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#12―16




 クリオネと言えば翼のようなヒレ――正しくは翼足というらしい――をパタパタと羽ばたかせるように動かして海を泳ぐ姿から、“流氷の天使”や“氷の妖精”などと称されることで有名な、海の小さな(・・・)生き物である。


 可愛らしい姿で水族館の人気者――なのだが、


「おっきいね~……」「大きいですね……」「大きいだろうとは思ってたが……」「いやいや、大きすぎニャ」「そぉねぇ……」「デカいでござるな……」


 流石に全長が二十メートルにも及ぶサイズになると、これを可愛いと言える者は少なくともここにはいないようである。


 さて中央島の北、視界をも遮る雷を伴う豪雨が収まった時、そこにいたのはレイドボス“クリオーネン”であった。


 乳白色で半透明の身体は胴体と頭に分かれており、頭からは角のような突起が二本伸びている。そして胴体と頭の中には黄色やオレンジ色に明滅するコアがあり、時折そこから光るラインが体の中を走っていた。もちろんゆっくりとはばたく一対の翼もちゃんとついており、この翼の部分もほんのりと光っている。


 形状はクリオネそっくりと言っていい巨体は、胴体の先端――尾と言うべきか尻と言うべきか――を海面に少しだけつけた状態で宙に浮かんでいる。翼が羽ばたいているところと光が明滅するところ以外の動きが全く無く、妙に無機的で、一風変わったオブジェといった印象を受ける姿である。


 ちなみにマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)らが暢気に感想を述べていたところからも分かるように、戦端はまだ開かれていない。というのも、北側はもっとも冒険者たちの集まりが遅く、戦闘が始める前にオネェさんが参戦を表明したので、到着を待っていたのである。


 そんなわけでオネェさんらは大型帆船に、マーチトイボックスはクジラ船に乗り込み、クリオーネンの背後からゆっくりと近づいた。


「まあ、アレが島の反対側を向いているっていう前提で、背後からっていう話なんだけどねぇ」


「前後左右に対象だから、どっちが前ニャのかわからないニャ……」


「で、ござるな。モビ〇スーツで言えばゾッ〇のようなヤツでござる」


「ゾッ〇とはまたマイナーな例えねぇ……」


 クリオーネンの前方は弧を描くように様々な船がずらりと並び、後方には大型帆船とクジラ船が配置に着いた。そして先ずは先制攻撃でダメージを稼ぐべく、冒険者たちはそれぞれ大技のチャージをする。


 各チームから準備完了の報告を受けたオネェさんが、攻撃開始を決断する。


『総員、信号弾で攻撃開始! トイボックスさん、よろしくね!』


『了解しました!』


 オネェさんの掛け声と同時に、絵梨がコミックエフェクトで花火――色のついた煙のようなものである――を打ち上げた。これは事前にチャットで打ち合わせている合図で、赤い煙が攻撃、黄色い煙が攻撃停止、青い煙が後退という大まかな方針を伝えるものである。ちなみに内容を強調する時は、連続で複数上げることになっている。


 常時チャットを接続しているのはチームリーダーとサブリーダーのみなので、全体に方針を伝える方法もあった方が良いだろうという話になり、弥生からそれならばと提案したのである。なお、コミックエフェクトという具体的な手段は一応伏せている。


 ボンと赤い煙がクジラ船の真上に上がると同時に、冒険者たちのアーツや船の大砲などが一斉に放たれ、クリオーネンに殺到する。どうやら冒険者の多くは内部で明滅するコアっぽいものを弱点ではないかと考えたようで、殆どの攻撃はコア付近にヒットし大爆発を起こした。


 第二波の攻撃準備をしつつ反撃に対する警戒のために様子を窺っていると、クリオーネンは低音と高音が入り混じった声――というか振動を発した。どうやら攻撃を受けてる気になったようだ。


 クリオーネンのコアの明滅が激しくなり、それに呼応するように翼が根元の方から徐々に強く光り始める。そしてその光が翼全体に広がった瞬間、翼から四方八方に――それこそ前後も関係なく――白い光の矢が無数に放たれた!


