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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第十一章 新年
154/177

#11―07




 今回の騒動クエストの原因はそもそも何だったのか?


 試練の洞窟に現れる守護者とは、神力とやらで生み出された疑似的な魔物なのだそうだ。なので斃せば経験値は得られるが、ドロップアイテムの類は無い。


 守護者の役割は神器の修復を行うために泉へと向かう巫女を妨害することなので、基本的に試練の洞窟から出ることは無い。しかし何の手違いか、前回神器を修復に来た際に一体の守護者が、泉の広間に入り込んでしまったらしい。


 修復作業が終わると試練の洞窟は残存していた守護者もろとも消滅するのだが、この泉に入り込んだ守護者はそのまま存在し続け、泉から神力を少しずつ吸収し、他の守護者とは比較にならない程強力な個体になっていたのである。


 ちなみに神器が予想外の早さで壊れてしまったのもこの守護者が原因であり、前回の修復の際に泉から神器に注ぎ込まれるはずの神力を横取りしていたのだ。そのため普段よりもずっと早く神力が抜けきってしまったのである。


 守護者は泉の広間に侵入しないというのが基本的なルールである以上、前回の修復を行った巫女さんたちを責めるのは酷と言うものだろう。また今回の修復で神器は大量の神力を宿し、前回とは逆に長い期間使うことができるはずなので、差し引きで考えればむしろプラスになっているのである。


 ――という説明を、冒険者一同は社に戻った後で鏡の巫女さんから聞かされた。


 試練の洞窟に臨んだ巫女さんたちはそれで納得していたようだが、これは要するに試練の洞窟を管理する存在――つまりこの社に祀られている神様――の運営ミスが原因ということになる。


 何やらビミョ~に釈然としないものを感じるが、巫女さんたちはそれで納得しているようなので、賢明にも清歌たちは敢えてその点をスルーするのであった。――まあ突っ込んだところで、「それも含めて試練ですから」で片づけられてしまうことが分かっていたとも言える。


 ともあれクエストは無事クリアすることができ、巫女さんたちからは丁寧なお礼を頂き、報酬として特別な御守りを一人一つ貰った。この御守りは持っているだけで、通常ドロップ率、レアドロップ率、クリティカル発生率、レア魔物遭遇率のいずれかが僅かながら上昇する効果があるそうだ。なおクリティカル発生率は持っている人のみに効果があり、それ以外はパーティー全体に効果があるが同じ効果は重複しないとのこと。


 この手の確率が上昇するアイテムは<ミリオンワールド>において非常に珍しく、これまではイベント報酬として一定時間効果のある使い捨てアイテムがあっただけだ。永続的に効果のあるアイテムとしては、これが初めて発見されたものかもしれない。


 なので特にマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)に協力する形で参加したオネェさんとニャーさんは小躍りするほど喜んでいた。ちなみに前衛組の弥生と聡一郎はクリティカル率を、悠司と凛が通常ドロップ率、絵梨と千代がレアドロップ率、清歌はレア魔物遭遇率の御守りを貰うことにした。オネェさんとニャーさんは迷いに迷った末、二人ともレアドロップ率の御守りを選択していた。


「効果は重複しないってことですけど、同じもので良かったんですか?」


「ええ。必ずしもいつも同じパーティーで活動しているわけじゃないから」


「ギルマスは割とソロでふらっと出かけることが多いのニャ。だからギルドの資金稼ぎ的にはこうする方が良いのニャ」


「あ~、なるほど。ウチの年少組と同じ感じなんですね」


 凛と千代はレベル差もあることから、弥生たち本隊とは別行動を取ることが多い。なのでそれぞれ通常とレアドロップ率上昇を選択したのである。清歌については――言わずもがな、であろう。


 全員が御守りを受け取ったところで、巫女さんから重要な注意事項が告げられた。なんでもこの御守りも神力とやらによって効果が発揮されるのだそうで、現実時間のおよそ一か月で神力が抜け、効果が消えてしまうのだとのこと。


