#2―12
兎にも角にも大声で突っ込みを入れたことで、怒りでもなく憤りでもない――あえて言うなら、あからさま過ぎるフリに突っ込まざるを得ない苛立ちというような、やり場のない感情を発散させた五人は、どうにか冷静さを取り戻せたようだ。
「ええっと、じゃ、じゃあどんなことができる子なのか……の前に名前かな?」
「はい。……では、そうですね~」
清歌はどうやら竜であったらしいネコダマ型魔物を持ち上げて、正面から向かい合って見つめる。果たして竜であるかは微妙な気もするが、“毛布竜”の名に恥じないとてもいい手触りで、触れているとどことなく癒される感じがする。
そんなことを考えて、清歌は命名する。
「では、あなたの名前は飛夏です。飛ぶ、夏と書いてヒナツ。愛称はヒナですね」
「ナ~!」
飛夏は嬉しそうに一声鳴くと、清歌の周りをふよふよ一回り飛んでから、ここが定位置とばかりに膝の上に着地した。
「ヒナツ、ヒ……ナツ……ピーナッツ? あ、なるほど、毛布と言えば……ね。ちょっと捻ったの?」
「ふふっ……はい。ライナスではちょっとあからさまですし、せっかくですから漢字で名前を付けたかったということもあります」
いわゆる安心毛布から連想したネーミングであると気づいた絵梨に、清歌はちょっとだけ補足を加える。
「えっと……由来は良く分からないけど、ヒナでいいんだよね。うん、可愛い!」
「弥生、素直さは確かに美徳かもしれんが……ま、いっかそこは。……で、さっきから気になってるんだが、本当に竜……なのか?」
悠司の言葉に清歌を除く四人の視線が飛夏に注がれる。当の本竜はニコニコ顔の清歌に背中を撫でられてご満悦の様子。疑惑の視線など知ったこっちゃないようで、そんなマイペースさはかなりネコっぽい。
「むぅ。たしかに鱗はないが、四足で尻尾があり羽もあって、額には角らしきものもある。一応、竜の特徴は揃っていると思うが……どうだ?」
「どうだ? ってソーイチはもぅ。……確かに特徴的なパーツを読み上げれば、連想される魔物は竜でしょ~ね。登場する物語によっては、毛皮があって鳥のような翼の竜っていうのもいるから、そこまで奇抜なわけでもない……かも?」
外見的事実を積み上げた聡一郎に、絵梨がフォローを試みたようだが、微妙に自分でも信じ切れていない様子だ。
「う~ん……、でもまぁいいじゃない。こんなにカワイイんだし! それに曲がりなりにも竜だよ? きっと強いんだよ~、ブレスとか吐いちゃうよ~!」
一方弥生は、ゲーム的側面から評価をしようと試みた。確かに飛夏が、竜なのか有翼猫なのかはあまり問題ではない。そんなものはライブラリに記載される種族名がちょっと変わる程度のことで、共に冒険する仲間としてはその能力こそ注目するべきポイントなのだ。――なのだが、弥生の言葉を聞いて清歌はちょっと申し訳なさそうな顔をしている。
「すみません、弥生さん。ブランケットドラゴンという種族は、ある意味で最強と言っていいのかもしれませんけれど、戦闘では全く役に立てないようです。……というか、戦闘に参加すること自体ができないようです」
「へ!?」「ちょ、なによそれ!」「仲間にしたのに?」「それはどういう……」
驚きの声を上げ、思わず身を乗り出す四人。戦闘に全く参加できないとは清歌にとっても予想外で、かなり困惑している様子だ。
「う~ん、私らも解説を読んだ方が早いね。みんなも確認してみよ」
弥生の言葉に続くように、四人はそれぞれ飛夏の詳細な情報を表示させた。
ブランケットドラゴン 固有名称:飛夏 主人:黛 清歌
竜種(最上位) 性別無し(全ての竜種は雌雄同体) 時空属性
種族解説(スベラギ学院ナヅカ研究室編纂 魔物大全より抜粋)
属性そのものが極めて珍しい時空属性を極めた、竜の中でも特に個体数が少ない稀少な種族。竜種とは思えない小さな体でもあることから、単一個体種の竜以上に滅多にお目にかかれない、幻とさえ呼ばれる竜。なお時空属性を操る竜はこの種のみ。
身体的な能力は低いものの、常に身にまとっている時空魔法により、物理的な攻撃は捻じ曲げられて決して当たらず、魔法はどれだけ強大なものでも亜空間へ吸い込まれ消し去られてしまう。事実上、この種族への攻撃は不可能であり、それ故に魔物同士のヒエラルキーでは最高位となっているようだが、非常に臆病な性質なので決して戦おうとはしない。
