表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第十章 凛&千代、参戦!
146/177

#10―16




「ついに……、ついにこの時が来たね!」


「はい。どうにか今年中に達成できましたね」


「だいたい五か月ってところか。長かったような、そうでもないような」


「ま、これだけを待ってたわけじゃないものね」


「うむ。しかし心待ちにしていたのも事実だ」


 十二月二十六日。マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の七人は、ホームの浮島に集まっていた。


 初期メンバーの五人は妙に――それこそクリスマスイベントの時よりも――テンションが高い。年少組の二人も楽しみにしていたことなのでワクワクしているものの、清歌たちのようにずっと待ち望んでいたわけでは無いので、それほどのテンションでは無いようだ。


 さて、彼女たちがこれから何をするかというと、飛夏の三つ目の変身であるビークルが遂にお披露目となるのである。




 昨日まで開催されていた“クリスマス・イルミネーションレイド” の報酬は、単純に経験値とお金だった。討伐タイム、点灯させたイルミネーションの数、メンバー全員の死に戻り総数などから産出される基本スコアに個々人の貢献度スコアが上乗せされ、報酬として配布されたのである。


 レベルが統一された状態で挑戦するシステムからも分かるように、このイベントは先行プレイヤーと後発プレイヤーが気兼ねなく一緒に遊べるようにという開発・運営側の意図があった。なので報酬にもその意図が反映されていて、低レベルの参加メンバーがゲットできる貢献度ポイントは、同じ行動をした高レベルプレイヤーよりも若干上乗せされるようになっていた。


 事前に公表されていた報酬のシステム以外にも、隠し要素として特殊な条件を満たすことによって得られるボーナスがあり、リザルト表示を詳しく読むとそれらに関する記述があった。清歌たちが獲得したものでは、スノーマンがカップル(推定)を執拗に追い回したこと――カップルがやられてしまうと加算されない――や、ターキーの尾羽攻撃を封じたことなどがこれに当たり、特に後者は大量のボーナスを獲得できていた。


 ちなみにマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)はイベント開催期間中、しっかり毎日挑戦しており、当然学校のクリスマスパーティーに参加した二十四日も、ダンスパーティーの後にしっかりログインしイベントをクリアしている。なお、この時当たったボスは偶然にも“丸太”で、討伐後にその日二度目のブッシュドノエルをしっかり食べる女性陣を見て、悠司と聡一郎は若干呆れつつ「VRでも別腹というのだろうか?」などとあまり中身のない議論をしていた。


 ともあれイベントに参加したプレイヤーの平均を大幅に上回る経験値とお金をゲットした清歌たちは、めでたくレベル五十に到達したのである。




 清歌の元から離れた飛夏が、ふよふよと花畑の中央辺りまで移動してこちらに向き直る。


「それではヒナ、お願いね」「ナッ!」


 清歌の呼びかけに飛夏が自信ありげな返事を返す。次の瞬間、音も無くにゅにゅっと飛夏の身体が膨らみ、まさにモーフィングとしか言いようのない変形をして、やがて完成した。


 丸っこいキャビンに、これまた丸っこいボンネットがくっついているという全体のフォルム。天井部分の両サイドからは小さな羽が生え、後ろにはモコモコした尻尾が生えている。そして太くて短い脚がちょうど自動車の車輪がついている辺りから生え、大地を踏みしめていた。


 プレビュー画像でこの形になるのは分かっていたことなのだが、やはり実物を目の当たりにするとそのインパクトはすさまじい。七人はその場から動くことなく、思わず感嘆の声を漏らしていた。


「ナ~ッ!」「ふふっ、素敵ですよ、ヒナ」


 ドヤ顔をする飛夏に笑顔を返した清歌がすぐ傍まで近づき頭をナデナデすると、飛夏は嬉しそうに大きくなった頭を清歌に摺り寄せる。飛夏の特徴は残しているものの、全体的な印象は自動車以外の何物でもないので、それが動いて少女にじゃれついている姿は見ていてかなり面白い。


