#12―02
「うわぁ~、おっきな船ですね~」
「そおねぇ、ちょっと大きすぎる気もするんだけど、プリセットで決まってる物しか作れないからこのサイズになっちゃうのよね」
完成間近の船を見上げながらオネェさんは、実のところグループのメンバー全員が乗ってもかなり余裕があるのだが、中型にすると少々窮屈な感じなのでこれにしたのだと付け加えた。
お花見イベント――プレイヤーからはそう称されている――二日目、即ち清歌たちにとっては期末試験二日目。マーチトイボックスはオネェさんに招待されて、完成間近の船を見物しに造船ドックを訪れていた。ログイン時間の都合上出港を見送ることはできないので、今日ログアウト前に時間を作って来たのである。
マーチトイボックスのそれよりもかなり広いスペースのある造船ドック内には、三本のマストが立つクラシカルなデザインの帆船が出来上がりつつあった。この船が青い空を背景に、帆に風を受けて海を行く姿はさぞ優美なことだろう。ドック内なので空も見えず、帆が張られていないところがとても残念である。
「うむ、やはり大型の帆船は絵になるものだな」
「実際に動かすのはめちゃくちゃ大変なんだろうが、このイベントではオートだからな。……強いて言えば、船尾楼が無いのがちょっと残念だが」
聡一郎と悠司が腕を組んで船を見上げる。先日のオネェさんによるロマン発言を改めて実感しているらしい。
「センビロウ……って、なんですか?」
「船尾楼っていうのは、こういう帆船で船の後ろの方が箱型に出っ張ってるのがあるでしょ? アレの事よ」
「……あー、分かりました! 映画とか漫画の海賊船がそういうのですよね」
絵梨の解説に納得して凛がポンと手を打つ。なお言うまでも無いことだが、船尾楼は船の構造の名称であり、海賊船のシンボルという訳ではない。もっとも、物語に登場するような海賊船――例えばカリビアンな映画とか某古典アニメの宇宙海賊とか――には付き物ではあるので、例えとしては間違ってはいない――かも?
「そう言えば海賊船っていう船もあったわねぇ。ちょっと小さいサイズだったけど」
「あったんですか?」「マジすか!?」「……ある意味、納得?」
オネェさんがウィンドウを操作して、海賊船のサンプル画像を表示させる。
全体的にくすんだ色の船体、黒い帆、ドクロマークに二本の剣が交差した絵が描かれた旗、側面には大砲、そして当然の如くある船尾楼と、これぞまさしく“ザ・海賊船”というものだった。
これは船を作り始めてから分かったことだが、投入する素材の種類と量によって建造できる船の選択肢が増えるのだ。
そのようなシステムの場合、普通のゲームなら選択できない状態の船にはロックがかかっている表示があり、さらに親切な場合だと必要となる素材のヒントがあったり船のシルエットが表示されていたりするものだ。ところが今回のイベントでは、全くのノーヒント状態から素材を投入している内にある時突然選択肢が現れるのだ。
選択肢が妙に普通過ぎるものしかない、という弥生の疑問は正しかったということである。
そして素材を投入すればするほど選択肢が増えていくということになると、出来ればカッコ良くて性能の良い船が欲しいと思うのは自然なことだ。あるいは他のどのグループも乗っていないような船がいいなどという願望を持つ者もいるだろう。そうやって船づくりにのめり込んでしまうと、イベントの本題にかけられる時間が減ってしまうというジレンマに陥るのである。
相変わらず妙なところで罠をしかけている開発陣であった。
「ところで、この大砲は実際に撃てるのでしょうか?」
海賊船の画像を見ていた清歌が素朴な疑問を呈すると、オネェさんがあっさりと「たぶん撃てるわよ」と答えた。なんでもオネェさんらの帆船にも大砲が両舷に二門ずつ標準装備されているそうで、ちゃんと使用方法の解説付きだったのだとか。
