#12―15
~ イベント攻略掲示板「魔法陣起動作戦(結果報告)」より ~
というわけで、皆さんのご協力のお陰で、魔法陣起動作戦は無事成功しましたぁ~。ハイ! 拍手拍手~!
パチパチパチ
パチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチ……って、もうこのくらいでよくね?
フフフ。皆さん、律儀に拍手をありがと~! 何にしてもお疲れ様でした。特に21~24番の装置を担当してくれたチームには、負担を掛けちゃったわねぇ。
あー。昨日までいなかった中ボスがしれっと居るもんだから、まー驚いたわな。
えっ!? ナニその話、kwsk
まぁ、さっきの書き込みの通りよ。作戦は順調に進んでたんだけど、21個めから24個めまでの装置の前に、事前の調査ではいなかったはずの中ボスがいたのよ。
ちなみに強さは事前調査で出現した中ボスとほぼ同じってところかな。
へ~、そんなことがあったんですね。お疲れ様でした!
乙! ところでそれってやっぱり、残り四つになったから出現したってこと?
そう考えるのが妥当でしょ。あともう少し……ってところで隠し玉を出すなんて、いかにも開発のやりそうなことじゃない?
あー(同意)
あーー(激しく同意)
あーーーー(猛烈に同意!)
猛烈w 台風かよ!
www あ、オネェさん、援軍有難うございました! アレが無かったら起動が明日にずれ込んでいたかもしれません。
どういたしまして~。とはいえ、本当の功績はトイボックスさんなのよねぇ。何しろ異変に気付いたのは彼女たちなんだから。
……流石は謎のトップギルド。ってか、どうやって気付いたんだ?
ああ、それは結構簡単なの。中央島では装置の起動状況が確認できるから、作戦の予定と照らし合わせて極端に遅れてたら、何かがあったって分かるってこと。
ふむふむ、そんな機能が……
いや、でもそれって中央島に行かないと分からないんでしょ? トイボックスさんは何で中央島に居たんです?
フラグがどうとか言ってたけど……、まあ要するに嫌な予感がしたってことみたいねぇ。
それはまたなんというか……。持ってる人たちですねー。
まあ、あのお方がいますし……
なるほど。あのお方ですね!
それで納得できてしまう不思議w
www ところで質問があるのですが、オネェさんたちはイベントのクリアが確定したということでいいんですか?
ああ、その報告を忘れてたわね。花が咲いた後にログを確認してみたら、ちゃんとイベントをクリアした通知がログに残ってたわ。
おー、それはおめでとうございます! じゃあ後は中央島に行けばクリアできるってことですねー^^
そぉね。あ、でも大枝垂れ桜のある広場は、山を越えるか通路になってるダンジョンを抜けないといけないから、そこんとこは注意してね?
そう言えばそうなんですよね~><
えーっ!? そんな面倒な……
っていうか、その情報は大分前に掲示板に上げられてたでしょ?
フッ、情報弱者めw
ぐぬぬ……。あ、本当だ、過去ログに出てる。
ちゃんと確認してるしwww
まあ、つまりだ。最終日の時間ギリギリに港についたんじゃ、イベントのクリアは無理ってことでOK?
OK。たいへんよくできました! 先生、花丸を上げちゃいます。
わーい、うれしいなー(棒読み)
www しかし登山かダンジョンかぁ……
山登りはともかく、ダンジョンを抜けたら目的地なんて、RPGでは当たり前でしょ?
そりゃそうだけど、もう後は船で乗り付けるだけでいいって思ってたから、面倒臭いなーって思っちゃってね。
……ま、気持ちは分かる。ウチの船は潜水艦じゃないからショートカットは使えないし、諦めて……ダンジョンかな。登山はちょっとな~。
でも、高いところから大枝垂れ桜を見るっていうのも、乙なモノかも?
むっ! それも一理ある。う~ん、迷うな~
ところで……、ショートカットとは何ぞや??