 永続的な効果では無かったのか!? とショックを受ける一同に、巫女さんは神力が抜けてしまったら、ここに一週間ほど預けてくれればまた使えるようになると付け加えた。ちなみにこの神力チャージ(仮称)は無償でやってくれるとのこと。


 使い捨てではないことは分かったが、便利なアイテムには何かしらの制約があるというのは相変わらずのようだ。


「つまり、神器と似たようなシステムなんですね。御守りは神力を受け取る器のような物と。……まさか毎回試練の洞窟に挑む、訳はないですよね?」


「神器と御守りでは神力の器としての大きさがまるで違いますから、それは大丈夫ですね。具体的にはちょっとした儀式をして、このお社に薄く満ちている神力を御守りに少しずつ吸収させることになります」


「なるほどね、そりゃ安心。……それにしても定期的に効果が切れるのか。なんだか忘れそうだな……」


「そうニャァ~。確かに一か月って微妙な長さなのニャ」


「ふむ。まあ神様の力を借りている御守りなのだから、忘れず定期的に感謝するようにという事なのではないか?」


「「「あ~~」」」


 聡一郎のもっともな意見に一同が納得の声を上げる。とは言え、大した手間がかかるわけでもないが、定期的にお参りしに来なくてはならないというのはちょっと面倒臭い。効果を考えればその程度の面倒は買って出ろという話なのは分かっているのだが、そう思ってしまうのはどうしようもない。


 冒険者たちのそんな本音を感じ取った、神器の巫女さん三人がキュピーンと目を光らせた。


「そんな皆さんに朗報です!」


「実は社務所の方で特別な神棚を販売しておりまして……」


「毎日の冒険が終わった際、その神棚に御守りを置いて手を合わせることにより、なんと! 翌日には神力が元通り回復しているのです」


 唐突に始まった巫女さんたちによるどこかで聞いたようなセールストークに、清歌たちは一瞬キョトンとしてから、おもむろに顔を見合わせた。お参りに来る必要がなくなるだけでなく、一週間使えなくなるというインターバルもなくなるというのなら、中々優れモノの神棚ではある。


 しかしお約束を考えると、ここで言わなければならない台詞がある。アイコンタクトでその役目を押し付け合った結果、オネェさんが意を決して言った。


「……でもぉ、お高いんでしょう?」


「確かにそれなりのお値段のするものではありますが……」


「皆さんになら特別価格でご奉仕させて頂きます」


「そして今なら二個セットでさらに割安に!」


「「「通販番組かよ(ですか)!」」」


 通販番組のお約束を踏襲した巫女さんたちの台詞に、一同が思わずツッコミを入れる。特別価格でご奉仕だの、二個セットでさらに割引など、ある意味完璧な様式美である。まあ、二個セットの方に関しては、今回二つのギルドによる合同チームだったからかもしれないが。聞けば割引後の値段なら、安くは無いがまあまあ妥当と言えるくらいだった。


 それにしても巫女さんたちが妙に強く押して来る気がするのはなぜなのか?


「ツウハンバングミ……が何かは良く分かりませんが、お力添え頂いた皆さんへの感謝の気持ちですから」


「それに皆さんの家に神棚を置いて頂き、毎日手を合わせて頂けるのは有難いことですから」


「ぶっちゃけあの神棚が売れる機会は滅多にないので、この機会を逃した……ムグッ!」


 生臭い事情を暴露しかかった剣の巫女さんの口を、鏡の巫女さんが素早く塞ぐ。


 地域に根差したお社とは言え、台所事情はなかなか大変という事なのだろう。相変わらず妙なところがリアルな設定である。


「はあ、そういうもの……なんですねぇ。あ、アタシたちはスベラギっていう島に拠点があるんですけど、大丈夫なんですか?」


「ええ、イツキから離れた場所でも問題ありません」


 結局、あった方が便利なのは間違いないということで、特別な神棚を二個セットで購入することとなった。なんとな~く神様と巫女さんが予め申し合わせていたように思えなくも無いが、その辺は気にしたら負けであろう。