ちなみに威力はグループ全員の平均レベルの魔法職が撃つファイヤーボールと同じくらいで、連射には一分のタイムラグが必要となる。またオネェさんらの船では砲弾を四十発までストックが可能で、消費した砲弾は船の修理と同じ方法で補充ができる。
なかなかの攻撃力だと言えよう。そして同時にここから導き出される可能性は――
「……それってつまり、海戦の可能性があるってことですかね?」
弥生の推理に一同がハッとする。
「意地の悪い開発の事だから、ただの飾りなのにわざわざ使える仕様にしておいた……なんて可能性も無くはないわよね」
「ふむ、確かに。しかし用心はしておくに越したことは無いだろう」
「考えてみりゃ、単に戦力としてなら船には冒険者っていう人間砲台が乗ってるわけだからな。わざわざ大砲があるっつーのは、海戦もあり得るっていうヒントなのかもな」
「ああ、ちなみに大砲は冒険者や船を狙っては撃てないようになってるわ。だから海戦があるとしたら海の魔物が相手ね」
オネェさんの補足に安堵の声が漏れる。他のグループの船を相手に大砲を撃ち合い、接舷して乗り込んで――といったことはやらなくて良さそうだ。
「そうだとしたら、とても大きな魔物と戦うことになりそうですね」
「え? ……あ、そっか。大砲を命中させられるような魔物だもん、そりゃおっきいよね。クラーケンとかかな?」
弥生は船上で戦う時をイメージして、相手として巨大なイカの怪物を思い浮かべた。いわゆるRPGで船に乗っている時に遭遇する巨大モンスターとしては、割とポピュラーな相手である。恐らく触手を伸ばして甲板上を攻撃したり、船を捕まえて転覆させたりと色々できるから出番が多いのだろう。
「海の魔物の定番だな。他はシーサーペントとか、大物だとリヴァイアサンとかか?」
「その辺はファンタジーの魔物よね。現実の動物に近いものだと……巨大ワニとか巨大クジラとか……あとは巨大ザメかしら?」
「サメですか……。デカい口を開けて丸呑み……とかは考えたくないですね」
「「「あ~~」」」
巨大な魔物と遭遇して丸のみにされる、というのもRPGを始めとするゲームでは定番のイベントと言える。無論、そのまま食われてしまってはゲームオーバーになってしまうので、プレイヤーは魔物の体内で目覚めて脱出を試みるのである。
確かにある種のお約束ではあるのだが、正直なところ<ミリオンワールド>でそれを体験したいとは思えない。画面越しのゲームだからこそ普通にプレイできる――モノによってはグラフィックスがリアル過ぎて不気味なのもあるが――のであって、臭いや空気感まで再現されているVRで、生き物の体内に放り込まれるのは御免被りたいところである。
これに関しては好奇心旺盛な清歌でさえも、少し眉根を寄せて嫌そうな表情をしている。その様子をチラリと見た弥生が、密かにホッと胸を撫で下ろしていたのは秘密である。
しかしながらRPG的定番はマメに抑えてくる開発の事、そういう魔物を用意している可能性も無きにしも非ずだ。
もしそんな魔物と遭遇したならばどうすればいいのか? 答えは簡単で早期に発見して迂回するか、遠距離攻撃で追い払えばいい。
「う~ん、私らも固定武装のある船を作った方が良いのかな……?」
難しい顔で思案する弥生の言葉に反応したオネェさんが、そういえばまだ聞いていなかったと尋ねる。
「そう言えばトイボックスさんはどんな船を作ることにしたの?」
「ああ、今のところは見た目で選んだヨットにしてるんですけど、まだ決定はしていないんです」
「まあ出発までまだ時間があるものねぇ。ちなみにどんな船が作れるの?」
