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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第二章 <ミリオンワールド>のはじまり
18/177

#2―08

「そういえば清歌~、裏道の開拓に成果はあったのかしら?」


 時刻は現実で十四時半を過ぎた頃。弥生ファミリーの面々がいる場所は、<ワールドエントランス>のフードコートに隣接されているラウンジで、そこの六角形のテーブルセットを一つ確保していた。六人というのは<ミリオンワールド>ではパーティーの上限人数であり、ゲームでも現実の施設でもあちこちに六角形をモチーフにしたデザインが見受けられる。


 ちなみに五人ともVRウェアの上からお揃いのパーカーとハーフパンツを着ており、パーカーは色違いで女子は白、男子はダークグレーがベースであり、五人で固まっていると部活動のように見えなくもない。ちなみに、オフィシャルショップで購入したものなので、<ミリオンワールド>のロゴ入りである。


「はい。横道から更に細い路地を抜けた先にある、隠れ家のようなお店を見つけました。アンティーク風(実物リアルではないのでをつけたらしい)の調度品や食器が素敵な喫茶店……というかお酒も出しているようなので、どちらかといえばバーに近いものですね。カウンターだけではなくテーブル席もありましたけれど。経営しているご夫婦も素敵な方でしたよ」


 清歌の言葉に、弥生たち四人はちょっと微妙な視線を向けた。そのお店に興味は持ったものの、まずは飲み屋の類に入るのを咎めるべきなのか、それとも一人で何処にでも突撃していそうなことを心配だと伝えた方がいいのか選択に迷っているようである。


「う~む……清歌嬢。一つ確認しておきたいのだが、俺たちの年齢でバーに入っても大丈夫なのだろうか?」


「そうだよ~。清歌、あんまり一人で危ないとこ行ったら心配だよ?」


 いわゆる繁華街のホストクラブでもあるまいし、危ないところは明らかに言いすぎではあるが、どうも清歌と弥生たちの間には根本的に認識の違いがあるようだ。


「あ、恐らく皆さんが想像しているバーとは異なるものだと思いますよ。海外で言うところの単なるバーは、お酒も出す軽飲食店といったものです」


「ああ! 日本でも増えてきたって言う“バル”っていうあっちの方か。前にタウン情報誌で特集してたな~」


「……バルというと単にスペイン語にしただけですけれど、なぜバーではないのでしょう?」


「それはたぶん、私らが勘違いした理由と同じでしょうね。日本で単にバーっていうと、普通カウンター席でお酒の類を飲む……ショットバー? を、指すものね」


 絵梨の言葉に他の三人がうんうんと頷いているところを見ると、その推測は正しいようだ。日本における外来語の不思議――あるいは使い分けの妙とも言えるが、清歌には今一つピンと来ないようだ。


 実は清歌が日本に落ち着いたのは中学入学以後で、それ以前は黛家いえの都合プラス清歌自身を原因とする事情で、日本と海外(主に欧州方面が多かった)を行ったり来たりしていた。なお学校については日本で在籍していた学校の姉妹校に、交換留学生という扱いでちゃんと通っている。中学時代も長期の休みにはまとまった期間を海外で過ごしていたこともあって、部分的に日本(語)的な感覚が抜け落ちており、こんな風にズレが生じることがあるのだ。


 ちなみに、鋭くズバッと切り込む発言を時折するのは、海外暮らしが長かったことによる、というわけではなく単なる性格であると思われ――「ええ!? そんな結論ですか?」――まぁ、ほぼ同じ生活をしていたお兄さんは、普通に日本人的ですからねぇ……


「そういうものなのですね……。あ、聡一郎さんの疑問については、特に問題ないと思います。<ミリオンワールド>内の人達(NPC)をざっと見たところ、十五~六歳ほどの年齢で成人扱いようです。実はカウンターに着いたらマスターにお酒を薦められました」


 驚いた弥生がちょっと眉をひそめて見つめてきたので、清歌は笑って首を横に振ると「紅茶とチョコレートを頂きました」と答えた。


 ところで、今はちょっと雑談をしているがそもそも彼女らがここで何をしているのかというと、夏休みの宿題をしていたのである。


 <ミリオンワールド>の実働テストは通常一日に、十時~十三時、十五時~十八時、二十時~二十三時の三回セッションが行われる。ログイン時間は一日につき現実で六時間まで、もしくはVR内時間で十二時間までという制限があるので、三時間いっぱいログインするならば参加できるセッションは二回ということになる。


