#3―04 水泳大会(後編)
「おかえり清歌~、優勝おめでとう。すっごい綺麗な演技だったよ~!」
帰ってきた清歌を出迎えた弥生はその手を取ると、興奮気味にぴょんぴょんと跳びはねながら感想を言った。
「確かに度胸試しの競技でやるにはもったいないくらい、見事な演技だったわ。見たところ大丈夫そうだけど、怪我はない?」
「ありがとうございます、弥生さん、絵梨さん。ちゃんと気を付けましたから、どこも痛めていませんよ。……ただ前に跳ぶのを意識し過ぎてしまって、姿勢が崩れていたような気がします」
誰も気にしていないようなポイントで、清歌は微妙に納得がいかなかったらしく、「やはり齧った程度ではダメですね~」と首を横に振っている。
このイベントでの高飛び込みが、競技とは名ばかりの余興であることは理解していたはずなのに、それでも自分の演技にこだわりを見せる清歌に、弥生と絵梨は顔を見合わせて苦笑していた。
聡一郎と悠司は競技に出場する為に離れているのだが、この機会に清歌と面識を持ちたいと思っていた香奈はこの場に残っている。なかなか話しかけるタイミングが掴めずに、弥生と絵梨の後ろから覗き込むようにしている様子がちょっと面白い。
「……そろそろ紹介してくれるとうれしいな~、なんて思ってるんだけど……」
「あ、ごめんなさい。清歌、紹介するね。こちら里見香奈さん。悠司のお姉さんで、一つ上の二年生だよ」
弥生はすぐ隣に並んでいた絵梨から少し離れて、香奈の方を手で示しながら紹介する。香奈を挟む形になった絵梨まで同様に手で示すので、まるで二人が香奈の取り巻きのようになっていた。
「ちなみに現生徒会役員で、次期生徒会長の大本命と呼ばれている、権力に最も近いお方なのよ(ニヤリ★)」
絵梨のセリフが妙に仰々しいのは明らかにわざとであろう。悪だくみをしていそうな黒い笑みを浮かべて、とても楽しそうだ。
「ふむふむ、つまり今のうちに仲良くなっておいた方がいいと(ニヤリ★)。……初めまして、黛清歌と申します。悠司さんにはいつもお世話になっています」
「こちらこそ初めまして、里見香奈です。悠司くんからいろいろ聞いてたから、こうやって直接会えて良かったわ。……あ、会長選には立候補すると思うけど、絵梨ちゃんの言ってることは真に受けないように」
「ふふ。はい、承知しました」
香奈は挨拶を済ませた後はちょこっと雑談をしただけで、三人の元を離れてクラスメートの方へと行ってしまった。本当に単に顔合わせをしておきたかっただけのようである。
「さて、じゃあ私たちも男どもの応援に向かうとしますか!」
「ええ。参りましょう」「フフフ。あの二人は、清歌に続けるかしらね?」
本日の清歌たちの予定は、午前中は競技の方に出場し、午後はゲームの方に参加する、というように分けて予定を組んでいる。
ここで水泳大会のシステム、個人ポイント制について説明しておこう。
全員参加の体育祭や球技大会の場合はクラスごと、或いは色別で得点を競うことができるが、水泳大会は参加率が高いとはいえ一応自由参加なので、その方法は使えない。といって競技ごと、ゲームごとに順位を表彰するだけでは、参加者のモチベーションが上がらず、イベントとして今一つ盛り上がりに欠けてしまう。
そこで考案されたのが個人ポイント制である。水泳大会参加者にはポイントカードが配られ、参加した競技やゲームの順位をポイントとして加算し、最終的に総ポイント数の上位入賞者に景品が進呈されるのである。ちなみに景品の内容は学食割引券や、文化祭のスペース割り当て優先権、学内イベントでのみ使用可能な商品券などいろいろ用意されている。
なお参加する競技やゲームの数に上限は設けられていないため、景品をガチに狙いに行く者は、かなりタイトにスケジュールを組んで挑んでいる。特に文化祭の優先権を狙っているクラスは一丸となって参加しており、このイベントが大きな盛り上がりを見せる要因の一つになっていた。
もっともそんなガチ勢がいるため、ただ遊ぶために参加している者にとっては、ポイントが意味の無いものになってしまっているという側面もある。なので実行委員会では、ポイントを数人のグループで合計する、スタンプラリー式にする、賞を設けて投票などで決定する、などの改善案が検討されているそうな。
清歌たち五人はというと、暢気に仲間の応援をしていることなどからも分かるように、端からガチ勢と争う気はなく、楽しむことに徹している。
「清歌と聡一郎が協力すれば、ガチ勢すら圧倒できそうね。フフフ……(ニヤリ★)」
