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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第三章 発見と企画
24/177

#3―01

#3―00前書きにも追記しましたが、プロローグ扱いの0話にしては長すぎると考え、二話分に分割しました。

こちらはその後半となります。内容に変更はありません。




 スベラギの南がサバンナだとすると、西門の外に広がるエリアは森と湖のフィールドといえる。緩やかだが意外に起伏があるサバンナと比較して平坦な土地であり、一部は湿原となっていた。


 出現する魔物はレベルという意味ではサバンナエリアと同程度かやや強い程度だが、水陸両用の魔物や、湿原などの足場の悪い場所を好む魔物など戦いにくい相手が多い。また自然環境的に水や植物が豊富ということから、草食の魔物が大型化し耐久力が上がっている。さらに個体数は少ないものの、それら大型草食魔物を捕食する巨大な恐竜タイプの魔物も出現するので、全体的な難易度はサバンナよりも高い。


 一方で収集できるアイテムとしては草花系が豊富なだけでなく、属性が付いている特殊な湧き水、川底の石ころの中には低確率だが宝石の原石、川岸や湖岸の地層が露出している場所からは各種鉱石、森からは木材――というように素材の宝庫となっている。


 一つの町の南と西で(ついでに言うと北と東もなのだが)そんなにも違う自然がありうるのかという疑問は、スベラギは島全体が新人冒険者の練習用に構成されているから仕方ないのだ――というかなりメタな理由で叩き潰すしかない。さらにこれまたゲーム的な話になるが、南エリアで活動をしている初心者が誤って西エリアへ侵入してしまわないように、西エリアと南エリアは森という一種の壁によって分断されている。


 ちなみに弥生たちがメインの狩場にしているのがこの森であり、ジョストボア狩りもこの森の若干木がまばらな入り口付近で行っていたのである。


 ところで古~いタイプのRPG、それもワールドマップがある類をプレイしたことがある方は、こんな経験をしたことがないだろうか? 突き出た半島の先端付近をうろうろしていたら、明らかにその地域では出現するはずのない強力な敵に出くわした、などということに。それ自体は何のことはない、敵の出現エリアの線引きがほんの僅かにずれていた結果という、バグとも言えないような開発のちょっとした見落としだが、そういった場所は経験値稼ぎの穴場として、プレイヤー側からすれば結構利用価値があったりする。


 オンラインゲームの場合、その手の見落としがあったとしてもあっさり修正されてしまうので、穴場として利用できるのはほんの僅かな期間だけというのが普通だ。知らないうちにあったメンテナンスの内容を確認したら、「穴場がありましたので潰しました」などということは良くある話である。


 しかし<ミリオンワールド>の場合、恐らくは意図的なのだろう、開発の仕込んだ穴場スポットがいくつも用意されているようだ。そういった穴場は町中にも点在していて、清歌の見つけた“転げ落ちる蜜柑亭”もそのうちの一つである。


 悠司のナビゲーションで三人が無事(?)降り立ったポイントは、テストプレイ時に発見した素材収集における穴場の一つであった。







 清歌たち三人が受注したのは、ナッツアップルの実を採取して指定の数だけ納めるという、典型的な採取系クエストである。


 ナッツアップルの実は栄養豊富で食材になるだけなく、ワンランク上のポーションや能力上昇ブーストアイテムの素材にもなるので、町では常に高い需要がある。従ってクエスト用の採取に加えて、自分たちで使うための物、あるいは換金用として余分に採取するのがセオリーだ。


 ちなみにほのかに林檎の香りがするマカダミアナッツというイメージで間違いなく、一応回復アイテムとしての効果もありHPとMPがほんの僅か回復する。


 この場所は、ぐるりとナッツアップルの木に囲まれていて、実が取り放題状態だ。また日の光に恵まれて良く育っている草花にも素材として使えるものがあり、崖には鉱石の採取ポイントもある。


「なるほど。いろんな素材が採取できるポイントなのですね」


「そね。……でも、穴場の理由はそこじゃないのよ」


「この辺りはゲーム的に言うと、スベラギの南と西エリアの境界線上にあるらしいんだわ。そしてなんと! ここはお隣の西エリアで採れる素材がゲットできるという、お宝ポイントなのだ」