進化の過程で戦闘を完全に避けることができるようになってしまったためか、体は小さくなり、爪や牙といった武器も小型化したが、一方で環境への耐性として全身が毛皮に覆われ、食性も雑食となっている。また時空魔法で自由に空を飛べるために、翼も退化し、現在ではただの飾りになっている。なお、魔法の発動媒体である角は退化したのではなく、体格に合わせたサイズに凝縮されたために非常に硬く強靭で、また常に発動しているためにその輝きが消えることはない。
時空属性のブレスを吐くことができ、このブレスに包み込まれると生物・無生物を問わず亜空間へと吸い込まれる。推測の域を出ないが、魔法の性質的に吸い込まれたものは、任意のタイミングで現象空間へと復帰せることができるものと考えられている。また観測例が少ないために信頼性の低い情報だが、自身に時空魔法をかけることによって、体を様々な形状に変化させることができるようだ。
稀少であること、また単純化した動物の縫い包みのような外見から、裕福な好事家相手の商品として、近年闇商人から標的の一つとされている。もっとも、あらゆる攻撃を無効化して同時に亜空間へと逃げ込んでしまうこの種族は、闇商人ごときに捕らえられることはないだろう。
固有能力
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
「う~む。運よく卵で見つけられたから、“闇商人ごとき”でも入手できた……ということなのだろうか? まぁ、それはそれとして。解説から戦闘に参加できないというのは分かったが……では、具体的に何ができるのだろう?」
一通り解説を読んで、疑問に思ったことを素直に言う聡一郎。こういう理屈っぽいことを語るときに司会進行役になるのはだいたい絵梨になる。
「そうね……まず一応確認。私たちは固有能力がマスク表示になってるけど、清歌は詳細を確認できるのよね?」
頷く清歌は見て、悠司と絵梨はホッとしていた。
<ミリオンワールド>にも一般的なRPGと同じく遭遇した魔物や、入手したアイテムが自動的に登録されるライブラリ機能がある。ただし魔物のライブラリに関しては、登録される条件が意外と細かく設定されていて、名前とレベル帯は遠目に見るだけでも登録されるのだが、詳細な解説については討伐した時点で、使用アーツ、ドロップする素材アイテムなどは、それぞれ本人が経験したもののみ表示されるようになっている。
グループメンバーの仲間になった魔物については、討伐したものと同列に扱われているようである。
ちなみに全ての情報を遠目に見るだけで確認できるアーツも存在するが、あくまでも確認できるというだけで、その情報はライブラリに登録されない。そんなアーツ意味ないのでは――などということはない。事前に敵の使用するアーツを知っていれば初見でも対処しやすいし、詳細な情報の中には弱点が掲載されていることも少なくないのだ。
「そこら辺はテストプレイの時から変わってないのね、ちょっと安心したわ。それじゃ、順番に確かめていきましょう。清歌、お願い」
絵梨に促された清歌は、ブランケットドラゴンの固有能力について順に読み上げていった。
<時空魔法> ブランケットドラゴンは飛行もこの魔法によるものだ。この魔法のみに特化して進化しているため、ただ飛ぶだけ程度ならばMPは消費しない。
<戦闘参加不能> 文字通りの意味で、主人が戦闘状態に入ると亜空間に隠れてしまうという、能力というよりは性質というべきものだ。
<不意打ち完全防御> 自身または主人が対象となっている不意打ちが、物理・魔法を問わず完全に無効化されるというものだ。これはゲームシステム的に言えばプレイヤーが戦闘状態に入るまでの第一波攻撃、いわゆる先制攻撃のターンが終わるまで有効となる。
<最上位種族> 主人と自身だけで行動しているときのみ、アクティブモンスターが反応しなくなるという能力だ。ただしイベント戦などは回避できないし、既に興奮状態になっている魔物には効果がない。
