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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第十一章 新年
148/177

#11―01




 正月三が日という言葉があるが、元旦と翌二日くらいまではダラ~ッと過ごしていても、三日ともなれば普通の生活リズムに戻る人の方が多いだろう。


 そんな世間一般の流れに逆らうように、弥生は部屋のベッドに寝っ転がるという、誰がどう見てもダラ~ッとしているとしか言いようのない姿で認証パス(スマホ)を弄っていた。


 冬休みにプレイしようと思って買っておいたサスペンス系のアクションアドベンチャーゲームは昨日までにクリアしてしまい、今日はこれといってやることが無い。ちなみに冬休みの課題については、夏休みの時と同じ要領で昨年中に片付けてしまっている。


 午前中は昨日クリアしたゲームの個人的名シーンをリプレイしていたのだが、それも一通り見て満足してしまったので、特に目的もなくウェブを閲覧しているのである。


 <ミリオンワールド>を始めて以降、コンシューマー向けのゲームで購入したのは今回の物だけだ。テレビ画面越しである以上、どんなにグラフィックスの出来が良くても、リアリティーや臨場感といった意味では<ミリオンワールド>とは比べるべくもない。しかし物語を主人公視点でプレイできるテレビゲームは、それはそれで面白いものである。


 ちょっと最近テレビゲームから離れてしまっているので、去年発売されて話題になったゲームをレビューサイトでチェックしてみようかと思いブックマークを開いた――ところで手を止める。


(う~ん、でも見たらきっとやりたくなっちゃうよね……)


 集中メンテナンスはまだあと十一日あるので、大作系のRPGでも一本はクリアできるかもしれない。ただやり込みまでは出来なさそうなので、この期間の暇つぶしの為だけに購入するのはいささかもったいない気がする。最近はワールドエントランスでの飲食代を、例の出力サービスのロイヤリティーで賄えているのでお小遣いに余裕はあるが、遊び尽せないと分かっているゲームを衝動的に買うのは無駄遣いというべきであろう。


「でもな~、実際問題メンテナンス期間はちょっと暇だし……。む~……)


 もしこの呟きを絵梨が聞いたのなら、「良い機会だからちょっと活字にも触れなさいな」といって分厚いハードカバー本を薦めてきそうなところである。


 その方面に思考が向かない弥生は、お気に入りのコミックスでも読み直すか、或いはバッタバッタと敵を薙ぎ倒す系のアクションゲームで爽快感でも得ようかと思い、ベッドからむくりと体を起こした。


 ――と、その時、スマホが着信を知らせるメロディーを流した。


「誰かな……って、なんだ悠司か。……はいは~い、何か用?」


『あ~、ちょっとな……。だらけ切ってるところすまんが……』


 電話越しにも関わらず、見事に事実を指摘された弥生がギクリと硬直する。


「……ナンノコトデショウカ? 一体誰ガダラケテルト?」


『カタコトになってるぞ~。っつーか、お前の事だからこの間かったゲームももうクリアして、暇を持て余してる頃なんじゃないかと思っただけなんだが?』


「んぐ……まあ、そうだけどさ……。も~、そんなこと言うためにかけて来たんなら切るよ?」


『マテ! 頼むから切らんでくれ。用事はちゃんとある! 今のは……そう、軽い挨拶だ』


 ずいぶんと失礼な挨拶もあったものだ。親しき中にも礼儀あり。幼馴染として、ちょいとその辺を説教するべきではないか? とも思ったのだが、電話越しの悠司の声が思ったよりも切実な感じだったので、弥生は寛大な心で流してあげることにした。


「で? 本題は何なの?」


 こうして連絡してきたという事は、弥生にも何かできることがあるという事なのだろう。何かしら深刻なトラブルが起きてしまったというのなら、手を貸すのは吝かではない。――決して丁度いい暇つぶしになる、などとは思っていない。


