#12―17
「え~、そういうわけで駅前に六時集合です。時間厳守だからね~。遅れたらペナルティーを与えます!」
「いいんちょー、ペナルティーって具体的には?」
「う~ん……、なにがいいかな? 校歌をアカペラで熱唱? 小学校の時に好きだった子の名前を暴露? 男同士で手を握って見つめ合いながらデュエット曲を歌う? ……ってところでどうかな?」
「「「怖っ!!」」」
「……っつーか、なんで男向けの罰ゲームばっかなんだ?」
「えっ? だってこのクラスで遅刻しそうなのって、男子しかいないよね?」
「「「………………確かに」」」
すっかり空気が春めき、桜も五分咲きを過ぎた三月の下旬。百櫻坂高校は終業式の日を迎えた。
とにかくイベントごとが多い百櫻坂高校では、なんだかんだで結束が強まるクラスが多く、年度の終わりにはお疲れ様会などをするところが多い。清歌たちのクラスも御多分に漏れることなく、本日の夕方からちょっとした打ち上げパーティーをする予定である。
ちなみに会場となるのは、駅前の商業ビルにあるカラオケ店の一番大きなパーティールームである。このビルの一階は低価格帯のファミレスになっていてそこからデリバリーして貰えるため、飲食が他のカラオケ店よりも割安で美味しく、学生の打ち上げなどの定番スポットとなっている。
伝達事項を確認してこのクラスで最後のホームルームが終わると、割とあっさりそれぞれが帰路につく。この後打ち上げがあり、さらにお花見イベントでも会えるので、あまりこの場で名残惜しむようなことは無いのだ。
「お疲れ様でした、弥生さん」「お疲れ、弥生」
クラス委員長としての最後の仕事を終えた弥生を、清歌と絵梨が迎える。打ち上げは、年間を通して頑張った委員長を労うという側面もあるので、幹事は他のクラスメートが担当しているのだ。
「それで? 高校でもクラス委員をやった感想はどうだったのかしら?」
「う~ん、百櫻坂はイベントが多いから、やっぱり仕事が多かったな~っていうのが正直なところかな。肩の荷が下りた気分だよ」
「ま、このクラスにはイベントがある度にイロイロやらかす子がいたものねぇ……」
「あはは。あ~、まあそういう側面もあったような……、なかったような……」
弥生と絵梨からジト目を向けられた清歌は、しかし澄まし顔で「あら、どなたの事でしょうか?」と華麗にスルーする。
実際問題、清歌がイベントであれこれやらかしたのは事実ではあるが、それが直接委員長の仕事を増やしたかと言えばそうでもない。強いて言えば、音楽祭の時に覚書を作成して生徒会室に交渉に行った時くらいだが、それは委員長としてというよりは単に友人のフォローをしたという方が正確であろう。
もっともイベントで清歌が何かをやらかした後、必ずと言っていいほど委員会などで話を聞かれていたので、弥生の負担が増えていたとも言える。まあ、それが委員長の仕事かと聞かれると、首を捻るところではあるが。
「ところで、弥生さんは二年生でもクラス委員をするつもりなのでしょうか?」
「……どうかな? どんなクラスになるかも分からないし、他に立候補する人が居るかもしれないしね」
「毎年そう言いつつも、結局なぜか弥生がクラス委員をやることになるのよねぇ。きっとそういう星の下に生まれてるのよ」
「どういう星よ、それ……」
「ふふっ。星については分かりませんけれど、弥生さんには人望があるということですよ」
ニッコリ笑顔で清歌がフォローすると、肩を落としていた弥生が途端に照れ臭そうに笑顔を浮かべる。
「えへへ、そ……、そっかな?」
「(フフフ……、チョロイわねぇ) ま、なんにしても一か月後には分かることよね。……さて、私らもそろそろ帰りましょうか」
そうして三人は残っていたクラスメートたちに挨拶をしつつ、教室を後にした。
