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#12―14




 幽霊船の攻略に成功してからは特にこれといった波乱も無く、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)は群島全域の名所見物をしたり食べ歩きをしたり、中ボスとの戦闘に挑戦したりしてイベントを満喫した。全てのポータルに転移できるようになったからこそできる楽しみ方である。


 またその間に一度、リシアの案内で彼女の集落へと訪れている。まあ訪れると言ってもサイズの違いで中に入ることはできなかったのだが、ミニチュアの竜宮城のような龍人族の集落は外から眺めるだけでも十分に楽しめた。ちなみにちゃんと用事もあり、リシアから集落の皆に例のマッコウクジラは冒険者の船であったことを伝え、そしてお土産のウミマリモを届けたのである。


 余談だが、行方不明だったリシアが無事だと分かった時よりも、大きなウミマリモを見た時の方が皆の――リシアの家族も含めて――テンションが大きく上がっていた。クジラ船に戻ったリシアは、そのことに大層プンスカしていたのだが――


「アレを渡した時のリシアも似たようなものだったよ?」


 と指摘されて愕然とし、一同の笑いを誘っていた。


 一方でオネェさん主導による魔法陣起動作戦も順調に進行し、火曜日には担当箇所に中ボスがいるチームはその排除を完了し、後は決行日を待つのみとなっていた。


 ちなみにこれらの中ボスは、かかる労力に対して経験値やドロップアイテムが多く入手できる相手であり、攻略情報が掲示板に出揃ってからは、数多くのチームがボス巡りマラソンをするようになっていた。特にトッププレイヤーグループに追いつけ追い越せが合言葉の中堅ギルドにとっては、これをこなすのは必須と言われるまでになっていた。


「中ボスの中では私らの攻略した幽霊船が一番大変っていうか、面倒臭いっていう評価みたいだね」


「それって掲示板情報? まあ確かに大変だったわよねぇ、イロイロと」


 作戦決行日である木曜日のお昼休みの事。清歌たちいつもの三人は、教室の窓際にある席を占領して――ちゃんと席の主に断っている――昼食を取り、今は食後のお茶を飲みながらのほほんとお喋りをしていた。ちなみに窓際に弥生、その隣に清歌、弥生の向かいに絵梨という形で机を並べている。


 外の気温はまだ少し肌寒いが、ポカポカと温かな日差しが差し込む窓際はもう既に春の空気である。この席の生徒は午後の授業中、ずっと睡魔との壮絶な戦いに挑むことになるであろう。――まあ、既に消化試合となっている授業ということもあり、戦うことなくアッサリ白旗を上げる生徒が続出しそうではある。


「あ~、そういう大変さもあるんだけど、なんだか毎回中身が変わるから攻略情報を見てから挑戦するっていうのが出来ないんだってさ」


「あら、私たちは初見でちゃんとクリアしたんだし、そのくらい普通の事じゃないの?」


 絵梨がそうバッサリと切り捨て、弥生が苦笑する。確かにもっともな話ではあるが、オンラインゲームでは掲示板や知り合いから情報を得て対策を練り、その上でボスに挑戦するというのはごく普通のことである。


 それに慣れてしまっているプレイヤーが、前情報なしの攻略に戸惑うのは無理からぬことであろう。特に中堅以下のプレイヤーにとっては、攻略情報がある方が当たり前なのだから尚更である。


「ってことは、あの越後屋が出ないパターンもあるのかしら?」


「ううん、食堂でポルターガイストに遭うことと、ボスがあの越後屋だっていうところは共通みたい。だからボスに関してだけは攻略情報が使えるみたいだよ」


「なるほど。……でもまあ、あの幽霊船はボスよりもそこに至るまでが大変なのよね……」


「だよね~。だからみんな苦労してるみたい」


 掲示板をざっと見たところ、例えば広間に着くまでの前半だと、複雑な迷路になっているパターン、次第に浸水して来る水に追われるパターン、パーティーの数名がいきなりスケルトンに捕まって――これは回避不能らしい――しまい救助しなければいけないパターンなどがある。もっともホラーっぽいパターンは、最初の進入路が一つだけで全員一緒に突入し、先に進んで行くと一人また一人とメンバーが欠けていくというものであった。


