#12―05
オープンテラスでご当地グルメを十分堪能したサクラ組は、食後のコーヒー(お代わり自由)を頂きながら全体マップを広げて次に渡る島について相談していた。
サクラ組のスタート地点はマーチトイボックスらと同じ島から、即ち北を正午に置いた時計で考えるとおおよそ五時の場所である。そこから北西方向の島に向かう定期便に乗って、今はスタート地点の島を含めて三つ目の島である。
ちなみに彼女たちのこれまでの行動はこんな感じである。
初日。最初に島で造船ドックの見物をしてから、食べ歩きを楽しむ。その後、二番目の島に渡る。
二日目。二番目の島の魔物が自分たちのレベルに合っていたので、お金と経験値稼ぎの為に狩りを行う。
三日目。二番目の島では釣り船が出ていたので、全員で釣りを楽しみ釣った魚を料理して貰って堪能する。その後、三番目の島へ渡る。
そして本日、四日目に至っている。
なお彼女たちが一日の活動の最後に次の島へ渡っているのは、定期便のチケットを購入した状態でログアウトすると、定期便が次の島に到着した後でログインすれば次の島の港から再開できるからである。船を所有している場合よりも自由度は低いが、徒歩でイベントに挑戦する場合でもログアウト中に距離を稼ぐシステムがあるのだ。
さて、彼女たちの居るこの三番目の島は西側が切り立った崖になっていて、島全体が坂――というかジャンプ台のような形になっている。その崖の上には櫓を大きくしたような展望台があり、サクラ組一行はこの島に到着してそのことを知ると、先ずその展望台に昇って景色を楽しんだのであった。
展望台から望む島々が浮かぶ海の景色は中々のもので、潮風も心地よかった。展望台の高さがちょっと惜しい感じだな、とは五十川の言である。
閑話休題。全体マップの話に戻ろう。
これから渡る予定の島はかなり大きめの島であり、複数ルートの定期便が発着するいわばハブ港として機能する島だ。スタート地点の島から出ている東西二本のルートから西を選択して以降は一本道で、しかも東ルートは推奨レベルが若干高めだったことから事実上ここまでは選択肢が無かったと言っていい。なので、次の島から本格的にルートの選択を始めることになるのだ。
「それにしても大きな島にはポータル設置されてるみたいで良かったな。万が一ルート選択をミスっても、そこからやり直しがきくから」
マップを見ながら語る五十川に、三人が頷いた。今回のイベント会場であるこの群島は、ハブ港として機能する大きめの島にしかポータルが設置されていないのだ。航路の中継地点としてのみ機能する小さな島はさておき、二方向にルートが分岐しているにも拘らずポータルが無い島というのもあり、徒歩組は航路の選択に十分注意する必要がある。
ちなみにルート選択のミス以外にも、このイベントでは割と局所的に天候の変化があるということなので、場合によってはルート変更を余儀なくされる場合もありそうだ。なので、ポータルのある島に立ち寄っておくことは重要なのである。
「こういう時はゴール地点から逆方向に考えると良いんですど……」
「……なんか真ん中の島に向かう定期便って少なくない?」
マップを改めて見ると、一番大きな中央の島に向かう定期便のルートが意外と少ない。中央の島からほぼ同じ距離にある島でも、船が出ている島とよりも出ていない島の方が多い。中央の島には東西南北四つの港があり、それぞれの港に一本か二本定期便があるのみである。
従ってまずはその中央の島への定期便を出している島に着くことが先決である。自分たちのレベルや掛けられる時間などを考慮し、更に多少の余裕を持たせたプランを、あーでもないこーでもないと意見を出し合いながら煮詰めていく。
最終的に出来上がったルートは、次のハブ港から北東に向かい弧を描くようにして中央島の東に至るというものだ。数字の“2”を斜めにしてちょっと潰したような形である。ちなみにスタート地点から次の島への航路が、“2”の直線部分に当たる。
このルートなら経由する島の推奨レベルも程よくレベリングも可能で、かつハブ港である大きめの島もいくつか経由するのでいざという時にやり直すのも比較的楽なはずだ。ハブ港は港町も立派だろうから食べ歩きについてもバッチリだ。
このプランで問題は無い。無いはず――なのだが、天都は全体マップを見つめて怪訝な表情を浮かべる。
「天都さん、どうかしたの? どこか寄りたい島でも見つかった?」
天都の様子に気付いた五十川が、恐らく違うだろうなとは思いつつ話題を振った。
「あ……ううん、そういう訳じゃないんですけど……」
確証があるわけでは無いので少々自信なさげではあるものの、天都は「何か奇妙ではないか」と語る。
今回のイベントは中央の島がゴール地点として最初から明かされており、そこに至る旅を楽しむものだ。――少なくとも、イベントの解説を読む限りではそのような印象を受けた。
ゴール地点が最初から明かされているのだから、予定を立てて期限ギリギリの最終日やその前日に中央の島に向かうプレイヤーが多いことが予想される。定期便は本数と定員が定められているのだから、プレイヤーをばらけさせる為にも中央島へと向かう航路は多く用意されていて然るべきではないか?