「お~~」「ナ~~」


 穴場の穴場たる所以を明かす悠司に、清歌はパチパチと拍手をしながら、飛夏は尻尾をゆらゆらさせながら、お約束っぽくきっちり驚いて見せる。


「ま、意図的に仕掛けられたものでしょうけどね(ニヤリ★)。……あ、だからあの崖の向こうに入ると敵が強くなるから、絶対に入らないようにね」


「はい、分かりました。……では、早速採取を始めましょう」


「オッケー。さっさと実を集めて俺は採掘の方を……って、アレ? そういえば清歌さん。採取用装備って用意してる?」


 さて仕事にとりかかろう、というところで悠司が今更ながらの疑問を口にする。


 <ミリオンワールド>における素材採取は採取、伐採、採掘の三種類に分類されている。採取は草花やキノコ類などの素手や鎌あるいはシャベル等で採取できる植物全般を、伐採は鋸や斧を使わなければならない類の樹木から木材類を、採掘は主につるはしを用いて鉱石類を採ることであり、それぞれに対応するタレントがある。


 現実的に考えると奇妙なのだが、河原の石を拾うだけといった作業でも、それが鉱石素材である場合は採掘に分類される。また竹を収集するなら伐採だが、タケノコを採るのは採取になるという具合に、入手できる素材によって分類されるようになっている。


 一応タレントは必須ではなく、採集にチャレンジするだけなら誰でもできる。しかしタレント無しの成功率はかなり低く、仮に成功しても品質は落ちてしまう。その傾向はレアリティの高い素材になるほど顕著になるので、基本的にタレント無しの冒険者は採取作業にチャレンジすることはほとんどない。


 さて、具体的な収集作業はどのようにするのかというと、適正なタレントを持った上で採取対象に対して適切な道具を使用すれば完了する。例えば採掘ポイントならば、採掘タレントを習得した状態でつるはしをガツンと振り下ろせば、鉱石素材がポロッと零れ落ちるという具合だ。


 ちなみにモンスターではなく採取素材に分類される小さな昆虫や小動物というのもいて、これらはいずれかの採取タレントを持っていれば採取可能である。この場合、最も高いレベルのタレントが適用される。


「採取道具なら大丈夫です。私にはこれがありますから……」


 そう言って清歌が袂から取り出したのは、例のメカニカルなピッケルもどきであった。


「……その名も“万能採取ツール”です!!(ドヤッ☆)」


「「………………え゛っ!?」」


 ジャジャ~ン! と効果音が付きそうな感じで掲げて見せるアイテムを見て、絵梨と悠司は目が点になってしまった。


 光の刃が出そうにも関わらず武骨な金属製のピッケルという外見にせよ、敢えて万能とつけるネーミングにせよ、どうにもネタ臭が漂う装備だ。――というか二人ともテスター時代から今に至るまで、こんな装備は見たことがない。一体どこからこんなものを引っ張り出してきたというのだろうか?


「……っていうか、見たところピッケルみたいだから、つるはしとハンマーにはなるんでしょうけど、それで万能は言い過ぎじゃないの?」


 気になるポイントはあれこれあれど、絵梨は取り敢えず止まった時間を再始動させるために、分かりやすいポイントから突っ込むことにした。


「あら、そんなことありませんよ。ここを……こうすると……」


 清歌が柄を両手で持って少し捻るとカチッと小さく音がして、つるはし状の部分が薄く変形して鎌になった。これぞ正真正銘のモーフィングと言いたくなるような、ヌルッと滑らかな変形っぷりであった。


「はいっ!?」「なんと!」


「この程度で驚いてもらっては困りますよ~。続いて……」


 驚いて声を上げる二人に清歌はニヤッと笑みを見せると、ツールを次々と変形させていく。鎌からナイフへ、続いて鋸、オノ、シャベルと変形させて、ここで柄をシャキーンと伸ばすと、小さな植物採取用のシャベルが雪かきもできそうなスコップへとさらなる変形をした。


