#2―11
その日、弥生は<ワールドエントランス>の受付で清歌にばったり遭遇した。後ろ姿だがあの美しい金髪は見間違えようがない。――しかし基本的にかなり早めの行動をする清歌にしては、ちょっと遅い時間かもしれない。
「おはよ~、清歌」
「おはようございます、弥生さん」
声をかけると、清歌は振り返って笑顔で返事をする。その様子に弥生は「おや?」と、わずかに違和感を覚えた。どこがどうとは言えないが、いつのも笑顔とは違うような気がする。なんとなく弥生を見て癒されたというか――ホッとしたような印象だ。
受け付けを済ませてVRウェアを受け取り、二人は並んでグループ用のログインルームへ向かった。
「ねぇ、清歌? 気のせいかもなんだけど……何かあった?」
弥生の問いかけに清歌が足を止めた。見ると清歌は少しだけ目を見開いて弥生を見つめていた。二度、三度瞬きをしてから問いかける。
「あの、そんなに顔に出ていたのでしょうか?」
「え? ううん、ぜ~んぜん。表情はいつもと変わらないよ。ただなんとなく、違和感があるな~って思っただけ」
お嬢様たるもの、常に穏やかな表情と落ち着いた態度で武装し、決して隙を見せてはいけない。――とまでは言わないものの、基本的に清歌はあまり隙を見せることはない。その違和感を感じ取れるというのは、それだけ弥生が良く見ているということなのか、それとも清歌が気を許してきているのか、果たしてどちらだろう?
「そうでしたか……。はぁ~。実は今朝、遂に兄にバレてしまいまして……」
「はい? バレたって……いったいナニが?」
「私が<冒険者>であるということが、です」
家族の微妙に情けない一面、あるいはアホらしい朝の一悶着を晒すのに若干の抵抗はあるものの、ここで変に誤魔化しては弥生に心配をかけてしまいそうだ。そもそも隠しておくほど大層な話でもないのである。
何があったのかを一言で言えば、清歌が<ミリオンワールド>に<冒険者>として参加していることを知った光也に、朝食の席であれこれ聞かれまくったという、ただそれだけのことなのだ。その間、まるで合の手を入れるかのように羨ましがられるものだから、如何に実の兄とはいえ少々面倒くさくなってしまったのである。
ちなみに、光也にバラす羽目になったのは、微妙にフラグを立てていたあのメイドさんだった。可能な限り接触を避けていたにもかかわらず、たまたま遭遇した光也に本当に何の意図もなく両親と清歌の予定を聞かれてしまい、表情筋をフル動員させ無表情で“サラッ”と報告したそうな。――本当に、ご苦労様でした。
清歌の話を聞いて弥生は思わず吹き出してしまう。以前清歌が漏らしていた時にも思ったことだが、光也という人物はなかなか愉快な性格をしているようだ。
「ま……まぁでも、バレちゃったってことは、もう気を使うこともなくなったってことでしょ?」
「ええ、まあ……そうですね。そう思うことにします」
弥生の励ましに、清歌の気分も若干上向いたようだった。
<ミリオンワールド>のプレイも数回を経て、具体的な行動の内容は毎回違っても、ある程度のパターンというものができつつある。
ログイン直後は同じポータルへと転移し、それぞれやりたいことを話して大まかな予定を決めること。セッション中に一~二回は合流して報告と気分転換を兼ねて一休みすること。ログアウト前に全員で合流しての報告会をすること。といった具合だ。
予定を立てることと、最後の報告会は現実の方でしても構わない――というか、限られたログイン時間を考えればその方がいい。弥生ファミリーがそれをあえてしないのは、リアルとゲームの境界はキッチリつけておこうと考えているからなのだろう。もっとも食事や宿題をやっているときにする雑談は、だいたい<ミリオンワールド>の内容になってしまうのもまた事実ではある。
「さ~て、今回の予定は……っとその前に。ね、清歌、孵化まであとどのくらいかかりそうかな?」
弥生の問いかけに、すでに卵用ベッドのバスケットを手にしていた清歌が、そのてっぺんにあるという紋様を確認する。