 ちなみにボスの越後屋――プレイヤーの間ではこれで定着してしまっているのだ――は、普通に戦うとかなり手強いことが判明している。では何故マーチトイボックスとオネェさんらのチームが簡単に斃せたのかと言うと、越後屋は挑発して逆上させると攻撃が単調になり弱体化するのだ。つまり彼女たちは図らずも、最初の挑戦で最も効率的にボスを撃破していたのである。


「そう言えば作戦決行日は今日だけど、魔法陣が無事展開したとして、その後も中ボスと戦うことはできるのかしら?」


「う~ん……、たぶんできるんじゃないかなっ~ていう予想で日程を組んだんだけどね」


 基本的に中ボスは魔力収集装置ストーンサークルに近づくものを邪魔するように配置されているが、中ボスの撃破と装置の起動が直接連動しているわけではない。なので魔法陣が起動した後でも中ボスへの挑戦は出来るだろうと、弥生は推測している。


 また今はたまたま魔法陣を起動させる前に中ボスマラソンをするという流れになっているが、まずイベントクリアを確定させた後で中ボスマラソンをする流れになった可能性も十分あり得る。そのパターンを開発が考えていないわけはないとも思うのだ。


「まあ何にしても作戦決行日は今日だから、すぐに分かることだよ」


「そね。……でも考えてみたら、花見なんて最終日にできればいいんだから、もう少し遅らせても良かったかもしれないわね。もし仮に中ボスが消えちゃったら、マラソンが終わらなかったって文句を言う人が出て来るんじゃない?」


「そういう未来はあんまり考えたくないな~」


 主にオネェさんの人脈により、沢山の協力者と共に作戦を実行するとはいえ、イベントに参加しているプレイヤー全員からの支持を取り付けているわけでは無い。絵梨が推測したようなことになる可能性は十分あり得るのだ。


「でもさ、みんなが毎日時間いっぱいログインしているわけじゃないから、移動時間なんかも考えると……、やっぱり今日か明日中には魔法陣を起動させておいた方が良いと思うんだよね」


「ああ……、そういえばまだ中央島に行ったことの無い人が殆どなのよね。忘れてたわ」


「中ボスマラソンと経由する島のベストコースなんて掲示板もあるくらいだからね~」


 中央島へ行くには航路が限られているため、地図や目視から受ける印象よりも時間的には結構遠い。しかも周辺にはこれといって立ち寄るとお得な島というのも無いために、殆どの冒険者はお花見をしに最後に行けばいいかな、と判断しているのである。ある意味、マーチトイボックスらが先行して調査し、中央島の様子やイベント攻略に必要な情報を明かしたため、中央島へ行く必然性が無くなってしまったせいとも言える。


 無論、一度中央島へ行けば全てのポータルへ転移できるようになるために、そこから得られる恩恵は大きい。が、イベント期間も折り返してしまった今となっては、これから中央島へ向かってもその恩恵を活かせる時間があまり長くないのだ。それならば船で島々を順に巡った方がより多くの島へ行けると、そんな計算をしているのである。


「なんていうか、ゲーマーってこう……やたらと効率とか気にするわよね」


「ま……まあ、それがゲーマーの習性というかなんというか……」


「その癖、図鑑ライブラリを埋めるだけの作業とかの、効率とは真逆の事をやったりするのは何でなのかしら?」


「ゲーマーなら好きなゲームは隅々まで知り尽くしたいと思うものなのだよ」


 腕を組みウンウンと頷いている弥生に、絵梨は何とも胡散臭げな視線を送る。まあ、効率的なプレイで捻出した時間をやり込み要素に充てると考えれば、矛盾はしていない――のか?


