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#12―13




『……ってなことがあったのよ。大変だったわぁ~』


『それはなんというか……、災難でしたね……』


 幽霊船の攻略を進めていたマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)は現在、安全を確保したスペースで小休止し、オネェさんの方と情報交換をしていた。


 攻略を始めてから今までにあったことを互いに報告――というか感想を言い合ってから、本題に入った。


 幽霊船に入った十二人は一つのパーティーという扱いになっているので、マップの情報は共有されている。少しずつ書き込まれていくマップを見たところ、中層には大きな広間があることが分かり、弥生たちは恐らくそこに中ボスがいるのではないかという推測を立てたのである。そしてそれはオネェさんらのチームで同様だったらしい。


 というのも、中層から上層に上がる階段が壊れている上に、何やら結界らしきもので封印されて通行止めになっており、何らかのギミックを作動させなければ上層や甲板にはたどり着けそうも無いのである。


 ちなみにオネェさんチームよりも若干先行していたマーチトイボックスは、中ボスがいると睨んだ広間の入り口を既に発見していたのだが、一旦スルーしてマップを広げる作業をしていた。あからさまに“何か重要なポイントですよ”と訴えかけてくるデザインの扉に、これは十二人全員が揃ってから突入すべきだと判断したのである。


『じゃあ、私たちは広間の扉まで戻ってそこで待機していますね』


『ちょっと待たせちゃうけどお願いね。このマップの感じだと、多分広間の反対側にも扉があるはずだから、私たちはそっちに向かうわ』


『了解で~す。では、また後ほど!』


『ええ。セイルに風を!』


『追い風……って、私たち今幽霊船に乗ってるんですけど!?』


『あら、そう言えばあんまり追い風を祈りたくない状況だったわねぇ。それじゃあ広間で合流しましょう!』


『は~い』


 オネェさんとの相談を終えた弥生はメンバーに方針を伝え、七人は広間へと引き返すこととなった。


 最初に下層の倉庫らしき場所に落とされた時以来、彼女たちは散発的にスケルトンとの戦闘を行っていた。しかしいわゆるホラーゲーム的に襲ってくる感じではなく、船内の見回りをしているスケルトンと遭遇した、という感じである。変わったところと言えば、四足歩行の獣型や、一体どうやって飛んでいるのか不思議でならない鳥型のスケルトンがいたくらいである。


 最初の内はピリピリと――というかビクビクとしていた数名も、割と普通のダンジョンっぽいなと認識して以降は、平常心を保つことができていた。


 ちなみに幸いなことにこれまでは、弥生が言うところの腐ってる系魔物とは遭遇していない。できれば出てくる魔物はこのまま骨だけがいいなというのは、全員が認識を共有するところである。


「そういや、オネェさんたちの方はどうだったって? やっぱ骨ばっかり?」


「あ~、スケルトンだけでは無かった。……かも?」


 何故に疑問形? と全員からの視線を受けた弥生が詳しく説明を始める。


 聞いたところによると、オネェさんの方でも最初は倉庫らしき場所に閉じ込められ、スケルトン軍団――規模はこちらよりもかなり小さかったようだ――との戦闘になったのだそうだ。そしてこれを撃退した後は、散発的にスケルトン数体と遭遇するようになったとのこと。


「……私らと何も変わらないじゃないの」


「うん、戦闘だけで言えばね。……でも、メンバーの何人かが……見たんだって」


 やや声のトーンを落として、何やら怪談話の冒頭のようなくだりを弥生が言う。


「な、ナニを見たのよ?」


 こういう時は聞き返すのが作法というものだ。というか、聞き返さずに話を終えてしまうと、消化不良になって気になって仕方が無くなってしまう。


 絵梨の言葉に弥生はピタリと立ち止まると、両方の手のひらをだらりと下げた伝統的な幽霊ポーズで振り返った。わざわざ準備していたのか、ご丁寧にコミックエフェクトの火の玉を二つほど人魂のようにフヨフヨと漂わせている。


「……幽霊を!」


「おっ、お姉ちゃん!」「ひ、人魂が……」


 演出が余りにもバッチリとはまってしまい、年少組が悲鳴を上げる。悠司と絵梨も引き攣った表情をしている。ちなみにエフェクトを自作した清歌と、弥生と同じく先頭にいて横で何やらウィンドウを弄っていたのを見ていた聡一郎は、特に驚いていない。――ちょっと苦笑気味ではあったが。


