#11―06
水路になっている洞窟を、清歌パーティーを乗せた舟が静かに進んで行く。光が差し込む洞窟の出口を抜けると、不意に開けた場所に出た。巫女さんによると、ここが目的地の泉のある広間らしい。
水路は広間に入ってすぐのところで終わっており、清歌たちは念の為に安全を確認してから上陸した。どうやら清歌パーティーが一番乗りだったようで、彼女たち以外の人影は見当たらない。
ちなみに水路が泉に繋がっていないことについて特に驚きは無い。というのも中ボス部屋の手前で一旦舟から降りていて、撃破後に反対側に出現した出口から再び舟に乗ったからである。
おおよそ円形の広間は全体の三分の二ほどが泉になっていて、清歌たちが来た方から見て手前側に三日月状の陸地がある。月の満ち欠けを表現する図を想像すると分かり易いだろう。陸地には三か所の入り口が開いていて、清歌たちが入って来たのは泉に向かって右側からである。
泉には水面に突き出た岩が数個あり、その中の大きなもの二つには注連縄が巻かれて紙垂も飾られていた。その日本人の感性に訴える見た目の効果もあってか、どこかピンと張りつめた神聖な空気が満ちているように感じられる。
この世界に於ける注連飾りが神道的な意味と同じかどうかはさておき、いずれ神聖な場所には違いない。やはり手を合わせて挨拶くらいはすべきかと、清歌たちは泉に近寄った。――確認したいこともあったので。
お辞儀をして手を合わせた後で、清歌は改めて泉を見渡す。本来澄んだ水を湛え静かに揺れているはずの水面は、今はガラスのように凍り付いてしまっていた。
「やはり……泉が凍り付いていますね」
「たぶんそうだと思ってたけど、本当に凍ってるわねぇ。ここに神器を沈めて修復するんでしょ? どうやるのかしら?」
「氷に穴を開ければいいんじゃニャい? ワカサギ釣りみたいに」
「神聖な泉でワカサギ釣りって……」
氷に穴を開け糸に吊るした神器をその中に入れる――というかなりビミョ~な絵面を想像してしまったオネェさんは吹き出すのをどうにか堪える。
いずれにせよ神器を泉に沈めるには、氷を割るなり溶かすなりする必要がある。こういう場合はどうするのかと巫女さんの方を窺うと、彼女は泉を見つめて立ち尽くしていた。その愕然とした表情は、この事態が巫女さんにとっても想定外であることが言葉よりも雄弁に語っていた。
我に返った巫女さんから聞いたところによると、彼女の知る限り泉が凍り付いていたことはこれまでになかったらしい。無論、今回のような寒い時期に試練の洞窟に来た時も、である。
目視での観察や軽く叩いてみた感じでは、泉に張った氷は人が乗っても大丈夫なくらいの厚さがあった。逆を言えば泉が丸ごと氷になっているわけでは無いので、神器の修復という目的は辛うじて果たせそうだ。単純な手作業で氷を割るのは骨だが、アーツや魔法を使えばそう難しい話ではない。
「うーん……ただボーっとしてるのもアレだし、他の皆が来る前に氷を割っておきましょうか?」
「……いいえ。想定外の状況ですから他の二人とも相談してから、対応を決めたいと思います」
「なるほど、それもそうね。じゃあ他の皆が来るまで一休みかしら?」
「ええ、そうですね。あ、この子を泉の偵察に行かせたいのですけれど、よろしいでしょうか?」
「氷や泉の中に何かがいるかもしれない……ということですね。分かりました、お願いします」
巫女さんに許可を得てから、清歌は雪苺を泉の上空に行かせる。本当はスケートを借りて自分で確かめに行きたいところだが、御神体(推定)である泉の上を滑るのは不味かろうと自重したのである。
