#10―15
黄昏時。校舎が夕闇に包まれ始めるとともに、少しずつ喧騒がおさまっていき、逆に今までとは異なる熱気が満ちていく。ダンスパーティーに参加する者たちがパートナーとペアを組み、その時を待っているのだ。
いったん学校の外に出ていた参加者たちも戻ってきて、私服ではない生徒たちもそこかしこに見られる。恐らく駅前などに繰り出して、放課後デートしてきたのだろう。クリスマスという事もあって、特に女子はなかなか気合の入ったおめかしをしている。
ちなみに百櫻坂高校は割合でいえば徒歩通学よりも電車通学の方が多いので、着替えを持参し、更衣室で着替えてから出かける者も少なからずいる。校則では認められていない行為ではあるのだが、クリスマスイブというこの日に限っては教師も生徒会も寛大な心を持って見逃しているのである。
さて、そんなダンスパーティーまでの空白時間を利用して、暗くなってからでないと出来ないイベント――イルミネーションコンテストが行われている。
これは実行委員会から貸し出される電飾――LEDが連なっていて自在に曲げられ、その状態を保持できるものだ――を用いて、オブジェを作るというものである。なお、電飾のみで作っても、ツリーなどに飾り付ける形でもよい。
コンテストなので一番良かったものに一票入れるという形で投票が行われ、後日発表もされる。が、ぶっちゃけその結果を気にしている者は、出品した者も含めて殆どいない。年が明けて一月になってから、クリスマスパーティーでのことを言われても――という感じなのである。
「へぇ~、電飾だけでも結構立体的なものが作れるんだね。……なんか、<ミリオンワールド>のイベントの初日を思い出しちゃうね」
「あー、アレだな。3Dモデルをワイヤーフレーム表示にしてるみたいな感じだ」
「言われてみればそんな感じね。……でも、これって一応コンテストでしょ? クリスマスと全く関係ないモチーフっていいのかしら?」
絵梨が半ば呆れた声で指摘したように、オブジェのモチーフは必ずしもクリスマスに因んだものではない。例えば今年一世を風靡した芸能人や漫画・ゲームなどのキャラクター、サッカーボールや楽器といった恐らくは製作者の部活動に関連したもの、果ては来年の干支や鳥居といったどちらかというとお正月に関連したものまである。
もっともクリスマスに因んだものに限定してしまうと、どれも似たり寄ったりの作品になってしまいかねないので、これは致し方ないことなのかもしれない。
「コンテストっつってもダンスパーティーが始まるまでの繋ぎイベントだから、その辺はバリエーションがあって面白い……くらいで流していいんじゃないかね?」
「ふむ、それならばすぐにダンスパーティーを始めてしまえばいいのではないか?」
「あら、それじゃ駄目よソーイチ。だって清歌と田村さんが間に合わないじゃないの」
「……ああ、なるほどな。確かにその通りだ」
絵梨の物言いはこのグループだけの話ではあるものの、全体としての理由も同じことである。つまり様々な出し物を提供していた者たちが、ある程度の後片付けをして身なりを整え、パートナーと合流するための時間を確保する必要があるのだ。
そういった理由とちょうど暗くなってくる時間帯という事もあって、このコンテストと言うにはあまりにもゆる~い雰囲気のイベントが行われているのである。
ただ全体としての空気はゆる~くとも、どこにでも凝り性の人というのはいるもので、中には場違いな程気合の入りまくった作品というのもあり、そういったギャップも観る者を楽しませていた。
弥生たちが足を止めたのはとある作品群の前だった。一つ一つの作品はシンプルだが物語の一場面となっていて、全体を通してみると絵本のようになっているというものである。ただ、足を止めた理由はその出来栄えに感心したわけではなく――
「絵本をイルミネーションにするっつーのはいいアイディアだとは思うんだが……、なにゆえコレなんだ?」
「それは、ウサギにしろカメにしろモチーフとして作りやすいからではないか?」
