#12―09
もはや言うまでも無いことながら、百櫻坂高校はイベントが大好きな学校である。それは単なる校風であるだけでなく、カリキュラムや授業のスケジュールにまで食い込んでおり、一般的な高校では試験休みとなる期間でも普通に授業があったりする。
そんなわけで期末試験のあった週の土曜日も、百櫻坂の生徒たちはいつも通り登校しているのだ。
とはいえ、試験が終わった後の消化試合とでも言うべきこの時期、授業に身が入らなくなるのはある意味当然である。なので、この時期の授業は試験の答え合わせや復習だったり、質問を受け付ける為&お目付け役として教師がいるだけの自習そのものだったり、時には教師が体験談という名の武勇伝を披露する時間だったりする。
折しも春の足音が聞こえてくるこの時期、学校全体がゆる~い空気に包まれるのである。
さて、いくら百櫻坂高校と言えど、年度末に開催されるイベントは流石に無いだろう――かと思いきや、どっこいそんなことは無い。終業式が終わった後の話になるが、最後のGIイベントである花見大会が控えて居るのだ。
ただこの花見大会は一応GIイベントとカテゴライズされてはいるが、体育祭や文化祭といった他のイベントとは少々性質が異なる。このイベントは百櫻坂高校だけで開催されるものではなく、近隣の地域全体で開かれるお祭りなのだ。当日はこの地域の桜並木などがお祭りの会場となり、数多くの屋台などが出店され、参加者は好きな場所でお花見をしたり食べ歩きをしたりできるのである。
では百櫻坂高校単体として開かれるイベントは無いのか? というと、これもまたちゃんとある。というか、試験が終わった後の百櫻坂高校は常にイベントが開催されている状態なのだ。
この時期、ゆる~い校内の雰囲気もあり、多少奇妙なモノが目についても目くじらを立てる教師はほぼほぼいない。それを逆手に取った偉大なる先輩(実行委員会談)がゲリラ的に校内のあちこちに作品を展示し、それがいつの間にやら恒例行事と化してしまったのである。
このゲリラ展示は数年経った頃、内容がエスカレートして教師や生徒会から待ったがかかることを危惧した生徒有志が実行委員会を作り、正式なイベントとなった。ただ実行委員会と言っても他のそれとは異なり、彼らはイベントを主導するわけでは無く、規定づくりと違反展示物の撤去を行うのみである。
つまり作品の展示はあくまでもゲリラ的なものなので、毎日意外な場所で意外なものが見られ、予め出し物が決まっている文化祭などとはまた違った面白さがあるイベントなのだ。
しかしながら規定があると破りたくなる天邪鬼な者はどこにでもいるもので、またそもそも「規定なんぞくそくらえだ!」という精神で創作する者もいるので、規定外の展示が結構――いやかなり多く、実行委員は校内を東奔西走することになる。ある意味、実行委員が摘発するからこそ、その目を掻い潜って規定違反の展示をするということに価値を見出す者もいるとも言えるのだが、深刻な対立ではなく、むしろ双方ともにこの対決を楽しんでいるのである。
また言い換えると、規定違反の作品は撤去されるまでの短い時間しか観ることができないということにもなるので、これらの情報を集め積極的に追いかける生徒もまた存在する。このように百櫻坂の生徒たちは、それぞれの立場ならではの形でイベントを楽しむのである。
そんな土曜日の朝のこと、登校した弥生は最初の階段を上ったところでギョッとして思わず足を止めてしまった。なお幸い後ろに誰もいなかった為に、追突事故は起きていない。
弥生の目に飛び込んで来た物、それは外から踊り場の窓の一つを開けて、今にも校舎内に侵入しようとしている大きな怪物らしきものの姿であった。
無論これは作品であり、しかもまだこのゲリラ展示に慣れていない弥生にも見た瞬間に規定違反と分かる代物であった。
まずサイズが大きい。立体物は教室の教卓の上に乗せられる程度までとなっているのだが、これは明らかにそれよりも大きい。次に展示場所。校舎の外にへばりつくように展示するのは許可されていない。そして展示の仕方にも問題がある。窓やドアなど学校施設を動かせなくなるような展示はアウトなのだ。