以前イツキに来る道程で使用したベンチを取り出し四人で腰かけ、温かいお茶を啜って一息つく。なおレジャーシートにしなかったのは、地面がかなり冷たいのでレジャーシートでは寛げないからである。
雪苺からの映像によると、氷は泉全体に張っていて、割れていたり何かが閉じ込められていたりといった不審な点は無かった。また氷の透明度が非常に高い為に泉の中も見渡すことができ、泉の中に何かが潜んでいる可能性も否定された。
ついでに天井の方や、泉から突き出ている岩などもよく調べてみたのだが、特にこれといった異常は見つけられず、雪苺による偵察を終えた。
分かり易いヒントが無かったのは残念ではあるが、逆を言えば謎解きなどは気にせず、このまま物語を順当に進めて行けばいいということでもある。次に何か変化が起きるとすれば、やはり氷を割って神器を泉に沈める時だろう、というのが冒険者組三人の共通認識だった。
偵察も終わったので、四人は茶菓子も出して本格的にまったりモードに突入する。巫女さんもいるということで、話題は自然とこのクエストと、その先に控えているお祭りについてになった。
「ふむふむ……、剣と鈴の巫女さんが舞いを披露して、鏡の巫女さんは歌うのね。ええと……それは神器の修復に来たあなたたち三人ってことなのかしら?」
「はい、そうです。実は私は舞を覚えるのに時間がかかってしまったので、もっと練習をしたいのですが……」
予定外の事態が起きて練習の時間が削られてしまったと、巫女さんは肩を落とす。ちなみに神器の修復を別の巫女さんにお願いするというのは、即ちお役目を放棄するという事と同義なので、それは出来ないのだそうだ。難儀な話である。
「じゃあ、ここで今練習すればいいのニャ。御前のお陰で大分早く着いたから、他のパーティーが来るまでまだ時間があると思うニャ!」
幸いここには十分なスペースがあり、足場も平坦でしっかりしている。舞の練習をするのに特に問題はなさそうだ。
「……そうですね。では失礼して、少し練習をすることにします」
広間に二番手でやって来たのは弥生パーティーで、それからほんの二分ほど遅れて絵梨パーティーも到着した。ようやくスケートを外すことができてホッと一息ついた絵梨は、聡一郎たちと一緒に他のパーティーメンバーが集まっている場所へ移動する。
「お疲れ、弥生。私たちが最後だったみたいね」
「あ、絵梨、お疲れ~。私たちも二~三分前に着いたばかりだから、大差ないよ。清歌たちは大分待たせちゃったみたいだけど」
「それは……見れば分かるわ」
「ところでそっちはどのルートだったんだ? まさかスケート……いや鍾乳洞だったなんてことは……」
「うむ、そのまさかだ。スケートを履いての戦闘は少々厄介だったな。まあアレはアレで面白かったとも言えるが」
「「あ~~」」
弥生と悠司が気の毒そうな視線を向けると、絵梨はウンザリといった表情で肩を竦め、「余計なフラグは立てるもんじゃないわね」などと溜息混じりに感想を述べた。
「ま、それはもう済んだことだからいいわ。それより……あの子はまた、一体何をやってるのかしらねぇ?」
絵梨が向けた視線の先では、巫女さんと清歌が一緒に舞を舞っていた。
その舞はほぼ左右対称の一対となる舞いで、ゆったりとした優美で繊細な振り付けは、これが何某かの儀式であることを想起させた。二人ともキリッと引き締まった真剣な表情で笑顔など見せないところも、神聖な儀式であるという印象をより強くしている。
惜しむらくは、清歌がいつも通りのミニ丈変形和装であること、そして手に持っているのがメカニカルなセイバー(光の刃無し)であることだろう。せめて巫女服だけでも着ていれば、今よりずっとサマになっていたことだろう。
