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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第十一章 新年
150/177

#11―03




 結論から言うと、“大駅伝大会ウィンタースペシャル”は概ね成功したと言っていい結果となった。初の試みだけあって不備や改善点などが多々あったのは当然のことではあるが、それを踏まえた上で多くの生徒たちが、持久走大会よりも面白いイベントになったという評価をしたのである。


 一般的にイベントの進行に不備があると委員会が叩かる――そして反論すると炎上する――ものだが、百櫻坂高校ではあまりそういう事が起きない。数多くのイベントが生まれては消えて行くこの学校では、生徒たちも未完成のイベントに慣れているので、不備を指摘するよりも新しいイベントを楽しむ方へ意識が向くのである。


 ただ今回の場合は完全に新規のイベントではなくG(ワン)イベントのモデルチェンジだったので、“みんな結構楽しめたんだからそれでいいじゃない”では済ませられない。――という訳で、クラスごとにイベントに関する意見や感想をロングホームルームで集計することとなっている。


 清歌たちのクラスではその集計を終えたところで、今は余った時間をそれぞれ自由に使っている。


「お疲れ様でした、弥生さん」


「ううん。こっちこそ助かったよ、清歌」


 雑談の花があちらこちらで咲く中、清歌と弥生がそう言って笑みを交わす。今回のロングホームルームに際し、弥生は仲間たちには予めその内容を話しておき、誰も動かなかった場合に意見を出してくれるよう依頼していたのである。


 この手の大雑把に意見を求める類の話し合いでは、最初に誰かが方向性を示さないとなかなか意見が挙がらないものだ。弥生はそれを見越して、布石を打っていたのである。


 弥生の予想通り、清歌が最初に意見を出した後は連想ゲーム的にアレもコレもと意見が出され、思ったよりも早く話し合いが終わったのだ。弥生の作戦勝ちである。


「それにしても結構な数の不満が出たね。まあ裏方が結構バタバタしてたから予想はしてたけど……」


「そうですね。初回ですから仕方のないこととは言え、こうなると来年も開催するのは難しいでしょうか……」


「あら、そうとは限らないんじゃないかしら?」


 集計したレポートを見ながら話す二人に絵梨が口を挟んだ。


「改善点の意見が出るってことは、少なくともこのイベントは“次をやってもいい”って思われたってことでしょ?」


「あ~、確かにそうかもね。普通の持久走大会に戻した方が良いっていう意見は無かったもんね」


「そね。……ま、これは多分に私らの願望も含まれてるんだけど、ね」


「あはは、ま~ね~」


 今回のイベントに於いて弥生はスタッフとして働き、絵梨はその手伝いをしていた。それはそれで面倒ではあったものの、持久走大会で何キロも走るよりはずっと楽だったので、二人ともできれば来年もこっちのイベントを開催して欲しいと思っていたのである。


「選手としてはどうだった? 持久走大会の方がシンプルでいい……とか思ったりするのかな?」


「私は持久走大会でも構いませんけれど、駅伝大会の方が皆で楽しめるので良いと思いますよ。ああ、ただ……」


 清歌は一旦言葉を切ってから、苦笑まじりに続けた。


「スケートは無くてもいいかもしれませんね」


「あ~、まあアレは……」「確かに、アレはどうかと思ったわ」


 恐らく実行委員は冬らしい、かつ駅伝としては意表を突いたスポーツを組み込もうという事でスケートに白羽の矢を立てたのだろうが、これにはかなりの不満が挙げられていた。


 というのも屋外を走る選手と、屋内のリンクをスケート靴で滑る選手との間で、上手に襷リレーをする方法が無かったのである。屋内に選手が突っ込んできて走るのは危ないし、かといって電話や無線で連絡してリレーするというのでは襷をリレーしているという感覚が乏しい。