クラス委員として目を通していた展示の規定と照らし合わせつつ、これは昼休みには間違いなく撤去されるだろうなと考えつつ、弥生は踊り場まで歩みを進めた。ちなみに規定違反の展示物は基本的に即撤去されるのだが、ここまで大きいと撤去にも時間がかかりそうなので、昼休みまでは放置になるだろうという推測である。或いは、それも計算に入れての事なのかもしれない。
それにしても――と、弥生は怪物を改めて見上げる。
規定違反であることはこの際脇に置いておくと、なかなか面白いアイディアの作品である。
恐らくはオリジナルであろう――弥生は見たことがなかった――キャラクターが、怒りの形相で校舎内を睨み窓に手をかけているポーズは、さながら怪獣映画のワンシーンのようだ。しかもこの階段は昇降口とは反対側にあるので登校時にこの作品が目に入ることはなく、階段に登って初めてこれを目にすることになるのだ。予め校舎にへばりついている怪物の姿を見ていては驚きも半減だろうから、その意味でも良く考えられている。
(凄い作品なのかもしれないんだけど……。う~ん……これはなぁ~)
「こりゃ、キモいな」「うわぁ、不気味ねぇ」「うむ。薄気味悪いな」
ビミョ~な表情で作品を見上げていると、いつの間にやら来ていた清歌を除くいつものメンバーが、きわめて率直かつ的確な感想を口にした。
「あ、おはよー、みんな。……まあ、可愛くはないね」
作者や展示をした人たちの苦労を思いちょっと控えめな表現をした弥生ではあったが、ぶっちゃけ本音は仲間たちと同じである。
そう、アイディアは優れていると思うのだが、肝心のキャラクターがイマイチなのである。全体の配色は黄色をベースに手足と耳の先端が黒く、所々に赤でワンポイントが入っている。これがずんぐりむっくりしたデフォルメ体型ならば可愛いのかもしれないが、ゴリラに似たマッチョな体形。それに加えて悪い意味で絶妙なリアルさがある顔。何とも言えない独特の不気味さのある仕上がりだ。文化祭に展示されていたら、子供に泣かれて騒動になっていたかもしれないレベルである。
例えて言うなら、カプセルで可愛らしいモンスターを捕まえる某有名ゲームの象徴的キャラクターをゴリラの頭身に作り変えて、顔をリアル寄りにしたような感じである。もしこの作者がそれを意図して作っていたなら、何かそのゲームに恨みやトラウマがあるに違いない。――などと、思ってしまうような作品である。
「コレって何かのキャラクターなのかしら? 弥生は知ってる?」
絵梨の問いに弥生は首を横に振る。無論、弥生とて古今東西全てのゲームを知っているわけでは無いので、絶対にとは言い切れないので補足しておく。
「もし何か元ネタがあるんだったら、日本のゲームとかアニメじゃないと思うよ。なんて言うか洋ゲーって、こう……可愛さのベクトルが日本人とはちょっとズレてるところがあるから……」
「あー、あるよな、そういうの。海外製のゲームできっと可愛いキャラを用意してるんだろうなっつーのは分かるけど、なんか手放しで可愛いって言い切れない……って感じの微妙なヤツが」
「そうそう! ネタも妙にブラックだったりね~」
「ブラックなネタ? って例えばどんな?」
「私が見たゲームだと……、牧場系のゲームで牛を頭だけ出る筒みたいな機械にセットすると、お肉と痩せた牛が出て来る……っていうのがあったよ?」
「……ナニソレ、怖い。機械の中で一体ナニをやってるのよ?」
「いや、だからブラックなネタだって言ったじゃん」
かなり本気で引いた様子の絵梨に、弥生はトホホな口調で返した。ちなみに今のネタは紹介動画で見たのものであり、好きになれなかった弥生はそのゲームをプレイしていない。
「まあシステムにしてもキャラクターにしても、なんかちょっと感性が違うところがあるんだよね。もちろん面白いゲームも沢山あるんだけど」
「ふむ。……しかし、この作品を作ったのは日本人なのだろう?」
「それは……」「まあ多分、そね」「清歌さん以外に居るって話は聞かんなー」
