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#12―01




 三月第二週の月曜日――すなわちイベントの初日は、清歌たちにとって期末試験の初日に当たる日であり、お祭り(イベント)の開催を素直に喜ぶことのできない、何ともビミョ~な日であった。


 今回も<ミリオンワールド>を活用した合同勉強会で試験対策はバッチリであり、解答欄を間違えるとか名前を書き忘れるなどというアホなミスをしない限りは、たとえ苦手科目であっても少なくとも平均点には届くはずである。なので試験の方はさほど心配ではない。


 とはいえ、やはり学生にとって試験とはとても憂鬱で常に頭の片隅に居座っているものなので、この期間中を造船作業と情報収集に充てるという弥生の判断は正しいと言えよう。


 さて、皆それなりの手ごたえを感じつつ試験初日を終えた清歌たちは、ワールドエントランスのフードコートにて昼食をとった後、試験勉強でしばらく時間を潰して年少組と合流した。


 試験期間はログイン後にまず試験勉強をしてから冒険を始めるというのが常なのだが、今日はイベント初日なので、先ずは気になるスタート地点となる島と造船ドックを見に行ってみることとなった。




 マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)が降り立った島は、いわゆる港町というよりは、小さな島とその海岸線に作られた村という風情だった。家屋は白い壁に涼し気な青系統の色合いの屋根という造りで、漁業よりも観光で生計を立てている村という印象である。


 村のある海岸に砂浜は無く、全てが港となっており、小さなヨットやクルーザーくらいの大きさの船が数多く並んでいた。現実リアルの季節は初春で、ここはそれよりも少し暖かい気候だが、なんとなく夏を思い起こさせる景色である。


「わぁ~、なんだか綺麗な街並みだね~」


「……俺はなんとなく日本の離島の風景を想像してたから、これはちょっと意外だったな」


「考えてみれば伝説の桜とやらを目指すイベントなのに、村が地中海風なのはどうなのかしら?」


「む? これは地中海風なのか?」


 聡一郎の疑問に対して絵梨は両方の手の平を上に向けると、アッサリ「さあ?」と無責任に返した。海岸線に続く斜面に白い壁の家が立ち並ぶのを見て、なんとなく地中海沿岸の国を参考にしたのかなと思っただけなので、そこを追及されたも困る。観光案内に使われる写真や、テレビで紹介される映像を見る限りではこんな風景だったという弱い根拠しかないのだ。


「ま、あくまでもそんなイメージってことよ。本当のところがどうなのかは清歌にでも聞けば……って、あら? あの子はどこ行ったのかしら?」


 多分清歌ならば地中海の国にも行った事があるのではないかと話題を振ろうとしたところで、いつの間にやら姿を消していることに気付いた。


 慌てて一同がキョロキョロと辺りを見回すと、割と直ぐに清歌は見つかった。少し離れたところにある飲食店の店先、恐らくテイクアウトコーナーと思われる場所で店員さんと話しているようだ。


「なんというか……とかく目立つ清歌嬢の容姿は、こういう時に便利だな。すぐに見つけられる」


 何やら少々ズレた聡一郎の感想に弥生たちが顔を見合わせた。言わんとすることは分からなくもないが、一人で行動してしまう前に声を掛ければそもそも探す必要自体が無いのではなかろうか?


「っていうか清歌って、実は集団行動に向いてないのかしら?」


「まあ<ミリオンワールド>じゃゲームの能力的な必然性で単独行動が多かったわけだが、実はその方が清歌さんに向いていた……ってことなのか?」


「あくまでも推測だけど……ねぇ。修学旅行とか大丈夫なのかしら?」


 絵梨は一抹の――というにはかなり大きく現実的な不安を感じる。修学旅行は大抵の場合グループでの自由行動があり、この分だといつものメンバーが同じグループになる可能性は極めて高い。マップ画面でパーティーメンバーの位置情報が確認できる<ミリオンワールド>内ならまだしも、現実で同じことをされると結構大変そうだ。