 またそれとは別に、所詮素人レベルでしか滑ることのできない生徒――ごく一部に例外もいるが――が競争をするのは危険なのではないかという問題もあった。


 そういった理由から、イベント開始と同時にスケートの選手はラップタイムを計り、一位だったクラスを基準にして襷リレー時にタイムラグを付けてスタートするという方法が取られたのである。年明け恒例の駅伝で、足切りスタートをして後でタイムを加算する手法からヒントを得たのだそうだ。


 これにより運営そのものは滞りなく行われたのだが、「だったらスケートリンクまで走って来る必要が無いんじゃね」とか「スケートの選手は一回も襷に触れてないよね」などという、ある意味もっともな意見が続出したのである。


 実際スケート区間の選手だった清歌も、これで良いのならば全員タイムを計って加算し、勝敗を決すればいいことになるのではないかと内心ツッコミを入れていた。


「まあスケート区間は特別としても、全体的に襷リレーに関する問題点が多かったね」


「校内を走ったり自転車レースを組み込んだり、バリエーションを付けて面白くしようとした努力は認めるけど、やっぱりちょっと無理があったわよね」


「そうですね。手探り状態の初回大会にしては、いろいろ詰め込み過ぎていたように感じます」


「う~ん、でも実行委員会としては、初回だからこそインパクトのある物にしたかったんじゃないかな?」


「……でしょうねぇ。だから改善点が山ほど出てくるのも織り込み済みなんでしょ。実行委員会は大会が終わったっていうのに、これからが大変そうね(ニヤリ★)」


 実行委員会はこれから各クラスから挙げられた不満や改善点を纏め、整理して、来年度の委員会への引継ぎ資料を作らなくてはならない。それは非常に手間のかかる作業であり、また基本的に事後処理というのはイベントに向けての準備よりも気が乗らないものなので、絵梨が指摘したようにこれからが大変である。


 ちなみに襷リレー以外に出た改善点としては、生徒がかなり広範囲に散らばってしまうのでイベント後学校に集合するまでに時間がかかった点や、ネット中継していた映像がスマホ撮影だったために手ブレが酷かった点、スタッフとして駆り出された生徒が多くて結局応援に回れる人数が少なかった点、などなどが挙げられている。


 なお清歌たちスケート区間は――弥生と絵里もスケート場でのスタッフだった――自分たちのクラスが通過した後は撤収していいことになっており、先回りして学校に戻った結果、ゴールでアンカーを出迎えることができている。


「まあ後は実行委員会に頑張って貰いたいところだよね。そうすれば来年も、持久走大会なんて憂鬱な行事にしなくて済むし!」


 重ねたレポート用紙を手に取ってトントンと叩いて揃えつつ、弥生が妙にキリッとした表情で宣言する。こういう時、下手に「来年度の一年生の為にも」などという言い訳をしないところが弥生の良い所――なのかも?


「ふふっ。……ああ、それでしたら来年度は、実行委員会に参加してみてはいかがですか?」


 清歌が悪戯っぽい笑みで提案すると、弥生は机にぱたりと倒れて反論した。


「それじゃあ持久走大会に参加するよりも面倒臭いことになりそうだよ~」


「フフフ……。それじゃあ本末転倒よね」


 どうやら弥生と絵梨には、持久走大会や駅伝大会にかける意欲というものが、とことんまで無いらしい。


 こうして彼女たちにとっての新年最初のイベントは幕を閉じたのであった。







 二週間余りのメンテナンスが終わり、<ミリオンワールド>が再開された。


 今回のメンテナンスは主に旅行者向けであるアトラクション島の追加がメインとなっており、オーロラとペンギンウォッチングができる雪と氷の島、ダイビングやセイリングなどが楽しめるサンゴ礁の島、そして旅行者だけでも楽しめるダンジョンアタック島が実装されている。


