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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第二章 <ミリオンワールド>のはじまり
17/177

#2―07

 <ミリオンワールド>始まりの町の名前はその名もスベラギという。どう見てもヨーロッパの街並みを参考にしていると思われるのにそのネーミングはどうなのか、というツッコミは無論開発内にもあった。しかし、街中で目に付く看板などはともかく、店内のメニューや商品説明は日本で表記され、住人は日本語を話し、プレイヤーもごく一部の例外を除き日本人なのだ。ならば、あらゆる世代の日本人が覚えやすい、日本語的な響きのネーミングで構わないのではないか、というある種の開き直りでこの名前に決定された。


 さて、<ミリオンワールド>は大小無数の島によって構成される世界であることは前述の通りで、その中でも町のある島はほんの一握りだ。そして一つの島に町は一つだけで、町はイコール国でもある。すなわちスベラギとは、町の名前であると同時に、王国の名前であり、島の名前でもあるのだ。


 スベラギの町は全体を俯瞰するとほぼ円形の城塞都市で、外へ出られる門は東西南の三か所に存在する。最初に転移してくる<ポータルゲート>がある中央広場は中心からやや北寄りの位置にあり、そこから三つの門と北にある王城へ向けて大通りが伸びている。


 町はおおよそ四つの区画に分かれていて、メインストリートが伸びる南は商業区画、東は生産系の<冒険者>がお世話になるであろう職人街が中心の工業区画、西は農業と畜産業の区画、北は広場に近い方は学校や研究施設などの区画で、その奥には王城が建っている。


 ちなみに城は城壁によって囲まれているが、それ以外の区画は特に区切られているわけではない。――というか、メインストリートを離れるほど民家の割合が多くなるので、居住区が各区画の曖昧な境界になっているといえるかもしれない。







 清歌は中央広場の露店を冷やかしつつ南のメインストリートに入り、今はあっちこっちの店を覗きながら少しずつ南へ移動しているところだ。外へ向かう<冒険者>と向かう方向は同じにもかかわらず、冒険・・に向かう気が全く感じられないその様子は、はっきり言ってかなり目立っていた。


 いくつかの店で<冒険者>らしからぬ買い物をしつつ、“ぶらりメインストリート歩き”を続けていた清歌はある店を見つけたとき、ふと立ち止まった。


(考えてみれば……外で冒険をしない私は、装備品を身に着けなければならない理由はないですね)


 <冒険者>としてのプレイを、すでに放り投げてしまったかのようなことを考えている清歌が立っているのは、“CasualClothesTsubaki”とショーウィンドウに書かれている店の前だった。三階建てで間口は狭く、規模はあまり大きくない店だが、外から見た限りセンスはなかなか良さそうだ。


(初期支給品の装備も、品質()悪くありませんけれど……)


 清歌の選択した初期装備品は、丈夫そうなデニム(っぽい生地)の半袖シャツに膝丈のワークパンツ、そしてトレッキングシューズという組み合わせで、これにスカーフがあればガールスカウトに見えなくもないという感じだ。ちなみにこの構成は、金額的にほぼ最低という軽装備で、デザインは無難としか言えないものだ。ぶっちゃけ清歌の容姿に完全に負けている。これは早々に魔物使いの能力に見切りをつけ、戦闘はプレイヤースキルで乗り切る方針にしたので、装備品よりアイテム購入費(予定)を増やした結果である。




 明るい店内は程よくエアコンが効き、商品も余裕をもって配置されて、居心地の良い空間を作ろうという工夫があちこちに見られた。


「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」


 さりげなく女性店員が声をかけてきた。清歌の容姿にほんの一瞬目を瞠ったものの、すぐ元通りの笑顔に戻るあたりプロである。見た感じ二十歳ほどの、髪をアップにしてメイクもバッチリなクール系のお姉さんだ。


 こんな風に店員に声をかけられるのを苦手にする人も少なくないが、清歌は特に何とも思わない。必要ならそのまま相談するし、独りで気ままに見て回りたいときは断ってあっさり遠ざけてしまう。なんだかんだで人を使うことに慣れているのだ。