現在、<ミリオンワールド>は長期間の機器メンテナンスおよびアップデート作業中で休止中となっている。新規プレイヤーが大幅に増えることは既に発表されているが、それ以外については今のところ情報が公開されていない。先日まで開催されていたイベントで評判が良かった、冒険者用の船関連が実装されるのではないかというのがもっぱらの噂である。
という訳で、今日はこれから夕方まで時間が空いている。ちなみに聡一郎は既にクラスの友人たちと帰路についており、帰宅後は家事をするとのこと。お隣のクラスの悠司はと言うと、教室に飲食物やらパーティーグッズなどなどを持ち込んで打ち上げをするそうだ。
「それじゃ、私はまっすぐ家に帰るとするわ」
校門に差し掛かったところで、絵梨が帰宅を宣言する。
「ずいぶんお急ぎのようですね。……なにか大切なご用事が?」
「用事って程のものじゃないわ。ただ、最近読んでない本が積み上がってるのよね。<ミリオンワールド>がメンテナンス中に消化しておかないと」
「……絵梨。念の為言っておくけど、待ち合わせ時間には遅れないでね?」
念の為と言いつつ、かなりマジな表情で釘をさす弥生に、絵梨が若干目を泳がせる。
「や、やあね、遅れないわよ。一応アラームも掛けておくし、信用しなさいな。それじゃ、また後でね」
ひらひらと手を振って立ち去る絵梨の後姿を見つつ、一抹の不安を感じた弥生は、五時過ぎ頃に一度電話をしようと心に留めた。
「弥生さん。よろしければ、これから私の家にいらっしゃいませんか?」
「清歌の家に? うん、分かった。……天気もいいし、散歩がてらのんびり歩いて行こっか? 桜も大分咲いてるし」
「それは素敵ですね。はい、そうしましょう」
二人はごく自然にきゅっと手を繋ぐと、桜の咲く並木道をゆっくり歩き始めた。日差しはポカポカと温かく、その一方でそよぐ風はまだ少しひんやりと肌に冷たい。散歩に最適な空気だ。
「そういえば……、絵梨さんは急いで家に帰るほど本好きなのに、歩きながら本は読まないのですね」
「あ~……、あはは、前は歩きながら読んでたんだよね。あ、でもこれ言っちゃっていいのかな? まあ、清歌ならいっか。実はちょっとした事件があって……」
「事件ですか?」
「うん。あれは……中一のころだったかな? 歩きながら本を読んでたんだけど、よほど熱中しちゃってたのか、看板か何かにぶつかっちゃってメガネを壊しちゃったんだ」
眼鏡を壊すほどの衝撃だったのかと清歌が目を円くする。が、実際には顔をぶつけた拍子にメガネが外れて地面に落ち、更に誤って踏んでしまったことで壊れたのである。
ちなみに絵梨は一応本を読んでいても問題なさそうな、比較的安全な道でのみ本を読んでいたのである。この時ぶつかってしまった看板は、たまたま臨時で出されていたものなのだ。
つまり運が悪かっただけのことで絵梨は家族にそう言い訳をしたのだが、実際にメガネを壊すという被害も出してしまった為、歩きながらの読書は禁止の沙汰を言い渡されたのであった。
「なんだかお兄さんがスッゴク心配しちゃったらしくて、それから後はしなくなったんだよ」
「なるほど、そういう経緯があったのですね」
ちなみに弥生自身はどうなのかと言うと、歩きながら本を読むこともゲームをすることも無い。委員長として普段から模範的な行動を心掛けている――わけではなく、単純にゲームはじっくり真剣にやりたいと思っているからである。
「清歌はそういうお行儀の悪いことはしないよね。……って、ああそっか、清歌の場合は……」
「そうですね。車で移動することの方が多いですから」
「歩きながらっていう前提が無いんだ。車の中だったら、普通に読書もスマホもできるもんね」
こんな所にも庶民とのギャップがあるのかと、弥生は何やら難しい顔をする。もっとも考えていることは、黛家の恐ろしく快適な車なら自分の部屋よりも快適にゲームができそうだ、などという割としょうもないことである。
そう言えば――と、弥生は桜の咲く並木道をぐるっと見回す。初めて清歌の家に招かれた時もこの道を通っていた。あの時は外を歩きたくなくなるようなとても暑い夏の日で、なんだかずいぶん遠い昔の事のような気がする。
