#3―00
三章は前話の直後からスタートとなります。
プロローグっぽくはないですが、一応0話ということで……
※2015.11.2追記
申し訳ありません。自分で読み返してみて、プロローグ扱いの0話にしては長すぎると感じたために、二話に分割しました。内容に変更はありません。
スベラギ南西の森をやや深い位置まで踏み込むと、植生にナッツアップルの樹が混じるようになる。ナッツアップルとは、色や形そして匂いは林檎そっくりで、大きさはピンポン球ほどの大きさの実をつける樹木だ。もっとも林檎っぽい外見はただの殻で、本当の実はそれを割った中から四粒取れるナッツの方である。また、その実を主食とする小動物系の魔物も数多く存在し、ナッツアップルの樹はそれらの棲家にもなっている。
そんなとあるナッツアップルの枝の上、仔猫ほどの大きさがある栗鼠のような魔物が、ただ今絶賛お食事中だった。殻を割った中から器用にナッツを一つずつ取り出し、一生懸命カリポリ食べる様子は魔物とは思えない、ただの可愛らしい小動物の姿である。
なおこの魔物、ナップルリッスンという。成獣で仔猫ほどの大きさになり、身体の大きさとの比率という意味で、栗鼠よりも大きく長い耳が外見上の特徴だ。目を閉じてこの耳をピコピコ揺らすという、耳を澄ますような仕草を良くすることと、ナッツアップルを主食とすることからこの名が付いたとされているが――どうにも後付けっぽい由来である。
一つめのナッツを食べ終わり続いて二つめへと手を伸ばそうとしたとき、不意に上空に何かの気配が現れた。ナップルリッスンは慌てて幹の方へ駆け寄り、上下どちらへも逃げられるようにしつつ、気配の主を確認しようと木々の隙間越しの空へと視線を向けた。
上空の何者かを見上げた頭をそのまま横に傾ける。他にも何匹かのナップルリッスンが気配を確認しようと空を見上げ、一様に首を傾げている。考えていることを代弁するなら、「なんじゃ、ありゃ?」といったところか。
感じた気配は間違いなく魔物のものだったはずで、見上げた先にいた空飛ぶナニカから感じられる気配と一致している。しかし、あんな真四角な形状の魔物などいただろうか?
取るべきリアクションの選択に困った結果として、ただ呆然と見上げていると、空飛ぶ四角形は何事もなく飛び去っていった。意外に大きかったものの、特にこちらに危害を加えてくるような魔物ではなかったようで一安心である。何しろ森の中だけでなく魔物全体で考えても最底辺の強さであるナップルリッスンには、天敵が山ほどいるのだ。
まぁ、こちらに害がないのなら正体なんてなんでもいい――と思ったのかどうかは不明だが、遠ざかっていく気配に興味を失ったのは確かなようだ。置きっぱなしになっていたナッツアップルの傍に戻り、二つ目のナッツを両手で持って幸せそうにカリポリと食事を再開していた。
「ん~、やっぱり空の旅は気持ちいいわね~!」
「はい! ……ただ弥生さんたちには、ちょっと悪いことをしてしまいましたね」
「ま、そこは後で埋め合わせをするしかないだろな。あ、清歌さん! 少し右手の方、森の高さに段差があるところが例のポイント」
「え~と……はい、分かりました。ヒナ、お願いね」
「ナナ~!」
清歌の言葉に従って一声あげた飛夏が、やや右手へと進路を取り、同時に徐々に高度を下げ始めた。
ただ今、清歌を始めとする採取クエストを受注した三人は、空飛ぶ毛布に乗って上空から採取ポイントへと向かっていた。眼下には森が広がり、程よく感じられる風が心地よい。森のさらに遠くは恐らくすでに隣のスベラギ西エリアなのだろう、大小の湖と流れる川が日の光を反射して輝いている。――なかなかの絶景であった。
徒歩で地上を行かなかったのは、この辺りはアクティブの飛行する魔物がいないこと、敵を避けて地上を行くと遠回りで時間がかかること、そして空飛ぶ毛布のスペックを確認する必要があることなどからである。