もっとも、清歌にはそんな小道具などあっても無くても大した差は無いのかもしれない。類稀なる美少女である清歌が真剣な表情で舞う姿は、それだけで十二分に人を引き付ける魅力があるのだ。――ぶっちゃけ共に踊っている巫女さんが、ちょっと気の毒になってしまうレベルである。
「……で、一体どういった経緯でこうなっちゃってるんですか?」
「まあ、大したことじゃないのよ? 実は――」
オネェさんの説明によると、舞の練習不足を気にしていた巫女さんにまだ時間がありそうだからここで練習をすればいいのではと勧めたのが事の発端だったらしい。
一通り練習した巫女さんの、出来れば対となる者と一緒に練習したいという希望を聞いた清歌が、ならば自分がやると申し出たのだ。対になっているとはいえ部分的に左右で振り付けの違う部分はあるので、清歌はその部分の指導をしてもらい、そして今最初から通して舞っているのである。
ちなみに先ほどから一言も喋っていない凛と千代は、清歌の舞う姿を見るのに集中していたためである。弥生たちが割と平然とした感じで話しているのは、清歌の行動に驚かされるのにはもはや慣れてしまっていることと、しっかり録画しているからである。こういう時に咄嗟に録画できるあたりは、<ミリオンワールド>歴の差が出ていると言えよう。
「ほぇ~、振り付けをすぐに覚ちゃうだけでも凄いのに、左右対称に再現できるなんて……。流石だね~、清歌は」
「そうなんだけどねぇ……。果たしてその一言で済ませちゃっていいものやら」
「確かに。……それにしても、アレだ。折角舞の方がこれだけできてるんだから、どうせなら清歌さんにも巫女服を着て欲しかったところだなー」
「む? 悠司は巫女装束が好きなのか?」
「なっ! いや! 別に俺はそんなこと言ってな――」
聡一郎の若干ズレた指摘を、悠司は慌てて否定しようとする。が、このようなチャンスをみすみす見逃すような弥生と絵梨ではない。
「(キュピーン☆)ふむふむ、悠司は巫女さんが大好き……と」
「フフフ……。ユージは清歌の巫女コスプレ姿を見たい……と(ニヤリ★)」
「ちょっ、俺は一言もそんなことは言ってないぞ!? 俺はただ衣装も巫女さんに合わせれば絵面がもっと良くなるんじゃないかと思ってだな……。つまりシチュエーションにあった衣装が良いと言っているだけで、決して巫女装束に特別な思い入れがあるわけでは……」
自らの不用意な発言から、巫女スキー疑惑を掛けられた悠司は慌てて弁解する。だがこのような時は、言葉を重ねれば重ねる程疑惑は深まるもので、弥生と絵梨もジト~ッとした目になっている。
「じゃあ訊くけどさ~、悠司はメイド服と巫女装束だったら、どっちが可愛いと思う?」
「そりゃあ、やっぱ巫女装束が…………あ」
「やっぱり悠司は巫女が好き……と(ニヤリ★)」「ユージは巫女装束大スキー……と(ニヤリ★)」
「し、しまったぁー!」
またしても悠司は不用意な発言で盛大に墓穴を掘ってしまった。もっとも弥生の問いかけはある種の罠であり、ここでメイド服と答えていたら今度は巫女以上のメイドスキー疑惑を掛けられることとなっていただろう。
ちなみに弥生と絵梨も、どうせなら清歌には巫女服を着て舞って欲しかったと思っているので、悠司の発言の真意はちゃんと理解している。なので聡一郎からの絶妙なパス――本人にその意図は無いだろうが――がなければ、この流れはなかっただろう。
そうこうしている内に清歌と巫女さんの舞が終わり、観客となっていたパーティーメンバー全員から拍手と称賛の言葉が贈られる。巫女さんも今回の練習は会心の出来だったようで、笑顔が零れていた。
なのだが、鏡の巫女さんから「本番も大丈夫そうですね」という言葉を掛けられた次の瞬間、ガックリと崩れ落ちてしまう。そしてそれに呼応するように、剣の巫女さんまでもが崩れ落ちた。