「あ、あはは……。コホン。まあ今回のイベントは、最初に仕様が全部明かされてたら、皆真っ先に中央島を目指してポータルを使えるようにしただろうね」


「でしょうね。それが一番効率的だし、いろんな場所に行けるものね。魔法陣を起動させた後、すぐ花見に行けるし」


「そうだね~。……そっか、上手くいけば今日中にあの枝垂れ桜を拝めるってことか」


 あれだけ巨大な枝垂れ桜が満開になったところは、さぞ見事な風景だろうなと弥生と絵梨が思いを馳せる。と、それまで二人の話を聞いていた清歌が――


「そうですね。……何事も無く作戦が終わると良いですね」


 などとニッコリのたまった。


「ちょっ、清歌、その台詞は……」「でっかいフラグを立てたわねぇ……」


 清歌としては単純に作戦の成功を願っていただけなのだが、フラグくさい台詞であったのも事実だ。語尾が「~良いんだがな」とかだったら完璧である。


 弥生と絵梨は清歌の台詞にばかり気を取られていたのだが、実はこの時、自分たちもフラグを立てていたということに、少し後になって気付くことになる。


「まあ作戦は一応予備日もあるし、多分大丈夫……のはず。それより清歌、また今日も寝不足でしょう?」


 弥生が隣の清歌の顔を覗き込むように見ながら尋ねる。誤魔化すような曖昧な笑みで、ハッキリ返事をしないところから察するに、間違いなさそうだ。


 誰だって夜更かしくらいするだろうし、それで体調を崩しているわけでも授業中に居眠りをするわけでもないので、目くじらを立てるようなことでもない。しかしながらこの所毎日のようにこんな様子なので、ちょっと心配なのである。


 眉を寄せて見つめる弥生の視線に負けて、清歌は困った様子で頬に手を当てた。


「本当にただの寝不足ですから。体調を崩しているわけではありませんよ?」


「そう? それなら良いんだけど……、何か心配事があって眠れないとかじゃあないんだよね?」


「そういうことではありませんので、大丈夫です。心配して下さって、ありがとうございます。……それにしても」


 清歌はそう言いつつ、眩しそうに窓の外へ視線を向けた。澄んだ青空にはふわりと雲がいくつか浮かんでいるだけで、温かな日差しを遮るものはない。絶好のお昼寝日和と言っても過言ではないだろう。


「こう暖かい陽気ですと、眠くなってしまいますね。先ほどの授業でも、何度か欠伸を噛み殺していました」


「あら、清歌が欠伸を噛み殺しているところなんで、なかなかレアな光景かもしれないわね(ニヤリ★)」


「も~、絵梨はそんな事ばっかり言って……。じゃあ、まだ時間はあるから、ちょっとだけお昼寝でもする?」


 実のところ、そう提案したものの弥生自身、清歌がお昼寝をするとは全く思っていなかった。なので清歌が「それはいいかもしれませんね」と返事をしたとき、一番驚いたのは弥生だったかもしれない。


「弥生さん、少しの間肩をお借りしてもよろしいでしょうか?」


「ふぇ!? あ、う、うん……って、えっ?」


 清歌は椅子を寄せると弥生の肩にもたれかかり、コテンと頭を傾けて目を閉じた。程なくして規則正しい小さな寝息が聞こえて来る。どうやら本当に眠かったようである。


 穏やかな表情の頬に、耳から零れ落ちた幾筋かの髪がかかる様が、どことなく艶めいている。少し前に清歌が弥生の姿を絵に描き留めていたことがあったが、もし自分に絵が描けたなら、この様子をこそ描きたいと弥生は強く思った。


「フフ……、誰でもそうなのかもだけど、寝顔はいつもよりちょっと幼い感じになるわね(ヒソヒソ)」


「そうだね。……もう、こんなに寝不足になるまで何をしてるんだか……(ヒソヒソ)」


 清歌を起こさないよう、二人は小声で話す。


 それにしても――と絵梨は思う。なんとなく清歌に限らずお嬢様と呼ばれる人というのは、人前で寝顔を晒したりしないのではという思い込みがあったのだが、違ったのだろうか?