もっともそれらは明らかに理論武装しただけで、単に空を飛んで移動したかっただけなのは明らかで、あぶれた弥生はかなりブーたれていた。ちなみに口には出さないものの、聡一郎も残念そうな様子だったのを付け加えておこう。
「っつーか、毛布をかなり拡げて貰ったから気持ちいいなんて言えるわけだが……」
「あ~……、あはは。確かにそうね、空飛ぶ毛布って案外頼りないのね」
悠司のぼやくような感想に絵梨が同意する。意外なことに空飛ぶ毛布の最大の問題点は、定員でも速度でも航続距離でもなく、単純に“慣れないと怖い”という点だった。
最初の内はお試しで三人同時に乗っていた時の様に、紙飛行機状で飛んでいたのだが、高度と速度を上げるにつれて、一枚の毛布の上にただ座っているという頼りない状態に、絵梨と悠司はどうにも心細くなってしまったのだ。落ち着いて楽しめるようになったのは、毛布を大きく拡げて、すぐ横を見たら縁から下が覗ける、という状態が解消されてからのことである。
「乗員は時空魔法で保護されている、ということですので、危険はないと思いますよ」
飛夏の頭がある角――つまり先頭付近に座っている清歌が、絵梨の方へ笑顔を向けて太鼓判を押す。
自ら保証しているように、普通は頼りないと感じる毛布の上でも、清歌は特に怖いとは思っていない。単にこの程度のことを怖がるような性格ではないということだけでなく、レベルが上がったことで取得していたタレント<意思疎通>によって、仕様に対する信頼感があるためだ。ちなみに飛夏に大した説明もなく、清歌が「お願い」するだけで意図が伝わっていることや、飛夏の鳴き声で何を言っているのか大体把握できているのも、このタレントのおかげである。
実際、乗員が自分で“降りる”と意識しない限り、毛布から多少離れても引き寄せられるように元に戻るというミステリアスな安心設計になっている。また、速度を上げても風圧は一定以上に上がらないので、風にあおられて落とされるという心配もない。極端なことをいえば、半分に折ったバスタオル程度のサイズの上に直立して、アクロバット飛行をしてもヘッチャラなのである。
「その辺は分かってるんだけどね……。ま、このくらいに毛布を拡げてくれれば怖さはないから、今後はそんな感じでお願いね、清歌、ヒナ」
「承知しました」「ナ~」
そんなやり取りをしているうちに、先ほど悠司が指示したポイントが近づいてきた。良く見ると、森の高さに段差がある付近に木々が多少まばらな場所がある。
「清歌さん、あのちょっと開けた場所。あのへんが降りるのにちょうどいいと思う」
「え~と、はい、確認しました。では…………あ」
微妙に不吉な響きのある一音を発して言葉を切る。絵梨と悠司がその意味を問い返す前に、清歌は落ち着いた様子のまま立ち上がった。
「ヒナ、進路はそのまま、木にぶつからないギリギリまで高度を落として」
「ナッ!」
「さ、清歌!? いったいどうしたの? 何かあったの?」
慌てて問い返す絵梨に、清歌は大分近くなった木々の様子を確認しながら答える。
「いつの間にかヒナのMPが危険域でした。目的地まで三人だとギリギリのようですので、私は一足先に降りることにします」
落ち着き払った様子に思わず「ああ、そうか」と納得しそうになる二人だが、結構とんでもないことを言っていることにすぐに気がついた。
「ちょ~っと待った、清歌さん! 降りるってどうやって!? その方が危なくないか?」
「そ、そうよ。っていうかMPがゼロになったら、いきなり元に戻っちゃうの?」
清歌は振り返って二人を安心させるように笑顔を見せると――
「MPが尽きてもいきなり元に戻りはしませんけれど、一メートルほどの高さまで自由落下……というか滑空することになります。それから、この辺りの木は丈夫そうですから、飛び移っても問題ないでしょう」