ええい、情報貧弱者め! 潜水できれば地下トンネルを使って、桜のすぐ傍まで行けるのだ! 過去ログを確認するがよい!
ぐぬぬ……、貧弱だと。“弱い”の上に“貧しい”まで付けるとは……。
貧弱者って言葉は初めて聞くねw
あ、ログ発見! なるほど、これなら楽ちん。……うちの船は潜水できないけど。
同じく! ってか、潜水できる方が少ない。
少ないねぇ。たぶん一部のネタ船と、例の生物型の船だけでしょ。
いや! 船がダメでもチョーカーを使って泳げば行ける!
行ける……かも? でもそれならダンジョンか登山の方が早くね?
…………確かに!
まあショートカットのできない私のチームは、土曜日に中央島に着く予定ですね。イレギュラーがあるといけないので、日曜日は予備日ということで。
イレギュラーが心配なら、明日にすればいんじゃね?
そうしたいんですけど、移動時間の問題でそうせざるを得ないという……><
納得。中央島最寄りのポータルを抑えてないと、結構時間がかかるよねー
ちなみにイレギュラーっていうと、例えば?
ええと、例えば悪天候とか、海棲魔物に遭遇するとかかな。あとは港に入る順番待ちとか?
順番待ちかー……確かにあるかも。念の為にウチらも急ぐとしよう。
まぁ、余裕を持って行動した方が良いのはリアルも同じよね。ちなみにダンジョンと登山は、どっちを選んでも時間的にはあまり変わらないから、好みで選んじゃって大丈夫よ~
それって逆に迷うような……
景色を見るなら登山、経験値が欲しければダンジョン、でいいんじゃ?
端的ですね! そういえば大枝垂れ桜が咲いたっていうのに、どの掲示板にも画像が見当たらないんですが……どうしてなんですかね?
あ、俺も気になってた、ソレ。まさか……
まさか?
桜が咲いたっていうのは、ブラフだった……とか?
NO―――――!!
なんという大どんでんがえし!
いやいや。ブラフの意味が無いからww
フフフ。桜は咲いてるわよ、ちゃ~んとね。ただ……ねぇ~
ただ……?(ゴクリ)
大した理由じゃなくて悪いんだけど、画像じゃ伝わらないのよ。……せっかくだから何枚かアップするわね。
<画像1><画像2><画像3>
…………キレイな桜の写真ですね。
……ええ、画面いっぱいの桜ですね。
ちょっとスケール感が変な気もするけど、桜並木を下から見上げたのとあんまり変わらないね。
そ~いうことなのよ。もっと写真の上手な人が撮れば違うのかもだけど、やっぱりあの迫力は現場に行ってみないと分からないでしょうねぇ。
むむむ……、気になりますねー。現地に急ぐことにします!
そうですね! 中央島でお花見だー!
フフフ、じゃあ中央島で待ってるわね。セイルに風を~!
追い風を祈る~!
「昨日でイベントのクリアは確定したし、皆で軽くお花見もしちゃったわけだけど、サクラ組さんはこれからどうするの?」
「そう言えば……特に決めてないですね」
金曜日の放課後。たまたま時間が合ったマーチトイボックスとサクラ組の面々は、ぞろぞろと連れ立ってワールドエントランスへと向かっていた。
「もともと私らの方は、旅行気分で参加したイベントだからね。……妙な流れでたまたま深く関わっちゃったけど」
「あら、サクラ組さんの聞き込みが切っ掛けの一つなんだから、功績は大きいと思うわよ」
徒歩組の、しかも旅行気分でNPCとも話をしていたからこそ気付けた違和感から、中央島への先行偵察をしようという話になったのだから、天都たちの功績は大きいと絵梨は考えている。
清歌も中央島に大枝垂れ桜が見当たらないことに気付いてはいたが、それはあくまでも“大枝垂れ桜は世界樹サイズのものだろう”という先入観に基づくもので、客観的な根拠があったわけでは無い。サクラ組から話を聞かなければ、あの時点で中央島へ偵察に行ったかどうかは五分五分というところだったのではないだろうか?