「お~~、それは便利ね!」「万能の名はダテじゃないってことか!」


「いえいえ、なんとまだあと二つも! 機能があるんですよ~。一つはユーザー設定で形状を自由に作れること」


 清歌がそう言いつつ柄を元の状態に戻してまた一つ捻ると、逆三角形のリング状に変形した。意味不明の変形に二人が怪訝な表情になるが、清歌は畳み込むように最後の機能を披露する。


「そして反対側が……」


 ツールを逆さまに持ち替え、崖の土が露出している方へ向けてスイッチ(安全装置のボタンとトリガーの二か所)を押し込む。すると鋭い銛状に変化した柄頭がワイヤーを伴って勢いよく射出され、ドスッという鈍い音を立てて突き刺さった。


「ワイヤーアンカーになっているのです!」


「おぅ、かっけ~じゃん!!」「わぉ! イカすわ!!」


 いつの間にか三人は、まるで真夜中の通販番組で、怪しげな便利アイテムの実演でもしているかのようなノリになっていた。そしてその奇妙なテンションのまま清歌はツールを元通りの形状に戻すと、二人に向かってウィンクをして見せた。


「どうですか? 欲しくなりませんか?」


「そうね! 一家に一つあると、すっごく便利だと思うわ! ね、ユージ?」


「ボクもそう思うヨ、エリー! でもさ~、こぉんなにすっごいモノなんだよ?」


「オー、そうよネェ。……やっぱり、お高いんでしょう?」


「そう思うでしょう? ところがなんと! こちら、初期装備品なのでタダ! なのです」


「ワォ! 凄いじゃない!」「これはもう、ゲットするしかないネ!!」


 これがもし本当の通販場組であったのなら、この後大きく値段が表示されて、申し込み先の電話番号などが画面いっぱいに表示されることだろう。しかし残念ながら、通販番組の収録ではないどころか、ギャラリーすら皆無という状況である。


「「「………………」」」「……??」


 ネタとしてはバッチリ決まったものの、ウケるにせよ突っ込まれるにせよリアクションがないというのはかなり空しい。ある意味唯一のギャラリーであった飛夏も、何をしているのか理解できなかったらしく体全体を傾けている。遠くから「ピー、ヒョロロ~」と聞こえてきた鳥の鳴き声が演出だったのなら、絶妙なタイミングだったと言えるだろうが――これは偶然だろう。


「コホン。……え~っと、清歌も通販番組なんて見るのね。ちょっと意外」


「え……ええ。あのシュールさは結構面白いですよ、海外モノは特に。……注文したことはありませんけれど」


「あ~、まぁ、そらそうだろうな」


 三人は顔を見合わせると気が抜けた感じに笑って、このびみょ~な空気は流してしまうに限ると認識を共有する。今後コントじみたやり取りをするときは、最低限一人はリアクションをしてくれる人を前にしていた方がよさそうだ。


 それはそれとして、絵梨と悠司には確認すべきことがあった。これまでの例から考えて、<ミリオンワールド>にはスキルにせよ装備品にせよ全く使えないモノは存在しない反面、いいことずくめのモノもまた存在しない。従ってこんな便利なツールに、落とし穴が仕掛けられていないはずはないのだ。


「それで清歌さん。そいつの落とし穴はどの辺りにあるんで?」


「先に私の予想を言うと……そうね、採取物の品質が下がるか、武器としての攻撃力が極端に低い……っていうところかしら?」


 清歌は悠司の言葉に目を瞠り、続く絵梨の予想には軽く肩を竦めてクスリと笑った。


「お二人とも流石です。万能に採取できるというくらいですから、採取の品質が下がったりはしません。それどころか形状記憶メタルとやらが使われているそうなので、損耗が自動的に回復するというおまけつきです」


「うそ!? 凄いじゃない!」「確かに! ……が、じゃあペナルティは」


「ペナルティは武器の固有能力として<通常攻撃ダメージ(ゼロ)>がついていることです」


 清歌の説明を聴いて、絵梨と悠司はがっくりするどころかむしろ納得していた。確かに万能と称するに値する採取ツールだけに、それ以外の能力が全くないというのはある意味当然ともいえるだろう。そんな風に考えてしまう辺り、<ミリオンワールド>の流儀に慣れてきているということだろう。