「あ、コレ? これはコミックエフェクトだから人魂じゃないよ」


 思ったよりもいい反応をしてくれたメンバーに、弥生は笑いながら種明かしをしつつ、火の玉に手を突っ込んで見せた。当然、ダメージを受けることも無く、また火の玉が消えてしまうことも無い。


 ほっと息を突いた絵梨が、弥生の頭をぺちりと軽く叩く。まったく一応ダンジョンの探索中だというのに、何をしているというのか。これは緊張感のないリーダーに対する抗議であり、決してすごく驚いてしまったことの照れ隠しではない。――ないったらない。


「ゴメンゴメン。……で、話を戻すと、なんだか通路の先に青白い半透明の人影らしきものを見たとか、人魂っぽいものが壁の向こうに消えて行ったとかがあったんだって。全員が同時に見た訳じゃないらしいけど。……あ、ちなみに退治しようと思って急いで追いかけても、見つからないんだって」


「……なんというか、アレね。これが映画とかの物語で肝試しをしてるところなら、誰かが『何かの見間違いだろう?』って一蹴するところよね」


「……けれど、その後も幽霊を何度も目撃することになるのですよね」


 絵梨の感想に清歌が続きを付け足し、その内容に一同がうんうんと頷く。ホラーやサスペンス系の物語では割とポピュラーなシチュエーションなので、皆何かしら思い当たるものがあったらしい。


 余談だが、その後物語はオカルト路線と現実路線に分かれ、オカルト路線の場合は本当に幽霊が出現して主人公たちが脱出ないし退治することになる。現実路線の場合は何かしらのトリックが仕掛けられているということになり、その仕掛けの犯人はメンバー内にいるパターンが多い。なお目的はメンバー内の誰か、もしくは全員に対する復讐などなど。


「ま、でもここはファンタジーの世界だし、本物(・・)の幽霊が現れたっておかしな話じゃないものね。そういう意味では面白みが無いわよね」


「それはそうかもしれませんが、幽霊のような物が思わせぶりに現れたら、やはりドキッとすると思うのですが……」


「だよね……。お化け屋敷だって作り物だって頭でわかってても怖いんだし……」


 身も蓋も無いことを言う絵梨に対し、千代と凛が割と現実的な感想を言う。


 確かに考えてみれば、幽霊が本物か偽物かという話と、それを見た時に怖いと思うかは別の問題である。


「言われてみれば……そね。ということは、案外魔物として目の前に現れて襲ってきた方が怖くないのかしら?」


「あー、それはあるかもなー。結局その辺も最初に弥生が言ってた様式美おやくそくの一種なんだろうな」


「ふむ。しかしその様式美とやらを必ず踏襲して来る開発は何というか……、マメだな」


 感心半分、呆れ半分というような口調でそんな感想を言う聡一郎に、一同が何とも言えない表情で顔を見合わせる。


 毎度毎度、このシチュエーションならばこうあるべきという様式美をしっかり守ってくるところは芸が細かいし、マメと言っていいのかもしれない。ただ基本的に<ミリオンワールド>のプレイヤーたちはファンタジーRPGをやりたいのであって、ホラーゲームやお化け屋敷の様式美は求めていない――はずである。


 何か間違った方向に力を入れているような開発は、一度くらい厳しく追及するべきなのではないか? などと、割と暢気なことを考えながら幽霊船を行く七人なのであった。







 広間に続く扉の前で待つこと五分ほど。オネェさんチームが無事反対側にある扉に到着した。


『では、入りますよ』『了解よ。せーのっ』


 ――って言ったら突入よ? などという前時代的なボケをかますことなく、双方が同時に扉を開け、広間の中に合計十二人の冒険者たちがなだれ込んだ。


「これは……食堂かな?」


「そのようですね。……不自然なほど立派で、手入れも行き届いているところが気になりますけれど……」


「この船って、元は多分海賊船だよな? だとすると、確かに場違い感はあるわな」


 広間に足を踏み入れると、先ず飛び込んでくるのは立派な長いテーブルだ。その上には等間隔に黄金の燭台が並び、左右にはこれまた立派な椅子が並んでいる。そして主人が座る席――いわゆるお誕生日席である――には、左右に並んでいるものよりも豪奢な装飾の施された椅子が鎮座している。壁面には絵画や、綺麗な拵えの刀剣などが飾られ、天井からはシンプルながらシャンデリアも吊り下げられていた。


