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#12―06




「ギルマス! 正面魔法部隊の攻撃が外れたニャ! 左舷に回り込まれるニャ!」


「牽制だからそれでOKよぉ~。左舷大砲一番二番、発射用意! もう少し……引き付けて……今! 撃て~っ!」


 オネェさんの号令に合わせて二門の大砲が轟音を立てて砲弾を打ち出した。


 お花見イベント四日目。ギルド“アタシとふれんず”と“勇気ある魔物使いの集い”の合同グループが乗る大型帆船は戦闘の只中だった。




 オネェさんらのグループはスタート地点の島を出港した後、北西に進路を取り、途中で一部のメンバーを島の探索に降ろしつつ順調に――これはメンバーの主観だが――航海を進めていた。


 予定では時計回りに弧を描くように進み、最終的には中央島の北に到着するつもりである。まあこれはあくまでも予定であり、途中の探索などで時間を取られた場合は真っ直ぐ中央島に向かう事になるかもしれない。


 さて、オネェさんらは取り敢えずお試しという感じで最も近い島に一パーティーを送り込み、次に本命である定期便が通っていない無人島に一パーティーを送り出した。また一応転移ポイントを確保しておくためにハブ港にも立ち寄っている。


 そして最初に送り出したパーティーが探索を終えて帰還したところで、船は左側面に何か重い衝撃を受けて激しく揺れたのであった。


 これまで大きな揺れを感じることもなく穏やかな航海だったために、船内のあちこちから悲鳴が上がるものの、海棲の魔物との戦闘はあらかじめ想定されていたことだ。混乱に陥ることも無くメンバーが甲板に集合し、戦闘態勢を取る。


 次の攻撃はどこから来るのか。甲板に集まった全員で全周警戒をしていると、船の正面十メートル程先に大きな影が浮上した。三角形の背びれ、背中にある特徴的な格子模様、正面から見るとやや横に平べったい体躯。ジンベエザメによく似た魔物であった。


「ジンベエザメ? 拙者の記憶では、ジンベエザメとは穏やかな性格で、人を襲うことは無い筈でござるが……」


「いやいや、どう見ても怒ってるでしょ!? 目が赤く光ってるよ!」


「それにアレはジンベエザメっぽいけど魔物だし……。ってか名前もホウダイザメだし」


 そんなことを話しつつ、一同は魔物の様子を窺う。或いはこのまま何もしなければ去ってくれるかもしれないという期待もあり、今のところ攻撃は仕掛けていない。が、どうやらそれは楽観論だったようだ。ジンベエザメっぽい魔物はその平べったい口を大きく開くと、


 ゴアァーーッ!!


 と、大きな声――というよりは、重低音のノイズと言った方が近いかもしれない――を上げて威嚇してきた。


 魚類サメが声を上げるのか? などと突っ込む間もなく、ホウダイザメの背中にある格子模様に変化が起きる。格子の中心にある丸い点の幾つかが光ると、そこから光線を放ったのだ。体表面に対して垂直方向に放たれた光線が、海に咲いた花のように見える。


「ハッハッハ! どこに向けて撃っていやがる!」


 重装備で大型の盾をもつ男性メンバーが、ふんぞり返って余裕をかます。確かにハリネズミ状に光線を撃ったところで、対空の弾幕になるだけで船に乗っている自分たちにはまるで関係ない。――が、人はそれをフラグを立てると言う。


 まるで彼の挑発に合わせたかのようなタイミングで光線は鋭角に折れ曲がると、甲板目掛けて降り注いだのだ。


「なっ! 追尾レーザー!? SFじゃねーんだから」


「否! 寧ろ本当の意味でのサイエンス()フィクション()なら、反射も無く折れ曲がる光線は不自然だ。だからこれはファンタジー(魔法)で合ってる!」


「ちょっと、バカなこと言ってないでさっさと防御ー!」


 ドドドド――と音を立てて光線が次々と着弾する。幸い光線の速さはそれほどでもなく――これもまた突っ込みどころがあるのだが――防御が間に合い、皆大きなダメージは受けなかった。