「ま、話の続きは採取をしながらしましょうか」


 ナッツアップルの実は手を伸ばせば届く枝にも生るので、採取自体は結構簡単だ。作業は手でもいで(・・・)もいいが、刃物を使って切り落とすと若干品質が良くなる傾向がある。初心者でも簡単に採取できるにもかかわらず、町では割と高値で取引されているのは、採取場所が森の奥であることに起因する。


 広場周辺に生えているナッツアップルの樹から、簡単に手が届く範囲の実を次々と採取しながら話の続きをする三人。クエストというより農作業をしている気分だ。


「……なるほどね~、能力値的に攻撃役にはなれなさそうだから、ツールカテゴリーから選んでいたら面白そうなのを見つけちゃったのね」


「俺らは使う武器を決めてたからな~。まさかツールに新装備があるとは……」


 実は初期装備品にツールを選択するプレイヤーは少なからずいる。序盤は資金不足に悩まされる分、初期装備品というのは割と優秀なものが多い。絵梨たちが今使用している採取用ナイフはレンタル作業所で販売されているものだが、初期装備品の採取用ナイフの方が品質は上で、なにより耐久性が段違いに高い仕様になっている。


 職人を目指すプレイヤーはその辺の事情を鑑みて、武器としても扱いやすい鍛冶ハンマーやつるはし、あるいは伐採斧などを初期装備品として選択することが少なくない。無論、武器としての性能は一段落ちるのだが、ウサギやカピバラ程度の狩りならば支障はない。


「最初はチュートリアルで見た光剣もいいなと思ったのですけれど、前衛はもうお二人がいるのに、あまりダメージを与えられない前衛がもう一人増えてもな……と」


「まあ、それも一理あるか。っていうか清歌さん、光剣を選ぶつもりだったの?」


「はい。おそらく光剣もそれほど悪いものでもないと思いますよ。刃がすり抜けてしまうということは、すれ違いざまの攻撃や連撃が、速さを落とさずにできるということですから」


 清歌の説明に二人の目から鱗が落ちた。確かに使い方によっては、物理的に接触しないというのはデメリットばかりではない。


「使い方次第ってことよね。……そんな使い方ができればだけど(ボソリ)。……あ、使い方っていえば、そのワイヤーアンカーはどうなのかしら? ツールっていうのとは違う気がするんだけど……」


「ああ、確かに。……一瞬、俺は組み合わせて鎖鎌もどきにするためのネタかと思ったんだが」


「ふふっ、それは気が付きませんでした。面白いアイディアですね。……けれど、ちゃんと採取の役にも立つと思いますよ? 例えば、こんな風に」


 清歌はツールを最後に実演した輪っか状に、柄頭の方はフック状に変形させるとワイヤーを長めに引っ張り出し、勢いよく上へと放り投げて高い位置の枝に引っ掛けた。そしてググッと一、二度引いて、しっかり掛かっていることを確認してから、輪っかに足を入れ(この為の形状だったのである)、反対の足で地面を蹴る。


「「お~~~~!!」」


 絵梨と悠司が見守る中、清歌がするすると樹の上へと引き上げられていった。アンカーで物を引っ張り寄せるのとは逆の発想である。


 考えてみれば、採取をするポイントが崖の上や下という場合はあるし、流れの速い川を渡るような場合でも、向こう岸に上手く引っ掛ければある程度安全に渡れるだろう。ワイヤーアンカーというよりロープ代わりだと思えば、便利に使えそうな気もする。――もっとも清歌の場合は、飛夏の空飛ぶ毛布を使ってしまえば万事解決してしまうので、出番は少なそうである。