 これらの内ダンジョンアタック島は、「旅行者だけでも冒険をしてみたい」というかねてからの要望に応えて実装されたものだ。


 プレイヤーは冒険者換算でレベル二十程度の強さで固定、ランダム生成されるインスタンスダンジョンに入り、魔物の討伐や宝箱などから得られるアイテムや装備で強化しつつ、制限時間内に最奥にいるボスを斃すことができればクリアとなる、いわゆるローグライクダンジョン的なものである。ダンジョンには単独から六人までのパーティーで挑戦でき、他のプレイヤーとのマッチングを希望することも可能となっている。


 余談だが、この仕様を見た冒険者たちの間では、クリスマスイベントはこのシステムのテストも兼ねていたらしい、という話がまことしやかに流れたとか、流れなかったとか――。


 さておきこのダンジョン、地下迷宮や塔に森といった所謂RPG的な定番も押さえつつ、未来都市的なものや実在する建造物を再現したもの、小人になってしまったかのようにあらゆる物が巨大化しているものなど、非常に豊富なバリエーションが用意されていて、たちまち大人気アトラクションとなる。これにより昨年十一月頃には割と取り易くなっていた旅行者チケットが、また入手困難なプラチナチケット化するのだが――それはまだ少し先の話である。







 今年初めて<ミリオンワールド>にログインしたマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の七人は何をするよりも先ずは――久しぶりに会った魔物モフモフと思う存分戯れていた。


 言うまでもなくこのギルドの魔物使いは清歌だけなのだが、可愛らしく手触りが良い魔物を清歌が次々と連れてきてしまうので、皆すっかり魔物愛好家になってしまっている。浮島ホームにそれなりの広さがあり、一緒に走り回ったりボール遊びができたりするというのも一つの要因となっているのだろう。


 一頻り遊んで二週間ぶりのモフモフ成分を補充した七人は、今後の目標を定める為のミーティングを始めた。中期的な目標としていたレベル五十はクリスマスのイベントで達成し、飛夏のビークルも使えるようになった。年も明けて丁度いい区切りなので、新たな目標を立てようという事になったのだが――


「一応、イツキの反対側を探索してみようかとは思ってたんだけど……」


「ああ、例の落ちた浮島な。……で? “だけど”ってことは、何か別のプランでもあるのか?」


「うん。ほら、ヒナのビークルが使えるようになったでしょ? アレに乗せて貰ってスベラギの外れの方とか探索に行くのもいいかな~って」


 弥生の提案に、一同がなるほどと頷く。スベラギから遠く離れてイツキへとやって来たとはいえ、スベラギを隅から隅まで探索し尽くしたわけでは無いのだ。


 サバンナエリアは年末のドライブで南端まで行ったのでほぼ攻略したと言っていいだろうが、西の湖沼エリアは半分くらいまで足を延ばしただけで、東の砂漠エリアに至っては足を踏み入れてさえいない。未発見のダンジョンや、未知の魔物が居る可能性は十分にあると言えよう。


 ただスベラギはスタート地点ゆえに数多くの冒険者のいる島であり、アルザーヌへ到達した攻略組も基本的に拠点はスベラギに構えている。従ってスベラギの攻略はいずれ誰かが行うだろうし、掲示板にも情報が挙げられるはずだ。ならばそちらは任せてしまって、自分たちは他の冒険者とかち合わないイツキで悠々と冒険するのが良いのではないか? とも思える。


「悩み所ねぇ。パーティー全員で移動できるようになったものだから、選択肢が増えちゃったのよね」


「あー、アレだな。RPGで乗り物をゲットした途端、ストーリーそっちのけで世界中の探索を始めちまうっていう……」


「あるよね~、そういうの。空からじゃないと行けないようなところに、隠しダンジョンがあったりとかね」


「そういうものがスベラギにもあると? ふむ……、湖沼エリアのダンジョンか。恐竜系の魔物が出るのだろうか? 面白そうだな」


「ちょっとソーイチ、あくまでも可能性の話よ? 必ずしもあるとは限らないわ」


「でも<ミリオンワールド>って、そういうRPG的なお約束は結構外さないから、何かはきっとある……はず」


「なるほど。……空からの探索だけでしたら、私が一人で行くという手もありますよ」


「あ~、探索だけならそっか。清歌にお願いするっていう手もあるんだよね」


 話し合ってみるものの、どれも今一つ決め手に欠け方針が定まらない。なまじ行動範囲が広がってしまったが故の弊害である。ちなみに冒険とは言えず、また目標と言える程のものでもないが、新規に実装されたアトラクション島を見に行ってみたいという意見も出ている。