聡一郎に指摘され、改めて怪物を見上げる。何度見ても絶妙にキモい。こんな怪物が校舎に入ってきたら嫌だな~と思わせるデザインは、狙って作ったのなら大したものと言えよう。いずれにせよ、なぜこんなデザインにしたのか、日本のゲームやマンガ的可愛さからズレたデザインをなぜできてしまったのか、色々と謎の多い作品である。
弥生たちは知る由もないことだが、実のところこの作品はそんな大した謎など無い単なる偶然の産物なのである。
この作品を制作したのはクライミング部一同で、今回はちょっとしたお披露目のようなもので、本来の用途は来月の新入部員勧誘時に使う広告塔だ。
クライミング部なのだからこの手の作品を専門に作っているわけでは無い。なので、デザインについては、誰もが知っているようなゲームからパク――げふんげふん、オマージュしてキャラクターを作った。少なくとも完成予想図では、十分可愛らしいと言っていいデザインであった。
そのデザインを元に彼らは、ふくらませた風船を纏めて大まかな形を作り、それを芯にして紙を張り合わせて張りぼてを作った。大きな作品であり、また時間的な問題もあるので、パーツに分けてそれぞれ持ち帰り分業で行ったのだが――これが良くなかった。
完成したパーツを持ち寄って組み合わせて見たところ、なにやらバランスが狂ってゴリマッチョ体型になってしまっていたのだ。勿論、風船の段階では一か所で作りバランスもデザイン画に合わせて調整していたのだが、分業していた時にサイズが狂ってしまったらしい。
所詮、ネットで調べた作り方を確認しながらの素人作業、この程度のミスは十分にあり得る話である。凄まじく狂ったバランスになってやり直さざるを得ない状況にならなかったのは、果たして良かったのか悪かったのか。
――そう、この段階で今回の展示を諦め、パーツを作り直していれば問題は無かったのだ。しかし彼らは、満場一致でゴーサインを出して作品製作を進めてしまったのである。
そうして作品は順調(?)に出来上がっていき、残るは仕上げに顔を描くのみとなった。ここでまた問題が起きる。
先ずは部員Aが描き、それがちょっと変だと思った部員Bが修正し、時間が余った部員Cが細部を描き込み――という風に、部員たちが好き勝手に手を加え続けていった結果、絶妙にバランスの狂った不気味な顔が完成してしまったのである。そもそも絵心のある部員がいないにも拘らず、ぶっつけ本番でいきなり作品を作り始めてしまったのだから、この結果はある意味当然とも言えよう。
もっとも最大にして根本的、それ故に極めて深刻な問題は、完成した作品を見た部員たちが「可愛くは無いがインパクトがあるからこれはこれで良し!」と口を揃えて言ったという感性の方にあるのかもしれない。
とまあこんな具合に偶然が積み重なってできた、悪い意味で奇跡的な作品なのである。
弥生たちは清歌が作品を作る姿を見ていたため、この作品もちゃんと作者がデザインした上でこの形になったのだと思い込んでしまっていたのだ。
「まあでもこれが洋ゲー的なデフォルメかって言うと、そうでもないんだよね。単に私の好みじゃないってだけで、アレはアレでバランスはとれてるし」
「確かにコイツはどっちかっつーと、単にデッサンが狂ってるだけっつー気がするな」
「デフォルメするにしてもバランスに気を付けないと、可愛くはならないものねぇ」
「ふむ。しかし美術系の部活動による展示という訳でもないのだから、健闘したと言っていいのではないか?」
明らかに清歌の事を念頭に置いて、弥生と悠司、そして絵梨が次々となかなか酷な評価を口にする。聡一郎の言葉もフォローを入れているのかそうでないのか微妙な線である。
そんな風に四人ともが清歌の事を思い浮かべていたところに、タイミングよく本人が現れた。
「おはようございます、皆さん。なんと申しますか、迫力のある作品ですね」
弥生たちに挨拶をした清歌が、言葉を選んで作品の感想を述べた。キモいだとか、不気味だとか、デフォルメが下手だとかではなく、迫力があるというポジティブな評価を自然に口にできるのは、カンストしているお嬢様スキルのなせる業――なのかもしれない。
