#3―03 水泳大会(前編)
リアルでのお話です。前後編になる予定です。
清歌たち通う高校、百櫻坂学園は非常に催し物が大好きな学校として地域では有名である。
数多くの学校で催される、球技大会、体育祭、合唱際、文化祭とそれに付随する前夜・後夜祭といったメインどころは押さえた上で、季節ごとに合わせたイベントが追加されるような形だ。季節ものとしてほぼ毎年恒例となっているのが、クリスマス企画、ハロウィン企画、バレンタインデー企画、お花見企画などである。
その他にも生徒の思いつきと行動力によってあれこれ企画されるものがあり、今年すでに行われたものでは、六月に行われた五月雨祭と名付けられた文化系クラブによる展示即売会があった。
かなり以前のことになるが、四月に“新入生歓迎大合コン大会”なるアホな企画が催されたことがある。親睦会を兼ねたという趣旨で行われたそれは、イベント自体はなかなかの盛り上がりを見せたものの、その後校内のそこかしこで気まず~い空気が漂うという本末転倒な結果をもたらした為、一回限りの企画となった。ある意味、学園史に残る伝説のイベントである。
これらイベントの内、文化祭を始めとするメインどころは生徒会主導で実行委員が組織されて開催され、それ以外のイベントは企画ごとに有志メンバーが実行委員を組織して行い、生徒会は日程の調整などを行う形での協力となっている。普通に考えれば、ちょっと思いついただけのイベントを、有志だけで実行まで漕ぎ着けるのは難しいところなのだが、なんとイベントの企画・実行(の代行)を主な活動とする部活もあるので毎年のように新しい企画が生まれているのだ。
割とどうでもいい話だが、いつの頃からか生徒会が主催するオフィシャルなイベントはGIイベント、有志イベントの中でも毎年行われる定番化したものはGII、それ以外のものをGIIIイベントと呼ばれるようになっている。――レースじゃないんだから……
さて、カテゴリーで言えばGIIイベントに当たるものの一つに、夏休み中に行われる水泳大会がある。学校で行われる水泳大会というと、タイムを計る競技会的なものの場合と、プールを使って行われるお遊び企画的なものとの二通りに分かれるが、百櫻坂ではそれを複合したものに、夏祭りをプラスしたものとなっている。
百櫻坂学園には授業で使用されている屋外プールと、部活動と選択授業で使用されている屋内プールの二つの施設があり、このうち屋内の方ではタイムを計る競技会が、屋外の方ではゲームイベントが行われる。
そしてその二つのメイン会場を繋ぐ道に沿って、有志メンバーが行っている縁日風の出店が並ぶのである。なお夏場ということもあり衛生面の不安があるので、お菓子類以外の食べ物関連は学食の施設を使っての提供となる。ちなみに毎年学食は職員の方々も協力してくれており、この日限定で出されるたこ焼きと、激辛冷やしつけ麺は大人気メニューになっているとのこと。
清歌たち五人はその水泳大会に参加するべく学校を訪れていた。言うまでもなく今回が初参加なので、予想以上に盛り上がる会場に五人とも戸惑い気味である。
「うわぁ~、凄い盛り上がってるね~~!」
「そうですね! 夏休み中のイベントで自由参加ですから、参加する方は少ないのかと思っていましたけれど……」
「だよね。たまたま<ミリオンワールド>のメンテナンス日で良かったよ~」
「ふふ、そうですね。弥生さんは<ミリオンワールド>が気になっても、絶対に学校の行事を蔑ろにはしませんからね」
信用しています、という風に清歌に微笑んで言われ、弥生としては嬉しいやら照れくさいやらで顔が赤くなってしまう。
「え……っと、あはは、まぁ自由参加とはいえ、クラス委員としてはちゃんと参加しておきたいからね~。あ、清歌は結構時間押してるんじゃない? 早く着替えちゃおう」
照れ隠し気味にそう言って小走りに先を行く弥生に、清歌はクスリと微笑んで後を追っていった。
相変わらずどこか小っ恥ずかしいやり取りをしている二人を、絵梨がニヨニヨと見守っていると、いまひとつはっきりしない表情と口調でポツリともらした。
「たまたま……なぁ…………。はぁ~」