 どうにも話が煮詰まってしまったのを感じた弥生は、この話は一旦切り上げて気分転換に出かけることを提案した。


「このままじゃ埒が開かないから、ちょっと気分転換しよう! 新年初ログインってことで、ちょっと初詣にでも行ってみよっか」


「「「初詣?」」」


 イツキの町は木々に覆われた山を背にしており、それを切り拓くように石段が伸びてその先には社らしき建物がある。まだ訪れたことの無い――ついでに言えば何かありそうな――スポットでもあるので、お参り兼観光に行ってみようという提案である。


 話し合いにも飽きて来たところだったので、一同はイツキへと移動した。おなじみになっている茶店で尋ねると、お社は基本的に何時でも誰でも――冒険者でも問題なく――参拝できるそうで、作法については現実リアルの神社とほぼ同じとのことだった。


 女将さんにお礼を言っておやつのお団子を買うと、舟を借りてのんびりお社へと向かうことにした。




「うわぁ~、これまた長い石段だね~」


 お社へと続く石段を前にして、弥生が感嘆の声を上げた。割と急な石段は山の中腹まで一直線に伸びている。踊り場や手摺なども無く、これが現実リアルだったならば、安全性がどうのこうのとツッコミが入りそうなところである。


 舟に揺られて水路を行くことしばし、マーチトイボックス一行はお社のある山の麓に辿り着いていた。ちなみにこの間、各自二本のお団子を平らげている。


現実リアルだったら、登るのは遠慮したいところね……」


 鳥居の前に立った絵梨が石段を見上げてげっそりと呟き、一同が苦笑いで同意する。さしもの清歌や聡一郎も、ただひたすら石段を登るだけというのは遠慮したいようである。


 なお便宜上鳥居と呼んでいるが、石段の手前にあるそれは上部に屋根が付いていて造りも割と豪華なので、鳥居と門の中間と言うような意匠である。


 ともあれ、<ミリオンワールド>内であれば石段程度は、面倒臭いだけで問題にはならない。七人は鳥居の前で軽く一礼すると、念の為真ん中を避けて石段をスタスタと登るのであった。


「石段と言えば、この間の駅伝で悠司って例の区間を走ったんでしょ? やっぱり辛かった?」


「はい!? それはまた物好きねぇ……。って、実はドMだったりするの? だったらちょっと友達付き合いは遠慮させて頂こうかしら……」


「悠司……」「悠司さん……」「むう。悠司……」「「ええ~っと……」」


 弥生は単純に疑問を口にしただけなのだが、絵梨が“悠司=ドM”疑惑を捏造し、全員がそれに乗っかる。年少組も口ごもりつつ、すすーっと距離を取る辺りなかなかの連携を見せている。


「誰がドMかっ! ウチのクラスじゃ、絶対最後まで決まらないだろうからって、真っ先に籤であの区間を決めたんだよ……」


 悠司は反論した後、がっくりと肩を落として大きく溜息を吐いた。もう終わってしまったこととは言え、我が身の籤運の無さを思い出して嘆きたくなったようだ。


「それはなんと申しますか……、運が有りませんでしたね」


「まあある意味、大当たり?」


「そんな大当たりはいらんがな。初詣のお神籤は大吉だったんだが、そこで籤運を持っていかれちまったんかねぇ……」


「ふむ。それはさておき、走ってみてどうだったのだ?」


聡一郎からの再度の問いかけに、悠司は不意に真顔になって断言した。


「あれは駄目だ。あの区間を考えたヤツは心に闇を抱えてるに違いない」


 三キロメートル弱走ってからの石段登り。運動部の特訓かとツッコミを入れたくなるコースは、ハッキリ言って地獄だったと悠司は振り返る。


 これが自分一人のタイムアタックならばいくらでも手を抜けばいいのだが、駅伝の一区間であるためにそれが許されない。絵梨の言ではないが、この区間を率先して選ぶような者は、確かにドMに違いない。


