#12―18
クラスの打ち上げ兼、委員長お疲れ様会も恙なく終わり、お花見イベント初日の事、イベントに繰り出す前にいつものメンバーは黛邸へと集合した。ギャラリーに移されていた肖像画のお披露目の為である。
なお、凛は小学校の友人たちとイベントに出かけるために、千代は用事があったこととそもそも住んでいる地域が違うことから不参加である。凛は清歌たちの方に合流したいという気持ちもあったようだが、結局同級生たちと参加する方を選択した。春から清藍女学園に通うために、ほとんどの友人と別れることになるので、思い出を作っておきたいと思ったのである。
ギャラリーに飾られていた弥生の肖像画を見た絵梨、悠司、聡一郎の三人は、一様に言葉を失っていた。
清歌と弥生はちょっとしたサプライズのつもりで何も知らせず、清歌の新作を披露するという態で呼んだのだが、三人はモチーフが弥生であることに突っ込むことすらせず、ただ目を見開いて絵をじっと見つめていた。
「本当に美味しいものを食べると、感想なんて出てこない。ただ無言で食べ続けてしまう……なんて聞くけど、美術品でも似たようなものなのかな(ヒソヒソ)」
「さあ、それは……。ただ、あの光景を見た時に私の感じたものが、皆さんに伝わっているのだとしたら、とても嬉しいですね(ヒソヒソ)」
「そか……、そうだね。私はまだちょっと恥ずかしいけど。ま、とにかくサプライズは成功ってことで(ニパッ☆)」
「はい(ニッコリ☆)」
お披露目会を終えた五人は黛邸を出ると、あちらこちらに出ている屋台を冷やかしつつ桜を眺め、メイン会場の一つである百櫻坂高校へ向かっていた。
「それにしても素敵な肖像画だったわねぇ……。息を止めてたことに気付かないなんて、初めてだったわ。……モチーフはともかくとして」
「俺は清歌嬢の作品は、どちらかと言えば絵画よりも立体の方が好きだったのだが、あの絵は別格だったな。まあモチーフは……うむ」
「日常的なシーンなのに非日常的な空気というか……、現実的なファンタジー……? ……駄目だな。上手く説明するには、俺の語彙が足らん。モチーフはなぁ……、まぁ仕方あるまいよ」
「え~っ!? さっきからモチーフがモチーフがって、ちょっと酷くない!?」
三者三様の感想を述べつつも、最後に必ず「モチーフは……」と付け加えられることに弥生がプンスカする。
とはいえ、その気持ちも分からなくはない。絵の事を素晴らしいと褒めると、同時に弥生の事も絶賛しているようで、ちょっとビミョ~な気持ちなってしまうのだろう。
しかし、モチーフが唯一の欠点のような物言いは、友人としていかがなものかと厳しく追及したい弥生であった。
「ま、いいじゃないの。このくらい気にしなさんな」
「む~、ナニよそれ」
むくれる弥生を見て苦笑した絵梨は、聡一郎や悠司と顔を見合わせてから、再び口を開いた。
「……正直に言えば、弥生が羨ましいのよ。素敵なプレゼントをもらったわね」
かなり真面目な表情で言われて、弥生はむくれていた表情を引っ込めた。
「あ……そっか。うん、ありがと」
本当の事ではあるが、言い方がストレートすぎたかもしれない。ちょっと失敗したかなと思った絵梨は、意識してニヤリと黒い笑みを浮かべた。
「フフフ、こうなったら私も清歌に肖像画をおねだりしちゃおうかしら」
「……絵梨。そういうことは、冗談でも軽々しく口にしない方が……」
「大丈夫よ、ソーイチ。清歌はちゃんと冗談だって分かっているし、聞かれたら困るような人が居るところでは言わないわ」
窘める聡一郎に、絵梨はしれっと澄まし顔で応じる。