 清歌が動いたことで硬直の解けた弥生たちも飛夏へと近づき、ぐるっと見て回ったり、あちこち手で触れたりする。


「手触りは相変わらずモフモフで気持ちいいね~」


「はい。それでこそヒナですからね~」


「ナナ~」


 清歌と弥生に頭をなでなでされるヒナが、気持ちよさそうに目を細めている。大きな尻尾もゆらゆらと揺れてとても嬉しそうだ。


「それにしても、どう見ても自動車っぽいのはどうしてなのかしらね?」


「それは……、たぶん窓があるせいじゃないか? これが無いとたぶん巨大化したヒナに……」


その言葉に答えるように窓――窓ガラスはないのでただの開口部だが――が閉じる。


「……なったなぁ」「……なったわねぇ」


 相変わらず器用な真似をする飛夏に、絵梨と悠司が唖然とする。もっともコテージの時にも同様のことはやっているので、これくらいはできて当前だ。


「ふむ、なるほど。確かにこうなると飛夏が巨大化したようにしか見えんな。……少々バランスは変わっているが」


 二人の反応に満足した飛夏が再び窓を開く。再び自動車に見える姿になったところで、待ちきれなくなった凛が声を上げる。


「ねね、お姉ちゃん、早く乗ってみようよ~」


 どうやら口には出さないだけで千代も同じ気持ちらしく、両手を握ってウンウンと頷いている。


「待った待った! こういうのはご主人様である清歌が一番先じゃないと」


「あ、そっか。ごめんなさーい」


 しゅんとする素直な凛と千代に清歌は微笑む。


「ふふっ、ではお言葉に甘えて。ヒナ、ドアを開けて」


 清歌の言葉に応えて、キャビンの側面がペロンと手前に開き階段状に変形する。どうやらこの辺りもコテージと同様のようだ。ちなみにビークルモードのヒナは脚がある分、一般的なセダンタイプの車よりかなり車高が高いので、階段があった方が乗り降りに便利なのは間違いない。


 ただ窓はにゅにゅっと広がるように開いたので、ドアも同じようになるのではツッコミ待ちしていた弥生と悠司は、肩透かしを食らって内心でちょっとだけガッカリしていた。


 さておき、清歌はクッションのような反発を返す階段を上りビークルの中へと入り、運転席(日本車での)に当たる場所に座った。コテージと同様、極上の座り心地のシートで、これならば快適なドライブが楽しめそうである。


「ねえ清歌~、中はどんな感じ?」


「座った感じはコテージと全く同じですね。乗り心地は……そうですね、ちょっとホームをぐるっと回ってみますね」


「オッケ~。みんな、ちょっと離れよう!」


 弥生の指示に従い、飛夏を囲んでいたメンバーが場所を空ける。


 仲間たちが見守る中、清歌を乗せた飛夏が全く役に立っていないであろう翼をパタパタさせて一メートルほど浮き上がると、音も無く花畑から飛び立つ。ゆっくりと飛ぶ姿はいつもの飛夏そのもので、どこか暢気で和む空気を作っている。少なくともビークルとか、ドラゴンとかいう言葉が思い浮かぶ光景ではない。


 予告通り花畑から飛び立った飛夏は大きく円を描くように飛び、再び花畑へと戻ってきて着地した。


 ドアがペロンと開いて、清歌が飛夏から降りる。


「とても良い乗り心地でした。飛行機のような震動も音もありませんし、外から風も入ってきませんし」


 窓ガラスの無いただの開口部なので、もしかするとオープンカーのような感じになってしまうのかと思いきや、そんなことは全く無かった。ちなみに何故か外の音はちゃんと聞こえるという、かなりミステリーな仕様である。


