#12―10
昔昔あるところに――というほど昔のことではなく、つい二~三百年ほど前の事、この群島一帯では、いくつかの人間ではない種族が生活を営んでいたのだそうだ。
ちなみに年代に百年もの幅があるのは、情報提供者である龍人族が長命の種族である為に、時間の感覚が人間の尺度とは異なるからである。なんでも一定の時間を過ぎると、全て“だいぶ前の事”で片づけられてしまうそうな。
さて、その龍人族は当時から群島に棲んでいる種族であり、他には魚に手足の生えているいわゆるギルマン種や、両腕が翼になっているハーピー種、植物的な特徴をもつアルラウネ種など、様々な種族がいた。どの種族も比較的少数であり、それぞれの生活圏を脅かさないようにしつつ、助け合えるところは助け合って、上手く共存して暮らしていたのである。
そんな平和な群島に海賊という招かれざる客が訪れる。彼らと直接話したわけでは無いので正確なところは不明だが、どうやらここに棲んでいる種族が何やら海のお宝を隠し持っていると思っていたようだ。
もっともそれは海賊の単なる思い込みで、龍人族たちはお宝と言えるようなものをそれほど持ってはいなかった。もちろん真珠や宝石珊瑚や、島で採取できる貴重な素材などはあったのだが、量としてはささやかなものだ。嫌な例えになるが、海賊が獲物とするならば適当な海沿いの町でも狙った方がよっぽど効率的である。
動機が勘違いであるにせよ、攻めて来た相手には対処せざるを得ない。龍人族たちは緩く連携しつつ、基本的には海賊を追い払うという方針で行動を開始した。割とおざなりな対応なのは、徹底抗戦やら相手を殲滅やら考える好戦的な種族がいなかったというのと、そもそも守るべきお宝などなかったからである。
しかし地の利があり、種族の特徴を生かして戦う彼らは思いのほか強く、海賊は撤退を余儀なくされる。そしてこれが皮肉にも次の襲撃の呼び水となってしまったらしい。つまり単なる与太話だったお宝の話が、この出来事により信憑性が増してしまったのである。
大船団となった海賊――あくまで見かけ上の話で連携していたわけではない――に対し、当初龍人族たちはゲリラ戦を仕掛けて対応していた。とはいえ海賊船一隻ならともかく、船団全てを撃退するのは無理とは言わないがかなり面倒臭い。なので龍人族たちは早々に戦いを放棄して引き籠り、彼らが去るのをのんびり待つことにした。重ねて言うが、そもそも好戦的な種族ではないのである。
想定していた反撃があっさりと終わり拍子抜けした海賊たちは、島々を巡ってお宝を探した。が、当然そんなモノは最初から在りはしない。落胆した海賊たちは、結局ガセネタだったのかと悪態をつきながら群島を後した。
――となれば話は丸く収まったのだが、残念ながらそうはならなかった。どうやらこの群島は自分たちの根城にするのに丁度いいと思ったようで、拠点を作り始めてしまったのである。
予想外の事態に困惑した龍人族たちではあったが、そもそも人間とは生活圏が異なる種族ばかりなので、干渉しないようにしていればさほど問題は無い。彼らはこの群島に棲む人間には、自分たちのテリトリーや狩り場(漁場)などには近づきたくなくなるような認識阻害の魔法――詳しく聞くと、どうも呪いのようなものらしい――を掛けると、自分たちの生活に戻った。
拠点となる島、すなわち領土を手に入れた海賊たちは、やがて海賊家業から足を洗い、漁業と交易で生計を立てるようになり現在に至るという。
要するに、海賊側がそう認識していたかはともかく、これは移民とネイティブの対立の話なのだ。割と平和的に終わった対立だが無論弊害もあり、住み着いた海賊たちを気にしている内に、龍人族たちネイティブ種族間の交流が少なくなってしまったようである。
中央島の中央。大枝垂れ桜の南、幹から少し離れた場所に集まったマーチトイボックスを始めとする三チームは、リシアから語られるネイティブサイドの歴史を聞いていた。