「ふふっ。皆さんの肖像画でしたら、喜んで描きますよ? ただ……」
ギョッとして見つめる絵梨たち三人に、清歌はニッコリ笑顔でのたまう。
「その時は皆さんにはモデルとして、納得がいくまでお付き合いいただくことになりますけれど」
その言葉に三人棒でも飲み込んだような奇妙な表情になった。
何しろ弥生の肖像画を描く前まで清歌は、ギャラリーに飾られていた自分の作品に納得した様子を見せたことは一度たりとも無いのだ。そんな清歌が納得するまでモデルとして付き合となると、並大抵のことではないだろう。
しかし清歌に絵を描いてもらえるのだから。いやいや、やっぱ無理。でも、もしかしたら運よく何かが降りて来るなんてことも。いやいやいや――などと葛藤する三人を見て、清歌は弥生と顔を見合わせてクスリと笑うのであった。
その後、百櫻坂高校に向かう道すがらで、凛が友人グループと一緒に笑っているところを見つけ――
「凛ちゃんのグループって、女の子ばかりなのね。ま、異性を気にし始めるころだから、そんなモノなのかしら」
「そういえば、凛ってば生意気にも、卒業式の後でクラスの男子の何人からか、進学先を聞かれたとか言ってたっけ……」
「あら、それはそれは。女子校で残念だったわねぇ」
「ふふっ。見方を変えれば女子校だからこそ、頑張れば脈はあるかもしれませんよ?」
「ふむ。確かに、周りが女子ばかりならばライバルはいないということになるか」
「っつっても、お嬢様学校は敷居が高いだろう? 校門で待ち合わせとかしたら、即通報されそうじゃね?」
「……そういうことも、無くはない、ですね」「「「あ~~」」」
仙代先輩と早見が仲睦まじくチュロス片手に歩いている姿を目撃し――
「仲が良さそうで何よりですね(ニッコリ☆)」
「くっ付けるのにあれこれ手を回した俺らからすりゃあ、すぐ別れでもしたら大声で、なんじゃそりゃあ! ……ってツッコミたくなるわな」
「あの時の悠司は、なんだか損な役回りだったからね~」
「ま、幼馴染同士で長所も欠点も知り尽くしてるんでしょうから、今更性格の不一致とかで別れることはなさそうよね。そう思わない、幼馴染のお二人さん」
「私に聞かないでよ~(げっそり)」「俺に聞かんでくれ……(どんより)」
「……こちらもある意味、息は合っているようだな」
「ふふっ、そうですね」「確かに、そね」「「…………(溜息)」」
田村の女子グループと近藤の男子グループそれぞれ三人ずつ、合わせて六人がレジャーシートを広げて一緒にお花見をしている傍を通り――
「……今のって、合コンって言っていいのかな?」
「どう……なのでしょうか? 男女の人数は合っていましたけれど……」
「たまたまここで会って……、って可能性は低いか。なにしろこの賑わいだからなぁ」
「そね。ま、お互いクラスメートなんだし、合コンっていう括りじゃなくて、打ち上げの延長……くらいでいいんじゃないかしら?」
「ところで……、合コンというのは男女で一緒に酒を飲む集まり……ではないのか?」
「ん~……、お酒がなくても合コンは合コンじゃない? 高校生でも他校に行った友達に頼んでセッティングしたり……、とかするんでしょ?」
「でしょ? って言われてもな。俺もやったこと無いから分からんのだが……」
「お酒の有る無しじゃなくて、むしろ目的で分けるべきなんでしょ? きっと」
「ふむ。目的というと?」
「そ……それは、だから彼氏とか彼女とかを作りたいっていう……、ま、まあそういうコトよ」
「……とすると、少なくとも田村さんと近藤さんは、合コンに参加しているつもりは無いのでしょうね」