「どうかされましたか、弥生さん?」
清歌に尋ねられ、弥生は今感じていたことを話した。
「そうですね。学校のイベントや<ミリオンワールド>で沢山の事がありましたから。私も弥生さんたちとはずっと前から一緒だったような、そんな不思議な感覚があります」
「だよね~。初めて清歌ん家の車に乗って冷や汗ものだったのも、今となってはいい思い出だよ……」
トホホな表情で語る弥生に清歌は小さく噴き出す。
「あら、あの時弥生さんと絵梨さんとは、割と普通にお喋りしていたと思いますよ。むしろ悠司さんが、遠い目をして固まっていたのではありませんか?」
「そういえば……そうだったね。まあ、クラスの違う悠司はあの時完全に初対面だったわけだし、仕方なかったんじゃないかな~。車を降りる時も、な~んか変なコト口走ってたし」
「ふふっ、そう言えば仰っていましたね。確か、死亡フラグ……でしょうか?」
「そうそう、それ!」
二人は顔を見合わせてクスクスと笑い合う。
そんな取り留めのない話をしつつ、時には桜を眺めて歩くことしばし、黛邸へと到着した。
相変わらずの威容を誇る黛邸の巨大な門を抜け、さらにてくてくと歩き、もうすぐで屋敷に着く――と、思ったところで清歌が横道に入った。
「あれ? 清歌、どこに行くの?」
「ふふっ、それは秘密です。……と言いたいところですけれど、今から向かうのは私のアトリエです」
「えっ!? それって確か、あんまり人を入れちゃダメって言われてるんじゃなかったっけ?」
「ええ、まあ、そうですけれど、弥生さんたちの事は信用していますので、問題ありません。それに、そもそも私のアトリエに誰を招こうと私の自由ですからね」
ニッコリのたまう清歌に、弥生は「ああ、なるほどね」と納得する。お世話になっている人の助言は最大限尊重しても、究極的には自分の好きなようにやるということなのだろう。
お淑やかでお嬢様然とした普段の姿とは裏腹に、清歌の本質は唯我独尊タイプだ。そしてそういう面をこそ、弥生はとても素敵だなと思っているのである。
屋敷から離れ、雑木林の中に続く小道を抜けると、不意に開けた場所に出る。そこには小ぢんまりとした一軒家が、ひっそりと佇んでいた。
「うわぁ~、素敵な家だね~。……って、家じゃなくってアトリエか」
見たところ一階建ての家だが、急勾配の屋根には小窓が付いているので、もしかしたら屋根裏部屋があるのかもしれない。またその屋根からは、四角い煙突も伸びている。壁の一部に蔦も這っているので、西洋の田舎に建っているレトロな一軒家という趣だ。
「ありがとうございます。では、中へどうぞ」
清歌がドアの鍵を開けて、弥生を中に招き入れた。
家の中はそれほど古臭いという印象はない。というか、ドアや窓などはしっかりとした現代的な物なので、レトロな外観はあくまでもそれっぽく演出しているだけなのだろう。
清歌の案内で広い部屋に入った瞬間、弥生は普段あまり嗅がないような匂いを感じた。絵の具や絵筆、イーゼル、キャンバスなどがまず目につき、資料用なのか分厚い本やノートパソコンなどもある。棚やテーブルには様々な画材や道具類などが割と無雑作に置かれており、清歌の自室とは比較にならない程雑然としている。
これがアーティストのアトリエなのか――と弥生がちょっと感動していると、清歌が部屋の中央に置かれている、布のかかったイーゼルの傍まで移動していた。
「弥生さん」
呼びかけに弥生は我に返る。
「少し遅くなってしまいましたけれど、私からの誕生日プレゼントです」
清歌がするりと布を取り去った。そこに描かれているものを見て、弥生は大きく目を見開いた。
それは制服を着た少女が、やや目を伏せて本を読んでいる肖像画だった。写実的に描かれている少女は淡く逆光に照らされて髪や輪郭がぼんやりと輝き、ごくありふれた学校生活の一コマを切り抜いたようでありながら、同時にとても幻想的でもあった。
