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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第十一章 新年
156/177

#11―09




「考えてみると……、生徒会室に行くなんて中学の時も含めてこれが初めてだな」


 清歌が音楽祭への出演を打診された日の放課後の事、生徒会室へ向かう道すがら、悠司がふと思い出したことを呟く。


 なお絵梨と聡一郎は昼食兼会議(パワーランチ)をしたラウンジで時間を潰している。生徒会長への返事を済ませた後で合流して、ワールドエントランスへ向かう予定である。


「ま~、一般生徒にはあんまり用事が無い場所だもんね。イベントの実行委員長にでもなれば何度も行くはめになるんだろうけど」


「後は生徒会メンバーの友達が手伝い要員に駆り出される……とかな」


「悠司さんは香奈さん……といいますか生徒会長に何か用事があることなどは無いのでしょうか?」


 例えば悠司のクラスメートが生徒会に要求なり陳情なりに行かなければならなくなった際、生徒会長の義弟である悠司に仲介を頼むということはありそうな気がする。要するに今朝の香奈と同様の話である。


 悠司が香奈の身内であることをクラスメートたちは皆知っている――()弟であることはごく親しい者しか知らない――ので、場合によってはそういうこともあったかもしれない。


「今んとこ、そういうのを頼まれたことは無いな。ま、一年だけでイベントを企画するようなアグレッシブな奴はウチのクラスにはいなかったてことだな」


 ちなみに当たり前のことながら、個人的な――というか家族的な要件の場合は普通にメールで済ませている。多少込み入った話で直接話した方が分かり易い場合でもメールにするのは、学校で家族と会って話すことにビミョ~な気恥ずかしさや気まずさを感じるからである。


 妹に関してはシスコンであることを公言して憚らない悠司であっても、年齢の近い義姉相手だと割と普通の反応をするのは興味深い一面と言えよう。


「中学の時は生徒会室に遊びにくる子も多かったのですけれど……、清藍の生徒会は特殊だったのかもしれませんね」


 軽く首を傾げる清歌に、弥生と悠司は思わず立ち止まって顔を見合わせた。


「お二人とも、どうかされましたか?」


 以前清歌から聞いた話では、副会長であった彼女は用事で生徒会室を外していることも多かったはずだが、今の話には自分で体験したいたようなニュアンスがある。ということはつまり――


「それって清歌が生徒会室にいた時の話?」


「はい、そうですね」


「でもって、遊びに来た子の相手は清歌さんがしていた?」


「ええ。それも副会長の仕事のようなものですから」


 とまあ、こういうことらしい。要するに生徒会室に遊びに来ていたというよりは、清歌とお喋りしに来ていたという事なのだろうと、弥生と悠司の認識は完全に一致した。


 これは清歌が――というか他の生徒会メンバーすらも――知らない話なのだが、あまりに多くの生徒が押しかけては生徒会に迷惑をかけることになってしまうので、当時の一般清藍女学園生の間ではいくつかの不文律(ルール)が出来たとのこと。それ故に清歌としては「生徒会室は割といつも賑やかだった」くらいの印象にとどまっているのである。


 再び歩き始めつつ、弥生は生徒会室というキーワードからオタク的連想をして、清歌に尋ねてみた。


「ところでさ……、清藍の生徒会室ってどこにあったの?」


 何やら妙に期待した風な弥生の視線を受け止めた清歌は、不思議そうに何度か瞬きをすると「普通に校舎内の一室だった」と答えた。


「やっぱりか~。ま、そりゃそうだよね……」


「……で、お前さんは何を想像してたのかね?」


「だってお嬢様学校の生徒会だよ? 敷地内に生徒会専用の館が建ってて、花の名前が付けられてたりするんじゃないかな~って……普通は期待するでしょ?」


 肩を落としてがっかりしていた弥生が、一転キリッとした表情で、さらに拳をぐっと握り込んで熱弁を振るう。


「言わんとするところは分からんでもないが、多分……いや間違いなくそりゃ普通じゃないと思うぞ?」


「も~、そんなことは分かってるよ。でもロマンがあるでしょ、そういうの」


 悠司の現実的なツッコミに、弥生は口を尖らせる。


「それもまた分からんでもないんだが……。っつか、実際問題生徒会ってのはあっちこっちと連絡を取ることが多いだろうに、別棟にいたら不便じゃないのかね?」


「悠司ってばまたそういうロマンの無いことを……。でもまあ多分物語的には、何か別の目的で建てられたけど使われなくなった建物を、生徒会が倉庫も兼ねて使うようになったのが始まり……とかじゃないかな?」