などとのたまったが、聞かされた側としては余り安心できる内容ではない。
正直なところ、絶叫マシンのようにきちんと安全バーだのベルトだのがあるならいざ知らず、毛布に座っているだけの状態で自由落下は勘弁願いたいところだ。しかし、清歌にここからの飛び降りを敢行させるのも気が咎めるし、そもそもそんな危険なことはさせたくない。
などと二人が葛藤しているうちに、清歌は手ごろな木を見つけてしまったようだ。
「では、後ほど合流しましょう。ヒナ、二人をよろしくね」
飛夏が「お任せあれ」と返事をしたのを確認すると、清歌は何の気負いもなく空飛ぶ毛布から飛び降りた。
「きゃ~!? 清歌~!!」「って、いきなりかよ!? 清歌さ~ん!」
思わず毛布のふちに這い寄って、清歌の飛び降りた先を確認する二人。果たしてそこには、無事枝の上に降り立った清歌が二人に向けて小さく手を振っていた。
絵梨と悠司がほっとして微妙に力なく手を振るのを見た清歌はクスリと笑うと、合流ポイントへ向けて少しずつ下の枝へと順に飛び移って移動を始めるのだった。
その様子を見ていた上空の二人はというと、若干疲れた表情で顔を見合わせると、一つため息をついていた。
「ま……まあ、問題なさそうなら良かった……のか?」
「……まぁ、そういうことにしときましょ。っていうか私らはあと何回、あの子に驚かされるのかしらね?」
「さぁな~。彼女と友達やってる限り、その辺はもう諦めるしかないんじゃないかと思うんだが……どうかね?」
「あら、達観したことを言うのねユージ。でも、それが正解なんでしょ~ね。……さてと、ヒナ~、ご主人様と早く合流するわよ」
「ナ! ナナ~」
絵梨の言葉に鳴き声で応じると、飛夏は速度を上げつつ木々に接触しないよう一旦高度を取り、合流ポイントへの進路がクリアになるまで待つと一気に降下を始めた。
「ちょ、ヒナ~~!!」「結局、こうなるのか~~!!」
清歌の気遣いの意味があったのかなかったのか――絵梨と悠司は結局、速度を上げての急降下という自由落下に勝るとも劣らない絶叫体験をするのであった。
目的地は森の中に偶然できた隙間のような場所で、周囲の薄暗さとは対照的に柔らかく明るい木漏れ日に満ちていた。上空から見た時に木々の高さに段差があったのは、それまで緩やかだった丘の傾斜が急にきつくなって崖になっている部分があるためであり、同時にこの森の隙間ができた理由でもある。
空飛ぶ毛布から降りて絵梨と悠司がゆるぎない大地の安心感を噛み締めていると、森の方から軽やかな足音が聞こえてきた。
「ナナ~~!」
現れた清歌の胸に、いつもより速いスピードで飛夏が飛び込む。いったん足を止めてしっかり抱きとめた清歌は、苦笑気味にそのまんまるボディをナデナデする。
「……もう、ヒナは甘えん坊ですね。すみません、お待たせしました……? あの、お二人ともどうかされましたか?」
地面に座り込んで、妙に疲れた表情をしている二人を見た清歌が、不思議そうに首を傾げる。
「いや、まぁ……気づかない内に絶叫マシンに乗ってたっていうか……な?」
「そね。大した話じゃないわ。えっと……結論としては、ヒナはご主人様が大好きって、そういうことでいいのかしら?」
「あ~、なるほど。まあ、そんなとこだろな~」
「???」「ナァ~」
相変わらず不思議顔の清歌とは対照的に、背中をナデナデされている飛夏は悪いことをしたと思っているのか三角形の耳が若干倒れ気味だ。そんな様子を見てしまうと、二人も毒気を抜かれてしまう。
「フフ、こっちの話よ。……さ、それより、クエストにかかりましょ!」
ブックマーク、そして評価もありがとうございます。
引き続き同じくらいのペースで更新できれば……と思っています。