<ストレージブレス> 時空属性のブレスで包み込むことにより、あらゆるものを亜空間へと収納する能力。収納したものは状態が保持され、任意のタイミングで取り出すことができる。収納量は重量制限で、最大値は自身の能力値から算出される。人間や魔物も取り込むことができるが、ブレスに完全に包み込まれるまでには時間がかかるので、逃げるのは容易である。なお、取り出すときにも重量に応じたMPを消費する。
――と、ここまで淀みなくスラスラと読み上げていた清歌が不意に口ごもった。
「……それから……その」
「え? その感じまさか……」「また、なの?」「オッケー。心の準備はできた」「うむ。もう慣れた気もするな」
何かを悟ったらしい弥生たち四人はある種の心構えをした。
「漢字で“毛布”に、アルファベットで“ing”と表記されているものがあります。おそらく読み方は……」
「ぬ。毛布?」「にingっつったら」「まぁ、当然……」「モーフィング、よね!」
少々カラ元気気味に弥生が宣言したものの、五人の気持ちは同じだった。こう短時間に何度もボケられては流石に疲れる。
「「「「「はぁ~~~~~~」」」」」
清歌が用意していた缶ジュース――なんと普通に売られている。さすがに自販機まではないが――をそれぞれ受け取って一息入れ、ようやく落ち着いた五人は確認作業を続けることにした。
「や、でも確認って言ってもさぁ~、<毛布ing>なんだから……毛布になれるんでしょ?」
「はい。もちろん毛布にもなれますよ。ヒナ、お願いね。大きさは、このレジャーシートくらいで」
ネーミングも含めてどうにもネタの類にしか思えないアーツに、そこはかとなくツッコミを入れる弥生に応え、清歌は飛夏に<毛布ing>を使うよう指示した。
レジャーシートの上にはジュースの缶が置いてあるので、清歌が後ろを向いてそちらへ促すと、飛夏はふよふよ飛んで少し距離を取ってから「ナ!」とひと鳴きしてアーツを発動した。基本まん丸な体が音もなく平らに広がり、ふわりと草原へと降りる。
質感はそのままに平らに広がった飛夏は、まさしく毛布そのものである。ちなみに一つの角に頭があり、その対角に尻尾、残り二つの角には羽が付いている状態だ。
「そしてこの状態で……。ヒナ、乗りますよ~」
いつでもどうぞ、という感じで飛夏が鳴いたのを確認してから、清歌がレジャーシートから毛布となった飛夏の上に移動する。毛布は掛けるものであって、敷き毛布とは別物なのではなどと割とどうでもいいことを考えつつ、弥生たちはその様子を見守っていた。
「……では、取り敢えず一メートルくらいの高さで」
真ん中にきちんと正座した清歌がそういうと、草原に敷かれていた毛布が微妙に気の抜けた鳴き声とともに浮かびあがった!
「わわ! え、嘘!? 空飛ぶ乗り物になるの。ヒナ凄い!!」
「うわぁ~、これはイイわね! 個人用の空飛ぶ乗り物なんて、VRじゃなきゃ無理だもの。やるじゃない!」
「おお!! 確かに……こりゃぁ、いいな~、俺も乗りたいな~。絨毯じゃないのがちょい残念な気もするが……」
「これはいいものだな! コレができるなら戦闘ができないことなど、どうということはないな!!」
弥生たちの間に漂っていた先ほどまでの、毛布に変身できたからってそれがなんなんだという微妙な空気は、空を飛べるという事実を目の当たりにした瞬間、完全に吹き飛んでしまっていた。
現実世界では今のところ実現できていない、個人が自由にご近所を乗り回せる空飛ぶ乗り物というのは、実にインパクトが大きかった。幼い頃に誰しも憧れた、アラビアンなファンタジーに登場する、魔法の絨毯そっくりなところもポイントが高い。まさしく<ミリオンワールド>ならではの乗り物と言えるだろう。
四人は我知らず立ち上がって、毛布に乗る清歌の周囲に集まっていた。
「ねね、清歌、乗り心地ってどんな感じなのかな?」
「そうですね……、スプリングのベッドとも違う弾力で……、ウォーターベッドの上に毛布を敷いているような感じでしょうか? あ、皆さんも試してみて下さい」
清歌は自分だけが堪能してしまっていたことに気づいて、いそいそと着陸させて、飛夏に順番にみんなを乗せて飛んであげるようにと指示した。飛夏もみんなにちやほやされていることを理解しているのか、しょうがないな~という鳴き声をしつつも、満更でもなさそうな表情である。