 というわけでベッドの縁に腰かけて姿勢を正し、聞く体制を整える。


 数秒の沈黙の後、悠司が重々しい口調で話したその内容とは――


『実はな…………、結衣が拗ねてしまったんだ……』


 ――心底、完膚なきまでに、どうでもいい内容だった。


「(はあ……、一瞬でも心配して損しちゃったよ)じゃあ切るね。おやすみ~、悠司」


『わー! マテマテ、待ってくれ! 本当に困ってるんだ。俺も姉さんも昨日からまともに口をきいてもらえないんだよ』


「え? 悠司はともかく、香奈さんまで? いったいお正月から里見家で何やってんの?」


『それが実はな……』







 ――事の発端は元日にまで遡る。


 初詣から清歌の部屋に帰った五人は、結局夜通しボードゲームで遊び続けてしまい、朝ごはんにお雑煮を食べてからそれぞれ帰宅した。妙にテンションが高くなっていた悠司は――これは弥生も同じだったからよく分かった――家に帰ってからもそのまま家族とお正月をまったり過ごしていたのだが、流石に夕方に限界が来てしまい、夕食はいらないと伝えてから自室で休むことにした。


 ぐっすり眠った悠司は、夜十二時ごろに目を覚ました。ちょっと小腹が減っていたのでキッチンへ行き、お土産として持ち帰った自分の打った蕎麦を茹でることにする。冷蔵庫には麺つゆもあったし、何よりこの不格好な蕎麦を家族に食べてもらうくらいなら証拠隠滅も兼ねて自分で食べてしまいたいと思っていたので、家族が眠ってしまった今が好機だったのである。


 お湯を沸かしている間にスマホにタイマーをセットし、箸と皿と蕎麦猪口、海苔や山葵を用意しておく。とろろそばも好きなのだが、自分で用意するのは面倒なので――年越し蕎麦に使ったらしく山芋自体はあった――今回はパスする。


 茹で上がった蕎麦を皿にざっと盛り付けて海苔をパラパラと乗せ、蕎麦猪口に麺つゆと山葵少々を入れる。ダイニングテーブルに着いた悠司が、さあ食べようと思ったところで闖入者が現れた。


「悠司くん、起きてたんだ。何してるの? ……あ、それってもしかして悠司くんが打ったっていうお蕎麦?」


「姉さん……、タイミングの悪い時に……」


「タイミング悪いって何よー、寧ろグッドタイミングだったわ。どうせカッコ悪いから、自分一人で処分しちゃおうなんて思ったんでしょ?」


 悠司の意図をズバリ指摘しつつ自分の分の蕎麦猪口と箸を用意してしまった香奈を止める術はなく、結局二人で食べる事となってしまった。


 香奈がズルズルと蕎麦を啜り、目をつぶって咀嚼する。


「うん、コシもちゃんとあるし美味しい。まあ……」香奈が蕎麦を数本箸で持ち上げる。「太さはちょっと不均一だけどね」


「そこは大目に見てくれまいか。……っつーか、それなりに均一に切れてたのは弥生と清歌さんくらいで、他は似たようなもんだったんだから」


「あはは、そうなんだ。でも本当に美味しいよ。『蕎麦打ってくる』なんて言った時は、本当にちゃんとできるのかなーって思ったんだけど、大丈夫だったみたいね」


「あー、そりゃまあ、メイドさんに付きっきりで指導してもらったからなぁ」


「メイドさん……、本当にいるんだ……。ねね、蕎麦ってどんな風に打つものなの?」


「どんな風……、え~っとまずは粉を……。あ、作業途中の写真を撮ってあるから、見る?」


 悠司はスマホを操作して、蕎麦打ち作業中の写真を表示させる。ちなみにこの写真の殆どはメイドさんが指導しつつ撮影していたもので、終了後に送って貰ったのである。弥生と絵梨には止められたが、後に自分一人で打ちたくなった時の為の資料映像でもある。


 スマホを受け取った香奈は、「結構本格的にやったんだね」などと感想を言いつつ写真を見ている。どうやらそれほどお腹は空いていなかったらしく、ただ味見をしたかっただけのようだ。


「あ、この辺は初詣の時の写真なんだ」


「ズズズッ。……ん? ああ、そうそう。姉さんは明日行くって言ってたっけ? やっぱりここに?」


「うん、そのつもりだよ。それにしても黛さんは晴れ着を着てるかなって思ってたんだけど……」


 ほぅ、と小さな溜息を吐きつつも、「でも私服も可愛いからいいか」などと言う義姉に、悠司がビミョ~な視線を向ける。ダンスパーティーで頬を染め、清歌と見つめ合っていた姿が、もっと言えばその時に友人たちの言っていた台詞が思い起こされる。