「ぬわーっ!」「エナジーウィングかよっ!」「聖天八極式か?」「いや、色的にはアルビオンじゃね?」「モビ〇スーツじゃない……だと!?」「アホなこと言ってないで、とにかく防御っ!」


 当然、反撃がある事は想定内であり冒険者たちは壁役タンクを中心に、クリオーネンから放たれた無数の矢を防ぐ。どうやら物理的な攻撃ではなく魔法の一種のようで、一発ごとの威力ではなく手数でダメージを稼ぐ類のようだ。


「見た目は派手だけど……」「意外と大したことない、かも?」「ってか、狙いもかなり適当じゃね?」


 バラ撒かれるような攻撃は船体にもあたったが、思ったよりも損害は軽微だ。冒険者たちは「なんだ大したこと無いじゃないか」という印象を受けたのだが、この攻撃には他にも効果があった。なんと船や海面に着弾するとそこが凍り付くのである。


 幸いなことに冒険者が盾や魔法で防いだ光の矢はそのまま消えるので、防御をし続けて氷漬けになるなどという事態にはならない。しかしこのまま海面や船体に氷が蓄積していけば、その内冷気による継続ダメージが発生するようになるだろう。実際、試しに甲板上にできた氷の塊に触れてみると、僅かながらダメージを受けることが分かった。また海面がびっしり氷に覆われるようなことにでもなれば、船の身動きが取れなくなってしまう可能性もある。


 ある意味、流氷の天使という名にふさわしい攻撃と言えよう。


 またクリオーネンには胴体のコアからビームを撃ってくるという攻撃パターンもあった。こちらは攻撃の前にレーザーポインターのような光で照準が分かるので、急いで船を移動させて躱すことや、或いは魔法のシールドをピンポイントで重ね掛けして防御することで対処が可能だった。ただ、弾幕攻撃による流氷で海が覆われてしまうと、躱すことは次第に困難になるだろう。


 これは早いうちにダメージを稼いで、有利な状況を作った方が良い。そう判断したオネェさんは、大きな声で隣のクジラ船に呼びかけた。


「トイボックスさ~ん! 例のアレやるわよ~!」


「了解で~す! セイルに風を~」


「追い風を祈る~!」


 クリオーネンの背後に位置していたお姉さんらの大型帆船が左方向に舵を切り、ゆっくり移動しつつ、大砲と遠距離アーツによる攻撃を開始する。一方クジラ船はと言うと、帆船の影に隠れる位置へ移動すると潜行を始めた。クリオーネンに果たして目があるのかは不明だが、やっておいて損は無いだろう。