「あ~……、あはは。二人とも食べる方に夢中って感じだもんね」
小学校の頃に仲の良かった友人たちとガーデンパーティーをしている千代から、全員にメールが送られてきて――
「なんか千代ちゃんの方も、お花見をしてるっぽい?」
「この時期のパーティーですから、やはり桜の綺麗な庭のある家で催すことにしたのでしょうね」
「ふむ。どうやら凛と似たようなことをしているようだな」
「ま、イベントの上品レベルというか庶民レベルがだいぶ違うみたいだけど、内容的にはそうでしょうね」
「……しかし改めて考えてみると、家の庭に桜が咲いててガーデンパーティーをするって、凄いことだよなぁ」
「清歌ん家に遊びに行くようになって、その辺の感覚がマヒしてる感があるよね。……凛は中学で大丈夫かな?」
「あの、前にも申し上げたかもしれませんけれど、実家でこのようなパーティーを開ける生徒というのは、清藍でも少数派ですよ?」
「うん、それは覚えてるんだけどさ。やっぱりなんていうかこう、そこはかとない不安が……」
「ふふっ、お姉さんは心配性ですね(ニッコリ☆)」
生徒会長として見回りをしている香奈が、クラスメートらしき男子と、生徒会メンバーらしき一年女子の二人から差し入れを受け取っているところに、ばったり出くわしてしまったり――
「流石は生徒会長、男女問わずに人気があるね~」
「そうですね。ただ、差し入れをしていた二人の間に、火花が散っているような気がしたのですけれど……、気のせいでしょうか?」
「いや、気のせいではあるまい。二人からは何やら殺気……とまでは言わないが、ただならぬ気配を感じた」
「あら、香奈さんったら、ダンスパーティーの一件で新しい扉を開いちゃったものだから、女子を魅了するスキルをゲットしたのかしら?」
「オマエラ……。友人の義姉をネタにするのは止めてくれまいか? っていうか、その扉はまだ開いてない! …………はずだ(ボソリ)」
「あのさ~、そこはちゃんと断言しようよ。香奈さん、泣いちゃうよ?」
二人で寄り添って歩き、花を見るよりも互いを見ていることの方が多いような天都と五十川を目撃し、余計なお世話と知りつつ応援して――
「なんつーかこう……、もうすこし展開が早くても良いんじゃないかと思うんだが、どうかね?」
「う~む。確かに多少の変化は欲しいところではあるな」
「分かってないわねぇ。氷河のように遅い歩みでも、少しずつ距離を縮めていくところに風情があるんじゃないの。昔の女性向けラノベとかだとそういう小説もあったのに、今はねぇ……」
「確かに今はゲームでも漫画でもアニメでも、序盤はスピーディーな展開にしないと、すぐにユーザーが離れちゃうからね。じっくり展開の重厚なRPGとか、私も結構好きだから、二人には頑張って欲しいよ」
「それにあのお二人にも変化はちゃんとありますよ? ほら、今も手を伸ばして触れようとして……」
「あ、引っ込めた。なるほど、手を繋ぎたいんだね」
「フフフ。このジレジレというか、もだもだするというか……何とも言えないわねぇ」
「えーっと、皆さん……」「さっきから聞こえてるんだが……」
「うん、まあちょっとお節介をね」「ええ、背中を押そうかと」「ここらで急展開があってもいいわよね」「「…………」」
「ちょっ、分かってて言ってたんですか!?」「タチが悪すぎるっ!」
そんなアレコレを挟みつつ目に付いた屋台で買い出しをし、良さげなスペースを見つけたところで五人はレジャーシートを広げて腰を落ち着けた。
飲み物に関してはペットボトル入りのものをコンビニで調達していたので、それを紙コップに注いで全員に回す。