「姉さん……。まさかとは思うけど、なんかこう……新しい扉を開いちゃったとかそういう事は……」


「なっ! なな、何のこと、かしら? 確かに黛さんは可愛いなって、綺麗だなって思ったけど……、それだけだよ? あとスーツ姿は凛々しくて、カッコイイなって……、そこらの男子なんて比べ物にならないくらい素敵だったけど……。うん、それだけ。それだけだから」


 香奈が言い訳を重ねる程に、悠司の視線がジトッとしたものになっていく。そこまで褒めちぎっておいて、いったい何が「それだけ」というのか。厳しく追及したいところではあるが、これ以上追及するとそれはそれで取り返しのつかないことになりそうな予感がしたので控えておく。


「まあ、いいか。……晴れ着については用意してあったみたいなんだが、それが全員分だったもんだから遠慮したんだよ」


「全員分? それって悠司くんとか相羽君の分もってこと? それは見てみたかったかも。残念だなー」


 まあ確かに、自分が無関係ならば清歌たちの晴れ着姿を見てみたいと思うから、香奈の反応は悠司にも理解できた。


 ちなみに香奈は明日の初詣に普段着で行く予定である。これは単純に香奈の着物が無いという事もあるが、一緒に行く予定の女子全員で決めたことでもある。


 写真を眺めている香奈をよそに、悠司は程なくして蕎麦を平らげた。指摘されたように太さが不揃いではあるが、素人が初めて打ったにしてはまあまあの出来ではなかろうかと自画自賛しつつ、食器をまとめて流しへと運ぶ。数も少ないために皿洗いはすぐに終わり、水切り籠に並べたところで香奈から声がかかった。


「ねえ悠司くん、これは一体何をしているの?」


 姉が示した写真は、ボードゲームで弥生が優勝したところで記念撮影したもので、画面中央に自分の駒を持って満面の笑みを浮かべる弥生が映っている。なおこの時最下位だった悠司は、炬燵の上に突っ伏している。


「あ~、これはボードゲームで遊んでたんだよ。なんかみんなテンション上がっちゃってな……」


 思い返すとアルコールが入っていたわけでもないのに皆ハイテンションで、それこそTRPGをやっているかのように役になり切ってプレイしていた。――あれが深夜テンションというものか。


 それはさておき香奈が興味を持った様子だったので、悠司はボードゲームについて詳しく説明をした。


「ふーん、そんなボードゲームがあるんだ、面白そうだねー。ちょっとやってみたいかも……」


「かなり面白かったよ。ただ残念ながら日本では売ってないものらしいからなぁ」


「そっかー、残念。……あ! じゃあ黛さんにお願いして、学校に持ってきてもらうっていうのは……。で、お昼休みに生徒会室で遊ぶ!」


「ヲイ。それでいいのか生徒会長……」


「いいのいいの。このくらいの役得が無くっちゃ生徒会なんて面倒臭いこと、誰もやらなくなるわ」


「……まあ、確かに」


 思わず納得してしまい香奈と顔を見合わせ、同時に笑い出す。


 この時、少々不謹慎な話に盛り上がっていた二人は、いつの間にかダイニングにやって来ていた小さな人影に気付いていなかった。


「お姉ちゃん……、お兄ちゃん……」


 ビミョ~におどろおどろしい雰囲気の声に悠司と香奈が顔を向けると、そこには里見家のアイドルこと妹の結衣がいた。ちょっと眠そうな目をしているところを見ると、トイレにでも起きたところ階下の明かりに気付いて、こちらへふらっと来たというところなのだろう。


「ど、どうしたんだ結衣?」「起こしちゃったのかな? ごめんね結衣」


 二人が声を掛けるも結衣に反応が無い。はて、一体どうしたのだろうかと二人が首を傾げる。


「お姉ちゃん、お兄ちゃん、学校でゲームして遊ぶの?」


「ああ、今の話聞いてたの?」「まあ、そういう計画を……」


「この頃ボクとあんまり遊んでくれないのに、お姉ちゃんたちは一緒に遊ぶんだ……」


「「ぐっ……!!」」


 痛い所を突かれて言葉に詰まる二人。去年の夏ごろから悠司は<ミリオンワールド>で、香奈は生徒会関連で日曜祝日にも予定が入ることが多く、必然的に家族と過ごす時間はそれ以前と比べて減ってしまっている。