 祭りにはぜひいらして下さいという巫女さんたちに、予定が合えばぜひと答えて清歌たちはお社を辞した。




 クエスト達成の打ち上げと称して、マーチトイボックスはオネェさんらと一緒にお馴染みの茶店で寛いでいた。


「それにしても、なんだか巫女さんに上手く乗せられたような気がするわ。もうちょっと値切るべきだったかしら?」


「え~? あった方が便利なモノなんだから、別にいいじゃん。値引きしてくれてたんだから、あれ以上は失礼じゃないかな?」


現実リアルの方で聞く“幸運を呼ぶ壺”とかと違って、こっちはちゃんと効果のある物だからな。べらぼうに高かったわけでもなし」


 弥生と悠司の反論に、絵梨がお汁粉のお椀を手に持ったままちょっと肩を竦める。彼女とて本気で値段交渉したかったわけでは無く、まんまと乗せられてしまったことにちょっと愚痴を零しただけなのだ。


 しかしこれはマーチトイボックスの言い分であり、オネェさとニャーさんは別の見解があるようだ。


「トイボックスさんは資金が潤沢なようで羨ましいわねぇ……」


「私たちにはそれなりに痛い出費だったのニャ。まあ買ったこと自体は後悔していニャいけど」


「まあ、インターバル無しでレアドロップ率上昇の御守りをずっと使えるんだから、これで元を取れるように頑張るしかないわねぇ」


「そうニャ! レア素材をじゃんじゃんゲットするニャ!」


 ニャーさんがお団子を持った手を高く突き上げ気勢を上げる。


 レアドロップ率が上昇するとはいっても、そんな劇的に上がるわけでもないだろうと弥生は思ったのだが、このタイミングで突っ込むのは野暮というもの。お汁粉のお餅を食べつつ敢えてスルーしておく。


「御前はやっぱりレア魔物をゲットする冒険に出るのかニャ?」


「そうですね。そう上手くいくかは分かりませんけれど、挑戦してみようと思っています」


「でも御前はもう強い魔物モフモフちゃんを沢山抱えているんでしょ? まだ増やすつもりなの?」


「はい、もちろんです。可愛い子はどれだけいてもいいものですから(ニッコリ☆)」


 などと清歌はニッコリのたまう。このブレの無さは流石と言ってもいいかもしれないが、清歌とて自分の嗜好だけを追求しているのでは無い。今回のボス戦やクリスマスイベントで、戦闘向きで火属性の従魔がいた方が良いのではないかと感じたからという理由もあるのだ。――少しくらいは。


「フフフ、まあホームのスペースにもまだ余裕はあるし、いいんじゃないかしら。……それにしてもその御前って呼び名、すっかり定着してるわね」


「そういえば……なんでお姉さまが御前と呼ばれてるのでしょう?」


「えーっと、あれって確か、魔物使いギルドさんが言い始めたんだよな? モフモフ御前……だっけ? まあお姉さまって呼んでる子もいたが……」


「そうそう。あっ、魔物使いギルドさんと言えばみんな知ってる? 今年に入ってからの事なんだけど――」


 弥生は雑談に耳を傾けつつ食べ終わったお汁粉のお椀を置き、緑茶を一口すする。鼻に抜ける緑茶の香りを楽しんでいる時ふと、クエスト達成でどのくらい経験値が得られたのかを確認してなかったことに気付き、何の気なしにログを開いてみる。