「はいっ、それじゃあ綺麗に咲いてる桜にかんぱ~い!」
「「「「かんぱーい!」」」」
時刻は十三時を回ったところで、ちょうどお腹が空いていたこともあり、五人は屋台で購入した食べ物にそれぞれ手を伸ばす。
タコ焼きにお好み焼きと言った定番の粉ものや、唐揚げや春巻きなどの揚げ物に加えて、現実でも食べたくなった弥生が持参したお手製お稲荷さんと、黛家からの差し入れであるちょい豪華な具材のサンドイッチと、気づいてみれば結構なボリュームである。
感想を言い合いながら好きなものを食べて取り合えずお腹を満たしたところで、絵梨がおもむろに弥生に尋ねた。
「ねえ弥生、アレって本当に受け取ることにしたのよね?」
「アレ? ああ、うん。ちゃ~んと貰ったよ。だからアレはもう私の物です。誰がどんなにお金を積んでも、絶対に譲りません。一番の宝物です」
「ふふっ、ありがとうございます、弥生さん」
絵梨が周囲を気にしてアレと言ったのは、無論清歌の描いた肖像画の事である。
とても気に入っていることを主張する弥生と、それを聞いて喜ぶ清歌が互いに微笑み合う。何やら親密さがワンランクアップした感じの二人である。
「それはそうでしょ。……じゃなくて、だったらなんで黛邸に置いてあるの?」
絵梨の疑問に、サンドイッチを頬張っていた悠司と聡一郎が頷いている。
「え~? 少し考えれば分かると思うんだけど、私の家にアレを飾るスペースなんてあると思う?」
「ああ……」「そういや、そうか……」「うーむ、確かに厳しいか……」
マンションとしては割と広い部類の坂本家ではあるが、絵画を飾れそうな壁面の空きスペースは残念ながら無い。よしんば飾れるスペースを確保できたとしても、絵画を保管するのに適した環境を維持することができない。長く長~く大切にしていきたい弥生としては、いい加減な環境に飾っておくなど言語道断なのである。
「……確かに、環境なんかも考えたら、私らの家じゃどうにもならないわよねぇ」
「でしょ? というわけで、清歌に預かってもらうことにしたんだよ。そうすれば安心だし、観たくなったらすぐに行けるからね。それに……」
「それに?」
あの肖像画は素晴らしい絵だと思うし、一番の宝物であることも本当なのだが、では毎日目に付く場所に飾っておきたいかというと、それは気恥ずかしさが先に立ってしまう。自分の肖像画を毎日眺めてうっとりするようなメンタルは、幸か不幸か持ち合わせがないのだ。
かといって倉庫の中に厳重に保管してしまうと、観たいと思った時に見ることができなくなってしまう。
そんな諸々の事情を鑑みると、黛邸のギャラリーに置いてもらうのがベストだったわけである。
「自分の肖像画を玄関ホールに飾るようなお貴族様って、余程強メンタルの持ち主なんだろうな~って、改めて思うよ……」
「ああ! エティーゴとかなっ!」
「アレは違うでしょ! ってかそもそも現実の人物じゃないし」
笑いながら混ぜっ返す悠司に、弥生がすかさずツッコミを入れる。
「わはは。……まあでも、確かに自宅の誰にでも目に付く場所に自分の肖像画を飾るっつーのは、ハードルが高いよなぁ……」
「うむ。確かに防犯的な意味も含めて、黛邸に預けておく方が無難だろうな」
「ああ、今更だけどそういう危険性も当然あるわよね。でもいいの、弥生? あの場所に飾られてるってことは、清歌の家族とか来客には見られる可能性があるってことよ?(ニヤリ★)」
黛邸のギャラリーに預けて一安心と満足げな弥生に、意地の悪い笑みを浮かべた絵梨が鋭く切り込む。