「そうですね……前回かかった時間から考えると、ざっと一時間半というところです。ただ、あと少しで自動回復上昇のレベルが全て一つ上がりそうなので、多少は早まると思います」
「一時間ちょっとってところかしら。ん~、何をするにしても……微妙な時間ね」
絵梨が悩ましげに感想を言うと、他の四人も頷いている。狩りにせよ生産活動にせよ、一旦初めて集中すると一時間なんてあっという間だ。清歌の路上ライブについては一時間くらいでキリがいいかもしれないが、以前のように盛り上がってしまうと、時間なのであっさりサヨウナラ――とは、おひねりを貰うだけにいささか心苦しい。
さて、どうしたものかと思ったところで、弥生が思い出したという風にポンと手を打った。左の手のひらを、握った右手で叩くというアレである。
「忘れてた! とりあえず清歌は冒険者協会に登録しに行かなくちゃ」
「はい?」「ナニ言ってんだ?」「……清歌はずっと町の中よ?」「むぅ、確かに」
突然言い出した弥生の発言は皆の納得は得られなかったようだ。しかし弥生はまったく動揺することなく、腕を組んで四人を見回した。
「ま~、確認してみなくちゃ分からないけど、たぶん清歌はレベル10超えてると思う。ってか、私たちよりも上になってるかも? 清歌、自分のステータスなんて全然見てないでしょ? ちょっと確認してみて」
「はい。……言われてみれば、ステータスなんて一度も見ていませんね」
そう言いつつ、清歌はお馴染みになりつつある仕草で、袂から一枚の和紙を取り出した。
「……不思議ですね。確かにレベルが16まで上がっています」
「「「じゅうろく!?」」」「……あ~、やっぱりかぁ」
驚きの声を異口同音に発する三人とは対照的に、弥生は苦笑気味に納得の声を上げた。そんな様子に種明かしを要求する視線が集中する。
「ちょっ、みんな視線がコワイヨ。……っていうか、悠司や絵梨が分からないっておかしいでしょ? だってRPGなら普通、イベントのクリアでも経験値が入るじゃない」
「あ! そうか、忘れてた……。あの出鱈目な難度のクエストだもんなぁ。そりゃ経験値だって大量に入るわな」
「私としたことが……考えてみれば基本的なことじゃない。ああ、それにココってデフォルトだと、ログやステータスも表示されないし、チャット以外ではアラームも鳴らないんだった。それで清歌自身も気付かなかったのね……」
絵梨の語った内容については事実で、それについては開発や運営の間で多少議論になったポイントでもあった。
ゲーム的データの表示など、三人称視点で――FPSやTPSでいうところのそれではなく、プレイヤーがゲーム全体をディスプレイ越しで見るという意味で――ゲームをしているときは当たり前のことで、よほどゴチャゴチャと表示されている類のものでもなければ気にもならないことだ。しかしフルダイブVRという形でゲームを体感するとなると、この表示が極めて鬱陶しくなり、人によっては長時間プレイしても全く慣れることができなかったのである。
さすがに戦闘中はその手のデータが必須なのは当たり前なので、なるべく邪魔にならないように工夫された上で表示されるものの、逆を言えば常時見えている必要はないということである。そんな議論の末、“現実の延長線上の世界”で遊ぶという基本コンセプトからも、あまりゲームであることを強く意識させるのは良くないだろうと、デフォルトでは表示されない設定となった。
アラームに関しても同様だ。町の住人と話していているときに、クエストに関する何かが発生してアラームが鳴ったりウィンドウが突然表示されたりしては、興を削ぐことになりかねない。――深刻な物語に感情移入していたところで、「クエストを受注しますか? はい/いいえ」などという表示が能天気なアラームとともに飛び出てきたら、せっかくの雰囲気がぶち壊しである。