 またテーブル上には一体誰のために用意したのか、皿とカトラリー、そしてナプキンなどがあり、これからディナーが始まりそうな雰囲気である。


 ただ清歌が不自然と言ったように、どれも今一つ趣味が良い品とは言えない。さり気なさが無いというか、これ見よがしな豪華さというか。


「そおねぇ……。貴族趣味っていうか、これは成金趣味的っていうべきよねぇ」


「ですニャ~。こう、精いっぱい良いものを揃えたつもりニャんだろうけど、選んだ本人の下品さが透けて見える感じニャア」


「あ、でもそう考えると、海賊船にある広間に相応しいのかも?」


「「「あーー」」」


 マーチトイボックスだけでなく、オネェさんチームの方でも言いたい放題であった。


 ――とその時、唐突に魔法の明かりが掻き消え、広間が真っ暗になった。そしてその直後、ボッという小さな音を立てながら、テーブルの燭台とシャンデリア、そして壁のランプに青白い炎が灯っていった。


 悲鳴を上げかけた者もいたがどうにかそれは口の中に抑え込み、全員が身構えつつ状況の変化に備える。


「やべっ、ニャーさんが下品とか成金とかいうから、怒らせちゃったか?」


「成金って言ったのはギルマスニャ。それに怒らせるって、一体誰をニャ?」


「この場合……やっぱり、海賊の幽霊かな?」


 広間の大きさに対してテーブルは案外細いので戦うスペースは結構あるのだが、十二人で相手をしなくてはならないような大型の魔物が暴れ回るには、邪魔なものが多すぎるの。現れるのが幽霊と言うなら納得できる話ではあるが――果たして?


 現れるのはどんな魔物なのか? そう考えていた彼女たちの目の前で、ある意味意表を突く、しかし幽霊に関するネタとしてはよく知られた現象が起きた。――燭台がゆっくりと浮き上がったのである。


「これってもしかして……」「あ、ああ、多分……」


 弥生と悠司の呟きが合図になったかのようなタイミングで、燭台が縦横無尽に広間の中を飛び回り始めた。同時に椅子や、壁に飾られていた刀剣、絵画なども浮かび上がり、彼女たちに襲い掛かる。


「うわっ、やっぱりかー!」


「騒がしい霊……、つまりポルタ―ガイストってやつね!」


「ギルマス、そんなマメ知識の披露はあとにするのニャ! とにかく」


「危なっ! 椅子まで飛んでくるのかよ!」


 次々と襲い来る調度品を、それぞれが武器を手に迎え撃つ。燭台や皿はまだしも、カトラリーの類は結構なスピードで真っ直ぐ飛んでくるし、刀剣類はまるで誰かが手に持っているかのように斬りかかってくる。また、椅子などはそれなりに重量があるので、迎撃するにしても衝撃がかなり重い。なかなかに厄介な攻撃である。


 また空中を自在に飛び回るものを叩き落とすというのは、どちらかと言うと生身の運動神経に依存する技術である。弥生や絵梨だけでなく、オネェさんチームサイドにも少々苦戦しているメンバーがいるようだ。


 そんな中、清歌はマルチセイバーを槍形態にして、主に柄の部分で小物類は叩き落とし、椅子は躱しつつ掴んで投げ飛ばすという風に、割と余裕をもって状況を観察していた。


 ポルターガイスト(推定)による攻撃が始まってから十分弱、ふと素朴な疑問が浮かんだ清歌は、迎撃しつつ移動し、するりと弥生のすぐ傍まで近づいた。


「弥生さん、少々お尋ねしたいのですけれど……」


「清歌? って、いつの間に……じゃなくて、聞きたい事? なになに?」


 迎撃に手一杯だった弥生は、いつの間にやらすぐそこにいた清歌に一瞬ギョッとするものの、一体何を疑問に思ったのか聞き返した。清歌の疑問は、ゲーム的な観点とはズレたものが多く、しかしそれ故に状況を打破する鍵となることもままあるのだ。