 高校生の夏休みといえば、自由に使える時間がそれこそ山のようにある期間だ。従って弥生ファミリーの面々は特に用事がない限り、十時からと十五時からのセッションに参加することにしていた。そこでちょっと問題になったのが、二時間というインターバルだ。その時間で昼食を取るのは当然としても、少なくとも一時間以上は暇な時間ができる。ただ駄弁っているだけには長く、かといって着替えて外に出かけるには短い微妙な時間だ。


 それなら、その時間を利用して少しずつ宿題を片付けていこうと提案したのは、結構リーダーらしい行動をする弥生だった。ゲーマーであることを自他共に認める彼女だが、学業や友人関係を疎かにすることのない根は真面目なタイプなので、宿題を放ったままでは心置きなくゲームに集中できないのだ。<ミリオンワールド>中心の生活になるのは明らかなこの夏は、宿題をする時間をどう捻出しようかと考えていたところだったので、ちょうどいいと思ったらしい。


 雑談を交えつつも学生らしく宿題をしている彼らのことを、<ワールドエントランス>スタッフたちは「真面目ないい子達だな~(全員カワイイし★)」と見守っており、図らずも弥生ファミリーは高感度が上昇中であった。







 二度目のログインはチュートリアルの時と同様に、中継ポイントで目覚めたあとに<ミリオンワールド>内へ転移する形式だった。違う点としては、転移先が選択できるようになっていることで、<冒険者ジェム>の転移魔法で行ける場所を選択できるようになっているようだ。


 ちなみにログイン直後の椅子に座っているときはデフォルト状態だったが、立ち上がり足がつく瞬間に合わせて自動的に装備が装着された。ファンタジーというよりSFっぽい演出かもしれない。


 さて本日二度目の冒険は、レベル上げの続きをする予定の弥生たちは南門へ、ちょっと確認したいことがあった清歌は中央広場へと行くことにした。さあ転移を――と思ったところで絵梨が待ったをかける。


「そういえば合流はどうするの? 午前中と同じ感じでする?」


「あ! そっか……どうしよう、決めてなかった。……清歌はどんな予定なの?」


「私は中央広場に行っていくつか確認してから、例のお店に行ってみるつもりです。ああいったお店の方なら街に詳しそうですから、情報を仕入れようかなと」


「ふ~む、つまり清歌さんも差し当たり、やることは決まっていると……」


「むしろ俺たちの予定が少し妖しいだろう。こちらで四人パーティーを組むのは初めてなのだから、不覚を取るかもしれん」


「む~、そうだよね~。いろいろ試してみたいこともあるし、場合によっちゃ~あっという間にポーション切れなんてことにも……」


 戦闘組が悩みモードに入ってしまいそうなところを、清歌の声が引き止めた。


「実は私も少し、考えていることがあります。首尾よくそれができるようになれば、私の方が手を離せないタイミングができるかもしれません。ですから、町へ戻るタイミングがあればその都度連絡を取って、予定が合えば合流……ではどうでしょうか?」


 ふむふむと考えること少し、弥生はそのプランを採用することに決めた。なにか新しいことを見つけられそうだというのに、あまり予定でキッチリ固めてしまうのは無粋というものだろう。ただ――


「そだね。リンキオーヘンに行こう! でも清歌、考えてることって……ナニカナ?」


 どこかで警鐘が鳴り響いているような気がして、確認せずにはいられない弥生だった。それに対して清歌は、人差し指を唇に当てると――


「それは秘密です(ウィンク☆)」


 と、いたずらっぽく言って煙に撒くのだった。


 まさに完璧といえる表情・仕草・台詞の組み合わせだったが、聡一郎を除いた三人がどうせなら「禁○事項です」と言って欲しかった、などとアホなことを考えていたのはここだけの秘密である。







