#12―12
中央島にてイベントを一段階先に進めたマーチトイボックスら三チームは、掲示板での呼びかけを中心にして他のプレイヤー達に情報を周知すると同時に、それぞれ手分けして情報収集に努めた。全てのポータルに転移できるようになったことを最大限活用して、群島全域を飛び回ったのである。
ストーンサークルにも中央島と同様の認識を阻害する魔法がかけられているようで、NPCから施設そのものに関する情報は得られないのだが、周辺に関することは手に入れることができた。
協力を申し出てくれたチームからも情報を得られ、それらを纏めたところ全二十四か所の内八か所は、ストーンサークルに辿り着くためにクリアすべきクエストがある事が判明した。
なおマーチトイボックスが偶然発見したストーンサークルのように、特に障害も無く到達できる場所から適当に選んで四か所ほど現場に行ってみたところ、いずれも微妙に石が崩れていたり汚れたりしていたものの問題無く起動できた。どうやら装置の修復は必要なさそうである。
さて、そのクリアすべきクエストの内訳はと言うと、以下のようになっている。
ストーンサークルのある無人島に上陸するために、海に出現する魔物などの障害を排除しなくてはいけないというものが三か所。
ストーンサークル周辺に強力な魔物、もしくは大量の魔物が出現し、これを斃さなければいけないというものが二箇所。
ストーンサークルが妙な場所に設置されており、アスレチック的なものをクリアしなければ辿り着けないというものが三か所。
魔法陣起動作戦(命名、オネェさん)に参加してくれるチームによる検証では、一度斃した門番は一度島を離れてから戻っても復活することはないとのこと。別パーティーが近づくと普通に出現するが、例えばパーティー内に門番を斃したメンバーが一人でもいれば出現しない。恐らくドロップアイテムなどの関係で、門番と対戦できるのは一人一回だけという設定になっているのだろうと、検証チームは推測していた。
何にせよボスが復活しないということであれば、作戦の下準備として事前に片付けておく方が無難だ。レベルや相性の問題でボスが斃せない、などという可能性もあり得るので、その場合は交代する必要があるからだ。
ちなみにアスレチックの方についてだが、当たり前のことながら一度クリアしたからといって消えてなくなるなどということは無い。どこかの誰かさんが「ちょっと試してみましょうか」などと言って、アーツもスキルも使うこと無くアッサリとクリアしてしまい、これもまた検証済みなのである。まあ生身の能力だけで挑むならともかく、移動系のアーツを持っていればさほど困難では無いので、こちらに関しては大丈夫だろう。
さて、マーチトイボックスはイベントを進めた張本人であること、そして単純にレベル的にはトップクラスであることもあり、当然の如くボス戦に参加することとなった。中央島にはいつでも転移できるようになったので、どこに移動しても問題無いという理由もある。
というわけでイベントも後半戦に突入した月曜日のこと、幽霊船を攻略すべくとある海域に赴いたのである。
無人島への上陸を妨害するボスは三種類いて、そのうち二つは幽霊船で、一つは大型の海棲魔物だ。もっとも幽霊船が二箇所といっても、その趣は大分異なる。
一方は所謂オカルト的な意味合いの幽霊船だ。沈んでいた方がむしろ自然な程ボロボロな船は怪しげな燐光を発し、そこに出現する魔物は骸骨だの幽霊だのといったアンデッド系ばかりというものである。
