#2―06
軽やかな電子音とともに、視界の中央よりやや左下よりの場所にブルブル震える電話のアイコンが現れる。その横には“坂本弥生”と表示があった。清歌がそれを確認すると名前は消え、アイコンはスッと左下の邪魔にならない位置へと移動した。
清歌が呼び出した<冒険者ジェム>の通話ボタンをタップすると、こちらから呼びかける前に弥生の方から話しかけてきた。
『もしもし清歌!? ちゃんとインできたの?』
清歌が暢気に<ダイアローグジェム>とやり取りをしているうちに大分待たせてしまったのだろう。弥生を心配させてしまったようで、その声は少し慌てていた。
「はい、清歌です。今こちらに来ました。弥生さん、お待たせしてしまったようですね。済みませんでした」
『ううん、そんなこと全然いいんだよ~。じゃ、とりあえず合流しよう! 清歌は今どの辺りにいるの?』
「私はまだ動いていませんけれど……」
言いつつ清歌は周囲を見渡した。清歌の転移してきたポイントは<ポータルゲート>のすぐ傍で、<冒険者>と思われる人たちでかなり混雑していた。幸い――というよりこの状況を想定して設計したのだろう、この初期転移ポイントの<ポータルゲート>は非常に大きく、球体の大きさはおよそ直径2mで受け皿となっている泉の方は6m以上あった。そしてこれが設置されている場所自体が非常に広い円形の広場で、ゲートの設置されている中央を少し離れれば、普通に歩けるくらいの人出に落ち着いている
何か目印になるものはと探していると、ツンツンした金髪が人ごみの中からニョキッと飛び出ているのを見つけた。
「弥生さん、相羽さんらしき頭が見えます、ちょっと手を上げて頂けるでしょうか?」
『おー、超アタマがこんなところで役に立つとは。聡一郎~、ちょっと手を上げてみて』
「……はい、確認しました。ありがとうございます。では、そちらへ合流しますね」
通話を切ると、清歌は人ごみをすいすいと避けて弥生たちの元へ向かった。
合流した場所にいた弥生たちは、それぞれ好みの装備を選んできたようで、チュートリアルの標準装備とは異なるものになっていた。
弥生はベストの替わりにブレストプレート、グローブがガントレットに、ブーツも金属で補強されている重厚なものになっている。
絵梨はより軽装になっていて、長袖のジャケットとキュロットスカートにベレー帽で制服のようなシルエットに、聡一郎は動き安そうな胴着をベースに鉢金に籠手と脛当てを装備して、受ける印象は武道家というよりも今風のゲームに登場する忍者に近い。
微妙にツッコミどころが多いのは悠司で、ダークグレーのロングコートに裾に向けて広がる黒いパンツ、ブーツと指ぬきグローブという組み合わせだ。コートの上から腰を太目のベルトで絞っているので、シルエットが袴のようになっている。髪型との組み合わせは合っているようにも見えるのだが、ライフルよりも刀――それも柄に鎖が繋がっている黒い刀身の刀が似合いそうな格好である。ちなみに弥生と絵梨はこの姿を見て大爆笑した。
ゲーマー的に気になるポイントかもしれないので念のため。余談だがこの初期装備、金額に直すとそれぞれ総額にかなりのばらつきがでるのだが、その分は所持金の増減という形に還元されているので、高い装備を選ばなければ損ということはない。弥生の装備にスカートアーマーがない理由もそういった事情である。
「あ、清歌! 良かったよ~、ちょっと時間かかってるみたいだから、なにかトラブルかもって思って……」
「すみません、お待たせしました。……じっくり説明を読んでいたら時間を忘れてしまいました」
「ううん、それはいいの。ネタバレはつまらないからって、話さないようにしたのは私たちなんだから」
「だな。<心得>もいくつか増えていたし、説明もかなり詳しく書かれてたからな~。装備の選択肢も広いし」
「ユージみたいにネタに走らなければ、装備は簡単に決まるでしょ? っていうか、清歌はずいぶん軽装ね。何の<心得>にしたの?」
――そしてついに弥生と聡一郎の感じていた胸騒ぎ、あるいは嫌の予感の正体が判明するときが来た。
「私はですね……、<魔物使いの心得>にしました(ニッコリ☆)」
コレがアニメーションならば光が放射され、小さな星がキラキラと飛び散る演出が出そうなパーフェクトスマイルで清歌が発表した!