「いやいやいや……、そういう事を言いたいんじゃなくてだな……」
「あとは誰でも知っている物語だからだろうな」
聡一郎のビミョ~にズレているものの割と納得できる回答に、悠司が頭を抱える。
そう、モチーフになっている物語は、誰でも知っている昔ばなしで、読んだ後には油断大敵とか、コツコツ努力する者が最終的に報われるといった教訓を得られる、ご存知“ウサギとカメ”である。
一応、強引にクリスマスに絡めようとしたのか背景にクリスマスツリーやリースが飾られていたり、ウサギが一休みしているところでケーキを食べていたりしていて、なにやらとてもシュールな作品になっている。
「ま、まあソーイチのいう事はもっともだけど、それにしたって……ねぇ?」
「う~ん……でもさ、さすがにウサギとカメはアレだと思うけど、クリスマスにまつわる誰でも知ってるお話って、何かある?」
「え? えーっと……そね、“賢者の贈り物”とかかしら?」
「あー、あれなぁ……」
絵梨が挙げた作品に悠司が同意の声を上げ、弥生と聡一郎はそれとなく視線を逸らした。
「あなたたちねぇ……。でもまあ、多分タイトルはともかく内容なら知ってるんじゃない?」
絵梨がかなり内容を端折ってざっくりとストーリーの説明をすると、二人とも「そんな話を聞いたことがあるかも……」という反応をする。
有名でかつ物語の内容も分かり易く思いやりのあるお話なので、これを下敷きにしたと思われる類似作も多々ある。あるいは弥生たちが読んだのはそちらの方で、それゆえに大元の作品名を知らなかったのかもしれない。
「っていうか絵梨が知ってるのは分かるけど、なんで悠司が知ってたのよぅ」
口を尖らせた弥生が八つ当たり気味に言うと、悠司は自分の家にその本があると答えた。ただ原作小説ではなく、絵本になっている方とのこと。
何故絵本なのか? という疑問は四人の元にひょっこり現れた人物によって、すぐに解消された。
「悠司くん、結衣が小さい頃に読み聞かせとかしてあげてたのよねー」
四人が声の主を確かめると、予想通り香奈が佇んでいた。彼女は青いドレス風ワンピースを身に着けショールを肩に掛けており、パーティーに出席するお嬢様っぽい出で立ちである。
「義姉さん……。唐突に現れて暴露するのは止めてくれまいか? だいたい読み聞かせは殆ど義姉さんがやってて、俺はあんまりできなかったじゃないか」
「そうだったかしら? まあ、ああいうのは早い者勝ちだから、仕方ないわね」
どうやら悠司が件の物語を知っていたのは、絵本を妹の結衣に読み聞かせた経験によるものらしい。ついでに言うと、妹に読み聞かせる役目を姉弟で争っていたようだ。
「……シスコン姉弟」
「シスコンで悪いか!」「シスコンでもいいじゃない!」
ボソリと呆れ混じりに呟いた弥生に、二人がノータイムで堂々とシスコン宣言を返す。――まあ、仲が良いのは結構なことである、という事にしておこう。
「……コホン。ところで生徒会長、そのお召し物はどうしたんですか?」
「あー、これね。私は制服で参加するつもりだったんだけど、生徒会の子たちと実行委員会の方から“それじゃあ私服の一般生徒よりも目立たなくなる”って言われちゃって……」
「「「「あー……」」」」
いわばホスト役として参加する香奈は、目立ってなんぼなのだから、実行委員たちの言い分は正しい。これは香奈だから特別にという訳ではなく、歴代の女性生徒会長は皆衣装を着て参加していた――写真がちゃんと残っているのだ――ので、香奈としても断れなかったのだ。なお衣装は自前ではなく、ダンス部の衣装を借りている。
余談だが、生徒会長が男子だった場合だと、殊更衣装を着るよう要請されることは無い。不思議なことにどういう訳か百櫻坂高校では、生徒会長が女子だった場合はアイドル的な扱いをされることが多いのだが、男子の場合はあまりそういう盛り上がり方はしないのである。無論、中には女子に人気のあるイケメンだったり、単に目立ちたがり屋だったりする男子生徒会長もいて、燕尾服などの衣装を着て参加することもあったようだ。
