#12―04
お花見イベント四日目、清歌たちにとっては試験が終わった日の事、マーチトイボックスは出港の時を迎えていた。果たしてこれを船と言っていいものか? という疑問はあれど出港には違いない。
このタイミングでの出航は、オネェさんや掲示板から得た情報によれば、遅ればせながら――というほどのことでもない。というのも、イベント限定のレア素材を投入すると変わった船ができるという造船のシステムが知られるようになった後、グループを二手に分けて、一方は徒歩で先行しつつもう一方は造船を続けるという手法を採用するグループが増えたためである。
またそうするために合流するグループも増えたとのこと。同じ島からスタートするグループにフレンドが多いことから察するに、恐らくこの流れは予想されていたことなのだろう。
ちなみにこの手法を取っているグループはだいたい一週間を期限に定め、気に入った船が出来たら出港することにしているらしい。図らずもマーチトイボックスはこの流れに乗った形になっている。
「よ~し、じゃあそろそろ出港するよ。みんな準備は大丈夫?」
コンドミニアム(っぽい建物)の庭に集まったマーチトイボックス一同を見渡し、弥生が出港前の最終確認をする。リーダーとしてこの辺りのチェックを怠らないのは、本来称賛されるべきことなのだが、悠司が緊張感の欠ける声で茶々を入れた。
「準備っつーても、今回はいつでも町に戻れるからなー」
「ま~、そうなんだけどさ、いくら簡単に戻れるからって何か足りないものがある度に町に戻っちゃったら、旅をしてるっていう気分が無くなっちゃわない?」
「一理あるわね。実利的な話じゃなく、風情の問題なわけね」
「ふむ、なるほど。それに町に戻って調達したのでは間に合わないという事もあるだろうしな。備えあれば、というヤツだ」
「そうそう。ってわけで一応確認するよ~」
出港に先立ち、メンバーは手分けして冒険に必要そうなものを調達してきている。ポーション類などの消耗品や、武器防具の修理に必要な素材などボス戦やダンジョンアタックに必要そうなものを始め、この島限定の軽食やおやつ類、釣り道具や暇つぶし用のカードゲームといった船旅で使えそうなアイテムも買って来て準備は万端である。
調達は分担して行った為に、お互い具体的に何を買ってきたのか知らなかったので、思ったよりも沢山のアイテムがあったことに一同が感嘆の声を上げると同時に苦笑する。なんだかんだでメンバー全員が、このクジラ船での船旅を楽しみにしていたようだ。
特に慣れているからということで玩具アイテムの調達を任されていた清歌は、釣り道具やら水着やら自立型のハンモックなどなどを仕入れてきており、冒険というよりはのんびり船旅をする気満々のようである。
「おやつ類もたくさん買ってきましたから、長旅でも大丈夫ですよ!」
「はいは~い! せんせ~、バナナはおやつに入りますか?」
遠足と言えばコレ、という定番ネタを言う妹に弥生は呆れた表情でおざなりに「どっちでもいいよ~」と返事をした。するとおやつ類の仕入れを担当していた年少組二人が顔を見合わせて、ニヤリと笑みを浮かべた。
「「じゃあ、ドリヤンはおやつに入りますか?」」
「ええっ!? ドリアンって、そんなもの買ってきたの?」
弥生が目を円くし、他のメンバーもそれぞれに驚きの表情を見せる。
ドリアンと言えば、フルーツの王様とも呼ばれる果実だ。トゲトゲした特徴的な見た目や高い栄養価で濃厚な味わいがある事でも知られているが、それよりも有名なのはその強烈な臭いである。腐ったタマネギなど様々な比喩がされており、そのどれもがおよそフルーツに使われる言葉ではない。
まさか妹たちはそんな話を知らずに、買って来てしまったのだろうか?