「では、ポータルを使って食べ歩きの続きをするのでしょうか?」
「それでもいいんですが、ちょっとくらいレベル上げもしたいよねって相談してたから……」
「えっ? そんな話してたっけ?」
「あっ! ……えと、昨日家に帰ってから、五十川君と電話で……」
どうやら天都は、迂闊にも二人で相談していたことを暴露してしまったらしい。まあバレンタインにチョコを渡していたとか、そのお返しも貰っていたとかの話も聞いていたので驚きは然程――いや、全く無いのだが、本人が頬を染めて照れているところを見ると、ちょっと突っつきたくなってしまうのがお年頃の高校生というものである。
「ほほ~、お休み前の電話をね~(ニヨニヨ)」
「上手くいっているようで何よりですね(ニッコリ☆)」
「Xデーはいつかしらねぇ~(ニヤリ★)」
「現実のお花見イベントは目が離せませんな~(ニシシ)」
「~~~~ッ!(赤面)」
あまり突っつき過ぎるとギクシャクしてしまうこともあるので、清歌たちはこの位で止めておいた。天都も照れて困りつつも幸せそうな雰囲気も垣間見えるので、このくらいなら十分許容範囲であろう。
さて、魔法陣起動作戦は昨日無事成功し、大枝垂れ桜は文字通り空を埋め尽くすほどの花を咲かせた。その後はログイン時間も少なくなっていたことから、花を咲くところを一目見ようと集まっていた三チームで、手持ちの飲み物で乾杯し、ささやかなお花見を行ったのであった。
ログを確認して見たところ全員にイベントクリアが通知されており、今日も含めてあと三日間はイベント島でやらねばならないことは何もない。とはいえ、クリアが確定したからこそアイテム集めに精を出すというのがゲーマーというもので、オネェさんらのチームも、ポータルと船をフル活用して未探索の島や海域を巡るのだと意気込んでいた。
「そっちはあと三日間、どうする予定なんだ? やっぱトッププレイヤーグループの一角としては、レベリングとかお宝探しとかか?」
「特に決めてないな。クリアも確定したし、お花見もしたからな……。あとやってないのは……、まだ行ってない島の情報を集めて観光も良いか?」
「それも良いが、凛と千代のレベリングをしておくのも悪くないのではないか?」
「あー、そっか。ここでレベル差を縮めておくのもいいな。……それにしても俺らがトッププレイヤーグループねぇ……」
「うむ。少々……いや、かなり違和感はあるな」
トッププレイヤーグループの一角と評価されたことに対し、悠司と聡一郎が共に首を捻る。
昨年夏の実働テストからプレイし続け、レベル的には確かにトップクラスである。また開催されるイベントでもそれなりに活躍しているという自覚はあるのだが、普段のプレイは割とアレコレ妙なことに手を出している。
オンラインゲームのトッププレイヤーといえば、レベルをガンガン上げて未踏破地域にいち早く踏み出し攻略を進めていく――そんなイメージがあるので、自分たちのどこかお気楽なプレイスタイルを省みるに、どうにもその言葉とは合わない気がするのだ。
もっとも本人たちの認識と、周りからの評価に齟齬があるのはよくある事だ。五十川たちから見れば、マーチトイボックスといえば高いレベルのプレイヤーでありながら独自の変わった遊びを開拓し、その上イベントでは大活躍する集団ということになる。そして一般的なプレイヤーからの認識もそれに近い。
「大枝垂れ桜は凄かったよね~。あともう一回くらいお花見をしたいけど、それは最終日に取っておくとして……確かにちょっとやることがないよね?」
「そね。マッコウちゃんの海中散歩とダイビングももう一回くらいしたいわね。せっかく買ったチョーカーが勿体ないし」
「も~、そんなに大きな出費でもなかったでしょ。清歌は何かない?」
「そうですね……。ああ、夜桜見物をしてみたいです。お花見には違いありませんけれど、印象が変わると思いますよ?」