「う~ん……、清歌自身が言ってることだけど、清歌は単純に自分の好奇心に忠実なだけなんだよね。自然に体が動いちゃうっていうか、悪気はないっていうか……」


「分かってると思うけど弥生(リーダー)、それ全然フォローになってないわよ?」


「え~っと、すぐに見つかる範囲から外れるようなときには、声を掛けるようにって……一応(・・)言ってはあるよ?」


 ジト目で突っ込む絵梨に、弥生は若干目を泳がせつつ補足する。


 さておき、これ以上追及しても仕方のないことではあるので、弥生たちは清歌のいるお店へと向かった。


 庇のあるテイクアウトコーナーでは清歌がクレープっぽい何かを三つほど受け取っていた。ただここから漂ってくるのはクリームやチョコの甘い匂いではない。というか看板などを見ると、ここはどうやらピザやパスタの――つまりイタリアンなお店のようである。


「清歌~、いきなりいなくなったらビックリしちゃうよ?」


「あ、弥生さん。申し訳ありません、面白そうだったのでつい……。弥生さんたちも味見してみませんか?」


 清歌からクレープっぽいものを弥生と悠司がそれぞれ一つずつ受け取る。パーティーから離れて自分で食べる分を三つも買っていたわけでは無く、最初から皆で少しずつ味見してみようと思っていたのだ。


「これってクレープ……じゃなくって、ピザ?」


「ん? こっちはパスタが入ってるぞ。ちなみにミートソースっぽい」


 清歌から受け取ったものを覗き込んで二人が声を上げる。清歌が買ったのは、薄くて柔らかい生地のピザを扇形に丸めたものと、それと同じ生地でスパゲッティーとラザニアを包んだものであった。


 女子五人はピザとラザニアを、男子二人はスパゲッティーをそれぞれ回して食べてみる。味はなかなか本格的なイタリアンという感じでどれもなかなか美味しく、結局スパゲッティー(カルボナーラ)とラザニアを一つずつ追加で買ってしまった。


「結構美味いなこれ。お手軽に歩きながらでも食べられるし、これはアリだな!」


「うん。これが現実リアルだったらパスタを茹でる時間とか必要だから、VRならではのファーストフードってところだね」


「ふむ。しかし主食ピザ主食パスタを包むというのが少々奇妙な気もするが……」


「ナニ言ってるのよソーイチ。焼きそばパンとかナポリタンロールとかあるじゃないの」


「炭水化物同士の組み合わせって結構ありますよね。ラーメンとチャーハンとか」


「ふふっ、これが現実リアルでしたら、糖質が気になる女性には少々厳しいメニューかもしれませんね」


「アレだけ食べてそのスタイルを維持しているお姉さまが言っても、説得力がないんですけど……」


 ――とまあこんな風に、清歌のお陰ですっかり観光気分になってしまったマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の一行であったが、本来の目的はイベントのスタート地点となる島と造船ドックの確認である。イタリアンなファーストフードに舌鼓を打ちつつ、イベントの全体マップ画面を開いてみる。


 基本的に詳細なマップは足を踏み入れたことのあるエリアしか表示されないが、このイベントでは群島の配置とおおよその形、そして橋や航路といった島同士の繋がりが分かる全体マップをいつでも見ることができる。そのマップのマーカー表示によると、マーチトイボックスが降り立った島は群島外周の南からやや東より、時計で言えばおおよそ五時の位置にある島であった。


 なお自分たちの船を作るつもりであるマーチトイボックスには関係のない話ではあるが、この島には他の島と繋がっている橋は無いので、行き来には定期船を使う必要がある。


「さてと目的の造船ドックなんだけど、やっぱりあの一番おっきい建物みたいだね」


 弥生が指さしたのは港に面した大きな建物で、飾り気のないのっぺりとした外観は倉庫のようにも見える。ただ大きいとはいってもそれは他の家屋と比較すればの話であって、造船ドックという言葉から受けるイメージほどではない。島の数から考えて一つの島につき一グループということは有り得ないので、造船ドックも共用となるはずだ。そう考えると、随分と小ぢんまりとしているようにも思える。