フワフワと波打つ柔らかな髪。少し幼げだが可愛らしく整った容姿。制服を着ていても分かる、女性らしく丸みを帯びたスタイル。清歌に確認するまでも無く、描かれているのは自分であると弥生は理解した。――というか、間違いなく期末試験の時の一件が元になっているのだろう。
最初の衝撃が去ると、様々な感情が沸き上がってくる。親友が自分の絵を描いてくれたという嬉しさ。自分が絵のモデルになっているということの驚き。一言も断りなくこっそり描いていたことに対するほんの少しの怒り。
いろんな感情がごちゃ混ぜになるが、それでも間違いないのは、今まで見てきた清歌の――いや、全ての絵の中で、この絵が一番好きだということだ。
本当に素敵な絵で、嬉しくて、でも描かれているのが自分なのでストレートに好きだと口にするのは何か気恥ずかしい。
弥生は熱くなる頬に気付いて顔を伏せた。その時いつの間にか溢れていた涙が零れ落ち、慌てて手で拭う。
「弥生さん?」
清歌が優しく声を掛ける。
「む~。こんなに私にショックを与えておいて、清歌ばっかりいつも通りなんて……なんかズルい!」
そんな言いがかりじみたことを言いつつ、表情をどうにか取り繕った弥生は顔を上げて微笑んだ。
「でも……、本当に素敵な絵だと思うよ。私がモデルっていうのはどうなんだろう? って思わなくはないんだけど……、うん、この絵、すごく……すごく好き」
弥生がどうにか紡ぎ出した感想に、清歌はパッと輝くような笑顔になった。
「ありがとうございます、弥生さん」
「ううん、こちらこそだよ、清歌。……って、あれ?」伝えるべきことをちゃんと言えてホッとしたところで、弥生は重要なことを思い出した。「もしかしてさっき、誕生日プレゼントだとか……言ってた?」
「はい。申し上げましたね」
何を今さら、という感じでキョトンとする清歌に対し、弥生は先ほどとは違う意味で目を見開いた。
日本では知る人ぞ知るといった存在だが、海外では高い評価を受け、一部に熱狂的な支持者がいるという清歌の作品。その中でもひときわ素晴らしい――まあ、これは多分に主観が混ざっているわけだが――この肖像画は、一体どれだけの価値があるものなのか?
絵画の価値なんて、たま~に見る骨董品を鑑定する番組や、赤いニュー〇イプ専用モビ〇スーツみたいな名前のオークションで巨匠の作品がウン億円で落札されたというニュースくらいでしか聞いたことが無い弥生でも、この絵に大変な価値がある事は分かる。
「ダメダメダメ! もっ、貰えないよ、こんな凄いもの。プレゼントって言ってくれるのは、そりゃ嬉しいけど……。っていうか、そもそもホイホイ作品を挙げたりしちゃダメなんでしょ?」
「ふふっ、それは先ほどと同じですよ、弥生さん。確かにそう言われていますし、私だってそう気軽に配り歩くようなことはしません。けれど、私が本当に差し上げたいと思ったのですから、何も問題はありません」
「も……、もんだいないって……」
そう、清歌とはこういう子なのだ。そしてつい先ほど、その説明を聞いてストンと納得してしまっただけに、弥生も反論がしづらい。
「弥生さん。私は今でも、あの時の光景を鮮明に思い出せます」
あの時の清歌は、まったく無意識のうちにスケッチブックに鉛筆を走らせていた。この光景を記憶に、指先に、出来る限り鮮明に残そうと、試験のことなど遥か彼方に放り投げてただひたすら手を動かしていた。教室に入って少しでも復習をしたいと思っているクラスメートのことなど、ひと欠片すら頭になかった。
クラスメートに関しては、思い返してみるとちょっとだけ申し訳ない気持ちになるものの、では時間を巻き戻してあの時に帰ることができるならどうするのかと言われれば、同じことをしたとしか答えられない。
それほどまでに強い衝動が自身を動かし、この光景を描きたいと思ったのだ。同時にこの光景を描けるだけの腕が自分にはあると、少なからず自負を持って確信できることが嬉しかった。
これまで技術と感性を磨いてきたのはこの時の為だった――そう言ったら、弥生に笑われてしまうだろうか?
