#12―08
「マッコウちゃん、一時停止」
絵梨たち探索組が帰還してから十数分経った頃、進路上に奇妙な光景を目にした弥生は、様子を見る為にクジラ船を一旦停止させた。オネェさんから聞いた話だと海上――というか船上での戦闘は面倒そうだったので、迂回した方が良いのではないかと考えたのである。
家の中で一休みしていた絵梨たちも、何事かと弥生の元に集まる。
「あれは……、何してるのかな?」
「魚……イルカかしら? が、ジャンプしてるわね。というか、遊んでるのかしら?」
マーチトイボックス一同が見つめる先では、イルカらしきものが次々とジャンプしている。一匹がジャンプして着水した直後にまた一匹がジャンプしているので、数匹~十数匹は集まっているようだ。
なんとなく水族館のショーを彷彿とさせる光景で、絵梨が言うように遊んでいるようにも見える。妙な拘りのある開発スタッフの事だから、そういった習性を持つ魔物がいたとしても驚くほどの事でもない。
「ふむ……実際遊んでいるのかもしれんな。ボールのようなものが見えないか?」
「んん? ボール? あー、確かになんか丸いモノが見える……ような、見えないような」
聡一郎の指摘を聞いた悠司が目を細める。確かによ~く見ると、イルカがジャンプする天辺あたりに球体があるようだ。より正確に言えば、ジャンプしたイルカが天辺に到達すると球状の光が短い時間だけ現れるという感じで、ボールが実際にそこにあるわけでは無い。
「ジャンプする度に魔法を使ってるんじゃないですか?」
「うん、そんな感じ。……でも遊ぶためなんかに魔法を使う?」
魔物たちの奇妙な行動に年少組の二人も首を捻っている。
なおボール(魔法?)のサイズは、イルカが現実と同じくらいのものと仮定すると、おそらくバスケットボールくらいの大きさだろう。詳しく確認しようにもイルカに突かれる度に上下左右に動くので、観測双眼鏡で捕らえるのは無理そうだ。
「ところで、何か聞こえませんか? 水飛沫の音に混じって、こう……悲鳴のようなものが」
清歌の言葉に耳に手を当てたり、目を閉じて集中したり、片方の耳をイルカたちのいる方に向けたりと、それぞれの方法で六人は耳を澄ませる。清歌の五感の鋭さを知っている弥生たちは、気のせいという可能性は全く考えていない。
「あ~、なんか“キャー”とか“イヤー”とか聞こえる……かも?」
「ああ、確かにそれがあると分かって聞いてれば、気付けるって感じだが」
「それにしてもイツキに向かう途中にも思ったことだが、その耳の良さは流石と言うべきだろうな」
「ありがとうございます。……それで問題は、この悲鳴の主なのですけれど……」
「イルカって感じじゃないわよね。ということは……?」
イルカが悲鳴の主ではないということは、必然的に怪しいのはボールの方ということになる。つまり、イルカがジャンプして魔法を使っているのではなく、イルカに突っつかれた何者か、つまりNPCが防御の為に魔法を使っているということなのだろう。ちなみにその何者かは小さすぎるのか、ここからでは確認できない。
NPCの関わっている魔物の奇妙な行動となると、これは何らかの鍵となるイベントである可能性が高い。そう結論したマーチトイボックス一行は、詳しい状況を確認すべくクジラ船をイルカの居る方へと進めることにした。
無論、悲鳴のような鳴き声を発する魔物で、単にイルカが狩りをしているだけという、プレイヤーを引っ掛ける罠である可能性もある。その場合は下手に近づくと戦闘に巻き込まれてしまうだろうが――
「天都さんたちの話に、昔この群島を支配していた一族がいたっていう話があったでしょ。あれってもしかしたら人間じゃない別の種族なんじゃないかな? で、中央島はその種族にとって重要な場所だったけど、人間にとってはそうじゃなかったから放置された。そう考えると、筋は通ると思うんだけど……」
種族間の対立から争いになり、一方を滅ぼしたり追い出したりというのはファンタジーではよくある話だ。そして長い時間が経過し、争いや対立していた種族に関する記録が失われてしまい、事実とは異なる口伝のみが残るというわけである。
「確かに辻褄は合うし、物語としてもありそうな話ね。ちなみにその手の話は時間経過で自然に失われた場合と、意図的に捻じ曲げて伝えられた場合とに分かれるけど、このイベントはどっちかしらね(ニヤリ★)」