「お~、いいかも」「それは風流ねー」
中央島の大枝垂れ桜は魔力を帯びて花が朧げに光を発している。そして何故か常に花弁がゆっくり、はらはらと散っているので――なお枝についている花が減っているようには見えない――夜になれば幻想的な光景が見られそうである。
これはお花見をあと最低二回はするべきか、などと弥生たちが相談を始める傍で、清歌は内心で小さな疑問を抱いていた。
実は清歌はこれまでにお花見というものをしたことが無い。より正確に言うと、桜の季節になるとニュースで放送されるような、例えば公園や桜並木でブルーシートを広げて大騒ぎするという類の、いわゆる庶民的なお花見をしたことが無いのだ。
ちなみに黛家と繋がりのある家が主催する“桜を見る会”やら“園遊会”やらに出席したことはあるが、これらはガーデンパーティーのようなものだったり屋内から桜を眺めるものだったり、だだっ広い公園のような庭を談笑しながら散策するものだったりで、前述のお花見とはまるで別物である。
まあお花見をしたことが無いからと言って、殊更それに憧れていたかと言われるとそうでもない。が、せっかくの機会なのだから、テレビで見たことのあるようなお花見をやってみたいとも思う。
しかしながら、昨日のお花見はそうではなかった。オネェさんらの大所帯チームもいたので人数的には結構賑わっていたし、飲み物を片手に綺麗な大枝垂れ桜見物もしたので、お花見と言えばそうなのだが、雰囲気的には目的を達成したお祝いというか慰労会というか――そんな雰囲気だったのである。
レジャーシートを広げて腰を下ろし、おやつなども出せばお花見っぽくなったのだろうか? その様子を想像してみるものの、それでも何か味気ない雰囲気だ。車座になって座る皆の真ん中には――そう、沢山のおかずが盛りだくさんに詰まったお弁当が必要だ。それも重箱に入った豪勢なものなら完璧である。
なるほど足りないものはそれだったのかと、清歌は納得してスッキリする。
「清歌、どうかしたの?」
「はい? ああ、大したことではありませんけれど、少し疑問に思っていたことが解決したものですから」
「疑問……って、どんな?」
弥生に促されて清歌がこれこれこういう訳であるとざっくり説明すると、女性陣だけでなく、話が聞こえていたらしい悠司たちの方――とりわけ食べ歩きが趣味の近藤が――からも納得の声が上がった。
「確かにお花見って言っておきながら豪華なお弁当がないなんて、ガリョウ……テン……テン……」
「画竜点睛を欠く、ね。もう、うろ覚えの言葉を使おうとするからよ」
「あはは……コホン。と……ともかく、確かに完璧なお花見にはお弁当が欠かせないよね! お稲荷さんとかいいな~」
「稲荷寿司もいいが……、海苔巻きもいいな。定番はもちろんおにぎりだが、サンドイッチもアリだ」
「おかずの定番といえば唐揚げだよね!」「だし巻き卵も外せないですね」「コロッケにメンチカツも欲しいな」「春巻きもいい!」「揚げ物が多くない?」「じゃあ、ポテトサラダ!」「タコさんウィンナーは?」「ミートボールも!」「ちょ、小学生じゃないんだから」「シュウマイも好きだったなぁ」「それって定番か?」「ウチでは定番。まあ冷凍食品だけど」「ミニハンバーグとかもいいよね~」「あー、ケチャップ味のやつなー」
一同がお弁当ネタで盛り上がる。小さい頃の旅行や遠足、運動会などのイベントなどでお弁当は必須のアイテムだ。お弁当にまつわる思い出は、皆少なからずあるものだ。子供の頃は課外授業にほとんど参加できなかった清歌とて、好きだったおかずや、苦手なものが入っていてがっかりした思い出などはある。
そんな話をしていると、お弁当の無いお花見なんてお花見とは言えないんじゃ? という疑問が湧いてきてしまう。――というか、単純にあのお枝垂れ桜の下で、お弁当を広げて楽しみたい。