「今のところ空飛ぶ毛布の定員は三人で、今くらいの高度で小走り程度の速さなら、消費MPはフィールドでの自動回復とつり合いが取れるようです。ヒナがレベル20になれば定員は四人になりますけれど……残念ながら、それ以上は増えないようです」
「そっか……、確かにそりゃちょっと残念だな。六人パーティー全員で空飛んで移動ってのは無理ってことだもんな~。……お~い弥生~、まだ乗ってんのか~」
「女性を急かしちゃだめよ~、ユージ。紳士じゃないとモテないんだから。……そういえば、ヒナのレベルは今……16かしら?」
「はい。卵から契約で孵した魔物は主のレベルと同じになるようです」
現在の定員が三人ということなので、せっかくだから試してみようと弥生が降りた後、未体験の三人で一緒に乗ってみることにする。毛布の形状はかなり自由が利くようで、頭のある角が伸び、逆に尻尾の方が中央寄りにと、かなり偏りのある四辺形に変形した。真上から見ると紙飛行機のような形状である。
さも当然のように頭の方に絵梨が乗り込み、その後で悠司と聡一郎が左右の翼付近にそれぞれ座ると、今までと同様に音もなく静かに浮かび上がった。かなりガタイのいい聡一郎を含めた男子二人という結構な積載重量のはずだが、定員以内ならば一人の時と全く同じように飛べるというのは、微妙にファンタジーというかミステリーである。
「ん~。なんだか気分がいいわ~(ニッコリ★)」
「絵梨さん、かっこいいです(ニッコリ☆)」「……ってか二人が……従者?」
なぜか立ったままの絵梨が、腕を組んで実に満足そうに言う。一方その後ろで男子二人は胡坐をかいて、釈然としない表情をしている。傍から見ている分には、後ろの二人が片膝立てではないというところが実に惜しい。
「実にいい乗り心地と手触りだが……なんなんだ、この配置は?」
「む……むぅ。すまないが絵梨。座ってはくれないだろうか?」
「え? なんでよ」
聞き返されてしまった以上は答えないわけにはいかない。聡一郎は墓穴を掘ったと後悔しつつ、意を決して理由を告げた。
「む……その、目の前に絵梨の脚が見えるというのが、どうにも落ちつか――」
「ソ、ソーイチ!? 何言ってんの、バカ~~!!」
極めて珍しいことに顔を真っ赤にして悲鳴を上げた絵梨が、パッと脚を抱えてお尻から着地する。反動でふよんふよんと波打つ毛布は、ちょっと面白い乗り心地だった。
「さ、さて、じゃあ検証を続けましょう」
「絵梨~、無理して取り繕わなくていいからさ(ニヨニヨ★)」
「……っく、不覚だわ。私としたことが」
空飛ぶ毛布試乗会を終えて、五人はレジャーシートではなく敷き毛布状態になった飛夏の上で、再び車座になっていた。
「まあまあ、お二人ともそれくらいで。……ヒナ、みんなで座っているけど重かったりしない?」
二人がいつもの調子に戻る時間を取りつつ、話を逸らすために体を捻って飛夏(の顔)へと話しかけた。
「ナナ~」
全然問題ないよ~と一声鳴いたと思ったら、飛夏の顔が毛布の上をするすると清歌のすぐ脇へと移動する。その様子をポカンと見ていると、ニョキッと毛布が盛り上がって、そこにはミニチュア版の飛夏――の上半分が出来上がっていた。
「あら、ヒナは器用なんですね。よしよし」
一体どういう構造の生き物なのかと厳しく問い詰めたくなるようなことを、清歌は“器用”というたった一言で流すと、ミニ飛夏を褒めるようにナデナデした。
「コレ、器用で済ませられることなのかな?(ヒソヒソ)」
「清歌が気にしてないならいいんじゃないかしら。……たぶん(ヒソヒソ)」
「確かに不可解な構造だが、魔法ということならばいいのではないか?(ヒソヒソ)」
「……だとしたら時空魔法最強だな。ある意味便利すぎるだろ(ヒソヒソ)」
主人である清歌が全く気にも留めていないために、弥生たちは突っ込むこともできずにヒソヒソと話をする。――幸か不幸か先ほどまでの、どこか気まずい雰囲気はすでに消えていた。
「あ、気になってたんだけど……。さっき“毛布にも”って言ってなかった?」
「も? ってことは、毛布以外にも変身できるの?」
「ええ。今はまだできませんけれど、レベル20になればコテージに変身できるようになります」
弥生に倣って清歌もモーフィングではなく変身と言うことにする。毛布とごっちゃになっていささか紛らわしいと思っていたのは、弥生だけではなく全員共通のことだったのである。