 そうして海の中に潜ったマーチトイボックス一行は、こそこそとクリオーネンの近くまで移動していた。


「……これって本当に気づかれてないのかね?」


「ちょ、悠司ってば不安になるようなこと言わないでよ~」


「そりゃスマン。だが、なんだか上手くいきすぎのような気がしてな……」


「ふむ。それも分かるが、クリオーネンの攻撃は海面で止まってしまうから、海中を攻撃する手段は無いのではないか?」


「今のところは、そね。というか、今のうちにしか使えない方法よね、これは」


「海面の氷が増えてしまっては、浮上できなくなりますからね」


「あと攻撃パターンが変わるかもしれませんし」


「だよね。それがボス戦の常識だもん」


「そうそう。ってわけで、そろそろ行くよ~っ!」


 海中でクジラ船はやや上向きに姿勢を変え、クリオーネンへと狙いを定める。


 弥生はオネェさんにチャットで呼び掛けて、攻撃タイミングの指示を仰いだ。クリオーネンの冷凍弾幕攻撃にはタイムラグがあり、連続で打ち続けることはできないようなのだ。


『まだよ~、まだよ~……、今っ!』


「マッコウちゃん、急速浮上!」


 クジラ船が猛然と泳ぎ出し、大きな水飛沫を上げながら海面から跳び上がる。と、同時にガパッと口を開け――


「マッコウ~ビィーームッ!!」


 光り輝くブレスを放った。


「おぉぉーっ!」「こんなの見たことねーぞ!」「極太ブレスニャ~……」


 大型帆船の甲板から――反対側からは良く見えなかったのだ――歓声が上がる。ブレスを吐く魔物は少なくないのだが、そこらのフィールドで出会う魔物の攻撃とクジラ船から放たれたものとでは、大きさまるで違う。驚きの声が上がるのももっともであろう。


 余談だが、このブレスのように見えるものは、クジラ船の能力である魔法の一つである。またマッコウビームというのは弥生がユーザー定義した名称であり、他にもマッコウアロー、マッコウウォール、マッコウレイン、マッコウトルネードなどがある。実はそのどれもが冒険者プレイヤーの使用する魔法と同じものなのだが、その規模や威力が桁違いなので、全く別物にしか見えなくなっているのである。


 マッコウビームがクリオーネンに炸裂すると同時に、マーチトイボックスのメンバーは更なる追撃を加える。


 悠司たち後衛メンバーがそれぞれの最大級アーツを放ち、清歌と聡一郎はクジラ船を駆け上がり、そのまま飛び出す。聡一郎は接歩で、清歌は浮力制御とエアリアルステップを駆使してクリオーネンに取りつき、直接攻撃を加えた。そして弥生がブーストチャージで胴体のコア目がけて突っ込む。


 怒涛の連続攻撃を受けてクリオーネンのHPが大幅に削れ、更にこれまで微動だにしなかった巨体がグラリと傾いた。この海域に集った全ての船から大きな歓声が上がる。


「清歌~、お願い~」「は~い」


 アーツで突っ込むところまでは問題ない――怖いという点を無視すれば、だが――のだが、残念ながら弥生は自力で戻ることができない。というわけで、清歌が見事に空中でキャッチすると、お姫様抱っこでクジラ船へと連れ帰った。時を同じくして聡一郎も無事帰還する。


「マッコウちゃん、右に転進! 全速で離脱!」


 跳び上がった勢いのまま海面から浮上していたクジラ船が、くるりと向きを変えると船としては破格のスピードで離脱、十分に距離を取ったところで着水した。位置的にはクリオーネンの正面を十二時とすると四時の辺りである。ちなみにオネェさんらの大型帆船は八時付近。


 さて、この一連の連続攻撃。完璧に決まり過ぎていることや、落下する弥生が全く焦っていなかったことからも分かるように、これがぶっつけ本番という訳ではない。クジラ船の魔法を試し打ちしてみたとき、この魔法と連携してカッコイイコンボを決められないかと考え、アレコレ研究していたのである。その甲斐あって、普通に出現する海棲の魔物の場合、多少大きな相手でもこれが決まればそれで決着がついてしまうという、強力なコンボが完成したのである。


 クリオーネンのHPを大きく削ったことで気持ち的に余裕のできた冒険者たちは、その後落ち着いて波状攻撃を加え、戦いを有利に進めていった。


 弾幕攻撃によって派生した氷は火属性のアーツや魔法で溶かせることが分かったが、いまのところ海上の氷は敢えて一部を残している。というのも氷同士がぶつかると合体して一つになるのだが、これらを足場にすることで、近接攻撃主体の冒険者が、クリオーネンに接近し攻撃することができるからである。


 まあ、誰もが清歌や聡一郎のように華麗に――とはいかないので、おっかなびっくりだったり、滑って転んだり、誤って海の中に落ちたりしているのだが、それでも強力な直接攻撃を当てられるようになったことで、確実にダメージ量は増えていた。