「な……なるほどねぇ、砲台の名はダテじゃないってことかしら……」


 浅く海中に潜り、船の周囲を回り始めたホウダイザメを見ながら、オネェさんが独り言ちる。


「事前の打ち合わせ通り、遠距離攻撃メインで行くわよ~。タンクはさっきの追尾レーザーが来たら可能な限り止めるように。それから大砲も準備。さあ、返り討ちにしてやるわよ!」


「オー!」「了解ニャッ!」「よっしゃ、やってやるぜ!」


 こうしてオネェさんらとホウダイザメの戦闘が始まったのである。




 ホウダイザメからの攻撃は、基本的には船の周囲を回りつつ追尾レーザーを放って来るというのを繰り返している。どうやら追尾レーザーは背中を海面に出している状態でなければ放つことができないようで、こちら側からの攻撃も当たるのは幸いだった。海からの攻撃で一方的に殴られるのでは目も当てられない。


 そして一定のダメージを、恐らく累積ではなく短時間に集中して与えると、ホウダイザメは一定時間行動不能になる。つまりダメージを稼げるチャンスなわけだが、同時にこれはピンチでもある。


 というのも行動不能から回復したホウダイザメは海中に潜ると、距離をおいてから勢いをつけて船に突撃して来るのだ。ちなみにこの攻撃パターンで海中に潜ると、マーカー表示が一時的に消えてしまう。なのでマップを見て位置を確認するという手は使えない。


 襲ってくる方角はランダムで、突撃中に一定ダメージを与えるとまた周囲を回りつつ追尾レーザーを撃つパターンに戻る。が、それに失敗するとホウダイザメは船に体当たりし、更に口から水流ブレスを放って追撃と同時にその反動で距離を取りつつ海中に潜り、また方角を変えて突撃を仕掛けてくるのだ。


 突撃による攻撃は、甲板上のメンバーに震動によるダメージを与えるものの、それは微々たるものだ。問題は船の方にダメージを与え、耐久値を大きく削られてしまうのである。


 一度この攻撃を食らってしまってそのことに気付いたオネェさんらは、突撃はなんとしても阻止しようと決意し、その後はどうにかこうにか防いでいる。


「気絶させなきゃ突撃してこないんだったら、地道にダメージを蓄積させてくって方法も……」


「確かに今のタイミングはヤバかったらな。……だけど、そうするとダメージを全然稼げない。持久戦になるぞ?」


「持久戦にねぇ……。追尾レーザーの弾道が読み切れないことがあるから、持久戦になったらこっちが不利だと思うわ。というわけだから、大きな方針としてはこれまで通りね」


「リーダー、その方針に異存は無いんだが、気絶狙いでも既に持久戦になりつつあるんじゃないか?」


「その通り。だから細部をちょっと変更するわよ(バチリ★)」


 全く上達の見られないへたくそなウィンクをしたオネェさんは、作戦の細部について変更を伝える。


 これまでは全周警戒をしていたときのまま船のへりに沿ってメンバーをほぼ均等に配置していたのだが、このバランスを変えて両舷の密度を上げる。そして魔法やアーツによる遠距離攻撃は牽制程度に抑えてMPをなるべく温存し、ホウダイザメを気絶させるのは大砲の砲撃に任せてしまう。これまでの経験から、大砲二発が直撃するとほぼ確実に気絶させられることが分かっているのだ。


 そうやって気絶させた後は、温存していた強力なアーツや魔法で集中砲火を浴びせるのだ。つまり大きな方針はそのままだが、狙いを絞ってダメージを稼ごうということである。なおホウダイザメが気絶から回復したら、突撃を撃ち落とす為にこれまで通りの全周警戒の配置に戻らなくてはならないので、一部のメンバーはちょっとだけ忙しくなる。


 大砲による攻撃が効果的であることから分かるように、ホウダイザメには魔法よりも物理的な攻撃の方が良く効く傾向がある。なので、もしこの場にマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)が居たらならば、清歌と聡一郎などは気絶させたホウダイザメに跳び移り、直接攻撃を加えていたことだろう。あるいは弥生による高高度からの急降下攻撃か。


 大きなダメージを期待できる戦法ではあるのだが、残念ながらこのグループにはそんなアクロバティックなことをできるメンバーはいない。普通の冒険者の場合だと跳び移ることは頑張ればなんとかなるかもしれないが、船に戻るのが非常に困難なのである。弥生たちは慣れてしまってつい忘れがちだが、あの二人がちょっとおかしいのである。


 ともあれ、若干修正を加えた戦法を用いてオネェさんらは改めてホウダイザメと対峙する。


 この作戦が功を奏し、少々船上の移動が忙しくなったことと引き換えに時間当たりのダメージ量は確実に増加した。そうして戦闘開始から四十分余り経過した頃、遂にホウダイザメのHPを削り切ることに成功する。


 グゴア゛ァァァァーーー!!