弥生たちの動きがピタリと止まり、周囲の喧騒だけがやけに耳に響いた。
「え~!!」「それ取っちゃったんだ……」「どうすっかね……」「……ああ!」
なにやら弥生たちは衝撃を受けたらしいが、聡一郎は何かに納得しているようだ。
「ソーイチ……、あなたナニ納得しているの?」
「うむ、疑問の正体が判明したのだ。俺たちはチュートリアルのとき、黛さんのポジションを最後まで明確にしていなかった、とな」
「あ~~、……まぁ今更それに気付いてもねぇ」
弥生たちが頭を抱え気味の一方、清歌の方はというと四人の反応を見て、先ほどの直感は正しかったらしいと内心で頷いていた。
「なるほど。やはり何か落とし穴が仕掛けられているのですね、この<心得>には」
「ちょ、清歌!? まさか、問題があるって知って……る訳ないよね。テストプレイヤーじゃないんだし」
「ええ、知っていたわけではありません。ただ、<心得>を取得したときに、少し気になることがありましたので、もしや……と」
清歌から<ダイアローグジェム>とのやりとりをざっと説明された四人は、それぞれ呆れを交えつつも微妙に異なる反応を示した。
「清歌ぁ~、分かっててなんで地雷を踏みに行くの~」
「ああ、この娘ってば、もう~」
「いや、虎穴に入らずんば虎子を得ず。その潔さは流石と言うべきだ」
「死中に活を……はちょっと違うか? まぁ、でもツッコミを入れたい気持ちは分かる。引っかかったと思われるのは、やっぱ癪だからな」
夢見がちのようで本質的にはリアリストである女子と、罠と知りつつ敢えて踏み込む潔さに感じるものがあった男子では、清歌の行動に対する評価が分かれたようだ。
「二人とも、無理に何かを引用する必要ないから……。それにしてもまた、ずいぶんと意地の悪いことするわねぇ。警告をして引き留めるという事実を作っておきながら、実はその警告が本当の罠から目を逸らすミスリードになってるのね」
「そこまでは、なんとなく気が付きました。それで、どのような罠が仕掛けられているのでしょうか?」
「う~ん……、実は<魔物使いの心得>は、テストも終盤になってから加えられた要素で検証もしきれていないのよね。そもそもテスト中と同じ仕様とは限らないし。だから、そういう前提で聞いてね?」
ある種の使命感を持って検証に臨んだテストプレイヤーにとって<魔物使いの心得>は、時間が少なかったということを加味しても、解明しきれない謎ばかり残る敗北の象徴のようなものだった。
まず前提として<ダイアローグジェム>の警告は、紛れもない事実だ。より詳しく言うと、<冒険者>の初期能力値は選択する<心得>に応じて若干の補正が加えられ、さらに能力値補正系の<タレント>によって強化されるのだが、<魔物使いの心得>にはこれらの補正が全くない。ちなみに能力値補正の<タレント>は他の<心得>ではレベル1から一種類、レベル20までに二種類は開放される。
フラットに成長する可能性が高いというものについては、意識すれば多少は改善の余地がある。<ミリオンワールド>の成長システムは、レベルアップ時に前回のレベルアップ以後の行動から上昇する数値の配分が決定される方式である。この時、数値の合計はレベルによって固定で、各能力の値は最小値が最大値の50%未満になることはないように上昇する。従って意識的に行動すれば、特定の能力値を中心に成長させることも可能なのだ。しかし――
「全く補正のない魔物使い(<ミリオンワールド>に職業はないが、テスターの間では<心得>ないし<得意分野>をそのように扱っていた)だと、結局戦闘では活躍できないから、どうしても遊撃……とは名ばかりの“何でもない屋”になっちゃうのよね」
「……で、仲間にした魔物の行動は“自分の行動”にはカウントされないみたいなんだ、これが。だから能力値を特化型にするのは、ちょっとどころじゃなく難しいっつうわけだ」
絵梨と悠司による解説で、<ダイアローグジェム>によって警告された部分の検証結果については確認が終わる。
「やはり、警告自体は嘘ではないのですね。……では、本当の落とし穴は一体何なのでしょうか?」
「あ~、それは……なあ?」
「なあ……って、こっちに丸投げ? まぁいいわ。なんていうか、これは結構致命的な話なんだけど……、魔物を仲間にする方法が結局分からずじまいだったのよ」
ただの落とし穴ではなく、中に槍が仕込んであるレベルの罠のようだった。