「そうですね。このお店では浴衣などは取り扱っていますか?」


「ユカタ……ですか?」


「あ、もしかして……この世界には和服というジャンル自体がないのでしょうか?」


 浴衣と聞いて首を傾げる店員の様子を見て、もしやと思い尋ねてみる。


「ああ! お客様は外の世界からいらっしゃったのですね。……申し訳ございません。まだ、そのワフクという品物は取り扱っておりません」


 スベラギの町にあるツバキという名の店で、日本語で会話しているのに和服という文化はない。微妙にちぐはぐな設定に首を傾げてしまう清歌だった。


 それはともかくジャンルそのものが生まれていないのでは、他の店に行ったところで和服を入手するのは不可能だろう。せっかく黒髪に黒い瞳なのだから、浴衣でも着たら似合うかもと思い付きで聞いただけなのだが、無いと言われるとなぜだかとても残念に感じてしまう。


「よろしければオーダーで仕立てることもできますが、なにぶんデザインがまるで分かりませんので……」


 申し訳なさそうに言う店員だったが、そんなことなら清歌にとっては何も問題にならない。むしろ問題なのは――


「仕立てて頂いた場合、お代はどのくらいになりますか? あと時間はどの程度かかるのでしょう?」


「デザインさえあれば、複雑なものでも一時間かからずにできます。当店には裁縫スキルを持っている職人がいますので。お代の方は……」


 おそらく<旅行者>でも利用できるようにという配慮なのだろうが、一時間足らずで服が仕上がるというのだから、スキルとは便利なものである。代金の方も既製品の二倍程度で、こちらも現実ではそうはいかないだろうという設定になっている。


「なるほど。では、ちょっと失礼して……」


 清歌はぶらり歩きの途中で購入したスケッチブックと鉛筆を取り出すと、サラサラと慣れた手つきでデザイン画を起こしていく。創作意欲が刺激された時のためにスケッチブックくらい持っておきたいと、画材屋を見つけた時に買っておいたのが早くも役に立った。ちなみに水彩色鉛筆や筆、インク、ペンなども調達している。


「そういえば、既製品の値段もずいぶん安いように見受けられますけれど、やはり<冒険者>用の装備ではないからなのでしょうか?」


 手は止めずに気になったことを尋ねてみると、興味深げにデザイン画を見ていた店員はその疑問に首肯してさらに補足を加えた。


「そうですね。<冒険者>の方が身に着ける装備品と、街の住人が着る普段着は基本的に別物ですので。あと、外の世界からいらした方はご存じないと思いますが、私達こちらの住人は(ジェム)という通貨単位の下に(ルビ)という単位も使っているのです。ですからGの値段表記で見ると、安く感じられるかもしれませんね」


「あ、画材屋さんの値札に小数点表示があったのは、そういう理由でしたか。……まあ、こんな感じですね。このデザインでお願いできますか?」


 描き上げたページを破り取って店員に手渡し、分かりにくいところに説明を加えて仕立てに入ってもらうことになった。


 清歌の描いたデザインは、膝丈でノースリーブの着物にフードの付いた上衣をはおるといった感じのものだ。フードの部分に襷を通してリボンに結び、後ろへ流しているのがワンポイントになっている。足元は草履ではなく、ゲーム的な聖職者が身に着けていそうなサンダルだ。


 セットで着た全体の印象は確かに和装だが、可愛らしく活動的にアレンジされたデザインは、日常動作だけでなく戦闘バトルにも支障がないよう考慮しているのだろう。履物をサンダルにしたのも同じ理由なのだが、これについては清歌の思い違いで、草履や下駄のような簡単に脱げそうな物でも、“脱ごう”という意思がなければ決して脱げることはない。


「初めて見ましたがワフクというのは、可愛らしいデザインなんですね」


「あ、お願いしたデザインはかなりアレンジしているので……、伝統的な和服とはかなり異なっていますね。本来は……」


 清歌のデザインしたものは和服をベースに、動き易くかつ多少なりとも街に溶け込めるようにとアレンジを加えたものだったので、これを由緒正しい和服と思われるのは拙かろうと、現代の一般的な和服を描いて見せた。