「なるほど。そういうことならあり得る……か?」


 悠司の現実的なツッコミにはロマンが無いと言いつつも、物語上の必然性をちゃんと考えている辺り、弥生もなかなか面白い一面があると言えよう。


 ところで清藍女学園の生徒会室は中高ともに校舎内にあるという点は普通なのだが、室内に関しては余り普通とは言い難い。広めの室内の窓際には木製の立派な生徒会長専用デスクがデンと鎮座し、さらに生徒会役員個人用のデスクとは別にこれまた結構立派な会議用兼応接用の大きなテーブルとソファーのセットがあるのだ。


 弥生は清歌の卒業アルバムでそれを見たことがあり、これだけ立派な生徒会室ならば別棟ということも――などと期待してしまったのである。


 ちなみに清歌は調度品の豪華さについてはさておき、構成や部屋の広さなどについてはこういうものなのだと受け入れていたのだが、言うまでもなくこれは一般的な生徒会室ではない。それはこの後すぐに判明することとなる。


 程なくして生徒会室に着き清歌がドアをノックして用件を告げると、タイミングを見計らっていたかのようにドアが開いた。顔を出したのは名前を呼ばれるのを殊の外嫌がる仙代である。


「いらっしゃい、黛さん。……と、坂本さんに里見くんも」


 実は類稀なる美少女であり様々な噂が飛び交う清歌が生徒会室に来るとあって、一部のメンバーが妙にソワソワしていたので、面識のある仙代が取り次ぎに出るようにと予め会長からのお達しがあったのだ。普通に愛想よく挨拶ができたので、仙代は十分その任を果たしたと言えよう。


「こんにちは、仙代先輩」「こんにちは~」「どうもです」


「はいはい。生徒会室へようこそー」


 軽く挨拶をしてから三人は生徒会室へ招き入れられる。


 生徒会室は一般教室の三分の一くらいの広さで、これは教員準備室などと同じ広さだ。両側の壁面にはファイルやら書籍やらが詰め込まれたキャビネットが並び、部屋の中央には生徒会メンバー用のデスクが向かい合う形で並んでいる。そのデスクの向こう側、窓を背にして生徒会メンバーが使う物よりも一回り大きい生徒会長用のデスクがあり、そこに香奈が座っていた。


 基本的に狭い――というか容量が足りていない感じで、かなり詰め込まれている印象だ。間違っても応接用のテーブルセットなどを置いておける余裕は無い。ちなみに会議をする時もそれぞれのデスクに着いたまま行っている。


「あ、もしかして狭くてびっくりした? これでも今期の生徒会は頑張って整理整頓したから大分良くなったんだよ。去年まではもっと雑然とモノが置かれてて、物置状態だったからね」


 そんなことを言いつつ、仙代が香奈の元へ三人を案内する。


「会長、黛さんたちが来たよー」


「ありがと。いらっしゃい三人とも。……別に全く構わないんだけど、弥生ちゃんと悠司くんは付き添い……なのかな?」


 上級生ばかりの生徒会室に来てもいつも通り泰然とした佇まいの清歌に、付き添いなんぞ必要ないのでは? というニュアンスの問いかけだ。異論をはさむ余地がどこにもないその質問に対し、弥生と悠司は苦笑気味に答えた。


「まあ付き添いっちゃあ付き添いなんだけど……、なあ?」


「うん。え~っと、今回の私たちは清歌のマネージャー的ポジションだと思って下さい。生徒会長」


 弥生の説明に香奈と仙代が目を円くする。なお、余談ながら他の生徒会メンバーはというと、清歌たちが来てからも仕事を続けている――フリをしながら聞き耳を立てていて、「マネージャーとはなんぞ?」と視線で会話をしていた。