「私があんなに苦労して覚えた舞を、こんなにアッサリ出来てしまうなんて……」
「わ、私よりも綺麗に舞ってたかも……。もっと練習しないと……」
どうやら巫女さんたちの自尊心をポッキリ折ってしまったようだ。
実のところ清歌は純粋な善意というよりは、単に綺麗な舞を一緒に踊ってみたくなったという好奇心から練習の手伝いを申し出たに過ぎない。なんとな~くそれを察した弥生からジト目を向けられた清歌は、少々ばつが悪そうに視線を逸らせている。
なお鏡の巫女さんとしては、「これで謙虚になってさらに練習に身が入ればいいから問題ない」とのこと。なかなか厳しい御仁である。
今後の練習についてはさておき、問題は凍りついた泉である。神器の修復ができなければ、祭りどころではないのだ。
一番年上で三人のリーダー的存在である鏡の巫女さんも、このような事態は聞いたことが無いらしい。三人の巫女さんたちが相談したところ、結局氷の一部を魔法で溶かして穴を開け、神器を泉に沈めてみることになった。
巫女さんたちが泉の前に並んで立ち、その少し後ろに冒険者組九人プラス従魔二体(千颯と雪苺)が前衛後衛の二列に分かれて身構えている。なお、付与魔法での強化は既に済ませ、先制攻撃用の魔法もチャージ済みである。
「何事もなく終わる、な~んてことは無いですよね?」
「そおねぇ。ここまで御膳立てされてて何も無かったら、開発にクレームを入れなきゃいけないわ」
「あはは。さて、みんな準備は良い?」
弥生は全員に目を配り問題ないことを確認すると、巫女さんに頷いて見せた。
「では、始めます」
巫女さんたちはお札のような紙を取り出し氷の上に乗せる。小さく何事かを唱えるとお札から炎が上がり、氷が徐々に溶け、程なくして氷に穴が開いた。
巫女さんたちは揃って神器を捧げ持つと、静かに泉へと沈めた。
このまま何も起きずに終わるか? ――などとは誰も思っていなかったが、案の定氷に変化が起きる。ビキッと音を立てて氷にヒビが入ると、それはあっという間に全体に広がり、音を立てて一か所に集まり始めたのだ。
「千颯!」「ガウッ!」
割と派手な光景に呆気に取られている巫女さんたちを、千颯と清歌が掻っ攫うようにして後方へと連れ戻す。次の瞬間、巫女さんたちが立っていた場所に氷の破片が奔流となって降り注いだ。
「ボスの優先攻撃目標は、やっぱり巫女さんたちみたいね」
「っつーことは、こいつも守護者の仲間ってことか? でも泉の部屋に守護者は出ない筈なんじゃ……?」
「その辺の検証は後で巫女さんに聞くしかないよ。それより見て、なんか形ができてきてるよ」
徐々に集まっていた氷の破片が、やがて一つの姿を形作った。しかし今一つ、なんの形になろうとしたのかが判然としない。というのも氷の破片は大小様々で、それがぐちゃぐちゃにくっ付いてしまっている為に、酷く歪で、あちこちから尖った氷が突き出ている凶暴な外見になっていたのだ。
辛うじて四つ足の獣らしいというのは分かるのだが――
「メスライオン?」「虎……じゃない?」「牛かニャァ?」「猪という線も……」「狛犬というのはどうでしょう?」「それは神社らしいな」「ならお狐様もアリですね」「意表をついてシーサー!」
――とまあこんな感じに、感想は見事にバラバラだった。
「まあ、なんでもいいわ。溶かしちゃえばみんな同じよ。ってわけで、ファイヤーボール!」
絵梨の魔法が炸裂し、その爆風が収まる前に前衛組が突撃する。それぞれ手札の中でも強力なアーツを叩きこむと、その度に氷の獣(仮称)はガラスが割れる時のような妙に澄んだ音を立てて飛び散っていく。