「これはもうお弁当を作らなきゃダメだよね、やっぱり」
「なんつーか、もうそれ以外考えられなくなっちまったからなー」
「ってことで、今日は各自自由行動にしてお弁当を作ろう! 最低でも重箱に一つがノルマってことで」
「弥生さん、手作りだとかなり厳しいのですけれど……」
「あ、それは出来合いでもいいってことにしようよ。但し、必ず重箱に詰めること」
「お弁当って……、それでいいのかしら?」
「いいのいいの。お弁当に冷凍食品が入ってることなんて普通普通」
「うむ、冷凍食品は便利だからな。しかし重箱は……、ああ、イツキならば手に入るか」
「うん。というわけで、今日はまずお弁当作りをして、後は自由行動ってことにしよう! あ、お弁当の中身はお花見までバラしちゃダメだからね~」
――とまあ、そんな次第で、本日の予定はまずお弁当づくりということになったのである。ちなみにサクラ組の四人もお弁当の魔力に取りつかれてしまったらしく、今日はお弁当作りに勤しむとのこと。
ついでに明日はそれぞれ完成したお弁当を持ち寄って、合同でお花見をする予定を立てるのであった。
イベントも残すところあと二日となった土曜日。とある冒険者はログインして自分たちの船に転移した時、想像していたのとは違う風景が飛び込んできてちょっと驚いた。
予定では船は中央島の西港についているはずで、後上陸して大枝垂れ桜へと向かうだけ――だったはずなのだが、船は中央島から離れた海上に停泊していたのである。もっとも中央島はもうすぐそこであり、時間的には三十分たらずという距離だ。
左右には自分たちと同様に停泊中の船がいくつも並んでいるところを見ると、もしかしたら入港待ちの列ということなのだろうか? しかし港は許容量を超える船が入ろうとすると、一時的に停泊中の船が消える――もちろん出港時には瞬時に現れる――というゲーム的仕様になっていたはず。
怪訝に思いつつもこの時点ではまだ落ち着いていた冒険者の表情が、島をもっとよく見ようと舳先まで行った時、驚愕へと変わった。
船の目と鼻の先、中央島の西港への侵入を塞ぐように巨大な渦潮が発生していたのである。
「オイオイオイ! なんなんや、あの渦潮は!?」
「いや、俺も今ログインしたばっかで良く分からん。……が、アレを強引に越えていくのは自殺行為だろうな」
「そら、あのデカさに深さやからなぁ……」
巨大な渦潮は、アリ地獄のように円錐状に深く落ちくぼんでいる。あの中に巻き込まれてしまったら、恐らくあっと言う間に船の耐久力が逝ってしまい海の藻屑となってしまうだろう。
「しかし、どうするよ? 大きく迂回するか?」
「いや、それも無理そうだな。あの船、立ち往生してるだろう? 舳先の方を見て見ろよ」
いつの間にやらログインしていたチームリーダーが、冒険者に双眼鏡を手渡した。
迂回して西港に向かっていたと思しき船に双眼鏡を向けてみると、小さな渦潮がいくつか進路上に立ち塞がっているのが見えた。あのくらいなら強引に進めそうな気もするが、立ち往生しているということは触れると耐久値が減ってしまうのだろう。
「アレはどう考えても、何かが船を妨害してるとしか思えんな」
「何かって……ナニが?」
「そりゃあ……、やっぱりデカい海棲魔物の類って線が妥当だろうな」
「それやったらいっそ南か北の港に……って、まあ西だけってことはないわな」
「そういうことだ。ヤレヤレ、参ったねこりゃ」
そう思いつつも僅かな望みをかけて、メンバーがそれぞれのフレンドに連絡を解てみる。結果はある意味予想通りで、現在中央島の東西南北四港はすべて外部から近づくことができなくなっていた。
ちなみに北は雷を伴う豪雨、東は大時化、南は何故か海面に電撃が奔るという謎現象によって妨害されている。