「あ~、前に聞いたことがあるんだけど、割とどこでもすぐに寝られるんだってさ。移動中の車の中とか、後は飛行機に乗った時とかもすぐに寝ちゃうんだって」


「それはちょっとした特技ね。私は旅行先とかで結構寝られないことがあるから、羨ましいわ」


 枕が変わると寝られないとは良く聞く話だが絵梨の場合はそうではなく、ホテルや旅館などの空気が――温度や乾燥度合い、エアコンの音など――合わないと、途端に寝つきが悪くなってしまうのである。ちなみに弥生は旅先でも割と普通に眠れる質であるが、旅行の前に楽しみで眠れなくなることがあるとかないとか。


「っていうか、かなりキツキツなスケジュールで移動しなくちゃいけないこととかあるから、どこでも寝られるようじゃないと体力的に厳しいらしいよ?」


「一体どこのビジネスマンよ……って一瞬思ったけど、黛家のお嬢様だものね。家の用事をおざなりにするような子じゃないし。……お嬢様っていうのも大変なのね」


「ホントにね」


 ちなみにこの時期、校内のゲリラ展示はますます盛り上がりを見せており、昼休みは時間いっぱいまで校内を散歩している生徒が殆どだ。なので、清歌の寝顔を目撃したのは弥生と絵梨を除けば、クラスの女子二名だけである。


 その後、アホな男子数名が「展示物などよりそっちの方を見たかった」と全力で憚ることなく悔しがり、女子一同から白い目で見られるのだが、それはまた別の話である。


 ――なお、女子の中にも内心で大層悔しがっていた者もいたのだが、それは決して表に出ることの無い秘密の話であった。







 そうして始まった魔法陣起動作戦。作戦とはいっても、参加メンバー一同が集まって号令をかけるだとか、時計を「誤差無し!」と確認した上で同じ時刻に装置を起動させるなどというそれっぽいことは全く無く、とても静かに始まり進行していた。


 そもそも作戦区域が群島全域と広大であり、参加メンバーにしてもチーム数こそ装置と同じ二十四だが人数で言えば軽く百名を超える。また全員が転移できる島も無かった為、決起集会などやりたくても出来ないのだ。せいぜい参加チームのリーダーが、掲示板で最終確認をしたくらいである。


 さて、いつものようにログインしたマーチトイボックス一行は、ログアウト中に目的の島に着いていたクジラ船から降りると、早速装置へと向かった。


 マーチトイボックスが担当するのは、群島のかなり僻地の方にある無人島である。最寄りのハブ港から距離のある島なので、性能の良いクジラ船を持っている彼女たちに割り振られたのである。


 ちなみに先日攻略した幽霊船のいた海域にある無人島は、オネェさんらのチームが担当している。その島は以前マーチトイボックスが偶然に見つけた装置のある島を一回り小さくした感じの島で、魔物も少なく採取できるポイントも殆ど無い。魔法陣の件を知らずにたまたま幽霊船を撃破してこの島を発見したなら、さぞやガッカリしたことであろう。


 それはさておき。マーチトイボックスの七人は、戦闘組四人と生産組+清歌の三人と二つにパーティーを分け、魔物の討伐と素材の採取をついでに行いながら装置へと向かい、特にトラブルも無くすんなりと到着した。


「よ~し、これでミッションはクリアだね~」


 起動させたストーンサークルの真ん中で、弥生が満足そうに頷く。


「そりゃ結構なことなんだが、なんつーかこう……アッサリし過ぎてて、ミッションって言われてもなーって感じなんだが……、どうかね?」


 水を差すような幼馴染の台詞に弥生が肩を落とす。もっとも弥生にしても似たようなことは感じていたので、殊更反論の言葉は無い。


「この作戦は下準備が整った時点で完了しているようなものですからね。実行段階ではスイッチを入れるだけですし」


「そね。掲示板で呼び掛けたり、メンバーを集めて担当を割り振ったり、装置の下調べをしたり、幽霊船を攻略したり……準備は面倒だったわよね」


「う~む、それは確かにそうなのだが、その面倒な部分の大部分はオネェさんたちが担当してくれたのではないか?」


 聡一郎の鋭い指摘に、弥生と清歌、絵梨の三人がさり気なく視線を逸らす。念の為に補足しておくと、何もマーチトイボックスだけが楽をしていたわけではない。結局、司令塔役となったオネェさんらのチーム以外は、皆楽をしたのである。