 ちなみにもし海に落ちて溺れてしまった場合、HPに最大値の五十パーセントのダメージを受けた状態で乗っていた船の上に戻される。なので、氷山の跳び移りに挑戦する際には、HPが最低でも五割以上あることが鉄則である。


 そうして基本的には冒険者サイドが有利な状態で、クリオーネンとの戦いは推移していき、もうすぐHPの残量が二割に達しようとしていた。


 途中、クリオーネンのHPが五割を切った段階で、足(?)元を中心に同心円状に水柱が広がっていくという攻撃パターンが増え、初見では氷山に乗っていた冒険者が軒並み海に落とされ、一時ピンチに陥ってしまった。ただこの攻撃は胴体のコアの明滅パターンに予兆があることが早くに分かったため、回避や氷山にしがみ付くなどの対策をとることができたのである。


 このまま押し切ることができそうだと、なんとな~く楽勝ムードが漂う中、クジラ船の上で清歌は僅かばかり眉を顰めていた。


 これはクリオネをモチーフにした魔物だ。クリオネと言えば流氷の天使などと称される可愛らしい生き物ではあるが、もう一つ別の側面を持っていることも割と知られている事実である。そしてその裏の顔とも言える一面は、ある意味<ミリオンワールド>の開発スタッフが好みそうなネタだ。


 果たしてわざわざクリオネをモチーフにしておきながら、それが使われないなどという事があり得るのだろうか?


「どうかしたの、清歌? 何か気になる事でもある?」


「ええ、まあ……。弥生さん、クリオネ……ですよ?」


 何故かクリオネであることを念押しして来る清歌に、弥生はキョトンとする。


「うん、確かにクリオネだね。ちょっと……っていうか、かな~り大きいけど」


「はい。クリオネを元にした魔物なのに、あの(・・)姿にならないのは不思議ではありませんか?」


「あの姿??」「あっ、そうかアレかっ!」「っ! 私としたことがすっかり忘れてたわ……」


 清歌の再度の問いかけに弥生はまたまた首を捻り、一方で悠司と絵梨が大きく反応した。ちなみに他の三人は弥生と同じく、よく分かっていない様子だ。


 ネタが分かった三人が顔を見合わせる。


「それって……アレよね? 頭がアレな感じになるっていう……」


「はい、それです。開発スタッフさんが好きそうなネタだと思いませんか?」


「確かに好きそうだよなぁ……。確か小学校に入ったかそこらの頃に雑学系のテレビ番組で見て、軽くトラウマものだったんだよなぁ……」


「そ、それはお気の毒だったわね。でも確かに、開発が好きそうなネタだし、使わないってことは無いわよね。ということは……」


「最後にとっておきの変身を残してる……、っつーことだろうな、たぶん」


「やはり、そうなりますよね。それにしても、意外と知られていないことなのでしょうか?」


「私も割と有名な話だと思っていたけど……、ま、でも水族館とかからすれば有難くない情報だものねぇ」


「水族館に配慮したって? 確かに知ったからって誰も幸せになれない情報ではあるがなぁ」


 などと清歌たちが思わず話しこんでいる内に、遂にクリオーネンのHPが二割を切った。


 その瞬間、クリオーネンは戦闘を始める時に出した唸り声のような震動を発すると、コアの予兆なしに水柱の攻撃を放ち、続けて弾幕をバラ撒いた。これまでにない連続攻撃に氷山に乗っていた冒険者が軒並み海に落とされてしまい、多くのチームが回復に専念せざるをえなくなる。


 その隙を突くようにしてクリオーネンに異変が起きる。胴体のコアが激しく明滅すると同時に、頭部のコアからは何やら赤黒い靄のようなオーラのような物が漏れ始めたのだ。


 冒険者たちが警戒し注視していると――


「えっ? 頭が割れ……て?」「何かが中から……」


 クリオーネンの頭部が真ん中からパカリと左右に開き、中から六本の触手が放射状にブワッと広がったのだ!