「相変わらずヘンなところに凝っとる開発やな~」
「それにしても、このまま立ち往生じゃどうにもならないんだが……」
呆然と舳先に立ち尽くすメンバーたちに、腕を組んだリーダーが重々しく告げる。
「なに、そう待つことも無いだろう。多分、ある程度冒険者の数が集まるのを待ってるだけだ」
「待ってるって……」「何が待ってるって言うん?」
「そりゃあ……」
リーダーが再び口を開いた正しくそのタイミングで、渦潮の中心から巨大な何かが水飛沫を上げつつゆっくりと浮上してきた。
大きな波に船が揺れ、更に水飛沫が雨のように降り注ぐ。彼らの船だけでなく、左右の船に居る冒険者たちからも悲鳴が上がった。
やがて揺れも収まり、海上にその巨体を現した魔物を見たリーダーがニヤリと笑う。
「そりゃあ、このイベントの大ボスに決まってるだろう」
金曜日のログインいっぱいを費やして豪華(推定)お弁当の準備をしたマーチトイボックスとサクラ組の一行は、翌土曜日にログインすると先ずはスタート地点の港町に集合していた。
それぞれ思い思いの具材を詰め込んだ重箱を、中身を見ないように慎重に重ね上げると、マーチトイボックスは重箱十段重ねが二本、サクラ組は六段重ねが二本の計三十二段にも及ぶ大作お弁当が完成した。
「いや~、こうやって見ると壮観だね! っていうか、ちょっと作り過ぎたかも?」
若干苦笑い気味に言う弥生に一同が頷く。
まあ多く作り過ぎたと言っても、お腹がいっぱいにならないVRならば食べ尽くすこともできるし、お花見に来ている冒険者は他にも沢山いるだろうからお裾分けをしてもいい。オネェさんたちを呼ぶのもアリだろう。
取り敢えずお弁当を収納して、今日の花見の予定を立てる。
「昼間の桜はもう見ちゃったから、やっぱりここは夜桜を見たいよね?」
「そうですね。夕暮れ時からお花見を始めて、そのまま夜桜も見るというのは如何でしょうか?」
「なかなか風流ね。私はそれに一票」
「俺もそれに一票。サクラ組さんはどうかな?」
悠司の問いかけに、天都たちがアイコンタクトを取って一つ頷く。
「私たちもそれでオッケーです」
「じゃあ皆もそれでいいかな? オッケ~、時間はそれで決まりだね。あとは……お花見に付き物の場所取りだけど……」
「必要かな、場所取り?」
お花見会場と考えると、あの中央島のカルデラ内は異常に広く、スペース的には十分余裕がある。というか、多くの冒険者が集中してしまった場合、景色は同じでも別空間で処理される可能性が高いのでスペースについては問題ないだろう。またどこにいても素晴らしい大枝垂れ桜は見えるので、ベストスポットを探す必要もない。――要するに事前の場所取りは必要ないということである。
余談ながら現実だと割と重要になるトイレとの位置関係を考える必要が無いというのも、VRのお花見ならではと言えるかもしれない。
「それじゃあいったん解散して、予定時間になったら中央島で合流ってことで」
「「「はーい!」」」
と、ここで若干悪戯っぽい笑みを浮かべた弥生が、幼馴染に話題を振る。
「と、こ、ろ、で~、オネェさんのチームにも連絡しておこうよ。ってわけで悠司、連絡よろしく!」
「は? なんで俺? リーダーが連絡すればいいだろう」
「え~、だってさ~、悠司には個人的なパイプができたじゃない(ニヨニヨ)」
「ああ、そうですね。今回はイベントに関わる重要な話ではなく、あくまでも個人的なお誘いですから(ニッコリ☆)」
「フフフ……。そね、リーダー同士の話にするのは大袈裟よね。個人的にお誘いをした方が先方も気楽でしょう(ニヤリ★)」
「……オマエラ」
清歌たち三人の雰囲気から何かを察したらしいサクラ組の四人が、目をキュピーンと輝かせる。