「ところで、私たちの担当は終わりましたけど、これからどうするんですか?」


「花が咲くまでにはまだちょっと時間があるんだったっよね?」


 今回の作戦に参加するチームは、連絡のし易さも考慮してログイン時間がなるべく重なるチームで固めている。立候補してくれたチームがとても多かった為に、それが可能だったのである。ただ、やはり多少のズレはあるものでなので、予定では最後のチームがログインするのは、ゲーム内時間であと四時間ほど後のことになる。


 せっかくいつでも中央島へ転移できるのだから、どうせなら桜が咲く瞬間を見たいというのは七人で一致しているのだが、それまで同時間を潰すか。


「う~ん、特に予定は決めてなかったから、取り敢えずチームとしては自由行動ってことにしよう。私は……、一旦中央島に行ってみることにするよ」


 中央島に戻るという弥生に皆が首を傾げる中、ピンときた清歌が軽くパチンと手を合わせる。


「弥生さん、作戦の進捗状況を確かめに行くのですね?」


「ピンポ~ン、正解! っていうか、お昼休みに清歌がフラグを立てたのが気になっちゃってさ……」


「フラグって何の話だ、そりゃ?」


 弥生がお昼休みにしたやり取りをざっと話すと、その場にいた三人以外が何やら悩ましげな表情をする。


「確かにフラグっぽいっちゃあ……」「ぽいですね」「ぽい……かも?」「う~む、微妙なところではあるが……」


 弥生としては「どうせ大した手間でもないし、ちょっと気になるから確認してみようかな~」くらいの軽い気持ちだったのだが、こうも真剣に受け止められると、妙に気になってくる。


「……っていうか、このまま何事も無く魔法陣が起動するなんて、ちょっと簡単すぎるよね?」


「罠を仕掛けるのが好きな、開発さんたちですからね。私たちが安心したところで、何かが起きるという可能性も……」


「ああ……、それはとても効果的ね。もう成功は間違いないと気が緩んだ隙を突いての一撃。動揺する主人公たち。総崩れになる味方。そんな中、仲間の一人が盾となって敵の前に立ちふさがり、主人公たちに告げる……」


「ここは俺が引き受ける。お前たちは先に行け! じゃねーよ! 不安になるようなストーリーを勝手に作らないではくれまいか?」


「あら、これは失礼。でも、男子の好きそうなシチュエーションでしょ?」


「む? そういうものなのか? ……だがまあ、油断したところでどんでん返しというのは、確かにありそうではあるな」


 話せば話すほど不安が募っていく七人は、ともかく作戦の進捗を確かめるのが先決と結論し、中央島へと転移するのであった。







 中央島で早速装置の起動状況を確認してみると、その時点で既に八箇所が起動していた。事前に確認していた各チームの結構スケジュールによると、ここまでは予定通りであり順調と言っていい。とはいえ、予想が当たるとすれば、何かが起こるのはまだ先の話なので、まだ安心はできないだろう。


 何が起きるのか分からない状況というのがなんと~く引っ掛かり、イマイチ冒険に出ようという気が起きない。という訳で、進捗状況を見守りつつ、装備品の手入れや消耗品の補充、またこの中央島やポータルですぐに行ける時間的な近場での採取などを行うことにした。ついでにクジラ船には中央島近海で空腹度の回復をさせておく。


 やるべきことが一通り終わってレジャーシートを広げてまったりしていると、その時進捗状況をチェックする当番をしていた凛と千代がちょっとした異変に気付いた。


「あれ? ちーちゃん、これっておかしいよね?」


「うん。それに一つ前のも予定よりちょっと遅れてたかも」


 現在、二十二箇所の装置が起動しており、残すはあと二箇所のみなのだが、スケジュール順にナンバリングした番号で言うと、二十二番と二十四番が残っているのだ。さらに二十一番の起動もだいぶ遅く二十三番とほぼ同時というタイミングだったのである。