オネェさんが尋ねるところの“どんな船”とは、つまり投入した素材によって解放される“変わり種の船”の事である。いつも何やら変わったことをしているマーチトイボックスのことだから、今回も妙なモノがあるのではと期待しているようだ。
「残念ながら、今のところそれほど変わった選択肢はないですよ? プリセットの三種類のデザインがちょっと違うものの他だと、蒸気船があるくらいで……って、あれ? あれって蒸気船でいいのかな?」
「そうだな、蒸気船でいいんじゃないか。ああ、でも外輪船って言った方がイメージしやすいかも?」
「あー、スクリューができる前の動力船ね。ちなみに外輪は両脇? それとも後ろ?」
オネェさんの突っ込みに、マーチトイボックス一同の動きがピタリと停止する。一般的なデザインと言えばそうなのだが、実はちょっとネタ臭が漂う船なのである。が、聞かれたのなら応えねばなるまいと、代表して弥生が回答する。
「……後ろに付いてますね。ちなみに白い船です」
「それってやっぱり、船の名前はマークトw――」
「違います!」「はいそこまで!」
余計なことを言いそうになったオネェさんを、それを予期していた弥生と悠司が被せ気味に叩き潰した。もっとも初めてこのデザインを見た時には、マーチトイボックスのメンバーからも同意見が出ており――
「ま、そう思っちゃうのも無理ないわよねぇ……」
「ちょこちょこ細部は違ってましたけど……」
「あのテーマパークで乗れる船に似てましたよね……」
とまあ、こんな感想なのである。
「ふふっ。考えてみれば、そもそも“蒸気船”と聞いてその後に連想する名前というと、かの作家さんの名前を挙げる人が少なくないかもしれませんね」
「あはは、そうかも。……ただまあ、性能的に他と大差ない感じなので、アレは作りませんけどね」
「えーっ! 面白そうなのに勿体ないわぁ」
とても残念そうに声を上げるオネェさんに、弥生がヤレヤレといった表情で小さく溜息を吐く。
ぶっちゃけテーマパーク内でぐるっと人工池を一周するだけの船にそっくりのモノで大海原に乗り出すなど、不安しか感じないのだ。確かに面白そうではあるが、そういう出オチ感満載のネタは他人がやっているのを見て楽しむものであって、率先して実行するものではない。
「武装が付いてたら、考えなくも無かったんですけどね~。それに私たちにはもう少し小さい船で十分なので」
「……そういうことなら仕方ないわねぇ」
その後、オネェさんに出港したらどの島へ向かうつもりなのかなどを聞いてから、マーチトイボックスは造船ドックを後にした。
なんでもオネェさんたちのグループは、この島から定期船の出ている島には他の冒険者もたくさんいるだろうからという推測の元、先ずは定期船が行かない島の中で一番近いものを目指すとのこと。その後はなるべく多くの島を巡りつつ、残り時間とも相談しながらゴールを目指す予定らしい。
「だいたい私たちの方針と変わらない感じかしらね?」
「うん、そうだね」
「後を追いかけるだけでは、少々面白みに欠ける気がしますけれど……」
「情報交換もしたいから、全く同じルートにはしないつもりだよ。かといってあんまり離れ過ぎちゃうと……」
「せっかく得られた情報も、その島に行けないのでは意味がないか。難しいところだな」
「そね。ま、ものすごく速い船が作れれば問題ないんだけど」
「ってことは結局……」
「いろんな素材を突っ込んでみるしかない、と?」
「そういうこと。あと二日は船づくりに専念だよ!」
そして翌日。試験勉強を終えた清歌たち七人は、特に用事の無いイベント島には寄らずに素材収集へと向かうことにした。清歌は単独で採取の旅に、弥生たち六人はイツキの南部を中心に魔物の討伐&採取である。ちなみに昨日、一昨日もこのパターンだった。
