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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第三章 発見と企画
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#3―02

これまで名前だけだった人物が初登場します。

 黛家という極めて特異な例と比べてしまうと、ほとんどのご家庭は庶民ということになってしまいそうだが、一口に中流家庭と言っても結構幅はあるものだ。弥生の実家は、そんな中流家庭の中でも比較的余裕のある、いわば中の上と世間的にはランキングされるようなご家庭である。


 家族構成は両親と姉妹二人の四人家族。両親は共働きで、どちらも会社員でしかも管理職である。母親は弥生が生まれる少し前から休職し、子育てが一段落してから復職した。妹の凛の時も休職したのだがその期間は短く、会社に働きかけて併設させた(・・・)保育所に預けて仕事をしていたという、バリバリのキャリアウーマンである。――他に表現のしようがないので、死語とは言わないで頂きたい。


 両親とも仕事大好き人間であると同時に、家族のこともちゃんと大事にするタイプなので、家族仲は良好である。


 家はいわゆるマンションと呼ばれる集合住宅。ただちょっと拘りのある物件で、中が二階建てになっており、吹き抜けの明るいリビングルームのある4SLDKだ。ちなみにSはサービスルーム、納戸のことを指している。


 今は夏休み真っただ中。例年の弥生ならば夜更かし&ゲーム三昧という、結構だらけた生活を送っているところである。今年もある意味ゲーム三昧であるものの、そのゲームをするために規則正しい生活をしなければならないという点が、なかなか興味深いところだ。




 テレビを朝の情報番組にしてなんとなく見流しながら、弥生はダイニングで朝食を採っている。まだ身だしなみを整えていないので、髪はふわふわというよりぼわんぼわんで、コンタクトもしていないので眼鏡をかけているという、家族にしか見せない隙だらけの姿だ。


「おはよ~、お姉ちゃ~ん」


 まだ眠そうな声で言いつつ、妹の凛がダイニングへとやって来た。


「おはよ、凛。朝ごはんどうする? 卵でも焼こうか?」


「う~ん、それはい~よ~。朝はコーンフレークと野菜ジュースにする~」


 そう返事をしつつ凛は、どこかふわふわとした足取りでキッチンへと歩いて行く。


 意外にも弥生は料理を始めとする家事全般が苦手ではない――「ちょい待った! 意外ってナニよ!」――失礼。他意はないのですが、イメージ的にそうかなと――「イメージて……」――まぁ、ゲーマー全般の……でしょうかね?


 苦手ではないどころか、同年代の女子全般と比べて炊事、洗濯、掃除とかなり手際よくこなすことができる。両親が共働きで妹がいるという環境によって、自然と身に着いたスキルであり、その影響はお姉ちゃん気質や面倒見の良さという性格面にも表れている。


 コーンフレークその他を用意して、凛は食卓の定位置に着くと軽めの朝食を採り始めた。ようやく目も覚めてきたようである。


 凛は弥生から見て四学年下の小学六年生。身長は弥生よりほんの少し低いくらいで、体つきはすらりとしている、というよりもまだ第二次性徴が始まっていないという感じだ。ちなみに弥生は小五の頃には既にブラジャーが必要なほど胸があったので、姉妹でもずいぶん成長に違いがあるようだ。目鼻立ちは弥生とよく似ているが、髪はストレートで短めにしているので、ボーイッシュな印象になっている。


 余談になるが、姉の影響でゲーム好きのインドア派な所為か、あるいは遺伝子の悪戯なのか、凛もどちらかというと運動は苦手な方である。


「なんか眠そうだね。夜遅くまで受験勉強してたの?」


「ううん、そうでもない。ちゃんと睡眠はとるように、お母さんにも言われてるし。凛は別に公立でもいいんだけどな~。……あれ? そういえばお姉ちゃんは受験しろって言われなかったの?」


「あ~。そっか、凛は知らないのか。私の時は、お父さんもお母さんも仕事で、とんでもない忙しさだったんだよ。日曜休日も仕事してたくらいだから、とてもじゃないけど受験なんて……」