 中央広場に転移した清歌は、前回チェックしそびれた露店を冷やかし、ちょっと買い物もしつつ、店員や他のお客さんとの雑談で必要な情報を仕入れることができた。


(警備の詰め所というのが、役所の出張所を兼ねているようですね。手続き自体はちょっと書類を提出する程度のようですけれど……)


 袂から取り出した<冒険者ジェム>で時間を確認してみると、ゲーム内時刻で十三時半を回っていた。今回のログインはゲーム内で十三時からだったので、情報収集は割とあっさりできたといっていいだろう。ちなみに実働テスト中、<ミリオンワールド>内では一回のセッションごとにゲーム内時刻をずらしてログインすることになっている。これは時間帯によって異なる<ミリオンワールド>の様子を、プレイヤーに体感してもらうための措置で、そのためでの日にちはセッションごとに一日ずつ経過している。


 ここで今やるべきことは終わった。興味を引かれる露天やら何やらはまだまだあるけれど、ここにはまた戻ってくることになりそうなので、それは後回しにしておいてもいいだろう。清歌は新しいことを始められそうな予感にウキウキしつつ、前回発見した店へと行くためにメインストリートの<ポータルゲート>へと転移した。




 メインストリートを東側の横道に入り五分ほど、そこから北に折れて更にいくつかの角を曲がりつつ歩いていくと、人がようやくすれ違えるほどの細い坂道に出る。そこを少し上ったところに、植え込みと街路樹に隠されているような狭い下りの階段があった。木々のトンネルを抜けるように階段を下りきると、一気に視界が開けて――ひっそりと佇むその店に会えるのである。


 あからさまに隠されているようなこの店を、なぜ清歌が見つけられたのかというと、単なる勘――というよりも土地勘といった方が近いだろう。どうやらスベラギの町は大通りや大まかな区画分けはともかく、路地や居住区などの町並みは現実の町を参考に、いくつか組み合わせるようにして作られているらしい。恐らくゲームデザイン的に考えて、合理的に過ぎる面白みのない造りになってしまうことを避けたのだろう。ともあれその参考にされた町の一部に清歌は行った事があったようで、土地の者でないと分からないような路地や隠れ家的な店のありそうな場所が、なんとな~く分かったのだ。――もっとも彼女の場合、本当に勘で見つけてしまったという可能性も否定できないが。


 ちなみにこのお店“転げ落ちる蜜柑亭”という。名前の理由はいずれ語られることもある、かもしれない。


 清歌がドアを押すとほんの僅かな軋む音を立てて開き、中から少しの話し声が聞こえてきた。


「いらっしゃいませ……あらサヤカ! 今日は何にする?」


「こんにちはジルさん。……そうですね、ではお勧めのフレッシュジュースを下さい」


 非常にフレンドリーに声をかけてきた女将さん――というには若い二十代前半の小柄な女性に返事をしつつ、清歌がカウンター席に着く。昨日(ゲーム内で)一回訪れただけだというのに、もはや常連であるかのようなやり取りがミステリーではあるが、そこはまぁ“清歌だから”ということなのだろう。


「どうぞ。ウチといえばまずはオレンジだ」


「ありがとうございます」


 背の高いグラスに口をつけて一口飲むと、爽やかなオレンジの酸味と甘みが喉を潤した。前回も思ったことだが、味や香りだけでなく冷たさや喉越しにも違和感がないというのは凄いことである。


 ちなみにジュースを用意したのはこの店のマスターで、女将さん――ジルの夫でもある。三十歳ほどの厳つい顔の上に非常にガタイのいい男性で、聡一郎ほどのタッパはないが横幅はそれ以上あり、小柄でなかなか器量よしなジルと並ぶと、どこがどうとは言えないが「これ、大丈夫なの?」と聞きたくなるような感じだ。