「マ、マネージャー!? よくわからないけど……そうなのね。まあそれはさておき、早速だけど黛さん、お返事を聴かせてもらえるかしら?」


「はい。今朝のお話、喜んで引き受けさせていただきます」


 清歌の返答を聴き香奈はホッと安堵の息を吐くと、笑顔で「ありがとう」とお礼を言う。


 今回の件は音楽祭実行委員の代理に過ぎないので、断られたからといって香奈自身にとっては特に問題は無い。ただ生徒会長として音楽祭が盛り上がるのは歓迎だし、個人的にも清歌のステージは楽しみなので承諾してくれたことは素直に嬉しかった。


 が、事はそう単純な話ではない。「出演します」「ありがとう」で終わるのならば、マネージャー(自称)が付いてくる必要は無いのである。


「で、清歌が出演するに当たっての条件なんですが……。悠司、例の物を」


「ほいきた。……こちら、例の物になります」


 安心していたところに条件があると言われて慌てる香奈のデスクに、悠司が鞄から取り出したA4の紙を一枚差し出した。


「え、えーっと、ちょっと時間を貰える? すっぴーも一緒に見て」


「ちょ、香奈、すっぴーは止めてってば。なになに……」


 清歌が出演するに当たっての条件が箇条書きにされている用紙を、香奈と仙代が熟読する。ぶっちゃけ香奈に決定権は無いのだが、仲介役として実行委員長に説明しなくてはならないのである。


 手書きで書かれている書面の最後に違う筆跡で清歌のサインがあるところを見ると、恐らく条件を書き出したのは弥生たちのグループの誰かだったのだろう。ちなみにこれはオリジナルではなくコピーしたもののようだ。


 グループのブレーン役である絵梨と悠司が主に知恵を絞って書き出した条件は、さほど無茶な要求ではない。言い換えると、ちゃんと書面で了解を取ったという事実を残すことで、完璧な履行を要求しているという事なのだろうと香奈は考えた。


 ただ正直言ってここまでするほどの事なのかと、二人は思わず首を捻っていた。


「やっべ、今気付いたんだけど、メロンです……とか言って風呂敷包みの箱を出して、次に法外な出演料を書いた紙を出すっていうボケを用意してくればよかった……」


「今回はウチの清歌を使って頂き有難うございます……って? じゃあタイトルはアーティスト(エックス)だね! ……ちょっとゴロが悪いかも?」


「なんでしょう、そのお話は?」


「そっか、清歌は知らないのか。テレビドラマの話だよ。一匹狼のカッコイイ女外科医が活躍する話なんだ」


「ほぼ毎回話の最後辺りに、マネージャーみたいな人がメロンと請求書を差し出して、教授がどひゃーってなるっつーのがお約束なんだわな」


 請求書――ではなく契約書のようなものを何度も読み返す香奈たちを他所に、三人がしょうもないネタで盛り上がる。ちなみに「これって本当にできるんじゃ……」という思いが弥生と悠司の脳裏にチラリと過ったのだが、それは内緒の話である。


 契約書をよく読み込んだ二人が顔を上げ、雑談をしていた清歌たちが居住まいを正した。


「清歌さんの出演は、条件付きで承諾して貰ったと実行委員の方には伝えます。私が決定するわけでは無いですが、この条件ならきっと実行委員側は受け入れるんじゃないかと思います。正式な回答は後日また伺いますので、その時に」


「はい。よろしくお願いします」


 生徒会長の顔で告げる香奈に対し、清歌が優雅に一礼をする。


 清歌が元の姿勢に戻ったところで香奈はニコリと砕けた感じで微笑むと、興味深そうに尋ねて来た。


「ところで、ここまでする必要ってあるの? 特に一般生徒による録画・録音は絶対に禁止っていうのと、実行委員の記録に関しても黛さんの演奏に関してはウェブに掲載するのを禁止するっていうのは、ちょっと大袈裟過ぎるんじゃない?」


 所謂アーティストのコンサートではないのだから、観客が勝手に録画・録音することなど殊更強調せずとも、そもそもことをする生徒など滅多にいない。また学校のウェブサイトの各イベント実行委員会ページにしても、デザインに凝っていたり写真を掲載していたりはするものの、動画までアップロードしているのはごく少数だ。