「そういえば何年か前にお姉ちゃん、家事が忙しくてゲームできないって泣いてたことがあったね……」


「な、泣いてないから! ……まぁ、その頃の話。私も家事で忙しくって、受験勉強どころじゃなかったしね~」


 凛はとある名門女子校へ入学するべく、目下受験勉強の真っ只中だ。しかしこの受験は凛自身が望んだのではなく、また両親が勧めたわけでもなく、かといって学校の先生が推したというのでもない。祖母と伯母がこの女子校のOGであり、愛校精神に溢れる二人から強く勧められたという、少々変わった経緯によるものだ。なお伯母の子は息子一人だけで、二人目というにはお年が……ということから凛に白羽の矢が立ったのである。


 とはいえ、凛も嫌々というわけでもない。エスカレーター式に大学まで行ける学校なので、今苦労して合格すれば後は楽ができる――実際には成績によって学部・学科の選択肢が変わるのだが――という皮算用があるのだ。さらに個人的にも一つ、入学したい理由がある。


「面倒ごとを凛に押し付けちゃったみたいで、お姉ちゃんとしては微妙なとこなんだけど……」


「確かに受験勉強っていうか面接の練習とかはメンドクサイけど……。合格すればちーちゃんと同じ学校に通えるし、凛はそれほど嫌じゃないよ」


「ちーちゃんっていうと、あのピアノ教室で仲良くなったっていう?」


「うん、そのちーちゃん。……あ、そうだお姉ちゃん。<ミリオンワールド>でギルド作るんでしょ? ちーちゃんも私と一緒に始めるって言ってるから、入れてもらえないかな~?」


 凛の口から不意に出てきた<ミリオンワールド>の話に、弥生はちょっと驚いた。確か“ちーちゃん”なる凛の友人は割といいところのご令嬢で、凛の受験する学校もかなりのお嬢様学校として有名なところだ。そんな子が<ミリオンワールド>で冒険を体験したいと思うのだろうか――と考えたところで、はたと気が付いた。最近すっかり慣れてしまったが、ごく身近に桁違いのお嬢様がいるではないか。


「別におかしな話でもないか。(ボソリ) あ、何でもないよ、こっちの話。ギルドは作るつもりだけど、私の一存では決められないよ。たぶん大丈夫だと思うけどね。……ああ、でもさ凛?」


 コーンフレークを口に入れていた凛は、首を傾げて「なに?」と先を促した。


「ちーちゃんって、確かお嬢様で女子校育ちだよね。私らのメンバーには男子も二人いるけど大丈夫? 悠司は見た目優しそうだけど、聡一郎は……ねぇ?」


「……そっか、その辺ちーちゃんはどうなのかな? 聞いてみないと分かんないや」


「じゃ、それは確認してからだね。……あ~、それに」


 弥生はテーブルからいったん離れ、コーヒーメーカーから食後の一杯をマグカップに注ぎ、ついでにミルクと砂糖を少々入れてスプーンでかき混ぜる。


 弥生の頭に浮かぶのは、ついひと月ほど前からグループの仲間になったお嬢様――清歌のことだ。まだ付き合いは短いというのにすっかりグループに馴染んでいる彼女は、弥生にとってはもう親友の一人となっている。


 いろいろと頼りになる清歌ではあるが、<ミリオンワールド>内で彼女がこれまでやらかしてきたことは、弥生たちの予想の斜め上どころか、もはや別のレイヤーにあるといっても過言ではない。そんな破天荒な人材のいるギルドは、果たしてどこへ向かって進むのだろうか?


 弥生は食卓の定位置に戻り、コーヒーを一口飲んでから思わず笑ってしまう。振り回されるんだろうな~と思いつつ、同時にそれが楽しみでもあるのだ。


「どうしたのお姉ちゃん? それに……ってなに? 気になる」


 半端に話をしておいてなかなか先を言ってくれない弥生に、凛は少々機嫌を損ねたようだ。ジト目の上に口を尖らせて、不機嫌をアピールしている。


「あはは、ごめんごめん。私らのメンバーに一人、何をするかわかんない子がいるんだよ。だからなんていうか……、ギルドを作っても活動がどっちに転がっていくかわかんないんだよね~」


「ほ~ほ~、そうなんだ。……ね、お姉ちゃん。<ミリオンワールド>で今どんな事やってるの?」


 若干身を乗り出して問いかける凛。現在受験のためにゲーム断ちをしているので、なるべく情報もシャットアウトしているのだが、やはり興味はある――というか今すぐにでも始めたくてたまらないのだ。自分の<冒険者>枠は確保できていて、すぐにでも参加が可能であるという点もそれに拍車をかけている。