無論、船を作るプレイヤーが多数派を占めると開発が予想していて、それを元に定期便の設定をした可能性もある。実際その予測は当たっているのだが、それでもある程度は余裕を持たせておくべきである。
そう考えると、この航路の少なさはどうにも怪しく思えてならない。
そもそも設定的に考えるなら、定期便は冒険者達の為にあるのではない。伝説の大枝垂れ桜とやらがあるのならば観光地としてこの時期はさぞや賑わうはずで、そのための定期便も数多く用意されていなければおかしい。
「うーん、考え過ぎじゃない? ほら、お話にもあるでしょ、海流がどうたらとかで海の難所があるから近づけない……みたいな」
「それならいいんですが……、でもほら、岩礁とか浅瀬とかはマップに表示されてるけど……」
「中央島付近には……何も無いね。これは……やっぱり怪しい?」
マップの中央付近を見つめて、「う~ん」と唸る一同。
考える程に疑惑はどんどん膨れ上がる。そもそも今回のイベントはシンプル過ぎるのだ。自分たちの船を作って航海するという点に目が行きがちだが、結局のところ目的地まで旅をしてみんなでお花見をするだけ。途中の島での冒険や観光、恐らくいるであろう海棲魔物との海戦なども全て任意である。
極端なことを言えば、船を作ってから中央島を目的地に設定してログアウトしっぱなしでもクリアできるということになる。
また船を作るというシステムに飛びつくプレイヤーが多く、前半はじっくり造船するという風潮もあるようだ。船を作ってしまえば定期便の航路など無用となるので、掲示板でも話題に取り上げられていない。この流れにも、何か意図的なものを感じてしまう。
「ヒントを撒いておきながら、そこに目が行かないように仕向けるか。……質が悪いなー」
「といっても、それが本当かどうかは分からないっていうのが問題だね」
「一度怪しいって思っちゃうと、何でもかんでも怪しく見えるんですよね。ミステリーと同じです」
「って、言い出しっぺのチカがそんなこと言っちゃダメでしょ。本当のところ、どのくらい怪しいって思ってるの? パーセンテージで答えて、ハイッ!」
「ええっ!? パーセンテージ!?」
突然クイズのようなことを言い出す田村に、天都はワタワタと慌てて意味もなく五十川や近藤を交互に見る。ちなみに田村は今年に入ってから天都のことをチカと、天都も田村の事をトモちゃんと呼ぶようになっている。下の名前である睦子と朋美からつけたあだ名――というか略称?――である。
パーセンテージと言われてもと、天都は首を傾げる。聞いた話や体験したことなどから察するに、<ミリオンワールド>の開発スタッフはアレコレ仕込むのが好きらしい。今回のイベントで何か仕掛けを施すとしたら、やはりゴール地点の枝垂れ桜であろう。一体何の“伝説”なんだと、ツッコミどころもあるし。
しかしまあ推理とも呼べないただの憶測なので、ここは控えめに。
「うーん、六十……八パーセント、くらいかな?」
「微妙だな」「……ビミョーな数字だね」「うん、微妙」
「折角答えたのにその反応って……。じゃあ皆は何パーセントくらいだと思うの?」
逆に天都に聞き返された三人は目を逸らしつつ、さり気ない風を装ってコーヒーカップに口をつけた。三人とも口々に微妙と言ってはいるが、自分が答えるとしたら恐らく同じくらいの数字だっただろう。そんな様子を見た天都が、大袈裟にガクッと肩を落として見せる。
「あはは。まあでも念のため、きっと何か仕掛けがあるって考えておいた方が良いだろうな」
「僕もそっちに一票」
「その点は私も同じく。……で、具体的にはどうするの?」
田村の問いに、天都と五十川は顔を見合わせてから一つ頷いた。サクラ組は少しだけ<ミリオンワールド>の先輩であるこの二人が、リーダー的な立ち位置なのである。
「今取れる対策は、少し日程を前倒しにして、余裕をもって真ん中の島に付くように調整するくらいだな」