そしてもう一方は、幽霊船というよりも難破船という方が正確な表現といえるものである。もちろんただ漂流しているだけの船ではボス戦にならないので、難破船が魔物の巣になってしまっているということらしい。なお魔物がどうやって操船しているのかは謎である。
とまあ毛色は異なるがルールは共通で、十二人まで同時に船に乗り込むことができ、最終的に船のどこかにいるボスを斃すことができればクリアとなる。
さてマーチトイボックスは――というかリーダーの弥生以下女性陣(約一名を除く)は、最初大型海棲魔物の方への参加を希望していた。クジラ船は一般的な船と比較して高性能なので、これを活かすべきではないかという主張である。また海戦はまだ経験していないので、やってみたいという好奇心もあった。
が、海戦の方は驚くべきことに参加チーム数に上限が無く、船団を組んで数の力でどうにかできそうなので、個々の船の性能はあまり重要ではなかった。むしろ新年のイベント報酬でゲットした加護を活かせる幽霊船を担当すべきであろう、という正論の前に、弥生たちも納得せざるをえなかったのである。――ぶっちゃけ気は進まなかったのだが。
なお幽霊船アタックのパートナーは、同じ加護をゲットしているオネェさん率いるパーティーである。今回は少々ルールが特殊で、幽霊船に乗り込む全員が一つのパーティーという扱いになるので、マーチトイボックス側が七人、オネェさん側が五人となっている。戦力バランス的にはマーチトイボックス側から一人オネェさん側に移るべきなのだろうが、連携などに不安が生じる為、このような形になっている。
弥生が言うところの由緒正しい幽霊船には、侵入口が右舷前方と左舷後方との二箇所ある。どちらから侵入するか、また両方を使うのか一方だけを使うのかはプレイヤーの自由となっているが、残念ながら他の場所から幽霊船に侵入することは不可能である。謎の力で覆われていて、甲板に跳び移ろうにも弾かれてしまうのだそうな。
『こちらマーチトイボックスです。左舷後方の入り口手前に到着しました。……中は真っ暗で、正直行きたくない気持ちが膨らんできていま~す』
『……こっちも右舷前方配置についたわ。端的な感想どうも。まあ気持ちは分かるけど……、今さら引き返すのは無しよ?』
『一応覚悟は決めて来ましたので帰るとは言いませんけど……、雰囲気が半端じゃないですよ?』
『それは同感ね。まあ、出来るだけ冷静に、パニクらないように気を付けましょう。……で、差し当たっての方針はマップを広げつつ、ボスを探すってことで。それじゃあ五分後に突入でいい?』
『了解しました~!』
オネェさんとのチャットを切った弥生は、仲間たちに五分後に幽霊船に突入する旨を伝えた。各々が気を引き締めて突入口である破損した左舷の穴を見つめる。
幽霊船は甲板の手すりや舳先、マストなど要所要所にイルミネーションのように青白い小さな炎が灯り、また全体的にぼんやりと燐光を発している。そんな中、これから彼女たちが突入するポイントは、一寸先は闇という感じで暗い穴を開けている。正直言って結構不気味だ――というのは、メンバー全員の感想であった。
ちなみに空いた穴は水面すれすれの位置にある。普通に考えれば水が中に入って沈没してしまうような場所なのだが、お陰でクジラ船からはちょっとジャンプするだけで跳び移ることができそうだ。逆にオネェさんらの帆船だと、穴の位置は甲板よりも大分低い位置になるので、侵入が少々難しそうである。
「ところで弥生さんや、ボスの居場所に予想はあるのかね?」
何やら妙な緊張感が漂って来たので、空気を和ませる意味も含めて敢えてのんびりとした口調で悠司が尋ねる。
「う~ん、ちょっと変則だけど基本はダンジョンなんだから、敵を斃しながら進んで行けば自然にボスに辿り着くと思うけど、やっぱり一番怪しいのは甲板かな」