――どこかの誰かさんが真っ黒な皮算用をしていたのは永遠の秘密である。
さておき、そんな楽しむことを第一に考えている五人にとって、この日限定の食べ物を試すというのも外せない予定の一つである。
午前の競技が終わり、昼食は学食名物激辛冷やしつけ麺を全員で――と思ったところ、絵梨が強硬に反対して“ちょい辛”を選び、それならばと面白がった弥生によって悠司が“超辛”を注文することとなった。
激辛冷やしつけ麺は噂にたがわずとても美味しいものだったのだが、調理担当が冗談で作ったと言われる超辛の方は凄まじい辛さで、三口ほどでギブアップした悠司は、聡一郎からつけ汁(激辛)を分けてもらう結果になってしまった。
物は試しと清歌たちもチャレンジしてみたところ、激辛がまあまあ辛い程度に思えるほどの強烈さで、二口めには誰も手が出ないという代物だった。なお、ちょい辛ですら口から火を吹きそうな表情をしていた絵梨は、どんなに勧めても決して超辛に手を出そうとはしなかった。
ちなみに三口は食べられる程には辛い物が好きな悠司曰く、
「激辛と超辛を二対一で混ぜたつけ汁が、イイ感じに激辛だな」
――とのことだ。ちなみにそれを聴いた絵梨が、まるで異星人でも発見したかのような表情になって、皆の笑いを誘っていた。
などなど笑える小ネタを挟みつつ名物を堪能して満足した清歌たちは、もう一つの名物であるタコ焼きは、午後のゲームをこなしてからおやつに頂くことにして、学食を後にした。
ゲーム会場となっている屋外プールは、数多くの参加者とプールサイドのギャラリーで、まさしくお祭り騒ぎだ。何より、ゲームの方にしか参加しない女子には、私物の水着を着ている者もちらほらいて、見た目にも華やかな雰囲気になっている。
言うまでもないことかもしれないが、この私物の水着での参加も可というルールは、水泳大会の参加率が女子よりも男子の方が高くなるという結果に繋がっている。絵梨が言うところの異性が気になるお年頃の男子は、女子の私物水着姿にいとも容易くホイホイされてしまうらしい。
もっともアピールしたい人や付き合っている彼氏など、見せたい相手がいるならばともかく、単に学校のプールに友達と遊びに来ているだけの女子にしてみれば、ことさらサービスの為に可愛い水着を着る必要もない。ついでに言うと、ビキニでゲームに参加するとポロリ的危険性も出てくるので、男子諸君が期待しているほど私物で参加している女子は多くないのである。
ちなみにゲーム会場にやって来た清歌、弥生、絵梨の三人が揃って学校指定水着だったのを見て、絶望のあまり天を仰ぐ者やorzと手をつく者がいたとかいないとか。
「最初の出番は、私たちだね!」「ええ。ま、がんばりましょ~」
意気込む弥生とリラックスしている絵梨は対照的だ。これは何も絵梨が冷めているというわけではなく、彼女たちが出場するゲームの場合、一方は完全な補助役なのである。
「……なぁ弥生さんよ。どっちかっつ~と、運動神経が要りそうなのはそっちの方なんだが、本当に大丈夫なのか?」
長い柄の大型ピコピコハンマーを肩に担いでやる気満々の弥生を見て、少々不安になった悠司が声をかける。
「し、失礼しちゃうな、も~。……って、私もそう思わないでもないんだけど、な~んかハンマーは上手に扱えそうな気がするんだよね」
「む? ……破杖槌はハンマーではなく、杖だったと思うのだが」
「ソーイチ、そこはあまり関係ないと思うわ……。ま、蓋を開けなきゃわからないけど、弥生が大丈夫っていうんだからやってみましょ」
聡一郎の突っ込んでるんだかボケてるんだか分からない発言を軽く流して、絵梨はやる気になっている弥生をそこはかとなくフォローする。実際、絵梨もそれほど運動が得意なわけではないので、入れ替わったところで良い結果になるとは限らないのだ。
「大丈夫ですよ! 動かない的なんてお二人の敵ではありません!」
清歌の太鼓判も微妙にズレたところに押されたような気もするが、そうキッパリ言い切られると、確かに楽勝な気がしてくるのが不思議だ。
「そう断言されちゃうと、やってやろうって気になるわね!」
「うん! じゃあ、いってきま~す」
二人が召集場へと向かってほどなくして、ハキハキとした可愛らしい女性の声でアナウンスが流れ始めた。競技に関するルール説明――を装った放送部による子芝居である。
『さ~て、お次の競技は女子ペアによる“ピコハンフルスイング!ダルマ落としをぶっ飛ばせ”です!