「なんだそりゃーっ!!」「うわキモっ!」「イヤーッ!」「天使のイメージが……」「まさかの触手……」「しかも頭が割れて……」


 頭部から伸びた触手は赤黒いオーラを発しつつ、ウネウネと蠢いている。その様子を目の当たりにした一部の冒険者は、悲鳴を上げたりガックリと膝をついたりしていた。可愛らしい小さな生き物というイメージが音を立てて崩れてしまったのであろう。


 しかし愕然とする者がいる一方で妙に落ち着いている者もいた。


「やっちゃった……」「まさかとはおもったけど……」「いや、ヤルでしょ開発なら」「まあ、そうだよなぁ~」


 もっとも落ち着いている者たちもその表情は優れない。見たくは無かったが、まあ仕方ないよね――という、諦めの境地といったところだろうか?


 恐らく落ち着いている彼らは、こうなるかもしれないことを想像していたのだろう。そう、実は現実リアルのクリオネも、捕食時に頭がパカッと割れて中から触手が飛び出るのである。しかも可愛い形をしていながら肉食で、獲物を触手で包み込むと養分を吸収していくのだとか。そう考えてみると、魔物のモチーフとしては意外と適していると言えなくもない――かもしれない。


 動揺している、もしくは回復中の冒険者たちの隙を突くように、クリオーネンは触手を長く伸ばすと甲板に叩きつけてきた。


「ぐあーっ!」「ヌルヌルはイヤーッ!」「ってか痺れるぞ、気を付けろ!」「ドレイン効果もあるのか!?」


 触手は当たるとヌルッとして気色悪いだけでなく、低確率で麻痺の状態異常になり、ダメージを吸い取ってクリオーネンが若干回復するというおまけ付きであった。まあ吸収による回復はクリオーネンのHPに対して微々たるもので、大した問題ではないのだが。


 さらに触手は直接攻撃して来るだけでなく、海上に浮かぶ氷を拾って投げつけるという攻撃をも仕掛けて来た。こちらは船体に当たると大きく損傷してしまうので、かなり深刻である。前衛の足場になるからと敢えて残しておいたのが、仇になってしまったようだ。


「むむっ、これはちと拙いでござる。ギルマス、どうするのだ?」


 部隊長でもあるオネェさんは、迎撃しつつ素早く考えを巡らせる。


 足場に使っていた氷はもはや敵の弾でしかない。また触手が全方位をカバーしているので、本体に接近することはもはや不可能だろう。しかし触手が直接攻撃しに来ているということを逆に捉えれば、こちらの近接攻撃も触手にはヒットするということだ。で、あれば船に大きなダメージがくる氷山はさっさと消してしまうに限る。その上で前衛が触手を集中攻撃して、部位破壊を狙う。


 ――そういう方針で行こうと決断したオネェさんは、早速全てのチームに作戦を伝えた。


「よっしゃ、行くぜ、ファイヤーボール!」「こっちはファイヤーウォール!」「溶かせ溶かせーっ!」「十連フレイムミサーイルッ!」


 各チームの魔法使いたちが、火属性の魔法を氷山目がけて撃ちこみ、次々と溶かしていく。海上にはもうもうと湯気が立ち込め、気分は温泉地である。


 そして前衛メンバーも触手の部位破壊を狙い、叩きつけてきた瞬間を迎え撃つ


「動きを止める、スタンバッシュ!」「もう一発、パラライズスピアー!」「今だっ! バーストスラッシュ!」「これで終わりにしてやる! ライデン斬・改ッ!」「改?」「廻!?」「ってか、終わってないじゃん(笑)」「まあ、今回は属性的には合ってるから良し!」


 この間、他の攻撃も時折飛んできているのだが、船体へのダメージはある程度覚悟の上で、冒険者に直撃するもの以外はほぼ無視している。この戦いも最終局面なので、ここで決めるつもりなのだ。