 なんにしても清歌(ご主人様)によるテストフライトは済んだ。次は全員を乗せて遊覧飛行と洒落込みたいところだが、このままでは詰めて乗っても六人――前の座席も繋がっているのだ――がギリギリだろう。すなわち、飛夏には例のビミョ~に危険な香りのするリムジン形態に変形してもらわねばならないのだ。


「ではヒナ、お願いね」「ナナッ!」


 元気よく鳴いた飛夏が再び変形を始め、キャビン部分がにゅ~っと後方に伸びてちょっと大きめのワゴン車くらいの大きさになる。先ほどまでの丸っこいフォルムは、ヌイグルミ的な意味でまだ動物っぽい感じだったが、今の姿はれっきとした乗り物に見える。


「お~……、実物はやっぱり結構大きいね~」


「ああ。っつーか、やっぱこれはリムジンっつーよりもアレ(・・)……だよな?」


「そ……そね、リムジンって提案したのって私だったと思うけど、確かにこれはアレ(・・)に似てるわねぇ……」


「ふふっ……そうですね。ただ、あちらよりもヒナの方が大分小型だと思いますよ? あちらはマイクロバスくらいの大きさはあるはずですから」


 そんな風に清歌たちが様々な事情を鑑み、慎重に固有名称は伏せて会話をしていたにも関わらず、恐れを知らぬ勇者が約二名いた。


「すごいすごーい! これってアレだよね、ちーちゃん!」


「うん! 絶対、アレに間違いないよ!」


 凛と千代が顔を見合わせて一つ頷くと、息を大きく吸い込んだ。


「「ネコバs……」」「やめなさいっ!」「それ以上は駄目ですよ!」「「ふぎゃっ!」」


 かの有名なキャラクターの名前を叫ぼうとした二人を、弥生が妹の頭をぺしんと叩き、清歌が千代の頭に軽く手刀を落として制止する。どうやら災厄は未然に防がれたようだ。


「まったくも~、凛だけじゃなくて千代ちゃんまで……。そういうのは思っていても、口に出しちゃいけないんだよ。このモードはリムジンって呼ぶ事に決めたんだから。分かった?」


「まぁ、明らかにネタとして仕込まれてるんだから、開発もツッコミ待ちしてるような気もするがな」


「そういえば……、あの映画のお姉さんの名前も弥生と同じ月の名前だわ。奇妙な符合よね」


 弥生がお姉さんらしく妹たちに注意していたところを、悠司が余計なことを言って混ぜっ返し、更に絵梨が追い打ちをかける。弥生はガックリと肩を落とし、二人に抗議のジト目を向けた。


「あのね~……。っていうか、二人ともさっきまでは固有名詞は伏せてしゃべってたじゃない」


「あら、これは失礼」「まあ、そこは一応な」


 そんなやり取りに清歌はクスリと笑うと、別方向からのアプローチで弥生を援護する。


「こう見えてヒナは竜ですからね。ネコ呼ばわりすると、ヒナに嫌われてしまうかもしれませんよ? だから二人ともその固有名詞は出さないように、ね」


「は~い」「分かりました、お姉さま」


 素直に返事をする二人に、弥生がホッと一息つく。初めてホームへ連れて来た時もそうだったが、この二人は勢いのままに危険な台詞を口に出すところがあるので注意が必要である。


 ――と、ここで元ネタが分からずに会話から取り残されていた聡一郎が口を開いた。


「ところで、そろそろ乗ってみたいと思っているのだが……」


「あ! そうだよね、ごめん。清歌、お願い」


「承知しました。ヒナ、ドアを開けて」


 車体の真ん中辺りにペロンと開いたドアから、一人ずつ順番に乗り込んでいく。


 弥生たちが想像していたよりも車内はかなり広く、ゆったりとしたシートが二×四列という並びになっていた。取り敢えず清歌が運転席の位置に、弥生が助手席へ、その後ろに悠司、更に後ろの列に聡一郎と絵梨が、最後尾に凛と千代が座った。