「うん。あと途中経由する島では、聞き込みもした方が良いかも」
先ほど立てたプランでもログイン一~二回分くらいの余裕は持っているのだが、狩りを行う予定を削る必要がありそうである。まあ今回のイベントは観光をメインに据えているので、狩りの予定を削ることにそれほど抵抗は無い。
概ね今後の予定が決まった丁度その時、四人のテーブルの傍を通った店員さんが空になったコーヒーカップにお代わりを注いでくれた。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして! すみません、聞こえちゃったんですけど、お客さんたちは冒険者さん? この……島に行くつもりなんですか?」
お喋り好きっぽい雰囲気の女性店員さん(二十代前半)が、マップの中央を指差しながら言う言葉には、なんでそんな場所に行くのか? というニュアンスが含まれていた。
「えっと……、ナニかあるんですか?」
やはり何かあるのだろうか? 例えば島に近づくと方角を見失うとか、謎の沈没をしてしまうとか、海賊船が現れて襲われてしまうとか、人を惑わす歌声が聞こえてくるとか――などと想像して、思わず息を飲む。
四人がそんなことを考えているのを他所に、店員さんはカラッとした笑顔で答えた。
「逆です逆です。あんな何も無い島に、冒険者さんたちはどうして行くのかなーって思ったんですよ」
「「「「……え?」」」」
全くの予想外だった答えに、ポカンとしてしまう四人なのであった。
サクラ組が貴重(かもしれない)情報をウェイトレスから聞き出していたその頃、マーチトイボックスの七人は最初の島で手に入れたアイテムを使って海中散歩を楽しんでいた。開発の罠が隠されているかもと頭を悩ませている天都たちとは大違いで、何とも暢気なものである。
さて、彼女たちが手に入れたアイテムはスキューバダイビングの道具一式――ではなく、宝石の付いたチョーカーのようなアイテムで、ダイバーズチョーカーという全く捻りの無いネーミングのものである。首に巻いて起動させると頭の周囲に球形の透明なフィールドが張られ、水の侵入を防ぎ普通に呼吸ができるようになるという魔法の道具である。
ゴーグルで視界を遮ること無く、またレギュレーターを口にくわえる必要も無いという、ファンタジーならではの便利道具だ。ちなみにこういう道具を見つけて来るのは、例によって清歌である。
魔法の道具だけあって、使用中は徐々に魔力を消費するもののその量は少なく、平時ならば自動回復量と釣り合う――人によっては上回る――ので、戦闘さえ行わなければ制限時間は無い。
実に便利な道具であり、性能を考えればお値段もリーズナブルと言える範囲、しかも使い捨てでもないなど、寧ろ便利過ぎて心配になってしまうようなアイテムなのだが、残念ながらこのイベントでしか使用できないという制限があり、終了後には自動的に消滅することになっている。
リーズナブルではあるものの決して安い買い物ではなく、広い意味で考えれば使い捨てと言えるこのアイテムを、「使ったら面白そうでしたので(ニッコリ☆)」という理由だけで人数分ポンと買って来てしまうのは、流石は清歌と言うべきか。
なおマッコウちゃんはマーチトイボックス一行が海中に出た後は、その辺を泳いで食事に勤しんでいる。本来誰も乗っていない船は動けないシステムなのだが、マッコウちゃんの食事は普通の船の修理に当たるので例外のようだ。ちなみに誰かが転移で戻った場合は元の位置に戻ってしまうので、食事を利用して先行してもらうという手は使えないようになっている。
さて、様々な色や形のサンゴを眺めたり、海藻の森でちょっと迷子になったり、小魚の巨大な群れに巻き込まれたりと、なかなか面白い体験をしている四人と三人ではあるが、普通のダイビングとは大きく異なる点が一つあった。そう、ここはRPGの世界なのだから、当然戦闘があるのだ。