「まあ登り切ったところで襷リレーだったのがせめてもの救いだったな……」


 ハイライトの消えた遠い目でそう呟く悠司に、一同が心の中で手を合わせる。ちなみに清歌たちのクラスでもこの区間はくじで決めており、運悪く当りを引いた選手は大会後のアンケートでその区間の削除を強く強く訴えていた。


 そんな雑談を交えつつ石段を登り切ると、そこにはどこかで見たことのあるような神社の境内が広がっていた。


 手前の方に手水舎や社務所があり、正面奥には拝殿が、左手の方には神楽殿のようなものもある。どれも年季の入った趣のある風情をしていて、地域に根差したお社といった印象である。


 ただ普通ならば静謐な空気であるべきなこの場は、神職の人達があちこち動き回っていて、何やら慌ただしい様子である。


 これは出直した方が良いのだろうかと思い弥生が仲間たちを振り返ると――清歌の姿が無かった。


「少しよろしいでしょうか?」


「は、はは、はいぃ! なにか、御用ですか?」


 いつの間にやら移動していた清歌が、通常のお務めであろう境内の掃除をしていた巫女さん捕まえていた。お嬢様オーラ全開の清歌に尋ねられた巫女さんが、妙にキョドッている。相変わらず芸の細かいAIだ。


 ちなみに白衣に緋袴を身に着け、竹箒を持っている由緒正しい巫女さんスタイルなのだが、イツキの町の性質上、彼女も金髪のエルフである。これを邪道と感じるか、それともギャップに萌えるかは――また別の話である。


「とてもお忙しいようですけれど、参拝をしても大丈夫でしょうか?」


「え、ええ、大丈夫ですよ。ちょっと今、お祭りの準備でバタバタしていまして。お見苦しくて申し訳ありません」


「いいえ。お務め中、ありがとうございました。では」


 綺麗な所作でお辞儀をしてからニコリと微笑むと、清歌は踵を返して仲間たちの元へ戻る。そんな彼女の後ろ姿を、巫女さんがポーッと見つめていた。――本当に変なところで芸が細かいAIである。


「参拝は大丈夫だそうですよ」


「ありがと、清歌。お祭りか~、そっちも気になるね」


「準備は分かるが、なんか妙に慌ててるように見えるよな……?」


「ふむ。確かに祭りの準備に活気づいているにしては、少々妙な気もするが」


「そうかしら? ま、折角来たんだから取り敢えずお参りしましょ」


 お社の慌ただしい空気は脇に置いておいて、七人は手水でお清めをしてから作法に則って参拝をする。


 現実リアルの神社と異なる点はお賽銭で、賽銭箱の代わりに祭壇のようなものが置いてあり、その上に冒険者ジェムを置くと金額指定の選択肢が表示されるようになっていた。妙にデジタルな処理に、思わずこみ上げる笑いを堪えていたのは秘密である。


 参拝を済ませたので、お次は社務所を覗いてみることにする。何しろここはゲームの世界なので、御守りや破魔矢なども実質的な効果のあるアイテムである可能性があるのだ。


「ええっ!? それ、マジなのですか!?」


 と、その時、先ほど清歌が話しかけた巫女さんが、妙に砕けた口調で大きな声を上げた。清歌たちは思わず足を止め、顔を見合わせる。


「マジよ、大マジ。ってこんな言葉遣いしてたらまた怒られるわよ?」


「あっ……、すみません。いやいや、そんなことより大問題じゃないですか。お祭りはどうなっちゃうんです?」


「一応、まだ時間はあるけど、問題は人が見つかるかどうかね。最悪、今回のお祭りは……」


「そんなぁ……」


 横目で見つつこっそり聞き耳を立てると、恐らく先輩巫女さんであろう女性が何やらトラブルが起きていることを説明しているのが聞こえて来た。会話の流れ的にお祭りは中止の危機らしく、後輩巫女さんの方は肩を落とし長い耳もへにょっと下に傾いてしまっている。