ちなみにリシアたち龍人族は地上に出たら息ができなくなって死ぬとか、肌が乾燥すると死ぬとかいうことは無いが、基本的に水棲種族であるために水の中の方が居心地がいい。というわけで、今は金魚鉢を巨大化させたような丸い水槽に浸かり、へりに手をかけ胸から上を水面に出して話をしている。
これは余談だが、リシアと対面した時、天都やオネェさんらは初めて見る現実では有り得ない人魚っぽくしかも小さなその姿を見て、やたらとテンションが上がってしばらくの間ちやほやし、歴史の話を始めるまでにだいぶ時間がかかっていた。
「う~ん、天都さんたちから聞いた人間サイドの話とは大分違うよね?」
「そね。ま、歴史なんて時間が経つほどに捻じ曲がって伝えられるものだから、そんなものじゃない」
弥生のもっともな疑問を絵梨がバッサリ切り捨てた。今回の場合問題なのは、どちら側の話がより真実に近いのか、ということなのだが――
「どっちの話に信憑性があるかっていうと、当時を知る人がまだちゃんと生きてる龍人族側の方よね」
「そおねぇ……。それに自分たちが海賊の末裔で、お宝探しに来てネイティブを追い出してそこに居ついた、なんてあんまり外聞のいい話じゃないし。イイ感じに子供に伝えている内に、今みたいな感じになったってことなんでしょ」
人間サイドの補足をしたオネェさんが、小声で「っていう設定ってことね」とメタなことを言って、周囲の笑いを誘った。
この群島のバックボーンとなる物語は、これで大凡把握できたと言っていいだろう。ただそういった歴史よりも彼女たちにとって重要なのは、この大枝垂れ桜がなんであるかということと、花を咲かせる方法である。
「この島は種族間の交流が盛んだった頃、お祭りや重要な会合をしていた場所だったんです。聖地……という程ではありませんが、大切な場所だったという話です」
それこそ二~三百年前のことなので、当然リシアもそのお祭りを体験したことは無い。というか、この中央島に来たのも初めての事なのだ。
お祭りは大体十年おきくらいに行われるもので、咲き誇る大枝垂れ桜の下に群島に棲む種族全てが集まり、大いに飲み食いし、歌い踊り、大騒ぎをするのだそうだ。話を聞いた限りでは正しくお花見であり、即ち今回のイベントは過去の祭りを再現することで成功となるのだろう。
もしかすると首尾よくイベントを成功に導ければ、他の種族たちも集まって一緒に花見をすることになるかもしれない。それはそれでファンタジー世界の花見っぽくて、面白そうである。
なお重要な会合というのは、お祭りよりもさらに長~い間隔を空けて開かれていたとのこと。それこそ海賊が襲ってくるような緊急事態でもない限り、大概の事はお祭りの場で話して済ませていたのである。
「しかし、肝心の桜がこれではな……」
「一分咲きどころか、開花宣言も出来ないわな。っつーか、一見すると枯れてるようにも見えるんだが……」
上を見上げると、ぶっとい幹から四方八方に枝が伸び、まるで雨が降り注ぐように地上に向けて垂れている。枝ぶりは見事だが一粒の蕾すら見当たらない。悠司の感想ももっともな有様だ。
「大丈夫です、枯れてませんよ。……と言いますか、この木は植物というよりも魔法生物に近いので、生きていると言った方がいいですね。普段は深く張った根から魔力を集め、自分の生命とダンジョンの維持をしているので、花を咲かす余力はないらしいです」
リシアの説明にオネェさんが片眉を上げる。
「ダンジョン? それって私たちが通って来たあの洞窟の事かしら?」
オネェさんが首をぐるっと回して自分たちが通って来たダンジョンの出口がある方に視線を向けると、リシアは頷いた。それだけでなく、驚くべき事実を付け加えた。
「はい。それもそうですが……、この場所全体がダンジョンの中ですよ?」
「「「ええーー!?」」」