 するとそこには思いがけない表示があった。


「みんなちょっとゴメン。ログを開いて確認して貰ってもいいかな?」


 突然会話を遮った弥生を訝しみながらも、全員がログウィンドウを開き――その表示を見つけた。


「クエストはちゃんとクリアできてるな。それは良いんだが……なんか新しくクエストを受注してることになってないか……?」


「ふむ、俺の方もそのようになっているな。これは一体いつの間に受注したのだ?」


「私に聞かれてもねぇ……。しかもクエストのタイトルが伏せ字になってるし。まあでも、タイミング的に巫女さんたちと別れる直前よね」


「もしかして……お祭りに伺うということがクエスト、ということなのでしょうか?」


「私もそうじゃないかなって思ったんだけど……」


 弥生が一同を見渡すと、それぞれが首を縦に振った。


 いずれにしてもわざわざクエストになっているということは、お祭りも何事もなく終わるとは考えにくい。どうやらイツキのお社の祭りに関するクエストには、まだ続きがあるようだ。







 百櫻坂高校の一室にて、とあるイベントの実行委員たちが悩ましげに顔を突き合わせていた。


「……では彼女はクラスだけではなく、有志としても参加しないという事なのか?」


「ええ。エントリーは既に締め切りましたので、そういうことになりますね」


 念のために確認を取る委員長に副委員長がにべもなく答えると、あちこちからため息が漏れる。その成分は安堵が六割、残念が四割というところか。


「ま……まあ、考えようによってはこれで良かったとも言えるか。強力過ぎる優勝候補がいては、他の団体のヤル気が無くなってしまうからな」


 半ば自分に言い聞かせるように語る委員長の言葉は一定の支持は得られたようだが、当然納得できない者もいる。


「でも彼女の参加を期待している生徒たちは沢山います。本当にいいんですか?」


「しかし体育祭や文化祭での件を知らないわけではあるまい? 特に彼女が個人で参加することにでもなれば、もはやイベントそのものが成立しなくなってしまうんじゃないか?」


「いやいや、いくらなんでもそこまでのことは…………」


「無い。……とは言い切れないだろう?」


 委員長の念押しに、反論しようとしていた委員の一人が「ですね」と言って意見を取り下げる。


「彼女のクラスは委員長を中心にとてもまとまりが良いという話ですから、そういう意味では不参加というのは少し意外な気もしますが……」


「あ、私が聞いた話では、あのクラスの委員長は彼女と親友で実力を良く知ってるってことですから、もしかしたら委員長の方が自重を促したのかもしれませんよ?」


「ああ、確かになかなか有能な委員長という話ですからね。我々の方から参加を断ることはできませんから、感謝するべきかもしれないですね」


「……勝敗について考えれば確かにそうですが、イベントの盛り上がりという意味では彼女の不参加は大打撃じゃないですか?」


「あー」「そう……ですね」「ですよね~」「それ言っちゃう?」


 場の空気がこの話はこれでお終いと流れそうになったところを、別の切り口からの一言が引き留めた。それは皆が敢えて見ないふりをしていたポイントで、突っ込まれると反論の余地が無い急所であった。


「そうなんだよなぁ……。ある意味彼女はいてくれるだけで目玉になる存在だから、盛り上がりを考えると是非とも参加して欲しいんだよ……」


「勝敗が分かり切っていてはモチベーションが下がって、盛り上がりどころではなくなるのではありませんか?」


「それは参加者の盛り上がりだろう? 観客の盛り上がりはまた別の話だよ」


「このイベントはG(ワン)イベントなんですから、そこまで気にする必要は無いかと思いますが……」


「それを言っちゃあお終いだろう~。っていうか、盛り上がりの欠けるイベントの実行委員長だったなんて汚名を学校史に残したくないぞ、俺は」


「……そういう場合、名が残るのは委員長だけですよね。私は副委員長ですから」


「おまっ! しれっと腹黒なことを……」


「委員長、副委員長、話が逸れてますよー」


「「……ごめんなさい」」


 揃ってペコリと頭を下げる委員会のトップ二人に笑いが起き、ヒートアップしていた場が和んだ。


「えー……、それじゃあ対応策を検討しよう。勝敗と参加者のヤル気を考えれば、現状のままでもいい。だけど彼女の参加を期待する声があるのも事実で、観客の盛り上がりも考慮すると、やっぱり彼女には参加して欲しい。……ってわけだが」