弥生は「むぐっ!」とタコ焼きを丸ごと飲み込んでしまったかのような妙な声を上げると、へにゃりと隣に座っている清歌にもたれかかった。
「清歌にも言われたんだけど、それについてはもう諦めたよ……」
情けない声を上げる弥生に、思わず吹き出す四人なのであった。
<ミリオンワールド>の大枝垂桜は空を埋め尽くすほどの大きさで、はらはらと絶え間なく舞い散る花弁が仄かに光り、それはそれは幻想的で見事な光景であった。が、当たり前のことながら、それはVRでしか見ることのできない、とてもリアルな非現実の景色である。
さて、そんなすごい景色を見た後では、現実で咲いている桜の花見などしてもしょうがないのでは? などと思いきや、意外とこれはこれで良いものだな、というのが五人に共通した感想であった。
VR内はやはり非現実であると根本的な部分で理解しているということなのか、或いは見慣れた景色にこの時期にだけ現れる光景というところにある種の感動があるのか――ともあれ、彼女たちは年度の最後を締めくくるイベントをまったりと堪能していた。
ちなみにイベントと銘打って言うだけあって、屋台が並んでいるだけでなく、あちらこちらで部活や同好会などによる様々なパフォーマンスが行われている。もっともタイムスケジュールで厳密に管理されているようなものではなく、参加団体名と大凡の活動時間が記載されたパンフが、ご自由にお持ちくださいという形で配布されているゆる~いものだ。なので、事前申請無しにゲリラ的に行われるパフォーマンスも多々あるらしい。
「それにしても、このイベントで本当に一年が終わりだね~」
弥生が大きく息をつく。それはホッとしているような、名残惜しんでいるような、不思議なニュアンスがあった。
「そうですね。いろいろあって、楽しい一年でした」
「イロイロ……、ま、そね。でもしみじみしている暇はないんじゃないかしら? 四月になれば、またすぐにイロイロ始まるわよ」
「ふむ。しかし俺たちは部活に入っていないから、新入生関連のイベントは割と他人事ではないか? まあ、差し当たってはクラス替えがあるくらいか」
所謂行事としてのイベントにはカウントされないが、クラス替えは生徒たちにとって、ある意味それ以上に重要なイベントと言えよう。百櫻坂高校では一年から二年になる際にクラス替えが行われ、三年になる時には行われない。なので、このクラス替えは二年間の高校生活を左右すると言っても過言ではない、大きなイベントなのである。
「あ~、そうだクラス替えがあるんだよね。一年は凄く楽しかったから、ちょっと不安かな……」
弥生に限って、新しいクラスに馴染めなかったり、友達ができなくて苦労するなどということはまず有り得ない。委員会やイベント絡みの連絡などで知り合った同級生も多く、また同じ中学出身の知り合いも何人かいて、なんだかんだと交友関係は広いのだ。
それでも不安そうにしているのは、やはりこの仲間たちと違うクラスになってしまうのは、寂しいと思うからである。何より、高校に入ってから知り合った清歌とは、もっとたくさん思い出を作りたいと思うのだ。
ちなみに今年度は一人だけ仲間外れとなってしまった悠司が、できればクラス替えで同じクラスになりたいと割と切実に願っているのは、誰にも言わない本音である。
そんな悠司が何やら意味ありげにニヤリと笑うと、ババァーーンという効果音がつきそうな手ぶりをして宣言した。
「では一つ予言をしよう! ここにいる五人は二年では同じクラスになる! ……可能性が高いと(ボソリ)」
「……だから、そういう時は断言しなよ、も~」
「しかし、わざわざ予言というからには根拠があるのだろう?」