わざわざ最初に乗り移れないようになっている辺りかなり怪しい。ゲーム的に言っても、十二人全員でボスと戦うにはそれなりのスペースが必要なので、やはり甲板が第一候補となるだろう。ちょっと捻ったタイプだと、一旦甲板を経由してからまた船内に戻って、乗客全員が集まれるホールや食堂といった場所がボス部屋というパターンもあるかもしれない。
「これが一つのゲームだったら、割と早い内にボスに遭遇するっていうのもアリだけど……」
「む? 序盤にボスと戦うことになるのか?」
「なんていうのかな、ボスになる前のボスっていうか、ボスの不完全バージョンっていうか、そういう感じ? で、斃す直前に逃げられて次に会う時には強くなってる……っていうのを何度か繰り返す……と」
「あ~、映画でならそういうのを見たことあるわね。最初は侮っていた相手なのに、気付いたら手に負えない程強くなってるっていうパターン」
「そう、それ! それで最終的には起死回生、一発逆転の戦いを挑むんだよね~」
などと話しが脇道に逸れている内に、イイ感じに緊張がほぐれたようだ。
そして、突入の時間となる。
「よし! じゃあみんな~、跳び移るよ!」
弥生の呼びかけに全員が答え、遂に七人は幽霊船へと乗り込むのであった。
――なお一応補足しておくと、リシアはクジラ船でお留守番である。
魔法で灯した明かりを頼りに、隊列を組んだ七人が船内の通路を慎重に進んで行く。なお船内の通路が存外狭かった為、清歌は雪苺と静を呼び出し、静は床板に潜行してついてきている。
外に居るときは絶え間なく響いていた雷鳴はいつの間にか収まり、船内はひどく静かだ。劣化した床板の立てるギシギシという音が妙に耳につく。
今のところ魔物の姿は見当たらないが、何かの気配は感じる。――というか、ある意味弥生の予想が見事に的中したと言っていいだろう。カサカサッという音が壁の方から聞こえたり、何かが通り過ぎて行ったかのように足首の辺りを撫でられた感触があったり、妙に生暖かい風が顔の辺りを吹き抜けて行ったりと、お化け屋敷的な仕掛け――というか嫌がらせ?――が断続的に襲ってくるのだ。
ガコンガコンガコンガコン……
殿を歩く清歌の頭上辺りから大きな音が響き、それが勢いよく弥生の方へと移動し離れて行く。上のフロアで何か大きな生き物が移動したかのようだ。
音が収まったところで一同がほぅと息を吐き、一旦歩みを止めた。
「予想はしてたけど、ホントにこれはホラーゲームだね……」
「そね。ホラー映画は別に苦手ってわけじゃないけど、体感するとなると訳が違うわね……」
「ですね。ずっと身構えてたら、疲れちゃいそうだけど……」
「慣れ過ぎたら、本当に魔物が来た時反応できないよね……」
お化け屋敷が苦手と自己申告していた四人が溜息混じりにボヤく。一つ一つの演出はビクッとするくらいのものだが、悪い意味でタイミングが絶妙なのだ。
ある出来事に驚いて暫く身構えていて、何も無いから一旦ちょっと力を抜いて、もう一度警戒しようとしたその直前に次のドッキリを仕掛けてくる。というような感じなのだ。まるでこちらを観察しつつ合わせているかのようなタイミングは、見事というしかない。――褒める気はサラサラ無いが。
「この嫌らしい演出は俺もどうかと思うんだが……、まあパニックにさえならなきゃ大丈夫だろう」
「あ~、それオネェさんも言ってたよ」
「それにしても幽霊船と聞いていたから、中に入ったら魔物がうようよいるのかと思ったのだが……、その気配はないな。清歌嬢の方はどうだろうか?」
