#1―01
一年七組の教室には男女二人ずつ四人の生徒が、一つの席を中心に円陣を組むように集まっていた。
自分の席に座っている少女は携帯ゲーム機のディスプレイを覗き込み、せわしなくコントロールパッドとボタンの操作をしている。
少女の名は坂本弥生。大きな目の愛らしい顔立ちにフワフワセミロングの髪。身長150センチ前半の小柄な体躯にくびれた腰とふっくらと膨らんだ胸とお尻。ロリなのにカラダは妙にエロいと一部男子に大好ひょ――「なんか言った!(ギロリ)」――失礼しました。身体的特徴はともかく、明るく気さくな性格と、おせっかいにならない程度に面倒見のいいお姉ちゃん気質で、自然とクラス委員を務めることになった。名実ともにクラスの中心的人物である。
もう一人の女子生徒は、弥生から見て右隣の机に軽く寄りかかるように腰掛け、ゲーム機の画面を覗いて難しい表情をしていた。
弥生の親友である彼女は、中原絵梨。170センチちょうどのほっそりとした体つきに、眼鏡をかけた理知的な顔立ちとショートカットの髪。白衣が似合いそうな、或いは図書館のカウンターの内側にいるのがしっくり来るようなインドアタイプの外見で、実際にどちらかといえばインドア派の少女である。
絵梨の向かい、弥生から見て左側には長身でガタイのいい男子生徒が、腕を組み頭だけを傾けてゲーム画面を覗き込んでいる。
彼――相羽聡一郎は、身長は180センチを超え、しかも格闘技で鍛えた体は筋肉質でガッチリしていてとにかくデカイという印象の少年だ。しかも太い眉に鋭い目つきという顔立ちに、短く刈り込んだ髪の毛と、ルックスはそのまま格闘ゲームの主人公になれそうなほどで、ただ立っているだけなのにかなりの威圧感がある。
四人目の少年は弥生の対面に、椅子を跨いで座っている。
彼の名前は里見悠司。170センチ前半の身長はまあまあ引き締まっていて、顔立ちも結構整っている。草食系イケメンと言っても差し支えないルックスであるが、いまいち覇気の欠ける表情もあって、この四人の中では一番個性がないかもしれ――「ほっとけ!」――では放って置く事にしましょう。「ちょ……、待っ」――優しく穏やかな気性で、男女ともに友達が多く交友範囲が広い。弥生とは幼馴染の腐れ縁で、一番付き合いが長い。なお悠司だけお隣の一年八組。
弥生が覗き込んでいるゲーム画面の中では、プレイヤーキャラクターが圧倒的に巨大なモンスターに対して戦いに挑んでいた。
全体像としては西洋竜の力強い四本足の体躯に、甲冑に身を包んだ人間の上半身(サイズは人間ではありえないが)がついているという半竜半人の姿。だがどうにもパーツの構成がおかしい。腕は肘から下がロボットアニメにでてくるビーム砲(一応材質は金属鎧っぽい)のような形状になっており、兜の真ん中には大きな一つ目レンズ、頭頂部から後頭部にかけては装甲が無く、そこからは髪ではなくうねうねと無数の蛇が伸び、背中には半透明の六角形で構成された翼状のものが、胴体部分の背中には鬣状に炎が燃え盛り、尻尾の先になぜかついている三本の指は黒いオーラの立ち上る宝玉を握っている。
ちょっと要素を詰め込みすぎだろう、と誰もが突っ込みたくなるような姿のモンスターは、携帯ゲーム機専用のハンティング系RPG<GOD BEATER>に出現するボスの一体で、その名も<最悪神>。そのネーミングもどうだろうと頭を抱えたくなるが、すでに発売から二年近く経つこのゲームの、最終ダウンロードコンテンツとしてつい昨日配信されたイベントパッケージのラスボスで、こいつを斃せば正真正銘このゲームを完全制覇したことになる。
このゲームは弥生のお気に入りの一つで、半年ほど前にダウンロードコンテンツの配信も終わり、名残惜しいと思いつつクリアの達成感とともにクロゼットの中にコレクションの一つとして仕舞ったものだった。
ところがファンの欲望と、なにかタガの外れてしまったらしいスタッフによる熱意で、最終追加コンテンツが開発・配信されることとなった。自他共に認めるゲーマーである弥生がこれを見逃すはずも無く、早速ダウンロードして攻略を開始。ブランクを感じさせない鮮やかなプレイで、いくつかのピンチを切り抜けてラスボスまでたどり着いた。そこまでは良かったのだがこのラスボス、見た目もアレだがその攻撃の激しさときたら出鱈目もいいところで、ゲーム熟練者である弥生でさえ、初めて目の当たりにしたときは、驚きを通り越して唖然としてしまうほどだった。
まったく歯が立たず、行き詰まった弥生はゲーム仲間でもある親友たち三人にアドバイスを求めるべく、土曜の放課後だというのにこうして教室でプレイしているのである。ちなみに今のプレイは二度目のトライで――いま撃破された。
フーと一息ついてゲーム機を机に置くと、弥生は三人を見回した。
「……で、どう思う?」
「無理ね」「残念だが」「諦めた方が……」