チャットに関してはアラームを鳴らさざるを得ないので、現在の形に落ち着いている。実は<冒険者ジェム>を常時実体として、携帯電話そのまんまの使い方にしてしまえばいいのでは、と試してみたこともあったのだが――お察しの通り、ガントレットや籠手などファンタジー的装備では携帯を取り出すのが面倒で、そのアイディアはあえなくお蔵入りとなった。
なおこれらの設定は全て、プレイヤー側でカスタマイズ設定することが可能である。可能な限りゲームは意識させないつくりにしつつ、ゲーム的利便性を追求するのはプレイヤーサイドで試して欲しい、ということなのだ。ちなみにHP・MP・スタミナというちょくちょく確認したくなるものについては、自分の身体の一部を見て意識すれば三本のバーで表示されるようになっている。多くのプレイヤーは腕時計を見るような仕草で、確認しているようだ。
とりあえずちょうどいいからと、清歌の付き添いがてら冒険者協会へ行くことにして、五人は連れ立って歩き出した。
「ついでに言っとくと、もしかすると路上ライブの方でも稼いだお金に応じた経験値をゲットしてるかも……って思うよ?」
「む、そういえば露天商をしていたプレイヤーからアイテムを買ったとき、レベルが上がったと喜んでいたことがあったな。……テストプレイのときの話だが」
「あら……冴えてるじゃないソーイチ。確かにモノを売ってるわけじゃないけど、ストリートパフォーマンスだって一種の商売よね」
清歌の得た経験値の出所について弥生が補足すると、聡一郎と絵梨がそれぞれ同意する感想を話した。清歌が趣味と実益を兼ねてしていた路上ライブは、実は経験値も得られる一石三鳥だったようだ。
「では、蜜柑亭さんの方でもおひねりを頂いているので、そちらからの経験値が入っているのかも知れませんね」
「え!? おひねりが飛んでるところなんて見てないよ?」
「オイ、弥生。飲食店で小銭を投げるわきゃないだろうに……。お勘定に上乗せして、一緒に払ってるんじゃないか? ……たぶん」
若干呆れ気味に悠司が突っ込みを入れる。それが正解で、清歌はそのうち一割を場所代として収めているとのこと。ちなみにジルとマスターはこの場所代について、ただの宝の持ち腐れだったピアノが使われ、いつもよりオーダーも増えたのでそれだけで充分だと受け取ろうとしなかった。しかし、こういうことは最初からきちんとした方がいいといって、清歌が押し切ったのである。
その説明を聴いて、四人は思わず「あ~」と大きく頷いてしまう。
「な~んか納得しちゃったよ。……清歌があんなに馴染んでいた理由」
「そうね、私もよ」「ああ、俺も納得だ」「うむ、さすが清歌嬢だな」
弥生たちが何に納得したのか分からずに、清歌はきょとんとするのだった。
ごく普通のファンタジーにおける冒険者協会、あるいは冒険者ギルドというと、どういうものを想像するだろうか?
フロアには厳つい装備を身に纏った冒険者たちがたむろし、ランク分けされたクエストの用紙が張られている大きな掲示板があり、受付のカウンターの向こうには職員のお姉さん――そのうち最低一名は獣耳をしている獣人種族の可愛らしい娘だ――がいて、それとは別に素材の買い取りカウンターがある、といったところだろうか。
これに付け加えて、ランク認定試験などに使う訓練場があり、ゴリマッチョなギルドマスターがいて、可愛い子や美人さんが――もしくはそんな子達を侍らせた男が――中に入るとほぼ確実に絡まれるイベントが発生する、とくればほぼテンプレートは揃うだろう。
さて様々なポイントで一般的なファンタジーとは言い難い<ミリオンワールド>における、冒険者協会の第一印象はというと――
「えっと……ここは銀行、でしょうか?」
「そう見えるよね~」「ま、妥当な感想ね」「……合理的だと思うが」「や、ツッコミどころはそこじゃない」
彼女たちの示した反応は、<ミリオンワールド>における<冒険者>のごくごく平均的なものといえる。