「まあ、根拠って程のものじゃないんだけどな」
この百櫻坂高校には五~六年に一度くらいの割合で、様々なイベントで大活躍する一種のヒーロー(ヒロイン)が現れるらしい。容姿やスタイル、身体能力、芸術方面での才能、カリスマ性などなど、方向性は様々だが、その能力を主体的に発揮してイベントを活性化させる――引っ掻き回すとも言う――のである。
そんな人物をイベント大好きな百櫻坂の生徒が放っておくわけが無い。大抵の場合一年の頃にその資質が見出されるというそのヒーローないしヒロインは、二年生以降あの手この手で様々なイベントに巻き込まれることになるのだ。
悠司の説明を聞いた弥生たちと絵梨の視線が、清歌と聡一郎の間を行ったり来たりする。特に清歌は運動系、文科系双方のイベントで無双できるポテンシャルがあり、容姿もカリスマ性も申し分ない。ある意味、聡一郎は清歌の存在によって、注目されずに済んでいるという側面がある。
「勇者……じゃなくって、ヒロインが定期的に出現するのは分かったけど……」
「クラス替えと何の関係があるのよ?」
「まーまー慌てるな。その説明はこれからだ」
ヒロインが存在する三年あまりの期間、例年でさえ盛り上がるイベントは更に盛況となり、百櫻坂高校は大いに活気づく。若干暴走気味になることもしばしばなのだが、基本的に教師陣も生徒たちの活動を押さえつけるようなことは無い。それが校風だから――というのは建前で、大変盛り上がるイベントは受験志願者と寄付金の増加に繋がる為に黙認してるのだ。――という噂が有ったり無かったりするとか。
しかしながら当然プラスの事ばかりではない。ヒロインを巡っての様々なトラブルがセットで付いてくるのもまた、当然のことと言えよう。なぜなら、一人の生徒が全てのイベントに参加するのは不可能だからである。
単にスケジュール的な問題やその能力の方向性の違いならばまだしも、趣味嗜好の違いや場合によっては実行委員会と性格的にソリが合わないといった個人的な理由で参加しないということもあり得る。自由参加のイベントではそんな理由でもルール上問題ないのだが、不公平感を感じる実行委員が出てくるのも仕方のないことであろう。
さて、教師陣は生徒が主催するイベントには基本的にノータッチで、また先ほども述べたように学内に活気がある事は概ね歓迎している。が、トラブルは困る。特に生徒間のいざこざに止まらず、親まで出てきたり、騒ぎになってマスコミ沙汰になったりするのは大問題だ。
「う~ん、でもそんなにトラブルなんて起きるの?」
「なんつーか、歴代のヒーローヒロイン的な生徒って、割と性格的に我が強いタイプが多かったらしいんだわ」
「……ま、才能が有って、それを躊躇いなく使うタイプってことだものねぇ」
「そうそう。……で、やりたくないイベントにはハッキリキッパリ“ノー”を突きつけるもんだから、結構トラブルが起きるんだと」
「「「あ~~」」」「…………」
弥生たちの視線を受けた清歌が、さり気なく視線を逸らす。
ともあれ、トラブルが起きるのならば前もって手を打っておくべきだろうと、教師陣は考えた。だが実行委員に自重を促して活気がなくなるのも、ヒロインの説得を試みて臍を曲げられてしまうのも本末転倒だ。
ならばいっそのこと、二年時のクラス替えでヒロインと仲の良い生徒たちを一つに纏めてしまい、彼女のお守り――げふんげふん、他の生徒たちとの緩衝役になって貰えばいいのではないか? 実行委員との連絡や、スケジュール管理、モチベーションの維持などもついでに任せてしまえばいい。これぞまさに、たった一つの冴えたやり方である!