 それを聞いた弥生と悠司がキュピーンと目を輝かせた! 流石に口に出すのは不謹慎で憚られるので、パーティーチャットで会話をする。


『これは……、もうアレだよね?』


『ああ、お社という町の重要スポットでトラブル発生。これがクエスト発生のトリガーじゃないなどという事があり得るだろうか?』


『いや、無――』


『反語表現は分かったから。……まあ、でも間違いなくクエストでしょうね。会話から察するに、お祭りに不可欠な何かにトラブルが起きて、それに対処するにも人材が不足してるってところかしら?』


『仮にそうだとしても、全くの部外者である私たちに事情を話して頂けるのでしょうか?』


『あはは。まあ現実的に考えれば有り得ないんだけど、これはゲームだからね~』


 かなり深刻なトラブルにも関わらず、行きずりの主人公を無条件で信用して助力を求めて来る、などと言うシチュエーションはRPGではよく見かける光景ではある。どう考えてもおかしな話なのだが、そこはゲーム的ご都合主義として片付けるしかない。


 ただ非常にリアルなVRで、しかも普段は極めて自然で常識的な反応をするNPC――より正確に言えばそのAI――が、イベントに関する部分だけゲーム的な対応をするとなると、違和感がとても大きい。清歌の疑問はもっともなことと言えよう。


 ともあれ、折角のイベント発生トリガーを見逃す手は無いと結論を出し、代表して弥生が二人の巫女さんに話しかけることとなった。


「あの~、何かお困りですか?」


「えっ!? ああ……、いえ大したことではないのですが……」


 先輩巫女さんの方が口ごもると、後輩巫女さんが「十分大したことじゃないですか」と小声で指摘する。互いに目配せしているところを見ると、話してしまっていいものかと悩んでいるようだ。もうひと押しで事情を聞き出せそうな感じである。


「こう見えても私たちは冒険者なので、何か力になれることがあるかもしれませんよ?」


「冒険者さんだったのですか。…………そうですね、これも何かのご縁かもしれません。実は……」


 先輩巫女さんが話してくれたことによると、なんでも現実時間で来月の頭にこのお社ではお祭りが開かれるそうで、その中心となる行事は巫女さんによる奉納舞いなのだそうだ。祭壇に置かれた“鏡”の前で、“剣”を持った巫女と、“鈴”を持った巫女が舞いを行うらしい。


 そろそろ舞の稽古を始めとする祭の準備をしようと、大切に仕舞っていた三つの神器――舞いに使う鏡、剣、鈴のことだ――を取りに行ったところ、なんと三つとも壊れていたのある。


 ちなみに壊れていたこと自体はさほど問題ではないらしい。というのも、この神器は籠められていた力が抜けると自然に壊れてしまうので、定期的(・・・)に修復が必要なものだからだ。


 ただ今回はイレギュラーな事態で、本来の周期であればあと二~三回は祭りを行えるはずだったのだ。本来なら今回のお祭りの後、神器の様子を見て修復を行うか決める予定だったのである。


 ことが神器の修復となると自分たちが手伝えることは無いかも、という疑問は当然浮かんだので尋ねてみると、修復と言ってもいわゆる手作業で行うものではないという回答が返って来た。


 なんでもこの山の更に高い所に、試練の洞窟なるものがあるらしく、その洞窟を越えた先にある泉――巫女さんたちは言葉を濁していたが、どうやらこれが御神体らしい――に神器を沈めると、自然に力を吸収して修復されるのだそうだ。