 七人が腰を落ち着けたたところでヒナが花畑を飛び立つ。今度は浮島の外周をぐるっと回るコースで二度目のテストフライトである。


「わ~、確かにすっごい快適! 全然揺れないし、椅子の座り心地も極上だし」


「そーだなー。飛行機どころか、自動車とか新幹線と比べても圧倒的にヒナの勝ちだな、こりゃ」


「そういえば私、飛行機ってまだ一度も乗ったことないのよね。そんなにうるさいものなの?」


「うむ。座席の位置にもよるが、エンジン音がかなり煩い。あと飛び立つまで結構震動があるのだが、飛夏の場合はそれも無かったな」


「わ~、本当に飛んでるよ……、ちーちゃん」


「うん、飛んでるね……。飛行機っていうよりも、気球に似てるかも……」


 文字通り現実離れした快適さに一同が感嘆の声を上げた。


 この後、シートの配置を自在に変えられる機能を使い、側面に長椅子のように配置してみたり、椅子を全て無くしてフルフラットにしてみたりと、清歌たちは色々と試してみた。また開口部についても、風をどの程度遮断するか調整できるようになっており、外の風を少し入れたいなどという要望にも対応できることが分かった。ちなみに天井に窓を開けることも可能だ。


 まさに至れり尽くせりの快適な旅ができる移動手段である。


「あのさ……、折角だからちょっと遠くまでドライブしない?」


 弥生の提案に全員が賛成する。ようやく使えるようになったビークルモード、遠出したくなるのはむしろ自然な流れである。


「それは名案ですね。目的地はどこにしましょうか?」


「このままイツキの上空を飛んでもいいが……、目的地って感じじゃないよな」


「「じゃあ、山の上の病院!」」


「フフフ、トウモロコシを持っていくのよね」


「も~、だからそれはもういいから……。ってか、どこにあるのよソレ」


 再びネタを突っ込んで来る妹たちと絵梨に、弥生が脱力する。ちゃんと“トウモロコシ”と言っているところが、絵梨の良心――なのかもしれない。


「ふむ、ならば一度スベラギに戻るか? サバンナを南下して海岸を目指すというのはどうだろう?」


「あら、いいんじゃないかしら? ついでにポータルの位置も確認できるかもしれないし」


「なるほど。異議のある人~? よし、じゃあ目的地はスベラギの南端ってことで、一旦戻ろう!」







 スベラギへと戻ったマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の一行は、正門から出てから人目の付かない場所へと移動し、そこで飛夏のバs――もとい、リムジンに乗り込んで一路南へ向かった。


 結局空を飛べば他の冒険者たちに見つかるのでは? という点については、清歌が飛夏の脚が埋まるくらいの雲をコミックエフェクトで作って、一応目隠しすることにした。とはいえ高度二十メートル程を飛んでいるので、そんな高さに雲があるわけも無く、少しでも気に留める者がいれば本物の雲ではないことなどすぐにバレてしまうだろう。


「じゃあこの雲には意味ないんじゃないですか?」


「そうでもないわ。私たちのギルドとヒナはイベントなんかでちょっと目立っちゃったから、割と知られてるのよね。リムジンモードになってもヒナだっていうことは一目瞭然だから、姿を隠すことができるのはそれなりに意味があるの」


 凛の疑問に絵梨が答える。実際は“ちょっと”どころでは無く目立っているし、割とどころか掲示板で話題が出ることもしばしばなのだが、彼女たちの認識はその程度なのである。


 さておき、現在リムジンはのんびり南下を続けており、清歌たちは飲み物片手におやつを摘まみつつ、眼下の景色を楽しみながら雑談に興じていた。ちなみに座席の配置などは、最初に乗り込んだ時と同じに戻している。外の景色を眺めながら移動するには、この配置が無難だったからだ。