「いよっしゃあー!」「大勝利~!」「見たか、鮫野郎!」「なにそれ、新作ラーメン?」「濃厚なフカヒレスープのラーメン?」「美味い……かなぁ?」「あははは」


 勝利を喜び、メンバーが甲板上で勝鬨の声を上げる。さらには何やらコントじみた会話で笑いが起きているが、これを油断していると断じるのは些か酷というものであろう。リーダーたるオネェさんも、このままサメは光の粒となって消えるものと思っていた。


 大きな口を開けて断末魔の声を上げていたホウダイザメが、やがて力尽き完全に沈黙する。と、その時、海面上に現れている背中に再び異変が起きた。なんと格子模様の幾つかがパカリと開いたのだ。――そう、まるで垂直に発射するミサイル発射管のハッチが開くように。


「ファッ!?」「えっ、なにアレ?」「おいおい、まさか……」


 それに気づいたものが妙な声を上げたのとほぼ同時に、開いたハッチからミサイル――のようなものが発射され、ホウダイザメ本体は光の粒となって消えた。


「総員、遠距離攻撃準備! ミサイルを撃ち落とすわよっ!!」


 オネェさんが慌てて指示を飛ばし、ワンテンポ遅れてメンバーたちが再び武器を構える。


 打ち出された十数発のミサイルは飛行機雲のような軌跡を残しつつ、船に向かって殺到する。見たところ船の右舷全体を狙っているものと、高い位置から甲板目掛けて来ているものに分かれているので、これに対応しオネェさんらも二手に分かれて迎撃を始める。


 魔法とアーツが次々と放たれるとその一部がミサイルに命中、爆発し、想像していたよりも大きな爆音と衝撃が伝わってくる。


「「「やった……か?」」」「だからそういうベタなフラグを……」


 海上と上空に立ち込める黒い煙を見つめながら様子を窺う冒険者たち。果たしてフラグを立てたせいなのか、海上の煙を突き破って一発のミサイルが飛来する。


 これを撃ち落とすべく再び攻撃を仕掛けるも、チャージ時間やクールタイムの問題で残念ながらその密度は薄く、遂にミサイルが船の側面に命中する。


 激しい爆音とともに大きな衝撃が大型帆船を襲った。


「キャアーー!!」「のわぁーー!」「Nooo――!!」




 激しい揺れが収まったところでオネェさんは立ち上がり、仲間たちに声を掛けて被害状況の確認を行った。


 幸いなことに今回の戦闘で犠牲者はいなかった。が、船の方は多大なダメージを受け、耐久値が四割を切ってしまっていた。なんだかんだで追尾レーザーも船に命中しており、突撃も一回食らっている。何より最後にミサイルの直撃を受けたのが大きかった。


 ちなみに船のへりから乗り出してミサイルが当たった部分を見てみたところ、黒く焦げてはいたものの穴が空いてはいなかった。基本的な仕様として、耐久値が仮にゼロになったとしても船がバラバラに砕け散るわけでは無く航行不能になるだけであり、どうやら船の形そのものが壊れるということはないということのようだ。


「最後のミサイルが本命で、その前は全部囮だったということかニャ?」


「そうでござろうな。なかなかキツイ置き土産でござった」


「そおねぇ……。でもまあ、船は修理すればいいんだし、戦いには勝ったんだからこれで良しとしましょう。じゃあ修理を始めつつ再出発を……」


「あ、ちょっと待ってリーダー。そうそうあんなのに遭遇するとは思えないけど、耐久値を多少回復させてから再出発した方が良いんじゃないかしら?」


 サブリーダーである海月姉さんからの提案にオネェさんはもっともだと頷く。中心メンバーで話し合った結果、船の耐久値が六割を超えるまでこの海域に留まり、その間は自由行動と決まるのであった。