「見事な二律背反ですね」


「分かってるって。だから、勝敗に関係ない特別枠で彼女に参加してもらうってのはどうだ?」


 ピンと指を一本立てて委員長が一つの提案をする。委員たちはそれぞれが担当する観点から検討し、意見を述べた。


「プログラム的には問題ないです。参加者の発表が終わった後に時間を取って、その後で順位発表という形にできますから」


「全体の時間は延びちゃいますけど、それは生徒会に申請すれば問題なく通ると思います」


「彼女の後に順位発表をして、観客が果たして納得できるのかという問題はありますが?」


「うーん……でもそれは逆に、こういう形にするしかなかったんだろうって皆考えるんじゃない?」


「僕もそう思う。それより問題は、特別枠を作るとしても彼女だけっていうのは、なんていうかあからさま過ぎないかな?」


「……確かに全校生徒が参加するイベントで、彼女だけの為に特別枠を作りましたっていうのはちょっと問題があるか」


「では、先生方にも特別枠で出演して頂くというのはどうでしょう?」


「あー、ハロウィンでも大活躍(笑)してた例の先生バンドか」


「はい。あの先生方だけではなく、募れば他にも出演して下さる方がいらっしゃるかと」


「そうか……、じゃあ先生方にも特別枠で出演してもらって、彼女にトリを務めて貰おう。……よし、これで勝つる!」


 グッとこぶしを握り込む委員長に呼応して、他の委員たちからも明るい声が上がる。「一体何に勝つんだよ」などという小さなツッコミがあるものの、それもどこか楽しそうだ。


 が、副委員長の静かで鋭い指摘がそこへ冷水をぶっかけた。


「最大の問題は、彼女が出演依頼を引き受けてくれるかどうかですが」


 ついさっきまでイベントは成功間違いなしと盛り上がっていた室内がしんと静まり返る。心なしか温度が少し下がったようにも感じられた。


「……そうだよな。参加する気があるなら普通にエントリーしてるよな」


「……噂では、基本的に優しいけど嫌なことはキッパリニッコリ断るんだって」


「……まあ、お嬢様ですもんね」


「……盛り上げるために出演して下さいっていうのは、無理かな?」


「……彼女にはそんなの関係ない話だからね」


 委員たちは皆俯き、ネガティブな言葉を力なく垂れ流していく。このままではイベントが盛り上がるどころか、開催すら危ぶまれそうな雰囲気である。


「あの~……、生徒会長に協力してもらうっていうのはどうでしょうか?」


「生徒会長? 生徒会長がどうかしたのか?」


「聞いた話では、生徒会長の弟さんが彼女たちのグループの一人で親しくしているそうです。生徒会長自身も彼女と面識があるようですし、生徒会長から打診して貰えば多少成功率が上がるんじゃないかと思うんですが……どうでしょう?」


「……なるほど。よし、じゃあそれに賭けてみるか。副委員長?」


「はい。では、生徒会長にアポが取れ次第、私と委員長は生徒会室へ。他の皆は手分けして先生方に参加を打診してきてください。回答期限は……明日までとします」


「明日っていうのは早すぎるんじゃ……」


「演目などは後回しで結構なので、取り敢えず参加不参加のみの回答で構いません。本命の彼女に打診する前に、ある程度参加者が決まっているというのが望ましいので」


「他に質問は? ……よし。じゃあ皆、行動開始!」







「おはようございます」


「あ、おはよ、黛さん」「お、おはよう!」「ごきげんよう、黛さん」


 いつもよりも少し早い時間に登校した清歌が、教室のクラスメートたちと挨拶を交わす。今日は明け方からしとしとと雨が降っており、校門前が傘をさした生徒たちで混み始める前に登校したのである。