「……っつーことは、あそこで悲鳴を上げてるのは、人間に追い出された種族の末裔かもしれないってことか?」
「それは分からないけど……。でもアレが本当にNPCだったら、人間に伝わっている話とは違う話を聞けるんじゃないかな?」
――とまあそんなわけで、リスクを考慮しても確認する価値はあると判断したのである。
クジラ船を慎重に進め、イルカたちがジャンプをしている海域の目と鼻の先まで近づける。幸か不幸かイルカは遊びに夢中でこちらには全く気付いていないので、いきなり攻撃されるということはなさそうだ。
クジラ船の前方ギリギリまで前に出た七人が揃って空を見上げる。
イーーヤァーーー……
「あれは、人魚……なのかなぁ?」
「人魚というには、かなり可愛らしいサイズですね」
イルカによってポンポンと空に打ち上げられるそれを見て、弥生と清歌が妙に暢気な言葉を交わす。
どうやら先ほどの予想は的中していたようで、NPCと思しきものがイルカに突っつかれては空に打ち上げられるのを繰り返していた。タイミングよく球状のシールドを張っているのでダメージはなさそうだが、自力で脱出する術も無いようである。
ターースーーケーーテーー……
「人魚とはちょっと違う感じだな。上半身が人間なのは間違いなさそうだが」
「私たちの知らない種族なのかもしれないわね。それにしても……どうしたものかしら? これ」
「ふむ。……なんというか、邪魔をするのもどうかという感じではあるな」
「だよね~」「そうですねー」「楽しそうよね」「まあ……なあ」
先ほどから緊迫感の無い話をしているのは、どうやらイルカにはNPCを食べたり殺したりするつもりはなさそうだからである。つぶらな瞳を輝かせて、「キューッ」と可愛らしい鳴き声を上げながら楽しそうに遊んでいる様子を見てしまうと、折角の楽しみを取り上げてしまうのもどうなのだろうという気がして来る。
NPCにはもう暫く耐えて貰うことになるが、イルカたちが飽きるまで待つというのも一つの手ではなかろうか? などと考えていたのだが――
キャァーー……ァァーー……
「えーっと、お姉ちゃんたち?」「そろそろ助けてあげた方が……」
なにやら聞こえてくる悲鳴に元気が無くなってきている。このままではイルカが飽きる前にNPCが目を回してしまいそうだ。気を失ってしまっては流石にシールドを張ることができないだろう。そうなる前に助けなくてはいけない。
「……とはいったものの、どうやって助けよう。何か良い案はある?」
弥生が左右の仲間たちに視線を送る。
「じゃあ……跳び上がったイルカを一匹ずつ殲滅する、とか?」
「「「却下!」」」
「だよなー。一応言ってみただけだ。俺もやりたくない」
悠司は肩を竦めつつ、自分の意見をあっさり取り下げた。殊更敵対しているわけでもないイルカを殲滅するというのは、かな~り後味が悪そうなので、悠司も本気で提案したわけでは無い。取り敢えず全員の意思を確認するために出したのである。
「ふむ。……ということは、このまま船を進めてイルカを追い払うというのも駄目だろうな。場合によっては戦闘になる」
「そね。じゃあ清歌のワイヤーであのNPCを捕まえるっていうのはどうかしら? できそう?」
絵梨のプランを聞いた清歌は口元に手を当てて、改めてNPCを見上げた。
目標となる的は小さいが、多分やってやれないことは無いだろう。一回で成功させるのは難しいかもしれないが、別にリトライできないというルールは無いのだから問題は無い。
しかし少し狙いを逸らしてしまうと、ワイヤーではなく先端をNPCにぶつけてしまう恐れがあるので、正直言ってあまりやりたくない。できればもっと安全策を取りたいところだ。
「なるほど、確かにその危険性はあるわね。……ああ、それに考えてみれば、無意識的に危険を感じてシールドを張ってるなら、ワイヤーも弾かれるかもしれないわね」
「う~ん、それじゃあ……」
首を捻っていた弥生がポンと手を打ち、頭の上にコミックエフェクトの電球がピコンと現れる。
「あ、そうだよ。ヒナに乗ってNPCの上に回り込んで、直接手で掴めばいいじゃん!」
そう言えばその手があったかと、一同が納得の声を上げる。イルカとNPCがどうなのか分からないが、少なくとも自分たちは戦闘状態ではないので、空飛ぶ毛布を問題無く使えるはずだ。
「なるほど。……それでしたら救出と同時に、イルカの方には代わりにボールを置いてきましょうか」