この競技はピコハンを持った打ち手がゴムボートに乗り、漕ぎ手と協力して設置された五つのダルマ落としを次々とぶっ倒しながら、ゴールを目指す競技です!
まあ、漕ぎ手と言ってもボートを後ろから押すんですけどね~。オールを使うと結構スペースを食うんですよ?
おっと、話が逸れましたね。さてさてこの競技、レースのようではありますが、順位は累計獲得ポイントによって決まります!
プレイヤーはダルマ落としのダルマ部分さえ倒してしまえば先に進めますが、積み木部分を上手く抜ければボーナスポイントがゲットできるのです。
ですが! 当然、ゴールの順位でも得点がありますし、制限時間内にゴールできないと順位点がもらえなくなってしまうのです。
さて、ポイントはどこでしょう? 解説の赤峰さん!』
『ん~、そうだな。まぁ、ダルマ落としでボーナスを獲得するか? それとも適当にぶっ倒して一番の順位点を狙うのか? その辺が分かれ道だろうな。
俺が実行委員会の某氏に聞いた話じゃあ、ダルマ落としを上手くやれんなら、順位点は最下位でも構わねぇってことらしいが、ピコハンでダルマ落としなんざ普通やらねぇから、あんまアテにならん話だな。
ま、俺なら一個目の感触でその後の方針を決めるだろうな』
アナウンサーのフリに応えて、低いトーンで艶のあるイケメンボイスが、ちょっと柄の悪い口調で丁寧な解説をする。ちなみにこの二人は放送部が誇る二年生のツートップで、アナウンサーは小野さん、解説は遠山くんという。――赤峰は単なる役名で、解説内容も含めて全て台本があるのだ。
『なるほど~、ありがとうございました! ……おっと、そうこうしているうちに、どうやら準備が整ったようですね。では選手の皆さん、頑張ってください!!』
このゲームは四組のペアでレースが行われる。標的であるダルマ落としは両側のプールサイドと、水面に並べられたフロートによる二本の道にそれぞれ五個ずつ配置されている。ちなみに発泡スチロール製で、一番上のダルマは安定させるために重りが少々仕込まれており見た目より重い。
フロート上のダルマ落としの方が一見不安定そうで不利のように見えるが、実際には人が上を歩けるほど安定している物で、またプールサイド側は若干離れた位置から叩かなくてはならないので、総合的な難易度はあまり変わらないとされている。
さて、撃ち抜いたブロックが判定員に直撃したり、ピコハンがすっぽ抜けて慌てたり、勢い余って打ち手が落下したりとあれこれハプニングを交えつつ、レースは一応順調に進んでいった。次はいよいよ弥生と絵梨のペアが出場する番である。
「弥生さーん! 絵梨さーん!」
清歌の澄んだ良く通る声が会場に大きく響き渡ると、それまで満ちていた賑やかな喧騒が水を打ったように静まった。それが単に大きな声に驚いたのか、それとも清歌のような超お嬢様が応援のために声を上げたことが意外過ぎたのからなのか、果たしてどちらの理由なのだろうか。
声をかけられた弥生と絵梨も目を丸くしていたが、清歌に驚かされることには既に耐性ができている二人は、すぐに立て直せるようになっている。目立っていることに気恥ずかしさを感じつつ清歌に向かって手を振ると、それを見た清歌も笑顔で大きく手を振って応えた。――これはもう、頑張らないわけにはいかない。
バァ~ン、という大きなシンバルの音でレースがスタートする。なおこのシンバルとその係は、わざわざ吹奏楽部から来てもらったパーカッションパートの部員である。本職だけあって両手で高く掲げる姿勢は実に様になっている。
なぜシンバルなのかというと、レースというよりゲーム的勝負なので派手に始めたかったという、ただそれだけのことだ。――本当は銅鑼が良かったらしいが、幸か不幸か吹奏楽部の備品にはなかったのである。
順調に滑り出した弥生と絵梨のペアは、一つ目のダルマ落としに取り掛かった。積み上げられた三段のブロックを、ボコンと一つずつ勢いよく飛ばしてポイントを稼いだ後、ダルマを軽く叩いて(全てのブロックを抜いた場合はそれでOKとなる)次へと移動する。