海中散歩を始めた当初、七人とも現実のダイビングをするような感覚でいた為、魔物の存在など考えることも無くただ楽しんでいた。魔物が居ることに気付いたのは巨大なイソギンチャクを見つけた凛と千代が、カクレクマノミごっこをしていたらスリップダメージを受けていた、というちょっとした事件があったからである。どうやら海中の魔物は、それと気づいて見ない限りマーカー表示はされないようだ。
多くの海棲生物はノンアクティブの魔物のようで、こちらからちょっかいを掛けなければ攻撃してくることは無く、気を付けていれば特に問題は無かった。
しかしながら何事にも例外はあるもので、弥生、清歌、悠司のパーティーはとある魔物から奇襲を受けて戦闘中であった。
ちなみに清歌は雪苺のみを召喚している。呼吸が必要な千颯は水中行動が出来ず、凍華は呼吸の必要はないものの水中での行動は不得手、意外なことにペンギンである静も泳ぎは苦手だった上に息継ぎも必要だったので、結局同行できるのが飛夏と雪苺だけだったのである。ただそれ故に最初の不意打ちを飛夏がしっかりガードしてくれたので、結果的にはこれで良かったと言うべきだろう。
海底から少し浮き上がったところで、清歌が囮として魔物の突進を待ち構えている。今の清歌はノースリーブの着物に籠手などを装備している女忍者スタイルだ。海の中での行動に、袖やフードのある上衣は邪魔だったのだ。
そんな清歌目がけて鼻先に鋭い切っ先の剣(のようなもの)が伸びているマグロが、勢いよく突進してきた。
魔物の名前はサイケンマグロ。債券鮪でもなんとな~く意味は通りそうな気もするが、おそらく細剣鮪ということなのだろう。文字通りレイピアのような切っ先を頭の先に持つちょっとスリムな鮪である。
なお剣のような物が付いたマグロならカジキマグロでいいじゃないか、と思う人もいるかもしれないが、旗のような背びれは無く、ちょっとスリムなところを除けば体型もカラーリングもマグロそのものなので、やはりこれはマグロなのだろう。
攻撃方法は突進による一撃離脱のみ。実にシンプルだが凄いスピードであることと、そもそもこちら側は水中で動き難いために厄介な相手であった。
とはいえ、二度三度と繰り返してタイミングが分かってしまえば、清歌にとってはどうとでも対処ができる。突進のタイミングに合わせて半身になって切っ先を躱すと、清歌はマグロの頭部に痛烈な肘鉄を食らわせた。
たまらずヘロヘロと海底へ墜落しそうになるものの、サイケンマグロは意地を見せて姿勢を立て直そうとした。そこへ海底で待ち構えていた弥生の砲撃と悠司の狙撃が、そして真上からは雪苺からの魔法攻撃が殺到する。
それでもなお離脱しようと頑張るサイケンマグロの尻尾に、無情にも清歌が飛ばしたワイヤーが絡みつきショックバインドが炸裂、気絶状態になってしまった。
そこへ更なる追撃が加えられ、サイケンマグロはあえなく海の藻屑と――ではなく、光の粒となって消えるのであった。
無事戦いに勝利した三人は集合して互いに親指をにゅっと上げ、互いの健闘を称えた。
弥生はウィンドウを表示させると、ポチポチと入力して実行する。
『そろそろ船に戻ろうか?』
弥生の前にコミックエフェクトによる立体的で半透明の文字が表示された。清歌と悠司は顔を見合わせてからその提案に頷く。
絵梨たちのパーティーにはメールで帰還する旨を知らせ、三人はクジラ船へと転移するのであった。
程なくしてマーチトイボックス一同はクジラ船で合流し、海面へと浮上した。
「ふわぁ~、お日様が気持ちい~!」
両手を広げて深呼吸しながら弥生が声を上げる。
「海中散歩も面白いけど、やっぱり人間は地上の生き物ね」
しばらくのんびりと過ごしながら七人は海中散歩の感想を語り合う。ちなみに濡れた服や装備については、どうやって干そうかと考えている内にあっと言う間に乾いてしまった。なんとも便利な話である。