「ところで、なんで賢者の贈り物の話をしていたの?」
「あー、いや、そもそもの話はそっちじゃなくて……」
かくかくしかじかでと事の経緯を聞いた香奈は、ウサギとカメのイルミネーションを改めて見ると、小さくプッと吹き出した。
「今年はウサギとカメだったのね。まあ、確かにあんまりクリスマス向きじゃないかも」
「今年はってことは、去年もあったんですか?」
「ええ、去年はシンデレラだったわね。ストーリー仕立ての作品は毎年誰かが作っているみたい」
ちなみに去年のシンデレラは、魔法使いがサンタクロースになっていて、ドレスと招待状は魔法ではなくサンタからのプレゼントで、カボチャの馬車ではなくソリに乗せてお城まで送るという風にアレンジされていたとのこと。
シンデレラもまたクリスマスとは無関係の話ではあるが、少なくともウサギとカメよりは上手にアレンジされていたようである。
香奈は会場へ向かう途中にたまたま見かけた悠司たちに声を掛けただけのようで、少し話をしただけで慌ただしく去って行った。
香奈を見送ったまさにその時、弥生たちの背後が水を打ったように静まり返り、次いで徐々に動揺が広まるように騒めく。なんとな~く予感がした弥生たちは、振り返るのに思わず躊躇した。
「え~っと、これって多分……そうだよね?」
「他に理由は思いつかんわなぁ……」
「そね、タイミング的にもそろそろでしょうし……」
「気づかない振りをしていても仕方があるまい。リーダー?」
「……そうだよね。じゃあ、せ~ので振り返ろっか。……せ~のっ」
振り返るとそこには、長いワンレングスの金髪を後ろで一つに纏めた清歌が、チャコールグレーのスーツを当たり前のように着こなし、落ち着いた足取りで歩く姿があった。
この“当たり前のように”というのが重要で、スーツというのは制服と大差ない構成の筈なのにそれなりに着慣れていないと、なぜか“着せられている感”が漂うものだ。清歌の場合はそういった違和感が全く無く、実に自然である。
またどうやら歩き方についても、美しいフォームはそのままに少し男性的に、颯爽とした感じに意識的に変えているようだ。こうなるともう、パッと見では金髪イケメン外国人にしか見えない。
「ふわぁ~……」
ポッと頬を染めた弥生が思わず声を上げる。もっともそれは弥生に限った話では無く、この場にいる殆どの女子が多かれ少なかれ似たような反応をしていた。隣に彼氏がいる女子ですらそうであり、彼氏がちょっとお気の毒な感じである。
一方男子の方はというと、金髪で凄い美人なので清歌であることはすぐに気づき、男装して参加するという事は清歌と踊れるチャンスは無くなってしまったと、がっくり肩を落としていた。一部で隣のパートナーから肘鉄を食らっているのは、自業自得というものであろう。
「お待たせしました、皆さん。時間はまだ大丈夫だったようですね」
「うん、大丈夫大丈夫。それにしてもスーツ、良く似合ってるよ。蝶ネクタイがちょっと可愛い感じだね」
「ありがとうございます。ネクタイも用意していたのですけれど、少し堅苦しくなってしまう気がしたので、こちらにしてみました」
「良いんじゃないかしら、似合ってるわよ。それにしても……」
絵梨が二歩ほど離れて清歌の全身を見直して、何度も納得したように頷いた。
「フフ、やっぱり私の持論は正しかったようね」
「持論? って何のこと?」
「あくまでも私が個人的にそう思ってるってだけなんだけど、日本人顔に蝶ネクタイって似合わないって思ってたのよ。清歌には良く似合ってるのを見て、あーやっぱりなーって思ったのよ」
絵梨の持論とやらを聞き、弥生はテレビのドラマやバラエティなどで蝶ネクタイを身に着けている者の姿を思い出し、そういえばあんまり似合ってなかったなと思った。ちなみにテレビ画面越しなのは、身近で蝶ネクタイをしている人物を見たことが無かったからである。
(……そうだ、せっかくだから絵梨の持論を試してみよう!)