他のペアがようやく一つ目のダルマ落としを始末したころには、弥生はすでに二つ目のダルマ落としにむけてピコハンを「どっせぃ!」と振り抜いていた。どうやら弥生の予感は本物だったようで、なかなか鮮やかなピコハン捌きだ。
「お~、やるなぁ! ……とはいえ、こういう体を動かす競技で弥生が活躍してるってのは、俺としてはどうにも違和感が……」
幼馴染の活躍は非常に喜ばしいことであるものの、長年積み重ねてきた弥生のイメージとはギャップがあり、正直言って悠司はかなり困惑していた。
「あちらでは毎回振り回しているのですから、あの大きさの得物の取り回しが身についていても、それほど不思議ではないのではないでしょうか?」
「ふむ。……なるほど、素振りをしているようなものか。まあ生身の筋力はつかないが、その点おもちゃのハンマーなら問題ないからな」
競技の様子から目は離さず清歌と聡一郎がそんな分析をする。
弥生たちは割と簡単いダルマ落としはクリアできる判断して、確実に追加ポイントを獲得していく策にしたようだ。一方、対戦相手の内二組は順位点を狙う策に切り替えたらしく、直接ダルマにピコハンを叩きつけている。
「ん~~、あっちでの経験もバカにできないってことか。まあ今んとこは、いい影響だからいいんだが……」
悠司がポツリと零すように懸念を口にする。確かにVRでの経験が現実の方へも影響を与えるというのなら、それがいいことばかりとは限らないだろう。その言葉は喧騒の中でも妙にはっきりと、清歌と聡一郎の耳に届いた。
「悠司さん、懸念は分かりますけれど、私たちが今ここで悩んでも仕方ない、というのもまた事実ですよ? ですから今は、お二人の応援をしましょう」
「……はぁ、悪い。幼馴染が奇跡の活躍をしてんだから、せいぜい応援してやらんとな!」
「うむ。その通りだ!」
清歌の言葉で確かに今考えることではないと気付いた悠司は、それからは応援に専念していた。
弥生と絵梨のペアはその後も奇跡の快進撃を続け、ゴールしたのは三番めだったものの、根こそぎ稼いだ追加ポイントによって見事優勝に輝いたのである。
「やったわね、弥生(ニヤリ☆)」「ま、ざっとこんなもんよ~!(ドヤッ☆)」
その後、彼女たちが参戦した二つの競技については、その時の様子をダイジェストリポート風に彼らに語っていただくことにしよう。では、アドリブもバッチリなアナウンサーさんと解説の赤峰さん、よろしくお願いします。
「(え、いきなり!?)はい。リポートを仰せつかりましたアナウンサーこと放送部の小野です。ちゃんと解説お願いしますよ。赤峰さん」
「(っていうか、僕は本名を出しちゃいけないんだろうか……)ち、しかたねぇな。仕事だっつうなら、ちゃんとやるさ」
「はい。ではまず、弥生さん、絵梨さん、悠司さんの三人チームで参加した“大海戦!カラーボールヲ確保セヨ”からですね。
こちらはボートに水鉄砲を持ったガンナーと網を持ったキャッチャーを乗せて、漕ぎ手にボートを動かしてもらいながら、プールに浮かべられたたくさんのカラーボールを回収し、その数を競うというゲームです。
ポイントはガンナーの被った帽子に取り付けられた金魚すくい用のポイで、これを水鉄砲で破られてしまうと、プールサイドに戻って交換してもらわなければいけないというところです。
この競技は五チームで争われるのですが、弥生チームは残念ながら四位という結果でした。何がいけなかったのでしょうか? 解説の赤峰さん」
「あ~、特に悪いところはなかったんじゃねぇか? ガンナーのチビッ子の狙いも悪かねぇし、キャッチャーの細いのも手の長さを活かしてた。動力のヤローも良く動いてたように思うぜ?」
「おや? では敗因はなかった……と?」