 この試練の洞窟には入り口が三つあり、神器を持った者がそれぞれ別の入り口に同時に入り、三人ともが泉に辿り着いて初めて修復が出来るようになる。また一つの入り口から中に入れるのは、神器を持つ者一人に同行者が三名までとなっている。そして試練の名の通り、中には守護者――要するに魔物のようなもの――が現れ、行く手を阻むのである。


『つまりゲーム的に翻訳すると、三方から分かれて入るダンジョンがあって、全員ゴールに辿り着かないとクリアにならないイベントってところかな?』


『なるほど、分かり易い。……だけどそう聞くと、一気に深刻さが薄れたような気がするのはなんでだろうな?』


『まあいいじゃないの、分かり易いんだから。そんなことより……』


 絵梨が先輩巫女さんへ視線を向ける。


「なんだってご神体の前にわざわざダンジョンがあるのかしら?」


「それは……ご神t、んんっ! 泉はとても大切な場所ですので、おいそれと近づけないようになっているのです」


「神器を持っている巫女さんがいても?」


「巫女であろうと、試練を乗り越えなければ泉に近づくことは許されないのです。それに神器は壊れていますから」


 答えになっているようでなっていない、なんともビミョ~な話ではあるが、ここはそういうものだと割り切って考えるしかないのだろう。


「ご無理を承知でお願いします。どうかご助力頂けませんでしょうか?」


 エルフ巫女さん二人が、深々と頭を下げる。


 協力するのは吝かではない。というか、そもそも積極的に首を突っ込んだのである。ただまだ少し確認すべきことがあったので、弥生とアイコンタクトを取った悠司と絵梨が巫女さんに尋ねる。


「その前に、確認させてもらっていいですか? まず、神器を持った巫女さんの護衛に俺たちが付く形になるわけですが、巫女さん自身は戦えるのですか?」


「主に後方からの魔法支援になりますが、それなりに戦えます。冒険者さんたちの基準では、レベル三十前後になるかと思います」


「なるほど。……私たちは七人なので上限まであと二人ですが、それについては……」


「あと二人くらいでしたら、私どもの方から戦える者を募ります。ただ、神器を持つ三人よりレベルは落ちますが……」


 どうやら神器を持つ巫女さんというのは、ここのお社で働く巫女さんたちの中でも武闘派ということのようだ。


 聞いておきたい事はこんな所だろう。後はリーダーの決断だけである。弥生は少しの間思案していたが、一つ頷くと口を開いた。


「この話、お引き受けします。ですが、少しだけ時間を貰ってもいいですか? あと二人のメンバーを私たちの方で探してみますので」


「ありがとうございます! 時間はまだ少し余裕がありますので、それで構いません。どうぞ、よろしくお願いします」




 こうして新たなクエストを引き受けたマーチトイボックス一行は、期限について先輩巫女さんと話し合ったあと一旦ホームへと帰還した。


「お姉ちゃん、他のメンバーなんて当てがあるの?」


「う~ん、まああるって言えばあるかな。どうやって誘うかが問題なんだけど……」


「……ああ、なんとなく弥生の考えてることは分かったわ。でも、だったらもう受注してしまえばよかったんじゃない? 巫女さんNPCがメンバーに入ってくれるんだし」


「そうなんだけど……。なんか人数とダンジョンのシステムが気になってね」


 腕を組んで難しい顔をする弥生に、全員の視線が集まる。


「四人パーティーが三組で十二人。つまり通常で考えると二パーティー分ってことでしょ? それからご神体の泉が三つもあるのは変だから、ゴールは同じ場所に辿り着くはず」


 その説明を聞いて、清歌たちも弥生が何を危惧しているのかを察した。同時にできればNPCではなく、強いメンバーを集めたかった理由についても理解する。


「なんとな~く……、最後にレイドボスが出てきそうな気がしない?」





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