニ飛夏へと注がれる。毎度のことながら人間の事情などどこ吹く風のようで、今は目を閉じて完全に眠りこけている。本当にドラゴンらしさは欠片もない魔物である。
「なるほど。ヒナがコテージに変身できるようになれば、どこからでも工房への出入りができるようになるわけですね」
「お~、いいじゃない! 私らにはぴったりのアイテムだね! まぁホームを手に入れてからの話なんだけど……」
「弥生、そこは言わない約束でしょ? ところで物はどんな感じなの? やっぱりポータルゲートを小型化したみたいなのかしら?」
そういえばまだアイテムそのものは見ていなかったと絵梨が尋ねると、悠司はなぜか頭を抱えてしまった。つい最近、この場所で同じポーズをとっていた者が、ここにるような気もする。――これはツッコミの準備が必要かもしれないと、皆が身構えた。
「これなんだが……どう思う?」
悠司が取り出したアイテムは一見、無色透明の水晶玉だった。宝石が様々なアイテムのモチーフになっている<ミリオンワールド>では、割と見慣れている類のものだ。――しかし、この水晶玉は単なる無色透明ではなく、中に何かが浮かんでいる。
「見た目は水晶玉なのに中で何かが漂っています。こういうのは、何度見ても不思議ですね」
「VRだからこそだよね。現実だと容器の継ぎ目とかが見えちゃうからね」
「そうね、完全に密封された金魚鉢みたいね、面白い。こういうアイテムって作れるのかしら?」
「…………オマエラ」
「はい、なんでしょう?」「なに、悠司?」「あら、なにかしら?」
やや現実逃避気味の女性陣に悠司がツッコミを入れると、三人は綺麗に同じ方向へ首を傾けた。まるで事前に打ち合わせをしたかのように、ピタリと角度まで一致している。
「うむ、事実から目を背けるのは良くない。これは誰がどう見ても“ドア”だ」
腕を組んで堂々と言う聡一郎はなかなか男らしくなかなかカッコ良かった。もっとも清歌たちとて水晶玉の中に何があるのか、そしてどうあってもある種のお約束を片付けなくてはならないことも理解はしているのだ。――ただなんとな~く、突っ込んだら負けのような気がしていたというだけなのである。
「ええ、……ええ、分かってるわよ!? これはドアよ、ドア。そう、紛れもなくドア。誰がどう見たってドア以外の何物でもないわ。……まぁドアといっても、のっぺりした安っぽ~い板にドアノブがついてるだけのドアじゃなくて、高級感のある色合いでトラディショナルな板チョコっぽいデザインのドアってだけまだましなのかしらね。でも、デザインがどうとかなんて関係ないのよ。だって、コレはドアなんだから。なんでポータルって名前を付けておいて、あのファンタジックな噴水じゃなくて、現実感あふれるドアなのよ? だったらもういっそのこと、名前を亜空間工房ドアなり、どこで――」
「絵梨、ストップ! ストーップ!」「絵梨さん、大丈夫です。落ち着いて下さい」
何かが臨界点を突破らしく、絵梨が唐突にまくし立ててドアを連呼し始めた。危うく言ってはならないことを口にしそうになったので、清歌と弥生が慌てて止めに入る。
危うく一線を踏み越えてしまいそうなところを友に救い出された絵梨は、数回深呼吸をしてようやく落ち着いたようだった。
「はぁ~~~~。ごめんなさい、取り乱したわ」
「いや、なんかこう……スマン。ま、まぁ一応フォローってか説明をすると、こいつはホームの壁に設置するものなんだと。んで、普通に一部屋増えたみたいな感じで出入りできるらしい。ちなみにデザインはホームに合わせて変化するみたいだな」
「ふむふむ、なるほどね~。それなら違和感なく工房に出入りできるって訳ね」
聞いてみれば納得できなくもないデザインではあるが、やはりどうにも隠しようのないネタ臭が漂っている気がする。この辺に関する限り、弥生ファミリーβの面々は開発陣のことをまるで信用していない。五人とも、まず間違いなく狙ってやったに違いないと思っているのである。
「……っていうかさ絵梨、言っちゃってもいいかな?」
「なによぅ、弥生。これ以上なにかあるの~~」
少々うんざり気味の声を上げる絵梨に弥生は苦笑しつつ、戦闘中からずっと感じていたことを明かした。
「確かに悠司のはあからさま過ぎるけどさ……。私たちのゲットしたアイテムって、性能は確かにすごいんだけど、どれもかな~りネタっぽいよね?」
弥生の言葉に皆が絶句する。反射的に反論しようと試みるも、どうにも否定しきれない事実があったのだ。
弥生のアイテムは、魔法の刃はともかくハンマーや槍にスラスターが付くなどどこの魔砲少女だという感じだし、またアイテムの形状もカートリッジとはいえそりゃないだろうと言いたくなるものだ。
絵梨は一見まともそうだが、マンガやテレビゲーム内のキャラクターならモノクルも悪くないのだろうが、実際に着けている姿は結構中二臭さが漂っていて少々痛いものがある。
聡一郎はそもそも道着にベルトはちょっと……というものがある上、ごついバックルには二か所スイッチがあり、見る者になにやら変身できそうなイメージを湧かせるものだ。
――そして清歌に至っては言わずもがな、であろう。
単なる偶然のはずなのに、ここまで重なってしまうと何やら陰謀の類がありそうな気がしてくるのが不思議である。
「ま、まぁ、アレだ。性能がいいものほどネタを仕込んでる……ってことなんじゃないか?」
「え……ええ。いいこと言うわね、ユージ。便利なものほど落とし穴があるんだから、その推測も間違ってないと思うわ。……たぶん」
「確かにネタはともかくとして、性能は申し分ないものですよね。……だとすると、ここまで私たちは、運よくアタリを引けているということになりますね」
「そっか。……ってことはさ。私らのアイテムは清歌が貰ったご褒美のオマケみたいなものなんだから、今後はこういうことは少なくなるかもしれないね」
「むぅ。そういわれると残念な気も……する…………か?」
聡一郎が四人の顔を見回しながら最後に迷いつつ付けた疑問符は、おそらく皆の気持ちを代弁したものだっただろう。毎度のようにネタに付き合うのは少々面倒だが、いいアイテムとのセットならそう悪いものでもない。――たまにならあってもいいかも、くらいには思っているのだ。
もうウンザリと口では言いつつ、無くなってしまうのはちょっと残念。清歌たちは互いの顔にそう書いてあるのを見て取って、同時に吹き出してしまう。
「プププッ、まあ、たま~~になら、ね?」
「ふふっ、そうですね。こんな悪戯に付き合うのも悪くはないですね」
「いいアイテムと引き換えってんならな~」
「うむ。付き合うのも吝かではないな」
「ええ、でもたまによ、本当~に、たまにでいいから」
ひどく勝手なことを言っていると自覚しつつ、そんなやり取りをして五人は笑い合うのであった。
冒頭部分。
実際のゲーム開発者の間でこんなノリだけのやり取りで、イベントが決まるとも思えませんが……
そこはまあ、フィクションということで。