 船で釣りをする者や、マストに登り見張り台からの景色を楽しむ者、海に飛び込んで素潜りをしては転移で船に戻って来る者、スベラギやスタート地点の島などに戻り狩りや生産活動をする者――などなど、めいめいが好きなようにリフレッシュしている最中、オネェさんの元にマーチトイボックスのギルドマスターから連絡が入った。


『はいは~い、こちらオネェさんです』


『こんにちは~。今大丈夫ですか?』


『あはは……、ちょうど今大丈夫になったところよ』


 オネェさんがこれこれしかじかでと、ホウダイザメとの戦闘についてザックリ説明する。


『それは災難でしたね……。わたしたちは海の中でマグロと戦ったんですが、こっちも結構大変でした』


『海の中? マグロ? なにそれ、詳しく聴きたいわ!』


『あはは。え~っと、その話がメインではないんですけど、ちょっと気になることがありまして……。いちど最初の島にでも集まって情報交換をしませんか?』


 なんでも彼女たち自身だけでなく知り合いのグループからも、その“気になる事”に関する相談を持ち掛けられたとのこと。


 オネェさんらはオーソドックスな海ルートでイベントを進めているのだが、今までのところ特に気になっていることは無い。なので、彼女たちは自分たちが持っていない情報を掴んでいるのかもしれない。


 タイミングよく今は自由時間だ。オネェさんは海月姉さんと相談の上、二人で情報交換会に赴くことにした。







 お花見イベント四日目、その二回目のログイン。ログイン直後にサクラ組から中央島に関する情報を得た弥生は、同じくログインしていたオネェさんらのグループに連絡を取り、情報交換会を行う運びとなった。イベントの根幹にかかわる話(になるかもしれない)ので、先行していて人員も多いオネェさんのグループを巻き込んでおいた方が良いだろうという判断である。


 ちなみに今日は試験が終わり後顧の憂いもなくなった上に午後はまるっと時間が空いているので、平日にもかかわらず二度目のログインをしている。まあ自分たちへのちょっとしたご褒美といったところである。――試験中も<ミリオンワールド>で遊んでいたんじゃ? などという無粋なツッコミはしてはいけない。


 ともあれ、そういったわけで代表を任された弥生と悠司は、二人でスタート地点の島へと戻って来ていた。クジラ船の方は航海を続けていて、情報交換会が終わった頃には次の目的地である岩礁地帯に到着しているだろう。


 ちなみに岩礁地帯を目指しているのは、折角海中の探索ができるのだから、いかにも難破船などが沈んでいそうなところがいいだろうという理由である。相変わらず王道からはちょっとズレているマーチトイボックスなのであった。


 分かり易い目印ということで、待ち合わせは造船ドックの前だ。今回の情報交換会に参加するメンバーは六人。弥生と悠司、天都と田村、オネェさんと海月姉さんである。


 集合した六人は造船ドックそばのオープンカフェに移動すると、それぞれ飲み物を注文してから、まずはお互いにイベントの経緯をざっと説明し合った。


 余談ながら天都と田村、オネェさんと海月姉さんはフレンド登録をしていないものの、互いに面識はあった。カフェ・トイボックスの常連である二人にとって、田村はカフェのマスター、天都は時々手伝っているウェイトレスで、マーチトイボックスとは知り合いなのだろうという認識である。


 のんびり食べ歩きをメインにイベントを楽しんでいるという天都たちにオネェさんらが「そういう楽しみ方もあるか」と感心し、潜水したクジラ船から撮影した映像に皆が目を瞠り、ホウダイザメのえげつない置き土産の話に悠司が渋い顔になったりしつつ、取り敢えず互いの経緯については理解した。


 重要なのはここからである。先ずはサクラ組から話を始めた。




 ウェイトレスさんから話を聞いた後、天都たちは二手に別れ港町で聞き込みを行った。


 テレビゲームのRPGならばNPCの前でボタンを押すだけで――最近は近づけば勝手に話してくれるパターンもある――聞き込みができるのだが、VRではそうはいかない。慣れない作業に手間取るも、どうにか情報を集めることはできた。どうやらゲーム的に役割を与えられていないNPCは、基本的にプレイヤーに対して親切な対応をしてくれるらしい。