「お~、それは良いね。上手くボールで遊んでくれれば、こっちに向かってくることも無いだろうし」
「はい。……では、参りましょう。ヒナ、お願いね」
「ナ~ッ」
「えっ!? ちょ、清歌、待っ……」
清歌に手を取られた弥生は、あれよあれよという間にそのまま一緒に空飛ぶ毛布に乗り、一気に上空まで行くことになるのであった。――まあ、言い出しっぺでもある事だし、そう間違った人選でもないだろう。
NPCの救出は思ったよりもあっさりと成功した。打ち上げられたNPCが落下する直前に清歌が手を伸ばして回収し、それと同時に弥生が身代わりとなる玩具アイテムのボールを落として離脱したのである。NPCは助け出されたことに安心したのか、直後に気を失ってしまっている。
クジラ船へと戻った二人は、デッキチェアの上にぐったりしたままのNPCを寝かせた。NPCの身長は四十センチに満たないくらいなので、サイズがまるで合っていないのがちょっと面白い。
「やっぱり人魚とは違うね。これは竜人……でいいのかな?」
「……まあ下半身は竜の尻尾みたいだけど、人魚に倣って言うなら人竜と言うべきじゃない。……ゴロは悪いけど」
「っつか、そもそも竜人の類は、普通人型になったドラゴンとか、普通の人間に角と翼と鱗があるっていう感じだろ?」
「ふむ。それにサイズ的なものもあるが、竜というよりもタツノオトシゴのような印象だな」
「確かに鰭のようなものもありますし、魚のような特徴もありますね。……あ、そういえば、水の中に入れなくて大丈夫なのでしょうか?」
「「「あっ!」」」
最初に見た時は空の上で、今も見たところ呼吸はちゃんと出来ているようなので忘れていたが、どう考えても海中に棲んでいる種族のはず。やはり普段に近い状態の方が回復も早いのではないだろうか?
そう考えた清歌たちは、急いでビニールプールを用意して海水で満たし、そこに人竜(仮称)を移した。水の中でスヤスヤと気持ちよさそうに眠る人竜の様子を見る限り、その判断は間違っていなかったようだ。なお、もはや言うまでも無いだろうがこのビニールプールは清歌の玩具アイテムコレクションの一つであり、従魔に水遊びをさせる為に買ったものなのだそうな。
さて後は目覚めるのを待つだけになったところで、改めて人竜の様子を観察してみる。
上半身は人間の姿で、下半身は竜の尻尾のような姿。背中についている翼のような物は、竜のようないわゆる蝙蝠タイプではなく魚の鰭のように半透明の膜になっていて、腰の辺りにも左右一対の小さな鰭がある。竜もしくは龍のような特徴と魚のような特徴を併せ持つ種族である。
可愛らしい顔立ちで、緩く三つ編みにした蜂蜜色の長い髪。そしてささやかながら膨みのある胸に水着のトップスを付けているので、女性だと思われる。あくまで人間基準で考えればだが、中学生くらいの少女という印象だ。
水着の他に身に着けているものはネックレスと両腕の腕輪だけで、見たところ武器の類は持っていない。
「う~ん、先を急がなくちゃいけないし、このままずっと起きるのを待ってるわけにはいかないよね?」
「だな。かといってここに放り出していくわけにもいかんし、ちょっと悪いがこのまま連れて行くしかないだろう」
「そね。情報は欲しいところだし、助けた対価にそのくらいは貰ってもいいでしょ(ニヤリ★)」
人竜には人竜の事情もあろうが、こちらはこちらでそれほどのんびりしていられない理由がある。そんなわけでマーチトイボックス一行は、気を失ったままの人竜を乗せたまま先を急ぐのであった。
――ちなみにイルカたちはしばらくボールで遊んでいたが、やがて飽きてしまったのか再出発する頃には姿を消していた。
「やっぱりあのイルカはイベントのキャラだったってことなのかな?」
「ま、助け出してすぐにいなくなったってことは、そういうことなんじゃね」
「フフフ、もしかしたらイルカは、打ち上げる度に悲鳴を上げるのが楽しかったんじゃない?」
「つまり、何の反応も返さないボールではつまらなくなった、と?」
「うわっ、ドSイルカだー」
「……というよりも、イルカたちとしては一緒に遊んであげているつもりだったのかもしれませんよ?」
「ああ、そういうこともままありますよね。人竜ちゃんにはトラウマになっているようですけど……」
「う~~ん……イルカ怖い……お空怖い……うう~~……」
