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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第十一章 新年
158/177

#11―11




 弥生がようやく落ち着いた頃、音楽祭の順位発表が行われた。もうそんなものどうでもいいのではないか、という雰囲気が会場に漂ってはいたが、本来こちらがメインのイベントである。


 もっとも実際結果が発表されれば、上位に入ると嬉しいし入賞を逃せば悔しいものだ。そんなわけで、それなりに盛り上がり今年の音楽祭は幕を閉じた。


 後にとったアンケートによれば過去に例を見ない程大好評だったのだが、言うまでも無くこれは特別枠――というか、ぶっちゃけ清歌のステージ――に対する評価である。今回に限って言えば特別枠を設置した実行委員会は大手柄だったわけだが、一方で次回以降の実行委員会には大きな宿題を残してしまったということにもなるのだ。


 もっとも特別枠を設けた理由である肝心の清歌にはもう出演する気が殆ど無くなってしまっているので、宿題も何も無いとも言える。そしてそれこそが次の実行委員会を悩ませることになるのだが――それはまた別の話である。




 講堂から教室に戻った清歌たちのクラスでは、興奮が冷めないままあちこちで雑談の花が咲いている。話題は無論、先ほどの清歌のステージについてだ。


 弥生たちいつものグループを除くクラスメートたちは、まともに聞いた清歌の歌は先日の音楽祭(不)出場を決める際の一件だけだ。それ以外となると文化祭の時に聞いた謎言語のスキャットくらいのものなので、てっきりそういう方向性の歌を想像していたのである。例えば洋画のテーマソングとか、西洋民俗音楽的なものとか、つまり清歌の容姿に良く似合う歌ということである。


 清歌の実態をそれなりに知っている彼(彼女)らは、他のクラスの生徒たちのようにクラシック系のお堅い歌が来るとは思っていなかったのだが、流石に馴染みのあるJ-POPというのには意表を突かれた。恐らく容姿による先入観で、少なくとも日本語の歌は無いだろうと思っていたのである。


 そんなわけで天都や田村を始めとする清歌に――というか弥生に近しいクラスメートは、清歌の周囲に集まって質問攻めにしていた。


 ちなみに彼女たちの予想では、最初に某テーマパークで有名なアニメーション系からよく知られている曲を掴みとして持ってきて、次に意表を突いて洋楽のロックな曲で盛り上げて、最後はちょっと古典の英国バンドの有名曲など誰もが知っている曲で締めるというプログラムだったのだそうだ。恐らくJ-POPを上手く、それこそオリジナル並みに歌える者は割と身近にいるが、発音的な問題で洋楽を上手に歌えるというのは稀少なので、清歌にはそのようなリクエストをしたくなるという事なのであろう。


 面白いことにそれは、中学時代に清歌が生徒会メンバーたちからカラオケや弾き語りなどでリクエストされた曲順とほぼ同じだった。もっとも中学時代に関して言えば、生徒会メンバーは清歌が所謂J-POPをほとんど知らないということを知っていたからという理由もある。


「っていうか、黛さんもカラオケなんて行くんだな。ちょっと意外だ」


「まあ今時中学生だって普通にカラオケくらい行くし……って言いたいところだけど、確かにちょっと意外な感じがするかも」


「だよねー。っつか委員長たちって、カラオケに良く行ったりするの?」


「ううん、清歌と一緒にカラオケに行ったのはこの間が初めてだよ。ね?」


 清歌が弥生に相槌を打つ。そもそも清歌がカラオケに行ったのは、先日の選曲会議も含めてこれまでに両手の指で足りる程の回数しかない。ことさら嫌っているわけではないが、進んで行きたい場所でもないというのが正直なところだ。ぶっちゃけ清歌の場合、歌いたくなったら自室でピアノを弾きながら好きなだけ歌えばいいだけの話なのである。


 その話を聞いて、カラオケで歌うのが好きならあわよくばいっしょに遊びに行けるかもと思っていた数名が残念そうに肩を落とした。文化祭などの打ち上げと称して、クラス全員で遊びに行ったことはあるが、行き先はファミレスにテーマパークにボーリングなどで、カラオケに行ったことは無かったのである。