「なんだかサファリパークみたいな感じだね。はい清歌、ポッ〇ー」


「ありがとうございます。もっと低い高さを飛べばサファリパークそのものという感じですね」


 お菓子をやり取りしながら弥生と清歌がそんな感想を言い合う。余談だが、この有名お菓子は企業とのコラボで味や食感などが完璧に再現されているものであり、ちゃんと実名で販売されている。


「そういや遠足で行ったなー、サファリパーク。小一だっけ? っつーか、今考えてみると……何でサファリパークだったんだろうな? 普通は動物園じゃね?」


「……あれ? そういえばそうだよね??」


 幼馴染の二人が首をひねる。小学校低学年の遠足で動物園は定番と言っていいだろうが、サファリパークというのは変化球かもしれない。


「それはアレじゃない? 引率が楽なのよ、きっと。動物園だと子供たちがどこ行くか分からないけど、サファリパークならバスに乗ってるだけだものね(ニヤリ★)」


 真偽のほどはさておき、何やらもっともらしい理由を黒い笑みを浮かべながら絵梨が語る。


「お姉ちゃん、私の時はサファリパークでも動物園でもなかったよ。ふれあい牧場ってとこに行った」


「それって動物に餌を上げたり、乗馬ができたり、羊の毛刈りを体験できたりするっていうアレの事?」


「羊の毛刈りはやってなかったけど……多分ソレ。私はポニーに乗せてもらったよ」


「ふむ……教育方針が変わったという事だろうか?」


「そね。動物との触れ合いが情操教育に良い効果があるとかなんとか……言いそうな事よね。ソーイチはどっちだったの?」


「俺は動物園だった。……が、正直言ってあまり記憶にないな」


「小学校低学年の頃だものねぇ……。そういえば千代ちゃん、清藍の遠足はどんな感じなの?」


 絵梨が後ろの座席に座っている千代の方を振り返って尋ねる。胡麻のお煎餅を齧ろうと大きな口を開けていた千代が口を閉じ、照れ笑いを浮かべながら答えた。


「清藍の遠足も動物園です。多分小学校低学年の遠足は、どこの学校でも似たようなものだと思いますけど……」


「ああ……、たくさんの子供を連れていける場所なんて限られてるから、それもそうよね」


 と、ここで全員の視線が、まだ遠足の話題について語っていない清歌の方へ向かった。単に小さい頃の清歌が想像できないというのもあるが、このスーパーお嬢様が他の子供たちと一緒に遠足で動物園に行くというのが、どうにも違和感があるというかしっくりこないのだ。


 スティック状のチョコ菓子を上品に齧っていた清歌が視線に気づき、少し困ったような表情で皆の疑問に答えた。


「私の場合、小学校時代は日本と海外を転々としていたものですから、いわゆる課外授業の類はほぼ全て参加していません。……そういえば、日本の動物園には行ったことが無いですね」


「「「ええ~~っ!」」」


 意外な清歌の言葉に弥生たちが声を上げる。しかし良く考えてみれば、そうおかしな話でも無いだろう。


 動物園というのはごく一部の観光スポットとして有名なものを除けば、よほどの動物好きでも無い限りは子供の頃か、さもなくばも結婚して子供ができてからでもなければ、あまり縁のない場所だ。デートスポットとしても水族館やテーマパークなどよりも一段落ちる印象がある。あとは妙な行動をする特定の動物がネットで有名になるとか、パンダの赤ちゃんが生まれたとかで話題になった時に行ってみるくらいだろうか。


 実際、弥生も小学校の遠足と、凛が幼稚園の頃に家族で行ったくらいしか、記憶にない。その頃を外してしまった清歌が、日本の動物園に行ったことが無いというのは、ある意味で当然とも言えよう。


「あれ? でもサファリパークは行った事があるんだよね?」


 弥生は先ほどの会話のニュアンスでそう思っていたのだが、間違いだったのだろうか?