「違うよお姉ちゃん、ドリアンじゃなくって」「ドリヤンですよ?」
「ドリ……ヤン? って、ナニソレ?」
「なんだその……、ペヤ〇グじゃなくてペヨ〇グみたいなのは……」
「ネタ臭が漂うフルーツねぇ……、ドリアンのパロディだけに」
凛と千代の話によると、なんでも二人は「バナナはおやつに入りますか?」というネタの為の小道具として――無論ちゃんと後で美味しく頂くつもりである――バナナを調達するために青果店に赴き、そこでバナナよりもネタになりそうなトゲトゲした果実を見つけたのである。
流石にドリアンそのものであれば二人も買う気は無かったのだが、店員に聞けばこの果実はドリヤンというものなのだそうだ。さらに詳しく聞くと、要するに味はドリアンで、香りはトロピカルフルーツ系のちょっと癖はあって好き嫌いが分かれるけど食べられない程ではないという、まさにネタにうってつけなフルーツだったのである。
「う~ん、そういうことならまあ……。っていうか、本当に買って来たの? 話のネタじゃなくて?」
「うん、一個だけ。バナナは買わなかったけど」
「……そこは普通にバナナの方を買ってこようよ」
なにやらおかしな妹の言動に、姉は肩を落としつつ力なくツッコミを入れる。この二人の行動から考えてみると、先日の鍋パーティーは妹たちが発案段階から参加していれば、まかり間違って闇鍋になった可能性もあるかもしれない。人知れずホッとする弥生であった。
「ふふっ、まあ良いのではありませんか? ドリアンがどのような味なのかは、私も興味がありますので」
「ということは、現実では食べたことが無いってことよね? チャレンジャーな清歌でも流石にドリアンには手を出していなかったのね」
「そうですね……、さすがに飛行機への持ち込みが禁止されるほどの臭いとなると、躊躇してしまいますね」
付け加えて言うなら、清歌は基本的に食に関しては“食べる人”というスタンスであり、従って自分で食材を調達したり、料理をしたりという発想がそもそも無い。ドリアンの原産地である東南アジア方面に頻繁に行くようなら、或いはたまたま町中で見かけて思わず手を出してしまった、などという可能性もあっただろうが、清歌の主な活動範囲は西欧と北米なのでそういうことも無かったのである。
まあドリヤンという妙なネタも見つかったが、ともあれ旅の準備は整っているようだ。
「さてと、じゃあドックからの出港申請をして……っと。清歌、撮影の準備をお願い」
「承知しました。おいで、ユキ」
弥生からの指示に頷いた清歌は雪苺を呼び出すと、エイリアスを数体生成、映像を見ながら配置を整える。文化祭の撮影ですっかり慣れてしまった作業なので、その手際は鮮やかである。
この撮影はイベントの記録を残すというよりも、天都たちサクラ組からのリクエストによるものだ。つい先ほどの事、学校で別れる前にちょこっと今回のイベントの話をした時、面白い船を手に入れた話をしたら写真に撮って見せて欲しいと頼まれたのである。
撮影の準備が終わった丁度その時、出港の許可が下りる。造船ドックは外見上一つの建物の中に複数のグループが入っているゲーム的な仕様なので、外に出るタイミングがかち合わないように調整する必要があるのだ。立体駐車場のようなものと考えれば分かり易いだろう。
メンバーをぐるっと見渡してアイコンタクトを取ってから、弥生は光の差し込むドックの出口へと向き直る。
「では……。前進微速、マッコウちゃん発進!」
「キューッ!」
弥生の指示にマッコウクジラは鳴き声で答えると、ドックの外へ向けて静かに進み始めた。
ちなみに弥生の台詞は、とあるアニメで戦艦が発進する時に代理で艦長を務めていたキャラが言った台詞をパクった物であり、実のところ船の“微速”とやらがどの程度の速さなのかはよく分かっていない。
「おお~、動いてるよ……マッコウちゃん」
「それは動くだろう。そうでなければ困る」
「……二人とも、ナニ間の抜けたこと言ってるのよ。ところでこの船の名前って、マッコウちゃんで決定なの?」
「ふふっ、もう定着してしまいましたから、それでよいのではありませんか?」