「あれ? でもじゃあなんで選曲する為だけに、わざわざカラオケに行ったの?」


「それはまあなんて言うか……、清歌はいわゆるJ-POPをほとんど知らなかったから、カラオケが便利だったんだよね」


 クラスメートからのもっともな質問に弥生が答える。


 基本的に清歌が音楽祭で歌いたかった曲は三曲目だけであり、一・二曲目の選曲は弥生たちにお願いしていた。別名、丸投げとも言う。


 選曲を任された弥生たちは、恐らく多くの生徒たちが予想しているであろう洋楽系は敢えて外し、馴染み深い割と最近のキャッチーな曲を選択することにした。また一方でバレンタインデーに絡めた歌にするという基本方針もあったので、それならば歌詞もちゃんと理解できる日本の歌の方が良いだろうという理由もあったのである。


 そうして候補を挙げつつ曲を聴き、歌詞も確認して清歌の感想も聞いてとなると、音楽配信でいちいち楽曲を購入するというのは現実的ではない。カラオケがベストな選択だったのである。――歌うのが弥生たち素人という点についてはこの際目を瞑ることにして。


「ああ、そういうことなら確かにカラオケは便利だな」


「っていうか、黛さん程歌が上手いとどんな歌でも歌えちゃうから、選曲も大変だったんじゃない?」


「だよねだよね。アイドル系も良かったけど歌姫ディーバ系の歌っていうのもアリだったかも」


「いやいや、裏の裏を突いてアニソンを歌って欲しかった」


「えー!? それって知名度的にどうなの? ってか別に裏の裏でもなんでもないし」


 あれやこれやと清歌に歌ってもらいたい曲を挙げていくクラスメートたちに、清歌はビミョ~に視線を泳がせる。実はそれほど簡単な話でも無いのだ。


「ところがねぇ、清歌が歌える曲が意外にも少なかったのよね(ニヤリ★)」


 絵梨が妙に愉快そうな黒い笑みで指摘すると、清歌はトホホな表情でそれに同意した。いつも泰然と構えている清歌がそんな表情をするのは地味に珍しい。


「特訓すれば何とかなるとは思いますけれど……」


「ま、そこまでやる必要は無いわよねぇ」


 やってやれないことはない。が、そもそも選んでいる二曲はオマケのようなものであり、正直言って今回のイベントでそこまで時間を費やすつもりは無かった。そんな清歌の心情を理解している弥生が濁した言葉の続きを代弁する。


「特訓?」「ってJ-POPに?」「あんなに上手い黛さんが?」「必要ないんじゃ?」


 一方で特訓という言葉に当然とも言える反応をするクラスメートたちに、弥生と絵梨はさもありなんと頷くのであった。







 時は遡り選曲会議の時の事。カラオケ店に繰り出したマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)一行は、ちょっと広めの部屋を借りて早速候補となる曲を挙げていった。


 ちなみに既に日は暮れており、夕食はワールドエントランスのフードコートで済ませてきている。カラオケ店で飲食するとどうしても割高になるし、何よりフードコートでの食事は例のロイヤリティー収入で賄えるのでお得なのだ。


 年少組にも事情は伝えており、半ば普通にカラオケを楽しみつつそれぞれお勧めの曲を披露していく。六曲ほど終わったところで気に入ったものがあったか尋ねてみると、清歌は何やら渋い表情で首を横に振った。


「う~ん、結構私は好きな曲ばっかりだったんだけど、清歌は気に入らなかったのか~」


「……と言いますか、もしかして清歌お姉さまは、J-POPが全般的にお好きでは無いのではありませんか?」


「なにっ!? それじゃあ根本的に方針を変えなきゃならんのではあるまいか?」


「ああ、いいえ。そういう訳ではありません。ただ……」


「「「「ただ?」」」」


 清歌としては些か気が進まないのだが、これは実際に聞いてもらった方が早いだろうと思い、六曲の中で比較的気に入った一曲をタブレット型リモコンに入力してもらい――タイトルを覚えていなかったのだ――マイクを手に取った。


「ええと……、できれば笑わないで下さいね?」


 ちょっと照れながら言う清歌に、皆が揃って首を傾げた。清歌の歌の素晴らしさはよく知っているし、この程度の曲なら一度聞けばメロディーを覚えてしまう事も知っている。自分たちが笑ってしまう程のミスを犯すとは思えないのだが……はて?