「なるほど、これが伝統的なデザインですか……。あのお客様? もしよろしければ仕立てのお代は結構ですので、こちらのデザイン画を頂けないでしょうか?」


「構いませんけれど……。これは私が考えたオリジナルというわけではありません。それでもよろしいのでしょうか?」


「もちろんです。このワフクというデザイン、文化は、まだこの世界にないものです。重要なのはそこなのですから」


「では、お言葉に甘えます。……時間もあるようですから、あと何点か描けそうですね」


 日本文化をほんの少し紹介しただけで、仕立てをタダにしてもらうのは少々気が引けるので、和服のジャンルからさらに何点かを描いていく。浴衣、振袖、袴と描いたところで女性ものばかりだったことに気が付き、男性向けに羽織袴や着流しなども描いてみる。ついでに和風の品物に店名を入れるなら、こういうのはどうかと“椿”の字を筆で題字っぽく書き、それをスッと引いた四本の線で四角く囲ったロゴマークも一緒に提案してみる清歌だった。


 ――しばらく後、デザイン画の余白にちょこちょこ描いていた団扇や扇、巾着ポーチ、簪、櫛、和傘などの小物と一緒にワフクがスベラギに現れ、面白がった<旅行者>により一種の和デザインブームが起きるのだが、それはまた別の話である。







「シールド展開! ……って怖っ!!」


 弥生の持つ破杖槌に半透明の膜が張られ、体高が1m以上あるイノシシ型のモンスターが勢いよく突っ込んでくる。これがリアルならば、小柄な弥生などあっさり吹っ飛ばされて大惨事となるところだが、それをしっかりと受け止めてちょっと押される程度で済むのだから、ゲームとはいえかなりミステリーな光景だ。


 ちなみに魔法の設定はデフォルトのまま変えていないので、破杖槌を構えてシールドと言うだけでちゃんと発動する。余計な展開・・を付け加えているのは、おそらくなんちゃらフィールドとやらが頭を過っているものと思われる。


「悠司、頼んだ!」「任せろ! ハンマーショット!!」


 弥生が突進を受け止めたのと同時に、後方から横に回り込むようにポジションを取った悠司がライフルのアーツを放つ。


 ドォンという音とともに放たれた光を纏う弾丸がモンスターに着弾する。ほぼ真横から加えられた、吹っ飛ばし効果のある攻撃にバランスを崩して転倒した。


「プギィィ~~」


「どっせい!」「よっしゃ! 撃て撃て、撃ちまくれぃ」


 今がチャンスとばかりに弥生がハンマーを振り下ろし、悠司も追撃の通常弾を撃ち込む。ほどなくしてHPを削り切り、モンスターは光の粒子となって消えた。


 ――どうでもいいことだが、二人とも余計な掛け声や合いの手が妙に多い。気合が入っているというよりも、VRでの本格バトルにおかしなテンションになっているようだ。黒歴史・・・になるほどのものではないが、動画に撮っておけば後で何かの取引材料にできそうな、そんな感じである。




 スベラギの町の南門から外に出ると、そこには緩やかな起伏のある広大な草原が広がっている。ところどころに灌木やアカシアっぽい樹木、そして岩山が点在するサバンナをモチーフにしたと思われるフィールドには、ノンアクティブの草食動物型モンスターが数多く生息している。


 清歌が見たら目を輝かせそうな、ヒツジの首と足を短くして毛を明るい栗色にしたようなモンスターもいて、モコモコしたそれらが暢気に草を食んでいる様子は牧歌的でゆる~い雰囲気の場所だ。凶悪なモンスターが跋扈する殺伐とした空気など、どこを探しても見当たらない。


 もっともそれはあくまでも見た目だけの事だ。どうやら罠や悪戯の類を仕掛けるのが好きそうな<ミリオンワールド>の開発陣は、ここにもきっちりトラップを仕掛けている。


 まず草食動物系モンスターはノンアクティブだが必ずしも弱いわけではなく、ひとたびちょっかいを出そうものなら、手痛いしっぺ返しを食らうことになるのだ。牙や爪はないので攻撃パターンはほぼ突進のみであるものの、直撃を受ければ駆け出しの<冒険者>などHPの半分以上を削られてしまうだろう。


 角を持っているタイプの攻撃力はそのさらに上を行き、前述の羊タイプなどは毛を針のように立てて、猛スピードで突進してくるという恐るべきモンスターなのだ。ちなみにこの羊、名前をマロンシープという。その可愛らしい名前と外見も相まって、テスターの間では“これほど酷いジョークは無い”と有名だったとか。