 少々不思議に感じつつ、一行は造船ドックへと足を向けた。




 弥生たちの感じた疑問は、造船ドックに着くなりすぐに解消された。建物に入るとすぐに受付カウンターがあり、手続きをするとグループ専用の造船スペースに転移できるようになるという、ゲーム的な仕様になっていたのだ。ちなみに二回目以降はポータルから直接専用スペースへ転移できるようになる。


 そういうことなら早速手続きを――と思ったところで、彼女たちに声を掛ける者がいた。


「こんにちは~、トイボックスさん。先日のクエストぶりね」


 言わずと知れたオネェさんであった。そしてさらにもう一人、見知った人物が隣にいる。肩のあたりにふよふよと浮かぶクラゲ型の魔物を連れた魔物使いギルドのマスターである、通称海月姉さんである。彼女もカフェ・トイボックスの常連さんなので、収穫祭イベント以降も何度か顔を合わせている。


「あ、こんにちは。……お二人ともこの島からのスタートだったなんて、奇遇……なんですかね?」


「フフ、それがどうも奇遇ってわけじゃなさそうなのよねぇ」


 今回のイベントではグループ単位で参加することができ、同一グループのメンバーは当然同じ島からスタートする。ただ今回マーチトイボックスはギルド単体で参加申請をしているので、面識のある二つのギルドと同じ島からスタートというのは偶然と言うには少々出来過ぎである。


 聞けばオネェさんと海月姉さんも自分たちのギルドのみで参加しており、同一のグループではないそうだ。なんでも情報交換をしようと連絡したところ同じ島に居ることに気付いたとのことで、イベント関連の情報掲示板で確認して見たところ、似たような事例がいくつも挙げられていた。どうやらある程度交流のあるプレイヤー同士は同じ島からのスタートとなっているようだ。


 ちなみに受付カウンターで二人と遭遇したのも偶然ではなく、弥生がログインしてきたことを知った――フレンドのログイン状況はリストからチェックできる――二人が、必ず来るであろう造船ドックの受付前で待っていたのである。


「ふむふむ、やっぱり偶然じゃなかったんですね。……スタート地点で冒険者同士が揉めたりしないようにっていう配慮かな?」


「まあそんなとこかもな。特にアナウンスはされてないけど、ゴールの島に一番乗りしたらボーナスとか数に限りのあるお宝とかありそうだからな」


「フフフ……、大きなグループなら船と徒歩の二手に分かれてスタートして、船の方は他のグループの妨害に徹するっていう手もあるわね(ニヤリ★)」


「ちょっと絵梨~、オネェさんたちもいるんだからそういう発言は控えてよ(ヒソヒソ)」


 黒い笑みでかなりあくどいことを語る絵梨を弥生が小声で窘める。絵梨はひょいと肩を竦めつつ「はいはい」と答えたものの、あまり反省している様子はない。


 それはさておき、わざわざ待ち受けていたオネェさんらの要件はと言うと――


「で、ここからが本題なんだけど……、よければトイボックスさんも私たちのグループに入らない?」


「はい? もしかして今からでもグループを組み直すことができるんですか?」


「ええ。といっても誰とでもってわけじゃなくて、同じ島からスタートするプレイヤー同士である必要があるんだけどね」


 どうやら事前に公開されていなかった要素の一つらしく、オネェさんたちもここで待ち合わせて情報交換している際に、受付カウンターのスタッフから声を掛けられて初めて知ったとのこと。


 合流は何度でも可能で、極端なことを言えば同一の島からスタートする冒険者全員で同じグループになることも可能だ。逆に一度合流してしまうと離脱することは出来ないので、その点は注意が必要である。


 別に同一グループとして合流せずとも、見知っている友好的なギルド同志で相互に情報を融通して協力体制を敷けばそれでいいのでは? そう思った弥生が尋ねると、グループのメンバーが増えると建造可能な船のタイプが増え、大型船も建造できるようになるのだそうだ。