「それにしても、サヤカも変わった子ね。町の人にしか分からないようなココにふらりと現れて。……誰かに聴いたわけでもないんでしょう?」


 昼のピークタイムを過ぎて今は手すきなのだろう、ジルが話しかけてきた。


「ええ。なんとな~く、こちらの路地にお店が隠されているような予感がありまして」


「ん~、隠れているつもりは無いんだけどね。単に周りの樹が育っちゃって、いつのまにか隠れ家っぽくなってただけなのよ」


「ああ、なるほど。でも素敵な雰囲気だと思いますよ」


「私もそう思っちゃうから、結局手付かずでこの状態なの」


 ジルは肩を竦めて苦笑した。店のことを考えればもっと目立つようにするべきだが、隠れ家的な雰囲気は気に入っている。実に悩ましい問題だ。


「ふふ。……あ、ジルさん。少しお尋ねしたいことがあるのですけれど。あちらの突き当りにあるのは、ピアノでしょうか?」


「え? ああ、そうよ。残念ながら、今は飾り棚になっちゃっているけどね」


 清歌が視線を向けた先には、様々な植物――主に果物と葉、蔓草などが彫刻された棚に絵皿やガラス細工、写真立てなどの小物が飾られている。しかしよく見るとこの棚には扉の類がなく、手前に飛び出ている部分が上に開くように見受けられる。


 前回ここを訪れた時にそれに気が付いた清歌は、アップライト型のピアノかもしれないと思い尋ねてみたのだが、果たしてそれは正解だった。


「音楽を楽しみながら一杯やれる店っていうのもいいんじゃないかって計画してたんだけど、なかなかそんな人見つからなくってね。で、結局あの通りインテリアになってしまっているのよ」


「ジル……掘り出し物のアンティークピアノを見つけて衝動買いした言い訳を、店の計画だったように言うのはどうなんだ?」


 さも店の計画が見込み違いであったかのように語るジルに、マスターが不満げにツッコミを入れる。察するに手痛い出費だったようだが、それでもジルの好きにさせてしまうあたり夫婦仲がいいというべきだろう?


「あら、あなた聞いてたの? え~っと、まあ考えてみればピアノなんて上等なものを弾けるなら、上流階級のパーティーで披露した方が儲かるんだから見つかるはずないのよね~。あ、それでピアノがどうかしたの?」


「あ……、もし楽器を扱っている店をご存知なら紹介して頂けないか、と思ったのですけれど、掘り出し物ということは……」


「そうね、あのピアノはアンティーク市で見つけたものだから。でも……あなた?」


「おう。サヤカが探しているのはピアノなのか?」


 ちょっとアテが外れたかなと思っていたのだが、まだチャンスはあるようだ。期待しつつ清歌は首を横に振って答えた。


「ピアノもいいですけれど、残念ですけれど間違いなく持ち合わせが足りません。ですから……一番はギターやリュートといった楽器です。バイオリンのような弓で弾くタイプでもいいのですけれど」


「そうか。なら、楽器工房に知り合いがいる。まぁ、そいつは職人ではなく経理やら取引やらをやっているんだが……。紹介くらいならできる。一筆書いておこう」


「ありがとうございます。とても助かります」


 清歌が笑顔で礼を言うと、マスターは「このくらいなんでもない」とやや硬い表情で返事をした。その様子を見てジルが口元に手を当てて笑いをこらえているところを見ると、どうやら照れているようだ。


 ところで、そのジルはというと何時の間にやらカウンターを出て、手早くピアノの上の小物を片付けて、さらに普段は脇に置いてあるピアノ用の椅子を用意していた。


「こんなところね。さ、サヤカ。こっちこっち!」


「え、ジルさん?」


「だって、弾けるんでしょう? ……この店で音楽が鳴るのって、想像の中だけだったからね。お願いできるかな」


「そういうことでしたら、喜んで」


 ジルのささやかな夢をかなえられるというなら否やはない。清歌はカウンター席を立ち、ピアノへと向かった。


 鍵盤をいくつか弾いてみると、驚いたことに放置されていたにもかかわらず調律にほとんど狂いはなかった。この時点の清歌は知らなかったことだが、<ミリオンワールド>内におけるアイテムの特性として、使用することによる変化はあるが経年変化はしないのだ。ゆえに全く使用されずに放置されている楽器は、前回調律した状態が保たれているのである。


 息を吸って“店の空気”を体に取り込む。落ち着いた家庭的な雰囲気の店内では、店主夫婦と常連客とで穏やかな会話が常にどこかで交わされている。それでいて決してよそ者の入り難い、閉鎖的な印象を受けないおおらかな空気だ。たったの二回しか訪れていない場所でも、ここは既に清歌のお気に入りの場所になっている。