感想の中で真っ先に話題に上がったのは、海中では会話ができなくなるという点であった。これはダイバーズチョーカーの唯一と言っていい欠点であり、声が伝わらないだけでなくチャットも使用不能になる。つまりこの点だけは現実のダイビングのように、ハンドサインや専用のボードを使ったメモなどを使う必要があるのだ。
なお清歌たちは気づかなかったことだが、チョーカーが形成する球形のフィールド同志をくっ付けると空間が繋がり、普通に会話することができるようになるという裏技があるのだが、いずれにせよ不便であることには違いない。
さて、ハンドサインなど決めておらずボードも持っていないマーチトイボックスはどうしたのかというと、まず最初にメール機能を使用してみた。メール機能は普通に使用することができたのだが、宛先を設定して送る事や受け取った側も表示させるという手間が、短いフレーズを伝える為だけにするのが少々面倒だった。
そこで使ったのがコミックエフェクトである。エディターは高機能ゆえに慣れない者にとっては取っつき難いものではあるが、文字入力だけに限定して使えば難しいものではない。文字を入力して決定しアーツを発動すれば、近くにいる物にはメッセージが見えるというわけである。オンラインゲームの吹き出しチャットをイメージすると分かり易いであろう。
「何度も使いそうなフレーズを定型文で用意しておくと便利かも。戦闘の時とか」
「あー、確かに戦闘中に入力するのはちょっと難しいよな。……っつーか、そうなるとまんまオンラインゲームだよな」
「確かにそれは便利かもしれないけど……、正直言って使う機会が無い方が良いわ。海中戦闘は避ける方向でお願いしたいところね」
絵梨がげっそりとした表情でお手上げポーズをすると、弥生たち他のメンバーも概ねそれに賛同した。
普通のアクション系RPGだと、呼吸の問題さえ解決すれば割と水中でも普通に戦闘できてしまうものだが、<ミリオンワールド>ではそう簡単な話では無かった。何をするにしても水の抵抗がある為、散歩を楽しむ程度ならともかく、戦闘となるとかなり難儀だったのだ。
なので接近しての白兵戦はなるべく避ける方向で、ダメージソースとなるのは専ら遠距離攻撃となっていた。水の抵抗を考慮しつつ、最小限の動きで接近戦をやってのける清歌や聡一郎は例外である。
「うーむ……、確かに戦いづらい環境ではあったな。清歌嬢はどうだった?」
「そうですね。やはり水の抵抗がありますから、水中戦で不利になるのは仕方ありませんね。遠距離攻撃はそうでもないようでしたけれど……」
二人の視線を受けた絵梨と悠司、千代の遠距離攻撃組が顔を見合わせる。
「ライフルは……ってか実弾銃は弾の速度が落ちてたような気がする。……と、思うんだが?」
「はい、遅かったと思います。あと射程も短くなっていたんじゃないかと」
「妙なところで芸が細かいわねぇ……。その点、マジックミサイルの威力と射程は普段とあまり変わらなかったわ。ただ、魔法は属性によってはもの凄く減衰するみたい。例えばファイヤーボールとかは役に立たないと思っていいわね」
「ふむふむ。総合すると……、やっぱり水中戦闘は避けた方が無難ってことになるのかな?」
それぞれの意見を聞いた上でリーダーたる弥生がそう判断を下すと、他の六人も頷いた。
ちなみに海の魔物はアクティブでも自分の縄張りの外に出た相手は、それ以上追撃してこないことが多いという傾向があった。つまり戦闘になっても逃げるのは容易なので、無理して戦うことは無いという判断の裏付けにもなっている。
「でも戦闘はともかくとしても海中散歩は楽しかったから、イベント中に何回かやりたいよね」
「だなー。現実のスキューバもやってみたいとは思ってたんだが、ライセンスやら道具類やらいろいろ大変そうだからな。その点、こいつは楽だ」
「そう? まあ楽しかったけど、考えてみればマッコウちゃんで潜れば似たようなものなんだから、わざわざ海中に出ることは無いんじゃない?」