それからさらに無人島の一つに立ち寄り、二手に分かれて探索し、それも終わって合流したログアウトまで三十分を切った頃、眠っていた人竜がようやく目覚めた。
ちなみに二度目の無人島探索は年少組以外のメンバーを入れ替え、清歌は単独で上空から島の探索を行った。清歌の目的はストーンサークルだったのだが、残念ながらこの島に遺跡の類は無かった。その代わりと言っては何だが、海賊のアジト跡らしきものを発見し宝箱を一つゲットしたので、稼ぎとしてはそう悪くは無いと言えよう。なお、宝箱は箱ごと一つのアイテムとなっており、イベントをクリアした後で開封できるようになっている。
「助けていただき、本当にありがとうございました。あのままではイルカに食べられてしまうところでした」
心底ほっとした表情でお礼を言う彼女に、「いや、アレは多分遊んでいただけ」という言葉は呑み込み、弥生は「どういたしまして」とだけ返す。
彼女はリシアと名乗り、自分は龍人族であると説明した。なんでも龍人族はこの群島の海域に古くから住んでいる種族で、深い海に集落が点在しているのだそうだ。とても長命の種族で彼女の集落の長老は二百歳近いそうだが、他の集落の長老と比べると若い部類なのだそうだ。
ということはリシアも若く見えるが実はもの凄い歳なのでは――などとチラリと考えたのだが、彼女は見た目よりちょっと年上の二十歳とのこと。
さてリシアが何故イルカに遊ばれ――もとい、襲われていたのかと言うと、なんでも狩り場兼遊び場を探しにいつもは来ない海域に来て、たまたま魚の群れに遭遇したので獲っていたところ、同じ魚を目当てにやって来たイルカたちに不意を突かれてしまったのだそうだ。
ちなみにイルカ相手でも逃げるくらいなら本来余裕でできる程度の実力はあるのだが、普段狩り場にしているところにイルカは出現しない為、いきなり襲われてパニックになってしまったそうだ。落ち着いていれば魔法で逃げることも簡単なのに――と、話しながらリシアは落ち込んでいた。
「ま、まあ普段見かけない相手がいきなり現れたら、誰でも驚いちゃうよ、きっと」
「そね。ところで……どうしてまた普段は来ないところにわざわざ来たのかしら?」
落ち込んでいるリシアを気の毒に思い、絵梨が話を逸らした。が、それはマーチトイボックスにとっての地雷であった。
「ああ……、実は普段狩り場にしている岩礁地帯があるんですけど、つい先日そこに見慣れないマッコウクジラが現れたんです」
「「「え゛?」」」
「この群島内にクジラは普段いないので、恐らくたまたま迷い込んだんだろうと考えられているんですが、念の為暫くは様子を見て、あの場所には近寄らないようにしようということに……あれ? どうかしましたか?」
気まずそうな表情で視線を泳がせる弥生たちの様子を見て、リシアが小首を傾げる。
つい先日、岩礁地帯、マッコウクジラ。スリーアウトである。考えるまでも無く、そのマッコウクジラとは今彼女たちが乗っているクジラ船の事であり、すなわちリシアがイルカに襲われる遠因にマーチトイボックスの行動があったという事になる。
まあ直接的な原因ではなく、また岩礁地帯が龍人族の領地(海)という訳でもないので責任を感じる必要は無いのかもしれないが、なんとな~く後ろめたい気がするのは事実だ。
というわけで、弥生は取り敢えずちゃんと事実は明かしておくことにする。いずれリシアはここから去るわけで、その時に必ずこの船が件のマッコウクジラであるとバレるだろう。それならば先に話しておいた方がずっといい。
「ごめんなさい! リシアさん。たぶん……っていうか間違いなく、そのマッコウクジラって、この船の事だと思う」
「はい?」
パチンと両手を合わせて謝罪した弥生は、自分たちは冒険者でとある目的の為にこの群島に来たこと、マッコウクジラっぽい魔物の背中に家を乗せた船を使っている事、目的地に向かう通り道にあるポイントで冒険をしている事などを説明した。すると予想外なことにリシアは怒るどころか、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「そういうことだったんですか」
「ごめんね。龍人族がいるなんて知らなかったものだから……」
「いえいえ。別にあそこが私たちのものという訳ではないですし、むしろクジラが住み着いたわけでは無いと分かって安心しました」