これはマズい。――いや、別にあちらのチームにお花見のお誘いをするだけなのだから何も問題は無いと言えば無いのだが、この流れでは連絡を入れたくない。悠司は何とかそれを回避しようと、頭をフル回転させる。
しかし、幸か不幸か――誰にとっての幸福で、誰にとっての不幸かはさておき――この話題は中断を余儀なくされた。オネェさんから弥生へとチャットが入ってしまったのである。
『こんにちは。今ちょっと大丈夫かしら?』
オネェさんの言葉にいつものような余裕が感じられず、弥生は内心で「おや?」と訝しんだ。
『はい。実はこちらからも連絡しようかと思っていたところです(悠司がミリーさんに、ですけど)』
『えっ? もしかして、もう知ってたの?』
『はい? 私たちはただ、サクラ組と一緒に豪華三十二段重ねのお弁当を作ったので、オネェさんたちも一緒にお花見しませんか……と、誘おうかと思ってたんですけど』
『三十二段!? 超大作ね……って、その話は後にしましょう。サクラ組さんも一緒なら好都合ね。今時間があったら、すぐに大枝垂れ桜のところまで来て頂戴な』
『は……はい。わかりました、それじゃあすぐに向かいますね』
なにやらただならぬ様子のオネェさんに気圧され、弥生は了承してチャットを切った。
ともかく、何か緊急事態が発生しているらしい。弥生は皆に説明すると、早速中央島へと転移するのであった。
中央島に着いたマーチトイボックスとサクラ組の面々は、思ったよりも静かすぎる状況にまず驚いた。イベントも残すところあと二日。ゴール地点であるこの場所には、もっとたくさんの冒険者が居て然るべきであろう。
そしてその謎は、出迎えてくれたオネェさんからの説明によって判明した。なんと中央島の四つの港を塞ぐように巨大な魔物が出現したために、冒険者たちが中央島に上陸できないらしい。
「ちなみに、どんな魔物なんですか?」
「ああ、名前を聞けば大体分かると思うわよ、クラーゲンにイカーケンにタコーケンに……」
その名前を聞いて一同が脱力する。まあ、いささか安直ではあるが、確かに分かり易い名前である。当然、最後に来るのは、オリジナルにして正統派の――
「……クリオーネンね」
「「「クラーケンじゃないの(かよ)!?」」」
――皆の心が一つになった瞬間だった。ツッコミを受けたオネェさんも苦笑いである。
「ま、まあそもそもクラーケンはイカだったりタコだったりの魔物だけど、それはイカーケンとタコーケンでやっちゃってるから、ね?」
なにやらオネェさんが開発の代弁者のようになっていた。
さておき、この四種の巨大魔物、金魚鉢で一緒に連れて来ていたリシアに尋ねてみたところ、この辺りの海域に棲む魔物にそのような種類がいるとのこと。ただし、そこまで巨大なモノではないらしい。
恐らく桜に吸収されて花を咲かせた魔力の余剰分が、若干外に漏れたために魔物に影響を与えてしまったのではないかと彼女は推測していた。なんでも以前桜を定期的に咲かせていた時にも、魔物が活性化したことがあったらしい。もっともその時は巨大化したことは無かったので、或いは装置が経年による劣化で何らかの異常動作をしていつもより多くの魔力を供給してしまったのかもしれない、とも語っていた。
まあ物語的な背景やら理屈は、ぶっちゃけ香りづけの一種なのでこの際どうでもいい。要するに、四種のレイドボスが出現したということである。
「あれ? でも別にそれって大した問題でもないですよね?」
「……だよな。イベントにボスが出るなんて当たり前なんだし、後はそれを斃してゴールすればいいだけなんじゃ?」
「そう……なんだけどねぇ。なんだかアホなことを言い出した輩がいるみたいで、ちょっと困っちゃってるのよ」
そのアホな輩曰く――
「冒険者全員が中央島に着いてから魔法陣を起動すればこんなことにはならなかったんだ! 魔法陣起動作戦に参加した者は、責任を取ってこのボスを退治するべきだ!」