弥生は良いことを思いついたと、パチンと手を合わせた。
「ね、清歌、その蝶ネクタイって簡単に付けられるタイプ? だったらちょっと悠司に貸してあげてくれないかな?」
「ええ、構いませんよ。どうぞ、悠司さん」
「…………なんとな~く嫌な予感がするんだが、遠慮するっていう選択肢は……」
「無いよ!」「無いわね!」「無いですね!」
三人娘が声を揃えて選択の余地が無いことを宣告する。相変わらず妙なところで息がピッタリである。
やはり無駄な抵抗だったかと肩を落とした悠司は、こういうことは諦めが肝心と覚悟を決め、自分のネクタイを外した。清歌が手ずから蝶ネクタイを付けてくれたのは、ちょっとした役得だと思っておこう。
「「「「………………」」」」
清歌が身に着けている分には特に違和感も無く、ちょっと遊び心のあるお洒落という感じだった蝶ネクタイが、何故か悠司が着けた途端にコミカルなというか三流芸能人っぽいというか――とにかくネタ臭が漂う印象になってしまっていた。
絵梨の持論を証明するイケニエとなった悠司は、四人の反応を見て「やっぱりか~」とでも言いたげな、げっそりとした表情をする。
パシャリ!
「ちょっ、まっ! 弥生さんや、その写真をどうするつもりかね?」
「えっ? いや~、ある意味良く似合ってるから、香奈さんと結衣ちゃんにも見せてあげようかな~……なんて?」
弥生はテヘッという悪戯っぽい笑みを浮かべ、撮影した写真を映した認証パスを悠司に見せる。
「……確かに似合ってないわな、こりゃ」
「あ、納得しちゃうんだ」
「まぁなぁ……。武士の情けだ、その写真は消してくれ」
「はいは~い、ぽちっとな。ちゃんと消しておいたから、安心して」
ちょっとした悪ふざけのつもりで撮影した写真だったので、弥生はあっさりと写真データを消去する。悠司が本気で嫌がっているのが分かっているので、弥生は変に勿体付けたりしない。ちなみに消して欲しいと言われなければ、そのままネタ画像として保存していただろう。
その後、悠司がイケニエを増やすべく蝶ネクタイを聡一郎に手渡し、渋々ながら聡一郎も着けてみることとなった。――詳細は割愛するが、絵梨が大ウケしていたとだけ記しておく。
ダンスパーティー会場の体育館は照明と飾りつけによって、いつもとは違う華やかな雰囲気だった。流れるワルツの音楽に合わせて、何組ものペアがダンスをしている。
意外と多い――これは清歌たちの印象である――参加者全員が一斉に踊れるわけも無く、ダンスをしていない者は体育館の壁際で休んだり鑑賞したり、或いはフリーの人を探してダンスに誘ったりしている。
清歌たちのグループもそれぞれフロアに出てダンスを踊り、さらにパートナーを入れ換えて踊ってきていて、今は壁の花となっている。なおグループ外からのお誘いは一律でお断りしている。清歌を筆頭にとかく目立つ集団なので、一度受けてしまうと後が面倒そうだったからである。
「それにしても思ってたよりも参加者が多いよね」
「確かにな。一年生は少ないみたいだが、二三年は結構気軽に参加してるみたいだな」
「ペアで参加だからって気負ってるのは、一年生だけだったってことかしらね」
フロアに出てくるくると回っている参加者を見ながら、弥生たちがそんな感想を言い合う。実際、一年生ペアは入場してから最低一回はちゃんとフロアに出て踊るものだが、上級生の中には入場した途端別れてフリーの異性を探しに行くペアとは名ばかりのペアもいる。つまりナンパ&逆ナンという目的が一致してペアを組んだということなのであろう。