歩みを再開しつつ何やら聡一郎が不満そうにそんな感想を言い、最後尾にいる清歌に質問を投げた。
「今のところそのような気配はありませんね。こちらを怯ませたタイミングで魔物が襲ってくるのかと思ったのですけれど……」
油断なく周囲の気配を探る清歌の方も釈然としない口調だ。魔物との戦闘に関しては、この二人は割と似たような考え方をするのである。
二人が想定していたのは、大きな音や強い光などで相手を怯ませたり気を逸らしたりしたタイミングで襲い掛かるというもので、例えば民家に立て籠もった犯罪者を捕まえるために、警察の特殊部隊が突入する時のようなアレである。それはとても効果的で、ある種のセオリーと言えるのだが――
「チッチッチ。二人とも、それじゃあホラーゲームの様式美からは外れちゃうんだよ」
人差し指を立てて、弥生が二人の考えを否定する。
まずプレイヤーの分身たる主人公は、右も左も分からない状況に放り込まれる。そして違和感のある出来事が次々と襲い掛かるのだ。何かありそう――でもやっぱりなにも無い。妙な感じはする――でも決定的にヤバいことではない。そういうことが何度か起き、不安が募っていく。
「ま、ある意味、イマココっつーわけだな」
「そういうこと。……で、さんざん煽ったところで満を持して、いきなり大量のゾンビに襲われる! ……みたいな?」
何も無いと思っていたところで不意打ちとか、ドアを開けたところで出会い頭に襲われるなどもお約束の一つだ。しかし冒頭の演出としては、静かに始まりすこ~しずつ演出を重ねて行って、プレイヤーに「そろそろ来るか? 来るのか?」と期待させるのである。
曲がり角に差し掛かり、一行は一旦足を止める。前衛の弥生と聡一郎がタイミングを合わせて飛び出した。その先にあったものは――
「なるほど。……つまりこの扉の向こう辺りが、怪しいということだな?」
「そうそう……って、ホントにあったよ……扉」
通路と同じく古ぼけた木製の扉であった。丸い窓が付いているところがなんとも船っぽいのだが、ご丁寧に汚れて完全に曇っており向こう側は全く見えない。
弥生は振り返ると仲間たちとアイコンタクトを取り、皆が頷いたのを確認してからドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開いた。
ギイィィ……
イイ感じの軋みを響かせて開いた扉の先に、魔法による明かりが差し込む。少なくとも見える範囲に魔物の姿は無い。七人は慎重に扉の向こう側に足を踏み入れた。
扉の中はちょっと幅の広い廊下といった感じで、左右の壁には扉の無い開口部がある。ちょっと覗いてみたところ簡素な造りの――しかも壊れかけている――二段ベッドがあった。おそらくここは船員室なのだろう。
一部屋ずつ覗き込み、魔物が居るかを確認しつつ歩みを進める。
「ちょっと嫌な場所だね。何処に魔物が居るか分からないし……」
ギシッと床板が音を立てる。両脇の部屋に注意が向きがちだが、床には所々に板が腐り穴の開いている箇所がある。足元も気を付けなければちょっと危ない。
「いっそここは駆け抜けちまうのも手じゃないか? ゾンビ系は動きが鈍っつーのがお約束だろ?」
「でも悠司くん、アンデッドって言ってもゾンビだけじゃないよ? スケルトンとかなら結構素早く動くんじゃないかな?」
「スケルトンねぇ……、考えてみると筋肉も何も無い骨だけで動くって、変な話よね」
「絵梨~、今その話はどうでもいいでしょ? まあ、とにかく慎重に……」
先に進もう、という弥生の言葉は最後まで語られることは無かった。というのも、突然床板がメリメリと音を立て始めたのだ!