 弥生たちの提示した条件は考え過ぎ、もしくは杞憂と言うべきもののような気が香奈にはするのだ。清歌自身が条件に関しては興味無さそうな様子なのも、その印象を強くしている。


 信用している香奈と仙代だけにならば話しても良いのだが、他の生徒会メンバーがいるこの場で清歌の秘密を下手に話すわけにはいかない。秘密というものはそれを知る人間が増えれば、どこからか漏れてしまうものだ。下手に知られてしまうと、録画録音を禁止したところで絶対に取り締まりを掻い潜ろうとする人間が必ず出てくる。


 ただこのままでは香奈も納得しないだろうから、弥生はクラスでの音楽祭参加にまつわる一件について、これこれこういう事があったのだとヒソヒソ話で伝えた。


「……そんなに、なの?」


 絞り出すように言う香奈に対し、弥生と悠司は重々しく頷いた。


 この時初めて清歌の出演に一抹の不安を感じた香奈ではあったが、いずれにせよ最終的に決定する責任者は実行委員会だ。差し当たり依頼された橋渡し役は果たしたので、あとは無責任な外野の一人として、クラスメート全員が満場一致で出演を自重するほどの歌声がどれほどのものかを楽しみに待つことにするのであった。







 二月の初め、音楽祭に出場する生徒たちは練習が佳境に入る頃なのだが、清歌たちはいつものように<ミリオンワールド>にログインしていた。なお、悠司のクラスではコーラス部員が中心となって有志の参加者を募り、大凡全体の半数でチームを作って出場することになっている。無論、今ここに居る悠司は不参加である。


 ログインしたマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)一同は、早速イツキの町へと転移した。


「さて、じゃあお社に行こっか。オネェさんたちとは向こうで合流する予定になってるから」


「ま、合流って言っても何かを一緒にするわけでもないのよね」


「確かにそうなんだけど……、あの時同時にクエストを受注してるみたいだから、変に条件を変えたりしないで一緒に行動した方が良いんじゃないかな」


 そう、今日はイツキのお社で祭りが開かれる日なのである。クエストの内容は全く想像できないのだが、せっかく受注したクエストをスルーするという選択肢は無い。特に今回はお祭りという時期絡みのイベントなのだからなおのことだ。


 舟に乗り込みお社に向けて出発する。今回の漕ぎ手は立候補した凛と千代が交代で行うことになっている。漕ぎ手といってもシステムアシストが働き殆ど立っているだけでいいので、年少組でも全く問題無いのだ。もっとも年下の女の子に舟を漕がせて年長者が舟でのんびりしているという絵面には、少々問題があるような気もするのだが――その辺は気にしたら負けである。


「そういや、結局オネェさんとニャーさんの二人だけなんだよな?」


「……まだ石板クエストが進行中なんだってさ」


 神器修復のクエストが終わった後、オネェさんたちには協力してくれたお礼として、イツキへの正規ルートのヒントを明かした。オネェさん自身は思ったよりも得るものが多かった為に、情報については遠慮したのだが約束は約束ということで話すことにしたのである。


 とはいえマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)はかなり普通ではないショートカットをしてクリアしてしまったので、教えられるのは「スベラギ学院のどこかにある石板の謎を解き、機能を開放すること」ということだけだった。


 そのヒントを元にギルド“アタシとふれんず”のメンバーがスベラギ学院を探索したところ、割とあっさり石板を発見してクエストが始まったそうだ。


 せっかくだからお祭りとやらを見に行ってみようとトライしていたのだが、これがかなり厄介なクエストで、残念ながら未だクリアに至っていない。スベラギの各所を訪ね歩くといういわゆるお使いクエストらしく、その面倒臭さもさることながら、とにかく待ち時間が長いのだそうだ。