そして三本の脚を失ったところで、遂には地に倒れ伏してしまった。
「えっ、ナニコレ!? ちょっと脆過ぎない?」
「否、何かおかしい。まったく手ごたえが無かった」
弥生が驚いて声を上げると、聡一郎が即座に否定する。アーツは確かにヒットして相手は爆散しているのだが、どうにも攻撃が素通りしてしまっているような印象だ。
そんなことを考えていると、周囲へ飛び散っていた氷の破片が、まるで動画を逆回しにしているかのように氷の獣へと戻っていき、元の姿になってしまった。もっとも氷の破片の配置が変わっているためにトゲの位置や形がビミョ~に変化しているのだが、それに気づいているのは清歌だけであった。
ともあれ、これで聡一郎の言葉は的を射ていたことが分かった。どうやらこの氷の獣は、体をバラバラにすることで受けた衝撃を逃がしてしまうことができるようだ。しかもバラバラになった氷は再利用可能ときている。
なお、ほんの少しではあるがダメージは計上されている。とはいえ、使用したアーツのコストを考えると費用対効果は最悪と言っていい。
先制攻撃から畳みかけてダメージを稼ぐ策は完全に失敗に終わったため、弥生の指示によりそこからは牽制程度の攻撃を仕掛けつつ、氷の獣の特性を見極めることにする。
氷の獣の手札は基本的に獣タイプの魔物と変わらない。つまり爪による切り裂き、噛みつき、体当たりの三種類である。それに加えて氷の破片を飛ばして来るという遠距離攻撃があった。
この内氷の破片を飛ばしてくる頻度は非常に低く、牽制程度にしか使ってくることは無かった。というのも、飛んできた破片を迎撃して破壊すると、氷の獣自身に僅かながらダメージを与えることができるのである。つまり、破片も本体の一部という事なのだ。
一方で通常攻撃の方はかなり厄介だった。ただの物理攻撃なのだが、破片の組み合わせを自在に変えつつ攻撃を仕掛けてくるので、リーチが変化したり、氷の刃による斬撃だと思っていたのが板による叩きつけに変わったりするのだ。
「なんつーか、アレだ。ハリウッド映画版メカ生命体の変形を思い出すな」
「あ~、どこかで見たことあると思ったら、それだわ! ゴチャゴチャとパーツが流れるように動いて変形するのよねぇ。アレって邪道だと思わない?」
「ですよね。ロボの変形っつーのはもっとこう、パーツが論理的に動いて別の形になるところがカッコイイっつーか」
「そうなのよぉ~。緻密な設計による論理的な変形にこそ、ロマンがあると思うのよねぇ~」
氷の獣の変形攻撃に思うところがあった悠司の言葉にオネェさんが食いつき、そこから何故か変形ロボット談義が始まる。妙なところで意気投合する二人であった。
「ちょっと、二人とも! 話がズレてるニャ! 今は結構ピンチなのニャッ!」
「スンマセン」「アラ、ごめんあそばせ?」
ニャーさんが言う程、現在はピンチという訳ではなく、戦いは膠着していると言っていい。ただ戦闘が長引けば集中力は削られて行くし、回復アイテムも無尽蔵にあるわけでは無い。なので、このままではいずれピンチになる可能性は十分にある。
「弥生、何か打開策は無いの?」
「う~ん……、こういう敵の場合、一応パターンはあるんだけど……」
パターンその一。敵のどこかに制御装置のような物があり、それを破壊することで斃すことができる。もしくは斃せないまでも再生能力を封じることができる。
そしてパターンその二。敵全体を炎で焼き尽くす。または凍り付かせて固めた上で粉々に粉砕する。
「絵梨ってファイヤーウォールは……」
「知っての通り持ってないわ。あの魔法ってファイヤーボールと比べるとコストパフォーマンスが悪いし、イマイチ使いどころが限られるのよねぇ……」