ダンジョンと言えば地下迷宮に代表される屋内のイメージが強いが、しかしフィールド型のダンジョンというのも存在する。マーチトイボックスが最初にアタックしたのも、そのタイプに近いものと言える。中央島のカルデラ内部全体がダンジョンというのも、そうおかしな話ではない。
明かされた事実に驚きの声を上げる冒険者たちがいる一方で、ダンジョンだったということに得心した者もいる。
「あ~、稜線から見た時、なんか違和感があったのはその所為だったのかー」
「海岸から見た山の大きさと、カルデラのスケール感に差があって変な感じがしたんだね、きっと」
山を登り、全体像を稜線から見渡したサクラ組のメンバーは、心の片隅に引っかかるものを感じていたようだ。
ちなみに清歌も、海上から見ていた山の大きさに対してカルデラ内の空間が広すぎるのではないかと感じていたのだが、まあ魔法とかの不思議な力で空間が歪んでいるといったところなのだろうと、アッサリ流していたのである。
「ダンジョンだったっていうのは驚いたけど、その話は置いておくとして……。桜を咲かせる手段はあるっていうことだよね?」
「はい。……ただ、詳しいやり方は私も聞いていないんです」
リシアの言葉に、まさかここまで来て肝心な部分はお預けなんて――と、冒険者一同が一瞬愕然とする。
「この場に咲かせ方を記したものがあるとは聞いているんですけど……」
「「「……はぁ~っ」」」
全員揃って思わず安堵の溜息を吐いた。
そういうことなら話は早い。早速全員で花の咲かせ方マニュアルの捜索を開始する。怪しいのは桜の木の根元付近であろう。――というか他にランドマークとなるものは無いし、この場所以外にあるとは考えられない。これで何の脈絡も無い草原のどこかに、ポツンと草に埋もれた石板などあった暁には、イベントをクリアさせる気があるのかと開発を厳しく追及すべきであろう。
ただ木の根元と一口に言っても枝垂れ桜の木はすさまじい大きさなので、この周囲全体を探すのはかなり骨の折れる作業だ。なにしろ根っこの地上に出ている部分だけでも、幹の傍では二階建ての家の屋根よりも高いのである。
根っこの表面は苔むしていることもあり、すぐ近くまで寄ってしまうと、もはや小山にしか見えない。幹に至っては聳え立つ巨大な壁である。余りに大きすぎる為に、ある程度離れないとこれが木だと分からないのである。
さてマーチトイボックスは、そんな根と根に挟まれたデルタ地帯の一つを捜索していた。基本方針としてデルタ地帯の一つを一パーティーで捜索し、何も見つからなければ時計回りに――幹の方を向いて左手方向――に移動して続行するのである。
一通り見て回ったもののお目当てのものは見つからず、全員で根っこを乗り越えて、隣のエリアに移動する。ちなみに清歌と聡一郎と悠司はハイジャンプとエアリアルステップを駆使して、残る四人は空飛ぶ毛布に乗って根っこ越えをしている。
「なんつーかこう……、開発の底意地の悪さが垣間見えてるような気がするんだが……どうかね?」
呆れたような、うんざりしたような口調で誰にともなしに悠司が問いかけると、全員が乾いた笑いを漏らした。
「え~、そんな今更なこと言わないでよ~」
「ま、ソレは周知の事実だから、今更と言えば確かに今更の話よねぇ」
「……しかし、ぼやきたくなる気持ちは分かる。それらしいものが沢山あるからな」
「そうですねー。あ、また怪しいもの発見! したけど……」
「……残念! これはただの石っていうかテーブル……かなぁ?」
マニュアルと言ってもファンタジーな世界観なのだから、恐らく石板とか宝玉っぽいモノとかのはずだ。そしてこの辺り一帯には苔むした石や、背の高い雑草が固まって生えている部分など、いかにもそれらしいものが隠されていそうな雰囲気を醸し出している箇所があちこちに散らばっている。
設定的に二~三百年もの間放置されていたのだから、荒れ放題になっているというのは理解できる。かつて祭りや会合が開かれていたのなら、テーブル代わりにしていた石や、置きっぱなしになっていた道具類が放置されていたというのも、まあ納得できる話だ。