 オネェさんからのメールに書かれていた現状を弥生がざっと話すと、皆「うわぁ~」という何とも微妙な表情になった。


「う~む……、あちこち歩き回るというのは別に構わんのだが、いちいち待たされるというのは厄介だな」


「……私はスベラギ中を歩き回るっていうのも御免被りたいわ」


「お使いクエストはテレビゲームですらウンザリするやつがあるからなぁ……」


「ま……まあ、私たちにとってはもう終わっちゃったことだし。取り敢えず、改めて清歌に感謝ってことで」


 弥生が清歌の方を向いてパンパンと柏手を打ってそのまま合掌すると、絵梨たちもその後に続く。恐らくこれからお社に向かうことに関係しているのだろうが、これでは感謝というよりもお祈りである。拝まれた清歌も少々困惑顔だ。


「どういたしまして……?」


 そんな年長組の様子に凛と千代が吹き出し、それを切っ掛けに皆が笑い出す。


 そんな雑談をしている内に舟はお社の前に着き、一行は石段を登って境内へ到着した。


 境内にはいくつかの屋台も立ち並んでいて、数多くの住人が賑やかにお祭りを楽しんでいる。こういう雰囲気は現実リアルとあまり変わりがなく、強いて違いを挙げると、チョコバナナや綿菓子といったどちらかと言うと洋風の屋台がないところである。


「あっ、トイボックスさ~ん。こんにちわ!」


「遅かったのニャ。私たちはもうだいぶ前から楽しんでいるのニャ!」


 清歌たちを見つけて声を掛けて来たオネェさんとニャーさんは、それぞれ頭には狐のお面をつけて手にはお団子を持ち、確かにお祭りを満喫している様子だ。


「こんにちは。じゃあ早速私たちも屋台に……、何かお勧めはありますか?」


「そおねぇ……、どれも美味しいけど、“おやき”なんて屋台にしては珍しくていいんじゃないかしら? いろんな味も選べるし」


「ふむふむ、なるほど……って、あれ?」


 弥生が振り返ってみるとそこには既に仲間たちの姿が無い。オネェさんに話を聞いている内に、他のメンバーは屋台に向かってしまったようだ。


「弥生さん、早く参りましょう?」


「も~、みんなちょっと待ってよ~」


 少し先で待っていてくれた清歌に追いついた弥生は、先ずは勧められた屋台に二人並んで向かうのであった。




 一頻り屋台を楽しみ、あれこれ飲み食いしたところで弥生と清歌と悠司、そしてオネェさんの四人が一か所に集まって雑談をしていた。


 その時唐突に、弥生がハッと我に返った。


「しまった……、なんか普通にお祭りを楽しんじゃってるんだけど、クエストの事すっかり忘れてた」


 弥生の発言に三人とも「そういえば……」と声を上げた。マーチトイボックスがお社にやってきて早小一時間、特に何かが始まるような気配はない。


「っつっても、一体何のクエストなのか全くわからないんだから、どうにもできないんだが……」


「そおねぇ。そもそもタイトルすら分からないんだもの」


「お祭りに参加すること自体がクエスト、という可能性は無いのでしょうか?」


 清歌の疑問に三人が首を捻った。例えば清歌が言うような場合だと、何をもって参加したとするのかクリア条件が今一つ明確ではない。お祭りの会場に来るだけで良いのか、それとも屋台で買い物をするのか、或いはこの後行われる奉納舞を最後まで見届けるのか。いずれにしても、どうにもクエストのクリア条件としてはビミョ~である。


「う~ん、それは……ちょっと無いんじゃないかな? クエストってやっぱり何かを解決するものだし」


「といってもな~、この平和なお祭りで一体何を解決すればいいのやら……」


 四人がそれぞれ悩まし気な顔で頭を抱える。楽しいお祭りの雰囲気に似つかわしくないどんよりとした空気がこの一角だけに流れる。


 こういう時のゲーム的セオリーは――と弥生は考える。ゲームではメインの物語やクエストを進めるには、まず登場人物と話すことが必要だ。そこから話が進んだり、事件が起きたり、断片的なヒントが貰えたりするのである。


 先ほどの屋台では、これといって特別な話題は何も無かった。ならば他にお祭りの関係者といえば?