「正確にはサファリパークではなく、サファリツアーになら行ったことがありますよ」


 聞けば清歌は、放し飼いにされている動物園ではなく、保護区に指定されている自然公園をガイドと一緒に四輪駆動車に乗り込んで巡るというツアーに参加したことがあるのだという。ちなみに拠点となる宿泊施設は、割としっかりとしたコンドミニアムで快適だったそうな。


 遠足で行った動物園の話から、いきなりスケールがまるで違う話を聞かされ、一同唖然とする。


「それっていったいどこのN〇Kスペシャルよ……」


「まあ……清歌嬢ならばリポーターにぴったりだろうが……」


「視聴率が鰻登りだろうなぁ……。しかしなんつーか、やっぱお嬢様は違うな……」


「いえ、あの……ですから清歌お姉さまは決してお嬢様の基準ではないので……」







 お嬢様と庶民のギャップを改めて感じたり、肉食獣型の魔物が草食獣型の魔物を襲っている光景に驚いたり、格上の魔物に挑んだ冒険者がぶっ飛ばされてお星さまになるところを見て思わず手を合わせたり――などなどのエピソードを挟みつつ、リムジンはスベラギの南海岸へと到着した。


 ちなみにここに来る過程で、おそらくアルザーヌへのルートであろうポータルは発見できた。


本来はポータルに辿り着く前に必ずフィールドのどこかで門番ボス的な魔物に遭遇するという話だったのだが、試しに清歌を除く六人でパーティーを組み、ポータルの真上から飛び降りてみたら、なんと普通にポータルを起動できてしまった。図らずもある種の裏技というか、抜け道を発見してしまったようである。


「う~み~だ~!」「海だねー!」


 何やら妙にテンションの高い凛と千代が、海に向かって海だと叫ぶ。喜んでいるのなら何よりだが、ビミョ~にアホっぽいその様子に姉は複雑な表情になる。


 スベラギの南海岸は全体的にゴツゴツした岩場になっていて、砂浜が見当たらない。なので磯遊びは出来そうだが、海水浴をしたりボートを出したりするのにはちょっと向かない感じだ。もっとも海水浴に関しては、そもそもスベラギはそれほど暖かくは無いのでどちらにしても出来なかっただろうから、さほど問題ではない。


「風が気持ちいいですね」


「うん、そうだね~。……凛~、千代ちゃ~ん、あんまり遠くに行っちゃだめだよ~」


 岩場を歩いてどんどん海の方へ近づいていく二人に、弥生が注意を促す。


「大丈夫だよ~」「ちゃんと足元には気を付けていますから~」


「そうじゃなくって、海に魔物が居るかもしれないでしょ~!」


 弥生の呼びかけに二人はピタリと動きを止め、回れ右をすると慎重に引き返してくる。すっかり海に遊びに来たつもりになっていたようだが、ここは<ミリオンワールド>である。水棲の魔物が海から襲撃してくる可能性も十分にあるのだ。


「そうだよね、海にだって魔物がいるかもしれないんだよね……」


「遠くに浮島が見えてるのに、ここがファンタジー世界だってこと忘れてたね……」


 年長組の傍まで戻って来た凛と千代が反省を口にする。


 と、その時、沖の方で巨大なカジキマグロのような魔物が海面から大きく跳び上がった。水飛沫を上げて再び海の中に消えていったそれは、長く伸びた角を持つシルエットこそカジキマグロっぽかったが、あちこちがトゲトゲしている上にメタリックな光沢のある魔物であった。


「やっぱり海にも魔物っているのねぇ……」


「そうだなぁ……。これじゃあボートで釣りに出たりってのは難しそうだな」


「あれ? 悠司、釣りなんてやってたっけ?」


「いや。……ただRPGで釣りは定番だからな。まあ、俺らの場合は清歌さんとヒナにお願いして沖に出るっていう手もあるがな」


「あ~、なるほど。……ヒナで沖に出るといえば遠くに浮島が見えるけど、流石にあそこまでは無理そうだよね」


 この海岸から見える浮島はどれも霞むほどに遠く、残念ながら仮にログイン時間をめいっぱい使ってもたどり着けそうもない。もっとレベルを上げれば出来るようになるかもしれないが、少なくとも今は不可能だ。