 ごく当たり前のように視線で弥生を探すと、いつもの席に座っている弥生がなぜか頭を抱えていた。――比喩的な意味ではなく、実際に両手で頭を押さえているのである。


「おはようございます、弥生さん。どうかなさったのですか?」


「あ、おはよ~、清歌。どうかって……あ、コレ? 今日は湿気が多くて髪が広がっちゃってさ……」


 眉を下げた弥生が手を放すと、確かにいつもよりも髪が広がっている。とはいっても本人が気にしているほど酷いものではなく、いつもよりもちょっとフワフワ度が上がっているかな? くらいの物である。


 もっとも本人はとても気にしている事なのだろうから、ここで「そんなの誰も気にしちゃいない」などと言ってはいけない。特に思春期の男子がやりがちなミスではあるが、そんなことを言った暁にはデリカシーの欠ける人間というレッテルを貼られてしまうことであろう。


「清歌はいいな~、真っ直ぐの綺麗な髪で」


「ありがとうございます。弥生さんのフワフワの髪も、私は好きですよ?」


「ふぇっ!? あ、ありがと。……そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり雨が降ったりするとね~」


「では緩く三つ編みにしましょうか? 左右で二つに」


「う~ん、それはそれで子供っぽくなっちゃうんだけど……今よりはマシかな。お願いしていい、清歌」


「はい、もちろんです」


 早速清歌は弥生の背後に回ると、弥生から借りたブラシで髪を梳いていく。


「ところで、髪のお悩みとは別に、何かを見ていらしたようですけれど……」


「うん。これから開催されるイベントの一覧を見てたんだ。沢山あるから全部見に行くのは無理だし、ちょっと悩んでるんだよね」


 年明けから年度末まで、期末――学年末というべきか――試験の期間を除き、百櫻坂高校では数多くのGIII(スリー)イベントが催され、放課後はあちこちで盛り上がりを見せる。


 これは年度末ということで、部活動などの一年間の集大成として何かを発表したい生徒たちが、あれこれ企画を立てるからである。ちなみにこの発表はある意味四月の新入生勧誘の前哨戦になっており、ここでの評判如何で同じ企画にするか、或いはもっと手を加えるかを判断するのだそうな。


 清歌たちは他の予定とかち合わない限り、GIIIイベントも結構見に行っている。しかしこの期間は同じ日に複数のイベントが被っていることもあり、<ミリオンワールド>の時間も考えると流石に全てに顔を出すことはできない。なので吟味する必要があるのだ。


 弥生の髪を編みながら清歌が肩越しに弥生の手元を覗き込むと、カレンダーにイベントが書き込まれたプリントがあった。


「考えてみると、音楽祭に参加するクラスで部活動に所属されている方は、この時期とても忙しいでしょうね」


「あ~、音楽祭か~。まあだからこそ、GIイベントなのにクラスでの参加が義務じゃないんだろうね」


 イベントの多い百櫻坂高校にしては少々奇妙なことに、学校のイベントで定番とも言える合唱祭というものがない。その代わりとなるのが二人の会話に出た音楽祭というイベントだ。


 このイベントは部活動以外(・・)の有志団体が出場し、合唱や演奏を発表して順位を決定するというイベントである。クラス単位で参加してもよいし、学年を跨いでグループを作ってもよいし、極端なことを言えば個人ソロでの参加も可能となっている。


 合唱と楽器演奏を同列に並べて順位を決められるのか? という疑問もあろうが、審査は音楽担当教諭が評価する技術点と、一般生徒から募集した審査員による印象点の合計で順位が決められることになっており、この採点方法にしてからは特に結果に不満が出たことはないとのこと。


 ちなみにこの音楽祭は毎年二月十四日(バレンタインデー)に――日曜だった場合は前日に――開催されることもあり、少人数で参加する団体はラブソングを選択することが多い。本命チョコを渡そうと思っている女子生徒は、ここで気分を盛り上げてアタックするのが百櫻坂高校のバレンタインの定番なのである。