「ハ! 敗因のねぇ、敗北なんざあるかよ。……要するに前のダルマ落としを上手くやり過ぎちまったから、商品狙いのガチ勢にマークされちまったってとこだろうな。……セコイやり方で俺は気に入らねぇが、それも作戦の一つだからな」
「ほほ~。ああ、そう言えばあの一戦は三チームが二年生チームでしたからね。その辺のやり方は熟知していたのでしょうね~。
さてお次は聡一郎さんが参加した“水上玉入れ、籠は俺の背中にある!”です。え~、こちらの競――」
「オイ、ちょっと待て! さっきから聞いてりゃなんなんだ、そのふざけたネーミングは。真面目に考えてんのか? 実行委員会の連中は」
「え~~と、私もそう思わなくもないのですが……、それについては後で投書でもするしかないですね~。
それはさておきこの競技、参加者は一人ということになっていますが、その参加者というのは籠を背負ってフロートの上に立っているだけなのです。
むしろ実際に競技をするのは、周囲の人全員だと言っても過言ではありません。なぜなら、プールサイドに用意されたたくさんのカラーボールを、周囲の人が籠に向けて投げ入れ、最終的に籠の中に残っていたボールの数で順位を競うという競技なのです。
この競技の結果は六人中三位ですね。どう見ますか、解説の赤峰さん」
「ってか、解説ってもこの競技は運の要素が強すぎんだよ。プレイヤーが注意しなきゃなんねぇとこは、バランスを崩さないようにすることくらいさ。ギャラリーが適当に投げたボールの行方なんざ誰が分かるかっつうの。
……ま、どうしても勝ちたいってんなら、ガチ勢みたいに人海戦術でどうにかするしかねぇな」
「あ! 一人の選手に対して雨あられとボールが降り注いでいたのはその所為ですか。数撃ちゃ当たるというわけですね~」
「そういうこった。ま、あのガタイのいいヤローは、その隣で流れ球を確保できたんだろ。二位になれなかったのは……ま、運が悪かったんだな」
「ほうほう。確かに、反対側の選手が二位になっていましたからね~。
さて、そろそろ清歌さんと聡一郎さんが参加する競技が始まりそうですので、我々は本来の仕事に戻ることにします。では、会場でお会いしましょう。行きますよ、解説の赤峰さん」
「(リポートは終わってるんだから本名でいいんじゃ……)おう。じゃ、またな」
以上、ダイジェストリポートでした。
現在プールにはフロートによって四本の道が整えられている。ダルマ落としのような標的になるものが置いてあるわけでもなく、玉入れのように上に複数の選手が乗って待ち構えているわけでもない。ただ両端に出番を待つ選手が並んでいるのみだ。
ゲーム競技会場での最後を飾るこの競技、その名も“一騎打ち!激闘水上チャンバラ”という。これまた解説の赤峰さんから突っ込みを受けそうな、ストレートすぎるネーミングであり、ルールもほぼお察しの通りだろう。
ざっとルールを説明すると、選手は両端から対岸を目指して進み、対面したらバトル開始。攻撃はウレタン製竹刀でのみ行い、プールに落ちるか膝をつく以上の転倒(ここは相撲と同じだ)をすると負けで、相手はポイントを獲得。勝利者は反対側からスタートした次の相手と対面するまで前に進める。そして対岸にたどり着くとボーナスポイントを獲得できる。なお対岸に辿り着く、或いは勝負に負けた選手は、任意の列の最後尾に付き何度でもチャレンジ可能だ。
これぞまさにバラエティー番組の水泳大会的ゲームであり、最も参加者が多く、また最も盛り上がりを見せる競技でもある。
一・二レーンは男子の列、三・四レーンは女子の列となっており、水泳でのスタート側がサイドS、反対側をサイドGとこの競技では呼んでいる。
さて選手がどの列の何番目になるのかはくじ引きで決定するのだが――ここで予想外の珍事が発生した。
「ねぇ、絵梨、悠司……」「なによ、弥生」「や、何をって……なぁ?」
弥生たち三人の視線は二・三レーンのサイドSへと固定されている。周囲の盛り上がりに対して、弥生たちの間に漂う空気はやけに静かだ。
「これってさぁ…………予感がする、よね?」