まあそこまであからさまなのは流石に少数派だが、上級生が比較的軽い気持ちで参加しているのは間違いない。というのも彼女たちをダンスに誘ってきた相手が、皆上級生だったからである。ちなみに悠司や聡一郎もお誘いを受けている。
「ま~、なんにしても練習が間に合ってよかったよね。そもそもの目的は、あの二人をココに参加させることだったんだから」
弥生の視線の先には、天都と五十川のペアがちゃんと視線を合わせ、時折お喋りも交えつつ踊っている姿があった。傍目に見てもなかなかにお似合いの、仲睦まじい様子である。
「そういえば事の発端はそうだったわよね。なんか自分たちも練習に参加しちゃったから、途中からすっかり忘れてたわ……」
「絵梨、それは……。ああ、いやしかし俺も途中から自分の練習に集中して、そもそもの目的は忘れていたかもしれんな」
「あー、それ分かるな。なんつーか今まで全く縁が無かったことを始めたから、覚えるのが楽しくなっちまったんだよな」
「っていうか、結局グループで参加みたいになっちゃったから、五十川君的には目的が達成できたような、そうでもないような……」
「「「「あー……」」」」
田村による切れ味鋭いツッコミに、弥生たち四人が同意の声を上げる。
今日はかの二人とは別行動を取り、会場に入ってからも別行動を取ってはいるものの、練習などの過程で協力していたこともあり、彼女たちは八人で一つのグループで参加しているという認識になっている。五十川としては恐らく二人きりでダンスパーティーに参加したかったのだろうから、これでは目的が果たせたとは言えないかもしれない。
「でも私らっていうか清歌の協力が無かったら、天都さんが今日までにダンスができるようになってたとは思えないからな~……」
同じ運動神経が鈍いもの同士ゆえに弥生には良く分かる。<ミリオンワールド>をつかってまでの清歌による集中ダンス講座(スパルタ式)が無ければ、今日この場には絶対に間に合わなかった。
結局、五十川の希望とは少し違う形で参加することになってしまったが、そうでなければ参加自体ができなかったかもしれないという事なのだ。それならばちゃんと参加できるだけ良かったのではないかと、弥生たちは思うことにしたのであった。
「……で、その清歌はというと、今全力で悠司のお義姉さんを落としにかかっている、と」
「ま~、アレはしょうがないんじゃないかな。今日の清歌はカッコよさがリミットブレイク状態だからね~」
「実は私もさっき踊った時かなりドキドキしちゃったから、会長さんの気持ちはよく分かります」
そう、この場にいない清歌は現在フロアの中央で香奈と踊っているのである。
グループメンバー以外とは踊らないことにしていた彼女たちなのだが、生徒会長から――より正確に言うなら実行委員と仙代から強く要請されたのだ。曰く、この会場で一番目立つ組み合わせで、一種のエキシビション的に踊ってはもらえないだろうか、と。
基本的にダンスくらい軽くこなせる上目立つことにも耐性のある清歌は、悠司の身内からの誘いならば問題無かろうと引き受けたのである。
彼女たちは与り知らぬことではあるが、実は講習会で二人が踊っていた一件が主に二年生を中心に広まっており、生徒会と実行委員会に“本番でもぜひ二人のダンスを披露して欲しい”という投書が結構な数届いていたのだ。
そんな経緯で二人はスペースを開けられたフロアの中央で踊り始めた。清歌のリードで踊る香奈は、やがて頬を染め、うっとりとした視線で清歌と見つめるようになっていた。その様子はまさに恋に落ちた乙女である。
「き、きき、君たち……、ふ、不吉なことを言うのは止めてくれまいか?」
「いや~、だってねぇ」「あれはもう落ちてるわね」「落ちちゃってるねー」