 とはいえ、自他共に認めるシスコンであるこの二人は、結衣と遊ぶ時間も可能な限り取っているつもりだった。恐らくこれまで年末年始は家族一緒に過ごしていたところ、今年に限って悠司と香奈に予定が入ってしまっていたことが引き金になって、小さく積もっていた結衣の不満が爆発してしまったのだろう。


 付け加えて言うと、若干寝惚けているために普段は我慢している本音が零れてしまっているというのもありそうだ。


 普段聞き分けの良い妹からの詰問に、効果的な反論が咄嗟には思い浮かばず兄と姉は口ごもったままチラチラと互いに視線を送る。


 そんな二人に結衣は、ジト目――なのか単に眠いだけなのか、とにかく半分閉じた目を向けると――


「ふーん、もういいよ……。お姉ちゃんもお兄ちゃんもキライ……」


 と呟くように捨て台詞を残すと、ぽてぽてと二階の自分の部屋に帰ってしまった。


 そしてダイニングに残された二人はというと――


「姉さん……」「悠司くん……」


 妹から告げられた「キライ」の言葉に、まるで石膏像のように真っ白になって硬直していた。







『――と、いうわけなんだ』


 電話越しに経緯を聞いた弥生はしばし沈黙していた後で、おもむろに口を開いた。


「あのさ、悠司。言っちゃってもいい?」


『分かってくれたか、事の重大性を!』


「そんなわけないでしょ~。あまりにもどうでもいい話でビックリしちゃったよ」


『ど……、どうでも良くはないだろ?』


「いやいや、取るに足らない話だよ。もう“体験版が面白さのピークだったゲーム”並にどうでもいいね」


『や……、まあ確かにそんなどうでもいいゲームもあるっちゃあるが……。流石にそれは酷くね?』


「っていうかね、悠司……」


 弥生に言わせれば、兄弟が喧嘩も全くしないほど仲が良いという方が余程おかしい。


 話を聞いている限りでは、<ミリオンワールド>を始めてからも悠司は妹をちゃんとかまっているようだし、それは香奈の方も同じようなものだろう。今回はお正月にいっぱい遊んでもらえると思い込んでいた結衣の期待が外れてしまったという不満が、二人がこっそり遊ぶ計画を立てているところを目の当たりにしたことを切っ掛けに爆発しまったというところだろう。


 昨日まともに話してくれなかったというのは凄く怒っているというよりも、「キライ」と言ってしまったことを後悔しつつも不満があったのは本当で――という複雑な心境が素っ気ない態度になってしまっただけのことだろうと弥生は思う。これも兄弟に限らず家族ならばよくある話である。


 そしてこういう時は大抵、時間を置けば元通りになるものだ。


「だから普段通りにしてればいいんじゃないかな~」


 言いたいことを言い終えた弥生は再びベッドにごろんと寝っ転がった。


『んー、そうは言うが、お前さんのところだって仲は良いだろう? <ミリオンワールド>だって一緒にやってるし』


「仲が悪いとは言わないよ。でも小さい頃は喧嘩だってよくしたし、<ミリオンワールド>にしても私より千代ちゃんと遊んでることの方が多いでしょ。兄弟姉妹なんてそんなものだって。っていうかさ、悠司」


『な……、なにかね?』


「そろそろ妹離れをしてもいい頃ってことなんじゃない?」


『グハァッ!!』


(悠司にクリティカルヒット! 99999ダメージ! な~んて)


 ただまあ――と弥生は考える。里見家の事情を考えると、悠司が大袈裟に考えるのは無理もないのかもしれない。里見家は結衣という存在を共通で可愛がることで、家族が強く結びついたという経緯がある。無論それだけではないのだろうが、結衣が重要なファクターであったのは事実だ。