「どうした悠司、暗い顔だな? たまたま……とはなんだ?」
「や~ま~、ちょっと姉さんから、知らなきゃ良かった系の裏話を聞いちまって」
「ああ。そういえば香奈さん、生徒会メンバーだったわね」
悠司の姉、里見香奈は生徒会役員をしている。品行方正で人望も厚く成績も優秀。肩下まで伸ばしている黒髪が美しい、大和撫子を地で行くなかなかの美人である。まさしく絵に描いたような優等生で現在二年生とくれば、今年は間違いなく生徒会長に担ぎ出されるだろうともっぱらの評判である。
悠司とは一学年違いだが年子ではなく、血縁上は義理の姉になる。悠司は五人の中で唯一家庭環境が少々複雑で、物心つく前に母親と死別しており、香奈は父親の再婚相手の連れ子である。幼い頃だったからか、新しい母と姉ともすぐ打ち解けることができて、家族の仲は良好である。ちなみに再婚後に生まれた妹がいて、家族全員で猫っ可愛がりしているそうな。
閑話休題。生徒会役員である香奈は今回、実行委員会と協力して水泳大会の日程を調整する仕事を任されていて、その過程での裏話を悠司は家で聞いていたのである。
毎年恒例のイベントとなっている水泳大会は、夏休み中に行われるにもかかわらず、参加率が非常に高く、生徒全体で言えば八割を超え、男子のみで数えれば九割を下回ることはない。それはお手軽にプールで遊べるというイベントの性質もあるが、実行委員会が事前に参加可能な日にちを入念にリサーチして、開催日を決定しているからなのだ。
ところで自由参加のイベント、それもスケジュール的な問題はなく内容的には積極的になるほどの興味はない、そんな類のものに参加するか否かを決定する理由はどんなものがあるだろうか。
まず考えられるのは、友達が参加するからという理由だろう。友達が競技に出るというなら応援してあげたいと思うのが普通だし、競技が終われば屋台を冷やかしたり、飛び入り参加可能なゲームで遊んだりもできる。長い夏休みの暇潰しや思い出づくりとして、水泳大会というのは悪くないイベントだ。
では普段つるんでいるグループ全員が、迷っている場合に決め手になるのは何か?
「そうね~、異性が気になるお年頃の高校生なんだから、気になる××くんやら、意中の○○さんが参加するなら……みたいな感じかしら?」
「……そういうお前はナニモノだと言いたい気もするが、まぁそういうことだな」
つまり参加者増の為に、校内で名の知れている美少女やらイケメンやらが、可能な限り多く参加できる日を中心に日程を調整しているのだ。そんな実行委員会側に必須参加者としてマークされている一年生女子三名が、ほぼ同じスケジュールを出していれば、これを外す理由はない。
「要するに。たまたまではなく、弥生たちに合わせて日程を組まれていたということなのだな」
「なるほどね~。って、え!? 私も入ってるの!?」
納得しかけたものの、三人というところに引っかかって聞き返す絵梨。その反応を予想できていた悠司もいささか渋い顔をしている。悠司にしてみれば、絵梨の容姿は充分美少女の範囲に入ると思っているが、幼い頃から一緒だった弥生を美少女と呼ぶのは、いささか以上の抵抗を感じるのだ。
悠司の内心はともかく、百櫻坂の上級生男子に言わせれば、今年の一年女子は飛びぬけた美少女が八人いて、その八人を除くと割と普通ということになるらしい。この手の「おいおい何様だよ」的物言いは、女子の方も似たようなことを言っているということで流すしかないとして、その八人の中に清歌、弥生、絵梨の三人が含まれるのである。
ちなみにこの八人に挙げられるメンバーは共通で、清歌が不動のトップというのは変わらないが、二位以下は人によって多少変化があるらしい。特に“ロリ巨乳”弥生と、“クール系眼鏡っ娘”絵梨は――「ちょ。変なコピーつけないでよ!」「厳重な抗議をするわ!」――そう言われましても、上級生の感想なので私にはどうにも……――好みが大きく分かれるらしく、二~八位までと上下移動が激しい。ただ八人から外れてしまうことはないのだから、男子諸君から見た平均的な評価として、弥生も絵梨も充分美少女ということなのだろう。