「私も話したいんだけど……、やめといた方がいいでしょ?」


「くぬぬ~……、受験さえなければ……はぁ。入試は思ったよりも早く決まりそうな感じだし、今はまだ我慢しよう。うん!」


「あれ? 推薦決まりそうなの?」


「うん。推薦っていうか、AO入試みたいな? あの学校って偏差値より校風を大事にしてるから、人柄とか家柄とかの方が重視されるんだって」


「……自慢じゃないけど、ウチはそんなにいいお家柄じゃないよ?」


「うん、知ってる。……じゃなくて、お祖母ちゃんが言うには“地に足がついていて、家族関係が良好なこと”が重要なんだって。二次面接でお祖母ちゃんと伯母さんっていうOGも来てくれたし、私がちーちゃんと友達っていうのもポイント高かったらしいよ?」


 弥生は思わず「縁故採用か!」とツッコミを入れそうになった。しかしよくよく考えてみれば、そうおかしな話でもないと思い直す。伝統があり校風を重んじているということは、要するに問題を起こすような生徒では困るということなのだろう。そういう面から言えば、縁故採用というのも悪くない手段だ。問題を起こしてしまえば、親兄弟だけでなく親戚からも白い目で見られるとなれば、下手なことはできない。恩があるというのは枷でもあるのだ。


「そか。まあ、<ミリオンワールド>とは関係なく、受験が早く終わるならそれに越したことはないね。……それっていつ頃決まるの?」


「秋頃かな。一応、冬休み中に試験を受けなきゃいけないんだけど、それを受けられる時点で合格は決まりなんだって」


「お~。ほんじゃ、あともうひと頑張りだね!」


 凛に応援する言葉をかけてから、弥生はコーヒーを飲み干した。そろそろ出かける支度をしなくてはいけない時間だ。会話の区切りもちょうどいいところなので、食卓を片付け始める。


「ねね、お姉ちゃん。試験を受けられるって決まったら、<ミリオンワールド>を始められるように、お姉ちゃんからも説得してくれないかな~?」


 両手を合わせ上目遣いのおねだりポーズで凛がそんなことを言う。


 凛の情報が正しいのならば、入学試験はあくまで形式的なもので、よほど壊滅的な成績でも取らないかぎり大丈夫なのだろう。凛は真面目に塾にも通っているし、そちらでの成績も良好だと聞いている。ならば、試験が受けられると決まった時点で、<ミリオンワールド>を始めても大した問題はなさそうな気がする。問題があるとすれば――


「お父さんと、お母さんは説得できそうな気もするけど……さぁ」


「お祖母ちゃんと伯母さんの方は……難しいかな?」


 祖母と伯母はよほど母校に思い入れがあるのか、凛の入学に並々ならぬ力を入れている。はっきり言って、両親などほとんどノータッチと言っていいほどで、受験周りの下準備は、ほぼこの二人がやってしまったという有様なのだ。


 姉妹は思わず顔を見合わせ、同時に溜息をついてしまう。


「まあ、説得は協力するよ。……保証はできないけど。まあ、とりあえず今のところは勉強に集中だね。夏休み中に何か試験があるんでしょ?」


「うん、八月末に。……よし。取り敢えずそこでいい成績を出せるように頑張る!」


「よし。がんばれ、凛!」


 姉妹はパンと一つ手を合わせた。







「ここが鍛冶施設ですか。……思ったよりシンプルな印象ですね」


 今回の<ミリオンワールド>における活動は、これまで貯めた素材とせっせと上げた鍛冶スキルを使って、弥生と聡一郎の武器を強化することから始めることになった。その後で強化した武器のテストも兼ねて、清歌を除く四人で討伐系のクエストを受ける予定である。


 毎度のことながら別行動を予定している清歌は、作業所について来る必要はなかったのだが、<ミリオンワールド>内での鍛冶というのに興味があったのでついてきたのだ。


 清歌が言ったように、レンタル鍛冶施設はシンプルだ。だだっ広いほぼ円形の部屋で中央に巨大な溶鉱炉があり、その周囲を取り囲むように個人の作業スペースがある。――というかおそらく施設の成り立ちとしては、最初に巨大な溶鉱炉がありそれを取り囲むように建物を作ったという設定なのだろう。そして作業スペースには素材を投入する口が空いていて、溶鉱炉を利用できるという非常に胡散臭――もといファンタジックな構造をしているのである。