「ナイスアイディア……じゃないよっ!? それってつまり……」
「そう、ヒロインの友達にマネージャーをやって貰おうってこったな。半ば強制的に」
「うーむ、確かに効果的かもしれんが……」
「まさか冗談だったマネージャーの話が本当になるとはねぇ……」
「ええと、なんと申しますか……。と、ところでそのお話は、どのくらい信憑性があるのでしょうか?」
生徒会長から聞いた話とは言え、クラス替えの内幕が生徒に公開されるとは考え難い。なにしろこれは純粋な教育とは無関係の、トラブル回避を目的としたかなり恣意的なものだ。もっともらしい話ではあるが、清歌が信憑性に疑問を感じたのも当然であろう。
その問いに、悠司は手のひらを上に上げて肩を竦めて見せる。
「さあ? この学校の都市伝説っつーか七不思議っつーか、まことしやかに伝えられてる話らしい。どっちかっつーと事実を元に、こういう内幕があったんじゃないか? って生徒側が想像した話なんじゃないかって、義姉さんは言ってたな」
「なるほどねぇ。だったら少なくとも弥生と清歌、それと私は同じクラスになりそうね。ソーイチは運動系イベントの戦力的にどうかしらね……」
「ふむ、確かにな。悠司の場合は、このグループを教師陣が把握しているかによって変わりそうだな」
「あー、まあな。……なんにしても、このメンバーが同じクラスになる確率は、単なる偶然よりは高いんじゃないかってことだ」
「う~ん、まさかあの冗談が本当になるとは……。まあ、かもしれないって話だけど」
「ふふっ。どんな思惑があるにしても、皆さんと同じクラスになれたら私は嬉しいです。修学旅行などもありますしね」
「あ、そうだよね~」「ええ、楽しみね」「そういやあったなぁ」「うむ。イベントが多すぎて忘れていたな」
修学旅行の事を想像した弥生たちが、若干遠い目になる。
ただでさえ周囲の視線を根こそぎかき集めてしまう清歌は、たま~にフラフラとどこかに行ってしまう癖も持っている。その辺りに免疫やら耐性やらが無いクラスメートには、清歌と同じ班になるのは少々荷が重いだろう。――というか、弥生自身が心配になる。
いずれにせよ、このメンバーで同じクラスになれたら嬉しいのは、皆同じ気持ちなのだ。この際、マネージャー役になるのも止む無しと覚悟を決めておいた方が、誰もが幸せになれる――のかもしれない。
そんな葛藤を他所に純粋に嬉しそうに微笑んでいる清歌を見て、弥生たちは顔を見合わせてそれぞれ苦笑を漏らした。
と、そんな彼女たちの目の前で――
「そこの貴方、待ちなさい!」
実行委員の見回りらしき男子生徒二名を従えた女子生徒が、一人の男子生徒を呼び止めた。
「あん? 実行委員さんが俺っちになんか用かい?」
「このイベントでは、乗り物を使ったパフォーマンスは禁止です! 大人しく生徒手帳を出してください」
「乗り物? そんなもの一体どこにあるっていうんで?」
「お黙りなさい! ちゃんと通報を受けましたよ。その袋にスケボーを入れたことは分かっているんです!」
唐突に始まったイベント――もとい、捕り物劇に、周囲の視線が集まる。確かに呼び止められた男子生徒の袋には、何か板状のものが入っているように見える。
「ちっ、バレたか! ハッハー! お前らなんかにゃ捕まらねーよ! 俺っちはコイツとパフォーマンスの旅に出るんだ。あばよっ!」
「ちょっ、待ちなさいっ! スケさん、カクさん、やっておしまいなさい!」
「スケさんじゃねー!」「カクさんと呼ぶなっ!」
捨て台詞を残してすたこらと逃げる男子生徒を、実行委員たちが何やら小さく揉めつつ追いかけていく。周りのギャラリーは、逃亡者と実行委員の双方を応援し始めた。何とも賑やかなことである。
「まったく、何をやってるのかしらねぇ」
「あはは、まあ楽しいからいいんじゃない? あ~でも、この人だかりでスケボーのパフォーマンスは確かにちょっと危ないか。……って、清歌!?」
ポロンという音に弥生が振り返ると、清歌がウクレレよりも一回り大きいくらいという、可愛らしいサイズのギターを構えていた。ちなみに今日の清歌は少し大きめのトートバッグを持っていて、その中にすっぽり収まるサイズだったために楽器の事は誰も気付いていなかったのである。