 実際清歌の歌声はいつも通り聞きほれてしまう程素敵で、音程やリズムのミスも全く無く、本当にさっき一度聞いただけなのかと逆に突っ込みたくなるレベルであった。


 ――なのだが、清歌が一曲歌い終えると、弥生たち六人は何ともビミョ~な顔をしていた。声を出して笑う程でもないがちょっとニヤけてしまう。だけど約束があるからそれを堪えている。そんな表情であった。


「……お分かり頂けたでしょうか?」


「う、うん、分かったよ。確かにちょっと……妙な感じになってたね。ほんの一部だけど」


「そね。……問題はサビの部分だからやたら目立っちゃうってことよね」


 清歌の歌声は本当に良かったのだ。ただサビに入った時、唐突にそれは起きた。歌詞に英語が出て来たところでいきなりネイティブの発音になってしまい、とてつもない違和感が襲って来たのである。


 音程やリズムが間違っているわけでは無いので、発音も正確な清歌の歌こそが、本来満点(パーフェクト)と称されるべきだ。にも拘らずオリジナルの歌が日本人による怪しげなカタカナ英語なので、逆に違和感が生じているというのは何ともやるせない話である。


「なんつーかアレだな。少し前にやった怪獣映画の(シン)作で、日系アメリカ人設定のねーちゃんがしてた変な喋りに似てたっつーか……」


「「「あ~~」」」


 悠司の分かり易いようなそうでもないような喩えに、元ネタが分かった数名が同意の声を上げた。しかしそうなると、同時に一つの疑問も湧いてくる。


「あら、でも妙ね? 普段清歌と話していてそういう類の違和感はないんだけど……」


「ああそれは、普段日本語で話している時は、なるべくカタカナで発音するように心がけていますので。ただ歌詞で英文が出てきますと、思わずそのまま読んでしまうものですから……」


「それでああなっちゃうわけね。……じゃあ元の歌か私たちが歌うのを何度も聞いて、発音を修正すれば……って、それはちょっとメンドクサイわよねぇ」


 絵梨が言うように、今回の一件に清歌はそこまでの熱意があるわけでは無い。さらに言えば、そうやって特訓したところで高々J-POPの一曲が普通に歌えるようになるだけである。他で役立つという事もなさそうだ。


「ふむふむ。……ということは、歌詞に英語が出てこない曲を探さないといけないわけか」


「じゃなかったら歌詞が最初からカタカナで書いてあるものか、ですね」


「いや……、しかしそれは結構厳しい条件じゃないか?」


「ですよね。歌詞の一部に英語が使われるのなんて当たり前の事だもん」


「考えてみれば妙な話ではあるな。日本人が歌う日本人作詞の曲に、わざわざ英語を使う必然性はいったいどこにあるのだ?」


「まあその疑問はよく分かるわ。たま~に文法的にトンデモナイのがあったりして、私も気になることがあるもの。でも今その話は置いときましょ、ソーイチ。どうせ答えは出ないんだし」


 あーでもないこーでもないと議論をするが、なかなかコレといった曲が出てこない。


 なかなか候補が挙がらず、聡一郎と絵梨、そして年少組がドリンクバーにお代わりを取りに行ったところで清歌がポツリと爆弾を落とした。


「もういっそのこと演歌にしてしまいましょうか?」


「えっ、演歌? 清歌が!?」「って、マジで!? 歌えるの?」


「あら、演歌というのもあれはあれでいいものですよ? なんと申しますか、一種の様式美があるのですよね」


 そう言うと清歌は二曲ほどリモコンに入力すると、マイク片手にド演歌を朗々と歌い始めた。


 一曲目はたったの二小節で東京から青森まで辿り着いてしまう歌詞で有名な曲であった。演歌も上手に歌い上げる技術は流石としか言いようが無いが、金髪で西洋的な顔立ちの清歌が歌うと、違和感レベルが天井知らずである。


 運が良いのか悪いのか、サビのクライマックスであるタイトル名を言う手前のところで帰って来た絵梨たちは、思わずドアを閉めるのも忘れて硬直してしまっていた。


 二曲目に清歌が披露したのは、ミュージシャンとしても人気がある俳優が作詞作曲した曲でセルフカバーもしている、夏の代表的な花の名前がタイトルとなっている歌であった。演歌というのはちょっと違うが、歌手を考えれば歌謡曲とは言えるかもしれない。