マーチトイボックス一行を乗せたクジラ船が、ドックから徐々にその巨体を明るい日差しの下に晒していき、そして遂に海へと乗り出した。
現在クジラ船は全身を撮影するため、わずかに海面から浮上したまま進んでいる。それはつまり周囲の人からもクジラ船の全容が見えているということであり、港や船に乗っている人々からの視線を根こそぎかき集めていた。
ぽかんと口を開けている人、魔物と思ったのか武器を手に警戒する人、双眼鏡やカメラを向けて来る人など反応は様々だが、とにかく注目されている事だけは間違いない。人が背中に乗っていることに気付くと、警戒していた人たちもこれが一応船であることに気付いたようだ。攻撃が飛んでこなくて良かったと、一同一安心である。
弥生は全身の撮影が終わっていることを清歌に確認すると、クジラ船をゆっくりと着水させる。クジラ船は飛沫を上げつつ海の中に身を沈めていき、やがて背中のみを海面に出した状態になった。こうなると本当に小さな島が動いているようにしか見えない。
予め皆で相談していた進路を弥生が設定すると、島の景色が徐々に遠ざかってゆく。港から見ていた人たちがこちらに向かって手を振っていて、凛と千代が大きく手を振り返していた。
こうしてマーチトイボックスを乗せたクジラ船はスタート地点の島を離れ、未知なる海と島を目指して航海を始めるのであった。
見上げれば青い空に綿菓子のような白い雲がふわりと浮かんでおり、視線を下げると穏やかな海が広がっている。少し遠くには大小の島々と、冒険者が乗っているであろう船の姿もいくつか見られた。
見渡す限りの大海を一隻だけで航海しているわけでは無いので意外と景色に変化があり、そういう意味ではすぐに見飽きてしまうということはなさそうだ。
もっとも何もすることの無い船旅が手持ち無沙汰なのには変わりがない。清歌たちはそれぞれ観測双眼鏡を覗いたり、釣りに挑戦してみたり、デッキチェアで――自前で調達してきたものもある――のんびり寛いでみたり、先ほど撮影した動画を鑑賞したりと、めいめい好きなように過ごしていた。
ちなみに釣りに挑戦しているのは男子二人で、家の両側面付近に置いた折り畳み式の椅子に座りヒットを待っている。残念ながら今のところ釣果はない。
「そういえば……清歌ってさ~、豪華客船とかって乗ったことはあるの?」
デッキチェアに寝ころび、わざわざグラスに入れたフルーツジュースをストローで飲んでリゾート気分を楽しんでいた弥生が、のほほんとした口調で尋ねた。
「豪華客船ですか? 乗ったことはありますけれど……」
「あ、やっぱりあるんだ?」「あるのねぇ……」「ちーちゃんはあるの?」「私はないよー」
「……ただ、乗ったことがあるだけですので、弥生さんが想像されているものとは異なるのではないかと」
やはり黛家は桁違いだな――といった感じで驚愕している弥生たちに、清歌はクスリと笑うと訂正を加えた。
聞けば清歌は豪華客船を利用した船上パーティーに招待されたことがあるとのこと。大体半日ほど滞在しただけであって、弥生たちが想像していたような、いわゆる“数十日間に及ぶ豪華客船の旅”をしたわけでは無い。
な~んだそういうことかと一瞬納得しかけた弥生は、パーティーの為に豪華客船を貸し切りにすることの方がよっぽど凄いことなのではと気づいて、不意に真顔になってしまった。無論、清歌は招待されただけなのだが、そういうことをする人物と交流があるというのは紛れもない事実である。
チラリと隣のデッキチェアに視線を向けると、何やら奇妙な表情をしている絵梨と視線が合った。この話は掘り下げない方が良いだろう――具体的には一体誰に招待されたのか、とか――と、二人は一瞬で理解し合う。これがアニメーションなら効果音と共に額の辺りに電気が迸っていることだろう。今度清歌にコミックエフェクトを作ってもらおうか? などと余計なことを考えていると――
「お姉さま、それって――」「清歌お姉さま、それは誰からの――」
無邪気な年少組がパンドラの箱を無雑作に開け放とうとした!