 さらにもう一つ罠がある。サバンナ風のフィールドで草食動物型がいるのだから、当然肉食獣型もいるのだ。個体数は少なく遭遇率は低いが、非常に高い身体能力を持ち、鋭い牙と爪による攻撃は低レベルの<冒険者>など一撃で葬り去る力がある。そして厄介なことに、肉食獣型のモンスターは総じて身を隠すのが上手く、索敵系の能力を持っていないと気づいたときは手遅れになっているケースが多いのである。


 結局、レベル1の<冒険者>がソロでまともに戦えるのは、ウサギ型とプレイリードッグ型、そしてカピバラ型くらいの小動物系モンスターだけなのである。


 では弥生たち四人は現在どこに居るのかというと、そんな草原フィールドからやや外れた位置、スベラギの南門から西南西方向に二十分ほど歩いた場所で、森の入り口といった場所を狩場にしていた。


 この場所に生息しているイノシシ型モンスターのジョストボアは、レベル的には格上でありソロで戦うのはかなり厳しい相手だ。重い体でイノシシらしい突進を食らうと、そのまま木に押し付けられてしまったり、受け止められたとしても膠着状態に陥ってしまったりと、積んでしまう可能性が高いのだ。


 しかしパーティーを組んで挑むのであれば事情が変わる。――というか、基本猪突猛進のイノシシ野郎なので、ターゲットを上手にスイッチする連携ができるという条件を満たせば、カモにすることも可能なのだ。


 ちなみにジョストボアの特徴は、額から槍のように水平に突き出た円錐状の角で、馬上槍試合ジョストの名はここからきているらしい。もっとも――


「いや~、刺さらないと分かっていても、目の前に角が迫ってくると怖いね」


「っつうか、鼻先より飛び出てない角は何のためにあるんだろうな? 角から突進しようにも水平じゃ、頭下げたら下向くし……」


 ――と、これまた微妙にネタっぽいモンスターだったりするのである。


 二人は周囲を警戒しつつ、いったん安全を確保できる草原の方へと戻り、先ほどの戦闘での消耗をポーションで回復した。<ミリオンワールド>におけるポーションは、抽出した薬効成分を結晶化させたものという設定で、外見は小さなビンの形をしている。ビンそのものがポーションなので、使ったらなくなっても不自然ではない、ということのようだ。


「やっぱ新規スタート組は、定番のウサギ狩りをやってるみたいだな」


「そだね~。カピバラ狩りかもしれないけど。テストプレイの時は最初っからパーティー組んでる人もいたみたいだけど……」


「ここまで現実そっくりだと、な~」


 余談だがプレイリードッグ型が挙げられなかったのは、低レベルモンスターの中でも特に臆病ですぐに穴の中に逃げ込んでしまうので、気配を消す類の能力がないと倒すのが難しいためである。そしてその能力を使えるころには、狙う理由がなくなっているという<冒険者>にとっては存在価値が微妙なモンスターなのだ。


「……フルダイブVRの弊害ってところかしらね」


「あ、おかえり~」「無事だったか。おか~」


 絵梨と聡一郎のコンビも戦闘が一段落したのか、弥生たちの休憩しているポイントへ合流してきた。


 <ミリオンワールド>はあくまでも現実の延長線上であるという理念のもと、プレイヤーは現実と同じ外見と実名を使っているために、確かに一般的なオンラインゲームよりも、見知らぬ人とパーティーを組む心理的ハードルは高い。しかしそれではいつまでたってもボッチプレイしかできない、などということになりかねないので、ニックネームを設定する機能はちゃんと存在している。


 しかしそれでもなお、<ミリオンワールド>では野良パーティーを組むのは難しい。特にまだVRに慣れていない序盤の頃は。


「名前はニックネームをつければ問題ないし、外見も多少は手を加えられる。それほど躊躇することはないと思うが?」


「あ~、まぁ聡一郎はそうかもね。あとたぶん清歌も全然気にしなさそう」


「言えてる。確かに清歌さんならきっとそうだろうな」


「???」


「フフッ、まあソーイチには分かりにくい感覚でしょうねぇ。……要するに、リアルすぎるこの世界・・で、ビビらないでちゃんと戦えるように訓練しとかないと、パーティーは組めないなってとこね」