 夏を想起させる印象的な言葉が並べられるサビの部分で、弥生は思わずホロリときてしまい慌ててハンカチで目元を抑える。何か突っ込まれるかなーと恐る恐る視線を巡らせると、皆どこか目がウルウルというかキラキラとしていて、弥生は安心するのであった。


 ちなみにこの二曲は数少ない清歌のカラオケ経験で、友人から「これを歌って欲しい」と言われて覚えたものである。そういったものは他にも数曲あるのだが、演歌の他は昭和のアイドルソングだったりアニソンだったりとジャンルに妙に偏りがあり、要するに友人たちはミスマッチ感を面白がっていたのである。


「ま……、まあ演歌とか歌謡曲もアリかもしれないけど、流石に音楽祭にコレは駄目だよね~」


「ある意味度肝を抜けるだろうが……、こりゃボツだわな」


 その後、色々な候補を挙げていき、その中から清歌が歌いやすくかつバレンタインデーにこじつけられなくもない曲ということで、例の二曲が選ばれたのであった。







 ――そんなこんなで、選曲はそれほどすんなり決まったわけでは無かったのである。


 とはいえ、この話は清歌のちょっとした弱点のようなものなので、このままクラスメートに話してしまうのは憚られる。なので、弥生は嘘ではないが真相から少し逸らした説明をする。


「ま~、清歌は最近の日本の歌を全然知らなかったからね。なるべく覚えやすくて、変な言葉が使われてない曲を探したんだよ」


 変な日本語(・・・)ではなく、言葉(・・)としたところがミソである。案の定クラスメートは清歌が乱れた汚い日本語で歌っているところを想像してしまい、渋い表情になる。


「……確かに黛さんには、ギャルっぽい言葉とか似合わないよな」


「普段すごく丁寧な言葉遣いだからねぇ」


「うん。黛さんにはキレイな(言葉遣いの)ままでいて欲しい」


「待て! その言い方はなんか誤解を招くぞ?」


「…………別にそれならそれで私は構わないけど(ボソリ)」


「「「えっ!?」」」


 弥生の意図した方向とはちょ~っと違ったかもしれないが、どうやら話は上手く逸れたようだ。弥生と視線を合わせた清歌が口パクで「ありがとうございます」と伝える。


 その後も話は尽きることなく、結局普段と変わらない時間まで教室に残ってしまう清歌たちなのであった。







 ワールドエントランスへ向かう途中、他の百櫻坂高校の生徒が見えなくなった頃に清歌がちょっとしたネタばらしをした。


「実はあの三曲目は、元々恋愛を歌った曲ではないのです」


「えっ、そうだったの!?」


「そういえば“大切な人”みたいな表現で、恋愛感情を匂わせる直接的な言葉は無かったわね」


「……っていうか、そもそもあの曲ってどうして作ったの」


「それは……、清藍の中等部には“三年生を送る会”という行事がありまして」


「あ、それって私たちの学校にもあったよ。行事の思い出とかを振り返って、三年生に感謝を伝えよう……みたいなやつでしょ?」


「はい。なかなか素直に伝えられない気持ちを卒業までに言えるように、背中を押してあげるような歌を作ろうということで」


「ってことは、卒業生だけじゃなくて在校生に向けたメッセージでもあったんだね」


「それにしてもオリジナルの曲を学校行事の為にわざわざ作るなんて、なんつーか贅沢な話だな」


「うむ。良い話ではないか」


「毎度毎度悪だくみをしているわけじゃないのね。私の予想は外れたかしら」


 絵梨が残念そうに言うと、清歌は悪戯っぽく笑って裏の話を暴露した。


「ふふっ、絵梨さんの予想の方が正解です。それはあくまで建て前でして、会長は“三年生を送る会で卒業式以上に泣いてもらおう!”と言っていましたね」


 そもそも思い出に浸る為の会なのだから、しんみりして思わず泣いてしまう事もあるだろう。しかし意図的に泣かせようと仕掛けるのは少々趣味が悪いのではないかと、弥生は「それはちょっと……」と眉根を寄せる。