弥生はそのオブラートに包んだ評価にクスリと笑うと、振り返って清歌に挨拶を返した。他の三人も同様に振り返って清歌を迎える。
この時弥生は、清歌を見て何かいつもと違う違和感を覚えた。手入れの行き届いた艶やかな金色の髪も、隙無くキッチリ着こなしている制服も、ピンと背筋の伸びた美しい立ち姿もいつもと変わらない。変わらないはずなのだが、何と言うか印象が微妙に違うような気がするのだ。
(なんだろう? いつもより少しほわんとしているっていうか、キリッと成分が少な目っていうか……、う~ん……)
「ま、迫力だけは、確かにあるわねぇ。っていうか、考えてみたらコレってどうやって設置してるのかしら? 窓枠に紐で固定してるだけ、じゃないわよね?」
「恐らく……屋上から吊るしてもいるのだろう。両肩と背中の辺りから紐が上に伸びている」
少し気にはなったものの再び展示物の話が始まってしまったので、それは頭の片隅に置いておくと弥生も会話に混じるのであった。
清歌から感じるいつもとは違う印象の原因について思いついたのは、クライミング部の怪物を後にし、他の展示物を見ながら自分たちの教室へと入ったその時だった。
「もしかして……、清歌ってば寝不足だったりする?」
弥生の言葉に清歌は大きく何度か瞬きし、絵梨と聡一郎は「え?」と驚いていた。どうやら違和感に気付いたのは弥生だけだったようである。
清歌は小さく肩を竦めると、照れ隠しに微笑んだ。
「はい、実は……。弥生さんの目は誤魔化せませんでしたね」
「あ、やっぱり寝不足だったんだ。……でも珍しいよね? 清歌っていつも規則正しい生活をしてるから」
「そね。どこかの誰かさんみたいに、ゲームに熱中するあまり夜更かしするなんてことは無いでしょうね」
「むっ! それを言ったら、本に夢中になって徹夜した人を知ってるんだけど?」
「……あ、あら、そんな人もいるのね。誰の事かしらー」
弥生と絵梨のなんともレベルの低い応酬に、どっちもどっちだと聡一郎が小さく溜息を吐く。
二人の事はさておき、美容と健康の大敵であり、また感覚も鈍ることから、特別なことが無い限り清歌は睡眠をきちんととるようにしている。睡眠のサイクルという点では、清歌と聡一郎はとても近い生活習慣と言える。
ただ弥生と絵梨が趣味に集中すると時間を忘れてしまうように、清歌も時には気付いたら夜更かししてしまっていたということはある。
「集中していたら、いつの間にか時間が経っていまして……。気づいたら一時を過ぎていました」
「へ~、清歌にしてはずいぶん夜更かしだったね。っていうか、それでいつもの時間に起きてトレーニングしたの?」
「いいえ。今朝はいつもより遅い時間に起きたので、ストレッチで体をほぐしただけですね」
「清歌にもそういう事があるのねぇ。……そういえば、<ミリオンワールド>をプレイしてるときって、体は寝ているようなものだけど疲れはとれるのかしら?」
「えっ!? う~ん、体は寝てるけど頭は動いてるわけだし……どうなのかな?」
絵梨の疑問で、清歌の夜更かしの話から<ミリオンワールド>のプレイ中に寝不足は解消されるのかという話題に移ってしまう。
――少し後になって、弥生はこの時もう少し清歌が一体何に集中していたのか、もっとしっかり追及しておくべきだったと頭を抱えることになる。まあ追及したからと言って未来が変わったかと言うとそんなことは無いのだが、少なくとも心構えは出来ていたはずだ、と。
お花見イベント六日目。ログインしたマーチトイボックスは、クジラ船を中央島に向けて進めつつ、昨日は時間切れで切り上げてしまったリシアからの情報収集をした。
差し当たって必要そうな聞き取りを終えた丁度その時、オネェさんから近況報告を兼ねて三チームのリーダーでチャット会議をしようという提案のメールが届いた。弥生は早速、天都とオネェさんにチャットを繋いだ。
挨拶を交わした三人は、まず互いの位置を確認した。驚いたことにオネェさんのチームと天都たちのチームは、既に中央島に到着しているのだそうだ。