「と、こ、ろ、で! 弥生は何だっていきなりそんな話を? 船旅にもう飽きちゃったの?」
「いや~、流石にまだ飽きてはいないよ? でもなんていうかこう……、船の旅って基本的に暇だよな~って思って。景色もあんまり変わりばえしないし」
慌てて大きな声でかぶせた絵梨に乗っかり、弥生が話を変える。それを理解した清歌も、年少組の質問については敢えてスルーして会話を続ける。
「そうですね。だからこそ、世界一周の旅をするような客船には、様々な娯楽施設があるのですから」
「そう、それ! 前から思ってたんだけどさ、例えばカジノにしても劇場にしても普通に陸地にあるでしょ? なんでわざわざ豪華客船で遊ぶ必要があるのかな?」
弥生の素朴な疑問に絵梨が思わず吹き出した。飲み物には口をつけていたら危うく大惨事である。
「ちょっと弥生、それは順番が逆よ。そもそも豪華客船の旅っていうのに参加している人が居て、長旅の暇つぶしの為に娯楽施設があるのよ。カジノで遊ぶために豪華客船に乗るわけじゃないわ」
「それは分かってるよ。だからそうじゃなくて……、つまり暇つぶしが必要なほど退屈なら、飛行機とかでさっさと目的地まで行って、そこで目一杯遊べばいいんじゃないかって思わない?」
弥生の至極もっともな理屈に、絵梨が目をパチクリとさせる。
先に船の旅ありきで娯楽施設は暇つぶし用とは先ほど絵梨自身が言った事だが、豪華客船の旅というものはその暇つぶしもコミでのプランと言えるのだろう。しかしいくら豪華で趣向を凝らしていたとしても、何週間も遊んでいればそれすらも飽きてしまうはずだ。まあ自分なら面白い本があれば暇は潰せるだろうが、それなら弥生が言うようにそもそも船に乗っている必要が無い。
考えれば考える程、豪華客船の旅というものの意味が分からなくなり、思わず首を捻る絵梨である。
「恐らくですけど、そういった退屈も含めてのんびり優雅な気分を満喫するのが、豪華客船の旅なのではないかと……」
「退職されたご夫婦が、一緒の時間を過ごす為に参加されるという話も聞きますから、千代ちゃんの意見が正解なのでしょうね」
要するに、目的地に行って景色や食事を楽しみ、お土産を沢山買って帰るというような旅行とは根本的に考え方が違うということなのだろう。
敢えて暇や退屈を買うという発想ができる辺り、やはり清歌と千代は生粋のお嬢様なのだと、弥生たち庶民一同が妙な感心をする。もっとも――
「とはいえ、私も豪華客船の旅というのには魅力を感じませんけれど」
「ですよね。飛行機に乗って、寝ている内に目的地に着いてしまうくらいがちょうど良いです」
本音では二人も、弥生たちと同じくさっさと目的地に着いて遊びたい派だったようである。
さて豪華客船ではないが、今回のイベントでは大きな時間を占めることになるのが船旅だ。清歌たちのように暇つぶしグッズを大量に持ち込んだとしても、やはり限界はある。また、ただひたすら船に揺られるだけの時間を長時間過ごすのはゲーム的にどうなのかという側面もあるため、全ての船はポータルとして機能も持っているである。
つまりいつでも船から離脱して冒険に出ることができるわけで、さらに船に操船要員という名目のメンバーを残しておけば、航海を続けることもできるようになっている。さすがに船に誰も乗っていない状態ではその場で停止してしまうのだが、船でログアウトした場合は乗船しているという扱いになるので、見掛け上誰も乗っていない船が動いている場合はある。なお操船要員は小型船の場合は一人、中型船で三人、大型船だと六人となっている。
二週間というイベント期間のうち、一週目全てを造船に費やそうなどと考えるグループがいるのも、このログアウト中も距離を稼げるシステムがあるからである。