「みんな、島があるぞ」


 海岸についてからずっと観測双眼鏡を覗き込んでいた聡一郎がそんな報告をする。


「分かってるわ。でもちょっと遠すぎるのよねぇ」


「いや、あの浮島の話ではなく、普通の島の話だ。そう遠くない場所に砂浜とヤシの木がある、小さな島がある」


「「「えっ!?」」」


 浮島にばかり目を向けていたが、どうやら普通の島ならば割と近場にもあるらしい。弥生たちも双眼鏡を覗いてみると、確かにそこには小ぢんまりとした島が映っていた。そこにあると分かっていれば、よく目を凝らせば目視でも確認できるほどの距離である。


 そんなわけで急遽目的地が追加され、リムジンに乗り込んだ一行はその小さな島へと向かった。




 辿り着いた島は、彼女たちのホームほどの大きさの島で、その半分ほどが砂浜になっており、ヤシの木が三本生えていた。白い砂浜に打ち寄せる波はエメラルドグリーンで、まるで南国のリゾートのようだ。


 そしてどうやら小さくともここは一つの(ワールド)という扱いのようで、スベラギからさほど離れていないにも関わらず、ポカポカと温かい夏の陽気だった。


「この島にはちゃんとポータルがあるんだな。ホームの時とは違って」


「そうだね……って、あ、私のところにメッセージが来た。この島を占有するためのクエストを受けるか、だってさ?」


 弥生の問いかけに一同が沈黙する。南国リゾートのようでたまに来てのんびり水遊びするのにはいいかもしれないが、敢えて占有したいと思う程に魅力がある場所ではない。


「念のために聞くけど、ポータルを使えばここにはいつでも来れるのよね?」


「うん、そうみたい。最初に到達した私たちが占有クエストを放棄すると、他の島と同じ扱いになるんだって」


「だったらわざわざクエストを受ける必要は無いんじゃないかしら? どうせ暫くは私たち専用の島になりそうだもの」


「あ~、やっぱりそう思う? みんなもそれでいい? じゃ、クエストは放棄ってことで……ぽちっと」


 全員が頷いたのを確認した弥生は、クエストを放棄する操作をしてウィンドウを消した。


「さて……、じゃあどうする? せっかくだから海水浴でもするか?」


 遠浅の海は見通しが良く、見える範囲内には魔物の姿は見られない。この陽気ときれいな海の組み合わせとくれば、海水浴をしない手は無い。ちなみに水着は夏のイベントの時に購入しておいたもの――結局は使わなかったのだが――がある。


「え~っ!? 私たち水着持ってないよ?」


「それなら大丈夫だよ、いくつか予備があるから」


「お姉ちゃんのじゃサイズが……って、そっか、ここってゲームだからサイズは自動的に合うんだっけ」


 姉の胸のあたりにジト目を向けた凛が、サイズに関しては問題ないことに気付く。ついでに言うと、着替えに関しても装備を付け替えるだけでいいので、更衣室などが無くても問題ない。


「では、ついでにバーベキューもしましょうか。これも海水浴の定番でしたよね?」


 そう言って清歌がアウトドアで使うバーベキューセットを取り出した。これは収穫祭イベントの後で、こういうのもあったらいいかもと思い、食材と合わせて購入しておいたものである。


「お~、用意が良いね、清歌! じゃあ、今日は目一杯海で遊ぶとしよう!」


「「「お~!」」」


 こうしてマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の一行は、現実リアルで考えれば季節外れも甚だしい、海水浴&バーベキューを時間いっぱいまで楽しむのであった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