しかしそれらの中からマニュアルを探し出すというのは、かなり骨の折れる作業である。これがもしマーチトイボックスだけで来たのならば、骨ではなく心が折れてしまっていたことだろう。
「これは最初から人海戦術で探すことが前提なのかもしれないわね……」
「なるほどな……。顔見知りが同じ島からスタートして、チームを合流しやすくしていたのもその布石ってことか」
「だとすると、花を咲かせる方法っていうのも、かなりの人数が必要になる可能性が高いのかしら?」
「……オネェさんのチームがいてくれて良かったな。俺らだけじゃ対処できなかったかもしれん」
マーチトイボックスというギルドは少数精鋭と言えば聞こえはいいが、要するに身内で固まって<ミリオンワールド>を楽しんでいるグループである。露店をやっていたおかげで、他のプレイヤーとの交流もそれなりにあるものの、フレンド登録している数は平均から見てもかなり少ない。
従って他のプレイヤーに呼びかけて数を動員して対処するようなイベントには、はっきりいって向いていない。顔の広いオネェさんのような人にリーダーを任せて、末端で働くタイプなのである。
にも拘らず実際の行動としては、いつの間にやらイベントの最前線とも言える場所に来ているのだから、相変わらず我が道を行っているというかなんというか。
さておき、このデルタ地帯も目ぼしいものは大体確かめただろうか。弥生は屈んでいた体を伸ばして、周囲をぐるっと見渡した。すると、何やら不思議そうに顔を上に向けている清歌の姿が目に入った。
「どうしたの、清歌? こういう時、清歌の目は頼りになるんだから、さぼっちゃダメだよ~」
「あ、申し訳ありません。ちょっと、不思議だなと思いまして」
花もなければ葉も無いが、見上げれば木の枝が縦横無尽に広がっている。これだけ枝があると、清歌たちの居る辺りなどはもっと暗くなってもいい筈なのだが、普通に明るい日差しが届いている。しかし見上げると木の枝はちゃんとあるのだ。
3Dグラフィックスのアプリケーションにも触れたことのある清歌は、恐らく“影を落とさない”設定にしたオブジェクトの下に実際に入ると、こんな感じなのだろうなと理解はしていた。ただ実際目の当たりにすると、何とも不思議な感じであった。
「あ~、言われてみれば普通に明るいよね、ココ。でも枝の向こうが透けて見える……わけじゃないんだ」
弥生も清歌のように上を見上げる。
「それにしてもおっきな桜の木だね~……」
「ええ、そうですね~……」
のほほんと和んでしまう二人であった。
が、今は大事な任務中である。気分転換くらいは問題無いが、いつまでもぼんやりとしていてはギルマスとして示しが付かない。
マニュアル捜索に戻るべく視線を下ろす――その途中のこと、弥生の視界に何か引っかかるものが入った。
一体何に引っかかったのかと違和感の原因を探ると、壁にしか見えない木の幹に洞がぽっかり空いているのを発見した。高さは地上から三十メートル程だろうか? 比較の対象が無いのでイマイチスケールが掴めないが、一般的なドアくらいの大きさはありそうである。
「みんな~、ちょっと手を止めてアレ見て、アレ!」
弥生の呼びかけにメンバー一同が彼女の指さす方に目を向けると、幹の大きさとの対比で妙に小さく見える洞をすぐに発見した。
「な~んか、怪しいと思わない?」
「「「……怪しい」」」
意見の一致を見たところで、清歌が雪苺のエイリアスを偵察に飛ばして中の様子を映像に映し出す。そこにはやや苔むした小さな祭壇らしきものと、その上に乗る透明な球体があった。
いかにもRPGに出てきそうなスイッチ的代物だ。これがマニュアルかどうかは分からないが、何らかのトリガーなのは間違いない――はずだ。