 さて、集まった情報を統合してみると、以下のことが分かった。


 中央島には特にこれといったものは何も無く、普段は定期便も行き来していない。


 この時期だけ中央島に咲く花があり、それが割と稀少な素材なので、本数は少ないが定期便が運航している。


 島の周囲には海棲魔物の縄張りがあるらしく、不用意に近付いた船は沈められてしまう。定期便のルートは安全。そういった危険性があることも、普段定期便が出ていない理由の一つ。


 中央島にはかつて力によってこの群島一帯を支配していた一族がいたのだが、住民たちの反乱にあって滅亡した。


彼らの棲み処は跡形もなく破壊され、財産などは根こそぎ強奪されたため今はもう廃墟すら残っていない。


 滅ぼされた一族の呪いで船が沈む。特定のルートでしか島に行けないのは、隠し財宝の在処へ通じるルートが魔法で閉ざされているから、などと言った迷信がある。ちなみに島の住民はまるで信じていない。




「――と言ったことが分かりました。総合すると、近づかなければ何も問題は無く、この季節以外は近づく理由も無いので放置されている島……といった感じのようなんです」


 天都からの報告を聴いた弥生は悠司と顔を見合わせる。ちなみにオネェさんと海月姉さんの方も似たような反応だ。つまり――


「なんつーか……、イベントの目的の島にしては設定がショボくね?」


 ――とうことである。なお、身も蓋も無い感想を述べたのは悠司で、聞き込みをした天都と田村は苦笑を漏らしていた。サクラ組の面々も情報を突き合わせた際に似たような感想を持ったのである。


 どうせなら夜な夜な幽霊船が現れるだの、激しい海流に閉ざされていて迷路のようなルートを辿らなければ島に辿り着けないだのといった曰くがあった方が盛り上がるというものだろう。或いはこの時期になると島全体に花が咲き乱れるとか、精霊が降臨して一夜だけ咲く花があるとかのファンタジックな方向性でも構わない。


 曰くはあれど、何も無いからただ放置されている島。謎っぽい仕掛けもあるようだが、それも普通に回避できる。――これでは冒険者たちのテンションがダダ下がりである。


「そお……ねぇ。ああ、ところでその……この時期だけ咲く割と稀少な花? っていうのが例の“伝説の枝垂れ桜”ってことなのかしら?」


「私たちもそう思って詳しく聴いてみたんですが、どうも外見を聞くとソメイヨシノっぽいんです……」


「あと島にはそこら中に生えているそうなんで、そういう面でも“伝説の木”ではなさそうですね」


 オネェさんからの質問に、天都と田村が首を傾げつつ答えた。


 なお、そこら中に生えているのに稀少なのは何故かというと、その木は中央島でしか花を咲かせないとのこと。なんでも以前中央島から持ち出し移植を試みたのだが、しっかりと根付くのだが何年経っても蕾を付けることはなかったのだそうだ。


「……で、その枝垂れ桜なんですけど、ちょっとこの写真を見て貰えますか?」


 弥生は一枚の写真を表示させてオネェさんや天都たちの方へ向ける。たまたま島と島の隙間から中央島を視認できる場所を通過したので、その時に撮影したものだと説明する。


「やっぱり、何も無いですね」「う~ん、確かにな~んにも無いね?」


 予め情報収集をしていたサクラ組の二人は、改めて事実を突きつけられどこかガッカリしたような反応だ。一方、オネェさんと海月姉さんはと言うと――


「う~ん、予想ではこう……島の真ん中に遠くからでも一目で分かような、馬鹿げたサイズの枝垂れ桜があるもんだと思ってたのよねぇ」


「あー、私もそう思ってましたよ。でもそんな目立つ物があれば、NPCも“何も無い島”だなんて言わないか」


 自分たちの予想と全く違う中央島の姿に首を捻っていた。


 ちなみにオネェさんが自身が予想していたことを語っていた時、サクラ組の二人も頷いていた。どうやらイベントの説明から受ける印象は、だいたい共通していると考えていいようだ。