「浮遊落下! 全員に!」「って、間に合うわけ……」「ヤバイ、床が抜ける!」
この廊下から脱出するのは前も後ろも距離がある。なので咄嗟に浮遊落下の指示を出した弥生は称賛されるべきであろう。ただそれが間に合うかといえば、また別問題なわけで――
「わ~~っ!」「おわぁぁーー」「きゃーー」「おーちーるー」
ばらばらと崩れる床板と共に、七人は下のフロアへと落とされるのであった。
こんな状況下でもしっかり着地して直後に戦闘態勢を整えた聡一郎と、エアリアルステップで勢いを殺して静かに降り立ちマルチセイバーを抜いた清歌は、頼もしいの一言に尽きる。他のメンバーで一応着地に成功し片膝をつく程度で済んだのは悠司だけで、絵梨と凛と千代の三人は尻餅をついている。なお潜行していた静は床板が崩れた時点で外に飛び出し、着地と同時に再び潜行――というか、飛び込んだ。
さて、一番受け身をとるのが苦手そうな弥生はと言うと――まだ着地していなかった。
「みんな、大丈夫~?」
「弥生、あなたそれは無いんじゃないの?」「お姉ちゃん、ズルい!」「私にも欲しかったです、それ……」
清歌の指示により雪苺が浮力制御をかけたので、フワフワと落下中なのである。着地に失敗して、ちょっと格好の悪い有様になっている三人がいちゃもんをつける。本来ならその苦情は指示を出した清歌に言うべきなのであろうが、彼女自身は自力で着地し、またリーダーを優先したという判断は間違いでは無い。ただ一番格好悪いことになっていたであろう弥生が余裕綽々ということが、なんとな~く気に入らなかったのである。
「え~っ!? それを私に言われても……」
「弥生さん、それどころではないようですよ?」
「うむ。話をしている場合ではないな」
「落とし穴で強制招待された先で歓迎会とは、結構手が込んでるな」
恐らく船の底に近い倉庫として使われていた場所なのであろう、だだっ広いスペースはじめっとした空気に満ちている。そして足元にはドライアイスが焚かれているかのような靄が漂い、壁に設置されているランプには青白い炎が灯っていた。
そんな中、いわゆるスケルトンと呼ばれる骸骨の魔物が数十体――いや百体を超える数が、マーチトイボックスの七人を取り囲むように並んでいた。手には刀身に反りのある剣やナイフなどを持ち、中には眼帯やバンダナ――といってもボロ布だが――などを身に着けている個体もある。リシアから聞いた話と合わせると、恐らく元海賊のスケルトンということなのだろう。
悠司はおどけて歓迎会などと言っていたが、なるほど言い得て妙だなと弥生は思った。まあこんな陰気な歓迎会はご遠慮申し上げたいところだが、残念ながら「辞退します」と言っても通じないだろう。
浮力制御を切って貰って着地した弥生は、破杖槌を構えた。
「とにかくこの数相手に囲まれたままはマズいわ!」
「だな。強さは分からんが、数に押し切られる可能性が怖い」
絵梨と悠司の提案に、弥生は頷くと同時に破杖槌の先端にブレードを発生させた。ちなみにこのブレード、弥生のレベル上昇とともにサイズと形状をある程度コントロールできるようになり、今は底辺が長い扁平な三角形にしている。広げた傘を真横から見た形に似ていると言えば分かり易いだろう。
「分かった! じゃあちょっと強引に突っ切って壁際まで移動するよ。……清歌、ちょっと危険な役をお願いしてもいい?」
「はい、なんでしょうか?」
「スケルトンの群れに突っ込んで、攪乱する役目をお願いしたいの。いいかな?」
何しろ相手の数が数である。壁を背にして戦っても、数で押し寄せられるのは厳しい。なので弥生たちとは別の場所で暴れて、一部の注意を引きつけて量を減らすための陽動をして欲しいのである。
「なるほど、承知しました」
「ちょ、お姉さま!?」「そんな危険な役を一人でなんて……」
あっさりと危険な役目を引き受ける清歌に対し、年少組の二人が驚きの声を上げる。
弥生とて気は進まないのだが、これは清歌にしか頼めない役目なのだ。弥生だと火力はともかく攻撃しつつ素早く移動するという芸当は出来ないし、聡一郎はというといざという時に浮力制御とエアリアルステップで上に逃げるという手が使えない。さらに付け加えると、光剣はダメージを与えつつも移動速度が落ちることはないので、今回のような作戦には最適なのである。
――と、ちゃんとした理由はあるのだが、いかんせん今は説明している時間が無い。
「とにかく清歌が適任なんだよ。危なくなったら離脱していいから、任せたよ、清歌!」
「はい、お任せください。……では、久しぶりにあれをやってみましょうか」
ニッコリ笑顔で答えると清歌は上衣を脱いで収納し、二刀流状態で持っていたセイバーを連結させた。