「ん!? それって使い捨てアイテムのコテージと同じなのか?」
「ユージ、落ち着きなさいって。清歌はまだアイテムの方は知らないと思うわよ」
「ええ、アイテムのコテージというのは、私はまだ見たことがありません。ヒナのコテージ化については、一定のスペースがある場所なら変身可能で、中は町の中と同じ安全地帯という扱いなのでログアウトが可能、となっています」
「お~! 空飛ぶ毛布に続いて、そっちも凄いじゃない、ヒナ~」
清歌とはミニ飛夏を挟んで反対側に座っていた弥生も、飛夏を褒めるようにひと撫でする。「ナァァ~~」という鳴き声は、まるでお風呂に入って寛いでいるかのような響きである。
「……ただ、ログイン時の転移先として選択するには、私がコテージの中に居なければならないようです。あと、変身を一度でも解いてしまった場合も転移できなくなります」
「なるほど。機能的にはアイテムと変わらんが、多少使用制限があるってことか」
「……清歌、使用制限っていうかペナルティはそれだけ?」
「いいえ、まだあります。変身を解くとMPが空になって、一旦従魔ジェム(仲間の魔物=サーヴァントを呼び出すジェム。戦闘不能時もこの状態になる)に戻ってしまいます。そして完全に回復するまでは再召喚できません」
つまりその間、不意打ち完全防御という強力な能力や、空飛ぶ毛布での移動などができなくなるということだ。買うと結構お高いコテージという、割と贅沢な使い捨てアイテムの代わりになるのだから、その程度の対価は軽いもの――とも言えるが、なかなか悩ましいところではある。
まだまだ先のことだが、いずれ大きなダンジョンに挑むこともあるだろう。その時に高価なコテージを用意しておいて、不意打ち完全防御という保険を取るか、それともその逆にするのか。弥生たちはつい、そんな先走ったことまで考えてしまう。
「あの……皆さん、お考え中のところすみません。だいぶ先のことになりそうですけれど、まだあともう一つ変身できます」
「お~、なかなか多芸だね~。……先のことって、どのくらいなの?」
「レベル50です。それでビークルに変身できるようになります」
「ビークルって、車よね? まさか……自動車に変形するの?」
絵梨が怪訝な顔でそう聞き返しつつミニ飛夏へと視線を向けると、それにつられるように、皆の視線も集中した。注目を浴びている当の飛夏はというと、暢気に目を閉じてうとうとしている。――とても竜種とは思えない姿である。
それはさておきビークルである。何しろところどころにSFっぽい設定や、デザインが出現する<ミリオンワールド>なのだ。もしかすると、某メカ生命体のようにあちこちハッチが開いて、車輪やエンジンなどが現れるなんていうことも――
「あ、ビークルと言っても現実での自動車そのまま、というわけではありません。サンプル画像を見る限りでは、ヒナを自動車サイズまで拡大して乗車スペースを作ったような感じです。ええと……所謂、カブト虫と呼ばれる自動車、それも旧型の方をより丸くしてタイヤを足にすると、近いイメージになると思います」
さすがにモフモフがいきなりメカになることはなかったようだ。一安心しつつ弥生たちはそれぞれ清歌の言ったイメージを想像してみる。ちなみに旧型カブト虫については、体は子供で頭脳は大人な探偵が活躍するアニメで、あれこれ発明している博士が愛車としているので周知の事実である。
「ふむふむ……ボンネット(=トランクの蓋)のところが顔になって耳が付くのかな。……うん、カワイイかも!」
「はい。それで屋根の上に羽がついて、尻尾を生やせば完成というところです。ちなみに定員は八人で、ちゃんと空も飛べます」
弥生は脳内イメージ画像に羽と尻尾をくっつけてみる。――メルヘンとコミカルの境界線上にあるような姿になりそうだが、カワイイという範囲内には十分収まりそうだ。これに乗ってみんなで出かけたら、さぞ楽しい旅になることだろう。
「定員が八名っていうのがちょっと半端な気も……。あ、でも六人パーティーに同行者が二人っていう可能性はあるのかしら?」
「うむ。それに四人編成のパーティーというのも珍しくない。それが二組同時に乗れるのだから、十分な輸送能力と言えるのではないか?」