 一方、予想が当たったのが嬉しいのか、はたまた単に悪だくみが好きなのか絵梨は妙に楽しげだ。


「で、清歌はそれを知ってて加担したってわけね」


「会長の意図はともかく、自分たちで曲を作って三年生を送るというのは面白いなと思いましたので」


 どうやら清歌は会長の思惑云々には興味が無く、単純に曲を作る方に興味があったようだ。悪だくみに使われることは別の話と割り切ってしまう辺り、実に清歌らしいと言えよう。


「なるほどね~。それでそれで? 計画は成功したの?」


「概ね成功と言っていいかと。ただ会長としては、色々お世話になった前会長に泣いてもらいたかったようなのですけれど、その方は何か仕掛けてくるに違いないと構えていたらしく、最後まで泣かなかったそうです」


「ありゃりゃ、読まれてたか~」


「ふふっ、そのようですね。もっとも私と、それから作詩をした友人にとっては、送る会の後で後輩から“あの歌のお陰で三年生に気持ちを伝えることができた”と感謝されたことの方が嬉しかったですね」


「そっか……、それは良かったね」


「はい」


「ところでその伝えた気持ちっていうのは、いわゆる告白だったのかしら?(ニヤリ★)」


「さあそれは……、詳しくは聞きませんでしたから。ただ、音楽祭への出演依頼をお聞きした時、真っ先にあの歌が思い浮かびましたよ?(ニッコリ☆)」


「あはは、そうなんだ。……じゃあもしかしたら、あの曲をまた大勢に聞かせたかったからっていうのも、今回清歌が出演を決めた理由の一つだったのかもしれないね」


 弥生の鋭い指摘に清歌が息をのむ。そして自分の感情を確かめるように、小さく頷きながら答えた。


「そうですね。……そうだったのかもしれません」


「ま、なんにしても清歌が満足したなら何よりよね」


「だよね。観客が喜んでも、清歌がつまらなかったんじゃ意味ないし」


「ありがとうございます、弥生さん、絵梨さん」


 と、ここで終わっていれば良い話で終わっていたのだが、なにやらビミョ~な表情をした悠司が顎に手を当てておもむろに口を開いた。


「ん~、ま、そりゃいいんだが……」


「ナニよ、悠司。折角キレイに纏まった話にケチつける気?」


「そうじゃないんだがさっきの話から考えるとだ、あの歌が音楽祭の後にどんな影響を与えたのか、ちょっと……いやかなり? 気になっちまってな」


「そっか、バレンタイン……」「あー、影響は……」「むぅ、あるだろうな……」


 ジトッとした四人の視線を受け取った清歌は、しかし――


「あら、私は最初に言ったはずですよ? 恋する女の子にエールを送ってあげたい、と」


 などとニッコリのたまうのであった。




 結果から言えば、清歌の歌は大いに影響は与えた。


 清歌の切実な想いに――歌詞の物語なので、清歌の想いではないのだが――胸を打たれた女子生徒たちは、取り敢えず彼氏が欲しいからといった割といい加減な理由や、或いはお返し狙いの義理チョコというのは何か違うのではないかと感じて、渡すのを止めてしまったのである。ちなみに渡すはずだったチョコは、彼女たち自身のおやつとしてキチンと消費されたようだ。


 一方でチョコ(本命)は用意して持ってきたものの、ギリギリまで渡すかどうか迷っていた女子は、やはりちゃんと想いは伝えなければと思い切って渡すことにした者が多かったという。


 つまり告白をイベントにしてしまう事に疑問は感じつつも恋する女の子を応援しようという清歌の想いは、観客に正しく伝わったと言えよう。


 もっとも――


「義理チョコすら一つも貰えない……だと」


「諦めろ……、今年は本命以外が貰えるような空気じゃない」


「バカな! ちゃんとお返しするよ? 俺ってそーゆーとこけっこーマメよ?」


「いやー、だからそういう軽い感じでチョコを渡すのはあかんのじゃないか、っつー話なわけで」


「まあ、しょうがないわな。……まさか、百櫻坂の伝統になったりしないよな?」


「ハハハハ…………まさか、な」


 男子サイドにはそんな悲喜こもごもがあったようである。


 そんな風に、清歌たちの与り知らぬところで様々なドラマが生まれつつ、音楽祭バレンタインイベントは幕を閉じたのであった。




都合により、次週の更新はお休みさせていただきます。

次回の更新は六月七日の予定です。

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