今回のイベントで船旅を選択したグループは、いくつかのパーティーに分けてローテーションを組み、船に残る組と上陸して探索をする組を交代していることが多いようだ。ぶっちゃけ暇つぶしグッズを持ち込んで、優雅な船旅――マーチトイボックスの場合は船というよりもはや別荘だが――と洒落込んでいるのはごく少数派である。
では何故、マーチトイボックスは全員で船に揺られているのかと言うと、折角だから皆揃って出港したかったということと、最初の目的地は割と近かったのでそこまでは船旅を楽しもうということになったからである。
潮の香りのする風を感じながら雑談を、又はポカポカと温かい日差しに居眠りしそうになりながら釣り糸を垂れていると、一時間ほどの時間はあっと言う間で、最初の目的地に到着した。
「さ~って、この辺でいいかな?」
ぐるっと周囲を見渡しつつ弥生が言った言葉に、悠司が釣竿を片付けながら相槌を打つ。
「ああ、予想通りここなら他の船もいないし、それなりの深さがありそうだから申し分ないだろ」
そう、マーチトイボックスが最初の目的地に設定したのは島ではなく、とある海域であった。地図上で見た限り定期便の航路からは外れ、また孤立した島に向かうにもここは通らないだろうという、海の交通の空白地帯である。全体マップを見る限りでは岩礁の類も無く、それなりの深さがあるだけの何の変哲も無い海だ。
何も無い所が逆に怪しいなどと思ったわけでは――少しだけあったかもしれないが、それが主目的ではなく、誰にも見られない場所でクジラ船の潜水を試してみたかったのである。
庭に全員が集まったのを確認した弥生が、操作パネルを表示させた。
「よし、一応確認するよ。周囲に他の船は無い?」
「正面は見ての通りよ」「右舷も問題無ーし」「左舷にも艦影なし」「後方も大丈夫ですね」
「おっけ~。じゃあマッコウちゃん、潜水開始!」「キューッ!」
ちなみに操作パネルには“急速潜行”というのもあって、ちょっとだけ心が引かれたのだが、なんとな~く大変なことに――特に運動神経が不自由な自分が――なりそうな予感があったので今回はスルーしていた。
それはさておき、元気よく返事をしたクジラ船は少し前傾姿勢になると、ゆっくり前に進みつつ少しずつ海の中へと入って行った。
クジラ船の背中が――つまり彼女たちの立つ地面が海面に達した時には思わず息を飲んだが、仕様説明にあった通り見えない壁に阻まれて浸水することはなかった。
「ふ~。疑ってたわけじゃないけど、水が入って来なくてよかったよ~」
「そね。……それにしても不思議な光景ねぇ。水の中に沈めた水槽に入ってる感じって言ったらいいのかしら?」
海を切り取っていくような不思議な光景に、少しずつ上昇していく海面の方を思わず見上げてしまう七人。今はまだ空が開けているので、絵梨が言ったように少し沈めた水槽の中から見上げているような感覚だった。
ぼんやりと見上げている内に少しずつ深度が増し、家の屋根の高さを少し上回ったところで遂に魔法障壁の空間が完全に海の中に入った。ちなみに魔法障壁は天井部分がアーチを描いていて、カマボコのような形となっている
「おー、完全に水の中に入るとアレだな。水族館にあるトンネル水槽だ」
「ふむ……確かにそうだが、奥に限りの無いこの景色とは比べ物にならんな……」
緑や青にオレンジ色など色とりどりのサンゴ、ゆらめく海藻の林、固まって泳いでいる小魚、ひらひらと触手を漂わせている大きなイソギンチャクなどなど、想像していたよりもずっと明るい海の中にはとてもカラフルでバリエーション豊かな光景が広がっていた。
海底近くをゆっくりと泳ぐクジラ船の背中で、マーチトイボックス一同はしばし無言でその景色を鑑賞していた。
「なんて言うか、いくら見ていても飽きない景色だね……」