「はい。ポルターガイストというものは、飛んでくるものを叩き落としていれば斃せるものなのでしょうか?」


「えっ!?」「あっ!」「そう言えば……」「そうよね!」「ニャんてこった!」


 清歌の言葉は意外と遠くまで届いていたらしく、声を上げたのは弥生だけでは無かった。


 目先の迎撃で手いっぱいだったことや、刀剣などはその動きのせいもあって、なんとな~くこれらを潰していけば魔物本体にダメージが入るような気がしていたのだ。しかし考えてみれば、これらはいわばポルターガイストの武器に過ぎず、例えば椅子を木っ端微塵にしたとしても、今度は破片が襲ってくるだけだろう。


 では、一体どこを叩けばポルターガイスト本体(・・)にダメージが入るのか?


「弥生さんや、ゲームにポルターガイストが出てくることは無いのか?」


「ある。……けど、ゲームに出てくるのって、こうモヤモヤ~っとした霊っぽいモノの周りに色んなものが浮かんでるって感じだから……」


「あー、なんとなく分かった。何処を叩けばいいのかは、最初っから分かってるわけだ」


「そうなんだよ~。ねえ絵梨、ポルターガイストってそもそもどういうモノなの?」


「ええっ? そんなこと言われても、私は別にオカルトに詳しいってわけじゃないんだけど……」


 話を振られた絵梨はそう言いつつも、脳内のオカルト関連知識を引っ張り出す。


 ポルターガイストというのは目の前で起きているような、物がひとりでに動き出す現象(・・)の事だ。そう言えばラップ音もコレに含まれるとかいう話も読んだことがあるが、それはさておき。


 重要なのはその現象が起きるのは、特定の家屋や部屋の中であるという点だ。つまり現象を引き起こしている主体は、特定のポイントから大きく動けない、一種の地縛霊的な存在なのでないだろうか?


(というか、そもそも幽霊船なんて物の中に出てくる霊なんだから、そりゃ地縛霊に決まってるわよね)


 自分の考察にセルフツッコミする絵梨なのであった。


「要するに、こいつの正体は地縛霊なんだろうけど……」絵梨はそう前置きして続ける。「だとすると、霊が憑いてる媒介があるはずよね? でもメタな話だけど幽霊船そのものが媒介じゃ、どこが弱点よって話になるわ。だから何か本体に縁のある特徴的な物に憑いてるんじゃないかしら?」


「……なるほど。じゃあ問題は、これの正体はナニモノなのかって話よねぇ」


「幽霊船……ってか海賊船のボスなんだからそりゃあ……」


「海賊のかしらに決まってるのニャ!」


 この妙に豪華な広間を見るに、一山当てた海賊が調子に乗って貴族趣味的な物に手を出した――というところなのだろう。例の一番豪華な椅子にふんぞり返っている海賊の頭領の姿が目に浮かぶようである。


 そんな勘違い海賊の霊が取り憑く媒介になりそうな、つまり本人が拘っていたり執着していたりしたものは?


「ふむ、もしかすると……清歌嬢?」


 聡一郎からの目配せでその意図を察した清歌は頷くと、無雑作に飛び回っている皿を一つ掴むと、フリスビーよろしくあるモノ目掛けて投げつけた。


 それは何の前触れもなく突然飛来した皿を、ギリギリのタイミングで避ける。妙に慌てた感じだったり、本来曲がるようなものでは無いのにぐにゃっと曲がって避けたりと、妙に人間臭い挙動をしている。


 危機を回避できて気が抜けた――ように見えるのである――まさにその瞬間、聡一郎の投げた椅子と、更に追撃で放たれた飛燕弾が殺到する。


 絶妙のタイミングであり直撃するかと思われたのだが、それは驚異的な反応速度で天井にへばりつくように移動して、またしても回避に成功していた。


 とはいえ、完全に避けることは不可能だったようで――


「アレは最初から動いてはいたが、攻撃を仕掛けてくるようなそぶりは見せなかったのだ。だからもしや、と思ったのだが」


「なるほど。どうやら大正解だったみたいねぇ」


 天井にへばりついていたそれが、ゆっくりと降りてくる。その際、額縁がバラバラと崩れ落ち、キャンバスがむき出しとなっていた。そしていつの間にか、調度品による攻撃が収まっている。