「ん~~、たぶん清歌さんが想像しているような鍛冶とは全く違うと思う。<ミリオンワールド>の職人作業って妙にゲーム的なんだよ」


「そね。ポーション類を作る作業の方もミニゲームっぽい仕様だわ」


「まぁ恐らく職人の技術を一から修行なんてしてたら、ゲームどころじゃなくなるからってことなんだろうがな~。……それはともかく作業を始めよう!」


 <ミリオンワールド>における鍛冶作業は大きく分けて製造と進化、そして強化の三つに分けられる。


 製造は文字通り素材アイテムから武器(防具も同様。以下防具の表記は省く)を作ることで、作業の難易度はもっとも高い。製造に失敗してしまうと素材はすべて失い、経験値も成功時の数パーセントしか入らない。そういったリスクがある半面、大成功するとワンランク上の素材で製造した武器に匹敵する性能になる可能性もある。ハイリスクハイリターンの作業だ。


 進化とは武器自体も素材の一つにして、上位ランクの素材と一緒に鍛冶をすることで、武器を上のランクに引き上げる作業だ。例えば“鋼鉄の片手剣”を“ミスリルの片手剣”に作り変えるといった具合だ。武器自体を素体としているために、完全な失敗で素材ごとオシャカになるということはなく、最低限の品質は担保されている。同時に失敗(=最低限の成功)でも成功時の一割程度の経験値は得られる。比較的リスクの少ない作業だが、最低限の品質では投入した素材に対して割に合わないのは当然のことである。


 強化は武器そのものを作る作業ではない。武器強化ジェムを製造し、それを武器に使用することで性能をアップさせるのだ。作業が比較的容易で失敗する確率は低く、仮に失敗しても失敗作を素材として再利用することが可能である。ジェムで強化した武器は、名前の後に“+1”というような表記が付く。システム的に上限はないが、“+2”にするにはそれ用のジェムを製造する必要があり、当然数字が上がるごとに必要素材も難易度も上がる。費用対効果が見合うのは“+3”程度までで、鍛冶のレベルが高く作業も上手い人ならば“+5”くらいまでならチャレンジする価値はある、というのが目安だ。ちなみにジェムっぽい形をしているが、どう見ても金属の塊である。


 強化は作業にリスクが少ない分上昇する性能は小さく、素材が揃っているならリスク込みで進化に挑戦した方がいい。では強化の出番はどんな時なのか? それはボスクラスの魔物を倒した時に低確率でドロップする武器や、ダンジョン内の宝箱に入っている武器など、固有名称のついた特殊な武器を入手した時である。なぜならば、そういった特殊な武器は進化させることが不可能で、性能を上げるには強化するしかないのだ。


 あくまでも余談だが、弥生の使っている破杖槌や清歌の万能採取ツールなど、外見的にも性能的にも明らかに未知の機械的構造があるはずの武器であっても、鍛冶作業で製造・進化が可能である。


「それじゃ、まず私の方からお願いね~」


「おっけ。それじゃまずは……」


 弥生から破杖槌を受け取った悠司は、それを無造作に溶鉱炉へと放り込んだ。清歌はぎょっとして目を丸くするが、持ち主である弥生に特に変わった様子がないことから、これが普通の作業なのだろうと、とりあえず見守ることにする。そうしている間に悠司は必要となる素材アイテムを取り出し、ポイポイと溶鉱炉へ放り込んでいく。


 鉱石類はともかく、魔物からのドロップ素材と思われる骨やら爪やら皮やらまでも、溶鉱炉にまとめて放り込むというのはどうなのだろうか? いくらゲーム的な仕様とはいえ、もうすこし情緒というか風情というものを大切にしてほしいと、厳しく追及したいところである。


 素材の投入が完了すると、悠司は溶鉱炉に向けて両手をかざして、魔力を必要量注いでいく。今回の工程では必要ないが、モノによっては特定の魔法を使用してその魔力を吸わせることや、武器の使用者が魔力を注ぐ必要がある場合もある。なお、テスター組の中でも上位の職人だった悠司ですら知らないことだが、魔物の中には仲間にすると、この過程で品質を向上させる、あるいは変質させる魔力を注いでくれるものもいる。