 触手を迎え撃つことしばし、遂にその時がやって来た。


「いい加減に落ちろ、テト〇ススラッシュ!」「ふつうソコはフォースとかクアッドじゃね!? グラビティヒット!」「これで決めてやる! 真・ライデン斬ッ!」「今度は真かいな?」「一体何パターンあるんだか……」「だから決まってねー……って、本当に決まった!?」「……おお、言ってみるもんだな」


 赤い装備に身を包んだ冒険者による雷属性の斬撃が決まった次の瞬間、触手がその動きを止め、光の粒となって消えて行った。時を前後して、他の五本の触手も次々と光となって消えて行く。


『本体に向けて総攻撃!! 信号弾!』『了解です!』


 赤い花火が三発上げられると同時に、無数のアーツや魔法、そして船の砲撃がクリオーネン目がけて撃ちこまれ大爆発を巻き起こした。――しかし、クリオーネンは僅かながらにHPを残し、しぶとく生き残っている。しかも胴体のコアと翼が、何やらヤヴァイ感じに激しく明滅していた。


 クジラ船の上でその様子を見ていた弥生は、キリッと表情を引き締めると一つ頷いた。


「(ちょ~っと、足りなかったか~)……よし、マッコウちゃん浮上!」


「弥生さん?」「え゛?」「まさかアレを……」「うむ、ヤル気のようだな」


「いえーすっ! 行くよっ! マッコウちゃん、ヘッドアターック!」


 海面から浮かび上がったクジラ船が、頭の前にシールドを張りクリオーネン目がけて最大船速で突進する。船上の清歌たちが腰を落として衝撃に備えていると――


 ズズゥーーン


 大きな衝撃音と共に、クジラ船の頭がクリオーネンの脇腹――或いは背中かもしれないが――に、やや下から斜め上にえぐり込むように突き刺さった!


「吶喊!?」「スゲェッ、体当たりか!」「普通の船じゃ無理だよねぇ……」「そもそもあんな急加速が無理だよ」「流石はレア船だな!」「てか、止めはさせたのか!?」


 ぐらりと傾いたクリオーネンは全身を振るわせつつコアを激しく明滅させ、体中を光のラインが凄い速さで駆け巡っていたが、それは断末魔の悲鳴のようなものだったのだろう。程なくしてコアの輝きが消え、同時に光の粒となって消えていくのであった。


 クリオーネンという一種の支えを失ったクジラ船が海に落ちて水飛沫を上げ、小さな虹がかかった。


「うおおぉぉーー!」「勝ったぞー!!」「討ち取ったりー!」「やったー!」「これでやっと中央島に行けるよぉ~」「そう言えば、それが目的だったわな」「ってか、枝垂れ桜まではまだ先があるんだが……」「いいのいいの、今は勝てたことを喜ぶべき!」「そうだそうだ! 景気よく祝おう!」「YhaHaaa!!」


 戦いに参加していた全てのチームから、弾けるように明るい歓声が聞こえてくる。マーチトイボックスとオネェさんらを除けば、これから中央島のダンジョンか登山が待っているのだが、どうやら一旦脇に置いておくことにしたようだ。お祭り騒ぎはしばし続くのであった。


 ――こうして、中央島北に出現したクリオーネンは撃破されたのである。







 明けて日曜日。お花見イベント最終日に、マーチトイボックスの七人はサクラ組とオネェさんらのチームと合同で夜桜見物をしていた。


 見上げるとほんのりと淡く光る桜の花びらが夜空の中に映え、なかなか趣があって綺麗だ。そして視線を下げれば、レジャーシートの上にずらりと広げられた、三十二個の重箱に詰められた、超大作お弁当が並んでいる。こちらもある意味で、大枝垂れ桜並にインパクトのある光景である。