「なるほどな~、確かにそうだ。……ん? けど、カブト虫じゃ八人乗るにはちょっと狭そうじゃないか……って、清歌さん!?」
悠司が何気なく言った言葉に、なぜか清歌が額に手をやって俯いてしまう。清歌がこんな風にあからさまなリアクションをするのは地味に珍しい。
「ど……どうしたの、清歌?」
「……実は八人で乗る場合は、ということでサンプル画像がもう一枚あるのです。ある程度自由に変形できるということなのですけれど、それが……乗車スペースを前後に伸ばして、その……バs……」
「清歌、待った!」「それはダメよ!」「すまん! 俺はなんてことを……」
悠司の一言は本当にただの素朴な疑問だったのだが、その不用意な一言が、まさに地雷を思い切り踏みつけてしまっていた。珍しいことに、五人の中で元ネタが分かっていないのは聡一郎だけのようである。
いかにこれは竜だと強弁したところで、見た目としてはネコっぽいとしか言いようがない。それが“前後に長い車”に変形するというのだ。足が四本だけというのが救いだが、それにしても極めて危ういデザインだと言わざるを得ない。
余談だがこのネタに関しては、国際的に有名なアニメ映画監督が手掛けた作品ということから、清歌もよく知っているものだった。それ故、わざわざリアクションをして、ツッコミを期待するという予防線を張ることができたのである。
「いや、本当~~にスマン。……っつ~か、アレをパクるか!? 開発の連中は勇者だな!」
「そ……そうね。見習いたいとは思わないけど。え~っと、じゃあこうしましょう。その形に変身する時はリムジンと呼ぶこと。いい? ヒナリムジンよ?」
「承知しました」「了解だよ!」「イエス、マム!」「良く分からんが、リムジンでいいのだな」
ネタやら地雷やらが仕掛けられていたようだが、兎にも角にも飛夏の能力については確認できた。
若干疲れた様子の絵梨が、溜息混じりに感想を言う。
「それにしても予想はしてたけど、やっぱりヒナは高性能ね。なかなかのバランスブレイカーだわ。……まぁ、それだけにきちんと罠は仕掛けられてるんだけど、ね」
「確かにな~。つまるところ戦闘参加不能ってのがネックなんだよな。どこが首なのか分からんが……」
「悠司……誰が上手いことを言えと……。まぁそれは置いといて、“罠”っていうのは皆知っておいた方がいいよね」
悠司にジト目を向けつつ、弥生は問題になりそうな点をみんなで共有しておこうと、更に詳しい内容を聞くことにする。
ブランケットドラゴンの能力はどれも破格の性能であるだけに、それぞれ微妙に落とし穴が用意されていた。しかも能力単体での評価では分からないように設定されているという手の込みようである。
「問題点というが……戦闘参加不能というのがペナルティなのは明らかではないか?」
「そうとも言えないわよ、ソーイチ。ヒナの能力を考えると、バトルで戦闘不能には絶対ならないっていうのは、プラス材料とも言えるわ。ただ……」
絵梨が言葉を切って清歌に視線を向ける。清歌は一つ頷いて説明を引き継いだ。
「これはゲームシステムの話ですけれど、従魔を戦闘に参加させる場合、予め召喚しておく必要があります。上限は二体で、従魔はパーティーメンバーにはカウントされません。言い換えますと……、いわゆる魔物使いは三人一組で一人分扱いになるということです。召喚と送還にコストはかからないので、普段は戦闘前に従魔を整えればいいのですけれど……」
「そっか、不意打ちを受けた時は従魔が一体少ないままで戦闘になるんだ」
「そういうこったな。……ま、不意打ちの方はパーティーを組んでいれば大した問題にはならんかもだが、最上位種族の効果を使ってるときに戦闘に巻き込まれると……こっちは大問題だ」
「むぅ、流石に単独での戦闘は……厳しい、だろうな」
聡一郎の重々しい呟きに、会話が一時途切れた。
この時、全員がスルーしてしまっている点が一つある。不意打ち完全防御の能力は、“主人または自身が対象の”不意打ち攻撃を防ぐことはできるが、パーティーメンバーのみが対象だった場合は効果を発揮しないのだ。つまり場合によっては、仲間への不意打ちはきっちり受けた上に、従魔が一体少ない状態で戦闘ということになってしまうのである。ちなみにこの点は気づいてさえいれば、対策となるアーツはいくつか存在している。