「まあ、姉さんから聞いた話じゃそういうことなんだと。正直、絵梨はともかく弥生には、俺から話したくないネタなわけだ」
流石の絵梨も今回ばかりは突っ込みづらいらしく、まさに悠司の言っていた「知らなきゃ良かった」という表情をしていた。美少女と呼ばれるのが嬉しくないわけではない。だが素直に嬉しいといえるほど自己評価が高いわけでもなく、かといって自分なんてと卑下するのも微妙に嫌味っぽいというか、感じが悪い気がする。
「……しかし、自由参加のイベントなのに、そこまで出席率にこだわる必要はどこにあるのだ?」
絵梨が美少女であるということに異論はないと思いつつ、聡一郎は漂い始めたびみょ~な空気をどうにかするべく、話題を逸らすことにする。
「ああ、それはだな、水泳大会は恒例化した季節イベントの中でも、花見と並んで長い歴史があるもんだから、実行委員会の中にある種のプライドがあるんだそうな」
「ふ~ん。伝統を背負ってるんだから、必ず成功させなきゃいけない……ってところかしら?」
「それもある。それともう一つ、季節イベントの実行委員会同士で、参加率を競っているようなところがあるらしい。……まあ、そういうこととは別に、学食の職員さんも有志で参加してくれてるんだし、人が少ないってのはいただけないからな」
「なるほどね~」「うむ。いろいろ事情があるのだな」
などと話し込んでいるうちに、弥生たちがすでに視界から消えてしまっていた。それに気付いた三人は、遅れないように小走りに更衣室へと急ぐのであった。
清歌たち五人は水着に着替えた後、競技系の会場である屋内プールへ来ていた。
百櫻坂学園の指定水着は現代的な競泳水着に近いデザインで、女子はワンピースでショートパンツ程度の丈があり、男子は膝上丈のパンツだ。色は黒がベースで女子は白の、男子は青のラインがアクセントに入っている。
五人はその上に学校指定のジャージを羽織っており、さらにタオルやら手荷物やらを入れるバッグを持っている。水着とジャージが学校指定のものでなければ、普通にプールなどへ遊びに行くときと変わらないスタイルで、競技参加者は大体同じような感じである。
屋内プールはかなり立派な施設で、競泳用に五十メートルのプールがあり、高飛込みができるプールも別にある。更衣室やシャワールームなどの付随する施設もばっちりで、ここだけでもちゃんとした競技会が行えそうなレベルだ。
「そろそろ時間のようですね。では、行って参ります」
そう言って選手が召集されている場所へ向かおうとする清歌を、弥生が手を取って引き止めた。弥生の方から手を握るというのは地味に珍しい。
「うん、応援してるから頑張って。……っていうか清歌、本当に気をつけてよ。ね?」
「ありがとうございます、弥生さん。未経験というわけではありませんし、無茶をするつもりはありませんから、大丈夫ですよ」
清歌は握られた手に少し力を入れニッコリと笑顔を見せて弥生を安心させると、絵梨たち三人に「あとはよろしくお願いします」とアイコンタクトを取ってから、召集場所へと向かって行った。
指定水着はあまり露出の多くないデザインだが、それでも脚のほとんどは露出している。さらに上半身がジャージで隠れていることから脚の長さが際立つことになっており、非の打ちどころのないフォームで歩く清歌は見惚れるほどに綺麗だった。
意外なことに男子からの露骨な視線というものは少なく、女子から向けられる羨望や憧れといった視線の方が多い。邪な目で見ることが憚られるような気分にさせられるのは、お嬢様オーラのなせる業というところだろう。
「まぁ、心配な気持ちも分かるけどねぇ……」
「俺が思うに、現実での清歌嬢は危険なことに自ら突っ込まないよう、何重にも自重している。その彼女が大丈夫と言っているのだから、恐らく問題はないのだろう」
「あ~、ちょっと謎が解けた気がするな。言ってみれば、その反動が<ミリオンワールド>でのアレコレに繋がってるのか」
「なるほど……。生身の方で考えれば危険なんて皆無だからこその無茶って訳ね。あっちの清歌が、ずいぶんとハジケてる気がするのはそういうことなのね」