微笑むリシアの言葉はどうやら本音のようで、弥生はホッとする。できればリシアから情報を聞き出したいところなので、悪い印象は持たれたくない。
しかし意図的では無かったとしても、リシアの集落には迷惑をかけてしまったようだ。どうせなら印象をよくするために、何かその補填をしておくべきではなかろうか? と悠司は少々打算的な考えを巡らせる。
普段とは違う場所で狩りをしたとなると、獲物は少なかったはずだ。無人島で手に入れた素材などはイベント終了までロックがかかっていて生産に使うことは出来ないが、食材として食べることと譲渡に関しては自由にできる。
なので悠司は切身になった魚を持って行かないかと申し出たのだが、リシアはそれには及ばないと辞退した。そもそもイルカから助けてもらったのは自分だし、なにより狩り場の一つが使えなくなった程度では、集落には何も問題は無いのだとか。
「なるほど、そりゃそうか。でもそうなると、あとはそうだなー、このヘンな海藻くらいしかないからな……」
釣りのハズレで引き当てた、ずぶ濡れの鬘ことウミマリモを、悠司は摘まむようにして取り出す。
「そっ、それはっ!!」
こんなモノがお土産になるわけないし――と思いきや、リシアはその綺麗な紺碧の瞳が零れ落ちんばかりに目を見開いて、怪しげなニョロニョロした物体を食い入るように見つめていた。
リシアはウミマリモから視線を逸らすことなくビニールプールをフラフラと泳ぎ、悠司の――ではなく、ウミマリモの元へと近づいていった。なにやらただならぬ迫力を感じて後退りしそうになるのを、悠司はギリギリのところで堪えた。
「こ、これはやっぱりウミマリモ。しかもこんな大きな……。それにこの色、ツヤ、ぬめり、弾力……紛れもない天然モノ! こんな貴重なものを一体どこで……」
目を輝かせたリシアがどこぞの料理人のようなことを言い出すが、見ているものがずぶ濡れの鬘ではいろいろと台無しな感じである。
詳しく聞いてみると、ウミマリモはとても貴重かつ美味な食材で、もし見つけた場合は集落で大切に育てられ、成人の儀や結婚式などの特別な場で振る舞われるのだそうだ。ただ光の加減や栄養の問題なのか、集落で育てたものよりも天然モノの方が味も食感も数段上なのだとか。
ウミマリモの美味しさをうっとりと語るリシアに若干引きつつ、悠司は仲間たちとアイコンタクトを取る。首を横に振る者は一人もいなかった。
「えーっと、じゃあコレ……お土産に持っていくか?」
「えっ!? い……いいんですか? 本当にとても貴重なものなんですよ?」
「大丈夫、大丈夫。正直言うと私たちは食べるつもりは無かったから、欲しい人に持って言って貰うのが一番だよ」
恐縮するリシアに、弥生が笑顔で答える。第一印象の悪さからか、正直って食べる気はしなかったので喜んでくれるのなら持っていってもらって構わないのだ。
悠司がウミマリモをビニールプールの中に置くと、リシアが両手を組んでうっとりと見つめる。――まあ喜んでくれて何より、ということにしておくべきであろう。ちなみに持ち帰りについては彼女の腕輪に収納の魔法がかかっているので、何も問題は無かった。魚獲りをしていた割に手ぶらだったのはそういう理由である。
ウミマリモを収納したリシアは、キリッと表情を引き締めると、弥生たちに向かって宣言した。
「こんなに貴重なものを頂いて……あ、それにイルカから助けてもらった御恩もありますし、何も返さないとあっては龍人族の名折れ。ですから皆さんの目的というものに、私も協力させてください。この群島一帯については人よりも熟知しているので、お役に立てると思います!」
こちらからお願いしようと思っていたことなので、リシアの申し出は願ったりかなったりである。イルカから助けたことよりもウミマリモの方がメインになってしまっているところに、何やら釈然としないものを感じるが、そんなものは些細なことである。
「もちろん、こちらからお願いしたいくらいだよ! よろしくね!」
「はい! 龍人族リシア、必ず皆さんのお役に立ってみせます!」
こうしてマーチトイボックスは、貴重な現地の協力者、水先案内人を仲間にしたのであった。
「ところで早速なんだけど、一つ聞いてもいいかな?」
「はい、なんですか?」
「実は中央島を目指してるんだけど、海中にも入り口があったりなんて……」
「よくご存じですね。あれは人間には知られていない入口だと聞いていたんですけど……」
「「「えっ!?」」」
「えっ?」