純粋な魔法職ではない絵梨は、攻撃魔法の手札はさほど多くない。ちなみにこれは得意分野で付与魔術師の方を選択した凛も同様である。また巫女さんにも聞いてみたのだが、彼女たちも回復と強化、弱体化に偏っているので攻撃魔法の手札は絵梨よりもさらに少なく、広範囲に炎を持続的に出すような魔法は無いとのことだ。
「じゃあパターンその一を試してみるしかないわね」
「う~ん……このまま手をこまねいててもしょうがないし、そうだね。うん、そうしよう!」
方針を決めた弥生は仲間たちに支持を飛ばす。先ずは遠距離攻撃でタイミングと位置をずらしながら攻撃し、次に前衛組が氷の獣の内部に何か変わったもの、例えば色の違う何かや他とは明らかに違う形をしているものなどを探す。余裕があれば飛び散った破片はなるべく破壊するようにする。という作戦である。
「じゃあ、私からいくよ~! シュートッ!」
今回遠距離攻撃組に回った弥生が、砲撃魔法をぶっ放す。前衛には清歌と聡一郎、オネェさんにニャーさんの四人がいるので、それで大丈夫だとの判断である。特に今回の場合は鋭い観察眼を持つ清歌と聡一郎が居れば問題ない筈だ。
弥生が頭を吹き飛ばし、爆散した氷が戻り始めたタイミングで絵梨のファイヤーボールが向かって左側面に着弾、爆発する。
と、ここで想定外の事が起きる。清歌が爆散した氷の獣の胴体目掛けて猛然と突っ込んで行ったのだ!
「ええっ、清歌!? 悠司、第三射は中止!」
弥生が慌てて指示をしている内に清歌は胴体に取りつき、ファイヤーボールで穿たれた穴の中に思い切り右手を突っ込む。それを振りほどこうと、氷の獣は体を滅茶苦茶に動かした。
激しい動きに清歌がポーンと大きく投げ出されてしまう。たまたまその落下地点にいたのは――弥生だった。
「えっ、嘘っ? ええ~、どうしよう~」
慌てつつも弥生は破杖槌を手放して待ち構え、見事に――弥生にしては本当に見事だったと後に悠司たちが述懐する――清歌をキャッチした。いわゆるお姫様抱っこの態勢である。
「ありがとうございます、弥生さん。……ふふっ、いつもとは逆ですね」
「(さ、さやかをおひめさまだっこ……)も、も~、びっくりしたよ、さやか~」
もうちょっとこのままお姫様抱っこしていたいな――などというちょっとヨコシマな想いは胸の奥に封印し、弥生は清歌を降ろした。
「ホント、いきなり何も言わずに突っ込んで行くから本当に驚いたよ。制御コアが見つかったの?」
「申し訳ありません、私も驚いたものですから……。見つけたのは制御コアでは無くて……こちらです」
清歌の手にあった物、それは神器の一つである鏡だった。
前衛が中心となって氷の獣を引き付けてくれている内に、清歌は弥生と絵梨、そして巫女さんと相談をする。
巫女さんたちの推理では、守護者がこんなにも強力な存在になっているのは神器の力のせいもあるのではないか、ということだった。破損した神器にはもう殆ど神力は残っていないのだが、これは逆を言えば僅かには残っているということでもあるのだ。
故に後二つの神器を回収するのが先決となる。要するに、見つける物が制御コアから神器に変わっただけで、やることはあまり変わらないということである。
「それにしても、ちょっと当てが外れちゃったわ……」
「え? どういうこと?」
「だって考えてみれば、神器を泉に沈めて修復することが目的なわけじゃない? それはさっき済ませちゃったんだから、一旦洞窟に撤退してアレはやり過ごして、頃合いを見て神器を回収してトンズラする……っていう策も考えてたんだけど……」
「言われてみれば、その手もあったか~。でもまあ、それは出来ないことが分かったから」