お花見イベントの船作成では、投入する素材の量だけでなくレアリティによっても作成の進行状況が変化する。より稀少な素材を投入すれば、大きく進行するのだ。ちなみにここで言うレアリティとは今回のイベントで独自に設定されているもので、素材の流通量を元に算出されているとのこと。素材の市場価格に比例していると考えれば分かり易いかもしれない。
またイベント期間中に魔物を斃すと、船を作成するためだけに使える素材をかなりの低確率でドロップし、どうやらこれが船の種類を増やす鍵となる素材らしいことが分かっている。しかしながらデータがまだまだ少ないため、掲示板の方でも分析はあまり進んでいない。
ただこの素材はイベント終了と同時に消滅する仕様であるために、既に出港したグループがたまたまこれらをゲットしてしまい、知り合いに融通するということが既に起きている。従って今後は分析も加速するはずである。もっともイベントの性質上いつまでも分析に勤しんでいるわけにはいかないので、結局全ての種類が明らかになることは無いだろう、というのが大方の予想である。
「さて、私らは昨日と同じだけど、清歌はどこに行くつもりなの?」
「今日はスベラギの西海岸を目指してみるつもりです」
「お~、遂にあっちに行くんだ。時間的に間に合うかな?」
「途中までは稀少な素材もありませんし、半分くらいまでは無視してヒナに飛ばしてもらいますので、恐らく大丈夫かと。よろしくね、ヒナ」
「ナナッ!」
自信ありげに一声挙げる飛夏に、清歌と弥生はクスリと微笑む。
「よし、じゃあ清歌にいつものをやって貰ったら、出かけるとしよっか」
イツキのお祭り関連のクエスト以降、特にダンジョンに入る予定などが無いときや今回のように清歌と他のメンバーが別行動する時などは、ホームから出発する前に清歌が祝詞を使ってから出発するのが恒例となっている。
スペックだけ見れば効果が若干微妙などと思っていた祝詞も、使ってみれば案外有用なものであることが分かった。特に今回のようなザコ魔物を次々と斃しまくるような場合、防御力と自動回復量が上昇しているとガンガン突っ込んでいけるので効率がとても上がるのである。
使い始めた当初は、清歌の前にメンバーがなぜか神妙な面持ちで並び、まるでどこぞの新興宗教みたいだとビミョ~な気分になったものだが、最近はそれにも慣れてきた。――というか、お祓いをして貰うような体裁を整えるからそういう気分になるということに気付いたので、清歌が祝詞を使っている間はそれぞれお気に入りの魔物をモフることにしたのである。
ところでこの祝詞というアーツ、毎回使用している甲斐あってイベントが始まる直前にレベルが一つ上がっており、それに伴い変化が起きている。持続時間が三十分延び、効果も微増しているのである。そして何故かアーツを使用している間、使用者が巫女装束を身に纏うようになったのである。
この巫女装束には防御力の上昇効果があるのだが、そもそも祝詞というアーツは安全な状況でないと使いにくいものなので、全くの無意味ではないもののかなり趣味的な仕様と言えよう。
「……思ったんだけどコレってさ、アーツのレベルが上がる度に小道具が増えていったりするのかな?」
マロンシープのモコモコな毛皮に背中を預けながら、ふと思いついたことを弥生が呟いた。すっかり清歌教の信者になっている年少組二人を除く三人が、それぞれ「あるかもしれないと」と反応する。
「……有りそうな話ね、ソレ。ちなみに他にどんなものがあったかしら?」
「え~っと、あの時の画像は……っと、はいこれ。剣と冠と上衣……」
「千早って言いなさいな、もう。……まあその三つね」
「確かこの間レベルが上がった時、清歌さんが祝詞の上限レベルは五だって言ってたような……」
「ふむ。とすると、ちょうど数も合うな」