弥生の心配をよそに、清歌の行動分析を語り合う絵梨たち三人。心配している自分が、まるで清歌のことを信用していないかのように思われるのも癪なので、弥生としてはこの辺で収めるしかなかった。少々ふくれっ面になってしまっているのはご愛敬である。
「(みんなもちょっとくらい心配したっていいのに……)っていうか、路上ライブだってそうだよ。清歌のプレイは“現実では実現不可能なことをする”ことが基本方針なんだから」
やや愚痴っぽい口調で弥生が清歌から聞いていた話を明かした。
「路上ライブ? いくら名家のお嬢様って言っても、ちょっと変装でもすれば大丈夫じゃない? 素人のパフォーマンスなんて、それほど問題になるのかしら?」
「あ~。ちょっとみんな……」
弥生は辺りをキョロキョロ見回してから特に問題はなさそうと判断し、三人を集めて円陣を組む様な態勢をとった。
「これはオフレコの話だよ、あんま言いふらさないでね? 絵梨の言ったことだけど、素人じゃないから問題なんだって」
「は? 素人じゃないって……なんだそりゃ。プロってことなのか?」
「プロっていうかプロ級っていうか……。清歌って日本と海外を行ったり来たりしてたんだけど、それって向こうでアーティストとしてあれこれ活動してたからなんだって」
弥生が小声で暴露した話に一同が絶句する。現実とVR両方で聞いた清歌の演奏は、確かにとても素人レベルではなかったが、まさかそれほどとは思っていなかったのだ。
「それは……流石に驚きだな。しかし、それならば日本でも有名になっていそうなものではないか?」
「そう……よね。しかも清歌の容姿なら、神童だの天使だのってマスコミがこぞって持ち上げそうなものじゃないかしら……」
「だから、なの。こっちで師事していた先生の勧めで、向こうのコンクールとかに出たら総ナメにしちゃって、こりゃ拙いってことで黛家が情報を念入りにブロックしたんだってさ。子供だし海外だったから、マスコミも執拗に追い回すようなことはできなかったみたい」
「なるほど、黛家恐るべしだな。……って、まぜっかえすようで悪いんだが、向こうだったらパパラッチとやらがいるんじゃないのか?」
「あれ? そういえば、その辺は聞いてないな。なんでだろ?」
「……そっちはたぶん、日本人だったことが良かったんじゃないかしら? 日本で黛家っていえば歴史のある名家だけど、海外でパパラッチに追い回されるような、いわゆるセレブとは方向性が違うんじゃないかしら?」
弥生も聞いていなかった海外での事情を絵梨が推理する。実際それが正解で、また活動というのも黛家と関係ある上流階級の方々の私的な――と言っても規模はそれなりの――パーティーにお呼ばれしてのことという、外部にほとんど漏れない類のものだったのである。
もっともネットで個人が情報を発信するのが当たり前というこのご時世に、完璧な情報管理などできるわけもない。主に海外の芸術方面に造詣の深い者にとって、黛清歌というのは才能面ではこの上なく魅力的であり、その上情報の少ないミステリアスな人物として知る人ぞ知る有名人なのである。
清歌とコンタクトを取りたくて必死になっている者にすれば、VRとはいえ<ミリオンワールド>ではその演奏を日常的に聞くことができるなどとは、卒倒しかねない話なのだ。
「ふむふむ、そんなとこかもね。……っていうか、みんな驚かないでね? 話はそれだけじゃ……」
「……おやおや~、みんなで悪だくみかな~?」
話とは別の方向から驚かされた四人は、弾かれたように声をかけてきた主の方を向いた。
「おはよ、みんな。悠司くんがいつもお世話になっています」
「姉さん、驚かせないでくれ……って、どうしたのその恰好!?」
幼馴染の弥生だけでなく絵梨や聡一郎も、悠司の義姉とは既知の間柄なので、誰に声をかけられたのか察しはついている。しかし思わずツッコミを入れてしまった悠司同様、不覚にもその恰好に少々ギョッとしてしまった。
香奈の水着は学校指定の物ではなく、白地に青い花柄を散らせた可愛らしいビキニだったのである。トップにはフリルがあしらわれ、ボトムは二段フリルのスカートでショーツがぎりぎり隠れているため、際どいデザインとは程遠いものだが、学校指定の地味な水着の弥生たちと比べると十分に色っぽいといえる。