 魔力を吸った素材が馴染んで混じり合い、取り出し口の型に注ぎ込まれて一つの塊になる。明るいオレンジ色に輝くそれは溶けた金属のようであり、同時にどこか透明感があってクリスタルにも見える、とても不思議な質感をしていた。


「さて、ここからがある意味本番なわけで……っと」


 悠司は輝くインゴットを、“やっとこ”とか“やっとこばさみ”と呼ばれる道具で摘み出し、金床の上に載せた。投入した素材の量に対してその大きさは小さすぎるだろう、というツッコミは不要である。そして右手に持った鍛冶ハンマーを、インゴットに叩きつける。


 作業を続けること数分、最後の一打ちを叩き終える。高く澄んだ音の余韻を残すインゴットが光の塊になり、徐々に変形をして破杖槌の形になった。


 光が収まったとき、そこにはシルエットこそ以前とあまり変わらないものの、どこかプラスチックっぽかった質感が金属的なものになり、より武器らしく力強いものに生まれ変わった破杖槌があった。


「よっしゃ。大成功とまでは言わないが、十分上手くいったレベルだと思うぞ」


「おー、ありがとう、悠司! フフフフ、これでワンランク上の魔物でも……」


 悠司から進化した装備を受け取った弥生は、何やら物騒なことを呟きながらニヤリと笑みを浮かべていた。この辺の感覚は、男女関係なくゲーマーに共通したものなのだろう。


「……とまあ、<ミリオンワールド>の鍛冶はこんな感じなわけだ。作るものによって放り込むものは違うけど、作業の手順自体はあんま変わらんな」


 悠司は幼馴染の様子に微妙なものを感じつつ、作業に興味を持っていたらしい清歌に対して少しだけ補足した。


「なるほど……確かにゲーム的といえばそうなのかもしれませんね。なんとなく打楽器を演奏しているような印象でした」


「その感想は実に的確よ。ね、ユージ」


「だな。リズムゲームをやってる感じだからな~」


 そう、妙にゲーム的というのは作業の中心となるハンマーで叩く工程が、まさしくリズムゲームのような感じで、具体的にはインゴットに示されるポイントを、適切な強さで順に叩いていくという作業なのである。以前レベル10になるまで鍛冶作業が難しいと言っていたのは、そこで習得する職人作業専用のアーツ<作業予測>がないと、今すぐに叩くポイントの位置しかわからないのだ。なお習得すると、今叩くポイントのおおよその叩く強さが、その次に叩くポイントの位置が分かるようになる。


 まさにリズムゲームのシステムであり、また<作業予測>がない状態では、どうにも作業がぎこちなく下手くそな印象になってしまうの面白いところであろう。ちなみにポーション類を作る作業は、溶鉱炉の代わりに調合釜という道具を用いる。こちらは素材の反応に合わせて調合釜を調整するのだが、その操作というのがスライダーにターンテーブル風ダイヤルと、これまた別系統のリズムゲーム風なのである。


「さて、じゃあ次は聡一郎の方だな!」


 悠司はそう言って気合を入れ直すと次の作業に取り掛かった。







 聡一郎の装備の強化も無事終わり、一同は作業所を後にして冒険者協会へと向かうことにした。言うまでもなく手ごろなクエストを見繕うためである。なお、今回の鍛冶仕事では、悠司と絵梨の武器を進化させるのは見合わせている。そもそもダメージを稼ぐ役割ではないので、職人仕事の納品系クエストや損耗した武器の修復用に素材を温存したのである。


「……なあ、なんとなく、いつもとは違う視線を感じる気がするんだが?」


「奇遇だね悠司。実は私もそんな気がするんだけど」


 視線を集めるのは今に始まったことではない。何度も言うようだが、このグループはタイプの異なる三人もの美少女が揃っているのだ。男子二人の方も、方向性は違えど均整の取れたスタイルに十分整った顔立ちをしている。そんな五人が並んでいると、とにかく目立つのである。