くすくすと笑いながら半ば冗談で答える三人に、悠司は額に手を当てて首を横に振る。問題は半ば冗談という事は、半ばは本気だという点である。
後は義姉が本当に新しい扉を開いてしまわないよう祈るばかりである。と、そんなことを考えていた悠司に、珍しく聡一郎が止めの一撃を加えた。
「まあ、しかしパートナーをグループだけにしたのは正解だったな。下手をすれば清歌嬢がジゴロになるところだったが、どうやら犠牲者は生徒会長だけで済んだようだ」
「ちょっ、犠牲者言うなよ!」
「「「あははは」」」
香奈とのダンスから戻った清歌が弥生たちと合流した。案の定、さっきとはまた違う感じの視線が向けられるようになってしまったので、少し休憩を挟んでから最後に一回最初のペアでダンスを踊り、引き上げることに決めた。
フロアに出た清歌と弥生は、本日最後のダンスを踊りながら小声でおしゃべりを楽しむ。
「弥生さんも、だいぶダンスが上達しましたね」
「そう? ありがとう。でもそれは多分、清歌のリードが上手だからだよ。悠司と聡一郎相手じゃこうはいかないもん」
「そうなのですか?」
「うん。実は足を何回かふんじゃった」
「ふふっ、そうでしたか」
くすくすと二人が笑い合う。ただ清歌のリードがあるとはいえ、話したり笑ったりしながらでもステップを踏むことができているので、上達しているのは間違いないだろう。
ちなみに他のペアとぶつかることが全く無いのは、リードをしている清歌の功績である。悠司や聡一郎と組んだ時は、ぶつかって仕切り直すことが時々あった。
「まあ、なんにしてもこうしてダンスパーティーに参加できたのは清歌のお陰だよ、ありがとう」
「どういたしまして。天都さんと五十川さんにとっては、希望通りの形では無かったかもしれませんけれど……」
「あ~、清歌も気付いてたんだ」
「それは、まあ。……とは言いましても、実は指導している時は集中していたので、気付いたのは昨日になってからなのですけれど」
「私たちもさっき同じことを話してたんだけど、多分清歌に指導してもらわなかったら、今日に間に合わなかっただろうから、結果オーライだと思うよ。それに……ほら」
弥生が目配せした方を見ると、一休みしている天都と五十川が以前よりもずっと近い距離間で談笑している姿があった。
「前よりも仲が良くなってるみたいだし、ね」
「ふふっ、そのようですね」
「ま、なんにしても無事にダンスパーティーに参加できてよかったよ。これで今年のイベントは終わりかな~。あ、<ミリオンワールド>の方は明日までだけど。……そういえば、清歌って年末年始の予定はどうなってるの?」
「年末は特には。年が明けてからは、あちらこちらに挨拶回りに行かなければなりませんね」
「挨拶回り……やっぱりそういうのがあるんだ。ま~、タイミングが良いような悪いような……」
年明けから<ミリオンワールド>は二週間ほど集中メンテナンスが行われる。弥生の言うタイミングとはそのことで、清歌不在の間は弥生たちも<ミリオンワールド>をプレイできないのだ。
しかし<ミリオンワールド>はともかくとして、年始に予定が詰まっているという事は、清歌とは遊べないという事である。清歌も含めていつものメンバーで一緒にお正月に集まって遊ぶというのを、なんとな~く思い描いていたためにちょっと残念だ。
「でもちょっと残念かも。初詣とか一緒に行きたかったな~」
「初詣でしたら……、大晦日から出掛けるのでしたらご一緒出来ますよ?」
「えっ、ホント!? じゃあ、この後皆で計画立てようよ!」
「はい。楽しみですね!」
こうして最後に大晦日と元旦の予定を決めつつ、彼女たちにとってのクリスマスパーティーは終了するのであった。