ちなみに上にパーカーを羽織って、手荷物入りのバッグを持っている。まさに、プール遊びに来た高校生スタイルである。
「可愛いと思うんだけど……似合ってない、かな?」
どこか変なところでもあるのかと、香奈は自分のことをキョロキョロ確認している。そんなところからも分かるように香奈という人物は、普段見慣れない水着を着ている義姉を見た義弟の「似合っているとは思うけど素直に褒めるのは恥ずかしいし、かといって照れ隠しに貶すのはもっての外だし……」という微妙な男心を理解することができない、いわゆるニブチンさんなのである。
表面上は特に問題のない、しかし割と深刻な部分で微妙にかみ合わない義姉弟のやり取りは、弥生にとってはもうお馴染みの物なので早めに手を打つことにする。悠司にフォローを入れるのもまた、やはり一番付き合いの長い弥生なのである。
「え~っと、似合っては、いますよ、香奈さん。でも私らはみんな指定水着だし、こっちの会場でその恰好はちょ~っと目立ってますよ?」
「……それに指定水着の着用義務は競技参加者のみって規則ですけど、いつもの香奈さんなら普通に指定水着を着てますよね? ……どうしたんですか?」
絵梨がさらに援護を加えると、香奈は少々困った顔で肩を竦めながら答えた。
「友達に絶対そうしろって言われちゃって。……その方が選挙に有利だからって」
「なるほど!」「確かにねぇ」「認めたくはないが」「そういうものなのか?」
日本の高校全体を見ても百櫻坂は生徒の自治に委ねられている部分が多く、生徒会長ともなればその権限はかなり大きい。……とはいえ、では生徒会長選挙で重要視されるのが候補者の能力なのかというとそういうわけでもなく、結局は人気がモノを言うのだ。
無論これは、そもそもこの学校の生徒会長という面倒極まりない役職に立候補する生徒は、その時点でそれなりの能力と覚悟を持ってのことである、という前提の上の話である。立候補には一定数の推薦人を集めなくてはならないので、その信憑性も十分保たれている。
それを踏まえた上で、一緒にプールなどへ遊びに行ける親しい間柄でもなければ見られないビキニ姿を、人気取りの為に衆目に晒したということらしい。そのお友達も真剣に香奈を生徒会長に推してのことと思うが、少々あざと――なかなかの策略家である。
「ったく、そんなことしなくても、対抗馬なしの信任投票になりそうって話だろうに(ボソリ)……それはともかく姉さん、なんの用があったの?」
「用ってほどのことじゃないよ。ただ、みんなが集まってるなら、最近親しくなったっていう黛さんもいるかと思ったの。せっかくだから挨拶でもって思ったんだけど……、いないみたいね?」
悠司から裏話を聴いていない弥生は、上級生にも清歌は知られているんだな~などと割と暢気なことを考えつつ、香奈の疑問に答える。
「清歌はもう競技にいっちゃいましたよ。……高飛び込みに」
「へ!? あの度胸試しに? 黛さんが??」
そう、清歌の参加した競技とは高飛び込みなのだ。そして清歌たちに限らず一年生には敢えて知らされていないことなのだが、競技系種目の中で唯一高飛び込みは、ちょっとした余興のような立ち位置になっているのである。
基本的に暗黙の了解として、水泳大会に水泳部員は“本職”の競技に参加しないことになっている。それでもクロールや平泳ぎはできる者が多く、それらと比較して少数ではあるものの背泳ぎやバタフライもそれなりに参加者は集まる。
しかし飛び込みに関しては、ちゃんと練習していないものが参加して、まともな競技として成立するわけがない。従って特別ルールが設定されていて、持ち点六十点に技術(と言えるかは微妙だが)点を審査員が加点し、開始の合図から実際に飛び込めるまでの秒数をマイナスするということになっている。ちなみに合図から六十秒経っても飛び込めないと失格になる。――とそんな感じで、完全に度胸試し大会と化しているのだ。
「あ~~。この競技ってやっぱりそういう扱いなんですね……。それを分かっててあの子はも~~」
額に手を当ててポーズとしては呆れを示しつつ、でも内心では結構楽しんでいる絵梨がそんな言葉を漏らす。実のところルールを読んだ時点で、これが度胸試しの類であることは五人とも理解していたのだ。その上で清歌が参加したのは――