「とはいっても、まだ私の従魔はヒナだけで、問題が顕在化するのは最低あと二体の従魔を手に入れてからのことです。今のところ、悩む必要はないと思いますよ」
「……確かにその通りね。そもそも対処法があるわけでもなし。結局、ヒナの能力をアテにするときは、リスク込みってのを忘れないようにしましょ……ってことね」
「りょ~かい! なんにしても、ヒナがいてくれると冒険の幅は広がりそうだし、これから楽しくなりそうだね~。……あ~、早くビークルに乗ってみたいね~」
「ですね!」「右に同じく」「乗り心地が気になるなぁ」「うむ。楽しみが増えたな!」
ミニ飛夏を撫でながら妄想混じりの未来を語る弥生に、全員が笑顔で同意するのであった。
「それじゃ、ちょっと今後の予定を微調整しよっか。清歌が従魔を首尾よくゲットしたら、私らと合流して一緒にレベル20を目指すって予定だったけど……ヒナは予想の斜め上過ぎだったからね~」
「確かにそうね。でも幸か不幸か清歌の方がレベル的に先行してしまったから、私たちが追いつくまで今まで通りでいいんじゃないかしら?」
「う~む。俺としては五人パーティーでの戦闘を、そろそろ練習しておきたいのだが」
「それも分かるんだが、戦闘用の従魔が揃わないことには、清歌さんのポジションが定まらないしな~」
弥生の提案により、検証に引き続いて今後の方針についての会議が開かれる。清歌が当面の目標としていた突発クエストはクリアしたものの、手に入れた従魔は戦闘面ではまったく役に立たないという予想外の結果であったために、当初の予定通りにはいかなくなっていたのだ。
その原因である飛夏はというと、相変わらずうとうとしている。わざわざ“戦闘用”などと、本来使う必要のない注釈をつけて話していた悠司は、「人の気も知らないで」とでも言いたそうな表情だ。飛夏の能力自体は非常に有用であり、その上単なる機能性では語れない面白さがあると、自分も含めて皆が納得してしまっているのでボヤくのも憚られる。――実に悩ましい。
「う~ん……、清歌はどう? 最初の目標は達成したわけだけど、次にやりたいこととかあるのかな?」
「やってみたいことは沢山ありますけれど、まずは合流を見据えて二体目の従魔を入手するのが次の目標ですね。……ですから、協会で採取クエストなどを受けつつ、いろいろ試してみようかと思います」
「……ああ、なるほどね。あっちこっち行くつもりなら、むしろ清歌とヒナだけのほうが安全ってわけね」
「はい。……蜜柑亭さんのところへも引き続き顔を出すつもりですけれど、全体的に町の外での活動にシフトしそうですね」
「ふむふむ。……よし。じゃあ清歌はその方向で、私らは合流を目指して頑張ってレベル上げだね。あとそれぞれ定期的に町で単独行動をして、突発クエストをやっつけちゃおう!」
「あ! そうね、それがあったわ」
「確かに。町の方でも、しばらくは気を引き締めておかなきゃだな」
「うむ。スキルは揃えたし、心構えがあれば行けるだろう」
リーダーらしく宣言する弥生に応えて、それぞれが気合を入れ直した。突然降りかかるクエストなど、クリアの目途が立っているならさっさと片付けてしまった方がいいに決まっているのだ。
それとは別にもう一つ、弥生は懸念していることについて皆に念を押しておくことにした。これは、リーダーとして言っておかなければならないことであって、決して個人的に嫌だとかそういうことではないのだ。
「あと、ちょっと先の話になると思うけど、ユーザーギルド登録も目標の一つだから、今の内からちゃんと名前を考えておくこと。いい、絶対だからね!」
大真面目に、かつ必死に訴える弥生なのだが、残念なことに言っていることがまるで何かのフリのようになってしまっている。それを聞いていた四人は顔を見合わせて笑ってしまう。しかしまあ、ここはリーダーの顔を立ててあげるべきだろう。
「は~い。承知しました。ふふ」「分かってるわ。フフフ」「おっけ。わかってる。っぷ」「了解した。……く」
「も、も~! みんな笑うな~~~~」
これにて第二章は終了となります。
第三章では今まで町に引きこもっていた清歌が、ようやくお外での活動を始めます。相変わらずの単独行動ですが……
また旅行者との交流などもちょこちょこ入る予定です。
では、引き続き、よろしくお願いします。