 その好ましい空気を壊さず自然に溶け込むような、それと同時にただのBGMには終わらない演奏者としてのプロ意識を程よくスパイスに加えて、清歌は鍵盤に指を躍らせた。







 草原フィールドの肉食獣型モンスターで最も弱い存在は何か? 答えはライオン型だ。――また開発のトラップかよ、と思うなかれ、これにはちゃんと理由がある。


 基本的に群れで狩りをするライオンは、個体としては確かに強靭だが狩りの腕自体は肉食獣の中でそれほど上手な方ではない。これは<冒険者>相手の戦闘にも言えることで、群れの雌ライオンとの戦闘ならば、かなりのレベルでかつ高度な連携ができるパーティーという条件を揃えてなお苦戦を強いられる相手である。しかし、一匹だけならば事情が異なり、耐久力と力は強力であるものの、巨体ゆえの鈍重な動きは比較的――あくまでも比較的だ――くみし易い相手といえる。


 さらにこれが狩りに慣れていない、若い雄の個体ならば草原フィールドの肉食獣モンスターでは最弱と言えるのである。ちなみに子供の個体は草食・肉食に関わらず非常に弱いが、お察しの通りそれらに手を出すと、怒り狂った親モンスターの報復というシャレにならないことになるので、これは最弱からは除外するべきだろう。


 さて、そんな草原最弱という不名誉な称号を持つ単独の雄ライオン、その名も“ロンリーレオ”を、弥生たち四人パーティーは発見してしまったのである。


 肉食獣型は基本的にアクティブなので遭遇してしまったが最後、運を天に任せて全力で逃げるか、戦うかしか選択肢がない。しかし狩りの未熟なロンリーレオはちょっと特殊で、<冒険者>が単独ならば襲い掛かってくるが、パーティーを組んでいる場合は警戒態勢にはなるものの、逃げれば追撃はしてこないという特徴がある。


 しかも今回は相手がこちらに気づいていないという好条件だったのだ。若い個体とはいえ今の弥生たちから見ればかなりの格上の敵だが、それだけにここで倒せればかなりの経験値が得られるし、入手できる戦利品の素材も上位の物で今後の役に立つ。なにしろ群れのライオンとまともに戦えるのはずっと後のことで、当然素材も入手しようがないというのに、それを手に入れられるかもしれないのだ。さすがに成獣ほどの品質ではないが、それでも現時点で得られる最高のレアリティ素材であることは間違いない。


 そんな物欲に負けて――というだけでなく、町でやりたい放題やっている誰かさんを見習って、気持ちがチャレンジャーになっていた四人はしばしの相談の後、死に戻り覚悟で突撃することに決定した。


「……これでオッケー。全員にできる限り付与魔法をかけたわ」


『ポジションに着いた。照準オッケー、弥生に合わせてハンマーショットを打ち込む』


「おっけ~。私も最大チャージ完了。聡一郎は?」


「うむ。いつでも征ける」


 不意打ちが可能であることを最大に活かすために弥生たちは策を立てた。まず絵梨が取得していた初級の付与魔法で能力値をできる限り底上げし、弥生の破杖槌によるフルチャージの砲撃から悠司のハンマーショットで動きを止め、その間接近した聡一郎が注意を引き付けているうちに弥生も突進するという具合だ。


「よし。じゃあいくよ? 3……2……1……、シューーーート!!」


「ハンマーショット!」「回復は任せなさい!」「応! 任せた!」


 初手の不意打ちはかなり上手くハマり序盤は割と優位に展開したのだが、流石に弥生たちから見ればかなりの格上だけのことはあり、態勢を立て直されてしまえばかろうじて互角といえるほどの強さだ。


 どうにか均衡を維持していたものの、ロンリーレオのHPが四分の一を切ったあたりで、回復魔法や付与魔法のかけ直しの連発で絵梨と悠司のMPが遂に危険域に達してしまう。何しろこの<ミリオンワールド>では回復アイテムにもクールタイムという使用制限があり、それまでギリギリのタイミングでポーションを使用しても消費量を賄いきれなかったのだ。