「……でもさ~、海賊が肖像画ってどうなんだろうね? なんていうか、そぐわない? 身の程知らず?」


「あら、弥生さん。力を持った者や、力を持っていると思い込んでいる者は、得てして大きな自分像を作りたがるものですよ?」


「そね。いつの時代でも、それは権力者の常よね。……ま、海賊の力なんてタカが知れたものだし、権力者とは言えないでしょうけど」


「ニャンにしても、趣味の悪い肖像画なのニャァ~」


 海賊の頭が描かれている肖像画を、なぜか主に女性陣がボロカスに酷評する。


 それに反応してなのか、肖像画がプルプルと小刻みに震え始め、さらに赤や青のオーラを明滅させる。


「あ……あの、お姉さま方? なんだか怒っているようなので、そのくらいにした方が……」


 なおも「額縁の趣味が悪い」「技術のレベルが低い」「そもそもモチーフが拙い」などなど、言いたい放題の清歌たちを千代が控えめに窘める。


 しかし時すでに遅し。肖像画はなにやら圧力の伴うオーラを広間全体に放つと、魔法陣を出現させ、忽然と姿を消してしまったのである。


「逃げた……のかな?」「いいえ、弥生さん。私たちの足元にも……」


 弥生と清歌の言葉を最後に、この広間に居た十二人の冒険者たちも姿を消してしまうのであった。







 肖像画――というか海賊の頭の霊によって清歌たちは、広間のあったフロアよりも上のエリアのあちこちに、二人組で強制的に転移させられていた。チャットでの連絡やマップ情報などから察するに、広間に居た時最も近くにいた者同士がペアになっていたようである。


 そんなわけでそれぞれの場所から探索を再開したのだが、これまでとは少し勝手が違っていた。


 というのも、魔法による明かりを灯すことができなかったのである。それだけでなく明かりを灯す道具類は玩具アイテムも含めて軒並み使用不可で、清歌のセイバーですら刀身は光るものの周囲を照らすことは無いという念の入れようだ。その代わりに各ペアには、ランタン並みの範囲のみを照らす謎の光が追随するようになっていたのだ。


 つまり一言で言うと、完全に肝試し状態で探索をする羽目になってしまったのである。ご丁寧にチャットをしていない状態でも、なぜか近くにいるペアの悲鳴だけ(・・)は聞こえるのだ。相変わらず妙なところで芸が細かい。


 そうして探索を続けること一時間あまり、ゴール地点にあった魔法陣を通ったペアが甲板に現れた。


「甲板……だよね?」「はい、そのようです」


 手を繋いだままの清歌と弥生は顔を見合わせると、大きく溜息を吐くのであった。


 二人は傍にあった木箱の上に座ると、適当な飲み物を取り出して一息ついた。


「あ~、怖かった~。ホラーゲームとお化け屋敷を足すのは止めて欲しい」


「ふふっ、そうでしたね。色々と、何度も驚かされました」


 ニッコリのたまう清歌に、弥生が頬をプクっと膨らませる。


「そんなこと言って、清歌はなんか余裕綽々だったじゃない」


「それは隣で弥生さんがとても怖がっているのを見て、逆に冷静になれたと申しますか……」


「あ~、まあ確かにそういうのはあるよね。私も凛とかと一緒だったら違ったのかも……?」


「そうですね。それにしても、疲れました」


「疲れたね~」


 二人揃って思いっきり脱力する。清歌にしても比較的冷静だったというだけで、何度も驚かされていたのである。正直言って、今すぐボスに出てこられても戦う気力が湧かない。


 肝試し状態(ペアによる探索)になってからは、プレイヤーを驚かせる仕掛けのオンパレードであったのだ。壁を突き破って襲ってくるスケルトン犬、突如襲ってくる蝙蝠の群れ、なぜかズリズリと這い寄ってくるスケルトン、目の前で勢いよくドアが開き襲ってくるスケルトンなどなど。ちなみにスケルトンにしてもバリエーションが増え、ボロボロの服を着た半分ゾンビといった感じの個体や、骨が変な風に組み合わさって四足歩行する個体などがいた。