 そうやって積極的に結衣をかまった結果、立派なシスコンが二人誕生してしまったのである。なのであの二人にいきなり妹離れしろと言っても、それは無理な話だろう。


 あまり攻撃ばかりしていては悠司がチカラつきてしまいそうなので、弥生はこの辺で助け舟を出すことにした。


「まあ、早く仲直りしたいなら事の発端になったゲームで遊べばいいんじゃない? 事情を話せば、清歌も貸してくれると思うよ? あ、でも……」


『ああ。結衣にはまだちょっと難しいかもなんだよなぁ……。ついでにいえば、普通に誘って結衣が遊んでくれるかどうか……』


「ナニこのシスコン。ちょ~メンドクサイんだけど?」


『メンドクサイとはなんだ、メンドクサイとは。……って、あ、ちょっとスマン』


 唐突に悠司が会話を切る。耳を澄ますとどうやら悠司の部屋に香奈がやって来て、何事かを話しているようだ。


 一体何が起きているのかと思っていると、「ちょ、姉さん」という悠司の慌てた声が聞こえた後で、


「そういう訳で弥生ちゃん、あなたにも協力して欲しいの!」


 と、割と切実な声で、香奈からも頼まれてしまった。


 天井を見上げていた弥生はそっと目を閉じ、「これは逃げられそうも無いな……」と諦め半分に覚悟を決めるのであった。







 冬休みもあと二日となったその日、清歌は十一時過ぎに何かあると溜まり場になることが恒例になりつつある、ファミレス“マリオン”を訪れた。相変わらず清歌が店に入ると、主に店員がワタワタするところが気の毒と言うかなんと言うか。


 店内をざっと見渡すと、弥生がこちらを向いて手を挙げているのをすぐに見つけて移動する。


「こんにちは、弥生さん」「うん、こんにちは~。今日はありがと、清歌」


 席に着いた清歌は、弥生の顔を見て何か妙にホッとしてしまい、思わず微笑む。


「うん? なに、清歌?」


「ふふっ。ほんの数日間ですけれど、弥生さんに会うのが久しぶりのような気がしてしまいまして。それがおかしいな、と」


「あ~、私もなんか久しぶりだな~って思った。考えてみれば夏休みからこっち、ほぼ毎日顔を合わせてたからね」


「はい、そうですね」


 本日の目的は“結衣のご機嫌取り大作戦(香奈&悠司命名)”である。


 結局、三日の電話で弥生は里見姉弟に押し切られ、結衣のご機嫌取りに協力させられることとなったのである。弥生と悠司から連絡(グループコール)を受けた清歌は、弥生と同様「時間が解決してくれるのでは?」という反応をしたのだが、弥生一人に任せるつもりもなかったので結局協力することにした。


 ちなみに絵梨と聡一郎にも、この計画――という程のものでもないのだが――については話しているが不参加である。絵梨は両親の田舎に、聡一郎は実家に帰省しているのである。まあ、絵梨の場合は、結衣のご機嫌取りが目的なのに初対面の人間がいるのは不味いので、帰省していなくても不参加だっただろう。


 ともあれこれから悠司たち三人もここに来て、先ずは一緒に昼食をとり、次に駅前にある大型家電量販店に行ってボードゲームを買い、里見宅へ帰って皆で遊ぶというコースの予定である。