むろん全く魔物を仲間にできなかったわけではない。ただそれは街中で突発的に発生するクエストの報酬として、魔物ないしその卵を入手して仲間としたものであり、フィールド上のモンスターを仲間にしたものではないのだ。絵梨が語った内容は後者のことで、事実上モンスターを仲間にすることはできなかったと言ってもいい。
「付け加えると、そのクエストにしても発生条件がいまいちはっきりしない上に、報酬もランダムっぽい……って有様でな~」
「そうですか……。それにしても、お二人はずいぶん<魔物使いの心得>について詳しいのですね?」
「あ~、ははは。実はテスト期間も終盤で、そろそろやり尽した感が出てきたころに追加された要素だったのよ。……で、テストプレイは複数のキャラを作れたから、新規で作って検証してみたの」
「検証組がことごとく謎が多いって言うもんだから、俺は興味本位でその後に続いててみたんだ」
「悠司は絵里の後だったから、あれこれ違うことを試してたよね~……見事に撃沈したけど」
「ほっとけ! まぁ、俺の話はいい。……で、どうするんだ? レベル20でリトライできるはずだろ、たぶん」
テストプレイの時には、<心得>の取得に失敗したと思ったプレイヤーの為に、一種の救済措置としてレベル20で再度石板のもとへ転移したとき、<心得>を選択しなおしてレベル1からやり直すことが可能だった。必ずしもテストプレイ版と同じとは限らないが、むしろこのシステムはアバターを複数持つことのできない正式稼働版のためのものと考えた方が自然だ。ちなみにリトライする場合は、所持金・アイテムがそのままで初期装備の支給はなく、レベル20まで戦闘による取得経験値が五倍になるので、リカバリーにそれほどの苦労はかからない仕様になっている。
「私の読みでは、<心得のジェム>が小さくなって残るのはその伏線ね。力の戻った<ジェム>を台座に戻すことで、その総数は変わらないシステムになっている……とかね(キリッ☆)」
「も~、絵梨ぃ。推理もキメ顔も今はいいから……。リトライするかは清歌次第だけど、どうする?」
「はい? 私はもちろん、このままでいきますよ?」
きょとんとした顔で答える清歌に、四人は揃って肩を落とした。これまでの話のどこに、“もちろん”と言える箇所があったのか、弥生ファミリーは一度全員で膝を詰めて話し合うべきではなかろうか?
「そう言うと思ったよ~。……ってか、どうしてソレを選んだの? 魔法を使いたいって言ってたよね?」
「ええ。でも、魔法はチュートリアルで使えましたから、そちらの欲求はちょっと落ち着いてしまいました。……それよりも」
清歌は目を輝かせて若干前のめりになる。迫られた弥生たちは、いったい何を言い出すのかと思わず身構えた。
「魔物の中には、フカフカでモフモフの毛皮をした動物タイプもいますよね?」
「う……うん」「そりゃいるな」「いるわね」「うむ、獣タイプは結構多い」
「仲間にして、一緒に連れ歩けるんですよね!?」
「うん、まぁ」「仲間にできればねぇ」「ああ、できればなぁ」「うむ。そうなる」
「きっと、すごくかわいいですよ!」
「「「「…………」」」」
既視感……などではなく、四人は明らかに似たようなことを聞いたことがあった。
清歌の頭の中にはおそらく、弥生たちと一緒に冒険をする自分の姿と、その後をついてくるモフモフな魔物たちの姿が浮かんでいるのだろう。それが如何に困難なことなのかなど問題ではなく、そもそも実現しないことなど端から考えていないのだ。ただ単に求めるもの(今回はモフモフのペット)があり、そこに至る選択肢があるのなら、迷わず手を伸ばすのが清歌という人間なのである。
もう理解したつもりでいた、しかし再認識する羽目になった清歌の性格に、弥生たちは感嘆すべきか、それとも溜息をつくべきか分からずに、ただ沈黙するのみだった。
「私のことは置いておくとして……、予定ではこれから皆さん、どうするおつもりだったのでしょうか?」
自分の性格が客観的に見ればかなり自由であることを、一応は理解しているつもりの――「あの~、妙にトゲのある言葉ではありませんか?(ニッコリ★)」――い、いえいえいえ、まままさかそんな(汗)――清歌は、微妙に重くなった空気を変えるべく、今日これからの話を振ってみた。
「うん、そ~だね。これからの話をしよう! まぁ、テスター経験から言えば、兎にも角にもレベル10までは上げないと何も始まらないんだよね~」
弥生の考えていた予定としては、差し当たり二人と三人の二組に分かれ、メンバーをチェンジしつつ平均的にレベル10まで上げて冒険者協会に登録する。そのあと協会から受注したクエストを五人パーティーでこなしつつ、レベル20まで上げて<得意分野>を取得する、ということを考えていたのだ。