「大型船になると、何かメリットがあるんですかね?」


「大きい船にはロマンがあるじゃない!(バチリ★)」


「「「………………」」」


 悠司の疑問に対してオネェさんがへたくそなウィンク付きで断言し、ビミョ~な沈黙が訪れる。


 まあ確かに戦艦大和とかタイタニックとか――どちらも沈んでいるが――大きな船にはロマンを感じなくもない。また巨大なマストに帆を張って海を行く帆船というのも、とても優美で絵になるものだ。


 というようにオネェさんの主張は、男性陣や清歌からはある程度の理解は得られたようだ。――ぶっちゃけ少数派である。


「えー、オネェさんの主張はさておきですね、大きな船を作るとちゃんと実質的なメリットがあるんですよ」


 オネェさんの説明では埒が開かないと、海月姉さんが解説を引き継いだ。


 なんでも建造する船には耐久値が設定されているそうで、これが二割を切ると強制的に最寄りの島に寄港することになるのだそうだ。そこで修理してから再出発となるのである。大型船の場合はこの耐久値の初期値がかなり高い上に船内に修理設備もあり、ドックのように素材を投入することで修復が可能なのだ。


 また港の無い島には接岸できないために揚陸用の小型のボートが数隻用意されており、これは揚陸後に処分すれば船内の修理設備で補充が可能となっている。つまり島の探索部隊を送り出した後、船の方は先に進むことも可能なのである。


 もっともいいことづくめが基本的に有り得ないのが<ミリオンワールド>なので、無論デメリットもある。速度自体は小型船よりも若干遅く、また修理作業中は速度が落ちてしまう。さらに海には所々に浅瀬や岩礁地帯といった、大型船では通り抜けられない箇所が存在するのだ。


 一パーティーが乗れるくらいの小型快速船で島から島へと跳び移るようにしながらゴールを目指すか、それとも大型船で悠然と島々を巡りながらゴールを目指しつつ別動隊を出して島の探索をするか。どちらにも一長一短があり、どちらでも面白い冒険ができそうだ。


 弥生は二人に断りを入れてから、仲間たちと少し相談してみることにした。


「っていう話なんだけど、どう思う?」


「どっちでもいいが、俺は大型船の旅っつーのも悪くないんじゃないかと思う」


「うむ。ただ大所帯になってしまうと小回りが利かない。立ち寄ってみたい島に上陸できないという事も有り得るだろうな」


「そね。……それに岩礁地帯とか浅瀬とか、お宝がありそうな場所よね。……沈没船とか」


「大型船が豪華客船みたいな感じでしたら、ちょっと乗ってみたいかもです」


「豪華客船か……うーん、迷うな~」


 ざっと意見を聞いてみると、悠司と千代が合流派、聡一郎と絵梨は単独派、凛は保留と見事に票が割れている。


「清歌は? どっちがいいと思う?」


「そうですね……。絵梨さんと聡一郎さんの仰った大型船のデメリットに関しては、ヒナの力を借りればほとんど解消できると思います」


「なるほど。まあヒナはなるべく使わない方針だったが、グループに迷惑を掛けない為なら仕方ないっつーことで」


「ふむ。確かに揚陸用のボートを漕いでいくには遠くても、飛夏のリムジンならば多少離れた島にも行けるな」


「はい。ですから私はどちらでも大差ないと思うのですけれど……」


「……けど?」


「オネェさん方はいつ頃島を出発されるのかと思いまして」


「「「あ!」」」


 清歌たちは現在試験の真っ最中であり、イベントに集中できない期間を使って船を作るつもりだったのだ。試験はあと三日なので、島を出るのは三日後ということになる。その前にオネェさんらが出発するのなら、造船をあまり手伝うことができないので、グループのメンバーとしてはちょっと肩身が狭い。