「私もどっちかって言うと絵梨さん派かな~。動くトンネル水槽で十分かも」
「考えてみれば確かにそうかも。あ、でもマッコウちゃんは結構大きいから……」
「うむ。歩きでないと行けない場所はあるだろうから、海中に出る必要に迫られる可能性はあるな」
「そうですね。海底に沈んでいる宝箱を開けるのは、マッコウちゃんではちょっと無理そうですから」
水中での戦闘についてや今後またチャレンジするかなど、賛否両論はあるようだが、初めての海中散歩には概ね満足したマーチトイボックス一行であった。
コンドミニアムとその庭でまったり過ごしながらさらに航海を続けることしばし、観測双眼鏡を覗きこんでいた清歌が、クジラ船を少しの間止めて欲しいと要求した。
「おっけ~。……はい、止まったよ。だけどどうかしたの?」
そう尋ねる弥生に、清歌は「少々お待ちください」と伝えると、空飛ぶ毛布に乗って真上に昇って行ってしまった。
「……どうかしたのか? 船が止まったみたいだが」
リビングルームでカードゲームに興じていた清歌と弥生を除く五人が、ゾロゾロと庭へと出て来た。それに対して弥生は肩を竦めて「さあ?」と答える。
程なくして庭に降りて来た清歌は顎に手を当てて何やら考え込んでいたが、やおら袂からスケッチブックを取り出すと、鉛筆を素早く走らせた。
取り敢えず作業が終わるのを待ってから、弥生が改めて尋ねる。
「で、結局何が気になったの?」
「そうですね……。その話をする前に、私はこのイベントのタイトルを聞いた時、こういったものだと想像していました」
清歌が見せたスケッチブックには海に浮かぶ島々が描かれており、中央の奥にある島には巨大な枝垂れ桜が描かれていた。絵のスケール感から考えると現実的には有り得ない程大きいそれは、ファンタジーでは割と定番の設定である世界樹を枝垂れ桜にするとこんな感じかな? という感じであった。
「あっ、そうそう、私もこんな感じを想像してたよ! 名付けて、世界樹桜」
「ベタなネーミングだなー。……でもまあ、俺もこんな感じだと思ってた。真下まで行ったらどこからどこまでが一本の木なのか分からないんだろうな、コレ」
「ま、現実にも在る程度の枝垂れ桜なら、わざわざ<ミリオンワールド>で“伝説の”なんて大袈裟なことを言う必要は無いわよね」
「それにしても、流石は清歌嬢。タイトルからイメージする景色そのままという感じの絵だな、これは」
どうやら自分が想像していたものはメンバー全員とさほど変わりなかったようで、清歌は内心で少しホッとする。
ちなみに年少組の二人は、清歌の絵を「おお~」と感嘆の声を零しつつ食い入るように見つめている。特に意見は述べていないが、想像していた通りと表情から読み取れるので問題は無いだろう。
「船を止めて頂いたのは、地図を見ると私たちがいる場所から、中央島を確認できると思ったからなのです」
清歌の示した全体マップを見ると、確かに現在位置のマーカー表示と中央島を結ぶ直線状に島は存在しない。ちょうど隙間を縫うような感じになっている。
ならば遠くからでも目的地を見てみようじゃないかと、観測双眼鏡を弥生が覗き込んだ。
「え~っと、こっちの方角だから……あ、これかな。って、あれ? んん? これは……」
「ちょっと弥生。占領していないで、次に譲りなさいな」
妙な声を上げる弥生を急かして絵梨が場所を交代するが、今度は絵梨が妙な声を上げて首を捻った。そんなことを繰り返し全員が見終わった。
なんとなく円陣に並んだ七人が互いの表情を窺うと、それぞれに困惑の色が浮かんでいた。
そこへ清歌が追い打ちをかけるように、上空から中央島を撮影した写真を見せた。
観測双眼鏡から見ると、手前の島でちょっと欠けていた中央島の全体像が見える。
少なくとも写真を見る限りでは、想像していたような枝垂れ桜の姿はどこにも見当たらなかった。