ガラス製のドアを押し(さすがに自動ドアではない)中に入ると、そこは明るく清潔な、それと同時にやや無機質な空間が広がっていた。入って左手の壁面にはディスプレイ風のものがパーティションで仕切られて並んでいる場所があり、フロアには六角形のテーブルがいくつか並んでいる。その奥には諸々の手続きをするための受付カウンターがあって、スタッフと対面する位置に一人がけの椅子が、その手前には順番待ちのために長椅子が並んでいた。ご丁寧に受付番号の発券機まで用意されているのは、開発スタッフの悪ふざけと言っても過言ではないだろう。
――とまあそんな感じで、<ミリオンワールド>における冒険者協会は、銀行としか思えない場所なのである。
たまたまなのかスキル屋のように常時閑古鳥状態なのかはさておき、受け付け待ちすることもなくあっさりと手続き自体は完了した。本来は冒険者協会に関する説明をあれこれ聴かなければならないのだが、その辺りは仲間に聴くから大丈夫と遠慮した結果である。
手続きを終えた清歌は、弥生たちが陣取っている六角形のテーブルへと移動した。
「おかえり清歌~。さて、ではクエストボードの使い方を説明しましょう!」
「はい。よろしくお願いします。……このテーブルがクエストボードなのですか?」
「そね。ちなみにあっちの壁に並んでいるのが一人用で、こっちがパーティー用よ。まぁ、こっちで個人の受注もできるけどね」
六角形のテーブルは中央に水平な六角形があり、外周に向けて少し傾斜がついているつくりになっている。傾斜のついている部分がタッチパネルのディスプレイになっていて、そこに様々なクエストが表示されていた。
「一人で受けるならクエストを受注手続き表示にして、画面に<冒険者ジェム>を置けばオッケーだ。あっちの一人用ボードで受注するときも同じ感じだな。……お! あっさり終わりそうな生産クエストがある。ちょっと受けておこう」
「あ、私も簡単なポーション納品クエストがあるわね。受けておきましょ」
「ちょっと二人とも、今は説明中なのに……」
弥生の嗜める言葉にも、絵梨は飄々とした態度でさらりと返す。
「だから、実際に受注して見せたんじゃない。ね、ユージ」
「ま、そういうこったな」
「むぐ……、も~、ああいえばこういう……。え~と、それでパーティーメンバーで同じクエストを受ける場合は、提案する相手を指定して、こうすれば……」
弥生は手ごろな討伐クエストを選択すると、相手を指定して投げ飛ばすように画面をフリックする。
「あ、クエストがこっちに来ました。面白いですね」
「こちらも受け取った。……うむ、俺たちには手ごろだな。受けよう」
「あれ!? 私には?」「俺にも来てねーぞ!?」「フフフフ(ニヤリ★)」
弥生は提案相手を指定するときに、悠司と絵梨を除外していたようだ。先ほどの注意を流されたことに、ちょっとしたお返しをしたかったようである。
「ふふっ。あ、でもこの討伐は初挑戦にはレベルが高そうですね」
「あ~、そだね~。だからキャンセルしていいよ、やり方を説明しただけだから。あ、それでこっちのボードだと面白いことができて……」
弥生がさらに何か操作をすると、ボードの中央部分に討伐対象である蜘蛛型の魔物が立体的に表示された。VR空間の中なのだからこの程度当たり前なのだが、何の変哲もない板の上に、突然リアルな蜘蛛が出現するのにはちょっとした驚きがある。
「わ! 確かにこれは面白いですね。あの……ですが、蜘蛛はちょっと不気味、ですね」
「え!? あ、あはははは……ゴメン」
弥生は笑ってごまかしつつ、蜘蛛の表示を消した。確かに実際の魔物をそのままミニチュア表示していたと思われる蜘蛛は、ちょっと――いやかなり不気味だった。
「では……こんなクエストを見つけたのですけれど、いかがでしょうか?」
弥生たちの画面にとある木の実の採取クエストが表示され、中央には木の実とそれが生る樹が表示された。
「なるほど、この場所なら傍に鉱石の採取ポイントもあるな。よし、俺も受けよう」
「私も受けるわ。この実なら確保しておけばいろいろ使えるし」
「残念。採取はちょっとな~」「うむ。俺たちはやめておこう」
清歌の冒険者協会登録&初クエスト受注もこれで完了した。あとはこれからどういう行動をとるかだが――