――ということらしい。はっきり言って言いがかり以外の何物でもない。オネェさんも大きく溜息を吐いていた。
その言い分通りにイベント参加者全員が中央島に着くのを待っていたら、或いは例のイレギュラーな中ボスによって作戦自体が失敗していた可能性がある。また、魔法陣起動作戦を発表してから今まで時間的は十分あったのだから、未だに中央島に着いていないことは自己責任であろう。
もしこれでアホなことを言い出した輩が、作戦の事をまるで知らなかったというならまだしも、掲示板や攻略情報をマメにチェックするタイプであることが分かっている。――救いようのないアホである。
ただ厄介なことに、こういう輩に限って声だけは大きいのだ。レイドボスとの戦闘にも参加せず、せっせと掲示板に書き込みもしているようで、オネェさんもどうしたものかと頭を抱えているのである。
「っていうか、どっかで聞いたような話だよね?」
「そ……そね。まさかこんなことになるなんて……」
弥生と絵梨が顔を見合わせて溜息を吐いた。
思い返してみれば作戦を決行した木曜日の昼休み、若干シチュエーションは異なるが確かに似たようなことを話した記憶がある。あの時フラグを立てていたのは清歌だけでは無かったらしい。
「ぶっちゃけ言いがかりも甚だしいわけで、無視しちゃってもいいのよ。ただ、私たちがこっちの港側から出撃すれば、挟み撃ちにできるから有利にはなると思うの。ただ……ねぇ~」
「こんな書き込みをされちゃったから、逆に援護し難いのニャ!」
「「「あ~~」」」
普通にレイドボスの出現を知ったのならよかったが、言いがかりの書き込みをされ、それに従う形で出撃というのはそれを認めてしまうことになりよろしくない。ついでに言えば気分的にも面白くない。
しかし援護すること自体は吝かではないから――困っているという状況なのであった。
「う~ん……、私個人としては援護に行っても良いと思うんだよね。だってこれって、多分ボーナスステージみたいなものでしょ? きっと」
「ボーナスステージ? なんだそりゃ?」
魔法陣が起動してからこのレイドボスが出現するまで丸一日の猶予があった。それはつまりイベント日程ギリギリで起動させた場合、このボスは出現しなかったことになる。言い換えると、早く起動させたからこそ出現したボスなのだ。
ある意味、大ボスと裏ボスを兼ねているような存在なわけで、それだけに報酬も期待できると思うのだ。
「なるほど。その推測が正しけりゃ、確かにボーナスステージだな」
「でしょ? あ~……、でもそのイヤな書き込みに従って出撃したと思われたくないっていうのは、私も同じだから……」
どうしたものかと一同が考え込む。――考え込むことしばし、オネェさんがポンと手を打った。
「あんまり使いたくなかったけど、この手で行きましょう! 取り敢えず掲示板の方には言いがかりであると反論して、それとは関係なく援護に出ることを宣言しましょう」
「それは良いけど、そのアホの援護をするのは納得がいかないニャ」
「私だってそうよ。だから、そのアホがいるところには援護に入らないことも一緒に書き込んどきましょう」
「なるほど……、援護に入らないのはそのアホのせいだと、そういうことですね(ニヤリ★)」
「そういうこと。マナーを守って楽しくプレイできない相手に、こちらが折れて下手に出る必要はないわ。……ってことでいいかしら?」
弥生が仲間たちにアイコンタクトを取ると、その提案に異存は無かったらしく全員が頷いた。ちなみに船を持たないサクラ組は、ゲストメンバーとしてオネェさんらの大型帆船に同乗させてもらうこととなった。サクラ組の四人も、折角だから一回くらい海戦を経験してみたかったのである。
――こうしてマーチトイボックスは仲間たちと共に、お花見イベントの大ボスに挑戦することとなった。