 従って注目されるのは最近慣れっこになりつつあるのだが、今回は向けられている視線の方向や質が、いつもとは違うように感じられる。


「っていうか、それってまず間違いなくこの子が原因じゃないの?」


 絵梨の視線が向かう先には、飛夏が五人の歩調に合わせて飛んでいる。どう考えても役に立っていなさそうな、小さな羽をパタパタさせているのが可愛らしい。


「ヒナは可愛いですからね」「うん、そうだよね~」


 清歌と弥生に挟まれている飛夏は、二人にナデナデされてご満悦の表情だ。


 言うまでもないことだが、飛夏が可愛いか否かはこの際あまり問題ではない。基本的に街中でペットは――というか動物全般をほとんど見かけない。本当にたまに野良猫が、屋根の上で昼寝をしているのを見かける程度だ。そんな中、人に連れられて飛んでいる、魔物らしきナニモノかというのは珍しいどころの騒ぎではない。


 さらに言えば、清歌以外に魔物を仲間にできた冒険者は、まだいないという点も大きい。いずれ突発クエストで従魔を手に入れる者は出てくるだろうが、このタイミングは早すぎるのだ。そんなことからプレイヤー、それもテスター組から驚愕の視線を向けられているというのが、今の状況なのである。幸か不幸かこのグループに突撃インタビューをかますのはかなり気後れしてしまうので、清歌たちは質問攻めにされるという事態は避けられている。


 その辺りの事情を清歌に説明するべきか、絵梨と悠司がアイコンタクトをとる。その時、たまたま清歌の手に弥生が自分の手を重ねてしまった。


「はぅ。ご、ごめん清歌」「? いいえ、弥生さん(ニッコリ☆)」


「フフフ(ニヤリ★)」「ナナナ(ニヤリ★)」「「………………」」


 従魔がどうのといったこととは全く関係のないところでも注目を浴びるのも、そろそろ毎度のことになりつつあった。




 弥生たち四人は新装備の慣らしに手ごろなクエストを、清歌はちょっと遠出が必要な採取クエストを受注して冒険者協会を後にした。


 普段ならば弥生が一声かけて行動開始、というところだが今回は珍しく清歌から提案があった。


「皆さん、もしよろしければ合流と休憩は、外でしませんか?」


「外で? 別に構わないけど、消耗品の補充はどうしようかな……」


「それです、弥生さん。せっかくの能力ですから、ヒナにお願いしてみませんか?」


「ナ!」


 元気よく返事をした飛夏に全員の注目が集まる。確かに飛夏の能力の一つであるストレージブレスを使用すれば、消耗品の配達も余裕である。


「なるほどな~。さしずめ、ヒナの宅きゅ……」「やめときなさい、ユージ!」


 リムジンの件に引き続き、同じ系列のネタを被せてきた悠司を絵梨が窘めた。大元という意味では小説だが、そちらのイメージが強いのは致し方ないところかもしれない。


「え~っと、ともかくおやつ類の差し入れと、補充分の消耗品をお届けしますので、頃合いになったら呼んで下さい」


「う~~ん。今度は清歌をパシリにするみたいで、またもや気が引けるなぁ~~」


 悩ましげな声を上げて眉を下げる弥生に、清歌はちょっと怒った感じの表情を作ると、両手で弥生のほっぺを少しだけむぎゅっとして顔を覗き込んだ


「もう~~、弥生さん? 私は楽しんでいますし、ロールプレイの一つだと思いますから、そういうことは言わない約束ですよ? それにヒナの能力を鍛えるという意味もありますからね」


「しゃ……しゃやくゎ(さやか)~~(か……かお、かおがちかいよ~~)」


 見ている者が思わず視線をそらしてしまいそうな様子を、人の悪い笑みでじっくり観察していた絵梨の脳裏にあることが閃いた。


「フフフ……、あ、そうだ。ストレージの容量が上がったら、町の外でポーション売りでもしてみる? 儲かるかもよ~~(ニヤリ★)」


その言葉に清歌はパッと振り向くと、絵梨と同じようにニヤリと笑った。


「それは、いいアイディアですね! 大儲けの予感がします」


「でしょ? フフフ(ニヤリ★)」「フフフ(ニヤリ★)」「ナナナ(ニヤリ★)」


 阿漕な相談をする二人と一匹は何やら楽しそうだが、一方で釈然としないものも約一名。


「だ、だからまたそうやって~! 私の純情を返せ~~!!」





名門女子校は私立リ〇ア〇女学園のイメージでどうかひとつ。

なお、この入試システムこの物語独自の物であり、あくまでフィクションです。


ヒナのポジションは迷った挙句、弥生のライバルではなく絵梨の同志になりました。

たぶん、たま~に弥生に意地悪をして楽しんだりすることでしょう。

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