 ちなみにこの使用制限はある意味当たり前のことで、ゲーム的なターン待ちがないVRのバトルでは、制限を付けないとポーションの連続使用で割と簡単にピンチを脱出できてしまうからである。なおクールタイム中でもアイテムは使用可能だが、回復量が減少しクールタイムも大幅に伸びることになるので、結局ジリ貧になってしまうのである。


 我慢比べを耐え抜きあと少しというところで、MP回復アイテムが底をつき、いよいよヤバイとなったところで弥生が賭けに出ることにする。


「みんな! 残りMPをチャージに回すから、タゲコントロールできなくなる。聡一郎のHPに気を付けて!」


「承知した!」「オッケー、勝つわよ!」「了解、こっち向かせるからタイミングをくれ!」


 現状での最大火力である弥生のマジックブラスターでとどめを刺すべく、戦いは最終局面を迎える。全ての魔力をチャージに回すことで、挑発によるターゲットコントロールができなくなるため、基本的に手数の多い聡一郎の方が狙われやすくなる。かろうじて卓越したプレイヤースキルで攻撃を躱し、防ぎ、いなすものの、守備力が低い聡一郎では削られるダメージも大きい。連続でダメージを受けないように弥生がぶん殴り、悠司が遠距離から横槍を入れて、その間に絵梨が魔法とクールタイムを無視したHPポーションの使用でどうにかピンチをしのいでいく。


「チャージ完了。悠司!」「食らえ、タウントショット!」


 弥生の合図に合わせて絶妙のタイミングで、悠司が敵を引き付ける挑発効果のある弾丸を放つ。瞬間的に怒りを掻き立てられたロンリーレオは悠司の方へ振り向き、威嚇のために咆哮を上げようと大きく口を――


「え~い!!」


 開けたところに弥生が破杖槌の柄を突っ込んだ!


「ぬ!」「や……弥生!?」「は、マジ!?」


 呆気にとられる三人を他所に、弥生は容赦なくトリガーを引いた。


「シューーーート!」


「ごぼぐぼぼぼごごお゛お゛ぉぉぉ~~~~」


 口の中から放たれた砲撃により、びみょ~に締まらない悲鳴を上げるロンリーレオ。しかも残念極まりないことに完全に斃しきるには至らず、気絶状態で口からぶすぶすと煙を上げながら、ほんの僅かのHPでしぶとく生き残っていたのだ。


「「「………………」」」「ていっ!」


 どこか哀れを誘うロンリーレオの様子に動けないでいるところ、知ったこっちゃないとばかりにスタスタと接近した絵梨がメイスの一撃を食らわせて、あっさり光の粒子へと変える。


「まぁ……、なんていうかアレね。清歌の言ってた弥生の器用さって、こういうことなんじゃない?」


「む! なるほど、得心した!」「あ~、そっかぁ、俺もようやく理解したわ」


「え!? え~~~~、そんなオチ!?」


「「「ははははは」」」




 今一つラストはかっこよく決まらなかったが、兎にも角にもVRでは初の強敵相手に勝ったのだ。これでレベルも9に上がり、さらにあと僅かでもう一つ上がる状態だ。入手できた素材も上々でホクホクである。


 とはいえ、消耗も大きく回復アイテムも底を尽きたので、ここは無理せずにいったん町へ戻るべきだろう。満場一致で決まったところで、弥生は清歌に連絡を取るべくチャットをかけた。たまには使わないともったいないからとグループチャットモードである。ちなみにこのチャット機能、スマホで電話をかけているように見えるために錯覚しがちだが、かけている当人同士以外では会話をすることができない。話しかけている声でさえ、許可設定をしていない他者には聞こえないのだから、妙にゲーム的な仕様である。