相談の上、洞には弥生と清歌が入り――何かあったときに飛び降りる場合、清歌がいると安心だからである――他のメンバーは外で待機となる。ちなみに中の様子は、バッチリ雪苺で生放送している。
オネェさんらにも洞の中に入ってスイッチらしきものを操作すると伝え、念の為に全員に木から少し離れて貰い、準備は整った。
洞は高さが二メートル程、横幅は一メートル弱、奥行きは三メートル程で、空飛ぶ毛布に乗って中に入るとすぐに祭壇が目に入る。注意しながら足を進め、祭壇のすぐ傍まで近寄った。
二人はアイコンタクトを取って頷くと、弥生が透明な球体に手を伸ばした。
ぴとり、と球体に触れると同時に結構大きくMPを持っていかれる。次の瞬間、球体は綺麗な桜色の光を放ち始めた。それと同時に苔むしていた祭壇や洞の内部が綺麗に、恐らくはかつての姿へと戻って行った。
「清歌!」「はい、弥生さん。ヒナ、お願い!」「ナッ!」
清歌と弥生は空飛ぶ毛布に屈むように乗り込むと、文字通り洞の中から飛び出した。
二人が振り返ると、洞から溢れ出した淡い光が大枝垂れ桜を、まさに今生まれ変わらせているところだった。枯れ木のようにくすんで見えた幹には瑞々しさが戻り、へばりついていた苔が綺麗さっぱり消え去り、やがて枝の先にまで光が伝わると無数の蕾も現れた。
光りが収まり、本来の姿へと戻った大枝垂れ桜はとても力強く、どこか神々しさすら感じる威容であった。枝についた蕾にはまだほんのりと光が残っており、今でさえ綺麗なのに、これが全て咲いたら一体どんな景色になるのか想像もつかない。このイベントは是が非でも成功させなければと決意する冒険者達であった。
「ハイハァ~イ、みんな注目~! な~んか、こっちにさっきまで無かったポータルが現れてるわよ!」
オネェさんがパンパンと手を叩いて、呆然と気を見上げていた冒険者たちに次の行動を促す。
大枝垂れ桜の真南、地上に出ている根っこの先を繋いだ円周に接する位置に、泉とスベラギの中央広場にあるような大きなポータルが出現していたのだ。
大枝垂れ桜がこれで目覚めたのだとすれば、それと同時に現れたポータルにも意味があるはずだ。というか、これこそがマニュアルであるに違いない。もしこれも違っていたら暴動が起きるレベルである。
オネェさんの――というかここに居るメンバー全員の――予想通り、ポータルへ近づくと自動的にウィンドウが開き、大枝垂れ桜に関する情報が記載されていた。要約すると――
大枝垂れ桜は長年使用されていなかったことから自動的に休眠状態になっており、制御ジェムに魔力が注入されたことで先ほど再起動された。
大枝垂れ桜には既に蕾が付き、祭りを行う準備は整っている。
花を咲かせるには群島に点在する魔力収集装置を起動し、この島に送る必要がある。装置の位置はマップを参照のこと。なお、このポータルに接触した者のマップにはその位置情報が表示されるようになる。
魔力収集装置は全てを起動させると巨大な魔法陣が現れ、これにより魔力が送られるようになっている。但し、一定時間――現実で四十八時間――経過しても魔法陣が形成されなかった場合、装置は自動的に休眠状態に戻る。
このポータルに接触した者は、群島にあるすべてのポータルに転移が可能になる。また船を所持している場合は、所有チームのリーダーが転移すると同時に、船もその島の港に転移する。
魔法陣を起動させ花を咲かせることに成功すると、現実で一週間咲き続ける。
――とまあ、こんな感じであった。
「ん~、つまり手分けして、その魔力収集装置とやらをほぼ同時に起動させなきゃいけないってわけね。問題は……」
「装置の数がけっこう多いニャ!」
オネェさんとニャーさんが群島のマップを開いて悩ましげに溜息を吐いた。ポータルに触れたことによるアップデートでイベントの進行状況、即ち装置の起動数を確認できるようになっていた。