「これはミニギターです。普通のギターとは少し音程が違いますけれど、音はまあまあギターっぽいですよ」
「そ、そうなんだ。えっと、じゃなくって……」
「あ、大丈夫ですよ? これは玩具のような物ですから」
などと清歌はニッコリのたまう。以前高価なギターを学校に持ってこようとして止められたのを、ちゃんと学習していると言いたいのだろう。が、弥生が聞きたかった答えとはかな~りズレている。
弥生の不満そうな表情を見た清歌が、チューニングをしつつクスリと悪戯っぽく微笑む。
「ふふっ、先ほどの捕り物を見て、曲が思い浮かんでしまいまして……」
チューニングを終えた清歌がとある曲を弾き始める。たったそれだけのことで、周囲の喧騒がさっと引いていく。
ちなみに清歌のチョイスした曲は、オーストラリアで第二の国歌とも言われている曲である。先ほど逃げて言った男子生徒の台詞が、歌詞の所々に被っているので思い出したのである。
英語の歌詞なので弥生には内容が良く分からなかったが、楽し気なメロディーに弥生が聴き入っていると、いつの間にやら周囲に人が集まり、そして音が加わっていく。
ギターを持った教師が加わり、マラカスとタンバリンを持った音楽系同好会の生徒たちが加わり、更に個人でイベントに参加していた生徒がバイオリンを弾き出し、歌詞を知っていた者――主に教師である――が歌い出した。
自然発生した即席のバンドによる演奏が終わると、大きな拍手と歓声が贈られる。清歌が立ち上がり優雅に一礼をすると、それはさらに大きくなった。
こうなると一曲でお終いという訳にはいかない。
二曲目、三曲目と続き、どこからともなくバンドのメンバーが増えていく。
それに伴い新たなレジャーシートが清歌たちスペースの隣に広げられ、そのまた隣にと次々に面積を広げていき、やがてこの辺り一帯に巨大なお花見スペースが出来上がってしまった。
「あああ……やっぱり、こうなっちゃったわねぇ」
「ま、清歌さんだからなぁ」
「うーむ。自然な流れ過ぎて、制止する気が全く起きなかったな」
「あはは。ま~、こうなった以上、楽しんだもの勝ちだね!」
それから弥生たちは自分たちでもリクエストをしたり、お隣さんになった者たちと互いにお裾分けをしたり、後で凛と千代に見せる為に演奏の様子を動画で撮影したり、騒ぎを聞きつけてやって来た実行委員に対してはお稲荷さんを分けた上にリクエストを聞いて共犯者に引きずり込んだりもした。
「楽しいね、清歌」
「はい。来月からもこうなると良いですね」
「まー、ちょっとは大変だろうがなー」
「でもそれが面白かったりするのよね。困ったことに」
「うむ。俺たちも清歌嬢に毒されてしまった、ということだな」
「ええっ!? 私が原因ですか?」
「そうそう!」「そね、間違いなく」「まー、事実ではある」「うむ」
「……なるほど、理解しました。そういう事でしたら、来月からは私も全力で頑張ることにしますね(ニッコリ☆)」
「ふぇっ!? ま、待った清歌、早まらないで! まだ、間に合うから!」
「ふふっ。フォローはお願いしますね、弥生さん」
「頑張れ、リーダー」「ま、ご指名だものねぇ」「うむ。応援しているぞ」
「汚っ! も~、私だけじゃ大変過ぎるよ~」
「「「「あははは……」」」」
穏やかな日差しの下、明るい笑い声が響く。四月からの新しい学校生活を予感させる、ある春の一日であった。
このエピソードを持ちまして、ミリオンワールドは一応完結となります。
一応というのは、清歌たちが二年生になってからのエピソードも考えてはいるので、いずれ掲載することがあるかもしれないからです。ただその際は続編として別の小説にする予定でいます。
とは言え、今は次の作品の下書きを始めているところなので、ずっと先の話になるかと。――というか、構想だけになってしまうかも?
ここまで拙作にお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。
またどこかでお会いできれば幸いです。