 そんなことを考えつつ、二人と一匹が清歌の吸い込まれていった木の上を見上げていると、広場に弥生と聡一郎が現れた。


「どしたの? 二人揃ってぼんやり木の上を見上げちゃって」


「……それに清歌嬢が見当たらないようだが、どうしたのだ?」


「あら、蜘蛛狩りは終わったみたいね。ま、いろいろあるのよ、清歌と一緒にいるとね(ニヤリ★)」


 絵梨と悠司は空飛ぶ毛布で飛び立ってからあったあれやこれやを説明した。弥生はいつの間にか抱きかかえていた飛夏を撫でながら、聡一郎はその様子を微妙に羨ましそうに横目で見ながら二人の話を聴いていた。


「えっと……まぁ、清歌だからね! っていうか、空飛ぶ毛布ってそんなに怖かったの?」


「ハハ、まぁ清歌さんだからってのは、俺らも似たような結論になった。毛布の方は……そうだな~、怖いっつ~か不安定な感じがするんだよな」


「そね。手すりも何もないから、な~んか落ち着かないのよ。……ま、ヒナは結構大きな毛布になれるから、それで解決するんだけど。ね、ヒナ~」


「ナナッ!」


 絵梨がヒナを撫でながら呼びかけると、「任せなさい!」とでも言っているような感じで一声鳴いて返事をする。そのお利口さんな様子に、女性陣二人の表情がふにゃふにゃと蕩けてしまう。――すっかり弥生ファミリーβのマスコットポジションになっているヒナであった。


「ところで、清歌嬢が降りてこないようだが……遅くはないか?」


 聡一郎の問いかけに、一同の動きがピタリと静止した。清歌が登って行ったのは弥生たちが現れる前のことだから、確かに結構長いこと上に居る。この辺りにはアクティブな魔物もいるが、特にそんな気配は感じられないし――はたして、何をやっているのだろうか?


「清歌~! なにやってるの~。そろそろ降りてきなよ~!」


「……その声は弥生さん? は~い。今す……きゃ! ちょっと、暴れないの。危ないでしょう? あ、今降りま~す」


 四人の頭に過った、木の上では一体何が起きているのかという疑問は、ひらりと飛び降りてきた清歌の、肩と左手に乗っていたあるものを見て解消された。


「すみません、上で懐かれてしまいまして。……はいどうぞ、ナッツですよ~」


 そこにいたのは紛れもなくナップルリッスンであった。成獣は仔猫ほどだが、清歌にまとわりついている二匹は二回りほど小さいので、おそらく子供の個体なのだろう。清歌から手渡しされたナッツアップルの実を両手で受け取ると、カリポリと食べ始めた。


「「「「…………」」」」


 目を皿のようにしてその様子を凝視する四人。特にテスター時代に魔物使いにトライしていた絵梨と悠司の驚きは半端ではなかった。二人の経験から言えば、こんな光景はあり得ないのだ。


 テストプレイの時、フィールド上の魔物を仲間にしようとチャレンジした者は数多くいたのだが、そのことごとくが失敗している。理由は簡単で、魔物と友好的に接触することができないのだ。アクティブな魔物は近づけば襲い掛かられるし、ノンアクティブの魔物は警戒心が強くて一定以上近づくと逃げられてしまう。戦闘状態でHPが尽きるまで魔物を撫で回していた猛者もいたが、あえなく死に戻りとなっている。


 にもかかわらず清歌は二匹も体に乗せて、あまつさえナッツを手渡ししているのだ。こればかりは“清歌だから”では済まされない異常事態である。


「ちょっと待った、清歌。それ、一応魔物だよ? 危なくない?」


「あ、栗鼠かと思っていましたけれど、魔物なのですね。特に危ないことはなさそうですけれど……」


 相変わらず一心不乱にナッツを食べている様子からは、確かに危険な魔物の気配など欠片も感じられない。まあそもそも弱い魔物なので危険性は皆無と言ってもいいのだが、その分非常に警戒心が強い――はずなのである。


「コレは一体どういうことなんだ? 結構大勢のプレイヤーが挑んで、それでも背中を撫でることすらできなかったっていうのに……」


「確かに有り得ないって言いたいんだけど……、なにか理由があるはずよね?」


 数多くのプレイヤーを悩ませていた謎を解ける鍵があるのかもしれないと、絵梨と悠司は時折ボソボソと何やら意見を交わしながら考察を始めてしまった。


 頭脳労働は二人に任せることにした弥生が、ナップルリッスンにちょっと触れてみようと、清歌の肩に乗っている方に指をそ~っと伸ばしてみる。しかしあと三十センチというところで、ササッと反対の肩へと逃げられてしまいガックリしていた。