 結局、昨日はちゃんとお花見ができずに、最終日にずれ込んでしまったのである。というのも、あのレイドボスたちは初回に現れた四体を斃した後、一定の時間をおいて復活したのだ。


 もっとも同時に出現するのは二体のみで、他の二箇所の港は普通に使用することができたので、中央島へ向かうだけならば斃す必然性は無くなっていた。またストーンサークルの中ボスと異なり何度でも再戦できる仕様だったので、レベリング目的でボスマラソンを行っているツワモノもそれなりにいた――というか、今もいる。要するに、弥生のボーナスステージという発言は、正に的を射ていたと言えよう。


 ちなみに四体のレイドボスは総合的な強さは概ね同じくらいに設定されていた。それぞれの特徴としては、イカーケンは墨で自らの分身を作り出すことができ、タコーケンは海域全体に墨を煙幕のように広げてその中に隠れることができ、クラーゲンは長い上に数も多い触手で様々な状態異常攻撃をすることができた。


 なお、総合的な強さは同列でも戦い易い難いというものはあり、一番人気はイカーケン、不人気はクラーゲンであった。ちなみにクリオーネンはというと「戦い難いとかじゃなくて、戦わない方が良い」という評価である。どうやら最終形態に衝撃を受けた者が多かったようである。


 マーチトイボックスもクリオーネン戦でだいたいの勝手が掴めたので、折角だからボーナスステージを満喫しようと、他の三体とも戦い、これを撃破したのであった。


 そして現在、大枝垂れ桜の咲き誇る広場では、数多くの冒険者が集い、それぞれ盛り上がっていた。今も桜の麓付近に集合したチームから勝鬨の声が上がっている。


 ただレジャーシートを広げ豪華なお弁当を用意して、ガッツリお花見を楽しんでいるようなチームは、ざっと見渡したところ見当たらない。せいぜい飲み物を持って芝生に座り、桜を見上げているくらいだ。


「弥生さんお手製のお稲荷さんはとても美味しいです。山葵の方が特に好みの味です」


「えへへ、ありがとう清歌。喜んでくれて何よりだよ。それにしても清歌はおはぎ(・・・)とは……、意外な線を突いてきたね」


「ふふっ。甘いものもあった方が良いかと思いまして、イツキの茶店にお願いして詰めて頂きました」


 お弁当の中身はそれぞれが好きなものを詰めたり、或いは半ばウケ狙いに弁当らしからぬものを詰め込んでいたりして、なかなかバラエティーに富んでいた。


 主食系で言えば、お稲荷さんや俵型おにぎりにサンドイッチといった定番だけでなく、ちらし寿司やお赤飯、チャーハン、パエリア、うどんに蕎麦(タレは別に用意してある)、スパゲッティ、ラザニアなどなど。おかずの方も唐揚げにだし巻き卵、ミニハンバーグといった定番系は押さえつつ、煮物におでん、焼き鮭、ロールキャベツ、ポトフ、グラタン、肉の塊のようなステーキ、一体どこで手に入れたのかてっさ(フグの刺身)などもあった。


 変わったところでは、デザート用なのかベイクドチーズケーキやパウンドケーキにフルーツポンチといった甘味系もあった。重箱に詰まっているところが若干シュールで、笑いを誘っていたが、これはこれで好評である。


 一方でカレーや麻婆豆腐などの激辛系、匂いがかなり強烈なチーズなどかなり人を選ぶ箱も若干数見られ、お弁当にコレはいかがなものかと製作者はツッコミを受けていた。


「このラザニアがとても美味い。……これは誰の重箱だろうか?」


「あ、それは私のです。っていっても、お店の人に頼んで詰めて貰ったものなんですけどね。料理はその……、ちょっと苦手で」


 千代が返事をしつつ、テヘヘという感じの照れ笑いを浮かべる。


「ヤバイ! ソレ、もうなくなりそうじゃないか。確保確保……。っつーか、結局手作りしたのは弥生くらいなんじゃね?」


「あっ、はいはーい! チカも頑張(・・)って(・・)一個は手作りしたよーっ! 卵焼きとかー、唐揚げとかー、ポテトサラダとかー、肉じゃがとかー、なんていうの? こう……家庭的なやつをねっ!(キュピーン☆)」