「はい……思わず魅入ってしまいますね。ダイビングのように時間的な制約もありませんし……」
「そね。……って、制限時間はあるんじゃないの? この魔法障壁内の酸素量とか、マッコウちゃんの息継ぎとか」
「あ、それなら問題ないよ」
仕様説明によると、この魔法障壁のドーム内はマッコウちゃんの魔力により酸素も含めて環境が常に整えられているとのこと。気圧や気温についてもバッチリである。またマッコウちゃんはクジラのようではあるがドラゴンの仲間であり、水の中でも呼吸ができるのだそうな。――ドラゴンだからって水の中で呼吸できるのか? などと突っ込んではいけない。何しろファンタジーな生物なのだから。
「なるほどな。っていうかこの魔法障壁っつーのも、どういうものなのかね」
そう言いつつ悠司が魔法障壁、即ち海との境界面に手で触れてみると、ぷにっとした弾力で押し返して来た。ゴムの風船のような感触である。
弥生の破杖槌で張ることのできるシールドとは違うもののようだ。あれはどちらかと言うと硬質のガラスというイメージで、強力な負荷をかけるとパリンと割れてしまう感じである。
「あ、ちなみに外に出ようと思って魔法障壁に触れると、水の中に入れるらしいから気を付けてね」
弥生の解説にそれは面白そうだと思った清歌が、海に手を入れたいと思いながら魔法障壁に手を伸ばすと、確かに弾力のある壁を突き抜けて海の中に手を入れることができた。ちなみに一滴たりとも水漏れはしていない。
「なるほどな。つまりダイビングの準備をしておきゃ、このまま歩いて海の中に出られるってわけか」
「そういうことだね。……で、特に異論が無ければこのまま暫くは海の中を行くつもりなんだけど、どうかな?」
弥生の問いかけに全員が同意すると、絵梨が何やら黒い笑みを浮かた。
「あら、ソーイチとユージは釣りのリベンジ……じゃなく、続きをしたいんじゃないの?(ニヤリ★)」
「……いや、どうもこの海域とは相性が悪いらしい」
「うむ。釣りはまた別の機会に挑戦するとしよう」
微妙に目を泳がせつつ答える男子二名に、笑うのはちょっと失礼かもと堪えて口元がムズムズしてしまう清歌たちなのであった。
マーチトイボックスが海に潜っていたちょうどその頃、サクラ組はとある島の港町にいた。
今回のイベントに際し、基本的に戦闘能力に不安がある上に人数も少ないサクラ組は徒歩ルートを選択していた。と言っても、ルート上で狩りをして経験値と素材を稼ごうと考えたのではなく、定期便で島々を巡り、その島のグルメを味わいつつゴールを目指しているのである。
ちなみにこのプランは食べ歩きが趣味の近藤による提案で、道中食費を稼ぐくらいは狩りもしようということになっている。
現在滞在している島は、スパイスの効いたエスニック風料理のお店が立ち並んでおり、四人はその中の一つを選びオープンテラスで舌鼓を打っていた。
と、その時、天都の元に写真と動画ファイルの添付されたメールが届いた。差出人は弥生である。
「わ、これ凄い! 委員長たちクジラに乗ってます」
「クジラ? って、ホントだ。でもコレって船って言えるのかな?」
「どう……なのかな? 造船ドックから出て来てるみたいだから、一応船として作ったモノなんじゃないかな?」
「このクジラを作ったっていう方が、変な感じがするような……」
「うーん、というかこっちのクジラが海に入った方なんだけど……」
「ああ、この完全に島になっちゃってる方ね。動く島っていうのも面白そうだけど、これがどうかしたの?」
「なんていうかコレ……、カ〇ハウスっぽくないか?」
「あー、確かに似てますね!」「どっかで見たことあると思ったら」「家はこっちの方が立派だけど、確かになー」
写真や動画を眺めつつ、なにやら変わった船旅を始めた友人たちをネタにして盛り上がるサクラ組なのであった。