もっともこれは当然の結果だと言えよう。というのも、オネェさんたちにしても天都たちにしても、マーチトイボックスよりも早くスタートを切っているのだ。仮に寄り道に費やす時間が同程度だとすると、両チームが先に到着するのは必然であると言っていい。ましてマーチトイボックスは割と暢気に船旅を楽しんでいるのだから、なおさらである。
さて、先行して到着した二人から聞いたところによると、中央島はソメイヨシノと思しき桜が咲き乱れるとても綺麗な場所なのだとか。しかし想像していた通り、どこを見ても目的である枝垂れ桜は見当たらなかった。
『実はほんのちょ~っとだけ、ソメイヨシノに混じって枝垂れ桜があるんじゃないかとか思ったんだけど……ねぇ?』
『あ、私たちの方でも一応探しました。けど、やっぱり見当たりませんでしたね』
『木を隠すなら森っていうパターンでは無かったってことね。まあ考えてみれば、このパターンだとどの港を選ぶかで不公平が出ちゃうから、可能性は低いか』
『その代わりと言ってはなんですが、私たちの方では洞窟の入り口と登山道は見つけました』
『あら、あなたたちの方でも見つけたのね。こっちにもあったわよ。でも……ちょっと変だと思わない?』
『そうですね……。NPCから聞いた情報と食い違っている気がします』
登山道と洞窟の入り口はごく近い場所にあり、ご丁寧に推奨レベルと予想される踏破時間も表示されるのだという。見たところ所要時間は同じなので、敵が少ない代わりに長い登山道をえっちらおっちら登るか、魔物と戦ってレベリングと素材集めを兼ねつつダンジョンを踏破するか、どちらかを選択しろということなのだろう。
問題はその入り口というのが、一応隠されてはいるものの、少し注意深く探せばすぐに見つかるものだというところである。島の住人から聞いた、中央島には花以外何も無いという情報と齟齬がある。登山道の方はともかく、ダンジョンを“何も無い”で片づけるのは奇妙だ。
しかしその答えを弥生は既に知っていた。なにしろこちらにはリシアという貴重な情報源があるのだ。
『え~っと、それについてなんですけど、中央島にはこの群島に棲んでいる人間に対して効果のある、認識を阻害する魔法がかかってる……らしいですよ』
『えっ!?』『それって、どこ情報なの?』
『詳しく説明すると長くなっちゃうんで省きますが、実は人間ではない種族の人と知り合いまして、水先案内人をして貰ってるんです!』
弥生がドヤ顔で宣言する。チャットで表情は見えないが、ニュアンスはちゃんと伝わったらしく、二人が「すごいですね!」とか「な、なんですってー!」などとちょっと大袈裟な反応をしてくれた。――付き合いのいい人たちである。
弥生はリシアの事をざっくり紹介し、色々と話を聞けたことを明かした。
『随分と頼もしい水先案内人さんを仲間にしたのねぇ。羨ましいわ~』
『ですねー。ところでやっぱり白い制服でゴンドラを漕いでいたりは……』
『ストップ、ストーップ! なんか危険な香りがするからそこまでだよ!』
『フフフッ。……まあそれはともかく、結局中央島の山を越えると枝垂れ桜があるってことでいいのよね?』
『ネタばらしのようでアレなんですが……、はい、その通りです。それで私たちもそっちに向かってるんですけど、一度“中央島の中央”で落ち合いませんか?』
『詳しい話も聞きたいから、いいんじゃないかな』
『でも……、タイミングは合うのかしら?』
二チームは既に中央島に着いて、あとはダンジョンないし登山道を進むだけ。一方マーチトイボックスはというと、絶賛船旅中である。同じルートを辿るならば追いつけるはずはないのだから、オネェさんの懸念はもっともである。
しかしマーチトイボックスには海中ルートを行くという裏技がある。何事も無くリシアから聞いたルートを行けたならば、追い越すことすらも可能なのだ。
『それは大丈夫ですよ。なので、どうでしょうか?』
『お~け~、そうしましょ』『はい、私たちの方も大丈夫です』
その後こまごまとした打ち合わせをして、チャット会議は終わりとなった。
『じゃ、そういうことで、中央島で会いましょう。帆に風を~』