「ええ、仕方ないから正攻法で行きましょ」
気を取り直して一同は作戦を再開する。今度は見つける物が神器の剣と鈴であることは分かっているので、先ほどよりはやり易い――はずなのだが、そう簡単にはいかなかった。なぜなら氷の獣は体を構成する破片を常に動かしており、それに伴い神器も体内を動いているからだ。清歌が鏡を取って来れたのは、本当にたまたま当たり所が良かったのである。
結局、三つの神器を無事回収できたのは、既に戦闘を始めてから小一時間ほど経過した頃の事だった。
ちなみにちまちまと与えていたダメージは全体の三割に達していて、これには清歌が、というかマルチセイバーが大きく貢献していた。光剣にカテゴライズ武器は基本的に物理的な衝撃を与えることが無いので、氷の破片を飛び散らせることなくダメージを与えることが可能だったためである。
ともあれ巫女さんたちの手に神器は戻った。さて、これからどうするかと考えたところで、三人の巫女さんが一様に硬直する。数秒の後三人は顔を見合わせると、鏡の巫女さんが代表して、何があったのかを語った。
「たった今、ご神託が下されました」
巫女さんによる説明を噛み砕いて言うと、この守護者は試練の洞窟のシステム上のエラーが元で発生したようなもので、その責任の一端は神様サイドにもある。なので、守護者のプログラムを強制解除する魔法を今から巫女さんたちに送るから、それを用いて斃して欲しいとのこと。
だったらもっと早くして欲しかった、というのが冒険者組の正直な感想で、一部の者の表情にも出ていたらしい。この魔法は神器を介して神様から力を得て使用するものなので、手元にある状態でなければ使えなかったのだと、巫女さんが補足した。
いずれにしても攻略法が分かったのならば話は早い。早速巫女さんには魔法の準備にかかって貰い、冒険者組は彼女たちの護衛に専念する。
巫女さんたちが何の魔法を準備しているのか氷の獣は理解しているようで、執拗に彼女たちに向かおうとするのを、冒険者組が足止めをする。動きを止めるだけならば、脆い構造の脚を重点的に砕けばいいので、さほど難しい話ではない。
苦し紛れに大量の氷の破片を飛ばしたのだが――
「弥生さん!」「弥生!」「任せて! フォースフィールドッ!!」
弥生の奥の手に阻まれ、巫女さんたちに到達することは無かった。
やがて三人の巫女さんによる詠唱が終わり、魔法が放たれる。
氷の獣の真下に輝く魔法陣が現れると、氷の獣はバラバラに崩れていき、氷の破片の山となり、そしてその破片も光の粒となって消えた。
静寂の戻った泉の広間に、安堵の溜息が小さく響いた。
「う~む……、最後は少し呆気なかったような気もするが……」
「フフフ、まあいいじゃないのソーイチ、勝ちは勝ちなんだもの、ねえ?」
「だね。え~っと、じゃあ後は改めて神器の修復をすれば、クエストは完了ってとこかな?」
弥生が巫女さんの方へ視線を向けると、三人は困惑した表情で顔を見合わせていた。
どうやら先ほどの魔法を行使する際、大量の神力を神器に受け、それによって修復は既に終わってしまっていたらしい。それどころか、今までの修復では有り得ない程の良いコンディションになってしまっているとのこと。
それならこの広間に三人揃った時点で神器に神力とやらを注ぎ込み、泉に張った氷の状態だった守護者を斃してしまえばよかったんじゃないか? とツッコミを入れたくなるのは、冒険者サイドとしては無理からぬことであろう。
それに対して巫女さんたちは――
「「「それでは試練になりませんから」」」
と澄まし顔でのたまうのであった。
それを聞いた冒険者組一同が「言うと思った」と苦笑したのは、もはや言うまでも無いだろう。