取り敢えずドリンクバーを注文した二人は、それぞれ飲み物を取ってきた。


「ほんとにゴメンね。変なことに巻き込んじゃってさ……」


「挨拶回りも終わりましたし、特に予定も入っていなかったので大丈夫ですよ。それに弥生さんが謝る事ではありませんよ」


「まあ、そうなんだけどね~」


 それは分かっていても幼馴染が迷惑をかけてしまったのだから、申し訳ない気持ちになってしまう。弥生というのはそういう子なのである。


「話の経緯を考えますと、大晦日から元旦まで私たちが一緒だったことも原因になっているようですから、責任という意味では私も弥生さんと同じですよ」


 清歌の言葉に弥生が曖昧に頷いた。


「だったら絵梨と聡一郎も同じなのに……。上手く逃げたよね、ホント」


「ふふっ。帰省のタイミングが良かったですね」


「って言うかさ、責任云々の話をするなら、やっぱり一番問題だったのは結衣ちゃんの前で不用意に話をしちゃったところだと思うんだ」


「不可抗力という事でしたけれど、確かにそうですよね。ただ、いずれにしても少し時間を置くだけで解決すると思うのですけれど……」


「そう! そうなんだよ~。兄妹なんだから喧嘩くらいするって何度も言ったんだけど、香奈さんまで一緒になって泣きついてくるもんだから断り切れなくって……」


「え? 生徒会長まで一緒になって、ですか?」


「うん。悠司が電話してるのに気づいたらしくって、部屋に乗り込んできたみたい。その後は一つのスマホを二人で代わる代わる話して、もう何が何やら……」


「そこまで必死になるほどの問題とは思えないのですけれど……」


「だよねぇ~」


 二人は顔を見合わせて互いに力なく笑うと、同時に溜息を吐いた。


 実のところ清歌も弥生も、悠司たち三人と一緒に遊ぶことについては、特に嫌だとか面倒だとか思っているわけでは無い。ただ悠司と香奈の感じている危機感や焦燥にどうにも共感できず、なんとな~く気乗りがしないのである。


 悠司たちと合流する前にこうして二人でお喋りしているのは、ある意味そういったモヤッとする感情のガス抜きを先にしてしまおうという事なのである。


「それにしても……、こういう時に相談を持ち掛けられるのは、やはり弥生さんなのですよね」


「えっ!? いや、でもだって今回は悠司からだし……」


「今回はそうですけれど、例えば学校でも弥生さんは、色々と相談されることがありますよね? そういうところ、いつも凄いなって思っています」


 基本的に唯我独尊で面倒見がいいわけでもない清歌は、そういった相談事を持ちかけられることは皆無と言っていい。なので弥生のそういう人望のある所を、常々凄いなと思っているのだ。


 もっとも適材適所というものがあるので、自分には絶対にできないと確信している清歌は、弥生のようになりたいと思っているわけでは無い。


 ちなみに清歌には余人にはない溢れんばかりのカリスマ性はあるので、トラブル解決の切り札的に担ぎ出されることはしばしばある。今回の一件もそういう側面があるし、中学時代の副会長職はある意味それを役職としたものといっていいだろう。


「そ、そうかな? ありがと。……でも正面切って言われるとちょっと照れるね」


 取り敢えず愚痴も出し尽くし、その後二人は二日以降何をやっていたのかや、これからの学校行事について話をしながら悠司たちを待った。


 そして悠司と香奈、本日の主賓である結衣がやって来た。


 ファミレスに入って来た時点では、まだ少々ご機嫌斜めの様子だった結衣が、清歌と弥生の姿を見てパッと表情を輝かせた。


「わー! 今日は弥生ちゃんと清歌さまも一緒なの!?」


「「「清歌さま(・・)!?」」」


「こんにちは、結衣ちゃん。取り敢えず座りましょうか?」


「はーい!」


 なぜか“さま”付きで清歌を呼んだことに姉たちが硬直するのをよそに、元気よく返事をした結衣が清歌の正面の椅子に腰かける。


 全員が席に着いたところで、香奈が代表して結衣に問いただす。


「ねえ結衣。何で黛さんの事を“さま”なんてつけたの?」


「だってお姫様には“さま”をつけなくちゃ。この前読んだマンガだとそう書いてあったもん!」


 どうやらマンガの影響を受けて、そんなことを言い出したらしい。悠司と香奈が視線で伺って来たので、清歌は苦笑気味に軽く肩を竦めてみせた。さま付けくらいなら、中学の時にはしょっちゅうだったので何も問題は無い。


「んじゃまあ、先ずは昼ご飯を食べてからだな」


「さんせ~い」「そうですね」


 今回は悠司と香奈が報酬として昼食を奢ってくれるということなので、清歌と弥生は遠慮なく、予算ギリギリのメニューを狙って注文したのであった。




 昼食を食べた後は予定通りのコースを辿り、里見宅に行ってからは買ってきたボードゲームで夜まで遊び倒した。さらに悠司の母親からの誘いで、夕食も一緒にとることとなり、始終ご満悦だった結衣の機嫌はすっかり元通りになる。


 こうして“結衣のご機嫌取り大作戦”は、大成功に終わったのであった。




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