「私はこの絵を描いている間ずっと充実していて、それこそ時間すら忘れて没頭していました。とても……、とても貴重な経験でした」
それはこれからの自分にとって、大きな財産になるはずだ。
「言わばこの絵は、弥生さんが、私に、描かせたものです。ですから、誰がなんと言おうと、これは弥生さんのものなのですよ」
清歌から真っ直ぐに見つめられた弥生は、嬉しいやら照れ臭いやらで、また頬が熱くなってきてしまう。
きっと、アーティストとしての清歌の気持ちを本当に理解することは、自分には出来ないのだろうと、弥生は思う。それに自分がそこまで清歌に影響を与えていたなんて言われても、反射的に「まさか」と言ってしまいそうになる。
でも――
「本当に、貰っちゃっていいの?」
「はい。もちろんです」
真摯に自分の想いを伝えてくれた清歌に応えない、なんて選択は弥生にできるわけが無い。
そして何より、価値やらなんやらと余計なことを考えず、シンプルに今の気持ちを表すなら――
「ありがとう、嬉しい! 今までで最高のプレゼントだよっ!」
笑顔で感謝を伝えた瞬間、ポロリと一粒涙が零れ落ちるのだった。
「と……ところで清歌?」
少し経って気持ちを落ち着けた弥生は、涙に濡れた頬をぬぐうと、照れ隠しに気になっていたことを尋ねることにした。
「もしかして、このところず~っと寝不足だったのって……?」
弥生の指摘に、何やら不穏なものを感じて清歌は目を泳がせる。
「えっと、その……作業を始めるといつももの凄く集中してしまって、時間を忘れてしまうと申しますか……」
「やっぱり! って、まさか徹夜したなんてことは……」
「徹夜はしていませんよ? 大丈夫です、ちゃ~んと寝ていました」
ニッコリ笑顔で答える清歌なのだが、なにやら誤魔化しの色が見え隠れしている。弥生の肖像画を描くためというのは嬉しいのだが、無理をして清歌が体調を崩してしまうのは本意ではない。なので、ここはちゃんと追及しておくことにする。
「ふ~ん。……それで、何時間くらい寝てたの?」
何しろ、昼休みに肩を貸したら、瞬時に寝息を立てるくらいである。とてもではないが十分な睡眠をとっていたとは思えない。
「さ~や~か~ちゃ~ん?」
「に……二時間、くらいは取っていたかと……」
「……本当に?」
「すみません、嘘です。一時間ちょっと……を、三日連続とか……」
バツが悪そうに白状する清歌に、弥生はギンと目を三角にすると、普段からは考えられない様な素早い動きで近寄り、左右のほっぺをむにゅっとつねった。
「それは睡眠とは言いません、仮眠です! も~、絵を描いてくれたのは嬉しいし、アーティストってそう言うものなのかもしれないけど……。でも! そんなに無理して、体調を崩しちゃったら元も子もないでしょっ!」
「ひゃ、ひゃよいひゃん。いひゃい、いひゃいれす」
弥生の剣幕に、さしもの清歌も「体調は崩さなかったので大丈夫ですよ」などとは言わなかった。
「も~、反省してる?」
「ひゃい。はんしぇいひれまふ」
「ほんとうかなぁ~」
なおも訝しむ弥生に、清歌が小さく小刻みにコクコクと頷く。
そんな清歌を見て「しょうがないなぁ~」と呟きつつ、弥生は手を離した。
まあでも反省しているとはいっても、何か没頭できる新しいモチーフと出会ってしまったら、きっとまた無茶をするんだろうな、と弥生は思う。
そして清歌の方もまた、自分が何か多少の無茶をしてしまっても、弥生なら本気で心配して叱って、そして許してくれるのだろうと思っていた。言うまでも無く、弥生に本気で愛想を尽かされてしまうような、酷い無茶は絶対にしないというのは大前提として。
二人は互いの表情からそんなことを読み取り、同時に吹き出してしまう。
――ああ、きっとこれからも、私たちは同じようなことを繰り返すのだろうなと思って。
「清歌」
小さく名前を呼んだ弥生は背伸びをすると、腕を清歌の首に腕を回すように抱きつき、耳元に口を寄せた。
「ありがとう、清歌。これからもよろしくね」
清歌は弥生を受け止め、腰に手を回してきゅっと抱き寄せる。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。弥生さん」
この章のエピローグ的な話ですが、少々長くなったので二話に分けました。
次回でこの章は終了となります。そしてこの物語も、一応の完結となる予定です。