「私と聡一郎はこのまま討伐に向かうとして、絵梨と悠司は生産クエストでしょ? 清歌はどうする?」
「そうですね……。では、こうしましょう。ちょっと買っておきたいものもありますので、私は買い物をしながら絵梨さんたちをお待ちします。そのあと採取クエストに出かければ、ちょうどいいのではないでしょうか?」
「む? 魔物の孵化はどうするのだ?」
清歌の提案に、地味に魔物のことが気になっていたらしい聡一郎が尋ねた。今は足元に置かれている卵入りバスケットに視線が向けられている。
「はい。ですから外で合流しましょう。どんな魔物にしても、町中で孵すと差し支えあるかもしれませんから」
「言われてみれば……」「む、確かに」「外の方が無難ね」「ま、念のためだな」
そんな感じで、五人は行動を開始した。
現在弥生ファミリーの面々は――「ちょ、その名称には断固たる抗議をするよ! (仮)くらいつけなさい」――グループ名がないと面倒なんですよ。別にいいじゃないですか? こっちの表記くらい――「外堀を埋めよう……とか思ってんじゃないの~~?(ジトッ★)」――え~、弥生ファミリーβの面々は――「ま、いいでしょう」
え~、仕切りなおしまして。現在弥生ファミリーβの面々はスベラギ南草原の小高い丘に、レジャーシートを広げて卵を中央に車座になっていた。ちなみに卵用ベッドのバスケットは、孵化するとき邪魔になるかもということで片付けられている。
ちょっと予定が狂って、先に終わらせるはずだった採取クエストは後回しになっている。というのも冒険者協会にいるうちに自動回復上昇のレベルが上がり、思ったよりも早く孵化できそうになってしまったことに加え、生産クエストを終えた二人が清歌の買い物に付き合っているうちに、面白がって長引いてしまったのである。
そんなわけで真ん中に置かれている物がお弁当ならばピクニック――という状態で孵化エネルギーチャージの完了待ちをしているのである。ちなみに卵の紋様は、グレーの部分はもうあと少しで、光も強くなったり弱くなったりと明滅をしている。カウントダウンが始まっているようだ。
「……あ、そうだ清歌? 水を差すようで悪いんだけど、わざわざ種族不明なんて表記されているんだから、必ずしもモフモフ系の魔物が生まれるとは限らないんだけど……その辺は分かってるわよね?」
そろそろかな~と皆が楽しみにしているところで、絵梨が気になっていたことを敢えて告げる。絵梨とて水を差したくなどないが、清歌はモフモフに対する期待が非常に大きいようなので、モフモフ以外が生まれた時のことを考えて多少クールダウンさせておきたいと思ったのだ。弥生は一緒になって期待に目を輝かせているし、男子二人は楽しそうにしている清歌に水を差せるほどの勇気は持ち合わせていない。必然的に絵梨が嫌な役目を務めるしかなかったのである。
「絵梨ぃ、今そんなこと言わなくたって……」
「いえいえ。私ががっかりしないようにと、気を遣って下さっているのですから。ありがとうございます、絵梨さん」
思わず非難の視線を向けてしまう弥生。しかし絵梨の意図を酌んだ清歌が笑顔でお礼を言うので、「私もそれは分かってるけどさ~」と引き下がるしかなかった。清歌にお礼を言われるとは思っていなかった絵梨は、照れくさげに肩を竦めて見せた。
「そういえば聞き損ねていたのだが、清歌嬢が毛皮のある魔物……モフモフ? に拘るのには何か理由があるのだろうか?」
「……そういえば清歌さんほどの家なら、それこそ犬猫だけじゃなく馬だって飼えそうな気もするな」
ちょっと空気を換えようと聡一郎が聞こうと思っていた話題を出し、悠司がそれに乗っかった。相変わらず見事なチームワークである。
「そういえばお話ししていませんでしたね。単純な話なのですけれど、父と兄が動物にアレルギーがありまして、我が家では毛皮のあるペットを飼えないのです」
「猫アレルギーっていうのはたまに聞くわね。そういう類なのかしら?」
「はい。それほど重度ではありませんけれど、猫だけではなく毛皮のある……おそらく細かい毛が飛び散るような動物が全般的に苦手なようです」