 これは確認しておくべきだろうと弥生がオネェさんに尋ねると、「早ければ明日には出発する」という答えが返って来た。


「明日ですか? 大型船ってそんなに早くできるんですか?」


「特定の素材を投入するとか、それから生産作業的なミニゲームをすることで、造船のスピードが上がるのよ。それをフル活用すると、計算ではそのくらいになるわね」


「まあ計算上は時間ギリギリって感じだから、恐らく明後日になると思うけどね」


「それでも早いですね~」


「まあ春休みだからログイン時間いっぱいまで使えるものねぇ」


「え~っ! もう春休みなんですか!?」


 聞けばオネェさんと海月姉さんのところのギルドメンバーはそれぞれ半数以上が大学生であり、彼(彼女)らは皆既に春休みに入っているのだそうだ。ただ今絶賛試験中である弥生たちが、思わずジト目になってしまったのも無理からぬことであろう。


「いいですよね、大学生は休みが長くて……」


「そう言えば夏休みも冬休みも長いよな、大学生……」


「サークルにバイトに合コンに<ミリオンワールド>にと、大学生は楽しそうですよね……」


 あくまでも弥生たちのイメージの話ではあるが、大学生と言うと何故か休みが長くて、年中サークルやら合コンやらを楽しんでいるという印象だ。苦労している時と言えば、卒業論文と就職活動の時くらいのような気がするのだ。


 実際にバイトと遊びがメインで学業はその合間――のような学生がいるのも事実ではあるが、一方で課題とレポートに追われてバイトどころではないという学生もまた存在している。この辺りは選択した学部によっても大きく差があるわけで、それも含めて自己責任であるところが高校生とは根本的に違う部分である。


 オネェさんと海月姉さんは二人とも、学業と遊びの両方をバランスよく楽しんでいるので遊び惚けているわけでは無いのだが、休みが長いというのは紛れもない事実なので微妙に目が泳いでいた。


「え~と、私たちは今試験中なので、島を出るのは早くても三日後になっちゃうんです。なので、グループに合流するのは辞退させて頂きます」


「そう……それは残念ねぇ。あ、でも情報交換はしましょうね?」


「はい。それはぜひ!」


 そんなわけでマーチトイボックスはギルド単独で行動することになり、同時にイベントについて情報交換を中心として協力する約束をするのであった。


 が、それとは別に弥生の気になる発言について海月姉さんが問いただした。


「ところで試験中って言ってたけど大丈夫なの、<ミリオンワールド>なんかプレイしてて?」


 遊び惚けている大学生を非難したい気持ちはよく分かるが、それなら試験中に<ミリオンワールド>をプレイするのはどうなのか?


「あ、それは大丈夫です。ログイン時間の半分は試験勉強に充てているので、現実リアルで換算すれば勉強時間はむしろ増えているので(ドヤッ☆)」


「ココで試験勉強!?」「一体どうやって……」


 ドヤ顔で断言する弥生に、二人が目を円くする。


 興味を持ったらしい二人に迫られた弥生が、教科書や参考書、それにノートなどを試験範囲の分だけ撮影して<ミリオンワールド>内に持ち込み勉強をするというやり方について説明する。


「なるほど、よく考えたわね……。くっ、受験勉強の時に<ミリオンワールド>があったなら……」


「あはは。それ私たちも思いました。高校受験の時に使えてれば~って」


「そうでしょうねー。……でもいいわね、それ。今度私もやってみようかしら」


 かなり乗り気になっている海月姉さんに対して、オネェさんの方は腕を組んで眉を寄せている。


「うーん、でもソレってなんか……ちょっとズルっぽくないかしら? ほら、<ミリオンワールド>って誰でも利用できるわけじゃないんだし……」


「そんなことないわ。別にカンニングをしているわけじゃなく、ちゃんと勉強しているんだもの」


 なんとな~くフェアじゃない気がしてオネェさんが言った苦言を、海月姉さんが何も問題は無いと一蹴する。


「そうそう、何も不正チートはしていません」「使える技術があるのですから」「使わなきゃ損ってものよね」


 そして弥生と清歌、そして絵梨が掩護射撃をする。このようなスパッとした割り切り方は、女性特有の現実的でドライな一面が関係しているのだろう。


 オネェキャラはあくまでもロールプレイの一環であり、心は一般的な男性であるオネェさんは、マーチトイボックスの男性陣二人と思わず顔を見合わせて、互いに苦笑するのであった。