「っていうことは、黛さんは経験者ってことなのかな?」
「さぁ……、これなら一位を取るのは楽そう……とは言ってたけど、なぁ?」
「うむ。どの程度できるのか、詳しくは聞いていないな」
香奈を加えた五人グループも含め、割と多くのギャラリーが見守る中、高飛び込みの競技は順調――とも言えない感じで進行していった。
なにしろ度胸試しという性質上、進んで参加している者だけではなく、ある種の罰ゲーム的に担ぎ出された参加者も少なからずいるのだ。そういう選手の場合は、少々からかいの成分が多く含まれる応援に、仕方なく六十秒ギリギリで飛び込んだり、逆に潔く大声で棄権を宣言したりと、余りまともな競技になっていない。
一方でちゃんと点を取りに行こうと、両手を上げてやたら綺麗な棒状で飛び込む者や、足を抱えて尻から落ちていく者などもいる。こちらの方はある種一発芸大会の様相であり、選手の技うんぬんよりも審査員の出す得点のバラつきの方が、ギャラリーからの笑いやツッコミを誘うこととなっていた。ちなみに審査員は男女四人ずつで、一~五の数字が書かれたプレートを挙げて採点をしている。
総じていえばバラエティー番組のような状態であり、ストイックな雰囲気になりがちな屋内プールの中で、ここだけはゆる~い空気が流れていた。
「……っていうか、清歌遅いね? いつ出てくるんだろう」
「俺が思うに最後だな。タコ焼きを賭けてもいい」
「あら、賭けになるなら私もそっちにするわよ?」
純粋に清歌の出番を気にしている弥生の疑問に、微妙にヨコシマな台詞で悠司と絵梨が答えた。しかもやたらと自信たっぷりに。
「悠司くん、絵梨ちゃん。やけに自信たっぷりだけど、根拠はなにかな?」
首を傾げる問いかける香奈に、絵梨と悠司はドヤ顔で宣言する。
「お約束だな!」「ま、予定調和ってやつね!」
奇妙に予言めいたその言葉は、果たして現実のものとなる。はっきりと「最後の選手は」というアナウンスの後に名前を呼ばれて清歌が飛び込み台に現れた。
ざわ、ざわ、と何やら落ち着かない様子になる会場の中、弥生が大きな声で呼ぶと、清歌が笑顔で小さく手を振った。その瞬間、ギャラリーが一斉に「ほぅ」とため息をついて、空気が一気に弛緩する。
先端につま先を少し出した状態で清歌が位置に着く。そして開始の合図と同時に飛び出すと、長い脚を抱え込んでくるりと後方に回転してから姿勢をまっすぐに正し、伸ばした手の先から水の中へと消えていった。
さすがに本職の高飛び込み選手並の演技とまではいかないものの、他の一発芸とは比較にならない、十分に美しい演技だった。
会場全体が驚きに静まる中、プールから清歌が上がってくると、貯めこまれた熱気が一気に解放されるようにどよめきと大きな拍手が巻き起こる。清歌はそれにお辞儀をして応えると、ちょっと急ぎ足で選手の控え室へと戻っていった。
さて、審査員の出した得点はというと――
「予想通り、百点満点だな!」「う~ん、綺麗に予定調和ね!」
参加者全てが一発芸レベルの中、経験者が出場すればこうなるのは明らかで、そんな清歌の出番を最後にしたのは会場の空気を考えれば当然とも言える。――言えるのだが、結果も含めてさも台本通りであるかのように語るのには納得できずに、悠司と絵梨に向ける弥生の目は完璧なジト目だ。
「二人とも、ちゃんと演技した清歌に対して、それはないんじゃないかなぁ~?」
「うむ。美しい技だったのだから、素直に評価するべきだ」
「そうね。二人ともお友達が頑張ったんだから、それを最初から決まっていたかのように言うのは感心しないって、私も思うよ?」
聡一郎と香奈も同じ気持ちだったらしく、窘める弥生の言葉に連続で援護射撃が加わる。三人に注意されて少々悪乗りしすぎていたことに気づいた二人は、神妙な面持ちで頭を下げるのであった。
「「…………ごめんなさい」」
「うん。よろしい!」「よしよし、素直ね」「うむ。親しき中にも、だな」
高校の水泳大会がこんなイベントだったらいいなと思って書いたお話です。
後編はゲーム会場の方へ移動します。