 以上はいわばホラーゲーム的な要素と言えよう。これに加えて例えば壁から突如半透明の手が無数に生えて手招きするとか、天井から逆さまに幽霊が落ちてくるとかのお化け屋敷的な要素があったのである。


 あの手この手で驚かせて来る中で出現するスケルトンなどを撃退し、更にちょっとした迷路になっていたルートを踏破するのは、想像以上に精神を消耗したのであった。


「これだけのものを経験したのですから、もう現実リアルのお化け屋敷は怖くないのではありませんか?」


「え~、それはどうかな~? だって、変な話こっちのお化けはぶっ飛ばしちゃえばいいけど、現実リアルだとそれは出来ないでしょ?」


「ああ、言われてみればそうですよね。お化け役のスタッフを投げ飛ばすわけには参りませんし」


「そう考えると、対処できる分こっちの方が怖くないのかも」


「なるほど。……そういえば、現実リアルのお化け屋敷で、参加者側が全く逃げなかったら、お化け役の方はどうするのでしょうか?」


「え? あ~、確かにお客さんに怪我させるわけにいかないもんね。その場合……あれ、どうするんだろう?」


 などと二人が取り留めのない話をしている内に、二組目、三組目と甲板に現れ、程なくして全員が揃ったのであった。




 全員が揃ってから五分ほど経過し、誰ともなく「そろそろ何か行動を起こすべきではないか?」と考え始めた頃。甲板の中央、空中に魔法陣が現れ、ブォーンという音と光が集中するエフェクトともに広間にあった肖像画が出現した。


『フハハハハ! ここまで辿り着けるとはなかなかやるではないか、不埒な侵入者どもよ!』


 どこからともなく不自然にうねる残響を残す声があたりに響く。今までのボスは、というかそもそも魔物全体が喋ることはなかったので、これは初めてのパターンである。


 思わず一同がポカンとしているとそれを畏怖と受け取ったのか、海賊の頭と思しき声が上機嫌に続ける。


『ハァーッハッハ! 声も出ない程恐ろしいようだな! よかろう、今すぐ立ち去れば、我が船でお前たちが行った無礼の数々は不問にしてやろう。吾輩は寛大だからな。フハハハハ!』


 その言葉に、思わず互いに目配せをする冒険者たち。言うまでも無く、彼女たちは何も恐れおののいているわけでもなんでもない。相手をするのがかな~り面倒臭そうな人物だなと思っていただけである。いっそ問答無用で攻撃してきた方が対処は楽だったと言えよう。


 視線で話しかける役目を押し付け合った結果、結局作戦全体のリーダーとなっているオネェさんが取り敢えず話してみることとなった。


「えーっと、私たちの目的はこの先の無人島なんですよねぇ。この幽霊船をどこか適当な広い海域にでも移動してくれるんなら、別にこのまま立ち去ってもいいんですけど……」


『ナニをバカな! この船は幽霊船! 沈んだ場所付近から遠くへ移動できないのは明らかではないか!』


 海賊の頭はオネェさんからの申し出を一蹴した。何やら冒険者たちをバカにしたような口調で、さも常識を語っているかのようなのだが、内容はかなり情けない。何より残念なのは、本人が情けないことを言っていることに気付いていない点であろう。


「交渉決裂と。それじゃあ仕方ないので、退治するしかないですねぇ」


「まあ、相手は所詮幽霊で、しかも元海賊ニャ。何も罪悪感を感じることなく、問答無用で叩きのめせるニャ~」


 二人の言葉に一同がウンウンと頷く。すると海賊の頭が激昂した。


『退治? 退治するだと!? この吾輩を!? フハハハハ! よかろう、では相手をしてやろうではないか!』


 肖像画がオーラを強く発すると、どこからともなく無数の骨が現れ、渦を巻き、肖像画を取り込むようにして固まってゆき、やがて三メートル程の人の姿をとった。


 均整の取れた筋肉質の男性で、コートやブーツ、そして帽子などの服装や、反りのある長剣も再現されており、形がほぼ完成したところで幻影を纏うように色までもが再現された。ちなみに半透明の色を被せたような感じなので、よく見ると骨が透けて見える。