清歌が何をしようとしているのか予想できた弥生たちがギョッとしているのを他所に、清歌は「では、お先に失礼します」などとのたまって、スケルトンの群れの中に突っ込んで行ってしまった。
「清歌ってば……」「ソレかよって思ったんだが……」「意外と理に適ってるわね」「うむ、見事」
清歌はまるでダンスのステップのように回りながら移動し、更にセイバーも回転させつつ、スケルトンたちの間を華麗に駆け抜けていく。
セイバーの刀身がスケルトンに当たる度に、光の粒が飛び散るエフェクトが出る。どうやらそれが例の加護が発動している徴らしい。実際、直撃を受けて光の粒となって消える個体や、カス当たりでも腕や足を切り飛ばされてしまっている個体が数多くいる。清歌自身の火力の低さを考えれば、加護はしっかりと仕事をしてくれているらしい。
ランプの青白い光だけの薄暗い中、セイバーの光が弧を描き、更に絶え間なく光の粒が飛び散っていく。そこだけ見ていると、まるで何かのショーであるかのようだ。
鮮やかな蹂躙劇に、一瞬唖然としたのは弥生たちだけでは無かった。スケルトンたちもアゴを落としたり、カクンと首を傾げたりしてその様子を呆然と見ている。――骨だけのくせに妙に表情が豊かな奴らである。
「ハッ! こっちも行動しなくちゃ。ブーストチャージ! みんな~、ダッシュの準備!」
「って、まさか弥生。アレをやる気なの?」
時分から言い出すとは珍しいとでも言いたげな絵梨の言葉に、弥生は若干眉根を寄せる。ぶっちゃけあまりやりたくはないのだが、清歌に危険な役目を押し付けておいて、自分は「怖いから切り札は使わない」などとはリーダーとして絶対に言えない。
「やらないわけにはいかないでしょ。じゃあ壁際まで突っ切るよ~っ!」
仲間たちが頷いたのを確認した弥生は、三つカウントを取った後でアーツを発動させる。スラスターの噴射で強化された突進系アーツにより、弥生が悲鳴と共に一直線にすっ飛んで行く。ルート上に居たスケルトンたちが加護のエフェクトとともに次々と吹き飛ばされ、光の粒と化して消えて行く様は、とても派手で豪快であった。
「相変わらず凄いスピードねぇ……。っていうか、自分から言い出したのに悲鳴は上げるのね」
「まあ、アレはしょうがないんじゃね? じゃなくて、追いかけるぞ! 走れ!」
直線状に文字通りスケルトンが一掃されて出来た道を、全速力で五人が駆け抜けていく。行きついた壁際では、へたり込んでいた弥生が立ち上がるところだった。HPもMPも減ってはいないのだが、精神的にダメージを受けていたようである。
「お疲れ~」「お疲れ様、弥生」「スゴイ派手だったよ、お姉ちゃん」
「ありがと。……なんていうか使う度にもう使いたくないって思うんだよね、このアーツは」
それでも使ってしまうのは、威力もスピードも申し分ない優秀なアーツだからである。使う本人がとても怖いなどということは、パーティーにとっては些細な問題なのである。
「ってか、そこにドアがあるんだが……」
弥生のすぐ傍にあるドアに悠司が手を伸ばすが、押して引いても、念の為横にスライドさせても開くことは無かった。まあ、ある意味予想通りの結果ではある。
「要するにここはモンスターハウスってわけか」
「いえ~す! ってわけだから、気合を入れて骨どもを粉砕するよ!」
再び六人を包囲せんとにじり寄って来るスケルトンの大群に、ビシッと破杖槌を向けて弥生が宣言し、悠司たちもそれに応える。こうして本格的な対スケルトン軍団戦が始まるのであった。
迫りくるスケルトンを潰し、殴り、打ち抜き、焼き払い、約一名はそんな中を華麗に舞うこと三十分余り、ようやく倉庫のような広間から骸骨の影が完全に消えた。
加護の力があったお陰と、基本的にここに現れるスケルトンが一体の例外を除いて雑魚であったために、さほど苦戦することも無かった。例外であるリーダー格のスケルトンにしても、清歌が取り巻きたちも含めて上手に誘導して弥生たちから引き離し、その隙に雑魚を殲滅、最終的に全員でフルボッコにして危なげなく勝利した。
結果だけ見れば、ポーションなどの消耗品を使うことも無く圧勝と言える戦闘であった。しかし、精神的には結構疲れるものがあり、安全が確保された倉庫内で一同は一休みしていた。
「なんていうかこう……、VRで無双系ゲームをやるとこんな感じなのかな~とか、ちょっと思った」
「あー……、最初のお前さんなんかは正しくそんな感じだったわな」
「でも無双系のゲームってあれでしょ、身の丈以上ある鉄の塊みたいな大剣を振り回すと、雑魚が纏めて吹っ飛んで行くって感じなんでしょ?」
絵梨がいつぞやにTVCMで見たものの印象を語る。いや、あれはゲームでは無くてアニメのCMだっただろうか?