「そっか~、だからモフモフへの欲求が貯まってるんだ。清歌は何かペットを飼ってみたかったの?」
「幼いころは猫を飼ってみたかったですね。……とは言っても、実際に生き物を飼うとなると大変なのは当たり前ですし、我儘で家族に迷惑もかけたくありませんでしたから」
清歌とネコか~と、弥生たちは思わずその光景を想像してしまう。一人がけのソファにゆったりと腰を掛ける金髪の美少女が――ワンピースにショールといういでたちで、足は膝を揃えて少し斜めにしているポーズがベストだろう――膝の上に乗せた毛並みのいい猫を愛おしそうに撫でている――そんな様子を。
「完璧だね!」「ええ、まさしく!」「ああ、正義だな」「うむ、斯く在るべしだな」
こういう時、やや反応が異なることの多い聡一郎でさえ似た反応をしたことから察するに、美少女と猫という組み合わせは絵になるという共通の認識が、弥生たちにはあったようだ。一方で突然わけのわからない反応をする四人に、清歌は目をパチクリとさせている。
「ええと、話を戻しまして……。生まれてくる魔物がモフモフでなくても、ちゃんと可愛がりますよ。もちろんモフモフの方もいずれ仲間にしてみせます。……ただ、実はあまりモフモフではないという心配はしていません」
「ちょ……絵梨が言ってくれたけど、あんまり期待しすぎるとさぁ……」
「ええ、それは承知しています。けれどそういうことではなく……、開発の方々はそういう方向での罠は仕掛けていないような……と言いますか、意地悪の性質が違うと言いますか……。すみません、言葉にしづらいのですけれど、分かりますか?」
「「「???」」」
「……ああなるほど、確かにそうね。性格の悪さは否定しようがないけど、ちょっと方向性が違う気がするわね」
かなり感覚的な物言いで弥生と悠司、そして聡一郎は一様に首を傾げていたが、絵梨にはなにか思い当たる節があるようだ。弥生が視線で先を促す。
「そうね……例えば魔物使いの説明にしてもそうだけど、ちゃんと説明自体はしているのよ。それはミスリードなんだけど、深読みすればちゃんと罠があることまでは読み取れるでしょう?」
清歌のクリアした突発クエストに関しても同様のことが言える。対処に凄まじいレベルのプレイヤースキル――というか生身の能力が要求されるものの、一応対処方法は用意されていたようだ。最後のポイントである魔物の卵という報酬も、ヒントは与えられている。要するに非常に意地の悪い仕掛けではあっても、完全な初見殺しという類の罠ではないのだ。そして同時に、報酬も困難に見合う正当なものがきちんと用意されている。
「なるほどなぁ。罠に引っかかったのを見てニヤニヤするのは好きでも、せっかくゲットした報酬で運悪く外れを引いてガッカリしているのを見て“ざまぁ”とか思う奴らではない……と」
「……身も蓋もないけど、的確な表現ね。……まぁ、そんなところかしら」
悠司の結構酷い言い草に絵梨が冷や汗を垂らしつつ同意する。――このやり取りを開発が知ったら、どんな顔をするだろうかと思わないでもない。
続ける言葉がなく微妙な空気のまま、なんとなく全員の視線が卵に向かった。
「あ! 今、チャージが完了しました。説明ウィンドウが出ています……ええと、卵の紋様に向けて手をかざして“契約”と言う。それだけでいいようですね」
そこまで言って清歌は弥生たちに目配せをする。全員が頷いたところで卵に向けて両手をかざした。いつもは泰然としている清歌ではあるが、さすがにドキドキしているようで少し表情がこわばっている。
「……“契約”」
静かに告げた清歌の言葉に卵全体が光に包まれる。そして殻が上から徐々に音もなく崩れ、光とともに空気に溶けるように消えていった。
殻が完全に消えてなくなった後、そこに残っていたのは――
「?」「こ、これは」「む、色違いの」「ボールかしら?」「……いや、違う!!」
悠司がなにやらキメ台詞のようなことを言っているが、当たり前のことながらボールなわけはない。