 急いで魔法陣起動作戦専用の掲示板を確認してみるが、今のところこれと言って異常を報告する書き込みは無い。しかし――


「予期しない魔物と遭遇して戦闘中だったりしたら、掲示板に書き込むどころじゃないから、何も起きてないとは言い切れないよね?」


「だな。っつっても今から俺らが行って、直接状況を確認するのは無理だから……、取り敢えずはオネェさん経由で状況を確認して貰うのがいいんじゃないか?」


「……うん、そうだね。じゃあ、ちょっと連絡してみる」


 弥生は早速オネェさんにチャットを繋いだ。そして今自分たちは中央島で作戦の状況を見ている事、そしてスケジュールとは異なる状態になっている事、もしかしたら想定していなかったボスが現れているのではないかという懸念を伝えた。


 話を聞いたオネェさんは早速当該箇所を担当しているチームに連絡を取ったのだが、いつまでたってもチャットが繋がらない。ちなみにログインしているのは確認している。


 考えられるのは、なにかのっぴきならない状況でチャットを受信できないという可能性。もしくはイベントや戦闘中に気が散らないように、そういった状況下では着信を一時的に拒否する設定にしているという可能性である。どちらにしても何かが起きているのは間違いなさそうだ。


 そこからのオネェさんの行動は迅速だった。掲示板やチャットをフル活用して当該の島の近くにいるチームに呼びかけ、現場に急行して貰ったのである。すると、案の定そこでは、巨大なヤドカリ型の魔物を相手に絶賛苦戦中のパーティーがいたのである。


 結局、このパーティーは一時撤退し、駆け付けたチームのメンバーを入れてパーティーを再編。リベンジマッチを挑み、無事撃退に成功。装置を起動させることができたのであった。


 ちなみに作戦が終わった後に掲示板に書き込まれた情報によると、二十一番から二十四番の装置の前にはボス的な魔物が待ち構えていたとのこと。強さは大凡他の中ボスと同程度だったが、回り込んだり跳び越えたりしようとすると、理不尽な強さの必中攻撃をしてくるらしい。


 二十二番のチームが苦戦してしまったのは相性の問題で、物理攻撃に高い耐性を持っていたヤドカリ相手に、アタッカーが物理攻撃――しかも特に相性の悪い斬撃メイン――ばかりのパーティーで戦っていたからである。対した魔物が居ないことは分かっていたので、チームから適当にメンバーを募って作戦の実行に向かったのが運の付きであった。




 そんなこんなで危機的状況は脱した。二十四番を担当するチームにはログインした時点で注意を促しておいたので、恐らく問題は無いだろう。


「そろそろ……のハズよね?」


「はい。予定よりも遅くなってるってことは、やっぱりボスが居たんだと思いますけど……」


「この枝全部に花が咲くんですよね……」


 予定していた作戦終了時刻の十分前くらいになって、中央島にはオネェさんらとサクラ組の面々も集まって来ていた。やはりいつでも中央島に転移できるようになったのだから、開花の瞬間を見たいと思うのは、皆同じだったようである。


「むっ! たった今、二十四番の装置が起動したでござる!」


 その報告があった瞬間、空全体を覆うように巨大な魔法陣が現れたのが、大枝垂れ桜の枝越しに見えた。中央島に入る彼女たちからは見えなかったのだが、この時、群島全域に点在する魔力収集装置からは光の柱が立ち上っていたらしい。


 巨大な魔法陣は強い輝きを放ちつつやがて縮小していき、中央島のカルデラとほぼ同じサイズになったところで光の雨となって降り注いだ。


「うわっ、ナニコレ!?」「たぶん……魔力?」「綺麗だニャー」「ゲリラ豪雨並の量でござるな」「ダメージは……無いみたいね」「魔力の雨が降り注いだってことは……」


 地面に降り注いだ魔力の光は、大枝垂れ桜の根から幹へと昇り、枝へと伝わり、そして遂に蕾へと宿る。


 ポッ


 最初の蕾がほころんだ時、そんな微かな音が聞こえたような気がした。


 一つ二つと花開くと、その後は加速度的に次々と咲いていき、瞬く間に大枝垂れ桜は満開になる。


 視界一杯を埋め尽くすように空から降り注ぐ薄紅色の花たちに、清歌たちはしばし言葉も忘れてただ立ち尽くすのであった。






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