絵梨が見たものは恐らく無双系ゲームの中でも漫画とコラボしたアレだろうな、と弥生は察したのだが、大凡ゲームのテイストは変わらないので、そこについては敢えてスルーした。
「確かに雑魚を大量に斃す点は同じだったけど……」
「あまり爽快感はありませんでしたね……」
凛と千代が顔を見合わせた大きく溜息を吐いた。どうやら千代にも無双系のゲームという言い方で話が通じたようだ。
基本的にレベルの高い高校生組の場合、加護の力もあってか攻撃が頭や体の中心にヒットすれば、一撃でスケルトンを葬ることができていた。しかしアーツならばまとめて薙ぎ払うことも出来るが、MP消費やクールタイムの問題でそうそう連発は出来ない。なので自然と、通常攻撃でプチプチと一体ずつ潰していくことが多くなる。
これが何とも作業的で疲れるのだ。しかも下手に気を抜くと回り込まれたり、数体で纏めてかかってきたりするので気を抜くことも出来ない。
そんなわけで非常に疲れる戦いだったのである。
「まあ疲れる戦闘ではあったけど、スケルトンだったからまだマシだったかもね。これがゾンビとかの湿ってるっていうか腐ってる系の敵だったら……」
ゾンビと言えばスケルトンと同じくアンデッドモンスターにおける定番の一つである。動く骸骨というのも大概不気味なものだが、無機質な感じなので生理的な嫌悪感は余り無かった。一方、ゾンビの方は腐った肉が付いている分、半端に人間らしさが残っており気持ち悪さはスケルトンの比では無いだろう。
特にフルダイブVRでは臭いもキッチリと再現されており、実際この倉庫ではジメッとしたカビ臭さが漂っている。ゾンビ相手に近接戦闘を挑むのは、覚悟が必要になりそうだ。前衛の二人は特に。
ちなみに光剣の類は物質的な刃を伴わないので、接触箇所にダメージは与えるものの、物体を切ったりえぐったりすることはできない。従ってゾンビと戦っても、腐った肉を飛び散らせる心配はないので、非常に適した武器であると言える――かもしれない。
「それは……、あまり想像したくありませんね。幽霊の方がまだましです」
「まだまし、と敢えて言うということは、清歌お姉さまは幽霊が苦手なんですか?」
「会ったことが無いので苦手かどうかは分かりませんけれど、実体のない相手とどう戦えばいいものか? とは思いますね」
近寄りたくないゾンビと、そもそもどうやって戦えばいいのか分からない幽霊のどちらがいいか。割と難しい二択に、一同が「う~む」と考え込む。
「ま~そうだけど、でも幽霊って言ってもゲームに出てくる魔物の一種だから、多分普通に攻撃すればダメージが出ると思うよ?」
実体のない相手に打撃が効くというのは考えてみれば奇妙な話だが、そこはゲームであるからと割り切るしか無い。
そんなちょっとアホな話をして気持ちをリフレッシュしたマーチトイボックス一行は、幽霊船探索を再開するべく倉庫の扉を開け、その向こうに現れた階段室へと足を踏み入れるのであった。