パッと見た印象は、麦穂の色――いわゆる一面に広がると黄金と称される実りの色だ――をした立派なスイカ大のボールだ。それにぴょこんと突き出た三角形の耳、まん丸で小さめのワインレッドの瞳にネコっぽい口、短い四本の脚、モコモコで体の直径(体長とは微妙に言いづらい)とほぼ同じ長さの尻尾がある。ちなみにお腹側は体毛が白くなっている。
――とここまでなら、マンガ的に極端なデフォルメをした類のネコと言えるのだが、そうと言い切れない特徴がある。背中と尻尾の先端付近にそれぞれ一対ある翼と、額にある小さな円錐状の突起だ。キラキラと光る額の突起は、光の当たり具合によって色味が変わり、宝石で言うとオパールのような感じだ。
「ナ~」
次にどう反応したものかと、フリーズしている五人をよそに、生まれたての魔物は清歌に向けて一声鳴くと羽をパタパタさせながら浮かび上がった。
「……か」
清歌の発した一音(一言にあらず)に弥生たち四人も解凍され――
「「「カワイイ!!」」」「かわいい……のか?」「ん? かわいいではないか」
と声を上げた。最も漢らしい外見の聡一郎が、以外にも可愛いという表現に広い幅を持っているらしいことが図らずも判明する。
そんな人間の反応などどこ吹く風とばかりに、ネコダマ型魔物はふよふよと清歌の元へと飛んで来て、その膝にポスンと収まった。再び「ナ~」とひと鳴きして「余は満足じゃ」という様子である。
「わぁ~。モフモフですね~。とってもいい手触りです~」
早速背中をナデナデしている清歌の表情は若干とろけ気味で、いつもはピンと一本筋が入っているような口調も腰砕け状態である。
「わ……わたしも撫でさせてもらっていいかな?」
「あ、私も触ってみたいわ。お願い、清歌」
「どうぞどうぞ~。……おとなしくしててくださいね」
「……ナ」
短く鳴いた声は、さしずめ「しょうがないな~」と言ったところだろうか。おとなしく三人の美少女に撫でられている様子は、どことなくドヤ顔をしているように見えなくもない。
一頻り愛でた後、若干冷静さを取り戻した面々は、はてこの魔物は一体ナニモノなのだろうか? という疑問を持つに至った。
「はぁ~、やっぱりモフモフはいいよね! ありがとう、清歌と猫ちゃん……じゃないのかな? 羽があるし……」
「ありがとう、私も堪能したわ~。……そういえばそうね。一体なんて種族なのかしら?」
「オマエラ…………、ようやく帰って来たか」
「うむ。仕方ないな……俺は後でお願いすることにしよう」
「(聡一郎よ……お前もか)ま、まぁそれはともかくだ。確かになんて種族なのかは気になるな。……って、清歌さん?」
弥生たちとほぼ同時に我に返っていた清歌は、和紙ウィンドウを表示させて内容を確認していたようだが、なぜか微妙な表情で動きが止まって――いや、ナデナデする手以外の動きを止めていた。
「あれ、どしたの清歌?」
「あの……この魔物の種族なのですけれど……」
この時の清歌は、夏休み前に初めて弥生たちを部屋に招いたときの、<101匹ワンちゃん砲>のネタ晴らしをする直前の心境に近かった。そんな清歌の声にならない訴えを悟って、四人は若干身構えて突っ込み待ちの態勢になる。
「その……“ブランケットドラゴン”……と表記されています」
「ブランケット?」「ドラゴン……?」「ブランケットってぇと」「うむ、毛布だな」
弥生ファミリーβの間にびみょ~な空気が漂う。
「つまり、ですね」「モフモフな……」「竜?」「で、毛布?」「うむ“毛布竜”だ!」
五人は同じタイミングで大きく息を吸い込んだ。――さぁ、今こそ声を上げるべき時。突っ込む正義は我らにあり!
「「「「「ダジャレかよ(ですか)!!!!!」」」」」
心を一つにした魂の叫びが、草原に木霊した。
と、いうわけでようやくモフモフが一体、仲間に加わりました。
詳細な能力などは次回。
そしてキリがよさそうなので、そこで二章は終了にする予定です。
徐々にブックマークが増えてきて嬉しい限りです。
ついでにちょこっと感想や評価も頂けると……
(我ながら厚かましいというか浅ましいというか……・・;)