 全員が情報を共有したところで、議長役の弥生がおもむろに切り出した。


「それで……ですね、これらの情報を総合すると、ただ中央島に辿り着くだけではイベントをクリアしたことにはならないんじゃないかと思うんですが……、どうでしょう?」


「まあ、そう考えるのが妥当でしょうねぇ。問題は開発がどんな仕掛けをしてるかってことなんだけど……」


「「「「「う~~ん……」」」」」


 お花見会場まで旅をする単純なイベントではなく、一筋縄ではいかない何かが用意されているのは、まず間違いない。RPGでは何かしらの謎や仕掛け(ギミック)を解くことで、ストーリーやイベントが進行するというのはある種のお約束だ。では今回の場合は、一体どんな仕掛けが考えられるだろうかと一同が頭を捻る。


「この島の山が実はカルデラ状になっていて、越えると枝垂れ桜があるとか?」


「それだと……謎って言うにはちょっと単純すぎない?」


「じゃあ特定の時間に山を越えないとサクラの場所に行けないとか?」


「あ~、アレだね! かたわr……げふんげふん、黄昏時とかにね」


「なるほど……。あとはそうだな、いっそ地下に大きな空洞があって、そこに咲いてるとかはどうだ?」


「ああ、それは見てみたいわね。暗い地下空洞に、ぼんやりと光って浮かび上がる枝垂れ桜っていうのも、なかなか風流でしょうね」


「どっちも悪くないと思うけど……、私としては反乱で滅ぼされたっていう一族っていうのが、な~んか臭う(・・)気がするのよねぇ……」


「あ~、私もオネェさんの意見に一票です」


「確かに。一族の呪いってのは迷信扱いされてるみたいだけど、案外それが事実だったってのもアリだよな」


 それぞれの予想を出し合い、何やら妙に盛り上がってしまう六人。


 とは言え、ここで話していても結論が出る類の話でもない。ただ確実に言えるのは、少なくとも何かしらの仕掛けや謎があるということと、それを解くための時間が必要であるということだ。


「そこで提案なんですが、少し急いで中央島に行ってみませんか?」


「それってここに居る三グループ全部でってこと? 何だったら先行してる私たちが行って、情報を回してもいいわよ?」


 この情報交換会に呼んでくれなければ、中央島に関する話を知ったのはもっと後のことになっただろう。その対価として、今度は自分たちのグループが先行して情報を仕入れてくるのも吝かではないとオネェさんが提案する。特にオネェさんたちは大所帯なので、途中でメンバーを降ろして島の探索も同時進行できる。多少予定していたルートを変更する必要があるだけで、なにもリスクは無い。


 オネェさんからの提案に弥生はお礼を言う。が、やはり三グループ全員で行くべきだろうと弥生は主張した。


 というのも、先行しているオネェさんらは自前の船を使って、サクラ組は定期便で、そしてマーチトイボックスはクジラ船で海中からと、それぞれ別のルートを用いて中央島へ向かうことができるのだ。何がトリガーになっているのか分からない以上、様々なパターンで接近を試みるべきであろう。


 弥生の説明には説得力があり、ここに集まった三グループは予定を繰り上げて中央島へ急ぎ向かうこととなった。


 ちなみに今回共有した情報は、推測については省き客観的な事実のみを掲示板にアップすることとなった。その作業は顔が広く名も知られているオネェさんが担当してくれるとのこと。


 そしてそれぞれの大まかな予定ルートなどを確認し合い、今回の情報交換会はお開きとなった。六人が席を立つ。


「今日は呼んでくれて本当にありがとう。また何か情報が集まったらやりましょう、ね?(バチリ★)」


「こちらこそ、急な話なのに来て頂けて良かったです。また、よろしくお願いします」


「皆さん、ありがとうございました~! じゃあまた次の機会があれば、その時にということで。え~っと…………では、セイルに風を!」


 締めの言葉に迷った弥生が、とあるアニメ作品からパクった――もとい、オマージュした台詞を言うと、元ネタが分かったらしいオネェさんと天都が瞳をキュピーンと光らせた。


「「追い風を祈る!」」


 完璧にハモった台詞に思わず笑ってしまう六人なのであった。




 ちなみにこのフレーズ、オネェさんが掲示板に情報を上げた時に締めの台詞として書き込んだことから妙に広まってしまい、このイベント期間中あちこちで聞かれるようになる。


 そしてとある港でたまたま耳にした弥生が頭を抱えることとなるのだが――それはまだ少し先の話である。





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