「ちょ、ト……トモちゃん、そんなことわざわざ言わなくても……」


「「「ほっほぅ~~(ニヨニヨ)」」」


 所謂、男子の胃袋を掴む系の料理ばかりなのは、果たしてどれも定番料理だったからなのか、それとも狙ってそうなったのか。なかなか興味深いところではある。


 まああまり深く突っ込んでは、折角の和やかな空気が冷めてしまう。ここはサラッと流すべきだろうと配慮した悠司がさり気なく話題を変えた。


「それにしてもなんつーか、アレだな。清歌さんと千代ちゃんは、こう……人を使うのに慣れてるって感じがするわな」


「はい?」「えっ!?」「「「あ~~」」」


 清歌と千代がキョトンとする一方、弥生たちは納得の声を上げた。


 今回のお弁当作りは、出来合いでもオッケーだが必ず重箱に詰めることという決まりだったのだが、お店の人に盛り付けまで頼んでいたのは清歌と千代だけだったのである。他のメンバーはテイクアウトで購入したものを、自分たちで詰め替えたのである。


 重箱を渡して盛り付けまで頼んで値段の交渉をしたという話を聞いて、なるほどその手があったかと、皆感心したのである。同時に通常のサービスではないことを頼むという発想が出てくる辺り、やはりこの二人は一般庶民とは違うのだなと感じたのである。


 なお彼女たちの名誉の為に補足すると、二人ともお店が空いているタイミングを見計らって交渉し、無理ならばすぐに引っ込めるつもりだった。決して高飛車な態度でゴリ押ししたわけでは無い。


「まあそのお陰で美味しいものも食べられるわけなんだから良いじゃない。おはぎ、美味しいよ? ちなみに私のお勧めは胡麻ね!」


「ふむ、確かにその通りだな。……では、俺も胡麻を貰おう。ちなみにあんこも美味かったぞ」


「えっ? ソーイチ二個めなの? ちょっ、私の分が無くなっちゃうじゃない……」


 そうして賑やかに食事をしつつ時折桜を見上げ、楽しい花見の時間が過ぎていく。


 やがて全ての重箱が綺麗さっぱり空っぽになり、そろそろお開きの時間になろうかという頃、弥生がふと思い出したことを口にした。


「そう言えば、アッチのお花見イベントももうすぐだね~」


「そうですね。……今回のようにまたお弁当を持ち寄りましょうか?」


「う~ん、それでもいいんだけど屋台もたくさん出るから、そっちも回ってみたいんだよね……」


「ま、あっちの場合だと、落ち着いてお弁当を広げるには場所取りが必要になるから、食べ歩きをしつつお花見をする方が現実的よね」


「う~む。しかし屋台は結構出費がかさむからな……」


「……義姉さんから聞いた話だと、学内の屋台は学食が出すから割安だってことだから、そこを狙えば大丈夫だろ」


「ふむふむ、なるほど。……ま~、なんにしてもこっちの枝垂れ桜も凄いけど、現実リアルのソメイヨシノも綺麗だから、楽しみだね!」


「その台詞は清歌さんが言うなら、もっともだと思うんだろうが……。弥生はどっちかっつーと、花より団子だろ?」


「むっ、失礼な! それを言うなら悠司の場合は、花より激辛じゃない!」


「んぐっ! ひ……否定できん……」


「「「あははは……」」」


 夜空に仄かに光を放つ大枝垂れ桜の下、明るい笑い声が響く。


 こうして清歌たちのお花見イベントは幕を閉じたのであった。




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