 色が付く前は骨をぐちゃぐちゃに集めて作ったゴーレムのようで、かな~り気色悪かったので、色が付いて人間らしくなったのは結構有難かった。


『恐れるがいい! これこそが、世界を股に掛ける大海賊、エティーゴ・アルバトロスの真の姿で――』


「えっ?」


 真の姿であると口上を述べようとしたところで、清歌が疑問の声を上げた。


 清歌は何やら不思議そうに首を傾げて、皆の視線を受け止めている。


「何か気になる事でもあるの?」


「ええ。大したことではありませんけれど……、先ほどの肖像画の体型や頭身から考えるとこのような姿になるはずがありませんので、真の姿というのはおかしいなと思いまして」


「ふ~ん。ちなみに、本当ならどんな感じになるの?」


「そうですね……」清歌はやおらスケッチブックと鉛筆を取り出すと、さらさらと体の大まかな形を描いてみせた。「このような感じになるかと思います」


 海賊の頭そっちのけで皆が集まり、清歌のスケッチブックを覗き込む。


 そこに描かれていたのは、ごく普通の体型と言える範囲よりもやや手足が短く、メタボ体系の人物だった。彼女たちを見下ろしているマッチョな人物にはほど遠い、どこにでもいそうなメタボのおっさんという感じだ。つまり、真の姿だのなんだのと言っていたが、要するにアレは自分で考えた理想の姿ということなのだろう。


 ちなみにこの体型に、肖像画に描かれていた顔や服装を当て嵌めてみると、海賊の頭という感じではなく――


「なんていうか、悪徳商人って感じよねぇ」


「そういえば……、さっき自分のことをエチゴとか言ってませんでしたか?」


「ちなみにアルバトロスはアホウドリ。つまり……アホの越後屋?」


「「「あははははは……」」」


 またもや言いたい放題の冒険者たちに、越後屋――もとい、エティーゴが黒いオーラを全身から立ち上らせながら憤怒の形相をする。オネェさんらに挑発する意図は全く無かったのだが、図らずもその効果があったようだ。


『きっ、きききき貴様らぁー! 吾輩はエティーゴ・アルバトロス! エチゴヤでもなければ、アホでもないわっ! 何たる暴言、何たる屈辱! 生きて帰れると思うなよ!!』


「だまらっしゃい! お宝目当てにやって来て、あっさり返り討ちにされただけの海賊が何を偉そうに! こっちこそ成仏させてやるわ! 行くわよ、みんな!!」


「「「オオーー!」」」


 こうして海賊の頭であるエティーゴとの戦闘が始まった。


 エティーゴは理想の体型なだけあって、その巨体に見合わず意外に素早く動き、また剣による攻撃範囲も広く、なかなかの強さだった。また例のポルターガイスト的な力で、ナイフやらばらした骨やらを飛ばして来るという、厄介な攻撃もあったのである。それだけでなく――


「ファイヤーボール!」「ソニックブレード!」「ストームショット!」


 放たれたアーツがエティーゴに直撃し、右腕と頭部と左わき腹を吹き飛ばす。しかし飛び散った骨は、まるで逆再生を見ているかのように体にくっ付き、再生してしまったのだ。


『フハハハハ! 吾輩の再生能力の前にはその程度の攻撃など無意味だ!』


 冒険者達を前にエティーゴが勝ち誇る。確かに厄介な能力であり、普通に考えれば割と攻めあぐねてしまう状況ではある。


 しかし十二人の冒険者たちは皆落ち着いていた。なぜならばこのボスは、戦う前から弱点が分かり切っていたからである。しかも再生するとはいえ、骨はダメージを与えれば吹き飛ばせることが分かったのだ。あとはタイミングを合わせて畳み込むだけである。


「じゃあ、合わせていくわよ! 体の骨を引っぺがして、肖像画が露出したところに集中攻撃!」


『なっ!? ちょっ、まっ……』


「撃てーっ!」「「「おーっ!」」」


 そうしておよそ十五分後、エティーゴはあえなく成仏したのであった。合掌。




 こうして幽霊船の攻略は無事終了した。エティーゴを斃し、その姿が完全に消えたところでウィンドウが現れ、メンバー全員が船から退去する、又は三十分経過で自動的に幽霊船は消滅することが知らされた。