奉納舞をしていた時の清歌はそれこそ息を飲むほどに美しく、あの姿をまた見られるならこの仕様も悪くはない。悪くはないのだが、これはある意味使用する都度着替えをするようなものであり、妙な仕掛けの施されているものだと、思わず笑ってしまう弥生たちなのであった。
大小の湖が点在する緑豊かな大地を恐竜に似た魔物が闊歩するという、野性味あふれる風景を眼下に眺めながら、空飛ぶ毛布に乗った清歌は一路西を目指していた。
大体道程の半分に到達した辺りから植生が変化し、恐竜が生きていた時代の想像図で見るようなシダ植物などが生い茂るようになってくる。同時に魔物たちも巨大化し、いつぞやに戦ったパンツァーリザードですらごく当たり前の大きさというスケールになっていた。
そんな普通ならば足を踏み入れたくない、どうしても行かねばならない場合は魔物を刺激しないようコソコソとしなければならないようなジュラシックなエリアを、清歌は空飛ぶ毛布に乗ったまま素材を次々と回収していく。この辺りには植物の高い位置に採取ポイントがある事も多く、飛夏の能力が如何なく発揮されていた。
時には巨大な恐竜型魔物が首を伸ばして食べている植物の目と鼻の先にあるポイントで採取を行うこともあり、安全が確保されているとはいえ清歌の度胸は流石である。もっとも、こんなことをしていると弥生にバレたら「また無茶をして~」と叱られてしまいそうなので、どうやって採取したのかは誰にも話せない秘密である。
途中、恐竜同士が戦うスペクタクルな場面に遭遇してしまい動画を撮影しつつ迂回したり、大型犬くらいのサイズでつぶらな瞳と嘴が可愛らしい羽毛の生えた恐竜型の魔物に遭遇して思わずフラフラと近づいてしまったりと、ちょこちょこ寄り道をしつつも採取を続け、そして遂にスベラギの西端に到達した。
そこは白い砂浜が広がり所々に岩場があるという、いわゆる海水浴場のような浜辺が広がっていた。
砂浜には大きなヤドカリやナマコ、イカとタコを足して二で割ったような魔物の姿があり、遠くには長い首を海から突き出し悠々と泳ぐ魔物が見えるが、いずれもその数は少なく他のフィールドと比較してもまばらである。
寄せては返す波の音だけが響く穏やかな場所であった。
清歌は空飛ぶ毛布から降りると、この風景を何枚か写真に収め、飛夏をお供に採取を再開した。
この浜辺に到達した冒険者は恐らく清歌が初めてであり、手付かずであることが影響しているのか採取ポイントは非常に多かった。貝殻や宝石、恐竜型魔物のものと思われる巨大な骨、透き通るガラス質の鱗、手紙らしきものが入った瓶などなど、さまざまな素材が採取できた。
ちなみに一体どこから流されてきたのかと内心ツッコミを入れた瓶は、回収したところ例のイベント限定素材の一つであることが分かった。なので残念ながら開封することはできず、中の手紙らしきものの内容も確認できなかった。
大量の素材にホクホクしつつ岩場を登ったところで、清歌は奇妙な光景に出くわし、思わず何度か瞬きをしてしまった。
波打ち際にマッコウクジラに似た形の魔物がいたのだ。ちなみに大きさは水族館のショーで見かけるオットセイくらいで、クジラと言うには可愛らしいサイズである。
無論、それだけならば初めて遭遇した魔物というだけで、珍しくはあっても奇妙ではない。何が奇妙なのかと言うと、そのマッコウクジラ(仮称)は小型犬サイズの恐竜型魔物六匹に囲まれて、ゲシゲシと足蹴にされていたのである。
<ミリオンワールド>では魔物同士で争うこともあり、先ほど見たような弱肉強食の光景にしばしば遭遇する。が、見たところこれは食べる為に獲物を仕留めるというようなものではなく、単に痛めつけて遊んでいるようだ。端的に言えば、魔物が魔物をいじめているのである。マッコウクジラがヒレで器用に頭を抱えている様子も、そんな印象を強くしている。
(これが亀でしたら、助けたら竜宮城に連れて行って頂けそうですけれど……)