現在の表示は4/24となっている。二十四個という総数は一見それほど無茶な数では無いように思えるが、ポータルの無い島や定期船の通っていない無人島にも装置は設置されており、移動の時間を考慮すると、今ここに居る三チームで全てを起動させるのはかなり厳しい数と言えよう。
「っていうか、この魔力収集装置って……」
「サンプルの画像だと石積みが崩れてないけど、やっぱりアレだよね?」
「あら、トイボックスさんには何か心当たりがあるのかしら?」
「ええ、まあ。実はここに来る前に立ち寄った無人島で、この装置を起動させてしまったんですよ。ただ光るだけで何も起こらないんで、妙なモノがあるなとは思ってたんですが……」
絵梨の説明に、オネェさんが目をキュピーンと光らせた。
「ということは……よ? 掲示板とかチャットとかで呼び掛ければ、まだここに来てない人にも手伝ってもらう事ができるってことじゃない!」
確かにマーチトイボックスが装置を起動させられたのだから、ここを訪れていなくとも装置は起動できるということになる。オネェさんの顔の広さと知名度を最大限に活用すれば、他のチームと連携して装置を起動させることも容易いだろう。
これでイベント成功の目途は立った! と多くの者が沸き立つ中、天都が控えめに手を挙げていた。――が、しばらく誰にも気づかれなかったために、その手を田村がガッと掴み高く挙げると、「はいはーい!」と声を上げた。
「えーっと、ですね。私たちが港とかで集めた情報によりますと……」
田村は表示させたマップに、二か所指で円を描いた。両方とも円の中に装置のマーカーがある。
「このあたりと……、このあたりに幽霊船が出るという話があるそうです。もしかしたら、他の場所にもそういう事があるのかもしれません」
実はこの情報を聞いた時、サクラ組の四人はさほど重要視していなかった。というのもこのイベントは中央島というゴールに辿り着ければいいわけで、仮に幽霊船が出たところで迂回すれば問題は無い。戦って勝てればボーナスが貰えるという、無人島などと同じサブイベントの類だと思っていたからだ。
しかし今や状況は変わっている。魔力収集装置のある島に上陸するのを妨害するように幽霊船や巨大海棲魔物が現れるというなら、それを排除する、または引き付けておいて別動隊で上陸するなど策を講じる必要がある。
ホウダイザメとの戦闘を経験し、海棲魔物との戦闘が厄介なものであることを知るオネェさんらが渋い表情でマップを見つめている。
「……とにかく、私たちはこれで何処のポータルにも転移できるようになったわけですから、まずは装置のある島をチェックして回りませんか? 普通に上陸できればそれでいいし、ボスが現れるようなら対応策を考えるってことで」
「同時に掲示板での呼びかけもしておいた方が良いでしょうね。協力してくれるチームは多いに越したことは無いし」
敢えて明るい声で前向きな提案をする弥生に、オネェさんは「それもそうよね」と同意すると、両手で頬をパチンと叩いて喝を入れる。
「それじゃあ、前と同じように掲示板での呼びかけは私の方からしておくわね。あとはまあ、適当に分担して装置の島を巡っていきましょうか!」
「えーっと申し訳ないんですが、私たちは船が無いのであまり役立て無さそうなんですけど……」
「あら、そんなことないわよ。サクラ組さんは情報収集をお願いしたいの。さっきの幽霊船の話なんて私たちは知らなかったし、NPCの情報はかなり重要そうだものね」
「なるほど。それじゃあ、ここに来るまでに立ち寄った島とは逆の方から聞き込みをしてみます」
「うん。よろしく頼むわね。他に何か意見は?」
オネェさんがポータル周辺に集まった全員の顔を見渡す。特に異論は無いようだ。
「……よし。じゃあ、みんな~、ここからがイベントの本番よ! 気合を入れて行きましょ~!」
「「「おー!!」」」
一同がそれぞれ手を高く突き上げ、大きな声を上げる。
こうしてお花見イベントは後半に向けて大きく動き出したのであった。