「って、即答!? もっとなんか……あるでしょう?」
弥生の情けない声に、三人は顔を見合わせる。絵梨の目配せに、聡一郎は「むぅ」と小さく唸ってからそっと瞑目し、悠司はムリムリとでも言いたげに手を振ってから肩をすくめた。
さすがに一言だけでは弥生が可哀想なので、絵梨は眼鏡の位置を直してから、おもむろに切り出す。
「あの手数はちょっとおかしい。弾幕系のシューティングゲーム並みに魔法が飛んでくるって、ありえないわよ。しかも弾の速さと誘導性が違うし……。少なくとも私の反射神経では、避け切れないわ。断言できる」
「っていうか、あの頭の上から降ってくる黒い塊はナンダ? 魔法?」
「違うみたい。何度か試してみたけど、対魔法防御ではまったく防げなかった。一応、重たい打撃を当てれば、軌道を逸らすことはできたから物理攻撃みたい。……だけど」
「それでは攻撃後に隙ができる。後が続かない」
短く問題点を挙げた総一郎の言葉に、弥生は「そうなんだよぉ~~」と情けない声を上げ、くにゃんと突っ伏した。
「じゃあスキルだ。あ~、例えばノックバック耐性とか、オート回避とか……。じゃなかったらオートスペルの発動条件を被弾時にして、ショートワープで回避できるようにするなんてどう?」
悠司が自分でも信じていないことを駄目元でいってみる。この程度の思い付きを弥生が考えていないとも思えないのだが、何かしら話すことで刺激を与えないと、弥生がしおれたままになってしまう。幼馴染として、そんな様子を見るのはちょっと忍びない。
そういうささやかな優しさをちゃんと感じ取れる弥生は、ムクリと復活すると気を取り直して真剣な顔になって検討を始めた。三人から意見をもらい、それを検証して問題点を挙げていく。結局どのプランも問題点が挙がり、実際にプレイして試してみるには至らなかった。
「やっぱ、今のセットでとにかく避ける……しかないのかな?」
「結局その結論になったわね、私ならやる前に心が折れるけど」
「けど、それだとかなりの長期戦だ。メンタルの消耗戦になるぞ」
「それって、プレイヤーの……っていう意味か?」
「うむ。集中力が切れたり、逆に緊張が過ぎたりすれば、当然ミスする確率も上がっていく。それは、戦いに於いて致命的だ。まあ、それ以前に本当によけきれるものなのか、という疑問もあるんだが」
「ソーイチの物言いは、なんだかゲームの論法じゃない気もするわね」
絵梨が聡一郎の発言を茶化して微笑えんだ。格闘技を修めている(本人曰く「修行中だ」とのこと)聡一郎は、しばしばゲームにおいてもこんな風に生身のプレイヤー側について語ることがある。
ゲーム画面は先ほどのボスと対戦していた場面からすでに切り替わっていて、キャラクターのプライベートルームが今は映しだされている。余り物がないシンプルな部屋だが、壁一面に設置されている大きな水槽に、アロワナっぽい巨大魚が悠然と泳いでいるのが目を惹く。この魚は釣り大会イベントで手に入れたレアアイテムで、コレを鑑賞するためだけに巨大水槽を部屋に設置にしたのだ。
その画面に目をやりつつ、弥生は腕を組んで唸る。他の三人もそれに釣られるように、視線を画面へと向けた。
弥生の見立てでは、あの攻撃はちゃんと避け切ることができる。
ゲームは自力でクリアしてこそ面白い、を信条にしている弥生は普段は攻略サイトというものをあまり見ない。しかし、さすがに今回は自信が持てなかったので、実は昨日深夜(というかすでに今日未明)にいくつかの攻略情報掲示板を覗いてみたのだ。プレイ人口がだいぶ減少している上に配信後間もないということもあり、検証もまだ途中だったが、ざっと見たところ、さっきまでの四人での議論と似たような経緯を辿って、同じ結論に達していた。
それはもちろん「避け切れるはず」という部分も含めてなのだが、ここで聡一郎の言うところの「メンタルの消耗戦」というところがネックになる。いつ終わるとも知れない攻撃をひたすらよけ続けるのはつらいものがある――というか、はっきりいってつまらない。まったく罰ゲームでもあるまいし――
「たぶん、それは避けない方がいいですよ?」
「えっ?」「誰!?」「むっ」「は……」
四人ともゲーム画面を覗き込んでいたので、いつのまにか弥生の背後から同じように覗き込んでいる女子がいたことに誰も気がついていなかった。
驚いて背後を振り返った弥生は、その人物を見て驚きは更に一段階上に跳ね上がり、心の中で悲鳴をあげた。
「マ……マユズミサン……?」
「はい。……えっと、ごめんなさい。驚かせるつもりは無かったのですけど……、気になるお話をしている様子だったので、つい」
ちょこんと首を傾げて微笑むその姿は、男女問わず見るものを虜にするようだった。
第一章は主人公グループの出会いと人物紹介になります。
VRが本格的に登場するのは第二章以降となります。