見返りについてはさておき、これを見て見ぬ振りをするのも少々気分が悪い。マッコウクジラもちょっと可愛らしいし――と、純粋な正義感とは言えないような動機も交えつつ、清歌は助けることにする。
とはいえ、小さい恐竜型魔物の方も殲滅してしまうのはどうかと思うので、清歌は一旦飛夏を下げると千颯と凍華を呼び出し、六匹の恐竜を追い払うように指示した。
突然乱入してきた自分たちよりも遥かに大きな魔物に吠えられた六匹は、一瞬硬直した後、一目散に逃げだしてしまった。逃げ出すところを目で追っていた千颯と凍華が、「ふん、他愛ない」とでも言いたげな感じで鼻を鳴らす。
「お疲れ様、千颯、凍華」「「ガウッ!」」
清歌は従魔たちの頭を撫でて労ってからジェムに戻し、再び飛夏を呼び出した。近くにアクティブな魔物はいないようだが、用心しておくに越したことは無い。
「それにしても、あなたは何で海に逃げなかったのかしら?」
「キュー、キュー!」
しゃがみこんで頭を軽く撫でつつ清歌が尋ねてみると、マッコウクジラは何やらイルカのような鳴き声で返事らしきものをした。良く分からないが、なんとなく感謝しているという事は伝わって来た。
さて、改めて近くで見てみると、大まかな形はマッコウクジラだが細部は必ずしもクジラではなかった。体の側面にはライン上にギザギザした鱗のようなものがあり、ヒレも手に相当する部分と尾ビレだけでなく尻尾の付け根辺りに水平尾翼と垂直尾翼のようなヒレが付いている。また角ばった頭の頂点には円錐状の短い角も生えている。
それらの特徴から察するに、恐らくドラゴンの仲間のように思えるのだが、何故かこの魔物は情報ウィンドウを表示できず名称すら分からなかった。それは同時に従魔契約も不可能であることを示している。
「せっかくですから連れて帰りたかったのですけれど、仕方ありませんね。またいじめられたりしないように、砂浜に上がる時は気を付けなさいね」
「キュキュッ!」
ヒレで敬礼するような仕草をするマッコウクジラに清歌はクスリと笑うと、砂浜での採取を再開した。すると何故かマッコウクジラが清歌の隣をフヨフヨと砂浜スレスレを浮きながらついてくるようになり、それだけなくなんと一緒に素材を拾い集めてくれるようになったのである。もちろんその素材は清歌の所持品となっている。
クジラの恩返しとでも言うべきか? もしかすると、助けると一時的に素材収集を手伝ってくれるようになるという、ちょっとしたイベントだったのかもしれない。
そんな風に考えつつ素材収集をしながらのんびりと砂浜を散歩することしばし、そろそろ造船ドックに行こうかと思ったところで弥生からの連絡が来た。
『清歌? こっちはそろそろ切り上げて造船ドックに行くつもりだけど、そっちはどう? スベラギ西海岸には着けた?』
『はい、無事西海岸に到着しました。素材もたくさん入手できましたし、それに……』
清歌は一旦言葉を切ってマッコウクジラの方に視線を落とした。
『ちょっと面白いこともありましたので、後で報告しますね』
『面白いこと? なになに、新しい従魔でもゲットしたの?』
『ふふっ、少し違いますね。私も造船ドックに向かいますので、詳しくはお会いしてからということで』
『おっけ~! じゃあ造船ドックで』
『はい、また後ほど』
通信を切った清歌は、冒険者ジェムを袂から取り出した。
「では、私はもう行きますね。素材集めを手伝ってくれてありがとう」
「キュー」
名残惜しそうな声を上げるマッコウクジラに少々後ろ髪を引かれる想いはあるものの、従魔にできないのであれば連れて行きようがない。なので、ここは諦めるしかないだろう。
気持ちを切り替えた清歌は最後にマッコウクジラをひと撫ですると、弥生たちに合流すべくイベント島へと転移するのであった。