「私だって、弥生の予想していることは分かるわよ? でもねぇ」
「まぁ、くじ引きじゃ仕方ないわけで。……ってか、遅かれ早かれの違いだろ?」
「……いや、だから! その遅かれ早かれが初っ端ってマズいよね!?」
弥生の声は悲鳴にも似ていたが、幸か不幸か周囲の喧騒が大きいので特に目立つことはなかった。
弥生が微妙に眉根を寄せて見守る先には、清歌と聡一郎がフロートの上に静かにたたずんでいる。清歌は穏やかな表情で竹刀を左手で提げ、聡一郎は右手で竹刀を持って瞑想状態だ。
二人とも表面上はとても落ち着いているようだ。しかし、弥生たちは理解――というか直感している。二人はやる気満々であると。そして残念なことにそれに気づいているのは、どうやらこの三人だけのようである。
シンバルの音が大きく鳴り響き競技がスタートする。三人の懸念が嘘のように、出だしはとても静かな滑り出しだ。清歌と悠司は特に急ぐこともなく、普段と変わらない綺麗な姿勢を保ったまま先へと進んでゆく。
フロート上に居る全八選手のうち清歌と聡一郎の歩みは遅い方で、一・四レーンの組から少々遅れてバトルが開始された。そして――ひと際大きな歓声が巻き起こる。
「あ~、やっちゃった」「まぁ……ねぇ?」「もう、素直に称賛でいいんじゃね~か?」
聡一郎は対面した相手の竹刀を二度ほど打ち払い、バランスを崩したところに鋭い斬撃を叩き込み水面へと葬り去る。一方、清歌は相手が振り回す竹刀を鮮やかに躱し、隙をついて三回ほどちょいちょいと竹刀でバランスを崩して転倒させていた。アプローチは全く違うものの、ほぼ同じタイミング、同じ早さでの圧倒的な勝利だ。
大きな歓声を浴びながら、二人は悠然と前に進んで行く。二番目の対戦相手を同じように葬ると、会場の盛り上がりは最高潮に達し、隣のレーンで戦っていた選手たちまでギャラリーと化してしまった。
清歌と聡一郎はそのまま全く危なげなく、同じタイミングで対岸へ辿りつく。プールサイドへ上がった二人は顔を見合わせると、互いに不敵な笑顔でパチンとハイタッチをした。
一応まだ競技は続いているのだが、二人に惜しみない拍手と歓声が送られる。弥生たちも既に“なるようになれ”という境地に達していたので、精いっぱいの拍手をしている。
流石にこの状態では次の列へと移動することも出来ず、二人が戸惑っていると突然シンバルの音が鳴り響いた。
『え~、大会実行委員からの通達です。この競技は黛さん相羽さん両名のコールドゲームとして一旦終了とし、お二人を除く全員で最初から仕切り直しとなります。
なお、お二人には一位のポイントを特別進呈し、仕切り直しの競技でも一位から順番にポイントを獲得できます。
それから大会委員からのコメントを預かっています。では……解説の赤峰さん!』
『オイ、こっちかよ! チッ、仕方ねぇな。お前らすげぇな、正直俺にも予想外だったし、大会委員も驚きだったとさ。
だが…………「頼む、少しは自重してくれ」って言ってたらしいぜ』
静まる会場の中、キョトンとした顔でアナウンスを聞いていた清歌と聡一郎だったが、再び顔を見合わせると今度はバツの悪さをごまかすような半笑いになり――
「「ごめんなさい」」
と同時にお辞儀をした。
『いえいえ。大会実行委員の読みが甘かっただけのことなので。……では以上で、通達を終わります。選手の皆さんは元の場所に戻ってくださいね~』
『おう、それからギャラリーども! すげぇ活躍を見せたあいつらに、もう一回惜しみない拍手を送ってやれ!』
極めて珍しく自ら発言した解説の赤峰さんの言葉を受け、二人を称賛する観客全員からの温かい拍手が会場を満たした。
本当は、この後で屋台巡りや、校庭に設置された簡易ステージで夕方から行われる有志によるライブなどを書こうかと、ネタは考えていたのですが……
流石に水泳大会で三話は長かろうと、ここで区切ることにしました。
ネタはたぶん文化祭に持ち越されることでしょうw