「ヒナ、おいで~。この子たちの相手をお願いね」「ナ~」


 肩を落とす弥生を見て清歌はクスリと笑うと、こちらが気になっている素振りを見せるヒナを呼びよせ、二匹のナップルリッスンを地面に放した。魔物のヒエラルキー的には頂点と底辺ほどの差があるはずなのだが、三匹が仲良く戯れ始める。


 小動物(本当は魔物なのだが……)がじゃれあう姿に和みつつ、清歌は先ほど弥生から素早く距離を取ったナップルリッスンを見て、ふと思い浮かんだことについて話した。


「もしかすると、私が完全に丸腰だから警戒されなかったのかもしれませんね」


「え!?」「ああ!!」「え? でもそれって……」「うむ、普通は有り得んな」


 とんだ盲点を突かれた、という反応を見せる絵梨と悠司とは対照的に、弥生と聡一郎は若干否定的な見解のようだ。


 基本的に<ミリオンワールド>を<冒険者>でプレイしているということは、少なからずRPG的世界で冒険をしたいという気持ちがあるということだ。それが町の外に出かけるというのに丸腰というのは普通有り得ない、という弥生たちの意見は至極まっとうなものだ。しかし一方で現実的に考えると、武器を持って近づいてくる冒険者に対して、魔物が警戒するというのも理解できる話ではある。


 問題なのは、清歌のプレイスタイルが通常からかけ離れすぎているため、どこに理由があるのか、今一つ判然としないことだろう。――いずれにしても今の段階では情報が足りない。


「ま、要検証ってところね~。……ねえ清歌、その子たちと従魔契約はできそうなのかしら?」


「従魔契約ですか? “情報オープン”……契約成功率95%と出ていますので、恐らく問題なくできそうです」


「お~、じゃ、契約しちゃう? フィールドの魔物とは初契約なんじゃない?」


 弥生は期待を込めて言うのだが、清歌はゆっくり首を横に振った。


「いいえ。残念ですけれど、今はやめておきます」


 今のところ清歌が従魔にできる上限は三体のみである。ちなみにレベル1で一体、レベル10で二体に増え、以降は5レベル上昇するたびに一体増え、最大で五体まで同時に連れていくことができる。また、さらにレベルを上げて<放し飼い>というタレントを習得しホームを入手すれば、庭に従魔を放すことができるので、そうなれば契約の上限数は放す庭の広さに依存することになる。


 当面の目標が戦闘で役に立てる魔物との契約である以上、貴重な枠をナップルリッスンで潰すのは避けたいところだ。契約の解除も可能だが、せっかく仲間になってもらったのにすぐに放すというのは気が引けるし、一度契約を解除したことのある魔物とは契約の成功率が下がるとのことなので、やはり今は契約できないという結論になってしまう。可愛らしい魔物なので、ホームを入手したら庭に放したいのだ。


「そっか、残念だけどそういうことなら仕方ないか~」


「まだまだ検証するポイントは多いけど、フィールドの魔物でも契約はできそうだって分かっただけでも大収穫ね!」


「だな。……あ、清歌さんは当面、外でレベルを上げるつもりはないんだよな? だったら悪いんだけど、しばらくは戦闘を避けたままでお願いできるかな?」


「あ、なるほど。そういう可能性もありそうですね。承知しました。ヒナと一緒ですから、問題なく戦闘は避けられそうです」


「お~、ヒナは優秀な子だね! う~ん、こうなってくると清歌のモフモフ天国を作るためにも、ひっろ~い庭のあるホームが欲しくなってくるね!」


「うむ! いっそ俺たち専用の島を一つ手に入れるか」


「お、そりゃいい! なかなかでかい目標だな」


 ゲームでなければなかなか実現できない大それた野望に、弥生ファミリーβ一同は大いに盛り上がるのであった。





不手際があり、大変申し訳ありませんでした。m(__)m

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