 また今回の攻略メンバーが一人でもいれば、この海域に幽霊船は出現しないという事もちゃんと記載されていた。これで魔法陣起動作戦は一歩前進である。


「最後はちょっと呆気なかったけど、結構面白かったよね。……疲れたけど」


「あー、まあ正直怖かったけど、趣向を凝らしてて面白くはあったわね。……疲れたけど」


「ふふっ。それではクジラ船に戻って、今日はもう寛ぐことにしましょうか?」


「さ~んせ~い」「異議なしよ」「私もお家でダラッとしたいです」「あー、それいいねー、ダラッとしよ―」


 そんなこんなでマーチトイボックスはクジラ船でのんびりするべく、幽霊船からさっさと退去することを決める。最後にひとことオネェさんに挨拶しておこうかと、弥生が甲板を見回すと、オネェさんチームのメンバーが一人、こちらに向かって来るのを見つけた。


「あ、あのっ、ユージさん」


「えっ? ああ、ミリーさん。さっきはどうも」


「こちらこそ、有難うございました。とっても助かりました」


 悠司からミリーさんと呼ばれた少女が、パッと輝くような笑顔を見せる。


 ミリーさんは見た感じオネェさんチームの中では最年少のようで、恐ら清歌たちより一~二歳上といったところだろう。特筆するほど整った容姿という訳ではないが、十分可愛らしい顔立ちであり、また表情豊かなことでさらに印象が良くなるというタイプのようだ。ちなみにスタイルは平均よりもややスレンダー寄りといった感じである。


 そんなミリーさんがちょっと緊張した様子で、しかしそれを出来る限り隠してさり気なさを装い、悠司に切り出した。


「えっと、もしよかったらなんですけど、フレンド登録してもらえませんか?」


「はい? あー、はい。それくらいなら全然構いませんけど……」


「ホント! ありがとうございます!」


 ウィンドウを操作し二人が互いにフレンド登録を済ませる。


 ミリーさんは改めてマーチトイボックス一同に向き直り、ペコリと頭を下げた。


「ギルマスからの伝言です。今回は本当にありがとうございました。また協力してもらいたいことがあったら、連絡しますとのことです」


 弥生が視線を向けると、オネェさんが軽く手を振って応じたので、弥生もお辞儀をして感謝の意を伝える。清歌たち他のメンバーもそれに倣ってお辞儀をする。


「では、また次の機会に」


「はい。またの機会に。では」


 ミリーさんはぺこりと頭を下げると踵を返し、小走りに自分のチームへと戻って行った。


 悠司は何やらイヤ~な気配を感じつつもそれは気のせいだと思い込み、普段と同じ口調で提案する。


「さて、じゃまあクジラ船に戻るとしますかね。……なんだよ、その顔は」


「え~、べ~つ~にぃ~。なんでもないよ、ね?(ニヨニヨ★)」


「ええ。ただちょっと楽しいお喋りができそうな予感がするだけですよ、ね?(ニヨニヨ★)」


「そね。なかなか興味深い話になりそうね(ニヨニヨ★)」


 清歌たち三人娘の口調と、年少組二人の弓なりになった目を見て、これはアカンと

悠司は天を仰いだ。一応助けを求める視線をチラリと聡一郎に送ったものの、聡一郎は瞑目すると小さく首を横に振っていた。「諦めろ」という重々しい声が聞こえた――気がした。




 結局クジラ船に戻るとすぐに、悠司はミリーさんと一体何があったのかをアレコレ問い詰められることとなる。


 とはいっても、特に大きな何かがあったわけでは無い。例の肝試しエリアでミリーさんとペアになった悠司は、お化け屋敷的なドッキリが苦手だった彼女と共に踏破しただけの話なのだ。まあ、なるべく自分は冷静で落ち着いた風を装い、彼女を動揺させないように心がけてはいたので、彼女にしてみれば頼もしく思えたのかもしれない。


 期待していたようなドラマは無く、弥生たちとしてはちょっとガッカリな内容であった。


 しかし話の流れで“肝試しで良い恰好をしたがる思春期男子の心情の考察”やら、“本当の危機ではないお化け屋敷でも吊り橋効果はあるのか”やら、“<ミリオンワールド>におけるフレンド登録は現実リアルでメアドを聞く位の心理的ハードルがあるのか”などなど興味深いようなそうでもないような話題が湧いて出て、妙に盛り上がってしまう七人なのであった。





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