 オネェさんらと別れたマーチトイボックスの七人は、自分たちに割り当てられた造船ドックへと転移した。何やら大分寄り道をしてしまったようだが、ようやく本来の目的地に到着である。


 造船ドックとはいっても見た目はごく普通の倉庫のようなもので、異なる点と言えば海に面した側に壁が無く、そちらに向けて床がスロープになっているところである。


「さて、それじゃあまずはどんな船を作るか決めないとだけど……」


 転移してきたポイントのすぐ目の前にあった小さく背の高いテーブルに弥生が手を触れると、操作パネルが表示された。


「……で、どんなモノがあるのかね?」


「お姉ちゃん、早く早く!」


「ちょ、急かさないでよ。え~っと、種類はかなり色々あるよ。クルーザーっぽいのとかヨットとか……」


「さすがに見づらいわねぇ……、何とかならないのかしら?」


「あ、原寸大表示っていうのができるみたい。ちょっと待ってね……はいっ、これがヨットタイプだね、ちなみに八人乗り」


 弥生が操作すると、造船ドック内に半透明の立体映像で流線型の船体に三角形の帆を張ったヨットの姿が現れた。なかなかの迫力に一同が感嘆の声を上げる。


「……ってか、ちょっと前にテレビで見たんだが、ヨットって風によって帆を張り替えたりとかするらしいぞ? 俺らに操船なんてできるのか?」


「ああ、その点は問題ないみたい。これって基本的に目的地を設定するだけで後は自動だから、私たちはのんびり船の旅を楽しめばいいだけだよ」


「じゃあ何? コレって見た目の違いを選ぶだけなの?」


「え~っとね、見た目と居住性が一番違うところで、後はスピードとか耐久値とか天候にどれくらい影響されるかとか、スペックに違いがあるね」


 当たり前の話だが、大きくてスペックの高い船はそれだけ必要となる素材が多くなる。ただ必要となる素材を全て投入してしまえば、建造にかかる時間はそれほど大きな差はない。つまり大所帯のグループでも人海戦術で素材を大量に集めてしまえば、大型船を早く建造できるということである。


 順番に表示させつつ吟味していくと、大きさや細かいデザインに差はあるものの、船は概ねクルーザー、漁船、ヨットの三種類に分けることができることが分かった。


 クルーザータイプは平均的なスペックで居住性が高く、のんびり船旅を楽しむのに適している。漁船はスペック的にはクルーザーより若干スペックが低く居住性も悪いが、釣りができる設備が備え付けられている。ヨットは居住性が高くデザインもカッコいいものが多いが、天候に左右されやすいというリスクがある。


 どれも一長一短で意見が割れてしまい、今すぐには決められなかったのだがそこは問題無かった。というのも必要となる素材は同じグレードの船ならば共通で、建造途中でも――というか出航を確定する直前まで――変更が可能だからである。


 なので一番見栄えが良いヨットを取り敢えず選択しておいて、マーチトイボックスは早速素材集めを始めることにした。


 ――のだが、操作パネルを見て弥生が首を捻っているのに清歌が気づいて声を掛けた。


「弥生さん、どうかされましたか?」


「う~ん、どうっていう程のことじゃ無いんだけど、なんか普通の船ばっかりだったのが意外っていうか……」


「普通じゃない船っつーと、例えば飛空艇とかか?」


「飛空艇は今回のイベントの趣旨とは違う気がするから無いと思うけど、まあそんな所かも。例えば魔力で浮かび上がるホバークラフトみたいなのとか、水棲の魔物に引っ張って貰う船とかあっても良いと思わない?」


「言われてみれば、確かにちょっと普通過ぎる気がするわね。……もしかしたら、なにか条件を満たせば普通じゃない船が作れるようになるのかもしれないわね」


「うむ。しかし差し当たっては、素材集めに取り掛かるべきではないか? 今日はまだ後で試験勉強をしなくてはならないしな」


「うん、そうだね。じゃあ皆、私たちの船の建造に向けて素材集めを始めよっか!」


「「「おー!」」」





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