「私らはさ~、友達同士で気心も知れてるじゃない? だから最初っからテンション上げて、ちょっとくらいの恐怖なんてノリと勢いでぶっ飛ばせるけどね」


「初対面の他人とじゃ、そう上手くいかんわな。たぶん」


「ふむ……なるほど。確かに」


「ソーイチ、ホントにわかってるの?」


「正直よく分からない感覚もあるが、足手まといになりたくないというのは俺にもわかる。それに……」


 聡一郎は腕を組んで今日これまでの戦闘を思い出しながら先を続けた。


「後衛が悠司や絵梨だからこそ連携も取れるが、これが初対面の相手ではそう上手くはいかんだろう。ココで自分がどれだけ動けるのかを理解できてない序盤ならばなおさらだ」


「私らはチュートリアルから一緒だしね」「そね」「恵まれてるわな」


 四人はグループで参加できたアドバンテージを再認識しつつ、それを最大限活かすためにもう少しイノシシ狩りを続けてから町へ戻ることにするのであった。







 真新しい装束に身を包んだ清歌は、ちょこちょこ買い物を挟みつつメインストリートを南下し、ついにぶらり旅の終点である南門に到着した。門の外に広がるサバンナのような風景に好奇心を刺激されつつも、そろそろ弥生たちと約束していた時間が近づいているので、ここはぐっと抑えることにする。――紙装甲どころか装備的には裸であることなど全く気にしていないようだ。


 さて待ち合わせ場所は――と思ったところで、はたと気が付く。そういえば合流する時になったら連絡をしてもらう約束で、場所は指定していなかったと。


 <冒険者ジェム>には限定的な転移魔法の機能が搭載されていて、転移可能なポイントは最後に通過した門と、町中にある記録済みの<ポータルゲート>、そして拠点登録した場所となる。清歌の場合だと今のところは中央広場と、メインストリートの中間地点にある広場の<ポータルゲート>のみということになる。便利な機能なだけにちょっとした使用制限があり、ダンジョンからの脱出に使用すると、<ミリオンワールド>内で三時間、ダンジョン内では使用不能になる。


 弥生たちは戦利品の換金を行うと話していたから、そのお金でポーション類の調達もするつもりだろう。それならばおそらく、周囲に<冒険者>向けの店があったメインストリートの広場で待ち合わせの可能性が高いはずだ。


 そう考えた清歌は、ついでに転移ポイントを確保しておくために数歩だけ南門を出てから、転移魔法を発動させた。




 メインストリートの広場は<ポータルゲート>を中心にした円形で、中央広場を縮小したイメージで間違いない。


 広場の周囲に設置されているパラソル付きテーブルの一つを確保した清歌は、連絡待ちの時間を利用して<ダイアローグジェム>にあれこれ質問しながら、様々なカスタマイズ機能を試していた。


 そこへ弥生からの連絡が入って来た。余談だがこの通話機能、グループメンバー全員で会話できるグループチャットモードもあるのだが、今のところ出番がない宝の持ち腐れとなっている。


『もしもし清歌? 一息入れようと思ってるんだけど、今大丈夫かな?』


「はい、私の方はいつでも。どこで落ち合いましょうか? 今はメインストリートの広場ですけれど、南門も記録しておきましたので、どのポイントでも大丈夫ですよ?」


『お~、さすが! あ、でもちょうどその広場でって思ってたから、清歌は動かないでいいよ~。じゃ、ちょっと待っててね』


「はい。お待ちしています」


 少しして清歌と合流した四人は、まず別れた時とまるで違う装備――装備だとこの時点では思っていた――に替わっていたことにかなり驚いた。序盤は戦闘が厳しく、戦利品を換金してもそのほとんどは消耗品代に消えてしまうので、装備品の新調に回す余裕などないのだ。


 しかし、そういったゲーム的な驚きとは別のベクトルでも驚きがあったのもまた事実で――


「清歌、どうしたのその装備!? すっっっごくかわいいよ~、似合ってる!」


「確かに可愛いわねぇ~、良く似合ってるし。でも、和風デザインの装備なんてあったかしら?」


「(確かにカワイイ……これは紛れもない正義!!)正式稼働で実装された……のかも?」


「(何か妙な間があったが……)さてどうだろう。……いやしかし、資金がないのではないか?」


「あ、これは装備ではありません。ですから、今の私は装備的には何も身に着けていない状態です(ニッコリ☆)」


「……まぁ可愛いし」「そね、似合ってるし」「つまり正義だ!」「む、むぅ……」


 一人おかしなことを言っている者もいるようだが、概ねスムーズに状況を受け入れることができたようだ。清歌が弥生ファミリーに染まってきているのと同様、四人の方も清歌の破天荒さに慣らされてきているようだ。