 そんなことを考えていた時、弥生の視界に先日の神器修復クエストに参加していた巫女さんの一人――確か鈴の巫女さんだったはず――がチラリと入って来た。お社の建物と建物を繋ぐ屋根の付いた通路を移動中である。


 折角知り合いの姿を見かけたのだから、これは声を掛けるべきであろう。決して、飛んで火に入る――などと思ったわけでは無い。


「あっ、こんにちは~! 遊びに来まし……って、ええ~っ!?」


 弥生が手を振りながら大きな声で呼び掛けると、巫女さんはこちらを見て一瞬硬直した後、いきなりこちらに向かって猛然と走り出した! しかも必死の形相で、かつ草履も履かずに足袋のままで。


 あっという間に、それこそ移動系アーツでも使ったのではないかという俊足で一気に距離を詰めると、そのままの勢いで清歌目がけて飛び付――こうとしたのだが、するりと躱されてしまい、ズザザザーッとヘッドスライディングをすることとなってしまった。


 地面に突っ伏した巫女さんはピクリとも動かず、気まずい沈黙が流れる。


「「……」」「えっと……清歌、今のはちょっと……」


「……その、背後から飛び付かれるとほぼ無意識に避けてしまうので……」


 清歌が若干目を泳がせつつ返答する。まあ、どこぞのスナイパーのように問答無用で殴りつけるよりは、よっぽど平和的ではある。


「そ……、そうなんだ。それって私も気を付けた方が良いのかな?」


「あ、いいえ、普段は大丈夫ですよ。ただ、今のは何か殺気のようなものを感じたものですから……」


「あ~……、なるほど」


 確かに殺気の――もとい、さっきの巫女さんの鬼気迫る形相は、ちょっと引くものがあった。清歌が身の危険を感じて避けてしまったのも、考えてみれば無理もない話であろう。


「あのー、もしもーし。大丈夫ですかー? 生きてますかー?」


 未だに動かない巫女さんに悠司が呼びかける。ヘッドスライディングでまさか死ぬとも思えないが、脳震盪くらいはあるかもしれない。そう思ったのだが、次の瞬間巫女さんはグァバッと体を起こして振り返ると、やたらと瞳を輝かせて清歌を見つめた。


「なんていい所に! これぞ神様のお導きというものです!」


 巫女さんは清歌に向かって手を合わせると祈りを捧げた。正確には清歌にではなく神様に向けたものなのだろうが、微妙に居心地の悪い思いをする清歌なのであった。




 祈りを捧げ終わった巫女さんから事情を聴いてみたところ、なんと剣の巫女さんが一昨日の晩から病に倒れてしまったのだそうだ。ちなみにただの風邪ではなく、インフルエンザのような流行病(はやりやまい)で、ただ今自室で安静にしているのだとか。


 今更祭りを中止するわけにもいかなかった為、本来は良くないのだが急遽代役を立てることになる。徹夜で特訓をした結果、どうにか形にはなったものの出来栄えはお世辞にも良いとは言えないレベルだった。


 そこへ救世主の如く現れたのが、先日の修復作業で一緒に行動した冒険者たちである。その中の一人、後ろ姿ですら違いが分かるその美しい佇まい。そう、清歌ならば剣の巫女の舞を完璧にできるじゃないか! と居ても立ってもいられず突撃し――見事なヘッドスライディングをかましたという訳である。


 ともあれ、そういう事情ならば協力するのも吝かではない。ただ自分は巫女ではないどころかイツキの住人ですらない。そこのところに問題は無いのか尋ねてみたところ――


「何を仰るかと思えば……。あなたは先日、私たちとともに試練の洞窟を踏破したではありませんか! 十分に資格は有りますよ」


 ――ということらしい。


 説明を聞いていた四人が内心で「本当にそれでいいのか?」とツッコミを入れたのは、言うまでも無いことであろう。


 さておき、巫女さんサイドが問題無いというのであれば、清歌としても心置きなく協力できる。早速打ち合わせと練習をしなければならないので、清歌は巫女さんに連れられて行くのであった。


 なお先日のクエストに参加した残りの八人は、奉納舞を特等席で見せて貰えることになった。後ほど巫女さんが案内してくれるとのことである。


「……なんていうか、怒涛の展開だったね」


「だな。ま、これでクエストはクリアしたも同然ってことだろ? 結果オーライってことで」


「そおね。……っていうか、つまりこれは前回のクエストで、御前がフラグを立ててたってことで良いのかしら?」


「「あ~~」」


 そういえば泉の広間に辿り着いた時、清歌が鈴の巫女さんと対になって舞っていたことを思い出し、弥生と悠司は納得の声を上げるのだった。







 それからしばらくして、神楽殿にて奉納舞が始まった。


 白衣に緋袴という所謂巫女装束の上に千早を羽織り、さらに冠のような髪飾りを身に着けた清歌は息をのむほどに美しく、壇上に現れた瞬間、神楽殿の周りに集まった観客たちがどよめいた。