「……あれ、出ないな? どうしたんだろ?」


「あの子ってば、なにか始めるようなこと言ってたわよね……」


「秘密だと言っていたな」「ああ。……可愛かったな」


「ユージ……、否定はしないけど問題はそこじゃない」


「な……なんで、不安をあおるような言い方するかな。……あ、清歌、今大丈夫?」


『はい。大丈夫です。ちょっと許可を取っていたので、チャットに出るのが遅くなってしまいました』


「許可って……、あ、例のお店にいるの?」


『はい、そうですよ』


「ふ~ん、ずいぶん長居しているのねぇ。そうだ、せっかくだから私たちも休憩がてら行ってみましょうよ」


「ああ、そりゃいいな。俺もちょっと一休みしたい気分だ」


『それでしたら、分かり難い場所ですから迎えに行きましょうか?』


「あ、それは大丈夫。グループメンバーはマップで居場所を確認できるから」


『……それは知りませんでした。では、お待ちしています。メインストリートのポータルからが近いですよ』


「りょうか~い。じゃ、また~」


『はい。また後ほど』


 弥生たちは通話を終えて思わず顔を見合わせる。特に身構える必要はなさそうな会話だったが何かが引っ掛かる。


 なんにしても行くと約束してしまったし、店に着けばわかることだ。考えても答えの出ないことは置いておいて、四人は取り敢えずスベラギへと戻ることにした。


 マップを頼りに清歌のマーカーを目指して歩くことしばし、どうしてこっちに来たのか、という道をのんびり歩きながら弥生が感心の声を上げた。


「わぁ~、なんだか素敵な小道だね~。喋りながら散歩するだけでも楽しいかも。……清歌はどうやってこんな道をみつけたんだろ? ぜんぜん知らない場所だよ」


「確かに、穴場観光ガイドにでも載ってそうな雰囲気なんだが……もしやあるのか? スベラギ穴場ガイド?」


「案外、本屋でも漁れば探せばあるかもしれないわね、そういうアイテム。……でも、清歌ってかなり“感性の人”って感じだからねぇ。なんとなく、で見つけちゃった方に一票」


「俺もそちらに一票入れよう。……ああ、そうか」


「どしたの、聡一郎?」


「うむ。おそらく、清歌嬢は基本的に気の向くまま、自分の欲求に正直に行動するタイプだ。興味の塊のようなこの世界にいて、同じ場所に長く留まっているのを、俺は不思議に思っていたのだろう……と気づいたのだ」


 一瞬ぴたりと足を止め「確かに」と認識を共有して、再び四人は歩き出す。清歌の行動に驚かされるのには慣れつつあるし、基本的な事実としてゲームとして考えると突拍子もないことであっても、禁止事項に触れるような意味での無茶をするような子ではないのだ。ならば驚きも含めて楽しんだ方が建設的というものだろう。


「ま、それって一種の諦めなんだけどね~」


「どったの、絵梨?」


「フフ、なんでもないわ。……さて、どんな店なのかしら」


 店へと続く細い階段を見つけるのにちょっと手間取ったものの、無事弥生たちは“転げ落ちる蜜柑亭”へとたどり着いた。


 そのまさに隠れ家という雰囲気の店にワクワクしつつ、取り敢えずガントレットやブレストプレートなど飲食店に入るには相応しくなさそうな装備を外して、弥生たちはドアを開けた。


「いらっしゃ……ああ、サヤカのお仲間か? テーブル席が空いているぞ。おい、ジル! オーダーを聞いてやってくれ」


 若干抑え気味の声でマスターがフレンドリーに接してくる。


 店内には軽快だがちょっとアダルトな匂いを感じるピアノのメロディーが流れ、カウンターに着く常連客や、テーブル席にいるカップルはまだ昼下がりだというのにお酒を飲んでほろ酔い気分だ。ジルと呼ばれた女将さんらしき女性がフロアを軽やかに巡っているところを見ると、穏やかで陽気な空気に注文もじゃんじゃん来ているのだろう。そして、おそらくその元凶となっているのが――


「あ、みなさん! ご無事で何よりです。冒険はどうでしたか?」


 演奏はよどみなく続けながら、笑顔で出迎えた清歌であることは疑う余地がない。


 その後テーブル席に着いた弥生たちは、冒険の話を聞きたがった常連客に囲まれてあれよあれよという間に宴会状態になってしまった。


 どうやら、レベルを10に上げて冒険者協会に登録する、という第一段階の目標達成は明日以降に持ち越しになりそうである。


「でもまぁ、ね?」「ええ、楽しいから」「ああ、いいんじゃないか?」「うむ、まさにその通り!」




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[一言] 〉「それは秘密です(ウィンク☆)」 頭パッツンだしどっちかというと獣神官様の方が浮かびましたわ
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