 もっとも自身のデザインで仕立ててもらい、さらに和服のデザイン画と交換に代金をタダにしてもらったなどの経緯については流石に予想外で、しばらくテーブルに突っ伏することになる弥生たちであった。


「ま~、なんというか……清歌も楽しんでいるようで何よりだよ。うん!」


「はい、とっても楽しんでいます! 皆さんの方はどうなのでしょう?」


「こっちもおおむね順調。VRでの戦闘バトルにもどうにか慣れてきたわ」


「うむ。連携もかなりスムーズになって来たな」


「生産に手を付けるのは、レベル10まで上げてからの方が楽だから、そっちの方はまだ先の話だな」


「悠司ってば、そりゃ気が早いでしょ。……でもレベル5までは順調に来れたけど、ここからはちょい時間っていうか、手間がかかるんだよね」


 弥生たちはスタート直後のあれこれで若干出遅れていたものの、現在はほぼ全てのソロプレイヤーを追い抜いている。これは言うまでもなくイノシシ狩りの成果なわけだが、おそらく次のレベルからイノシシを狩って得られる経験値の格上ボーナスが急激に減少するのだ。


 そして特にこれといって、次のカモが存在しないのである。効率が下がるのを承知で楽な現在のイノシシ狩りを続けるか、不意打ちの危険性や戦いにくさを覚悟して、森の中にいる若干レベルの高いイノシシを狩りに行くか――ほかにもいくつかプランはあるが、いずれにしても特に効率がいいというものがないのである。


「まあ、消耗品にかかる費用は減るから、この時期お金は多少貯まるんだよね」


「確かに金策の時期って考えれば、効率の悪さもあまり気にならなくなる……かもね。ま、こっちはそんな感じの予定だけど、清歌はどうするの?」


「そうですね……。メインストリートは一通り見ましたので、別の大通りに行く前にちょっと横道を開拓してみようかと」


 ついでに何か街中でお金を稼ぐ方法がないかを探すつもりでいる。前線で冒険をしている弥生たちを、なにかバックアップできないかと思ってのことだ。ただ、全くのノープランであり、口にすると気を使わせてしまいそうなので、あえて黙っていることにしていた。


「あ、そうでした。私が持っていても意味がないので、消耗品の類をお預けしておきます」


「え? ありがたいけど、いいの?」


「はい。私が持っていても、当面は使う機会がありませんので」


 そう言いつつ清歌はさりげなく袖の中(・・・)から一枚の和紙を取り出して広げた。実は消耗品ウィンドウだったそれを操作して、アイテム譲渡の手続きを始めた。


「へ!? ソレ何?」「ちょっ、今のって?」「なぬ!」「……なにが起きた?」


 驚く四人の反応に清歌の方も目をパチクリとさせる。清歌からしてみると、システムのカスタマイズ機能は、テストプレイヤーだった弥生たちの方が詳しいと思っていたのだ。


「あ、これはカスタマイズ機能を使って、新しい服に合わせてあれこれいじってみた結果です。手品みたいなことができて面白いですよ(ニッコリ☆)」


 清歌は袖の中から<冒険者ジェム>や、スケッチブックなどを取り出して見せる。むろんこれはそのように見えるだけで、袖に手を入れて出すという動作と思考スイッチの組み合わせでアイテムを出現させているだけである。


 この場合、カスタマイズを思いついて使いこなしている清歌がすごいのか、それともそんな設定ができるようにシステムが構築されていることがすごいのか、微妙に悩むところである。


 そんな益体もないことを考えつつ、アイテムを受け取った弥生は決意を新たにする。


「なんていうか、清歌に比べれば、私らはまだまだ<ミリオンワールド>を楽しめてないんじゃないかな~って思うよ。うん、もっと気合を入れて楽しまなきゃ!」


「そうね、効率なんてどうでもいいわね。まぁ、気合は別にして」


「どうも、ゲーマー思考になっちまうからなぁ~。いかんいかん」


「うむ。俺たちも遊び心を忘れないように、だな」





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