 舞はゆったりとした優雅な振り付けでどこか儀式めいており、これがいわゆるダンスの類ではなく、あくまでも神様に捧げる物なのだという事が感じられる。


 それは手足の先、隅々まで美しい動きが求められるとても繊細なものだ。ゆえに普通ならば付け焼刃に振り付けだけ覚えても、お粗末なものになってしまいそうなものなのだが、しかし普段から所作が綺麗な清歌にとっては、ある意味お誂え向きとさえ言える。


 特に弥生たちから見ると、今の清歌は黒髪ロングに前髪ぱっつんという和風お姫様スタイルなので、ビジュアル的にもとてもしっくりくる。むしろ一緒に舞っている金髪エルフ巫女さんの方が、なんとなく違和感を感じてしまうくらいだ。


 弥生が瞬きすら忘れるほどに集中して見ているとやがて舞が終わる。とても長かったような、それでいて一瞬だったかのような、不思議な感覚だった。


 鏡の巫女さんが再び鏡を手に取り、三人の巫女が正三角形を描くように内側を向いて立ち、それぞれが神器を額の位置まで掲げ持つ。


 三人の巫女が祝詞を唱える――驚くべきことに清歌もちゃんと唱えていた――と、それぞれの神器に温かな光が灯った。そして祝詞が終わると同時に神器の光が弾け、神楽殿の外へと蛍のような無数の光が飛び散る。


 ――こうして奉納舞は恙なく終了したのであった。




「なんか可愛いね~、この光。蛍……っていうか、精霊みたいな感じかも?」


「あら、弥生ったらずいぶんメルヘンなこと言うのね。……と、言いたいところだけど、私もそう思っちゃったのよねぇ……」


 奉納舞が終わってからすでに十分ほど経過しているが、光の粒は未だに周囲を漂っている。その動きは纏わりつくような、或いは悪戯をして来るような感じで、弥生や絵梨がアニメや映画などで表現される精霊のようだと思ったのも無理からぬところであろう。


「ふむ、精霊か。……しかし神器から放たれたのだから、これも神力とやらなのではないか?」


「世界観によっては精霊は神の力の一端だったり、神の使いだったりするのニャ。だからあながち間違っていニャいのではないかニャ~」


「それより俺が気になったのは、さっきこの光が何個か俺の中に入ってったことなんだが……」


「あ、私もよ、それ。っていうか多分みんなよね」


 少なくともこれといった異変は感じられない。また自分以外のメンバーを見ても外見的に変わったところは見受けられなかった。


 なお、この会話に参加していない年少組はどうしているのかと言うと――


「素敵だったね~、お姉さま」「うんうん! も~ん何枚も写真撮っちゃった!」「あ、私もたくさん撮ったよ。あとで見せてね?」「おっけ~。で良いのがあったら交換しようよ」「もちろん! 楽しみだね!」「うん、楽しみ!」


 ――などと関係ないところで盛り上がっているのであった。


 と、そこへ着替えを終えた清歌が戻って来た。


「あ、清歌、お疲れ~。凄く素敵だったよ!」


 弥生が声を掛けたのを皮切りに皆が清歌を労う。


「ありがとうございます、皆さん。上手くできたようで、ホッとしました」


 などとニッコリのたまう清歌には、不安があった様子など微塵も感じられない。まあそれでこそ清歌だよね――などと、付き合いの長い四人は思わず笑みを漏らす。


「ところで……、この光って一体何なのかしら? 清歌は何か聞いてる?」


「ええ、それは神力が集まって精霊に近いものになった姿……なのだそうです。それから……」


 清歌は一旦言葉を切ると、人差し指を立ててにっこり微笑んだ。


「これが今回のクエストの報酬も兼ねているようですよ」




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