『追い風を……って、そうだった! オネェさんが掲示板に書き込んじゃったせいで、このフレーズいつの間にか広まっちゃってますよ? いいんですか?』
『あ~……、あははは……。まあいいんじゃないかしら? このイベント限定の事だろうし、こういう合言葉があるとなんとなく連帯感が生まれるでしょう?』
『そうですね。それに意味が通じないわけじゃないですし、リスペクトですよ!』
『う~ん、いいのかなぁ~』
『いいのいいの。それじゃあ改めて……、帆に風を~』
『『追い風を祈るー』』
サクラ組が行く登山道は階段が整備されているようなものではなく、人ひとりが通れるほどの幅で獣道よりは多少マシというくらいの、それなりに険しい道程であった。
割とアクティブよりとは言えバリバリの文系である天都、運動が苦手ではないが得意でもない田村、そして食べ歩きが趣味でも山にまでは足を伸ばさない近藤という三人は、基本的にアウトドアには縁が無い。運動が得意な五十川も、本格的な登山となると経験が無い。
とはいえここは<ミリオンワールド>である。多少の歩きづらさはあるが、割とすいすいと登って行ける。所々にある開けたスペースで休憩している時など、「ハイキングも結構気持ちいいね」などという言葉が飛び出すくらいだ。――間違っても現実では、同じ感覚で山に行ってはいけない。注意して欲しいところである。
道中には、ガラスのように透き通った角を持つ鹿、木の実でジャグリングをして遊んでいる栗鼠、ヒョウタンを提げて千鳥足で歩く狸、なぜか和風の衣装を身に着けている狐など、ちょっと変わった魔物の姿を見かけた。ただ幸いそのどれもがノンアクティブだったので、四人は写真を撮ったりツッコミを入れたりして楽しんでいた。
そうして到着した頂上――というか稜線で、四人は遂に中央島の神の姿を目の当たりにする。
「おー、あれが目的地か」「大きな木だね……」「でもやっぱり花は咲いてないね」「というか、枯れてるんじゃないか?」
中央島はある意味予想通りカルデラ状になっており、ほぼ円形になっている底の部分の中央に巨大な枝垂れ桜らしき樹木が聳え立っている。ちなみに枝垂れ桜の北側には三日月状の湖があり、一本の細い橋が架かっていた。
さて、これで花が咲いていればイベントはクリアしたも同然なのだが――そうは問屋が卸さない。田村の言葉にもあったように、太い幹から伸びている枝には花も葉もついていなかった。まあ蕾があるかどうかまでは、ここからではちょっと分からないので、枯れているとまでは言い切れないだろう。
「取り敢えず頂上まで来たから、あと半分ってところかな」
「結構距離があったよね。後は下りだから少しは気が楽かも」
「じゃあ、そろそろ後半戦と行きましょうか」
「……っていうかさー、お花見会場なんだから、屋台でもあればいいのになー。そうすればやる気も出るんだが」
「「「あははは、確かに!」」」
サクラ組が山を下り終えるのとほぼ時を同じくして、オネェさんら合同チームから選抜された精鋭パーティーもダンジョンを踏破し、カルデラ内部へと足を踏み入れた。
枝垂れ桜を中心としてほぼ反対の位置から、二つのチームが中央へ向かって歩みを進める。カルデラの底には青々とした草原が広がっており、所々に小さな花も咲いている。桜が咲いていれば、お花見にもってこいな場所なのに。
そんなことを考えつつ歩いていると、唐突に北側の湖に異変が起きる。水面から何か巨大なものが斜めに跳び上がり、大きな水飛沫と音を立てて着水したのである。
一瞬、魔物の襲撃かと身構えたオネェさんたちであったが、直後に警戒を緩める。湖に着水したナニモノかの上に、家が建っているのが見えたからである。
言うまでも無くそれはマーチトイボックスのクジラ船であり、彼女たちはリシアのから教わったルートを使い、水中の洞窟を通り抜けてカルデラ内部に直接船で乗り付けたのである。
――こうして三つのチームが、他の冒険者に先駆けてイベントの目的地(仮)に到着したのであった。
申し訳ありませんが、来週の更新はお休みさせて頂きます。
次回の更新は、23日になる予定です。
では、よいお盆休みを~