RPG的プレイヤーを<冒険者>と呼んでいるだけあって、<ミリオンワールド>にも冒険者協会なる組織が存在する。必ずしも加入する必要はないが、協会の主な役割はクエストの斡旋であり、能力や金銭を得るにも行動範囲を広げるにもクエストは極めて重要なものだ。敢えて避ける理由はどこにもない。
ところがこの冒険者協会はレベル10以上が加入条件のため、<ミリオンワールド>を始めたばかりでは加入できないのだ。弥生の“何も始まらない”という言葉の理由はここにある。ちなみにこの条件の理由は、冒険者協会の基準で<冒険者>はレベル10で駆け出しのひよっこ、20でようやく半人前、50になれば晴れて一人前として扱う、という不文律があるため――という設定によるものだ。ゲームシステム的に言えば、<得意分野>の能力を全て習得して一人前、ということなのだろう。
「最低限の仕事を任せられるくらいまでは、自力でレベルを上げろということなのですね」
「おそらくな~。理屈は分からんでもないが、このレベル10までが結構厳しいんだよ。敵の情報は少ないし、まだ使える<アーツ>は一つか二つだし……」
「む、俺はそれも面白いと思うのだが?」
「ソーイチ……頼もしいとは思うけど、私ら一般人は手探り状態の戦闘を楽しめたりしないの。え~っと、話を戻して……。ま、細かい理由は省いて結論を言うと、最初からパーティーを組む相手のいる私らは、二人か三人組でちょっと格上の敵を相手にするのが、一番早くレベルを上げられるのよ」
「なるほど……」
目を閉じて考えること数秒、こういう時の決断で迷わない清歌は一つ小さく頷いて弥生に視線を合わせた。
「では弥生さん、今はいったん別行動をしましょう。私は街中を見て回ります」
初っ端からの離脱宣言に慌てた弥生は、思わず清歌の腕を両側から掴んでしまう。
「え~! もしかして戦闘で役に立てないかも、とか思ってるの?」
「いえ、バトルについてはあまり心配していません。あの念入りなキャリブレーションのおかげで、体は現実と同じように動かせますから、攻撃では役に立てなくても、攪乱や囮にはなれるかと」
「確かに。俺や坂本が大きな一撃を叩きこみやすくなりそうだ。むしろいてくれると助かるのだが……」
「そうねぇ……プレイヤースキルに頼るやり方だけど、VRだからこそそれもアリよね。……弥生とは真逆の方向で(ニヤリ★)」
「も、も~、それはいいから~(とほほ)。ってか、じゃ何で別行動? せっかく清歌と一緒に遊べると思ったのに、それは残念だよ~」
「弥生さん、それは私も同じ気持ちです。……なにもずっと別行動しようというわけではないのです。ただ私の場合は、レベルを上げるのを後回しにしても、なるべく早い内にモンスターを仲間にした方が有利になりそうな気がしませんか?」
「ん~~、確かにそうかもしれないが、なんで別行ど……ああ! 突発クエストの報酬か!」
「なるほどね……、全くやり方の分からないフィールドモンスターは後回しにして、一応報酬は保証されているらしい突発クエストの方をあえて最初から狙うと」
「う~む。これは堅実策なのかギャンブルなのか、どっちだ?」
「それを私に聞かれても……。でも、清歌の言うことにも一理ある……と思う」
「それに、こんなに活気のある素敵な街なのですから。単純に街歩きをしてみたいのです!(ニッコリ☆)」
「ええ!?」「はいぃ?」「今までの話は……」「む……むぅ」
これまでの話は単なる理論武装でしかなかったのかと、厳しく問い詰めたくなるようなことを、とてもいい笑顔で清歌がのたまった。
「えっと……、皆さんはもうこの町を知っていると思いますけれど、私にとっては初めての場所ですから。私はクエスト狙いを兼ねての街歩きで、皆さんは外でレベルを上げるというのが効率的というものです」
微妙にジト目になっている四人の視線にさらされて、さすがの清歌もいささかバツが悪いのか、続く言い訳の言葉は珍しく早口気味だった。
そんなちょっと珍しい清歌の様子を見て和んだ弥生は、もう細かいことは考えないことにした。清歌の提案は後付けの理屈っぽいものの、その方針自体は理に適っているもので効率的なのも事実なのだ。
「それじゃあ、その方針で行こう! 取り敢えず私らはある程度レベル上げをしたら、戦利品の換金と休憩のために戻ってくるから、その時いったん合流しようね」
「はい、町に戻ったら連絡をください。では……」