 さて、清歌たちのクラスでもこの音楽祭に参加するか否か、年明けすぐにホームルームで検討された。特に文化祭での弾き語りなどから清歌の歌声の素晴らしさは周知の事だったので、清歌を前面に押し出しその他大勢がバックコーラスをすれば、優勝なんて楽勝なのではないか――などと、ちょっと悪だくみめいたことをクラスメートたちが考えてしまったことを誰が責められよう。


 ただ責めるつもりは無くとも、清歌の真実――というか実態?――を知る弥生と絵梨、聡一郎がこれはマズいと思い、一計を案じた。ならば一度、清歌の演奏をちゃんと聴いてもらえばいいのではないかと。


 そうして放課後に例の空いている音楽室を借り、清歌がピアノでの弾き語りを、弥生たちからの希望で本気の六~七割くらいで披露することとなった。曲目は某ミュージカル映画で不良高校の生徒たちがコンクールで歌った、所謂「喜びの歌」のゴスペルアレンジバージョンである。


 清歌という名の音楽が一瞬にして音楽室の空気を塗り替えてしまう。音楽に全く詳しくない者にすら理解できてしまう、素晴らしい、或いは凄まじいとすら言える圧倒的な格の違い。この時クラスメートの心は一つとなった。すなわち――


「あ、これは学校の音楽祭なんかでやったらアカンやつや……」


 と、いうことである。


 なおこれは余談だが、音楽室を借りる目的を知った音楽教諭がなぜか全員音楽室に紛れ込み、清歌の弾き語りをちゃっかり良いポジションで鑑賞していた。そして演奏が終わると感涙し、誰よりも大きな拍手をして生徒たちからドン引かれたのだった。


 ――とまあこんな経緯で、弥生たちの思惑通りこのクラスは音楽祭に不参加と相成ったのである。


 音楽祭に関する話をしている内に三つ編みは完成し、清歌は隣の席の椅子を拝借してイベントスケジュールを弥生と並んで見ていた。


「あ、弥生さん。それなんて面白そうではありませんか?」


「え? どのイベントの事?」


「そちらの……二月三日のイベントです」


 清歌が弥生の方へ首を傾けてスケジュール表を指差すと、金糸の髪がサラリと揺れて弥生の頬をくすぐる。


 弥生はその距離感にちょっと照れつつも、別に嫌ではないので――というかちょっと嬉しかったりもするので、そのまま話を続けた。


「え~っと、料理部の“手作り恵方巻教室”? へ~、手作りした恵方巻を食べて福を呼ぼう、ね。アッと驚く食材も用意しています? 確かに面白そうかも。みんなで行ってみようか?」


「はい。あ、このイベントは事前に参加費を支払って、登録する必要があるみたいですよ?」


「ええと締め切りは……よかった、また大丈夫だね。じゃあ今日のお昼休みに行ってみようか?」


「はい」


 ニッコリ笑顔で答える清歌に、弥生はクスリと笑うと、少しからかうような口調で言った。


「清歌ってさ~、結構食いしん坊だよね?」


「えっ!? そ、そうでしょうか……。まあ、美味しいものを食べるのは好きですよ、確かに。でも、それは弥生さんもそうですよね?」


「それはモチロン。でも、清歌ほどは食べられないけどね~」


「もう、弥生さんったら~……」


 そんな他愛ない話でクスクスと笑い合っていると、教室の入り口付近でざわりと空気が動いた。二人がそちらに目を向けると、そこには悠司の義姉にして百櫻坂高校生徒会長である香奈が佇んでいた。


 香奈は清歌たちに気付くと、ドア付近にいたクラスメートに一言二言言葉を交わした後、こちらに向かって歩いて来た。


「おはよう、黛さん、弥生ちゃんも。少しお話……というかお願いがあるんだけど、話を聞いてもらえるかしら?」


 そう香奈に神妙に切り出され、清歌は弥生と顔を見合わせるのであった。




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