「あ、清歌ちょっと待って! よければ悠司たちにも清歌を名前で呼ばせてあげてほしいんだけど、ダメかな?」
早速行動を開始しようとする清歌に待ったをかけ、弥生がそんな提案をした。なぜ今そんなことを言うのか、理由は分からないものの断る理由はどこにもない。
「いいえ。では、私も名前でお呼びした方がいいのでしょうか?」
「うん。そうしてあげて」
「はい。では悠司さんに、……聡一郎さんと、お呼びしますね」
「あ、ああ。それでオッケ~、です」「うむ……りょ、了解した」
一人ずつ視線を合わせて名前を呼ばれた男子二人の不自然な様子に、弥生と絵梨がニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。男子の純情に突っ込みを入れない優しさは持っているようだが、こみ上げる笑いまでは抑えるつもりがないようだ。
「では、私はあちこち街を見て回ります。皆さんはバーチャルとはいえ戦闘ですから、どうぞお気を付けて」
「うん、気を付けるよ」「ええ、無理はしないわ」「安全第一でな」「うむ、油断はしない」
「はい。では、また後程」
意気込む四人に笑顔を見せると、清歌はさっそく露店の並んでいる雑踏へと消えていった。その後ろ姿はいつも通りの綺麗な姿勢を保ちつつも足取りは軽く、彼女がすでに<ミリオンワールド>を楽しんでいることが良く分かった。
若干予定は狂ってしまったものの、別行動は合流して遊ぶための近道と信じて――か、どうかは分からないが清歌はしっかり楽しんでいるのだ。弥生たちも負けていられない。
「じゃ、私たちも行くとしましょうか!」
弥生は先頭を切って、意気揚々と歩きだした。
広場を起点に南へと延びるメインストリートには数多くの商店が立ち並び、その中には当然<冒険者>向きの店もある。今の所持金で買える必須アイテムを調達しつつ、目指す目的地はこの南端。町の外へと繋がる門だ。
「そりゃいいが、さっきのは何だ? 正直、さ……清歌さんを名前呼びは恥ずかしいというか、照れくさいというか、気後れするというか……」
「実は俺も同じだ。たぶん清歌嬢とか清歌殿などと呼んでしまいそうだ」
「意気地なしねぇ、二人とも。……でも、私も疑問に感じたんだけど?」
弥生の後に続く三人が弥生に疑問を投げかける。
「あ~。ちょっと神経質かな~とは、私も思うんだけどね。<ミリオンワールド>って本人のままでプレイが基本スタンスでしょ? 私らなんかはど~でもいいけど、清歌っていうか清歌ん家レベルになるとあんまり苗字は出さない方がいいかな~ってね。あ! 統一した方がいいから、私と絵梨も名前で呼んでね~」
三人の足取りがぴたりと止まり、弥生も数歩歩いてからそれに気が付いて立ち止まった。
「弥生、あなた……けっこう考えてるのね。驚いたわ」
「うむ……所謂やればできる子、というやつだろうか?」
「いや、そんなはずはない! もしや…………貴様、ニセモノだな!」
弥生のリーダーらしい行動を、内心で感心してはいてもそれを素直に表現するのは照れ臭かったようだ。ある意味予想通りの反応に、弥生はがっくりと肩を落とした。
「だから……、たまには素直に褒めてくれたっていいじゃない。も~」
「ハハハ。ま、そう言うなって。……ああ、ところで清歌さんの方針は、正直なところどう思ってるんだ」
弥生の抗議を笑ってごまかした悠司は、更に話を逸らすべく絵梨に話題を振った。
「……悪くはない、というか魔物使いの初手としては最善かもしれないわ……もしかすると、ね。突発イベント自体は、持ってる<心得>にかかわらず発生していたことは覚えてる?」
「うん。私もクリアしたよ、一発で!」
「そう。そしてクリアするともう発生しない。つまりこのクエストの意図は、全てのプレイヤーにクリア報酬を配ることと考えられるの。発生条件は判然としないけど、少なくともプレイヤーのレベルはあまり関係ないんじゃないかって言われてたわ……」
「つまり、鍵は町の中にある……ということなのか?」
言葉を引き継いだ聡一郎に、「かもね」と絵梨は肩を竦めて見せた。根拠というには薄く、どちらかと言えば希望的な推測だ。
「そういうことなら、こっちも清歌に後れを取らないように頑張らなきゃね!」
「いや、だから可能性があるってだけよ?」
「分かってるってば。……でも清歌ならあっさりアタリを引きそうな気がするんだよねぇ~」
「ぷっ、確かに」「ハハッ! そうかもな~」「彼女なら、確かにな」
清歌が何か面白いことをやらかしてくれそうな、そんな予感を共有しつつ四人は再び歩き出した。